大阪地方裁判所 昭和52年(ワ)4335号 判決
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【判旨】
もつとも、前記認定事実によると、本件商標は新光金属が倒産する昭和四九年五月の時点までは同社の製造販売するキヤスターを表示する標章であつたわけであるから、過去においてはむしろ同社のブランドとして当業界に周知であつたであろうことは推察するに難くない(前掲原告代表者本人尋問の結果によると、同社は倒産の時点で億単位の債務を負つていたことが認められ、このような事実からすると、同社も倒産前は相応に手広く営業活動していたことが認められる点参照。)。しかし、反面、前記認定事実によつて窺われる当業界の規模、原告会社の業界内での地位、原告の設立後、前記昭和五一年九月の時点まですでに二年間有余の期間が経過していること等からすると、キヤスター取引業界では、新光金属が倒産したことや原告会社が事実上これに代つて本件商標を使用し、同一の営業活動をしていることもまたはやくから周知となつていたと推認することができる。したがつて、前記のような事情も前記判断を左右するものではない。
また、<証拠>を総合すると、原告会社設立、新光金属の業務引継ぎの経過は、本件商標の使用を引き継ぐようになつた経過も含めて、必らずしも明らかではないこと、原告会社はもともと全債権者の同意をえて設立されたわけではなく、新光金属の仕入れ先である雄島興商株式会社(代表者雄島俊三、金属商)、千代田産業株式会社(代表者山形要三、ナツト商)、大京ゴム株式会社(代表者畑利一郎、ゴム商)の三社だけが新光金属の代表者本田健三の示唆を得て、その三男本田静雄(昭和二六年生)をも取締役に加えて発足したものであり、そのようなことから現在原告会社の擁している人的物的施設その他の使用権限等についても他の一般債権者、担保債権者あるいは倒産したままの新光金属関係人等との間で紛争が存することも認められる。しかし、右のような新光金属と原告会社との関係ことに原告が本件商標を使用するに至つた縁由もまた右商標が原告会社の製造販売するキヤスターの表示として当業界で周知になつたとする前示判断を左右するものではない。けだし、本件における周知性存否の問題は、専ら、本件商標がはたして原告会社のキヤスターを表示するものとして広く取引業者間に認識されているかどうかという事実の存否にのみかかる問題であるからである。
したがつて、また被告らの主張中、新光金属がもと本件商標につき何らかの権利を有していたことを前提として、その正当な権利承継人が原告ではなくむしろ被告伸興であるとるる主張する部分はその主張自体それだけでは特段有効な防禦手段となるものではない(なお、本件においては本件商標が新光金属の登録商標であつたという主張立証は全くない点も参照。)。
(畑郁夫 中田忠男 小圷眞史)