大阪地方裁判所 昭和51年(ワ)588号 判決 1977年6月03日
原告
平山政雄
被告
株式会社岡本組
ほか一名
主文
被告株式会社岡本組は原告に対し、金一五七万九〇九二円およびうち金一四三万九〇九二円に対する昭和四七年三月一〇日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。
被告橋本光夫は原告に対し、金一五七万九〇九二円およびうち金一四三万九〇九二円に対する昭和五一年三月一八日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。
訴訟費用はこれを二分し、その一を原告の負担とし、その一を被告らの負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
被告らは各自、原告に対し、金三四四万八〇八八円およびうち金三一四万八〇八八円に対する昭和四七年三月一〇日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。
訴訟費用は被告らの負担とする。
仮執行の宣言。
二 請求の趣旨に対する被告らの答弁
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
第二請求原因
一 事故の発生
1 日時 昭和四七年三月九日午前一時四五分頃
2 場所 東大阪市稲葉二丁目四番五号先
国道三〇八号線上
3 加害車 自動車
右運転者 訴外氏名不詳者
4 被害者 原告
5 態様
原告は昭和四七年三月六日被告株式会社岡本組(以下岡本組という)の下請業者である被告国道建設こと橋本光夫(以下橋本という)に土工として雇用され(ただし形式上は岡本組の従業員)、前記事故発生場所において、岡本組元請、橋本下請による下水道工事に従事していたものであるが、同所で作業中、冒頭記載のとおり、自動車に衡突逃亡され、頭部外傷(頭部顔面多在擦過挫創傷、口腔内挫創傷)、右肩関節部擦過打撲挫傷、両手関節部および右大腿打撲挫傷並びに歯根膜炎の傷害を負つた。
二 責任原因
右交通事故による原告の負傷につき被告らにはつぎのような責任がある。
即ち右工事は岡本組派遣の現場監督者(氏名不明)および被告橋本が共同して監督に当つていたのであるが、危険な深夜の車道上作業であるにもかかわらず、回転燈および工事中の警戒標識をなぜかとり外したまゝ設置せず、さらに交通指導人も原告と約一〇〇メートル離れた所に一人置いていただけで、加害車の来た方向には置いていなかつた。
このように被告らには作業中の安全措置を構ずべきであるのにこれをしていなかつた義務違反があり、そのために原告は負傷したのであるから、被告らは連帯して原告の本件事故による左記損害を賠償する責任がある。
三 損害
1 逸失利益
(一) 休業損害
原告は前記受傷のため事故当日たる昭和四七年三月九日から頭部外傷Ⅰ型(頭重)の後遺症の症状が固定した昭和四九年二月二八日まで二三か月余完全休業を余儀なくされた。
而して原告の日給は五、〇〇〇円であり、本件事故がなければ少くとも月二〇日は稼働し得た筈であるから、月収は少くとも一〇万円を取得しうる。
しかるに右期間中、原告は労働者災害補償保険の休業補償給付として東大阪労働基準監督署より月宛六万五三〇四円(同署の扱いでは原告の給付基礎日額三六二八円、月収金一〇万八八四〇円)を受領していたに過ぎないから、金一〇万円より右金六万五三〇四円を差引いた額の二三か月分である七九万八〇〇八円の休業損害を蒙つた。
(二) 将来の逸失利益
原告は前記後遺障害のため事故後四年近くなる現在でも症状緩和の様子はなく、土工として月一〇日ないし一三日間しか働くことができず、資産もないため他の職業につくこともできず、この状態は生涯続くものと考えざるを得ない。
而して原告の後遺障害の程度は少くとも後遺障害別等級一四級に該当し、その労働能力を五%喪失したものであるところ、症状固定当時三四歳原告の就労可能年数は今後三三年間と考えられるから、原告の将来の逸失利益を年別のホフマン式により年五分の割合による中間利息を控除して算定すると、一一五万九八〇円となる。(一二〇万円×〇、〇五×一九、一八三=一、一五〇、九八〇)
2 入院中雑費
原告は昭和四七年三月九日から同年四月一三日まで三五日間東大阪市内の喜馬病院に入院し、一日三〇〇円の割合による合計一万五〇〇円の入院雑費を要した。
3 慰藉料
原告は前記入院の他、その翌日たる昭和四七年四月一四日から昭和四九年二月二八日までの間に一一七日間下関市立中央病院に通院して治療をうけた。
これに後遺障害をもあわせ考えると慰藉料は一三七万円(うち後遺障害分三七万円)
4 弁護士費用 三〇万円
四 損害の填補
原告は次のとおり支払を受けた。
昭和四九年七月九日労働者災害補償保険の障害補償一時金として東大阪労働基準監督署から一八万一四〇〇円よつてこれを差引いた後の総損害額は三四四万八〇八八円である。
五 本訴請求
よつて請求の趣旨記載のとおりの判決(遅延損害金は民法所定の年五分の割合による。ただし弁護士費用に対する遅延損害金は請求しない。)を求める。
第三請求原因に対する被告らの答弁
被告株式会社岡本組
一の1ないし4は認め、5については事故の態様、傷害程度は不知、その余は認める。
二は争う。元請会社だからといつて、直ちに責任はなく、本件事故は自動車運転手と原告の競合した不注意によつて発生したものである。
三は争う。
四は認める。
被告橋本光夫
一は原告の傷害のみ不知、その余は認める。
二は争う。
原告主張の下水道工事は、被告岡本組の直接の指揮監督の下に行なわれていたものであり、従つて工事施工の全責任および監督責任は被告岡本組の現場監督者が負つていたものであつて、被告橋本が共同して監督にあたつていたものではない。
右下水道工事は深夜の車道上作業ではあるが、具体的危険はなかつた。
右工事の作業中は現場には工事用の回転燈、警戒標識を設置し、交通指導員も置き十分な安全対策を構じていた。
しかるところ、本件事故は当日の工事も終了し、回転燈、警戒標識その他の作業用具の後片付けも終り、原告を含む工事人夫らが近くの現場事務所へ引上げる途中に発生したものである。
本件事故はかゝる状況の下で、訴外氏名不詳者によつてひきおこされたいわゆるひき逃げ事故であつて、被告橋本には本件事故発生に何らの責任もないものである。
三は争う。
第四被告岡本組の主張
被告岡本組は被告橋本と下請負契約を締結していたものであり、橋本から単に人夫の提供をうけていたものではない。
仮りに被告岡本組に責任があるとしても、本件事故の発生については原告にも保安燈をつけておくとか誘導員をつけておかないで仕事をしたため、本件ひき逃げ事故が発生したものであるから、損害賠償額の算定にあたり右過失を斟酌すべきである。
証拠〔略〕
理由
第一事故の発生
請求原因一の1ないし4の事実は、当事者間に争いがなく、
同5の事故の態様については後記第二で認定するとおりである。
第二責任原因
1 認定した事実
(一) 事故現場の道路状況
成立に争いのない甲第一二、第一四号証と被告橋本光夫本人尋問の結果によれば、事故現場道路の状況は幅員一二・二メートル(うち一・五メートルは路側帯)の南端より北へ六メートルのところに中央線がひかれ、右中央線より南へ一・五メートルを残してあと四・五メートルの部分には工事用鉄板が敷きつめられていて、この鉄板の方が路面より三センチメートル高くなつていること、工事区間は大阪ガスと河内警察署との間の約二〇〇メートルの区間で当時工事をしていたのはそのうちの約八〇メートルであつたことが認められる。
(二) 被告両名間およびこれと原告との関係
成立に争いのない乙第一、第二号証と原告、被告橋本光夫各本人尋問の結果を綜合すると本件工事(稲葉排水路管渠築造工事)の元請は被告株式会社岡本組で、被告橋本は岡本組の下請業者(それも専属的で他の業者の下請はしていない)、原告は右橋本に人夫として昭和四七年三月六日から雇傭されていた(以上の事実は当事者間に争いがない)。
しかし本件工事の実施にあたつても資材は被告岡本組が調達して被告橋本に支給し、これによつて橋本の方で雇つている者の中から原告をも含め、五、六人の人夫がこの工事に従事していたが、それとても工事準備進行、工程は被告会社岡本組の監督指示に従つていたものであり、そのため岡本組から監督する人が工事現場にでていたことが認められる。
(三) 原告受傷時の模様
成立に争いのない甲第一四号証および原告本人尋問の結果によれば、事故当時小雨がふり出したので、前記工事を切り上げようということになつて道路上に設置されていたバリケード(おりたたみ式の三角のもので労務者が工事に従事中は工事現場周囲をかこつていた)等の後片付けを行ない国道路面を掘り下げたところには鉄板を敷きつめていつたが、鉄板と国道路面に隙間ができるので、ここにアスフアルトメツジをつめてくれとの指示があつたので、原告外数名は一輪車三台とアスフアルトメツジをもつてきて、一時間近くかゝる作業であるにもかかわらず既に倉庫にしまつていたバリケード等の安全設備等はないままにメツジをつけてはすばやくそこを去るということを三〇分くらい繰り返し、東から西につめて行つていたところ、何人かの人夫の中で一番東寄りに原告がいて、西進してきた自動車にはねられたこと、
雨が降りだすより前、路面を掘り下げる工事をしていた間は工事区間の両側に交通監視人がいたうえ、前記バリケードを置き保安燈もつけてあつたが、後片付けをしてアスフアルトメツジをつめだしてからは、三〇分くらいの間保安燈こそつけてあつたものの右バリケードはしまわれて路上になく、交通監視人は帰つてしまつていなかつたことが認められる。
2 雇傭契約は労務提供と報酬支払をその基本的内容とする双務有償契約ではあるが、通常の場合労働者は使用者の指定した労務給付場所に配置され、使用者の提供による設備、器具等を用いて労務給付を行なうものであるから雇傭契約に含まれる使用者の義務は単に報酬支払に尽きるものではなく、労働者が労務に服する過程において右の諸施設から生ずる危険が労働者に及ばないように労働者の安全を保護する義務も含まれているものといわなければならない。
3 そこでこれを本件についてみるに、原告の労務提供場所が国道上という多量交通の予想される極めて危険をはらんだ場所なのであるから、ここにおいて前記工事ないし作業に従事させる以上使用者たる被告橋本においても、単に保安燈のみならず、バリケード、さらには交通監視人を配置して走行車両の有無に注意し、交通整理を行なうなど人的、物的環境を整備して、本件の如き事故によつて労働者の生命、身体が害されることのないようその安全につき配慮すべき義務があるのに、これを怠つたことも本件事故の原因となつていることは明らかである。従つて被告橋本には雇傭契約による使用者の義務違反の効果として原告が本件事故で蒙つた損害を賠償すべき責任がある。
4 さらに被告岡本組としても、工事現場に派遣されている現場監督者の指示、監督に服して原告ら工事人夫が数名前記作業に従事していたのであるから、前記作業場所の状況からみても被告橋本と同様労務に服する者の安全を配慮すべき注意義務があると解するを相当とするところ(直接の雇傭契約当事者は被告橋本と原告であり、被告橋本と被告岡本組とは請負という法形式をとつてはいるが、原告の労務提供をうけ工事に従事させる限りではその指示監督の実態からみて前記義務を肯認できる)、被告岡本組の被用者であつた現場監督者らにおいて、右義務を尽さなかつたため、本件事故が発生し、原告が受傷したものと認めることができるから、被告株式会社岡本組は民法七一五条一項により、本件事故による原告の損害を賠償する責任がある。
第三損害
1 受傷、治療経過等
成立に争いのない甲第三号証の一ないし四と原告本人尋問の結果によれば、つぎの事実が認められ、かつ後遺症として頭重感残存等の症状が固定(昭和四九年二月二八日頃固定)したことが認められる。
即ち、原告は自動車にはねられ頭部外傷Ⅱ型(頭部、顔面多在擦過挫創傷、口腔内挫創傷)、右肩関節部擦過打撲挫傷、右および左手関節部、右大腿打撲挫傷、腹部打撲挫傷、右下腿打撲挫傷、歯根膜炎の傷害を負い、昭和四七年三月九日から四月一三日まで喜馬病院に入院以後昭和四九年二月末までに一一七日間下関市立中央病院に通院して治療をうけたが、右二月末の時点で頭重残存、この程度は強い日、軽い日があり、幾分変化はあるもののこれ以上改善の傾向はない。
2 入院雑費
原告が三六日間入院したことは、前記のとおりであり、右入院期間中一日三〇〇円の割合による合計一万八〇〇円の入院雑費を要したことは、経験則上これを認めることができる。
3 逸失利益
(一) 休業損害
原告本人尋問の結果とこれによつて真正に成立したものと認められる甲第四号証によれば、原告は事故当時二七歳で、土木工事人夫として稼働し、日給五〇〇〇円、一か月のうち二〇日は就労できるので一か月平均少くとも一〇万円の収入を得ていたが、本件事故により、昭和四七年三月九日から昭和四九年二月二八日まで休業を余儀なくされ、その間少くとも原告主張のとおり合計七九万八〇〇八円の収入を失つたことが認められる。
(二) 将来の逸失利益
原告本人尋問の結果および前記認定の受傷並びに後遺障害の部位程度(労災等級一四級九号)によれば、原告は前記後遺障害のため、昭和四九年三月一日から少くとも二年間、その労働能力を五%喪失するものと認められるから、原告の将来の逸失利益を年別のホフマン式により年五分の割合による中間利息を控除して算定すると、
一一万一六八四円となる。
(一二〇万円×〇・〇五×一・八六一四=一一一、六八四)
右金額を超える分については、もはや本件事故と相当因果関係がないと認める。
4 慰藉料
本件事故の態様、原告の傷害の部位、程度、治療の経過、後遺障害の内容程度、年齢、その他諸般の事情を考えあわせると、原告の慰藉料額は七〇万円とするのが相当であると認められる。
第四過失相殺
被告岡本組は原告が保安燈をつけておくとか、誘導員をつけておかないで、仕事をしていたため、本件ひき逃げ事故が発生したのであるから、損害額算定上右原告の過失を斟酌すべきであるというが、さきに説示したとおり、これらは本来被告らが尽すべき安全保護(配慮)義務の内容なのであるからこれが懈怠をもつて原告の過失となすことはできず、右過失相殺の主張は理由がない。
第五損害の填補
請求原因四の事実は、原告、被告株式会社岡本組間に争がない。
よつて原告の前記損害額から右填補分一八万一四〇〇円を差引くと、残損害額は一四三万九〇九二円となる。
第六弁護士費用
本件事案の内容、審理経過、認容額等に照すと、原告が被告らに対して本件事故による損害として賠償を求め得る弁護士費用の額は、一四万円とするのが相当であると認められる。
第七結論
よつて被告株式会社岡本組は、原告に対し、一五七万九〇九二円、およびうち弁護士費用を除く一四三万九〇九二円に対する本件不法行為の翌日である昭和四七年三月一〇日から支払済まで年五分の割合による遅延損害金をまた被告橋本光夫は原告に対し金一五七万九〇九二円およびうち弁護士費用を除く一四三万九〇九二円に対し弁論の全趣旨により遅くとも原告から履行の請求をうけたものと認められるところの同被告へ本訴状が送達された日の翌日である昭和五一年三月一八日より支払済まで年五分の割合による遅延損害金をそれぞれ支払う義務があり、原告の本訴請求は右の限度で正当であるからこれを認容し、その余の請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条を適用し仮執行宣言の申立については相当でないからこれを却下することとして、主文のとおり判決する。
(裁判官 相瑞一雄)