大阪地方裁判所 昭和52年(ワ)1038号 判決 1978年1月25日
原告 藤田由雄
右訴訟代理人弁護士 右本益一
被告 高梨粂太郎
右訴訟代理人弁護士 田中博
同 遠田義昭
主文
原告の第一次請求を棄却する。被告から原告に対する大阪簡易裁判所昭和四〇年(イ)第一四五六号事件の和解調書につき、同裁判所が昭和五一年三月二九日付与した執行力ある正本に基づく強制執行は許さない。
訴訟費用はこれを二分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。
本件につき、大阪簡易裁判所が昭和五一年六月三〇日なした強制執行の停止決定はこれを認可する。
前項に限り仮に執行することができる。
事実
一 (当事者双方の求めた裁判)
原告訴訟代理人は、第一次請求として、「被告から原告に対する大阪簡易裁判所昭和四〇年(イ)第一四五六号事件の和解調書に基づく強制執行はこれを許さない。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、右第一次請求が認められないときは、第二次請求として、主文第二項同旨の判決並びに「訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求めた。
被告訴訟代理人は、「原告の請求をいずれも棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めた。
二 (原告主張の請求原因)
1 本件被告を申立人、本件原告を相手方とする大阪簡易裁判所昭和四〇年(イ)第一四五六号起訴前の和解申立事件において、昭和四〇年九月三〇日、原被告間に次の如き内容の和解、すなわち、(1)、申立人(本件被告)は、相手方(本件原告)に対し、別紙目録記載の建物(以下、本件建物という)を一時使用の目的(申立人の子息が現在在学中で、卒業後、更に見習期間を経過した後、本件建物を使用して営業を営む目的)で、昭和四〇年八月一日以降昭和四三年七月三一日までの間賃貸することを約する(第一項)、但し、右期間満了の際、諸般の事情によって、当事者双方の書面による合意により、六年間同一の条件(但し、賃料は除く)で延長する意思のあることを双方確認する(一三項)、(2)、本契約が解除、期間満了、解約等により終了した場合には、相手方(本件原告)において原状に復帰した上直ちに申立人(本件被告)に本件建物を明渡さなければならない(一一項)、(3)、その他は略、等の内容の和解(以下本件和解という)が成立し、その旨調書に記載された(以下本件和解調書という)。
2 そして、被告は、右和解調書につき、大阪簡易裁判所が昭和五一年三月二九日付与した執行力ある正本(但し、本件建物のうち、別紙図面に表示のロハニホロの各点を順次直線で結んだ線内の建物部分の明渡に限る)に基づき、右建物部分の明渡の強制執行に着手した。
3 しかしながら、本件建物のうち、軽量鉄骨部分(別紙図面に表示のロハニホロの各点を順次直線で結んだ線内の部分)は、後記の通り、原告の所有であって被告の所有ではないから、原告が被告から、右軽量鉄骨部分を含む別紙目録記載の本件建物を賃借し、かつ、右賃貸借終了の際には、これを明渡す旨約した本件和解は、全く真実に反するものであって、原告は、その真意に基づかずして本件和解をしたものであり、かつ、被告はこれを知っていたから、本件和解は、民法九三条但書により当然無効である。
4 仮に、右主張が理由がないとしても、本件和解は、次に述べる通り、要素の錯誤により当然無効である。
すなわち、別紙目録記載の本件建物のうち軽量鉄骨部分は、原告が建築したものであって、被告が建築したものではない。そして、右原告が建築した軽量鉄骨部分については区分所有権が成立するところ、被告は、右軽量鉄骨部分について、いわゆる附合の法理を楯にとり、自己の所有権を主張したので、原告も、原告自からの建築した右軽量鉄骨部分は、被告所有の旧建物の所有権に吸収されるものと誤信し、右軽量鉄骨部分を含む本件建物を原告から賃借すること等を内容とした本件和解をすることに応じたのであって、右軽量鉄骨部分が原告の所有であることを知っておれば、右軽量鉄骨部分を含む本件建物を被告から賃借することを内容とした本件和解をすることに応じなかったのである。したがって、本件和解は右の点でその要素に錯誤があるから、当然無効である。
5 よって、本件和解は、当然無効であるから、原告は、第一次的に右和解を記載した本件和解調書の執行力の排除を求める。
6 仮に、以上の主張が理由がないとしても、別紙目録記載の建物の賃貸借は、一時使用を目的としたものではないから、右賃貸借は、期間満了の際、当然更新されたものであって、右期間満了により、当然終了するものではない。
したがって、本件和解調書一一項に基づく、原告の本件建物に対する明渡義務の履行期は未だ到来していないから、本件和解調書につき、大阪簡易裁判所が昭和五一年三月二九日付与した執行力ある正本に基づく強制執行は許されないものというべきである。
よって、原告は、第二次請求として、本件和解調書につき、大阪簡易裁判所が昭和五一年三月二九日付与した執行力ある正本に基づく強制執行の不許の宣言を求める。
三 (被告の答弁主張)
1 原告主張の請求原因12の事実はいずれも認める。
同3ないし6の各事実はすべて争う。
2 本件和解は、原告の真意に基づいて成立したものであり、かつ、その要素に何ら錯誤はない。
すなわち、被告は、本件和解が成立する以前の昭和四〇年七月頃、原告に対し、被告所有にかかる大阪市浪速区幸町通四丁目七番地上の木造杉皮葺二階建の建物(本件建物に改造前の木造建物)を賃貸することにしたが、原告は、被告に対し右建物のうち、平家建部分の一階を店舗とし、階上を住居用に増築する(但し、これに伴い二階部分の建物のうち一階部分も事実上店舗の状態とする)こと等の改造をしたいとの申出をした。これに対し、被告は、右木造杉皮葺二階建の建物の賃貸借は、後記2の事情により、一時使用を目的としたものであったところから、簡単な改造なら別として、原告申出のような大改造については反対をし、原被告間に紛議が生じたが、結局、訴外山中清八、同畠平健夫等のあっせんで、原告は、その改造にかかる建物部分については、これを被告の所有とし、後日右建物部分に関しては何らの権利主張もせず、かつ、右改造した建物部分も他の部分と共に、被告所有の建物として、これを被告から賃借することを了承したので、被告も右原告の申出にかかる改造を承諾することにしたのである。
そして、被告は、右改造に関し、原被告間に一時紛争が生じたことでもあり、かつ、本件建物の賃貸借は、後記の通り、一時使用を目的としたものでもあったところから、右賃貸借が終了した場合の原告の本件建物明渡の義務履行を確実にするため、原告と起訴前の和解をすることとし、前記賃貸借の契約の大要や趣旨に沿い、大阪簡易裁判所で起訴前の和解をし、これが調書に記載されて本件和解調書が作成されたのである。
なお、右起訴前の和解をするについては、原告自身も裁判所に出頭し、かつ、裁判所において、右和解の内容について何ら異議なく、時にその改造にかかる建物部分を被告の所有であるとすることについても全く異議なく了承したのであって、本件和解は、その条項通り、適法に成立したのである。
したがって、原告の改造した部分を含む本件建物は、全部被告の所有であって、本件和解は、原告の真意に基づいて成立したものであり、かつその要素には何らの錯誤はないのである。
3 仮に、本件和解に原告主張の如き要素の錯誤があったとしても、右のにつき原告に重大な過失があったから、原告は、要素の錯誤を理由に右無効を主張し得ない。
4 次に、本件和解で定められた本件建物の賃貸借は、一時使用を目的とするものである。
すなわち、被告は、本件建物を原告に賃貸する当時、被告の息子が大学に在学中であり、大学卒業してから、更に、見習期間を経過した後は、本件建物で営業をさせる目的があったので、それまでの間、一時的に使用させる目的で、本件建物を原告に賃貸したのである。
したがって、本件建物の賃貸借は、一時使用を目的としたものであって、借家法の適用はないのである。
5 次に、本件建物の賃貸借は、昭和四三年七月三一日の期間満了の際、当初の特約に基づき原被告双方の合意により、その後六年間に限って、これを更新したから、右賃貸借は、結局、昭和四三年七月三一日から満六年を経過した昭和四九年七月三一日限り、期間満了により終了した。しかるに、原告は、任意に本件建物を明渡さなかったので、被告は、本件和解調書の一一項に基づき、大阪簡易裁判所で、本件和解調書に執行文の付与を受け、強制執行に着手することにしたのであるが、その際、木造建物部分の二階には、被告が占有している部分もあったので(このことは原告も了承ずみ)、とり敢えず、軽量鉄骨部分(別紙図面に表示のロハニホロの各点を順次直線で結んだ線内の部分)の明渡を求めるための執行文の付与を受け、これが執行に着手したのである。よって本件和解調書につき、大阪簡易裁判所が昭和五一年三月二九日付与した執行力ある正本に基づく強制執行は適法である。
四 (被告の右主張に対する原告の答弁)
右被告の2ないし5の主張は、いずれも争う。
五 (証拠関係)《省略》
理由
一 本件被告を申立人、本件原告を相手方とする大阪簡易裁判所昭和四〇年(イ)第一四五六号起訴前の和解申立事件において、昭和四〇年九月三〇日、原被告間に、別紙目録記載の本件建物の賃貸借等を内容とする原告主張通りの和解が成立し、その旨調書に記載されて本件和解調書が作成されたこと、右和解調書につき、大阪簡易裁判所が昭和五一年三月二九日付与した執行力ある正本(但し、本件建物のうち、別紙図面に表示のロハニホロの各点を順次直線で結んだ線内の建物部分の明渡に限る)に基づき、被告が右建物の明渡の強制執行に着手したこと、以上の事実については当事者間に争いがない。
二 次に、
1 原告は、本件建物のうち、軽量鉄骨の部分(別紙図面に表示のロハニホロの各点を順次直線で結んだ線内の部分)は、原告の建築したものであって、原告の所有であるのに、右部分も被告の所有として成立した本件和解は、原告の真意に基づかないものであって、被告もこのことを知っており、仮にそうでないとしても、その要素に錯誤があったから、当然無効であると主張している。しかしながら、右軽量鉄骨の建物部分は、原告が建築したものであるとの点を除くその余の右原告の主張事実に副う原告本人尋問の結果はたやすく信用できず、他に右原告の主張事実を認め得る証拠はない。
2 却って、《証拠省略》を総合すると、次の如き事実が認められる。すなわち、
(1) 被告は、もと、大阪市浪速区幸町通四丁目七の土地上にあった被告所有の木造杉皮葺二階建(一部平家建)の建物で羅針盤の自差修正業を営んでいたところ、昭和四〇年頃、健康を害して転地療養をする必要があった上、当時たまたま長男が大学に入学した関係等から、右建物を他に賃貸しようと考え、同年六、七月頃、訴外畠平健夫等の紹介で、当時大阪府豊中市で、木工機械の販売業を営んでいた原告に右建物を賃貸することにしたこと、
(2) ところで、原告は、豊中市から被告所有の前記建物に転居して、木工機械の販売業を営むためには、右建物の一部を増改築し、これを店舗と家族の住む住居とにする必要があったところから、右増改築をするについての承諾を被告に求めたこと、
(3) これに対し、被告は、当初原告が右建物を増改築することについては異議を述べ、その承諾をしなかったのであるが、訴外畠平健夫らが、被告に対し、右増改築を認めるよう働きかけ、また、原告も、右増改築をした建物部分の所有権をすべて被告に帰属させ、その部分を被告から改めて賃借することにするから右増改築を承諾して欲しい旨の申入れをした結果、被告もこれを了承したこと、
(4) そこで、原告は、前記木造杉皮葺二階建の建物を被告から賃借して間もなくの頃、自ずからの費用で、別紙図面に表示のロハニホロの各点を順次直線で結んだ線内の部分に、軽量鉄骨の二階建の建物部分を作り、また、イロホヘイの各点を順次直線で結んだ線内の従前の建物部分に軽量鉄骨の柱を建てるなどしてその補強をし、現在のような本件建物にしたこと、
(5) 次に、被告は、当初、木造杉皮葺二階建の建物を、従前のまま原告に賃貸した場合の保証金は金一五〇万円、賃料は一ヶ月金五万五〇〇〇円とする予定であったが、原告が、その費用で右の如く増改築をし、かつ、右増改築部分を被告の所有に帰属させたことにしたので、右保証金は金一〇〇万円、賃料は一ヶ月金四万円と低額に定めたこと、
(6) そして、原告は、昭和四〇年九月三〇日、大阪簡易裁判所で本件和解が成立した際にも、右増改築部分を含む本件建物はすべて被告の所有であることを認め、これを前提にして、右本件建物を、改めて昭和四〇年八月一日以降同四三年七月三一日までの約定等で被告から賃借することに合意し、その結果、本件和解が成立したのであって、当時、原告は、右和解内容をすべて了承していたこと、
(7) したがって、本件和解は、原告の真意に基づいて成立したものであるし、また、その要素に原告主張の如き要素の錯誤もないこと、
以上の如き事実が認められる。
三 そうだとすれば、本件和解は、原告の真意に基づかずして成立したものであり、かつ、被告はこのことを知っていたとか、本件和解の要素に錯誤があること等を理由に、本件和解は当然無効であるとして、本件和解調書の執行力の排除を求める原告の第一次請求(請求異議の訴の請求)は、失当である。
四 次に、《証拠省略》によれば、本件和解調書につき、大阪簡易裁判所が昭和五〇年三月二九日付与した執行文は、本件和解調書一一項に、本契約が解除、期間満了、解約等により、終了した場合には、相手方(本件原告)において原状復帰の上直ちに申立人(本件被告)に本件建物を明渡さなければならないと規定していること及び、本件建物の賃貸借はその後期間満了により終了したことを理由として付与されたものであることが認められ、右認定を覆す証拠はない。
五 ところで、被告は、本件和解による本件建物の賃貸借は一時使用を目的としたものであって、借家法の適用はないから、期間満了により当然終了したと主張するので、この点について判断する。
一時使用を目的とした建物の賃貸借とは、その期間が比較的短期間(必ずしも一年以内とは限らない)が定められており、かつ、その賃貸借の目的、動機、その他諸般の事情から、該賃貸借を短期間に限って存続させる趣旨のものであることが客観的に判断され、かつ、賃借人もこれを了承しているような場合の賃貸借をさすものと解すべきである。そして、建物の賃貸借契約を記載した契約書や調停調書、和解調書の条項中に、一時使用の文言があっても、右賃貸借契約が締結された際の客観的な事情から、当該賃貸借を借家法の適用のある賃貸借と認めるのが相当である場合には、右賃貸借は、一時使用を目的としたものではないと解するのが相当である。けだし、建物の賃貸借契約を記載した契約書や調停条項、和解条項中に、一時使用の文言が使われ、賃借人がその賃貸借を一時使用のものとすることに合意したとの事実さえあれば、当該賃貸借は、すべて借家法の適用のない一時使用のものであると解するとすれば、借家法に反する賃借人に不利な合意はすべて無効であるとして、賃借人の保護をはからうとした借家法の趣旨に反することになるし、また、賃貸人は、賃借人の同意を得て、契約書等に、一時使用の文言を用いることにより、容易に借家法の潜脱をはかることができるからである。ところで、これを本件についてみるに、
1 本件和解条項中には、被告は、原告に対し、本件建物を、一時使用の目的(被告の子息が現在在学中で、卒業後さらに見習期間を経過した後本件建物を使用して営業を営む目的)で賃貸する旨記載されていることは当事者間に争いがなく、また、《証拠省略》によれば、被告は、前述の通り、昭和四〇年頃、健康を害して他に転地療養をする必要があり、かつ、当時たまたま長男が大学に入学した関係等から、前記木造杉皮葺二階建の建物を原告に賃貸するに至ったものであって、被告は、右賃貸借に当り、将来長男が大学を卒業し、一定の見習期間を経過した後は、右建物において、家業である羅針盤の自差修正等を営ませる考えであったこと、そこで、被告は、右建物及びその後原告が増改築した本件建物の賃貸借を、借家法の適用のない一時使用のものにし、賃貸借期間の満了したときは、直ちに右建物の明渡を受けられるようにしようと考え、原告の了解の下に、昭和四〇年九月三〇日、大阪簡易裁判所に起訴前の和解を申立て、その結果、原被告間に、増改築後の本件建物を、一時使用の目的で、昭和四〇年八月一日以降同四三年七月三一日まで原告に賃貸することを明記した本件和解が成立し、その旨調書に記載されたものであること、以上の如き事実が認められる。しかしながら、後記2に認定の如き諸事情が認められる本件においては、右認定の如き事実のみからは、本件建物の賃貸借が一時使用を目的としたものであるとはたやすく認め難いし、また本件建物の賃貸借が右一時使用を目的としたものであると窺わせる《証拠省略》は信用できず、他に右事実を認め得る的確な証拠はない。
2 却って、
(1) 本件建物の賃貸借の期間は、昭和四〇年八月一日以降同四三年七月三一日までの三年間とされているけれども(本件和解条項一項)、右期間満了の際、諸般の事情によって、当事者双方の書面による合意により、六年間同一の条件(但し、賃料は除く)で延長する意思のあることを双方確認する(前同一三項)と定められていること、以上の事実については当事者間に争いがない。また、弁論の全趣旨により、右賃貸借は、昭和四三年七月三一日の期間満了の際、当初の特約に基づく原被告双方の合意により、その期間は、昭和四九年七月三一日までとなったことが認められる。したがって、本件和解による本件建物の賃貸借の期間は、一応三年とされているけれども、当初から、右期間をさらに六年間延長し、前後九年間に亘って本件建物の賃貸借を継続することが原被告間で予定されており、かつ、その後、現実に、右九年間に亘って右賃貸借が続けられていたことが認められるところ、このような九年間の期間は、一時使用を目的とした建物の賃貸借の期間としては、余りにも長きに過ぎるものというべきである。
(2) 次に、《証拠省略》によれば、原告は、前述の通り、被告から、被告所有の増改築前の木造杉皮葺二階建の建物を賃借する以前は、豊中市で木工機械の販売業を営んでいたところ、その後被告から右建物を賃借したので、約金二五〇万円もの多額の費用を支出して、右建物を増改築し、現在のような軽量鉄骨建の建物部分のある本件建物とした上、豊中市内の従前の住居から家族と共に本件建物に転居し、以後本件建物を生活の根拠としながら、木工機械の販売業を営み現在に至っていること、そして、被告は、原告が前記増改築をするについて、事前にその承諾をしていること、また、本件建物の賃料は、当初一ヶ月金四万円と定められたが、本件和解において、右賃料は、将来公租公課の増加その他諸物価の騰貴により不公正になった場合は協議の上増額し得ることを当事者双方承認する、と定められており(和解条項二項)、現に右賃料は、その後、昭和四六年頃一ヶ月金五万円に増額されたこと、以上の如き事実が認められる。しかして右事実からすれば、原告としては、本件建物を短期間臨時的に使用する目的で賃借したのではなく、将来かなり長期間に亘って本件建物を使用する目的でこれを賃借したものと認めるのが相当である。
また、一方、《証拠省略》によれば、被告が原告に本件建物を賃貸した当時は、被告の長男が大学に入学したばかりであって、大学を卒業するまでには三年以上の期間があり、さらに被告は、その長男が大学卒業後、見習に要する期間として、少なくとも三年間を予定していたこと、したがって、被告が本件建物を原告に賃貸した当時は、将来六年間(これは一時使用と認められる程の短期間ではない)は、本件建物を現実に使用する予定はなかったこと、以上の如き事実が認められるから、被告も原告に対し、本件建物を、借家法八条の予定するような短期間臨時に使用させるために賃貸したものではないというべきである。
(3) しかして、以上(2)(3)に認定の諸事情からすれば、本件建物の賃貸借は、本件和解条項中に一時使用の文言が用いられており、かつ、被告も右賃貸借を一時使用のものとして借家法の適用のない賃貸借にしようと考えていたとしても、なお、一時使用の賃貸借ではないと解するのが相当である。
五 そうだとすれば、本件建物の賃貸借には借家法の適用があるから、昭和四九年七月三一日の期間満了により当然終了するものではない。したがって、本件建物の賃貸借の期間満了前六ヶ月ないし一年以内に被告が原告に対し正当事由による更新拒絶の意思表示をしたこと、その他原告の債務不履行による契約解除等によって、本件建物の賃貸借が終了したことについて主張立証のない本件においては、原告には、現在未だ本件建物を明渡す義務はなく、本件和解調書一一項に定める本件建物の明渡義務は未だ現実化していないものというべきである。
しかして、本件建物の賃貸借が、一時使用を目的としたものであって借家法の適用がないため、期間満了により当然終了したとか、或は、被告が期間満了前に正当事由による更新拒絶の意思表示をしたため、期間満了により終了したとの事実は、債権者(賃貸人)である被告において証明すべき民訴法五一八条二項所定の条件に該当するものと解するのが相当であるから、右期間満了により本件建物の賃貸借が終了していないのに終了したものとして執行文が付与された場合には、債務者である原告は、執行文付与に対する異議の訴によって、その執行力ある正本に基づく強制執行不許の宣言を求めることができるものと解すべきである。したがって、本件和解調書につき、大阪簡易裁判所が付与した前記執行力ある正本に基づく強制執行の不許を求める原告の第二次請求は正当であって、これを認容すべきである。
六 よって、原告の本訴第一次請求は失当であるからこれを棄却し、第二次請求は正当であるからこれを認容し、訴訟費用につき民訴法九二条を、強制執行の停止決定の認可及びこれに対する仮執行の宣言につき同法五四八条を各適用して、主文の通り判決する。
(裁判官 後藤勇)
<以下省略>