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大阪地方裁判所 昭和52年(ワ)1933号 判決 1979年4月13日

原告

前田雅代

原告

前田仁

原告

前田克

右両名法定代理人親権者

前田雅代

原告ら訴訟代理人

加藤美文

被告

住友生命保険相互会社

右代表者

新井正明

右訴訟代理人

永澤信義

外三名

主文

一  原告らの請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  原告ら

1  被告は原告前田雅代に対し、金一八〇〇万円、同前田仁、同前田克に対し、各金一三五〇万円と、右各金員に対する昭和五一年五月一六日から支払いずみまで、年六分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  第一項について仮執行宣言。

二  被告会社

主文同旨。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  訴外亡前田武広は、昭和五〇年九月一八日、被告会社との間で、左記の保険契約を締結し、同日、第一回保険料金五万〇二五〇円を支払つた。

(一) 死亡保険金  金四五〇〇万円

(二) 保険契約者     前田武広

(三) 被保険者      前田武広

(四) 死亡保険金取受人

原告前田雅代     四割

同前田仁、同前田克  各三割

2  前田武広は、昭和五一年三月八日死亡した。

3  原告らは、昭和五一年四月一九日ころ、被告会社に対し、死亡保険金の支払いを請求した。

4  被告会社に対し、原告前田雅代は金一八〇〇万円、同前田仁、同前田克は各金一三五〇万円と、右各金員に対する履行遅滞の日である昭和五一年五月一六日から支払いずみまで、商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否・抗弁

(認否)

請求原因事実はすべて認める。

(抗弁)

1 自殺による免責

(一) 前田武広は、本件契約日から一年以内の日である昭和五一年三月八日午後三時四五分ころ、自宅二階寝室蒲団の上で、右手に持つた差換式メスにより、右側頸部を切傷して、右側頸部動静脈に損傷を与えこれによる失血のため死亡した。

(二) 右死亡は、その形態に照らし、典型的な企図自殺であるから、被告会社は、普通保険約款(以下、約款という)二〇条一号により、原告らに対し、保険金を支払う義務はない。

2 告知義務違反による解除

(一) 前田武広は、昭和四五年四月一〇日ころ、うつ病を発病し、同月一二日から同年七月三日まで、訴外医療法人八幡保養院(以下、八幡保養院という)の精神科医訴外江藤陽の治療を受けて、同日、完全寛解したが、さらに、昭和四八年九月七日、うつ病を再発し、同日から昭和四九年七月一六日まで、同様に江藤陽の治療を受け、昭和五〇年七月二〇日、完全寛解した。

(二) 前田武広は、江藤陽から治療を受けた事実は勿論、自分の症状を十分自覚していたのに、本件契約申し込みに際し、昭和五一年九月一三日、被告会社保険審査医訴外村田茂から既往症について告知を求められたのに、悪意または重過失により、生命の危険測定上重要な事実である前記治療を受けた事実を告知しなかつた。

(三) 被告会社は、昭和五一年五月一五日原告らに到達した書面で、本件契約を解除する旨の意思表示をした。

三  抗弁に対する認否・再抗弁

(認否)

1(一) 抗弁1(一)の事実は認める。

(二) 同(二)の事実は争う。

約款二〇条一項一号にいわゆる自殺は、被保険者の自由な意思決定に基づき、その者の身体の動作により死亡の結果を来たすべき場合を指すところ、前田武広は、昭和五一年三月六日ころ、うつ病を再発し、その精神障害中に発作的に差換式メスにより右側頸部を切傷したものであるから、うつ病による精神障碍中における動作に基因する死亡であり、自殺とはいえない。

2(一) 同2(一)の事実は認める。

(二) 同(二)の事実は否認する。

(三) 同(三)の事実は認める。

前田武広の症状は、第一回発病時には単に抑うつ反応の疑いがあると診断された程度であり、第二回発病時にも、未だ内因性うつ病と断定できない軽うつ状態であつたから、前田武広には、本件契約申し込みの際、自分が精神疾患である内因性うつ病に罹患し、そのため江藤陽の治療を受けたとの認識はまつたくなかつた。

もし、前田武広に右認識があれば、本件契約締結後の昭和五〇年一〇月二三日、既に告知義務違反による解除権の消滅した訴外安田生命保険相互会社との間の生命保険契約(以下、別件契約という)を解約する筈がないことに照らしても、右認識がなかつたことは明らかである。

(再抗弁)

仮に、前田武広に告知義務違反があつたとしても、前田武広は、本件契約締結に際し、別件契約を解約していること、本件契約締結に至つた動機は、当時、友人から生命保険金額の増額を示唆されたためと、たまたま患者として来院していた被告会社北九州支社北方出張所職員訴外竹内幸子から勧誘されたためであることなどの事情に照らすと、被告会社の本件解除権の行使は権利の濫用として許されない。

四  再抗弁に対する認否

再抗弁事実は争う。

第三  証拠関係<略>

理由

一請求原因事実はすべて当事者間に争いがない。

二前田武広の死亡に至るまでの経緯

1  前田武広が契約日から一年以内の日である昭和五一年三月八日午後三時四五分ころ、自宅二階寝室蒲団の上で、右手に持つた差換式メスにより、右側頸部を切傷して右側頸部動静脈に損傷を与え、これによる失血のため死亡したことは当事者間に争いがない。

2  前項の当事者間に争いのない事実や、<証拠>を総合すると、次の事実を認めることができ、<る。>。

(一)(1)  前田武広は、訴外古川泰彦に融通した額面七五〇万円の手形を含む金銭の回収がうまくいかないことを思い悩むうち、昭和四五年四月初めから身体が疲れて眠れない旨の症状を訴えるようになり、同月一〇日ころから、特に不眠を強く訴え、死にたいと口にするようになつた。

右症状をみかねた古川泰彦の紹介で、前田武広は、同月一二日、自宅において、江藤陽の診察を受けた。

(2)  その主訴は、睡眠障害、手の震え、口の渇き、頻脈などの身体症状を始め、抑うつ感情、抑うつ思考、不安性苦悶であり、自殺念慮があつた。

前田武広は、元来、身体は健康だつたが、心配事や考え事があると眠れず、これまでにも睡眠剤、精神安定剤を服用したことがあり、昭和四四年には約一週間、寝つきが悪く、ベンザリン(精神刺戟剤)を服用したことがあつた。

(3)  江藤陽は、診察の結果を総合して、内因性うつ病か単なる抑うつ反応か断定できなかつたが、右機序から抑うつ反応を疑い、とりあえず、抗うつ剤(感情調整剤)を投与し、歯科診療を休むように指示するとともに、古川泰彦に手形の処理を依頼した。

(4)  右処置により、同月二〇日、江藤陽が往診した際、前田武広は、自分の兄達にすべての事情と病気の状態を話したこと、手形の件も半分片づき、気分はとてもよいこと、何で自殺など考えたか不思議でならぬと笑顔で江藤陽に語りかけるなど、理路整然と過去を批判できる状態になつた。

そこで江藤陽は、同日以降、服薬量を三分の一に減らすことを指示し、経過を観察することとした。

(5)  前田武広は、なお、気分にややむらがあつたものの、次第に仕事に対する意欲もわき、児童検診を経て、同年五月一日から歯科診療を再開した。

同年六月二日には、自分から江藤陽に電話をかけ、仕事も順調で、熟睡でき、食欲もあり、病前と変わらないようだと病状を報告した。

(6)  前田武広は、同年七月三日、同様に江藤陽に電話をかけ、元気に仕事をしており、夜もよく眠れるし、体重も増加した旨を報告した。

江藤陽は、その結果、完全寛解したと判断し、服薬の中止を指示し、経過を観察することにした。

(二)(1)  前田武広は、昭和四八年八月ころまで順調に仕事をし、その間、江藤陽に何も相談することなく過していたが、同年九月五日交通事故にあつた後子供の進学問題について思い悩むうち、食欲が減退し、不眠状態となつた。

前田武広は、右自覚症状から再び軽うつ状態になつたと考え、自分の判断で、セルシン(抗うつ剤)の服用を再開し、二日間ほど服用したが、依然憂うつ感がとれないので、同月七日、自分から江藤陽に電話をかけ、右症状を訴えて、その指示を仰いだ。

(2)  その主訴は、午前中はとても気分が重く、あまりしやべりたくないが、夕方から夜は気分がよくなる、最初は不安感もあつたが、それはなくなつた、睡眠はまあまあ良いが、熟睡感がないということであつたが、自殺念慮は認められなかつた。

(3)  江藤陽は、右主訴に基づき、軽うつ状態が再発したと判断し、トフラニール(抗うつ剤)とセルシンの服用を指示したが、昭和四五年以降の病状の経過、ことに今回、特に心因と認められるものがないのに軽うつ状態を再発したことに照らし、前田武広の疾病は内因性うつ病であるとの確信を強めた。

(4)  江藤陽は、同年一一月一三日、前田武広を診察し、精神科カウンセリングをした。

前田武広は、同年一二月一八日、江藤陽に対し、睡眠もよく、食欲もあり、朝から気持ちよく仕事に集中できる旨の病状報告をしたので、江藤陽は、右処置により、おおむね寛解したと判断したが、前田武広と原告前田雅代に対し、今後とも、セルシンを続用するように指示した。

(5)  前田武広は、昭和四九年七月一六日、八幡保養院を訪れ、江藤陽に対し、トフラニール、セルシンの続用により、おおむね経過はよいが、同年六月二〇日ころから、食欲不振、全身倦怠感がある旨を訴えた。

江藤陽は、右訴えに対し、当分、トラフニールを服用するように指示した。

(6)  その後、何の相談もなく過ぎたが、昭和五〇年七月二〇日、前田武広から元気に働いている旨の電話がかかり、江藤陽は、完全寛解したと判断した。

(三)  前田武広は、昭和五〇年九月一三日、自宅において、被告会社の保険審査医村田茂の審査を受けた。

前田武広は、村田茂が既往性の有無について質問した際、昭和四五年四月から昭和五〇年七月まで前記症状を訴え、江藤陽の治療を受けた事実を告知しなかつた。

(四)(1)  前田武広は、昭和五一年三月五日ころ、雇傭していた看護婦の結婚の仲人を引き受けさせられたことや、突然看護婦が全員やめると言い始めたことを思い悩むうち、憂うつな気分になつた。

(2)  前田武広は、同月六日、自分から江藤陽に電話をかけ、これまで経過がよく、服薬を約半年間中断していたが、今度結婚式の仲人をすることになり、最近、憶怯になつて困つている旨を訴えた。

江藤陽は、右訴えに基づき、軽うつ状態が再発したと判断し、服薬を直ちに再開するように指示した。

(五)  前田武広は、同月八日午後三時まで、普段と変わりなく診察したが、原告前田雅代が苦にしていた仲人の件を断りに外出した直後の同日午後三時四五分ころ、自宅二階寝室に入り、内側から鍵をかけ、同室蒲団の上で、右手に持つた差換式メスにより、右側頸部を切傷し、右側頸部動静脈に損傷を与え、これによる失血のため死亡した。

その際、前田武広は、遺書その他これに類するものを残さなかつた。

三うつ病について

<証拠>を総合すると、次の事実が認められ、<る。>。

1  うつ状態とは、抑うつ気分(悲哀)と、それに伴う思考と行動の制止を主症状とする状態の総称である。

2  うつ状態を起こす疾病の原因は、三つに大きく分けられる。その一は、生まれつきの素質により、うつ状態が起こるもので、その原因は、よくつかめない。これが内因性うつ病である。

その二は、脳に何らかの器質的欠陥(たとえば梅毒)があるために起こる場合である。

その三は、不安、葛藤、シヨツキングな出来事などが原因(心因)となつて起こるもので、これが抑うつ反応である。

3  内因性うつ病に罹病すると、不眠、頭痛、食欲不振、倦怠感などの身体症状を訴えることが多い。

思考制止のため、その内容はすべて悲観的、自責的、絶望的であり、この悲哀気分は、日中変動し、一般に朝方に顕著であるのが特徴で、夕方から夜にかけて軽快することが多い。

この抑うつ状態のため、患者は絶えず自殺を考えており、ときに実行するに至る。

その場合、病状の重いときは、制止症状も強く、決断力もほとんどないため、かえつて自殺は行われないが、病初期や回復期の病状が軽くなるにつれ、自殺を決行する危険が増してくる。

その自殺の態様には、首つり、入水、交通機関への飛び込みは勿論、刃物による頸部静動脈切傷など、あらゆる手段、方法が駆使される。

内因性うつ病と自殺は、このように切つても切り離せない密接な関係がある。

4  内因性うつ病は、一旦罹病すると、治癒はなく、その再発は必至であるが、罹病期と罹病期の中間期には、その行動は、まつたく正常である。

この中間期における、服薬せずに普通の生活、仕事ができる状態を完全寛解といい、寛解に至る回復期の状態を軽快という。

5  精神的疾患を持つ者が、自分が病気だということを自覚することを病識という。

その有無の判定の指標は、患者が自分の症状を確実に認識でき、主観的のみならず客観的にも、過去の行動を冷静に批判できる言動をしているかどうかである。

内因性うつ病の場合、罹病期には、一般に病感はあるが、真の病識は欠如する。

この病識が現われたときが、即ち、完全寛解と判断されるべき状態である。

四前田武広の精神疾患について

1  前田武広は、昭和四五年四月一〇日ころ、不安感から不眠、食欲不振を訴え、自殺念慮があつたから、右症状は、典型的な抑うつ状態であつた。

2  前田武広は、次いで昭和四九年九月七日、不眠、食欲不振、倦怠感を訴え、しかも、右症状には日中変動が認められたから、自殺念慮はなかつたが、同様に典型的な抑うつ状態であつた。

3  前田武広は、さらに、昭和五一年三月五日ころ、憂うつ感と感情の遅滞を訴えたから、右症状は軽うつ状態の初発期であつた。

4  このように、前田武広は、昭和四五年四月一〇日ころ以降、昭和五一年三月五日ころまでの間に、三度抑うつ状態に陥つたが、その間、抗うつ剤の投与により二度完全寛解し、第二、三回の各発病時には、特に抑うつ反応を起こすべき心因は認められないし、第一回発病前にも、睡眠障害を訴え、精神刺戟剤を服用したことがあつた。

以上の抑うつ状態と寛解状態の周期性、反覆性、抑うつ反応を起こすべき心因の比重の軽微性、前田武広の脳に特に器質的欠陥があつたことは認められないことを総合すると、前田武広の精神疾患は、単に心因による抑うつ反応ではなく、生まれつきの素質から発病した内因性うつ病であつたと認めるほかはない。

五自殺による免責について

1  被告会社は、前田武広は、自宅二階寝室に内側から施錠し、同室蒲団の上で、右手に持つた差換式メスにより、右側頸部を切傷して、右側頸部動静脈に損傷を与え、これによる失血のため死亡したから、右死亡は、その形態に照らし、典型的な企図自殺であつたと主張している。

約款二〇条一項一号にいわゆる自殺は、被保険者の自由な意思決定に基づき、その者の身体の動作により死亡の結果を来たすべき場合を指すと解すべきであるが、遺書その他これに類するものが残されていない本件においては、右死亡の形態のみから直ちに前田武広が、その自由な意思決定に基づき、その生命を絶つたと推認することは難しく、そのほかに、本件に顕われた証拠を仔細に検討しても、右死亡が前田武広の自由な意思決定に基づくものであることを認めるに足る証拠はない。

2 かえつて、前記認定のとおり、前田武広は、右死亡日の直前である昭和五一年三月五日ころから、内因性うつ病を再発し、軽うつ状態になつていたこと、死亡当日死亡直前まで、外見上、平常に歯科診療に従事していたこと、遺書その他、自由な意思決定に基づく自殺であることをうかがわせるものはなかつたこと、内因性うつ病と自殺は切り離すことのできないものであること、内因性うつ病による自殺は病初期または回復期に多く、その方法は手段を選ばず、刃物による頸部動静脈切傷は、その一典型であることを総合すると、右死亡は、内因性うつ病の病初期の発作的自殺というべきである。

3 そうすると、右死亡は、内因性うつ病による精神障碍中における動作に基因するものであるから、被告会社のこの主張は理由がない。

六告知義務違反による解除について

1  被告会社が、昭和五一年四月一五日原告らに到達した書面で、前田武広の告知義務違反を理由に本件契約を解除する旨の意思表示をしたことは当事者間に争いがない。

2  解除権について

(一) 生命保険契約において、告知の対象となる重要事実とは、胃腸障害などの身体疾患にとどまらず、精神疾患をも含め、およそ被保険者の危険を測定するうえに重要な関係を有する事実を指し、この重要性の有無は、保険の技術に照らし、客観的に観察して決定される。

そして、既往性についての告知義務は、自覚症状とそのため治療を受けた事実を認識していれば成立し、被保険者または保険契約者は右事実を告知すべき義務があるが、その際、被保険者または保険契約者がその正確な病名を認識していることは必要ではない。

(二) 内因性うつ病と自殺は、密接不可分な関係にあるうえ、一旦罹病すると、完全寛解してもその再発は必至であるから、内因性うつ病に罹病し、治療を受けた事実は、被保険者の生命の危険を測定するうえで重要な関係を有する事実に該当すると解するほかはない。

そうすると、前田武広は、村田茂に対し、内因性うつ病に罹病し、その治療を受けた事実を告知すべき義務があつた。

(三) ところで、前田武広は、昭和四四年には、誰の指示も受けずに不眠状態を緩和するため、約一週間にわたり精神刺戟剤を服用したこと、昭和四五年四月一二日以降、昭和五〇年七月二〇日までの間、江藤陽の指示に従い、抗うつ剤の服用を継続し、自分から江藤陽にしばしば電話をかけて病状報告をし、軽快時と認められる昭和四九年七月一六日、八幡保養院を訪れ、江藤陽に病状報告をしていること、昭和四五年四月二〇日には病識が現われたと認められることを総合すると、たとえ、発病的に病識はなくても、軽快時と完全寛解時には、自分がうつ状態を主徴とする精神疾患のため、江藤陽の治療を受けた事実を認識していたと推認するほかはない。

そして、前田武広は、本件審査日よりわずか二か月前に江藤陽に電話をかけて病状報告をしたから、村田茂から既往症について質問された際、少し注意すれば、直ちに、うつ状態を主徴とする精神疾患のため江藤陽の治療を受けた事実を思い起こすことができたのに、これを告知しなかつたから、右不告知には重大な過失があつたというべきである。

もつとも、江藤陽は、第二回発病時にも、前田武広の精神疾患が内因性うつ病であると確定的に診断できなかつたが、前田武広は、うつ状態を主徴とする精神疾患に罹病し、江藤陽の治療を受けているとの認識があつたと認められる以上、前記のとおり、告知義務違反となることは明らかであるから、診断が不確定であつたことは右認定の妨げとならない。

(四)  原告らは、前田武広に自分が内因性うつ病に罹病しているとの認識があれば、告知義務違反による解除権が消滅した別件契約を解除する筈はないと主張しているが、本件に顕われた全証拠を仔細に検討しても、前田武広が別件契約が告知義務に違反し、その解除権が既に消滅していることを認識していたことが認められる証拠はないから、この主張はその前提を欠き、理由がない。

(五)  そうすると、被告会社は、商法六七八条一項、約款三三条二項に基づき、本件契約の解除権を取得したというべきである。

3  権利濫用の主張について

原告らは、被告会社の解除権の行使は、権利の濫用として許されないと主張するが、その主張の事情だけから被告会社の本件解除権の行使が権利の濫用として許されないとするわけにはいかないし、ほかに、本件に顕われた諸般の事情を斟酌しても、これが権利の濫用として許されないと認めることはできない。

4  本件契約は、昭和五一年五月一五日限り、適法に解除されたから、原告らの本件請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がない。

七結論

以上の次第で、原告らの本件請求はいずれも理由がないから失当として棄却し、民訴法八九条、九三条に従い主文のとおり、判決する。

(林繁 砂川淳 播磨政明)

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