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大阪地方裁判所 昭和52年(ワ)5697号 判決 1980年1月25日

本訴原告反訴被告 乙山ナツこと 甲野ハルコ

右訴訟代理人弁護士 小西清茂

同 西岡寛

本訴被告反訴原告 乙山花子

<ほか四名>

右本訴被告反訴原告ら五名訴訟代理人弁護士 上田稔

同 宮川清水

主文

一  本訴原告反訴被告と本訴被告反訴原告らとの間で、本訴原告反訴被告が別紙預金目録記載の預金債権を有することを確認する。

二  本訴原告反訴被告のその余の本訴請求並びに本訴被告反訴原告ら及び本訴被告反訴原告乙山花子の各反訴請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用はこれを二分し、その一を本訴原告反訴被告の負担とし、その余を本訴被告反訴原告らの負担とする。

事実

第一申立

(本訴請求の趣旨)

一  本訴原告反訴被告(以下単に原告という)と本訴被告反訴原告(以下単に被告という)らとの間で、原告が別紙不動産目録記載の土地家屋(以下本件土地家屋という)につき二分の一の共有持分権を有することを確認する。

二  原告と被告らとの間で、原告が別紙預金目録記載の預金債権(以下本件預金という)を有することを確認する。

三  訴訟費用は被告らの負担とする。

(本訴請求の趣旨に対する答弁)

一  原告の本訴請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

(反訴請求の趣旨)

一  原告は被告らに対し本件家屋を明渡し、且つ昭和五二年一〇月一三日から右家屋明渡ずみまで一ヶ年一〇〇万八〇〇〇円の割合による金員を支払え。

二  原告は被告乙山花子(以下被告花子という)に対し金五〇〇万円及びこれに対する昭和五二年一〇月一三日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

三  訴訟費用は原告の負担とする。

四  仮執行宣言。

(反訴請求の趣旨に対する答弁)

一  被告らの反訴請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は被告らの負担とする。

第二主張

(本訴請求の原因)

一  原告は、昭和一八年夏頃大阪市内のカフェーに女給として勤務していた当時客であった訴外亡乙山太郎(以下単に太郎という)と知り合い、同人が妻は子一人を残して死亡したといっていたため近い将来には正式の夫婦になれると思い同人の懇請により昭和一九年夏頃から同人と大阪市内で同棲するようになった。ところが、その後間もなく右の太郎の言は虚言であり、同人には妻である被告花子、長男である被告乙山一郎(以下被告一郎という)、二男である被告乙山二郎(以下被告二郎という)があることが判り、太郎は、暫くの間夜だけは遅くに原告のもとから妻子のもとへ帰る生活を続けていた。しかし、昭和一九年一二月右被告らが太郎、被告花子夫婦の郷里である岡山県津山市に疎開し太郎一人だけ大阪に留まるようになってからは、同人は完全に原告と同棲するようになり、終戦後三年間ほどは月に一回位四、五日ないし一週間程度妻子のもとに帰りその間被告花子との間には三男である被告乙山三郎、四男である被告乙山四郎が生まれたが、その後は昭和五二年六月一九日死亡するまで仏事等以外には津山市に帰ることもなく、太郎の生活の本拠は常に原告と共にあり、原告は、太郎の希望により乙山ナツと名乗り同人の実質上の妻として生活し、世間からもそのように扱われて来たのであり、他方、被告花子と太郎との間には夫婦生活の実体は全く失われていたのである。すなわち、原告は、太郎といわゆる重婚的内縁の関係にあったものである。

二  そして、原告は、終戦後太郎が二、三商売に手を出して失敗し長らく失業したり或いは味の素の行商をしたりしていた間、キャバレーの女給や喫茶店の店員をしたり種々の内職や太郎の行商の手伝をしたりして家計を支え、昭和三二年頃太郎が有限会社○○○メッキに職を得たのちも、右足の不自由な太郎の手足となってこれを助け蓄財に努めて来たのである。太郎は、その後右会社社長の引立てを受けて昇進し、昭和四九年には遂に同社の社長に就任するに至ったが、同人名義の預金などの財産は、すべて右のような原告の寄与協力によって得られたものである。

三  ところで、本件土地家屋は、昭和四九年頃太郎が預金約四八〇万円を頭金としてあとは銀行ローンで購入し自己単独所有名義に登記したものであるが、右の頭金はもとよりその後の銀行ローンの支払に充てられた金員もすべて原告の寄与、協力によって得られたものであるから、原告は、本件土地家屋につき二分の一の共有持分権を有する。

四  仮に、右原告の寄与による本件土地家屋の共有持分権の取得が認められないとしても、太郎としては、本件土地家屋は元来原告の老後のために原告名義で購入する予定で原告にもその意向を明らかにしていたところ、当時原告が無職無収入で銀行ローンが受けられないことが判ったためやむなく太郎名義で購入、登記したものであり、また、太郎は、本件土地家屋購入後死亡までの間再三原告に対し「この家はお前のものだから好きにせよ」と言っていたから、原告は、遅くとも太郎の死亡した昭和五二年六月一九日までの間に同人から本件土地家屋の少くとも二分の一の共有持分権について死因贈与を受けてこれを取得したものである。

五  また、本件預金も、太郎と原告がして来た預金の一部であるが、太郎は、右の死亡までの間に原告に対し右預金のうちの原告名義の本件預金を贈与又は死因贈与したものである。

六  ところが、被告らは、本件土地家屋及び本件預金がいずれも太郎の相続財産であり、従って相続人である被告らのものであると主張する。

七  よって、原告は、被告らに対し、本件土地家屋の二分の一の共有持分権及び本件預金を有することの確認を求める。

(本訴請求の原因に対する答弁)

一  本訴請求の原因第一項記載の事実は、そのうち被告らと太郎との身分関係、被告花子、同一郎、同二郎らが昭和一九年一二月岡山県津山市に疎開したことは認めるが、その余は否認する。原告は、太郎のいわゆる妾の関係にあったものである。

二  同第二項記載の事実は、そのうち太郎が昭和三二年頃有限会社○○○メッキに就任し昭和四九年同社の社長に就任したことは認めるが、その余は否認する。太郎は、同社に就職する以前は昭和二八年頃から○○○合金、○○特殊鋼といった会社に勤務していたし、また、前記のとおり妻子を岡山県津山市に疎開させるにあたり、被告一郎、同二郎名義で土地家屋を購入していたが、昭和二六年及び昭和三〇年には被告二郎名義の土地を売却し、昭和二六年頃からは被告一郎名義の家屋で被告花子に間貸や商人宿をさせて、それらの収入で自ら及び妻子の生活を支えて来たのである。

三  同第三項記載の事実は、そのうち太郎が昭和四九年本件土地家屋を購入し同人名義に登記したことは認めるが、その余は否認する。わが民法は、明らかに夫婦別産制を採る(七六二条一項)から、仮に、正妻であり夫の資産形成に多大の内助の功があったとしても、夫が自らの名前で取得した財産については共有持分権を主張し得ないわけであるが、原告は、前記のとおり太郎の妾にすぎなかったのであるから、尚更本件土地家屋につき共有持分権を主張することはできない。

四  同第四項記載の事実は、否認する。太郎は、前記のとおり、以前被告二郎名義の土地を売却していたので、本件土地家屋購入にあたってはこれを同被告名義にしようとしたのであるが、原告が反対したため、やむなく自己名義にしたのである。

五  同第五項記載の事実は、不知又は否認する。

六  同第六項記載の事実は、認める。

七  同第七項は、争う。

(本訴抗弁)

一  仮に、本件土地家屋につき原告主張の死因贈与の事実が認められるとすれば、右死因贈与は、書面によらないものであり且つ履行も終っていないものであるから、被告らは、昭和五四年八月二二日の本件口頭弁論で原告に対しこれを取消す旨の意思表示をした。

二  また、右死因贈与は、被告らの遺留分を侵害するものであるから、被告らは、右期日の本件口頭弁論で原告に対し遺留分減殺の意思表示をした。

(本訴抗弁に対する答弁)

本訴抗弁は、いずれも争う。

(反訴請求の原因)

一  太郎は、昭和四九年六月一三日頃本件土地家屋を他から代金一六八〇万円で買受け所有していたが、同人は、昭和五二年六月一九日死亡したため、同人の妻である被告花子及び子であるその余の被告らが相続によりこれを承継取得した。

二  ところが、原告は、本件家屋に居住しこれを占有している。

三  本件家屋不法占有による家賃相当損害金は、一年につき、前記買受代金一六八〇万円に年六パーセントの利率を乗じて算出した一〇〇万八〇〇〇円である。

四  よって、被告らは、原告に対し、所有権に基づき本件家屋の明渡と反訴状送達の日の翌日である昭和五二年一〇月一三日から右家屋明渡ずみまで一ヶ年一〇〇万八〇〇〇円の割合による家賃相当損害金の支払を求める。

五  被告花子は、太郎とは昭和一三年結婚し昭和一四年八月八日婚姻届出を了した夫婦であるが、太平洋戦争が激化したため、原告主張のとおり、昭和一九年一二月太郎ひとりを大阪に残し被告一郎、同二郎をつれて岡山県津山市に疎開した。

六  ところが、原告は、このような疎開による夫婦の別居という不測の事態につけこみ、太郎に被告花子という妻があることを知りながら太郎と妾関係に入り、これを継続して来た。しかも、被告花子が疎開後前記のとおり間貸や商人宿を営んで子供達や太郎の両親を含む一家の生活を支え、子供達にはいずれも大学を了えさせるまで育て上げたのに対し、原告は、太郎が前記のとおり生活が好転して来たため被告らを大阪に呼び戻そうとしたのにも反対し、大学卒業後大阪に居住する子供達に会うため上阪した被告花子に太郎が会いに行くことも許さず、更には前記のとおり太郎が本件土地家屋を被告二郎名義にしようとしたことにも反対した。

七  このような原告の所為は、被告花子に対する不法行為であり、同被告に対する慰藉料は、五〇〇万円が相当である。

八  よって、被告花子は、原告に対し、慰藉料五〇〇万円及びこれに対する反訴状送達の日の翌日である昭和五二年一〇月一三日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(反訴請求の原因に対する答弁)

一  反訴請求の原因第一項記載の事実は、そのうち太郎が昭和四九年本件土地家屋を他から買受けたこと、同人が昭和五二年六月一九日死亡し、同人と被告ら主張の身分関係にある被告らが相続により同人の権利義務を承継したことは認めるが、太郎が右死亡当時本件土地家屋を所有していたこと、少くとも単独所有していたことは否認する。

二  同第二項記載の事実は、認める。

三  同第三項記載の事実は、不知。

四  同第四項は、争う。

五  同第五項記載の事実は、認める。

六  同第六項記載の事実は、否認する。原告の存在は、すでに昭和一九年当時から太郎の父松男や被告花子らに知られており、被告一郎や被告二郎も幼少の頃から右松男に連れられたりして屡々原告方を訪れており、被告一郎は原告方に寄寓していたこともあるし、被告一郎や被告二郎は正月にはそれぞれの子供を連れて原告方に遊びに来ることもあった。また、原告は、太郎が津山に帰らなくなってからは被告らに毎月一万円ないし三万円、時には七万円を送金し、被告花子からも電話では感謝されていたのであるが、太郎が原告と被告花子との対面を極度に嫌ったため、二人は会うことがなかっただけである。

七  同第七項記載の事実は、否認する。

八  同第八項は、争う。

(反訴抗弁)

一  本訴請求の原因第四項記載のとおり(本件土地家屋の少くとも二分の一の共有持分権についての死因贈与の主張)。

二  仮に、右の死因贈与の事実が認められないとしても、原告は、太郎の生前同人から本件土地家屋を同人の死亡を停止条件として原告が死亡するまでの間の一代限り無償で借り受けた。

三  仮に、右使用貸借の事実も認められないとしても、原告が本訴請求の原因並びに反訴請求の原因に対する答弁として述べた事情からすれば、被告らの本件家屋明渡請求及び損害金請求は、権利の濫用である。

(反訴抗弁に対する答弁)

反訴抗弁事実は、いずれも否認する。

(反訴再抗弁とこれに対する答弁)

本訴抗弁とこれに対する答弁記載のとおり。

第三証拠《省略》

理由

第一本訴について

一  本件土地家屋の共有持分権確認請求について

本件土地家屋は、太郎が他から購入したものであることは、当事者間に争いがないところ、原告は、まず、右土地家屋購入の資金の獲得については原告にも多大の寄与協力があったから、原告は本件土地家屋につき二分の一の共有持分権を有すると主張する。しかし、原告が自己名義で獲得した収入が本件土地家屋購入の資金に充てられたと認めるに足りる証拠はないから、右にいう原告の寄与協力というのは、あるとすれば、いわゆる内助の功に外ならないということになるが、仮に、原告がその主張のように太郎といわゆる重婚的内縁の関係にあり、重婚的内縁の夫婦にも民法の夫婦財産制の規定が準用されるとしても、民法七六二条一項は、夫婦の一方が婚姻中自己の名で得た財産はその特有財産とする旨規定しており、これと民法の夫婦財産制に関するその他の諸規定、一般財産法秩序からの権利義務帰属主体の明確性の要請などを併せ考えると、夫婦の一方が自己の単独名義で買受けた財産は、その資金の獲得に他方の内助の功があったとしても、名義人の単独所有となり夫婦の共有財産とはならないものと解すべきである(大阪高等裁判所昭和四八年四月一〇日判決判例時報七一〇号六一頁参照)から、原告の前記主張は、理由がない。原告は、次に、太郎から本件土地家屋の少くとも二分の一の共有持分権について死因贈与を受けたと主張するが、右主張を認めるに足りる証拠はない。原告本人は、太郎が本件土地家屋を原告の老後のために買うといっていたとか本件土地家屋は原告のものだといっていたとか供述するけれども、原告本人の供述によっても、本件土地家屋は太郎の住居であり、太郎には右土地家屋購入当時在阪の子として被告二郎らがあり、太郎は本件土地家屋を被告二郎所有名義にしようといっていたこともあるというのであるから、原告本人のさきの供述は、にわかに措信し難いし、仮に措信するとしても、それによって死因贈与の事実を認めることはできない。従って、原告の本件土地家屋の共有持分権確認請求は、そのほかの点について判断するまでもなく理由がない。

二  本件預金確認請求について

《証拠省略》によれば、太郎は、生前自己名義で銀行に預金していたほか甲野ハル、乙山なつの各名義や被告花子、同乙山三郎、被告二郎の子である乙山竹男らの名義でも銀行や郵便局に預金しており、これら他人名義の預金は、太郎とこれら名義人との関係からして太郎が各名義人に贈与もしくは少くとも死因贈与したものとみられること、甲野ハル、乙山なつ又は乙山ナツは原告の別名であり、本件預金は、これらの名義の預金の一部であることが認められ、太郎が昭和五二年六月一九日死亡したことは、当事者間に争いがない。従って、本件預金は、遅くとも右同日には原告のものになったものと認められる。右認定を左右するに足りる証拠はない。そして、被告らが本件預金が原告のものであることを争っていることは、弁論の全趣旨から明らかであるから、原告には、本件預金が原告のものであることの確認を求める利益がある。従って、原告の本件預金の確認請求は、理由がある。

第二反訴について

一  本件家屋の明渡請求について

本件家屋が太郎の生前同人の単独所有であったとみるべきことは、第一の本訴についての判断として述べたところから明らかであろうと思われるが、太郎が昭和五二年六月一九日死亡し同人と被告ら主張の身分関係にある被告らが相続により同人の権利義務を承継したことは、当事者間に争いがないから、本件家屋は、右同日以降被告らの共有に属することとなる。そして、原告が右同日以降本件家屋を占有していることも、当事者間に争いがない。

原告は、本件家屋の占有権原として、まず、死因贈与による所有権もしくは二分の一の共有持分権を主張するが、その理由のないことは、第一の本訴についての判断として述べたとおりであり、次に、使用借権を主張するが、太郎と原告との間に本件家屋の使用貸借が成立したことを認めるに足りるような証拠は全く存しない。

そこで、原告は、被告らの本件家屋の明渡請求は権利の濫用であると主張するので、この点について検討する。

《証拠省略》によれば、次の事実が認められる。すなわち、

(1)  太郎は、昭和一三年被告花子と結婚(昭和一四年八月八日婚姻届出)し、大阪市内で鉄工業を営んでいたが、太平洋戦争が激化して来たため、昭和一九年一二月自らひとりだけは大阪にとどまり、被告花子にはその間にすでに出生していた被告一郎、同二郎ともども太郎の両親のいる岡山県津山市に疎開させた。

(2)  原告は、大正一三年五月二〇日生であるが、青森県から出て来て道頓堀のカフェーで女給をしていたところ、昭和一八年頃客として来た太郎と懇ろになり、その後三ヶ月位して同人の妻とは死別し子は両親に預けてあるとの言を信じて同人と生活をともにするようになった(太郎は、被告花子らが疎開するまでは原告のもとには時々泊りに来る程度であったが、被告花子らが疎開してからは公然と原告と同棲するようになった)。

(3)  原告は、太郎と生活をともにするようになって一年ほどして被告花子の存在を知ったが、その後も太郎との生活を続け、他方、被告花子は、昭和二〇年夏頃原告の存在を知ったが、原告に対しては勿論太郎に対しても特に関係を絶つよう求めるようなことはしなかった。

(4)  太郎は、両親が亡くなる昭和三八年までは年に四、五回被告花子らのもとに帰っていたが、その後は余り帰らなくなったけれども、死亡するまでの間、昭和二五、六年頃から三年ほどを除き大体毎月一定額を生活費として被告花子に送金していた。

(5)  太郎は、終戦後二、三商売に手を出して失敗し長らく失業したり或いは味の素の行商をしたりしていたが、原告は、その間キャバレーの女給や喫茶店の店員をしたり種々の内職や太郎の行商の手伝をしたりして家計を支えた。太郎が昭和三二年頃有限会社○○○メッキに職を得てのちは、原告も職には就いていないが、内助の役を果し太郎に前記仕送りを続けさせていた。

(6)  被告花子は、太郎の生前太郎と原告の住む家屋を訪れたことはないが、被告一郎や被告二郎らは、幼少の頃から幾度も訪れており、被告一郎や被告乙山三郎、同乙山四郎は、学生時代一ヶ月ないし四年ほど太郎及び原告と同居していたこともあった。

(7)  被告二郎の現住する公団住宅は、太郎及び原告が昭和三七年頃から居住していた家屋であるが、昭和四九年本件家屋に移り住むようになって、被告二郎に住まわせるようにしたものである。

(8)  原告は、本件家屋を明渡した場合、居住すべき家屋がない。

以上の事実が認められる。これらの事実からすると、原告は、太郎といわゆる重婚的内縁、少くとも保護に値する重婚的内縁の関係にあったものとはみ難く、法的には妾関係とみるほかはないであろうが、太郎を挾んで被告らとは家族に近い関係にあったとみられるのであって、長年夫であり父である太郎の世話を委ね、自らも世話になっておきながら、占有権原がないという一事をもって他に行きどころのない老令の原告を本件家屋から追い立てる結果となる被告らの本件家屋の明渡請求は、人間の情義として許し難いものといわねばならず、権利の濫用にあたるものというべきである。従って、被告らの本件家屋の明渡請求及び損害金請求は、そのほかの点について判断するまでもなく理由がない。

二  本件慰藉料請求について

前項で認定した事実からすると、原告は、太郎に被告花子という妻があることを知ってからも同人との関係を持続していたわけで、その時点では、原告の行為は、被告花子の妻としての権利を侵害した不法行為といえるかも知れない。しかし、原告と太郎との関係が開始されたのは、反訴提起の三三年も前のことであり、被告花子がそのことを知ってからでも反訴提起までには三二年足らずの年月を経ている。そして、前項で認定した事実及び《証拠省略》によれば、被告花子は、原告の存在を知って決して快くは思っていなかったが、原告を責めるまでの気はなく、原告の存在を知って間もなくの頃から原告の行為を宥恕もしくは少くとも黙過していたことが認められる。被告花子は、原告の行為が不法行為となる理由として、右の原告と太郎との関係のほか、原告が被告花子の太郎との同居や面会を妨げたとか太郎が本件土地家屋を被告二郎名義にしようとしたのに反対したと主張するが、前の点は、これを認めるに足りる証拠がなく(《証拠省略》によれば、被告花子は、前記疎開後は太郎との同居を企図したことはなく、また、同人とは何ら支障なく会っていたことが認められる)、後の点は、前項で認定した原告の地位立場からすれば、やむを得ない行為というべきであって、特に非難すべきものとは思われない。してみれば、反訴提起の時点では、原告の行為は、もはや違法性を失っているか少くともそれを理由として慰藉料を請求しうるほどの違法性は失っていたものとみるべきである。従って、被告花子の本件慰藉料請求も、理由がない。

第三結び

よって、原告の本訴請求は、そのうち本件預金確認請求を認容し、その余の請求を棄却し、被告ら及び被告花子の各反訴請求は、いずれも棄却し、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法九二条本文、八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 露木靖郎)

<以下省略>

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