大阪地方裁判所 昭和52年(ワ)3934号 判決 1984年4月26日
原告 積水化学工業株式会社
被告 株式会社ヨシカワ
主文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は、別紙被告金型の説明書記載の特徴を有する被告製品目録記載の成型品成型用金型を用いて被告製品目録記載の成型品を製造販売してはならない。
2 被告は、その所有する前項記載の金型及び成型品を廃棄せよ。
3 被告は原告に対し、金二〇〇〇万円及びこれに対する昭和五二年七月二三日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
4 訴訟費用は被告の負担とする。
5 仮執行の宣言。
二 請求の趣旨に対する答弁
主文同旨。
第二請求原因
一 原告は、左記の特許権(以下これを「本件特許権」といい、その発明を「本件発明」という)を有している。
記
名称 合成樹脂射出成型用型
出願 昭和四〇年一月八日(特願昭四〇―八八七)
公告 昭和四四年六月一八日(特公昭四四―一三五九四)
登録 昭和五一年一二月二五日(第八四〇〇一五号)
特許請求の範囲
「型に、1/100mm乃至10/100mmの間隙が設けられ、該間隙の一端は型面上に開口し、他端は圧縮空気室に連通せられており、型の該間隙の近傍に冷却用流体の通路が設けられており、該冷却用流体の通路を流通する流体により、該間隙を冷却するようになしたことを特徴とする合成樹脂射出成型用型」
二 本件発明の構成要件及び目的、作用効果は次のとおりである。
1 構成要件
(一) 型に1/100mmないし10/100mmの間隙が設けられていること。
(二) 該間隙の一端は型面上に開口し、他端は圧縮空気室に連通せられていること。
(三) 型の該間隙の近傍に冷却用流体の通路が設けられており、該冷却用流体の通路を流通する流体により該間隙を冷却するようになしたこと。
(四) 合成樹脂射出成型用型であること。
2 目的、作用効果
本件発明は、「押出ピン等の設備を必要としない簡単な構造で、間隙への熔融樹脂入り込みを防ぐことができ、流体により成型品を直接且つ短時間に冷却しながら該成型品を型面から離脱させることができる合成樹脂射出成型用型を提供すること」を目的とする(甲第二号証、本件発明の特許公報第四欄二行ないし七行)。
そして、本件発明は、前記1の構成を採ることにより、間隙への熔融樹脂の入り込みひいてはバリの発生を抑止し、それと同時に型自体ひいては成型品の冷却を促進する作用効果を奏する。
三 被告は、昭和四九年八月以降、業として、別紙被告金型の説明書記載の特徴を有する被告製品目録記載の成型品成型用金型(以下原告の主張に限り「被告金型」という)を使用して、別紙被告製品目録記載の各種成型品(以下「被告製品」という)を製造販売している。
四 被告金型は、以下のとおり本件発明の技術的範囲に属する。
1 被告金型には空気案内孔が設けられており、その開口空隙は約〇・〇一ないし〇・〇三ミリメートルであるから、同金型は、本件発明の構成要件(一)を充足する。
2 また、被告金型における空気案内孔は、空気室に連通しており、空気室は、空気導入口を経てコンプレツサーに接続しているから、本件発明の構成要件(二)をも充足する。
3 更に、被告金型には、その内部に冷却水の通路が設けられており、右通路は右開口空隙の近傍に配置されており、右開口空隙は冷却水によつて冷却されるように設計されているから、右金型は、本件発明の構成要件(三)をも充足する。
五 そうすると、被告が業として被告金型を用いて被告製品を製造販売する行為は、原告の本件特許権を侵害するものである。
六1 被告は、業として被告金型を用いて被告製品を製造販売することが、原告の本件特許権を侵害する違法な行為であることを知りながら、又は過失によりこれを知らないで行つたものであるから、不法行為に基づき、原告に対し、これによつて原告が蒙つた後記損害を賠償する責任がある。
2 被告は、昭和四九年八月以降現在までの間に、被告金型を用いて被告製品を製造販売し、その間の売上高は合計二三億円を下らない。そして、本件発明の通常の実施料率は販売価格の一〇〇分の三であるから、原告は右期間中に六九〇〇万円の損害を蒙つたことになる。
七 よつて原告は被告に対し、被告金型を用いて被告製品を製造販売することの禁止、被告所有にかかる右金型、製品の廃棄並びに不法行為に基づく損害金のうち金二〇〇〇万円及び右不法行為の後であり、かつ本訴状送達の日の翌日である昭和五二年七月二三日から支払済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を各求める。
第三請求原因に対する答弁
一 請求原因一は認める。
二 同二は争う。
三 同三のうち被告が被告製品を製造販売していることは認めるがその余は争う。
四 同四ないし七は、いずれも争う。
第四被告の主張
一 原告主張の別紙被告金型の説明書の記載によつては、未だ被告が被告製品製造のために使用している金型の特定がなされていない。すなわち、
1 まず、原告は、被告金型の特徴として「型の該間隙の外周壁から三〇ミリメートル以内でかつ雄型側壁よりも前記間隙の外周壁に近い位置に冷却水の通路が設けられている」と主張する。しかしながら、被告製品の金型は六八種類にも及び、その寸法も大小様々であるから、間隙と通路との距離は金型全体の大きさと対比して特定されなければならない。
2 また、被告金型には、金型全体を均等に冷却するための通路が縦横に多数設けられているのであり、別紙被告金型の説明書記載の如き冷却水通路のみが設けられているものではない。
本件発明は、「冷却用流体の通路を流通する液体により間隙を冷却するようになしたこと」を構成要件の一つとしており、これは、金型自体を冷却するための通路を一切有せず、専ら間隙を冷却するための通路のみを設け、金型全体よりも間隙を局部集中的に冷却することを意味するから、被告製品の金型全体に縦横に設けられた冷却水通路を無視して、右金型と本件発明とを比較することはできない。
3 ちなみに、被告が実施している製品名称「衣裳箱・葛城」(別紙被告製品目録17記載の製品)の金型は、別紙葛城の金型図面及び説明書記載のとおりの構造を有する(以下「葛城金型」という)。
葛城金型は右のとおり、間隙とこれに最も近い冷却水通路との距離を六〇ミリメートルとするものであるから、原告が使用等禁止を求めている右距離が三〇ミリメートル以内のものにあたらない。
二 発明の技術的範囲は、単に特許請求の範囲の文言を形式的に解釈することなく、発明の詳細な説明の記載、その出願経過書類の記載及び出願当時の従来技術を参酌して定められるべきである。本件発明について右の諸点を参酌すると、本件発明の技術的範囲は、その明細書及び添付図面に記載された実施例に限定して定められるべきであり、本件発明の特許請求の範囲中「冷却用流体の通路」とは、専ら間隙を冷却する冷却水通路のみを指称し、金型自体を冷却する冷却水路は含まれないというべきである。
1 出願公告時における本件発明の特許公報(乙第二号証の一)第四欄三三行ないし四二行には、本件発明の作用として「型窩内に注入された熔融樹脂は金型内に設けられた通路(図示せず)を通る冷却水により冷却された型面に触れて冷却固化されるのである。又熔融樹脂を型窩内で注入した際に樹脂圧により、前記間隙(13)(14)内に進入しかけた熔融樹脂は芯軸(4)の内部に形成された流体の通路(8)内を流通する冷却用流体によつて冷却されて固化されるので、間隙(13)(14)の内部に樹脂が進入することがなく、成型品の表面にも殆んどバリを生じないのである」と明記されている。
右の記載によれば、本件発明は、金型内に金型冷却用の冷却水通路と間隙冷却用の冷却水通路との二種類の通路を設けており、金型冷却用の通路は本件発明にいう間隙冷却用の「通路(8)」の範ちゆうから除かれていることが明らかである。右の記載は、右公告後に補正された本件発明の特許公報(乙第二号証の二)にはみられないけれども、出願公告後の補正によつて本件発明の技術的範囲が変更されるわけはないから、補正後においても同様に解すべきである。
2 本件発明は、その出願前、特公昭三九―五三四〇の特許公報(乙第六号証の三)によりその構成要件が全部公知である。
(一) 右公報に示されている合成樹脂成型用型は、軸部(1)により回転される一対の雄型(2)(3)により射出成型用型窩(4)と吹込成型用型窩(5)とを設けたものであるが、その第二図に示されているとおり雄型(12)の内面と凸部(13)の肩部(14)との間に間隙(26)を設け、該間隙(26)を通路(17)を介して圧縮空気に連通している。右間隙(26)は、「空気の吹込は可能とされるがプラスチツク材料が射出の間に侵入するのを防止されるような小さな寸法…望ましくは…寸法が約二五ミクロン以下となされるものである」(同公報二頁左欄二〇行ないし二五行)と記載されていることよりすれば、本件発明の間隙(13)(14)に相当するというべきである。なぜならば、右公知技術の間隙(26)は、射出成型により雄型(2)より離型するものと観念できるからである。
また右温度安定用流体の通路(18)(19)(20)が本件発明の金型冷却用通路に相当し、右冷却水通路(23)(24)が本件発明の間隙冷却用通路(8)に相当する。なぜならば、右冷却水通路(23)(24)は、金型(2)の外側壁(右公報第一図の符号(1)で示される部分)よりも間隙(26)の外周壁に近いところに位置しており、原告の主張(後記原告の反論二4)に対応させると、右冷却水通路が間隙の「近傍」に設けられて該間隙を冷却するものに外ならないからである。
(二) 右のとおり、本件発明は、乙第六号証の三の公報に示されている公知技術によつて、構成要件が全部公知であるから、本件発明は、その技術的範囲を明細書に添付された図面に表示の実施例どおりに限定解釈されるべきところ、本件発明の出願公告時の明細書及び図面には一貫して通路(8)が芯軸(4)の内部に形成されたものだけが示されている(乙第二号証の一、本件発明の特許公報第三欄四四・四五行及び第四欄三八行ないし四〇行)。
3 本件発明の特許出願前には、その先願技術として特公昭四八―三〇一三四の発明(乙第八号証特許公報に記載のもの、以下先願技術<1>という)、実公昭四五―三三八九五の考案(乙第九号証実用新案公報に記載のもの、以下先願技術<2>という)があり、これらの技術は本件発明の出願前公知の技術ではないけれども、右出願時における技術水準を示すものとして、本件発明の技術的範囲を定めるに当たり斟酌されるべきである。すなわち、
(一) 先願技術<1>の特許公報には、雄型(1)が型面に開口する間隙(8)を三箇所設け、該間隙(8)を「加圧空気の通過は許すが可塑化物の流入は許さない微小深さ(〇・〇三mm位)」(同公報三欄六行ないし八行)に形成し、該雄型(1)内に多数の冷却水通路(3)を設けた離型装置が開示されている。右冷却水通路(3)、特にその第一図において雄型(1)の中心長手方向に形成された冷却水通路(3)の先端は、これに平行して雄型(1)の先端型面に開口する間隙(8)に対し、型(1)の外側壁よりも該間隙(8)の外周壁に近く位置している。
(二) また、先願技術<2>の実用新案公報には、雄型(1)に「圧縮空気の通過は可能であるが原料は通過し得ない幅、即ち…〇・〇一~〇・〇五mm程度の幅を有する環状の間隙(6)」(同公報第二欄一二行ないし二一行)を設け、その第四図に示される如く雄型内に多数の冷却水通路を設けた金型が開示されている。右通路が冷却水通路であることは同公報中に明記されていないけれども、使用原料がポリエチレン樹脂であるとされる実施例の記載に鑑みると、右通路が冷却水通路であることは明らかである。しかも雄型(1)の先端側に設けられた冷却水通路は、型(1)の外側壁よりも右間隙(6)の外周壁に近く位置している。
(三) 原告の主張によれば、金型自体を冷却するための冷却水通路であつても、雄型の外側壁よりも間隙に近い位置にありさえすれば本件発明の特許請求の範囲中の「冷却用流体の通路」に該当することになり、その結果先願技術<1>、<2>における金型もすべて本件発明の技術的範囲に属するという不合理な結論を招来する。したがつてこのような不合理な結論を回避するためには、本件発明の技術的範囲は、前記2(二)のとおり、その出願公告時における明細書添付図面に表示された実施例に限定して定められるべきである。
三1 これに対して、被告製品の金型には、間隙を形成する芯軸の内部に冷却水通路が全く存在せず、多数の冷却水通路が金型全体に均一かつ規則的に配列されており、右冷却水通路は、金型全体を均等に冷却するためのものであり、本件発明における「冷却用流体の通路」のように間隙を局部集中的に冷却する作用効果を有しない。被告製品の金型が右の構成を採り、それによつて金型全体を冷却する作用効果を奏していることは、被告が開示した別紙葛城金型の図面及び説明書記載の右金型の構造により明らかである。
したがつて、被告製品の金型は、本件発明とは構成及び作用効果を異にする。
2 被告は、葛城金型について、冷却水通路に冷却水を流通させた「通常運転」と、冷却水通路のすべてを遮断した「試験運転」とを行い、両運転時の金型の変化及び成型製品の変化を比較する実験を行つた(乙第一二、第一三号証)。その結果、試験運転と通常運転とにより得られた成型品には、いずれも、底の内面に、離型用エア噴出口による、環状に僅かに突出する痕跡の形成が認められたが、これはバリというには程遠い微小突条であつて、各運転によつて、右製品の突条に全く差異がみられなかつた。
右実験結果によれば、葛城金型に設けられた冷却用通路は、成型品のバリ発生の有無に全く関与しておらず、したがつて原告の主張する間隙冷却用通路に該当しないことが明らかである。
第五原告の反論
一1 被告は、別紙被告金型の説明書に記載された程度では、被告製品の金型の特定がなされていないと主張するけれども、金型の特定としては、別紙被告製品目録記載の特徴を有する成型品成型用金型であつて、かつ別紙被告金型の説明書記載の特徴を有しないものを除外することをもつて十分である。
2 また被告は、一例として葛城金型を挙げ、その間隙とこれに最も近い冷却水路との距離は六〇ミリメートルであるから別紙被告金型説明書記載の特徴を有しないと主張する。
しかし、原告が別紙被告金型の説明書に記載した数値は、いずれも平面図上の数値であつて、平面図上「型に一〇〇分の二ミリメートルの間隙が設けられ、該間隙の一端は型面上に開口し、他端は圧縮空気室に連通せられており、型の該間隙の外周壁から二一ミリメートルでかつ雄型側壁よりも前記間隙の外周壁に近い位置に冷却水の通路が設けられている。」葛城金型は、右特徴を備えているものである。
二1 被告は、乙第二号証の一記載の実施例に関する説明(第四欄三三行ないし四二行)を引用して、本件発明が金型冷却用水路と間隙冷却用通路を別種のものとして区別していると主張する。しかし、被告主張の右説明部分は、たまたま本件発明の特許請求の範囲中「金型の該間隙の近傍に冷却用流体の通路が設けられている」ことの一実施例として芯軸の内部に冷却用流体の通路を設け、それ以外の場所に冷却水通路を設けたものの作用を述べているにすぎず、右位置以外に流体の通路を設け得ないことや右の「冷却水通路」が「冷却用流体の通路」たり得ないことを記述しているわけでない。
のみならず、公告後に補正された本件発明の特許公報(甲第二号証)の詳細な説明には、「上記の例においては、冷却用流体の通路8は芯軸4の内部に形成されているが、該通路8は間隙13、14の外側における移動側金型bの内部であつて該間隙13、14の近傍に形成されてもよい。」(同特許公報第五欄一四行ないし一八行)との記載がみられる。したがつて、被告のこの点に関する主張は理由がない。
2 乙第六号証の三に示されている発明は、その一実施例である第一図の記載によれば、6aから射出された熔融樹脂は4内で予備成型された後1の回転によつて5内に位置せしめられ、その後10から吹き込まれる空気によつて5の型どおりに第二次成型を完了するものであるが、その際予備成型物の温度が下がりすぎては第二次成型が不可能になるから、7より温度安定用の流体が送られているという吹込成形により熱可塑性材料物品を製造する改良装置に関するものである。右実施例の説明から明らかなとおり、右技術は、本件発明とはその技術を異にし、殊に、空気吹出の目的が本件発明では離形にあるのに対し右公知技術では成型にあり、流体の作用が本件発明では冷却なのに対し、右公知技術では保温である点において両者は反対の意義を有する。
右のとおり、本件発明が乙第六号証の三によつて全部公知であるとの被告の主張は失当である。
3 乙第八号証に示されている先願技術<1>の特許請求の範囲は、「金型キヤビテイ底面及びアンダーカツト部等の離型困難なキヤビテイ面に加圧空気供給路に連結される穴を穿設し、該穴に成形原料の流入しない微小深さの通気溝を形成したピンまたはコアを固嵌し、該ピンまたはコアの通気溝を通じて加圧空気を金型キヤビテイ面上に吹出させるようにしたことを特徴とする成型品の離形装置」である。
また、乙第九号証に示された先願技術<2>の実用新案登録請求の範囲は、「金型表面の少くとも一箇所に切欠部を構成し、之に一層若しくは多層のブツシユを嵌合固定し、同ブツシユと前記切欠部との嵌合面或はブツシユ同志の嵌合面に金型表面に通じて空気の通過は可能であるが原料は通過し得ない間隙を設け、同間隙は金型内部を通じて空気源に接続してなる構造を有する合成樹脂成形用金型」である。
右の記載から明らかなとおり、先行技術<1>、<2>は、型殊にその間隙を冷却するという思想を有せず、本件発明とは技術思想を異にするから、本件発明に対して先願ではあるものの、いずれも、本件発明の技術的範囲を決するに当たり何の影響も及ぼさない。
4 右1ないし3のとおり、本件発明は、間隙のみを流体通路及び流体による冷却の対象とするものではなく、間隙以外の場所を冷却することをも目的とするから、型の間隙以外の場所を冷却する作用をも兼有する流体通路が本件発明の技術的範囲に属しないとの被告の主張は根拠がない。
そして、本件発明は、構成要件(三)にいう「型の該間隙の近傍に冷却用流体の通路が設けられていること」を採ることにより間隙の冷却によつて間隙への熔融樹脂の入り込みを防ぐ目的を有するところ、熔融樹脂が間隙内に入り込む結果を招来するか否かは、金型温度・成型サイクル時間・成型品及び金型のデザイン・樹脂の射出速度及び圧力などの各要因によつて決められる。したがつて、右構成要件中の「近傍」の意味も右各要因により定まるが、その国語的意味からして、雄金型側壁よりも前記間隙の外周壁に近い位置を示すと解すべきである。
三1 被告の開示した葛城金型は、本件発明の構成要件(一)、(二)、(四)を充足することが明らかであり、更に、右金型には平面図上の距離において間隙の外周壁より二一mmの位置に冷却水通路が設けられており、この位置は雄型金型の外側よりも間隙に近いから、右金型は、本件発明の構成要件(三)をも充足する。
2 しかも右金型は、このような構成を採ることにより本件発明と同一の作用効果を奏する。すなわち、原告の行つた実験結果(甲第六号証)によれば、葛城金型と同種の冷却水通路を有する金型において、通路に冷却用水を流通させることにより二一mm離れた間隙の金型面及びこの金型面より〇・五mm入り込んだ部位のいずれにおいても、成型工程全体が二五度(摂氏。以下同じ)前後低温に保たれることが明らかである。被告が葛城金型を用いて射出成型を行つている合成樹脂ポリプロピレンの軟化最低温度は約九五度であるので、二五度の冷却は、熔融樹脂の右間隙への入り込み防止に顕著な効果を奏する。このことは、葛城金型を用いて製造された成型品「衣裳箱・葛城」が実用上無視し得ないバリを生じていないことからも窺える。
3 被告は、右金型には金型全体を冷却するための他の冷却水通路が多数存在すると述べるけれども、右金型が本件発明の全構成要件を充足し、同一の作用効果を有する以上その技術的範囲に属することに変りなく、結局右のような金型全体を冷却する装置は本件発明に付加された構造及び作用効果を有するにすぎない。
四1 乙第一二、第一三号証には、葛城金型は間隙の冷却水通路に冷却水を通さなかつた場合、間隙の温度上昇を生ずるもののバリが生じなかつた旨の実験結果が示されている。しかし、右の場合にバリが発生することは以下の、甲第一〇号証の実験結果のとおりである。
2 甲第一〇号証(昭和五八年四月二七日付実験報告書)は、金型表面に設けられた一〇〇分の二ミリないし一〇〇分の三ミリメートルの間隙に、右と同様冷却水による冷却を行わなかつた場合、間隙に熔融樹脂が流入し成型品表面にバリが発生することを確認した実験であり、その材料として住友化学工業株式会社の製造販売している「スミカセンG八〇六」なる市販されている成型品成型用の樹脂(以下「スミカセン」という)が用いられている(甲第一一号証)。右実験から明らかなように、葛城金型面上に開口している間隙を冷却水により冷却しなかつた場合には成型品の表面にバリが発生するのであつて、換言すれば、金型に設けられた冷却水通路を流れる水は、該間隙を冷却することによつて成型品にバリを発生させない効果をもたらす。
3 仮に乙第一二、第一三号証に記載の操作条件を特に選択し成型を行つた場合バリが発生しなかつたとしても、例えば、スミカセンの如き市販の他の成型用樹脂を用いて成型を行つた場合、冷却用流体通路に冷却水を通さなければ間隙の温度が上昇しバリを生ずるとすれば、かかる構造の金型は、本件発明の構成要件を充足し、かつその作用効果を奏するのであるから、本件発明の技術的範囲に属するといわなければならない。
ところで、甲第一〇号証の実験結果によれば、一〇〇分の二ないし一〇〇分の三ミリメートルの間隙の温度が七七度の場合バリを生じることが明らかで、この温度は葛城金型において、該間隙の近傍に存する冷却水通路を閉じて冷却を行わずに操作した場合における間隙の温度に当たり、材料のスミカセンは前記のとおり市販の樹脂である。
したがつて、葛城金型は、本件発明の構成要件を充足し、かつその作用効果を奏するということができる。
第六証拠<省略>
理由
一1 請求原因一(原告が本件特許権を有していること)の事実は当事者間に争いがなく、右争いのない本件発明の特許請求の範囲の記載及び成立に争いのない甲第二号証によれば、本件発明の構成要件は、請求原因二1記載のとおり分説するのが相当である。
2 成立に争いのない甲第二号証によれば、本件発明は、右の構成を採ることにより次の作用効果を奏することが認められる。
(一) 型に1/100mm~10/100mmの間隙が設けられ、該間隙の一端は型面上に開口し、他端は圧縮空気室に連通せられているので、この間隙から噴出される圧縮空気の圧力によつて成形品は離形されるのであり、従来のように、押出ピンやその他の付属設備を備える必要がなく、金型の構造が極めて簡単となり、装置の故障も生ずるおそれがない(本件発明の特許公報六欄二四行ないし三二行)。
(二) 該間隙の近傍に冷却用流体の通路が設けられており、該冷却用流体の通路を流通する流体により該間隙を冷却するようになしているので、成型時にこの間隙に進入せんとした熔融樹脂は該通路を流通する流体によつて冷却して固化されるため、間隙の内部にまで入り込むことがない(同公報六欄三三行ないし三八行)。
(三) 特公昭三五―一六五八一公報記載のように1/100mm~3/100mm程度の間隙を設けた離型装置を、射出成型用金型に適用した場合においては、バリの発生を防ぎきれないものであり、特に成型材料として熔融時に流動性のよい樹脂が使用されたり、成型温度を上げて流動性を向上させたり、射出圧を上げて熔融樹脂の型窩への行き渡りを良好なものとなすような場合においては、熔融樹脂が間隙内に容易に入り込んで長いバリを生ずるおそれがあつたが、本発明においてはこのような場合でも間隙内に入り込まんとする熔融樹脂が直ちに冷却され固化され成型品の表面状態を不良にするようなバリを生ずることがない(同公報六欄三九行ないし七欄八行)。
(四) 1/100mm~3/100mmの範囲の間隙に止まらず、この範囲を越えても10/100mm迄の間隙ならば、かかる効果を発揮することができ、このように間隙を大にした場合には、間隙から離型に必要な空気量を短時間に噴出でき、更に機械的加工も従来の装置に比し、一段と容易になる(同公報七欄九行ないし八欄三行)。
二 被告が被告製品を製造販売していることは当事者間に争いがなく、証人中橋等の証言により真正に成立したものと認められる乙第一二号証及び右証言によれば、被告は、被告製品目録17記載の「衣装函、葛城」の金型として別紙金型図面及び説明書記載の金型(但し、右図面中第3図を別紙訂正図面に差し替えたもの、以下「葛城の金型」という)を使用して右製品の製造販売を行つてきたことが認められ右認定に反する証拠はない。
三 そこで、右で認定した葛城の金型が本件発明の技術的範囲に属するか否かについて検討する。
1 前掲乙第一二号証及びその方式及び趣旨により公務員が職務上作成したものと認められるから真正な公文書と推定すべき乙第一三号証、いずれも被告の試作した衣裳函であることにつき争いのない検乙第二号証の一・二、第三ないし第九号証、奈良県工業試験場施工の金型「葛城No.4」の立会試験(乙第一三号証)における試験運転第五回目の成型品であることにつき争いのない検乙第一一号証、同じく第一〇回目の成型品であることにつき争いのない同第一二号証、同じく第一五回目の成型品であることにつき争いのない同第一三号証、同じく第二〇回目の成型品であることにつき争いのない同第一四号証、同じく第二五回目の成型品であることにつき当事者間に争いのない同第一五号証、同じく第三〇回目の成型品であることにつき当事者間に争いのない同第一六号証、同じく第三五回目の成型品であることにつき争いのない同第一七号証、前同立会試験における右金型の通常運転時の成型品であることにつき争いのない同第一八号証、証人中橋等の証言を総合すると次の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。
(一) 実験<1>――昭和五六年八月二二日実施分
被告社員中橋等ほか二名は、被告高田工場において、葛城の金型(No.3)を用いてポリプロピレンを原料として葛城製品を製造するに当たり別紙葛城の金型図面第1図記載の冷却水通路をすべて作動させて右射出成形を行つた場合(通常運転)と、右図面に記載の冷却水通路2b中移動側金型面上に開口した四個の間隙1に近在する2bの1、2bの2、2bの8、2bの9の各冷却水通路のバルブを閉じた状態で冷却水通路を作動させて右製造を行つた場合(試験運転)に分けて、空気噴出口である間隙位置に対応する葛城製品の箇所におけるいわゆるバリの発生状況などを比較検討した。
その実験結果は、別紙実験<1>データ記載のとおりであつて、これによる通常・試験両運転時の結果を対比すると、通常運転では、別紙金型温度測定位置その一における雄金型の表面温度は五三度から六〇度であるのに対し、試験運転では、第一回測定時(成型品射出積算数七)右同一の位置における温度が五七度から六九度と通常運転時に比して高温であるところ、射出回数毎に右温度が上昇し第三回測定時(成型品積算数二〇)には六五度から八〇度に達し冷却水通路を閉じた箇所に著しいこと、またバリの発生状況については、通常運転時に間隙位置に対応する成形品の箇所にはバリとはいえない程度の微小突条の発生をみたこと、試験運転時には前記温度上昇にも拘らず通常運転時と同程度の微小突条の発生がみられたのみで、一二〇回にわたり射出成型を繰り返した時点においても同様であり、通常・試験の両運転時において微小突条の発生程度に差異はなかつた。ただ、試験運転では、雄金型の温度が上昇し、しかもその表面位置に温度差が生じていることから、製品に内反りのひずみが発生している。
中橋らの行つた通常運転時における成形繰作条件及び試験運転時における一部冷却水通路の閉止を除くその余の成形操作条件は、被告会社における平常営業時の操作と同一である。
(二) 実験<2>――昭和五八年一一月二二日実施分
奈良工業試験場化学課長小引茂夫らは、葛城金型(No.4)を用いてポリプロピレンを原料として葛城製品を製造するに当たり、その冷却水通路をすべて作動させて右製造を行つた場合(通常運転)と、雄型の冷却水通路への通水をすべて停止して右製造を行つた場合(試験運転)に分けて、空気噴出口である間隙位置に対応する葛城製品の部位における、いわゆるバリの発生状況を比較した。
その実験結果は別紙実験<2>データ記載のとおりであつて、別紙金型温度測定位置図その二の位置における右通常運転時の温度は四八度から五五度であるのに対し、試験運転時の温度は、五回射出時で六三度から七五度と通常運転時に比して高温であり、射出回数にほぼ比例して温度上昇を示し三五回射出時では七三度から八四度にまで上昇している。
そして、通常運転による成形品を目視、触感により検査したところ、雄型の離型用空気噴出口である間隙により生じたと認められる微小突条がみられた。
また、試験運転による成形品を同様に検査したところ、同様の微小突条がみられ、これは、試験運転の射出回数を重ねても変化がなく、通常運転による成形品の突条と比較しても目視・触感では相互に識別できなかつた。
(三) 葛城の金型の離型用空気噴出口の間隙は2/100mmである。
2 右で認定したところによれば、葛城の金型に設けられた冷却水通路2a、2b、2cは、離型のための空気噴出口の間隙を冷却することにより間隙内に熔融樹脂が入り込みバリが発生するのを防止する作用効果を有しているものとは認められず、かえつて、雄金型内に規則正しく縦横に設けられていることにより金型を均一に冷却し製品のひずみの発生を防止する作用効果のみを有するものであり、葛城金型は冷却水通路の存否に拘らずバリの発生しない構造のものであるということができる。
3 ところで、前掲甲第二号証によれば、次の事実が認められる。
(一) 本件発明の特許出願前における、圧縮空気を使用した合成樹脂成型品の離型装置として特公昭三五―一六五八一が存在し、「この離型装置は、型の閉鎖時には大気に連通し、型の型開き運動中においては、押出ピンの作動以前に圧縮空気源に直通する空所を設け、該空所を貫通する押出ピンの先端部と型の押出ピン挿通孔との間に1/100mmないし3/100mm程度の間隙を設け、押出ピンと押出ピン挿通孔との前記間隙から圧縮空気を成型品の全面にほぼ均一な圧力で吹付けることによつて製品は変形を受けることなく型から離れ、その後押出ピンの押出しによつて自動的に離脱するようになしたものである。」(本件発明の特許公報二欄二三行ないし三二行)ところが、右離型装置は、「射出成型におけるように、成型材料が熱可塑性の合成樹脂であると、熔融樹脂は流動しやすく粘度が低いものとなるので、1/100mmないし3/100mmの間隙では実際上は若干の熔融樹脂が入り込んでしまい、成型品に所謂バリを生ずる欠点を防ぎ得ないものであつた。また射出成型においては、……成型材料として熔融時に流動性のよい樹脂が使用されたり、成型温度を上げて流動性を向上させたり、射出圧を上げて熔融樹脂の型窩への行き渡りを良好なものとなすことが行われているが、このような場合には1/100mmないし3/100mmの間隙であつても熔融樹脂が該間隙へ容易に入り込んで長いバリを生じてしまう欠点が存していた。」(同公報三欄九行ないし二七行)
そこで「本件発明は、……前記離型装置における欠点を解消するもので、押出ピン等の設備を必要としない簡単な構造で、間隙への熔融樹脂の入り込みを防ぐことができ、流体により成型品を直接且つ短時間に冷却しながら該成型品を型面から離脱させることができる合成樹脂射出成型用型を提供することを目的とする。」(同公報三欄四三行ないし四欄七行)
(二) 本件発明の特許公報の詳細な説明欄には、冷却用流体の通路に関する実施例の構造及び作用効果について、次のような記載がある。
(1) 「該通路8は間隙13、14に入り込もうとする熔融樹脂を冷却固化するために設けているものであるから、該通路8を流通する冷却用流体により該間隙を冷却する効果が発揮される程度に、該間隙13、14に近い所に形成されていなければならない。」(同公報五欄一九行ないし二四行)
(2) 「熔融樹脂を型窩内で注入した際に樹脂圧により、前記間隙13、14内に進入しかけた熔融樹脂は芯軸4の内部に形成された流体の通路8内を流通する冷却用流体によつて冷却されて固化されるので、間隙13、14の内部に樹脂が進入することがなく、成型品の表面にも殆んどバリを生じないのである。しかして本発明においては、成型材料として熔融した際に流動性のよい樹脂が使用されたり、成型温度を上げて流動性を向上させたり、射出圧を上げて熔融樹脂の形窩への行き渡りを良好なものとなすような場合においても、該間隙13、14内に入り込もうとする熔融樹脂は通路内を流通する流体によつて冷却されて固化されるので間隙13、14内に入り込むのが防がれ、成型品の表面状態を不良にするようなバリを生ずることがない。」(同公報五欄三八行ないし六欄一〇行)
右で認定した本件発明の目的及び実施例に関する同発明の特許公報の記載並びに前記一2で認定した本件発明の作用効果を合わせ考えると、本件発明は、射出成型用型において、構成要件(三)のとおり間隙の近傍に冷却水通路を設けた構成を採ることにより前記一2(二)ないし(四)のとおり空気噴出口の間隙への熔融樹脂の流入・バリ発生防止の作用効果を奏していること、空気噴出口の間隙が1/100mmから3/100mmの金型にあつては、熔融した際に流動性のよい樹脂を使用したり、成型温度・射出圧を上げた場合に、右冷却水通路による冷却が、流入することのあるべき熔融樹脂入り込み防止の作用効果(前記一2(二)、(三)記載のもの)を奏することが明らかである。
4 そうすると、前記1、2で認定・説示のとおり、冷却水通路が2/100mmの間隙への熔融樹脂流入・バリ発生防止に寄与しているとは認められない葛城の金型は、本件発明の作用効果(二)、(三)を奏しておらず、結局本件発明の構成要件(三)を充足するものとは認め難いことに帰着する。
5 もつとも、実験<1>、<2>はいずれも、被告会社の平常操業の場合と同じく、ポリプロピレンを原料とし、通常の射出圧、熔融樹脂温度の条件下でなされたものであり、本件発明の作用効果の一つである、間隙が1/100mmから3/100mmの金型において、特に流動性のよい材料を使用したり射出圧を上げたり、成型温度を上げた場合における冷却水通路によるバリ発生防止効果すなわち、葛城の金型がこのような条件下でなお、冷却水通路への通水なしでバリの発生しない構造のものであるか否か、バリの発生をみたとして、同通路への通水によつて右バリ発生防止の効果を有するか否かについての実験はなされていない(前掲乙第一二、第一三号証)。けれども、右各書証及び証人中橋の証言に前記三で認定にかかる葛城の金型の構造自体からして、葛城の金型は、合成樹脂射出成型品としては比較的大型な家庭用品としての衣裳函を製造する目的で製作され、特に流動性のよい原料、高温高圧の条件での使用を目的として設計・製作されたものではないことが認められ、また本件において、被告がこのような条件下で成型品を製造したことを認めるに足りる証拠もないのであるから、前記結論を左右しない。
また原告は、被告製品の金型が間隙へのバリ発生防止の作用効果を有する冷却用水路を備えていることの証拠として甲第六、第一〇号証の各実験結果を提出しているけれども、これらがいずれも葛城の金型を使用してなされた実験でない上に甲第六号証の実験ではバリ発生の有無の確認がなされておらず、また甲第一〇号証の実験が葛城の金型とは原料並びに間隙の形状を異にすることは、右各書証の記載内容から明らかである。
のみならず、成立に争いのない甲第一一号証、いずれも公知の刊行物である、「プラスチツクハンドブツク・改訂新版」(村橋俊介外編、朝倉書店昭和三六年九月二〇日初版発行)、プラスチツク材料講座4「ポリエチレン樹脂」(岡叡太郎外編、日刊工業新聞社昭和四四年八月三〇日初版発行)、プラスチツク材料講座7「ポリプロピレン樹脂」(高木謙行外編、日刊工業新聞社昭和四四年一一月三〇日初版発行)、「プラスチツクの成形加工」(山口章三郎著、実教出版株式会社一九七五年九月二〇日第一刷発行)を総合すると、甲第一〇号証における原料スミカセンG八〇六は低密度ポリエチレンで、流動性の指標であるメルトフローレートが五〇で流動性が高く、低温流動性の特長を有し、射出成型品としての用途が開缶後の保護蓋、密閉容器の蓋、造花などであるのに対し、葛城の金型の使用原料であるポリプロピレンは、流動性の指標であるメルトフローインデツクス(MFI、メルトフローレートに同じ)が三ないし一二で流動性が低く、耐熱性にすぐれ、表面が硬く汚れにくいなどの特性から、その成型品は、家庭用品としては食器、炊事用品、家庭用調度品、頑具などに使用されていることが裁判所に顕著な事実として認められ、右のとおり、甲第一〇号証の実験では、葛城の金型の原料よりも流動性の高い原料を使用しており、バリ発生の可能性が高いということができる。
右で認定・説示のとおりであるから、甲第六号証・第一〇号証の実験結果が存在するからといつて前記結論に消長を来たさない。
6 右で認定・説示のとおり、葛城の金型は、本件発明の構成要件(三)を充足するものとは認められないから、本件発明の技術的範囲に属するものと認め得ないことが明らかである。
四 ところで、葛城の金型を除く被告製品の金型の構成が別紙被告金型の説明書記載の特徴を有することについては、これを認めるに足りる証拠はない。
もつとも原告は、葛城の金型のほか、別紙被告製品目録17記載の衣裳函金剛、同目録18記載のニユーホームボツクス二〇型・一〇型・五型、同目録21記載のママペール九〇型・七〇型・三五型、同目録24記載のベビーバス(温度計付)の各金型について、これらの冷却水通路が空気噴出口の間隙の近傍に設けられ、本件構成要件(三)を充足していることを立証するため、右金型の分解を含む検証・鑑定の申立をしているところ、これらの申立は、以下の理由により採用できない。
1 すなわち、右原告申出の検証・鑑定の目的物は、原告が侵害品と主張する被告製品の金型そのものであつて、被告の支配下にあるものであるが、その検証・鑑定によつて証明しようとする事実は前記のとおりであるから、原告の立証責任に属する事項であることはいうまでもない。しかして、本件のような特許侵害訴訟にあつては、かように相手方の支配下にある証拠にして侵害品と主張する物それ自体を、その侵害事実の立証のために開示を求め得るのは、少くとも当該目的物が発明の技術的範囲に属する可能性(侵害の可能性)について、これを合理的に予測し得るだけの疎明がある場合に限られるものと解すべきである。
その理由は、(一)近時、民事訴訟においても、事実関係の究明に役立つ証拠が証明責任を負う当事者の支配下になく、これを入手する途が奪われている反面、相手方がこれを支配している場合には、証明責任を負わない当事者に対しても一定の範囲で当該証拠の開示を強制し得るとの考え方が採られつつあるが、(二)右証拠の開示が強制されるということの実質的な意味合いは、検証・鑑定の場合には、相手方が当該証拠採用決定に基づく目的物の提示を拒んだときに、該証拠に関する申立当事者の主張を真実と認められる擬制効果を受けることに他ならない(検証につき民訴法三三五条、三一六条。鑑定につき明文はないが強制し得るとする以上、その準用を認めなければ意味がなかろう)のであるから、(三)右相手方に証拠の開示を強制し得るのも、結局は右相手方がその開示(目的物の提示)に応じない場合に、証拠申立者の該証拠に関する主張を真実と擬制し得るだけの合理性の存する場合であるべく、(四)そのためには、少くとも証拠申立当事者によつて、自己の証拠に関する主張が真実である可能性を合理的に予測せしめ得るだけの手懸り(本件のような特許侵害訴訟にあつては、目的物が侵害品であることを疑わしめるだけの手懸り)となる疎明がなされなければならないと思われるからである。蓋し、このように解さないと、とくに特許侵害訴訟にあつては、(一)目的物が自己の支配下になく相手方の支配下にあり、これを入手する途がないというだけで相手方にその開示を強制できるとすれば、特許権者に対し、目的物が侵害品であることの可能性の調査すらすることなく先ず訴を起こし、しかる後検証・鑑定の申出によりその開示を求め、相手方がこれに応じない場合、直ちに目的物が侵害品である事実の擬制効果を享受し得る途を開き、ひいては模索的濫訴を許す結果をも招きかねず、(二)他方相手方に真に侵害の事実がない場合には、相手方は右擬制効果を回避すべく目的物の提示を余儀なくされるところ、その場合、本件においてもそうであるように、目的物の分解や証拠調中の操業停止を必要とするなど、過大の負担を伴うことが予想され、かかる負担は、経済的には訴訟費用として敗訴者の負担に帰せられることを考慮に入れても、上記侵害品であることを疑わしめるだけの手懸りも示されずして、相手方に反証の負担のみを過大に課することとなつて衡平の観念に反する結果をも招来しかねないのである。
2 そこで、本件において前記のような疎明がなされているか否かをみることとする。
前記四3で認定・説示のとおり、空気噴出口の間隙の近傍に冷却用の流水通路を設けてあるか否かに拘りなく、該間隙を1/100mmから3/100mm程度に設定しただけで同間隙への熔融樹脂の流入を防ぐ作用効果を持つた成型品の押出装置は、本件発明の特許出願前持公昭三五―一六五八一の発明として公知であり、右範囲内の間隙を持つ金型については、<1>流動性の高い材料を用いたり、<2>熔融樹脂温度を高めたり、<3>射出圧を上げた場合に間隙への熔融樹脂流入のおそれが生じ、したがつてこのような条件下においてこそ本件発明が構成要件(三)の冷却水通路を設けたことによるバリ発生防止の効果を奏するといえるところ、被告金型は、葛城の金型以外のものもすべて該間隙が2/100mmに設定されている(証人中橋の証言による)から右<1>ないし<3>のいずれかの条件下で用いられることにより該間隙への熔融樹脂流入のおそれのある場合に本件特許権侵害の成否が問われることになる。
しかしながら、葛城の金型以外の被告金型が特に流動性の高い原料を用い又は高温或いは高圧下で射出成型するための装置であることを疎明すべき資料はないばかりか、いずれも成立に争いのない乙第一号証、第四号証の三、前記認定にかかる葛城の金型の構造・作用効果に弁論の全趣旨を総合すると、葛城金型以外の被告金型も葛城金型同様雄金型全体に配設された冷却水通路は、とくに間隙への熔融樹脂入り込み防止に寄与するものではなく、金型表面全体を均一に冷却することにより成型品のひずみ発生防止の作用効果を有するに過ぎないことが窺われるのである。他方被告製品のいずれについても、それが本件特許装置を用いて製造されたことを窺わしめる何らかの徴憑も疎明されていない(前示のとおり、葛城の製品についてバリの発生がないことは、その疎明として充分でないし、その他被告の従来製品にはバリの発生がみられたが、本件発明の開示後被告製品にもバリの発生がみられなくなつたなどの状況の疎明もない)。
3 右のような事情のもとでは、被告金型が本件発明の技術的範囲に属する可能性を有することについての疎明がなく、侵害事実を疑わしむるに足る手懸りがないものといわざるを得ないので、原告の本件検証・鑑定の申立は採用できない。
五 以上で認定・説示のとおり、原告の本訴請求は、その余の争点につき判断するまでもなくいずれも失当であるから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 潮久郎 鎌田義勝 徳永幸藏)
別紙<省略>