大阪地方裁判所 昭和52年(ワ)1135号 判決
1 原告主張の請求原因1項(原告が本件特許権を有すること)、2項の(一)(本件特許請求の範囲を分説すると原告主張の(イ)(ロ)(ハ)の三要件となること)、3項(被告が昭和五一年二月頃から本件イ号、ロ号装置を業として製造販売していること)はいずれも当事者間に争いがない。
2 そこで、イ号、ロ号装置(以下、これらを被告装置と総称する。)が本件特許の技術的範囲に属するか否かについて検討する。
(一) 本件では、便宜まず、本件特許発明の技術思想について考える。
成立に争いのない甲第二号証(本件特許公報)によると、本件特許発明は、自動車のボデーシヤーシや電気器具のカバーケース等の板金工作物にナツトまたは座金等を溶接する場合において、スポツト溶接機にナツト又は座金類を一個づつ供給して嵌める作業をする「ナツト供給装置」に関するものであつて、従来手作業的に行なつていた右ナツト等の供給作業を人手を使用することなく機械操作で自動的に行なわせ、もつて人の神経を疲労させることなく其の作業能率を著しく向上させ、工費を低減せることを目的としたもので、右のような課題を解決する手段として、ほかならぬ(イ)(ロ)(ハ)の各構成要件をもつて構成される装置を提案したものであることが認められる。
そして、右三要件が具現している技術的思想を突きとめ理解するためには次のような詳細な説明の記載がその参しやく資料として役立つものと考える。すなわち、
<1> 「その要旨とする所は、目的の座金又はナツトを細径のスピンドルに串刺しにした状態にしてスピンドルの下端を下部電極の芯金に接触させ串刺しされたナツト又は座金をスピンドルに導かせて下部電極の芯金に嵌めるようにしたことを特徴とするものである。」
(甲第二号証の公報一頁二欄一〇ないし一五行)
<2> 「スピンドル6は最前列ナツトNの中心孔を串刺しにして降下し、スピンドル6の底端が下部電極の芯金B1に接触すると続いてピストン桿8がスリーブ4を押圧して、板発条に一時係止されているナツトNを離脱させるのである。すると該スピンドル6に嵌まつたナツトNは第4図に二点鎖線で示す如くスピンドル6に沿つてすべり落ち芯金B1に自動的に嵌まり込み、板金工作物Aのナツト溶接個所に正しく一個供給されるのであり、………」
(同二頁三欄四ないし一三行)
<3> 「この場合スピンドル6の外周にナツト押し出用のスリーブ4を被嵌し、スピンドル6を該スリーブ4によつて摺動自在に保持するようにしたので、スピンドル6は細くて長いものにすることができ、………小さなナツトを取り扱うことができる利点が得られる……。」
(同二頁三欄二二ないし三〇行)
そこで、これらの記載および添付図面を彼此総合して考えると、本件特許発明は、ナツトNを芯金B1(スポツト溶接機の下部電極Bの上方突出部分)に嵌める技術手段として次のような方法を採用した点に特徴があると解される。すなわち、(1)スピンドル6がナツトNの中心ねぢ孔部分を貫通している状態を前提として、該スピンドル6をしてその底端が芯金B1に接触するまで伸張させること、(2)このことにより、スピンドル6は、自重または原告のいう離脱力によつて落下するナツトNを、芯金B1まで案内するガイドロツドの役割を果すこと。そして、以上の点をさらに要約すると、本件特許発明はナツトNを芯金B1に嵌める手段として、ナツトNをスピンドルに沿つて「落下させる」方法を採つたものということができる。
このように考えてくると、本件特許発明は、ナツトNをスピンドル6に貫通させること、それもナツトNを落下させて芯金B1に嵌め込むに十分なていどに貫通させることを必須の事項としていることが明らかであり、被告が、本件発明は「串刺し方式」であることを特徴としていると主張する点は右の趣旨において正当である(なお、被告の主張中には、そのほか、要件(イ)に関連して、本件発明はナツトNの落下を自重によらしめていることをも特徴としているかのように主張する部分もあるが、右の点についてはその当否を暫らくおく。したがつて、以下、「串刺し方式」という場合の技術的意味は右の要素を捨象した本文説示の限度での意味をいうものとする。)。
そして、かく解してこそ、本件特許請求の範囲(クレーム)の記載中の次のような文言すなわち(1)「該スピンドルの底端が………芯金B1に接触する迄伸張」するとした点((ロ)の要件の一部)および(2)「一時係止されているナツトNを………スピンドル6に串刺して………芯金B1に嵌める」こととした点((ハ)の要件の一部)をよく理解し、納得しうると考えられる。
(二) しかして、以上の説示を本件特許請求の範囲の文言に則し換言すると、本件特許発明においては、スピンドル6の底端が芯金B1に接触することは欠くべからざる構成要素であると考えるべきであり((ロ)の要件部分)、またここに「串刺し」の技術的意味も被告が主張するとおり文言の一般的な意味に忠実に「刺し貫くこと」「刺し通すこと」すなわち挿入物の先端が被挿入物の反対側に突出された状態、しかもその突出の程度は前示のようにナツトNを落下させて芯金B1に嵌め込むに十分なものであることをいうものと解するのが相当である((ハ)の要件部分)。
(三) 以上の見解に反する原告の主張はいずれも被告装置が本件特許の技術的範囲に属することを論証するに急なためになされた独自の見解であると考えられるから採用の限りでない。
すなわち、原告の主張によれば、原告は、右の点に関し、本件特許発明においては(1)スピンドルの底端は必ずしも芯金B1に文字どおり接触することを要件とするものではなく、スピンドルに串刺しされたナツトNが芯金B1に嵌めうるていどに近接する場合も「接触」の要件に該当しまたは均等であると解すべきであるといい、また(2)串刺しの意義も前示のような貫通した状態だけを指すのではなく、挿入口の反対方向へ突出されない部分的挿入の状態をも指称すると解すべきであるといい、これらの点を力説強調しているのであるが、右のような解釈は前示のような本件特許発明の技術思想にそぐわないものであり、かつ言語の一般的用法にも反する。また、詳細な説明、図面等にも原告の主張するような解釈が正当であることを示唆する部分は見当らない。
またさらに、当裁判所が採つた見解が原告の非難するような「詳細な説明と図面に記載された一実施例」にのみとらわれたものでないことは上来の説示自体によつて明白であると考える。
(四) そこで、次に以上のような見地から被告装置の構成を検討するに、まず前記当事者間に争いのない被告装置をみると、それは本件特許発明が設定した目的課題と同一の目的課題を解決するために製作されたナツト供給装置ではあるが、ただその課題解決手段ことにナツトNをスポツト溶接機の固定下部電極10の上部にあるガイドピン11に嵌める手段(本件発明に則していうと、ナツトNを芯金B1に嵌める手段)としては、本件発明が採用したような「串刺し方式」を採用せず、かえつて次のような手段を採用していることが明らかである。すなわち、当事者間に争いない被告装置の構成をみると、原告の主張するような構成分説によるまでもなく、それは、磁性体スピンドル5が下降するにさいし、まずその先端位置にあるナツト吸着位置決めガイド4BにナツトNのねぢ孔N1を嵌合させ、かつ励磁されたナツト吸着面4Aに磁力によつて吸着させ、その状態で下降するスピンドルが下部電極のガイドピン11に接近し、そのさい前記磁力を消去してナツトNを右ガイドピン11に嵌める手段を採用していることを特徴としていることが明らかである。これを換言すると、右被告装置のナツト嵌め込み手段は、磁力を利用してスピンドル底端にナツトNを吸着保持した状態で、該スピンドルをガイドピン11(本件特許発明における芯金に相当)に接近させ、そこで磁力を消去してナツトNをスピンドル底端から解放しガイドピン11に嵌め込むものということができる。
このように考えてくると、被告装置のナツト嵌め込み手段は、要するに、ナツトNをスピンドル底端に磁力によつて吸着させた状態で芯金に「持つて行き置いてくる」ことを特徴とするものであり(この限りで、右被告装置の果す機能は、従前、人が手でナツトを一個ずつ芯金に嵌め込んでいたのと全く同様のものということもできる。)、このような技術手段を、ナツトNを「落下させる」ことを特徴とする「串刺し方式」に対して「電磁吸着方式」という被告の理解は正当である。
しかして、それがゆえに、被告装置は、当事者間に争いない図面をみる限りにおいて、(1)スピンドル5の先端位置はガイドピン11近くまで伸張はするが、接触することのないような構成をとり、また(2)スピンドル5はナツトNを貫通していないような構成をとつていることが明らかである。
原告は、被告装置におけるスピンドル先端位置のナツト吸着位置決めガイド4BにナツトNのねぢ孔N1を嵌合させる点(イ号、ロ号各図面によると、右ガイド4BはナツトNのねじ孔N1を貫通していないことが明らかである。)も「串刺し」状態といいうると主張し(ただし、この見解が採用できないことはすでに説示したとおりであるが)、被告装置において、ナツトNを磁力をもつてスピンドル先端(すなわち、ナツト吸着面4A)に吸着させる手段をとつていることは単なる附加的手段にすぎないと評価するのであるが、右のような見解は本末顛倒の議論であると思われる。けだし、被告装置においてもし右のような磁力による吸着手段を採らず、原告のいう前記「串刺し」状態だけでナツトNをガイドピン11に運ぼうとすればナツトNは直ちにスピンドルの先端部分から離脱し、ガイドピン11に嵌めるという所期の機能を果すことが不可能になることが経験則上明らかであるからである。
(五) そうすると、被告装置は、本件特許発明の技術思想(「串刺し方式」)を備えておらず、かえつて、これと全く異なる技術思想(「電磁吸着方式」)を採用したものであり、その結果、少くとも本件特許発明の(ロ)および(ハ)の要件を充足していないものというべきである。
してみると、被告装置は本件特許発明の技術的範囲に属しない。
(六) ただし、以上のような結論に従うについては、当裁判所は、必らずしも原告が適確に主張していないところではあるが、次のような補足説明がなお必要であると考える。
すなわち、当事者間に争いない被告装置図面によれば、磁性体スピンドル5はナツト嵌め込みにさいしガイドピン11に接触しておらず、かつ、ナツトNはスピンドル5に貫通されていない状態が図示されており、その限りにおいて本件特許の(ロ)と(ハ)の構成要件に該当しないわけである。しかし、ふりかえつて考えてみると、被告装置においてナツトNを嵌合させる部分であるナツト吸着位置ぎめガイド4Bの高さとナツトNの厚みの相対関係は必らずしも図示したようなものに限らず、ナツトNの厚みが薄い場合には(なお、座金供給の場合には座金の厚みは極めて薄いのが通常であることも参照)、右図示とは異なり、スピンドル5の底端と解すべき前記ナツト吸着位置ぎめガイド4Bの先端がナツトNを僅かではあるが突出する状態になると考えられる(ナツトNはナツト供給装置自体の構成部分ではないから、当事者間に争いない図示中、ナツトNの厚み等は任意のものに置き換えて考えても、必らずしも弁論主義に違反しないと考えられる。)。
しかして、このような場合には、スピンドルの底端は芯金(ガイドピン11)に接触し、またスピンドルはナツトNから突出しているため、本件特許発明の要件(ロ)と(ハ)を充足していると解されないでもない。
しかし、すでに(二)で説示したとおり、本件特許発明は、それが「串刺し方式」を採用していることからして、その構成要件(ハ)にいう「串刺し」とは単にスピンドルが僅かでもナツトの反対側に突出されていればよいというものではなく、ここで要求される貫通状態とは、「串刺し方式」なる名称自体が示唆しているように、ナツトNをスピンドルに案内させながら落下させ芯金B1に嵌め込む目的に適わしい十分な程度に貫通されていることをいうものと解すべきである。
しかるところ、被告装置における右突出状態はとうていスピンドルを貫通しているといえるようなものではなく、右の程度に至らぬものであること明らかである。また、被告装置は「電磁吸着方式」を採用しているがために、前記のような貫通状態は技術上無用のことでもある。
したがつて、前記のような場合でも、被告装置は、結局、スピンドルがナツトNを「串刺し」するものではないと解され、それゆえ、少くとも本件特許発明の(ハ)の要件を欠くものである。
以上のとおり補足する。
3 よつて、原告の本件差止請求および損害賠償請求は爾余の判断をなすまでもなく理由がないからこれを棄却する
〔編註〕 本件に関する目録は左のとおりである。
物件目録(一)
イ号装置の説明
一、図面の説明
別紙第一図ないし第四図は、イ号装置の構造及び作動態様を示すものであり、
第一図は、イ号装置を取り付けたスポツト溶接機の正面概観図及びイ号装置にナツトを送給するパーツフイーダーの側面概観図、
第二図は、イ号装置の構造を示す縦断面図、
第三図は、イ号装置のうちの、ナツト吸着保持部及びナツトの吸着状態を示す拡大図、
第四図は、イ号装置によるナツト供給状態を示す作動概要図である。
各図符号は、それぞれ、次のとおりイ号装置及びその付属装置の各部材を示す。
1 スポツト溶接機
2 パーツフイーダー
3 ナツト供給ヘツド
4 ナツト吸着保持部
4A ナツト吸着面
4B 吸着位置ぎめガイド
4C 位置ぎめガイド面取り部
5 磁性体スピンドル
5A スピンドル欠円平面部
6 シリンダー
7 基筒
8 スピンドル磁化用コイル
9 コイル内装用外筒
9A スピンドル出入孔
10 固定下部電極
11 ガイドピン
12 ストツパープレート
13 案内シユート
14 コイルスプリング
15 蝶番
15A 蝶番支持プレート
16 可動上部電極
17 リードスイツチ
18 スピンドル回り止め金具
19 通路孔
N ナツト
N1 ナツトねぢ孔
N2 ナツト脚部
W 板金工作物
A ナツト回動方向
二、構造
イ号装置(ナツト供給ヘツド3)の構造は次のとおりである。
(1) 基筒7には、その後端にシリンダー6が、前端にコイル内装用外筒9が取り付けられ、
(2) シリンダー6の外側には、リードスイツチ17が取り付けられ、
(3) シリンダー6の内側のピストンロツド(図示せず)には、断面の一部に欠円平面部5Aを持つた磁性体スピンドル5が、収縮時の先端位置が外筒9の端面より内部になる長さで、基筒7及び外筒9中に摺動自在に嵌挿して連結され、
(4) 磁性体スピンドル5の先端は、ナツト吸着面4A、吸着位置ぎめガイド4B及び位置ぎめガイド面取り部4Cからなるナツト吸着保持部4を形成し、
(5) 外筒9の先端は、磁性体スピンドル5の軸受部を形成し、スピンドル回り止め金具18が設けられ、
(6) 外筒9内のスピンドル5の外周には、スピンドル磁化用コイル8が同心円的に配置され、外筒9の先端中央には、スピンドル出入孔9Aを設けてあり、
(7) 出入孔9Aの外側一側に、パーツフイーダー2と連結した案内シユート13が取り付けられ、
(8) シユート13から供給されるナツトNを一時係止するために、コイル内装用外筒9の先端には、その軸心から所定の距離を隔てて位置するストツパープレート12と、二枚の蝶番支持プレート15Aが、案内シユート13の先端を囲むように取り付けられ、
(9) 蝶番支持プレート15Aの内側には、コイルスプリング14により保持されている蝶番15が案内シユート13の通路孔をふさぐ位置に取り付けられ、
(10) ナツト供給ヘツド3は、その軸心が、上部電極16と下部電極10の軸心線に対し、五度乃至八五度傾いた状態でスポツト溶接機1に取り付けられている。
三、作動
(1) まず、下部電極10上に板金工作物を芯金11で位置決めして載置し、
(2) 次いで、パーツフイーダー2から送られてきたナツトNをシユート13でストツパープレート12に当接する位置まで導入し、蝶番15で磁性体スピンドル5の中心線上に一時係止する。
(3) 作動用スイツチ(図示せず)を入れると、スピンドル磁化用コイル8に電気が流れ、他方、シリンダー6が作動して磁性体スピンドル5が下降前進を始める。下降前進する磁性体スピンドル5は、スピンドル磁化用コイル8によつて磁化され、その先端は、所定の位置に係止されたナツトNに接触する。この際、その先端のナツト吸着面4Aは、磁力によつてナツトNを吸着し、かつ、吸着位置ぎめガイド4Bが、ナツトねぢ孔N1と嵌合する。
(4) 磁体性スピンドル5が更に前進すると、その先端に吸着されたナツトNは、通路孔19をふさいでいた蝶番15を押し開き、板金工作物Wに向つて前進する。
(5) ナツトNの脚部N2が板金工作物Wの表面に当接するまで、シリンダー6は下降し、下死点に到ると、リードスイツチ17はONの状態となり、スピンドル磁化用コイルへの電流を遮断し、逆方向の電気を流して残留磁気を取り除く。これによつて磁性体5の磁力が消滅し、ナツトNは、吸着部4から解放され、当接脚部N2を支点として回動し、ナツトねぢ孔N1がガイドピン11に嵌合した状態で、板金工作物W上に静止する。
(6) 磁性体スピンドル5は、ナツトNが解放されると、シリンダー6の作用によつて後退する。
(7) 磁性体スピンドル5が一定の距離まで後退したとき、可動上部電極16が下降してナツトNを板金工作物Wに溶接し、次に溶接されるべきナツトNがパーツフイーダー2から案内シユート13内に送給される。
(8) 磁性体スピンドル5が、当初の位置(上死点)にまで後退し停止すると、案内シユート13の通路孔19は再び蝶番15によつてふさがれ、ナツトNは、通路孔19の位置に達する。
(9) 磁性体スピンドル5が一定の距離まで後退したとき、可動上部電極16が下降してナツトNを板金工作物Wに溶接し、次に溶接されるべきナツトNがパーツフイーダー2から案内シユート13内に送給される。
別紙
<省略>
<省略>
物件目録(二)
ロ号装置の説明
一、図面の説明
(物件目録(一)の「イ号装置の説明」の「図面の説明」の項と同じ。但し「イ号装置」とある部分は「ロ号装置」とし、符号として「5Bガイドプレート」を加える。)
二、構造
(物件目録(一)の「イ号装置の説明」の「構造」の項と同じ。但し、(5)の末尾に「磁性体スピンドル5の先端の欠円平面部5Aには、ガイドプレート5Bが設けられ」を加える。)
三、作動
(物件目録(一)の「イ号装置の説明」の「作動」の項に同じ。但し、(5)の末尾に「この際、ガイドプレート5Bは、ガイドピン11を軸心とするナツトNの回転を防止する。」を加える。)
別紙
<省略>
<省略>