大阪地方裁判所 昭和52年(ヨ)556号 1978年4月17日
申請人
田尻長次
右代理人弁護士
細見茂
(ほか三名)
被申請人
ダイハツ工業株式会社
右代表者代表取締役
大原栄
右代理人弁護士
山田忠史
同
平田薫
右当事者間の地位保全・金員支払仮処分申請事件について、当裁判所は次のとおり決定する。
主文
1 被申請人は申請人を被申請人会社の従業員として仮りに取り扱え。
2 被申請人は申請人に対し、昭和五二年二月九日以降毎月二五日限り金一二万三六一八円宛を仮りに支払え。
3 申請費用は被申請人の負担とする。
理由
第一当事者の求めた裁判
一 申請人
1 被申請人は申請人を、被申請人会社本社総務課所属の従業員として取り扱え。
2 被申請人は申請人に対し、昭和五二年二月九日以降毎月二五日に金一二万三六一八円宛を仮りに支払え。
との裁判。
二 被申請人
申請却下の裁判。
第二当事者双方の主張
(申請理由の要旨)
一 被申請人会社(以下、単に会社という)は、自動車その他各種車輛およびその部品の製造販売等を業とし、従業員数は約八二〇〇名、池田市、京都府大山崎町、滋賀県竜王町等に工場を有する株式会社であり、申請人は、昭和四〇年四月中学卒業後ただちに会社に雇用され、会社の技能者養成所(現ダイハツ高等学園)において三年間の教育・訓練を受けたのち、同四三年四月一日伊丹工場製造課に配属されて同五一年一二月末まで同工場において鋳物工として自動車部品の鋳造の職務に従事してきたが、同工場の閉鎖に伴い、同五二年一月一日付で本社総務部総務課に配属されるとともに、右伊丹工場廃止後の残務整理の仕事に従事していたものである。
二 ところで申請人は、右残務整理の仕事の一環として、昭和五二年一月一七日の日も同工場厚生棟二階にある労働組合支部事務所に入って不用品やごみの収集搬出の作業に従事していたが、同日午後三時頃、たまたま同事務所の横の廊下に、「焼却して下さい小河原(注、ダイハツ労働組合の元伊丹支部長)」と朱書した貼紙のしてあるダンボール箱三個に詰められた書類が放り出されているのを見つけたことから、その中に、組合と従来から申請人をその思想信条の故に差別し攻撃してきた会社との間で交わされた自己に関する遣り取りを記載した文書特に竜王工場への配転に異議をとどめたために正式の就労先が未定で不安を感じていた折柄でもあったので、その点に関する組合と会社との交渉の記録があるかもしれないと考え、そのうちの二個を同事務所横から工場外に運び出し、後で取りにくるつもりで付近の民家の前に置いて戻ってきたようなことがあった。
三 しかるに会社は、右の事実をとらえて会社の就業規則所定の懲戒事由である許可なしに会社の物品を持ち出そうとしたこと(七三条一項九号)、業務上重大な秘密を社外に漏らそうとしたこと(同一一号)、刑法上の罪に該当する行為をなしたこと(同一四号)、その他諸規則に違反し、又は前各号に準ずる行為をしたこと(同一七号)に該当するとし、これを理由に同五二年二月八日付をもって申請人に対し諭旨解雇処分(以下、本件懲戒処分という)に付する旨を通告した。
四 しかしながら、申請人の前記行為はなんら右就業規則所定の懲戒事由に該当するものではないから、その点においてすでに本件解雇は無効であるばかりでなく、右解雇は、申請人が労働者の権利を守るために日本共産党に所属し、職場でも活発な活動をしていることを真の理由とするものであって、憲法一九条に違反するからこの点からも無効というべきである。
さらに、申請人が前記のような行為に及んだことについて、かりに申請人になんらかの責めらるべき点があるとしても、その行為の動機や結果からみても、それが雇用関係の継続を不可能ならしめるほどの重大かつ悪質な背信行為であるとはとうてい考えられないから、本件解雇は解雇権の濫用として無効である。
すると、申請人は依然会社の本社総務部総務課所属の従業員たるの地位を有するものであるが、会社はあくまで本件解雇が有効であるとして、昭和五二年二月九日以降賃金(当時月平均一二万三六一八円、毎月二五日払)の支払をしないので、地位確認・賃金支払の本訴を提起すべく準備中のところ、申請人は賃金を唯一の生活の資としているものであるから、本案訴訟での勝訴判決の確定を待っていては回復しがたい損害をこうむる虞れがあるので、本件仮処分申請に及んだものである。
(被申請人の答弁)
一 申請理由の要旨第一項(ただし、会社の従業員数の点を除く)および第三項の事実は認める。
二 本件解雇は、申請人が会社において労働組合から焼却を委託され保管中の重要機密文書を会社から不正に持ち出し自己の占有に移したことを理由とするものである。
会社では昭和五一年一二月伊丹工場を閉鎖して滋賀県下竜王町の竜王工場へ移転することとなり、それに伴って会社の労働組合伊丹支部でも伊丹工場内にある同支部組合事務所を閉鎖し、その残務整理にあたることになったが、その際(同五一年一二月一〇日すぎ)組合から会社に対し、同事務所の管理を委託したので、それ以後は会社において、施錠し厳重にこれを管理していた。そのうち同五二年一月一〇日すぎ頃、組合伊丹支部の支部長であった小河原嘉康が伊丹工場に来て組合事務所の残務整理のため、同事務所内にあった組合の書類を整理分類し、竜王工場内の組合事務所に搬送する分と二部宛作成されているため一部は焼却するのを相当とするような機密性ある文書とに仕分けてダンボール箱に詰めたうえ、焼却分を詰めて蓋を四つ組みにした二箱分(この箱には、「焼却して下さい小河原」というような貼紙はなかった)につき、会社の清水日左夫主担当員に対しこれを必ず焼却するよう厳重に依頼したので、同主担当員もこれを引き受け、数日同事務所内で保管しておいたのち、同一月一四日、残務整理作業の責任者である作田登美雄に対し他の箱とともにこれを必ず焼却するよう指示して組合事務所前の廊下に置かせた。
一方、申請人は、伊丹工場の閉鎖に伴ない新設の竜王工場へ赴任するよう従来から再三にわたって説得・要請されていたが、十分な理由もなしにこれを拒否し続けたことなどから、会社は昭和五二年一月一日付で申請人を総務部総務課に配属して伊丹工場の残務整理作業に従事させることとなった。そのようなことから、同月一七日も申請人は朝から同僚の松浦とともに会社管理の書類等の整理をしていたが、その際、厚生棟二階の組合事務所横の廊下に置かれていた前記二個の焼却用書類の詰った箱を認め、蓋をあけてその内容を確認した上、右松浦が階下で作業している隙をねらって一箱ずつひそかにこれを正面横の通用門から工場外へ運び出し、同通用門により二三・五メートル離れた民家横の空地(工場から見えにくい場所)に置いてこれを隠蔽した。
しかして、申請人によって不正に持ち出された書類は「転籍者労使面接簿」、「配転委員会・住対特別委員会議事録」などであるが、前者は竜王工場への転籍者につき会社組合双方が面接した時の記録で各転籍者個人の秘密事項等が含まれており、後者も労使間の遣り取りを具体的に記録しているので、これが外に洩れると組合員の誤解や不信を招く虞れがあり、したがって、いずれも機密性の高い書類であった。申請人は、竜王工場への配転に異議をとどめたため正式の就労先が未定で不安を感じていたためこれを持ち出したと主張しているが、申請人に対しては、昭和五二年一月一日付で総務課に配属を命じた際、残務整理終了後の赴任先については検討中であるが、池田工場の方向できまることになると思う旨伝えてあるのであるから、申請人がそのような不安から本件書類を不正持出したとは考えられず、それが会社と組合との間の重要な機密に属する情報を入手しようとの意図に出たものであることは明らかである。
三 会社の就業規則七三条によれば、許可なしに会社の物品を持ち出し、又は持出そうとした者(九号)、業務上重大な秘密を社外に漏らし、又は漏らそうとした者(一一号)、刑法上の罪に該当する行為をなした者(一四号)、その他諸規則に違反し、又は前各号に準ずる行為をした者(一七号)は懲戒に処するものと定められ、同七二条は、懲戒処分の種類として、譴責、日給切替、減給、出勤停止、諭旨解雇、懲戒解雇の六種を規定しているところ、申請人の行為が右各号に該当することは明らかであるので、同年二月三日開催の懲戒委員会でも、申請人の行為の動機および態様、会社の経営秩序への影響、先例などから懲戒解雇相当の結論が出されたが、組合側から罪一等を減じて諭旨解雇であれば同意するとの回答があったので、結局、同月八日付をもって本件懲戒処分がなされたものである。
四 本件解雇は申請人の思想信条を理由とするものではなく、また、右の情状からすれば社会観念上著しく妥当性を欠いて裁量権を濫用したものでもないから、これが正当有効であることは明らかであり、申請人の本件申請はなんら理由がない。
(申請人の反論)
一 本件ダンボール箱入りの物件は組合所有の焼却すべき不要物品として組合事務所前に放置されていたものにすぎないから、その持ち出し行為が「会社物品の持ち出し」行為に該当しないことは明白である。また、本件ダンボール箱の中に被申請人主張のような機密文書が存在したというようなことは全くの虚構であって、そのことは、小河原がみずからこれを即時焼却するなどの措置をとらずに清水主担当員に任せきりにしたこと、清水がそれをほったらかしにしていたこと、その他この箱に対する関係者の取扱い、態度などからも明らかであるから、申請人の行為が会社機密を社外に洩らし、あるいは洩らそうとしたものでないことはもちろんである。さらにまた、右ダンボール箱の中の物件が右のごとく焼却用の不要物品であってなんらの経済的価値をも有しないものである以上、申請人の行為は刑法上の「財物の窃取」の構成要件にも該当しないし、そのほか、それが右各行為に「準ずる」ものであるとすべき根拠もない。
二 このように、申請人の行為は、組合事務所前に放置されていた、なんの経済的価値もなく会社の秘密とは全く関係のない焼却用不要物品を持ち出そうとしただけのことであって、会社になんらの実害も生じてはいないのである。一般に解雇権の行使は慎重な配慮の下になされるべきであり、雇用関係の継続を不可能ならしめるほど重大な信頼関係の破壊があった場合にはじめて認められるべきものというべきところ、申請人の本件行為は右のとおりのきわめて軽微なものであって、雇用関係の継続を不可能ならしめるほど重大な信頼関係の破壊行為にあたらないことは明白であるから、それを理由とする本件解雇は解雇権を濫用してなされたものというべきである。
第三当裁判所の判断
一 申請理由の要旨第一項の事実(ただし、従業員数の点を除く)および同第三項の事実については当事者間に争いがなく、疎明資料および当事者間に争いのない事実を総合すれば、申請人が昭和五二年一月一七日午後三時頃、会社の伊丹工場移転後の残務整理の一環として同工場厚生棟内の不要品の収集、搬出の仕事に従事していた際、同棟二階の組合事務所前に置かれてあった組合の書類の詰められたダンボール箱二箱を、二回にわたってひそかに同工場食堂通用門から工場外に搬出し、右通用門から二〇メートル余り離れた民家横の空地にこれをかくし置いたうえ、あたかもその焼却を済ませたごとく振舞っていたところ、まもなく右民家の居住者がこれを発見して会社の守衛に苦情を申し入れたことから露見し、ただちに二箱ともに会社に回収されたこと、右二箱のダンボール箱に詰められていた書類は、会社の従業員をもって組織するダイハツ労働組合の伊丹支部長であった小河原嘉康が昭和五二年一月一〇日頃会社の総務部総務課主担当員清水日左夫(前伊丹工場総務課長)に対し、焼却方を委託してその保管に委ねていたものであったこと、会社の就業規則七三条一項は、次の各号の一に該当する者は、審議のうえ、情状に応じて前条の懲戒に処すると定めるとともに、その懲戒事由該当者として、「許可なしに会社の物品を持出し、又は持出そうとした者」(九号)、「業務上重大な秘密を社外に漏らし、又は漏らそうとした者」(一一号)、「刑法上の罪に該当する行為をなした者」(一四号)、「その他諸規則に違反し、又は前各号に準ずる行為をした者」(一七号)などを掲げており、また、同七二条は、懲戒の種類として、譴責(訓戒のうえ始末書を提出させる)、日給切替(本給及び資格給・職能給を日給に切替える)、減給(譴責に加えて、一回につき平均賃金の半日分以内を減給する。但し、総額が賃金月額の一〇分の一をこえることはない)、出勤停止(譴責に加えて、一回につき二〇日以内出勤を停止する。出勤停止期間中賃金は支給しない)、諭旨解雇(戒告のうえ三〇日以前に予告し、又は平均賃金三〇日分を支給して解雇する)、懲戒解雇(予告期間を設けず即時に解雇する)の六種を定めていることがそれぞれ認められる。
二 しかして被申請人は、申請人の右書類入りダンボール箱の搬出行為は会社の就業規則七三条一項九号、一一号、一四号、一七号の各号に該当すると主張し、申請人はこれを争うので、まずこの点について検討するに、疎明資料によれば、右の行為にいたる事情およびその前後の状況として次のような事実を認めることができる。
(一) 会社の伊丹工場は昭和二七年一一月の操業開始以来、自動車用アルミ鋳物・鋳鉄鋳物などを生産する鋳造工場であったが、設備が老朽化して増産が困難になったことや周辺住民から環境汚染の苦情が出されたりしたことなどから、これを他に移転することが計画されるようになり、昭和四九年四月頃、滋賀県蒲生郡竜王町所在の滋賀(竜王)工場が操業を開始したのに伴なって、伊丹工場もやがてこれに移転することが会社から発表されるにいたったが、右工場移転に伴う従業員の配転、労働条件の変更等については、その後、会社側とダイハツ労働組合との間で協議折衝が重ねられ、伊丹工場から滋賀(竜王)工場への転籍者の選出基準についても、(1)転籍者は原則として伊丹工場から選出する、(2)役職者及び特定業務従事者を除いて五〇歳以下を原則とする、なお、五〇歳を超え、五五歳以下の場合でも会社が必要とする者及び本人が希望する者については別途協議する、(3)B以上の健康管理要注意者及び特にやむをえないと認められる事情のある者は除外する、との原則が決定された。
(二) 右選出基準に照らすと、申請人も竜王工場への転籍該当者とみられたことから、同四九年の年末頃以降、上司の北川厚三組長や伊丹工場の清水日左夫総務課長などから申請人に対し、繰り返し事情を説明して竜王工場への転籍要請に応ずるよう説得するようになったが、これに対し申請人は、絶対反対の立場を固持して、理由も一切述べずにこれを拒否する旨言明し続けた。
(三) そのうち、同五一年九月の竜王工場内鋳造工場の本格稼動の時期が近付き、同工場への配転問題も現実化してきたので、同年七月末頃清水総務課長から申請人に対し、申請人の竜王工場への赴任日が同年八月一七日に内定した旨伝えたが、申請人はこれにも拒否する旨答え、その理由を強く追及されたため、同八月八日にいたってようやく、家業である農業の手伝いの必要などの家庭の事情を拒否の理由と述べるにいたった。そこで会社側では、とりあえず八月一七日の赴任日を一旦延期したうえ、労使の配転委員会にはかることとなったが、同委員会でも申請人の述べる程度の理由では転籍から除外するやむをえない事由には当たらないとの結論が出されたので、同九月六日あらためて清水課長から申請人に対し、同月二〇日に竜王工場へ赴任するよう指示し、その前提として赴任日の前日までに健康診断を受け、引越説明を聞くよう申し渡した。しかし、これに対しても申請人はその指示に応じない旨を答え、同月一七日に清水課長に出会ったときも同趣旨を繰り返し、健康診断も引越説明も全く受けていなかったので、同日同課長から竜王工場にその旨を連絡した。そこで竜王工場では、申請人が九月二〇日に赴任してくるようなことはないものと考え、一旦人員配置計画の中に組み入れていた申請人をこれから外し、寮への入寮手配も取り消してしまった。
(四) ところが申請人は、それまで繰り返し竜王工場へは赴任しない旨言明し続けていたのに、なんらの前触れも連絡もなしに突然、同九月二〇日午前八時頃自動車で竜王工場に赴き、赴任するよう申し出たが、同工場ではすでに前記のような手配を済ませてしまっていたためこれを拒否し、伊丹工場へ戻って指示を受けるよう申し渡したので、申請人においてもやむなくそのまま引返し、清水課長の指示を受けることとなった。そこで清水課長は、申請人の態度に憤慨しながらも、竜王工場側と連絡してあらためて申請人の受入態勢を準備するよう要請し赴任日を取り決めようと折衝を始めたが、従来からの申請人の反抗的態度を伝え聞いた竜王工場側では次第にその受け入れに難色を示すようになり、結局、申請人の竜王工場への転籍は取り止めとなってしまった。そのため会社側では、清水課長が中心となって会社の在京阪地区の工場と折衝し、申請人の受け入れを要請することとなったが、いずれも竜王工場と同様の理由からこれに応じようとせず、ついに配転先の定まらないまま、竜王工場への移転が完了し、同五一年一二月二六日の伊丹工場閉鎖の日を迎えるにいたったので、とりあえず同五二年一月一日付で申請人を本社総務部総務課に配属し、他の数名の者とともに伊丹工場閉鎖後の残務整理の仕事に従事させることとなった。なお、この時期には、旧伊丹工場勤務の従業員のほとんどすべての者についてその配転先や去就がきまっており、残務整理に従事することとなった数名の者についても同様であって、配転先がはっきりきまっていないのは申請人のみであった。
(五) 一方、会社の従業員をもって組織するダイハツ労働組合の伊丹支部も、伊丹工場の竜王への移転とともに竜王支部に移転することになり、その組合事務所も同五一年一〇月頃移転し、伊丹支部の小河原嘉康支部長も一〇月四日付で竜王工場支部副支部長に就任して、それ以後は、週に一、二度伊丹工場へ来る程度で、主として竜王工場支部での組合業務に従事するようになった。
(六) この組合事務所の移転に伴い、その什器備品も竜王へ搬送されたが、組合の各種書類については、その全部を竜王へ搬送することなく、小河原支部長において整理のうえ、竜王へ搬送すべき分と複数部数存在するなどの理由からこの際焼却するのを相当とする分とに分類して、焼却設備を有する会社にその焼却方を委託することとした。そこで、小河原支部長は、伊丹工場へ所用で出張してきた機会に、同五一年一二月五日頃と同五二年一月一〇日頃の二回にわたって組合の書類を整理し、第一回目のときは竜王送り分をダンボール箱二箱、焼却分を同二箱に、第二回目のときは竜王送り分をダンボール箱三箱、焼却分を同二箱に詰めたうえ、竜王へ搬送すべき分には「竜王送り 小河原」と黒マジックインキで書いた紙を貼りつけ、これを組合事務所内に積み上げたのち、いずれも清水課長に対し、会社の方で竜王送り分は竜王工場への搬送し、焼却分は会社で焼却処分して貰いたい旨依頼し、清水課長もこれを引受けた。なお、第一回目の焼却分の箱には「焼却して下さい 小河原」と赤マジックインキで書いた紙が貼ってあったが、第二回目の焼却分二箱にもそのような紙が貼り付けてあったかどうかについては、関係者の供述が真向から対立し、しかも決め手となるものがないので、そのいずれとも断定しがたいというよりほかはない。
(七) 第二回目の整理にかかる右二箱の焼却分書類については、小河原支部長からの依頼のあった一月一〇日頃に、清水課長(当時は主担当員)から残務整理作業の主任格であった作田登美雄に対し、依頼の趣旨に従って焼却するよう指示したので、その頃から他のいくつかの箱とともに組合事務所前の廊下に出して積み上げられ、すぐにでも焼却のために運び出されるようにしてあったが、どのような仕事の段取りからか、同月一七日までそのままの状態で置かれてあった。しかして、申請人が同月一七日午後三時頃、前記認定のごとく組合事務所前の廊下から二回にわたってひそかに工場内へ搬出したのは、右二箱分の焼却分書類であった。
(八) ところで、昭和五一年一二月二六日に会社の伊丹工場が閉鎖されたのちの同工場厚生棟は、組合事務所のあった場所を含めてすべて会社の管理下にあり、清水主担当員がその管理責任者であって、各出入口や部屋の鍵なども同主担当員の指示に基づいて警士詰所に居る警士がこれを保管していたので、部外者が自由に出入りできるような状態にはなかったが、同五二年一月一七日は残務整理作業中であったので、作業の必要上厚生棟の出入口のいくつかは鍵をかけてあり、また、残務整理作業に従事する申請人がダンボール箱などを抱えてこれに出入りしたからといって、警士その他の者から怪まれるようなこともなかった。
(九) しかして、申請人が持ち出した二箱のダンボール箱の中の焼却用書類の中には、竜王転籍者労使面接簿、配転委員会・住宅対策特別委員会議事録、労使協議会・労使懇談会・生産委員会の議事録などが含まれており(同一内容のものが余分にあったので焼却にまわされた)、このうち竜王転籍者労使面接簿は、伊丹工場から竜王工場への転籍者について実施した労使面接の際に、他に一切漏らさないとの約束の下に述べてもらった各転籍者の個人的事情などを記載したもので、これが公けになると転籍者のプライバシーなどが侵害され、会社および組合に対する信頼が失われることにもなりかねないもの、配転委員会・住宅対策委員会議事録も、これら委員会が本件申請人の場合におけるごとく個々具体的な配転案件についても取り上げてその解決をはかる機能を果たしていたところから、右面接簿同様、これが公けになると当該従業員のプライバシーが侵される虞れのあるもの、さらに、労使協議会・労使懇談会・生産委員会の議事録は、通常これらの協議会等において明らかにされた会社の設備投資計画、経営計画の説明などを記録するもので(但し、本件ダンボール箱在中の議事録に現実にそのような記録がなされていたかどうかは不明)、かりにそのような記録がなされていてその内容が外部に漏れると、これまた会社にとって不都合な結果が生ずる虞れのあるものであった。
(一〇) 申請人が右二箱のダンボール箱を持ち出した際に、その中に右のような書類が含まれていることは申請人も正確には認識しておらず、焼却すべき組合の書類であるから公にするのが適当でないような事項の記載されたもの、したがって、前記のごとき経緯で伊丹工場閉鎖後の勤務場所が未だ確定していなかった申請人の確定的配転先の取り決めに関する労使間の交渉経過などを記載したようなものが含まれているかも知れないとの漠然とした期待から、これを持ち出して、一読し、現在の不安を少しでも解消したいと考えたことが、申請人が右のような行為に及ぶようになった動機であった。もっとも、申請人の配転先については、これより前の同年一月初め頃に清水課長から申請人に対し、池田工場の方向で話が進められている旨を伝えたことがあるような形跡もなくはないけれども、そのように確定している旨伝えられたわけでは勿論ないし、また、在京阪地区の各工場が申請人の受入れに難色を示したために配転先が容易に決まらなかった前記のごとき経緯からするならば、清水課長からそのように伝えられていながら、申請人が右のような動機から本件持出し行為に及んだとしてもなんら不自然ではない。しかもそれ以外に、申請人が組合もしくは会社の機密事項を他に漏らしたり、組合の書類を他のなんらかの不正な目的のために使用したりする意図をもって右二箱のダンボール箱を持ち出したものであると認めるに足るだけの疎明資料は存在しないのである。
しかして、以上のような事実関係を前提として、申請人の本件持出し行為が前記就業規則所定の各懲戒事由に該当するかどうかについて考えてみるに、まず、就業規則七三条一項九号についていえば、同号の「許可なしに会社の物品を持ち出し」た場合とは、会社所有の物品を持ち出した場合のみならず、同条が従業員による企業秩序違反行為たる懲戒事由を類型的に定めたものとみられる点に鑑みれば会社所有の物品の無許可持ち出し行為と同様に企業秩序を乱す行為たる会社の管理占有の下にある物品を許可なく持ち出した場合をも含むものと解するのが相当であるから、前記ダンボール箱入りの書類が会社の所有するものではなくてダイハツ労働組合の所有物であっても、前認定のとおり同組合から会社に焼却方を依頼し、会社においてこれを引受けその占有の下において保管していた以上、これもまた「会社の」物品というべきであり、また、その書類に前記のごときものが含まれており、それ故にこそ、売却ないし放棄ではなく焼却すべきものとされていた以上、これをもって塵芥同然の無価値物で「物品」ともいえないものとすることができないことは勿論であるから、申請人の行為は「許可なしに会社の物品を持ち出し」た場合に該当するといわなければならない。さらに、会社の占有保管中の財物である本件書類入ダンボール箱(刑法上の「財物」たるにはなんら経済的価値を必要とはしないから、これらの書類が「財物」であることに疑いはない)をひそかに工場外に持ち出し、二〇メートル余り離れた民家横の空地にこれを隠し置いた行為が、刑法二三五条の「他人の財物を窃取」する行為にあたることも明らかであり、その意味において就業規則七三条一項一四号所定の「刑法上の罪に該当する行為をなした」ものというべきである。もっとも、この点につき申請人は、一読した後ただちに、指示されていたとおり焼却するつもりであったから、不法領得の意思がなかったと主張しているけれども、申請人が持ち出した本件書類を一読した後ただちに焼却するつもりであったと認めるに足る疎明資料はなんら存在しないばかりでなく、かりにそのようなつもりであったとしても、窃盗罪の成立に必要な不法領得の意思とは、権利者の事実上の支配を排除して他人の物を自己の物としてその用法に従って利用し処分する意思をいうのであって、その物をいつまでも保持しようとする意思であることを必要としないのであるから、申請人の本件書類の持出し行為に不法領得の意思が欠けていたということはできない。
しかしながら、就業規則七三条一項一一号の点についていえば、本件書類に記載されていた前記のごとき内容がはたして同号にいわゆる「重大な秘密」にあたるかどうかは一応措くとしても、申請人がこれを持ち出すにいたった動機が右認定のごときものであり、かつ、組合もしくは会社の機密事項を他に漏らしたり、組合の書類を他のなんらかの不正の目的のために使用したりする意図が存在したと認めるに足るだけの疎明資料が見当らないことは前記のとおりであるから、申請人にはそもそも秘密漏洩の故意が認められないということになり、その点において申請人の本件書類の持出し行為は右一一号には該当せず、また、同一七号の「(一一号)に準ずる行為」にも当らないといわざるをえない。
三 しかるところ申請人は、本件解雇は懲戒権ないし解雇権の濫用にあたると主張するので、次にこの点について考えるに、一般に懲戒処分は企業秩序違反行為に対する一種の制裁罰であるから、懲戒事由たる企業秩序違反行為とこれに課すべき制裁罰との間には、客観的にみて妥当と認められるような均衡が保たれていることが必要であって、前認定のごとく会社の就業規則上、懲戒事由に該当する行為があった場合にも、情状に応じて前条の懲戒に処するとして、懲戒解雇以下六種類の懲戒処分が定められているのも、その趣旨からであるとみることができる。ことに懲戒解雇や諭旨解雇は、他の処分と異なり従業員を企業から排除する処分であり、これに重大な不利益を与えるものであるから、従業員にこのような処分を課するについては、当然被処分者を企業から排除するもやむなしと認められるような重大かつ悪質な企業秩序違反行為がその理由とされなければならなず、就業規則所定の懲戒事由に該当する行為があったからといって、ただちに懲戒解雇もしくは諭旨解雇をもって臨むのは相当でないというべきである。
そこで、右のような観点から申請人の本件書類持出し行為について考えてみるに、申請人の右の行為は「会社の物品」の無断持出行為(窃盗)であるから、被申請人会社のごとき自動車やその部品の製造販売を目的とする会社にあっては、一般的には会社の企業秩序の根幹を乱す行為とみられるのであって、たとえその実害が些細であっても重大・悪質と評価されることはやむをえないところであり、疎明資料によって認められるごとく、会社が従来から従業員のこの種行為に対し解雇もしくはそれに準ずる厳しい態度をもって臨んできたのも一応尤もなことといわざるをえない。しかしながら、商品の製造販売を目的とする企業における「会社の物品」の無断持出し行為が、そのように企業秩序の根幹に触れるような重大・悪質な非違行為と評価されるのは、それが、企業においてその製造販売を目的としている商品や生産品、さらにはその製造販売に関連する設備等に対する企業の所有もしくは所持を直接に侵害するものにほかならないからであって、疎明資料によれば、会社が過去に解雇もしくはこれに準ずる厳しい処分をもって臨んだこの種事案の先例もすべて、そのような性格のものであったことが窺われるのである。ところが本件の場合、同じく「会社の物品」の無断持出し行為といっても、持ち出した物品は前記のとおり、会社がその製造販売を目的としている商品・生産品、ないしはその製造販売に関連する設備等ではなくて、組合から焼却を依頼されて会社が保管していた組合の書類だったのであるから、その行為が企業秩序の根幹にも触れるような重大かつ悪質な非違行為であるとはにわかに評価することはできない。また、その行為の態様からみても、ロッカーに入れて厳重に保管してあったものを、夜間に忍び込んで鍵を壊して持ち出したというのならともかく、実際は、前認定のごとき状況において残務整理作業に従事中、共同作業者に気付かれないように持出したというものであるから、その点から行為の悪質性を強調することもできない。もっとも、組合から焼却を依頼された書類とはいっても、その中には前認定のような面接簿、議事録等が含まれており、その内容が公けになると関係従業員個人、組合および会社にとって不都合な結果が生ずる虞があったことは前記のとおりであるけれども、結果的には、前記のような経緯でただちに会社に回収されたため、その内容が外部に漏れ実害を生ずるようなことがなくて済んだことは右にみたとおりである。さらに、申請人がこのような行為に及んだ動機も、伊丹工場閉鎖後の勤務場所が未だ確定していなかった申請人の確定的配転先の取り決めに関する労使間の交渉経過などを記載したようなものが含まれているかも知れないとの漠然とした期待から、これを持出して一読し現在の不安を少しでも解消したいと考えたことにあり、かつ、それ以上に申請人が組合もしくは会社の機密事項を他に漏らしたり、組合の書類を他のなんらかの不正な目的のために使用したりする意図をもってこれを持ち出したものであると認めるに足る疎明資料もないことは前記のとおりであって、以上のごとき諸事情を総合して判断するならば、申請人の本件書類持出し行為(窃盗)は、前記就業規則の懲戒事由に該当する企業秩序違反行為ではあるけれども、申請人をして会社から排除するもやむなしと認められるほど重大かつ悪質なものと評価することは困難であり、その意味において、これを理由に申請人を諭旨解雇した本件懲戒処分は重きに過ぎ、懲戒権の濫用として無効のものといわなければならない。
四 そうすると、申請人は現になお会社の従業員たるの地位にあり、解雇を有効として就労を拒否する会社に対し、昭和五二年二月九日以降も月一二万三六一八円(疎明資料によって認められる当時の平均賃金)の賃金債権を有するものというべきところ、疎明資料によれば、申請人は会社からの賃金のみを生活の資とする労働者であって、それ以外に特段の資力を有しないことが一応認められ、保全の必要性についてもこれを肯認することができるので、本件仮処分申請を正当として認容することとし、訴訟費用の負担につき民訴八九条を適用して主文のとおり決定する。
(裁判官 藤原弘道)