大阪地方裁判所 昭和52年(ワ)6582号 判決 1979年4月26日
原告 甲野マツ
右訴訟代理人弁護士 田畑源一
被告 乙山一郎
<ほか三名>
右被告ら訴訟代理人弁護士 富久公
主文
被告らは各自、原告に対し、金一四一八万六九五〇円およびこれに対する昭和五一年八月二三日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
原告のその余の請求をいずれも棄却する。
訴訟費用はこれを八分し、その三を原告の負担とし、その余を被告らの負担とする。
この判決は原告ら勝訴の部分に限り、仮りに執行することができる。
事実
第一当事者の求める裁判
一 請求の趣旨
被告らは各自、原告に対し、金二二九三万八五〇〇円およびこれに対する昭和五一年八月二三日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
訴訟費用は被告らの負担とする。
仮執行の宣言。
二 請求の趣旨に対する答弁
原告の請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
第二請求原因
一 事故の発生
訴外亡乙山竹子(以下、竹子という。)は、次の事故(以下、本件事故という。)により死亡した。
1 日時 昭和五一年八月二二日午後零時三〇分頃
2 場所 広島県呉市阿賀町小情島先同島山頂の南西方約二〇〇メートルの海上(以下、本件事故現場という。)
3 事故船 漁船しぶき丸(総トン数約一・五トン、船体の長さ約七・〇四メートル、推進機関ディーゼル八馬力、以下、本件船という。)
右操縦者 被告乙山一郎(以下、被告一郎という。)
4 態様
被告一郎は竹子を伴って本件事故現場付近に停船中の本件船に乗っていたが、同被告が本件船の機関を起動して約三〇メートル後退させた後、全速力前進に切り替えたところ、船尾左舷側「立」(船上にほぼ垂直に立てられた短かい柱)の傍に中腰の姿勢で立っていた竹子が平衡を失い、海中に転落して死亡した。
二 責任原因
1 被告一郎の責任
被告一郎は、昭和五一年八月二二日午前九時三〇分頃、竹子を伴って本件船に乗り同被告の祖父である被告丙川春夫(以下、被告丙川という。)の操縦する漁船豊栄丸に曳航されて本件事故現場に到着し、同漁船と別れた。被告一郎と竹子の二人は、同所で魚釣りをした後、同日午後零時三〇分頃、釣り場を移動しようとし、被告一郎は、四級小型船舶操縦士またはこれより上級の資格の海技従事者の免許を受けておらず、操縦技術は未熟であるのに、総トン数五トン未満の沿岸小型船である本件船を操縦することにしたが、折柄竹子が船尾左舷側「立」の傍に中腰の姿勢で立っており、本件船を急激に発進または停止させると、同人が平衡を失い、海中に転落するおそれがあったから、同人を船室内に座らせるか、同人に注意を与える等、その安全をはかり、同人が海中に転落するのを未然に防止すべき注意義務があるにもかかわらず、これを怠り、漫然と、本件船の機関を起動して約三〇メートル後退させた後全速力前進に切り替え、後退中の本件船を急停止、前進させた過失により、平衡を失った竹子を海中に転落させ、よって、本件事故を発生させた。
従って、被告一郎には、民法七〇九条により、本件事故による原告の損害を賠償する責任がある。
2 被告丙川の責任
被告丙川は、被告一郎の祖父で、漁師をしているところ、被告一郎をその小学生の頃から本件事故当時まで、毎年夏休みには同人の父である被告乙山太郎(以下、被告太郎という。)および母である同乙山花子(以下、被告花子という。)から頼まれて預り、その間の養育監護を引き受けていたのであるから、その間被告一郎に対する代理ないし事実上の監護義務を負っていたというべきである。しかるに、被告丙川は、被告一郎を溺愛する余り、甘やかして放任し、所定の海技従事者の免許を受けたものでなければ船舶を操縦してはならないことを承知のうえで、右免許を受けていない同人が中学生の頃から毎年夏休みに漁船を操縦するのを黙認していた。
ところで、被告丙川は、本件事故当時、被告一郎が竹子を伴って魚釣りをしに来ており、同被告がこれまで度々右免許を受けていないのに漁船を操縦していたことからして、本件船に同人らを乗せて海上に放置すれば、釣り場を移るため、同被告が本件船を操縦し、その結果、事故を惹き起すことがあることを容易に予見し得たのであるから、同人の父母に代って被告一郎に対し、本件船を操縦しないように注意監督すべき義務があるにもかかわらず、これを怠り、本件船に同被告と竹子を乗せて本件事故現場までこれを曳航し、同所にこれを放置したのであるから、被告丙川には、被告一郎の監督義務を怠った過失があるというべきである。そして、被告丙川の右過失と被告一郎の前記1の過失が相まって本件事故を発生させたのであるから、被告丙川の過失と本件事故の発生との間には相当因果関係があるというべきである。
従って、同被告には、民法七〇九条、七一九条により、共同不法行為者として、本件事故による原告の損害を賠償する責任がある。
3 被告太郎および同花子の責任
被告一郎は、本件事故当時一七才であったところ、被告太郎は、神戸市内で被告花子の妹である訴外丙川秋子(以下、秋子という。)と焼鳥屋を経営し、被告花子は、被告一郎が幼少の頃から大阪市内でスタンドバーを経営し、しかも深夜にわたる水商売である関係上、同被告の生活環境は最悪であるのに、これを放任し、同被告が店の売上金を持ち出すのを見ながら、これを黙認する等、甘やかして養育し、基本的な躾を怠り、その結果、同被告が一四才の頃から窃盗、傷害等の非行を犯し、同被告の監督について大阪家庭裁判所から注意を受けたはずであるのに、被告太郎および同花子は、なおも被告一郎の監督を怠り、さらに、同被告が一六才の頃から飲酒、喫煙していたのに、格別の注意を払った形跡はない。被告太郎および同花子は、右のように、被告一郎を甘やかして放任し、同被告が中学生の頃から毎年夏休みには所定の海技従事者の免許を受けていないのに被告丙川の漁船を操縦していたのを知っており、本件事故のあった際、被告一郎が被告丙川方へ、初めて竹子を連れて、漁船を操縦して魚釣りをして遊ぶために行くことを知っており、事故を惹起することがあることを容易に予見し得たのであるから、被告一郎に対し、漁船を操縦しないように注意監督すべき義務があるにもかかわらず、これを怠り、何らの注意を与えず、これを放任したのであるから、被告太郎および同花子には、被告一郎の監督義務を怠った過失があるというべきである。そして、被告太郎および同花子の右過失と被告一郎の前記1の過失が相まって、本件事故を発生させたのであるから、被告太郎および同花子の過失と本件事故の発生との間には相当因果関係があるというべきである。
従って、右被告両名には、民法七〇九条により、不法行為者として、本件事故による原告の損害を賠償する責任がある。
三 損害
1 竹子の死亡による逸失利益 一三一〇万七〇〇〇円
竹子は、本件事故当時一八才の健康な女子で、喫茶店「○」に住み込みで勤務し、生活費を控除して一か月平均八万円の収入を得ていたのであるから、少なくとも昭和五一年賃金センサス第一巻第一表企業規模計女子労働者学歴計一八才ないし一九才の平均年収一〇七万三七〇〇円の収入を得ていたというべきところ、同人の就労可能年数は死亡時から四九年間、その生活費は収入の五〇パーセントと考えられるから、同人の死亡による逸失利益を年別のホフマン式により年五分の割合による中間利息を控除して算定すると、一三一〇万七〇〇〇円(ただし、一〇〇〇円未満切捨て)となる。
(算式 一〇七万三七〇〇円×〇・五×二四・四一六≒一三一万七〇〇〇円)
2 権利の承継
原告は、竹子の母であり、ほかに相続人がいないので、竹子の死亡により、その一切の権利義務を相続した。
3 原告固有の損害
(一) 死体引き取りのための交通費および滞在費 三三万一五〇〇円
原告は、竹子の死体引き取りのための交通費および滞在費として、次のとおり合計三三万一五〇〇円を要した。
(1) 原告が同人の長男、原告の妹夫婦ら三名と共に、本件事故の翌日である昭和五一年八月二三日、沖縄から広島県呉市内にある本件事故現場まで竹子の死体を引き取りに行ったが、その交通費として、一人当り往復五万三八〇〇円の割合による右四名分の合計二一万五二〇〇円を要した。
(2) 呉市内には、原告と同人の長男が同年九月一日までの一〇日間、原告の妹夫婦が同年八月二四日までの二日間それぞれ滞在したが、その滞在費として、一人当り一日二五〇〇円の割合による右四名の右各期間分の合計六万円を要した。
(3) 原告の長男が同年一二月二五日、竹子の死体のうち、頭部の引き取りに行ったが、前記(1)、(2)の一人当りの交通費および一日の滞在費とそれぞれ同額の合計五万六三〇〇円を要した。
(二) 葬儀費用 五〇万円
原告は、竹子の死亡により、その葬式費用のほか、仏壇の購入費、遺骨の安置料等を含めて約七〇万円を要し、さらに、沖縄における特殊墓地の購入費として少なくとも一五〇万円を要するところ、そのうち、五〇万円を本件事故による損害として請求する。
(三) 慰藉料 八〇〇万円
原告は、一人娘である竹子の悲惨な死亡により、精神的打撃を受けたところ、その苦痛を慰藉するには、諸般の事情を考えあわせると、少なくとも八〇〇万円が相当である。
(四) 弁護士費用 一〇〇万円
原告は、被告らが原告に対し、本件事故による原告の損害を任意に履行しなかったため、弁護士である原告訴訟代理人に本件訴訟の提起追行を委任し、相当の報酬債務を負担することを余儀なくされたが、本件事故と相当因果関係のある分は一〇〇万円とするのが相当である。
四 よって、請求の趣旨記載のとおりの判決(遅延損害金については、本件事故発生の日の翌日である昭和五一年八月二三日から民法所定の年五分の割合による。)を求める。
第三請求原因に対する被告らの答弁
一 請求原因一の事実は、認める。
二 同二の1について。事故時、被告一郎は、本件船の機関を始動し、約三〇メートル後退させた後、全速力に近い前進に切り替えて停止、前進させたものである。被告一郎に過失があることは、否認するが、右1のその余の事実は、認める。
本件船は総トン数約一・五トンの小型漁船で俗に伝馬船といわれ安定性がよく、特別の技能、専門知識等を有しない素人でも多少経験を積めば、容易にこれを操縦することができ、昭和四九年に「船舶職員法」が改正されるまでは、海技従事者の免許は要求されていなかった。被告一郎は、小学校の上級生の頃から毎年夏休みは被告丙川方に行き、同人の漁業の手伝いをしており、漁船の操縦についてはかなりの経験を積んでおり、右免許を受けないで本件船を操縦したことをもって過失があるとはいえない。
また、被告一郎が本件船を発進させるに当っては、竹子に合図をなし、同人がこれを了解しており、同人は本件事故当時一八才で、安全についての判断力は十分あったはずであるから、同人が自ら腰を落して船の縁をつかむ等、安全な体勢をとっておれば本件事故は発生しなかった。
従って、本件事故は、竹子の一方的過失によるものであり、仮りに、被告一郎に過失があるとしても、極めて軽微なものであって、その責任の大部分は竹子に帰せられるべきである。
三 同二の2の事実のうち、被告丙川が漁師をしていること、同人が被告一郎を自宅に滞在させ、事実上同人を世話していたこと、被告丙川が被告一郎と竹子の二人を本件船に乗せて本件事故現場まで曳航し、これを同所に置いて同所を去ったことは認めるが、被告丙川に原告主張の注意監督の義務があることは否認する。
また、同被告が被告一郎に対し、本件船を操縦しないように注意を与えなかったとしても、本件船の操縦が直ちに事故を惹起するとは限らないし、同人は本件事故当時一七才八か月で不法行旨の責任能力があるというべきであるから、本件船の操縦に当っての注意義務は同人が自ら尽すべきであり、仮りに、同人に注意義務違反の過失があったとしても、被告丙川には、本件事故について共同不法行為責任はないというべきである。
四 同二の3の事実のうち、被告太郎および同花子に原告主張のような注意監督をする義務があることは否認する。被告一郎には、不法行為の責任能力があるから、被告太郎および同花子には被告一郎に対して注意監督をなすべき義務はない。
五 同三の事実のうち、2は、認め、その余は、知らない。
第四証拠関係《省略》
理由
第一事故の発生
請求原因一の事実は、当事者間に争いがない。
第二不法行為責任
一 被告一郎の責任
1 請求原因二の1の事実のうち、被告一郎が、竹子を伴って本件船に乗り、同被告の祖父である被告丙川の操縦する漁船豊栄丸に曳航されて本件事故現場に到着し、同漁船と別れて竹子と二人で同所で魚釣りをした後、釣り場を移るに当り、四級小型船舶操縦士またはこれより上級の資格の海技従事者の免許を受けていないのに、総トン数五トン未満の沿岸小型船である本件船を操縦することにしたこと、竹子が船尾左舷側「立」の傍に中腰の姿勢で立っていたこと、被告一郎が機関を起動して約三〇メートル後退させた後、前進に切り替え、後退中の本件船を停止、前進させたこと、その際平衡を失った竹子が海中に転落して本件事故が発生したことは、当事者間に争いがない。
2 《証拠省略》によれば、次の事実が認められる。
(一) 本件船の構造は、船首部より、船員室、魚倉、機関室、船倉および船尾からなり、船体の最大幅は約二・二八メートルで、船尾の周囲には、高さ一〇センチメートル前後の縁があり、船尾の両舷には、縦横各数センチメートル、高さ二〇センチメートル前後の四角の棒が各一本立っているほか人の転落を防止する設備はない。本件船は、ごく普通の小型漁船で、伝馬船といわれ、安定性があって操縦は比較的簡単である。本件船の機関の回転数を全速力にしておいて前進のクラッチを入れると、その船上に立っている者には、転倒する程の衝撃を与える。その場合、本件船を後進させておいて、クラッチを急に前進に切り替えれば、その衝撃はさらに増大する。
(二) 被告一郎は、本件事故当時一七才八か月であり、普通程度には泳げ、本件船を操縦する技量は、一応体得していたものであるが、本件事故の直前、本件船の機関を起動し、その指示により船尾の錨綱を外し終えて船尾左舷側「立」の傍に中腰で立っていた竹子に対し、錨綱を外したか、出発するよ、との合図のつもりで、「ええか」と声をかけたところ、同人が「うん」と答えたのでこれですべてを了解したものと考え、その後は同人の安全を確認しないまま、前方約一六メートルに小情島の海岸があってそのまま前進して方向を変えることはできなかったところから、前記1のとおりに本件船を操縦して本件事故を発生させたのであるが、その際、後進中の本件船のクラッチを後進の位置から停止の位置を通り越してそのまま前進に切り替えるとともに、機関回転数をほぼ全速力に近いところまであげたものである。なお、被告一郎は、竹子が泳げないことをよく知っていた。(竹子の転落に気付いた被告一郎は、直ちに機関を停止して海中に飛び込み、救助に向かったが、一たんは泳ぎついて竹子を背負ったものの、なお行き足が残っている本件船に泳ぎつくことができず、そのうちやがて自らも力尽きて、結局、同人を本件船に連れ戻すことはできなかった。なお、被告一郎は、竹子救助のために船をその溺れている方に回すとか、船にあるロープを利用するとかという方法には思い至らなかった。)
(三) 竹子は、本件事故当時一八才の女子で、泳ぐことはできず、本件船が発進する際、被告一郎の指示により船尾の錨綱を外し終え、そのまま船尾左舷側「立」の傍に、何もつかまえず、中腰という不安定な姿勢で立っていた。
以上の事実が認められ(る。)《証拠判断省略》なお、以上認定の事実関係からすれば、竹子は漁船には不慣れであったものと推認される。
3 前記1の争いのない事実と右2の認定事実によれば、本件船の後進中急にこれを全速力前進に切り替えると、その船上に立っている者が転倒する危険があり、しかも、本件船の船尾には、人の転落を防止する設備はなく、船尾で人が転倒すれば、海中に転落する危険があるから、本件船を操縦する者は、船尾に泳げない漁船に不慣れな同乗者がいる場合には、その発進にあたっては、単に発進する旨を告げるにとどまらず、右同乗者を船上に座らせ、船の縁をつかまえさせる等これに安全な体勢をとらせると共に、本件船を発進させるに当っては、機関回転数の調節、クラッチの切り替えを徐々に行ない同乗者に与える衝撃を緩和し、同乗者が平衡を失って海中に転落するのを未然に防止すべき注意義務があるというべきところ、被告一郎は、竹子に発進の合図として「ええか」と声をかけて「うん」との応答をえたにとどまり、同人が本件船尾に何もつかまえず不安定な姿勢で立っていたにもかかわらず、それ以上には同人の動静を確認することもなく、同人に安全な体勢をとらせるためのなんらの注意をも与えないまま、慢然と、本件船を後進させておいて急に全速力前進に切り替えるという無謀な操縦をなし、これにより、竹子を、平衡を失なわせて海中に転落させ、本件事故を発生させたのであるから、被告一郎には、右注意義務を怠った過失があるといわざるを得ない。
よって、被告一郎には、民法七〇九条により、原告の本件事故による損害を賠償する責任がある。
二 被告丙川の責任
1 請求原因二の2の事実のうち、被告丙川が被告一郎の祖父で、本件事故当時漁師をしていたこと、被告丙川が被告一郎を自宅に滞在させ、事実上同被告を世話していたこと、被告丙川が被告一郎と竹子の二人を本件船に乗せて本件事故現場まで曳航し、これを同所にとどめて同所を去ったことは、当事者間に争いがない。
2 《証拠省略》によれば、被告丙川は、本件事故当時六八才であり、被告一郎をその幼児の頃引き取って養育し、被告太郎および同花子に引き渡してからも、被告一郎が小学校三年生の頃から毎年夏休みの期間中は、同被告を呼び寄せ、その生活費のすべてを負担して事実上その監督のもとに海水浴や自己の操縦する漁船に乗せて魚釣りをさせる等して夏休みを過ごさせていたが、溺愛して被告一郎をやや甘やかしていたこと、同被告は、中学一年生の頃からは、漁船の操縦を覚え、一人でこれを操縦して遊ぶようになっていたこと、被告一郎は、昭和五一年八月三日に初めて竹子を連れて被告丙川方を訪れ、竹子とともに本件船に乗って魚釣りをする等して毎日を過ごしていたこと、被告丙川は、被告一郎が所定の海技従事者の免許を受けないで本件船を操縦していることを知りながら、無駄な操縦をするなという程度の注意をするにとどまり、これを制止するようなことはなかったこと、被告丙川は、本件事故当日、被告一郎と竹子の二人を本件船に乗せたまま本件事故現場を去るに際し、被告一郎らに対し、同人らを迎えに来ることを約束したものの何時頃来るかまでは決めておらず、また、本件船の扱いについて特段の注意や指示を与えることはなかったこと、被告丙川は、竹子が泳げないことを知っており、前記一の2の(一)認定の本件船の構造ないし性能を熟知していたこと、が認められる。《証拠判断省略》
ところで、被告一郎が未成年者ではあるが責任能力を有することは、既に認定した事実から明らかなところ、未成年者が責任能力を有する場合であっても監督義務者またはこれに代って未成年者を監督する者の義務違反と当該未成年者の不法行為によって生じた結果との間に相当因果関係を認めうるときは、監督義務者またはこれに代って未成年者を監督する者につき民法七〇九条に基づく不法行為が成立するものと解するのが相当であって、民法七一四条の規定が右解釈の妨げとなるものではない。
これを本件についてみるに、前記1、2の認定事実によれば、被告丙川は、祖父として、被告一郎を、幼児の頃養育し、小学校三年生の頃から毎年夏休み期間中自己の保護監督のもとで過ごさせていたのであるから、被告一郎が被告丙川方で過ごしていた期間中は、後記三認定のように被告一郎の共同親権者で法定の監督義務者である被告太郎および同花子に代って未成年者である被告一郎を監督する者であったというべきである。
そして、被告一郎は、所定の海技従事者の免許を受けておらず、前記一で認定判断したとおり、本件船の無謀な操縦をして本件事故を発生させたこと、その際、同被告が竹子を救助するためにとった行動等からすると、一応漁船の操縦はできるものの、その技量に習熟していたとは認めがたいところであり、右2の認定事実からすれば、被告丙川は、このことをよく知っていたものと推認される。《証拠判断省略》
以上述べてきたところからすれば、被告丙川としては、被告一郎と竹子の二人を本件船に乗せて放置しておけば、被告一郎が本件船を操縦することは十分に予測し得たところであるし、そうすれば、技量の習熟していない同被告の操縦により、同乗者である泳げない竹子が海中に転落し、重大な結果を惹起する危険があることも予見し得たと考えられるから、本来、本件船に被告一郎と竹子の二人だけを乗せたまま自己の監視の目のとどかないところまで離れるべきでないし、また、その目のとどかないところまで離れるのであれば、被告一郎に対し、本件船を操縦しないよう、少なくとも、操縦するのであれば、竹子の動静に充分注意してその安全を確保し、危険な操縦によって同人を海中に転落させるようなことのないように、厳重な注意を与えるべき監督義務があるというべきところ、これを怠り、特段の注意を与えることもなく同人ら二人を本件船に乗せたまま放置し、本件事故現場を去ったのであるから、被告丙川には、右監督義務を怠った過失があるというべく、同人が右監督義務を尽くしておれば、前記一の被告一郎の不法行為を未然に防止できたものと考えられるから、被告丙川の過失と本件事故の発生との間には相当因果関係があるというべきである。
よって、被告丙川には、民法七〇九条により、本件事故による原告の損害を賠償する責任がある。
三 被告太郎および被告花子の責任
《証拠省略》によれば、被告一郎が被告太郎および同花子の長男であること、被告太郎および同花子は、被告一郎が生れる前から飲食店を経営しており、同被告が幼児の頃は被告丙川に預けていたが、被告一郎が幼稚園に入園する頃これを引き取り、本件事故当時は、被告太郎が神戸市内で秋子と共同で焼鳥屋「○○」を、被告花子が大阪市内で飲食店「○○○」をそれぞれ経営していたものであって、被告一郎にとって幼少の頃から生活環境はあまりよいものではなく、躾も十分になされていなかったため、同被告は、昭和四八年に窃盗、昭和四九年に傷害(二件)の非行を犯したこともあったが、高等学校を一年で中退して被告太郎の店で調理師見習として同被告を手伝うようになってからは、非行はなく無事に過ごしていたこと、被告一郎は、一七才であった昭和五一年四月頃、当時一八才であった竹子と知りあい、ほぼ一か月の交際の後、同人と秋子方で同棲するようになり、被告一郎が成年に達したら竹子と結婚することを約束していたこと、被告太郎および同花子は、被告一郎が中学一年生の頃から毎年夏休みには漁船を操縦していたことや同被告が昭和五一年八月三日に初めて竹子を被告丙川方に遊びに連れて行くことを充分承知していたこと、被告花子は、同月の中旬頃被告丙川方に里帰りをしてしばらく同被告方で過ごし、その間、被告一郎が本件船に竹子を乗せてこれを操縦していたことを知ってはいたが、本件船が伝馬船で、安定性があって操縦が簡単であり、被告一郎が漁船を操縦してこれまでに事故を起したようなことがなかったところから、同被告に対し、「気いつけや」という程度の注意を与えたにとどまり、その操縦を制止したり、あるいは、同被告が本件船を操縦する場合には、竹子を同乗させないようにとの注意を与えたりしたことはなかったこと、被告花子は、しばらくして大阪に帰ったが、同被告および被告太郎としては、被告一郎が被告丙川方に滞在中は同被告が被告一郎を注意監督してくれるものと期待していたこと、「船舶職員法」が昭和四九年に改正(昭和四九年二月二六日法律第三号)されるまでは、総トン数五トン未満の船舶で旅客運送の用に供しないものについては、海技従事者の免許を受けないで操縦できたところ、右改正によりこれができなくなったのであるが、被告花子はこのことを知っていたことが認められる。《証拠判断省略》
なお、被告太郎および同花子が、竹子が泳げるかどうかについてこれを確認したことを認めるに足りる証拠はない。
ところで、未成年者が責任能力を有する場合であっても監督義務者の義務違反と当該未成年者の不法行為によって生じた結果との間に相当因果関係を認めうるときは、監督義務者につき民法七〇九条に基づく不法行為が成立することについては、前記二の3で述べたとおりである。
これを本件についてみるに、前記認定事実によれば、被告一郎は、本件事故当時一七才八か月で、昭和四九年の非行以降、無事に過ごしており、昭和五一年四月頃からは竹子と同棲し、同人と結婚を約束するまでに成長していたのであるから、被告太郎および同花子には、被告一郎の日常生活の全般にわたっての監督義務があるとはいえないけれども、前記認定のようなその成長過程にかんがみれば、被告一郎には多分に未熟な面が残っていることがうかがわれるのであって、同被告が一般的にみて人身事故を惹起する危険が予見されるような行動に出ようとしている場合には、その共同親権者である被告太郎、および同花子には、その危険発生の防止措置をとるべき監督義務があるというべきである。そして、竹子を連れて被告丙川方に遊びに行けば、被告一郎は竹子を同乗させて漁船を操縦することは、被告太郎および同花子には当然予測されることであるところ、本件船を操縦する資格がなく、その技量も習熟しているとはいえない被告一郎が、これに漁船には不慣れで泳げない女子である竹子を同乗させて操縦するのは相当危険なことであるから、被告太郎および同花子としては、竹子が泳げるかどうか、漁船に慣れているかどうかを確認し、同人が泳げないのであれば、被告一郎に対し、少なくとも被告丙川の目のとどかないところでは本件船に竹子を同乗させて操縦しないように、また、竹子の動静に充分注意して同人を海中に転落させるような危険な操縦をしないように、厳重な注意を与えるべき監督義務があるというべきである。
もっとも、被告太郎および同花子が、被告一郎が被告丙川方に滞在している間は事実上同被告がこれを監督してくれるものと期待していたことにある程度無理からぬ面がないではないが、同被告は、本件事故当時六八才の老令であり、被告一郎を溺愛してやや甘やかしていたのであるから、被告太郎および同花子としては、被告丙川に被告一郎の監督をまかせきりにしておくことは許されないところであるのみならず、共同親権者の一人である被告花子が、被告丙川方に里帰りをした際、被告一郎が現に本件船に竹子と同乗してこれを操縦しており、被告丙川がそれを容認していることを見聞して知っていたのであるから、その故に被告太郎および同花子に右のような監督義務がないということはできない。
したがって、被告一郎に対して前記のような注意を与えなかった被告太郎および同花子には、被告一郎の共同親権者である法定監督義務者として、右監督義務を怠った過失があるというべきである。そして、同被告らが右監督義務を尽くしておれば、前記一の被告一郎の不法行為を未然に防止できたものと考えられるから、被告太郎および同花子の過失と本件事故の発生との間に相当因果関係があるというべきである。
よって、被告太郎および同花子には、民法七〇九条により、本件事故による原告の損害を賠償すべき責任がある。
第三損害
一 竹子の死亡による逸失利益 一三一〇万七〇〇〇円
竹子が死亡したことは、前記第一のとおり当事者間に争いがないところ、《証拠省略》によれば、竹子が昭和四九年末頃、大阪市内にある喫茶店「○」に就職し、一か月手取り八万円の収入を得ていたことが認められるが《証拠省略》によれば、竹子は、昭和五一年四月頃右喫茶店をやめて被告一郎と秋子方で同棲し、家事をしながら被告太郎の店を被告一郎と共に手伝っていたものであり、将来も同様の生活を続けることを予定していたことが認められるので、竹子の逸失利益については、女子雇傭労働者の平均的賃金に相当する財産上の収益を挙げるものとして算定するのが相当であると認められる。
ところで、竹子が本件事故当時一八才の女子であったことは、前記第二の一の2の(三)認定のとおりであるから、本件事故時の昭和五一年賃金センサス第一巻第一表企業規模計女子労働者学歴計一八才ないし一九才の平均年収一〇七万三七〇〇円の収益を挙げるものというべきところ、同人の就労可能年数は死亡時から四九年、その生活費は収入の五〇パーセントと考えられるから、同人の死亡による逸失利益を年別のホフマン式により年五分の割合による中間利息を控除して算定すると、その概算額(一〇〇〇円未満切捨て)は、原告の請求どおり、一三一〇万七〇〇〇円となる。
(算式 一〇七万三七〇〇円×〇・五×二四・四一六二=一三一〇万七八三六円
二 権利の承継
原告が竹子の母であり、ほかに相続人がいないので、竹子の死亡により、その一切の権利義務を相続したことは、当事者間に争いがない。
三 原告固有の損害
1 死体引き取りのための交通費および滞在費 三三万一五〇〇円
《証拠省略》によれば、請求原因三の3の(一)の事実および、竹子の死体は、海上保安庁等による捜索にもかかわらず、本件事故直後は行方不明であり、昭和五一年九月一五日にいたって胴体が、同年一二月二五日にいたって頭部が、各別に発見されたものであることが認められる。原告らの住所地が、本件事故現場から遠隔の地である沖縄にあり、右費用が右認定のような経過で発見された竹子の死体を引き取るために要したものである事情を考えると、竹子の母である原告のほか、竹子の近親者である兄および原告の妹夫婦のために要した費用についても、本件事故と相当因果関係があるものと認めるのが相当である。
2 葬儀費用 四〇万円
右1所掲の各証拠によれば、原告は、竹子の葬儀を主催し、その費用として、約七五万円を要したこと、その墓はまだ建設していないが、これを建設するとなると、沖縄の墓が特殊なものであるため、少なくとも約一五〇万円を要することが認められる。
ところで、竹子の年令、身分、親族関係その他諸般の事情を考えあわせたうえ、経験則に照らすと、原告が被告らに対し本件事故と相当因果関係のある損害として賠償を求め得る葬儀費用の額は、四〇万円とするのが相当である。
3 慰藉料 五〇〇万円
《証拠省略》によれば、竹子は、原告の一人娘(ただし、ほかに長男がいる。)で、健康で素直なおとなしい性格の子であったこと、竹子は、昭和四九年三月中学を卒業し、しばらくは沖縄で百貨店に勤務していたが、同年一一月頃美容士の資格を取得するため、来阪し、美容学校に要する学資を貯えるため、大阪市内にある前記喫茶店に勤務していたこと、被告太郎および同花子は、原告は竹子から報告を受けて承認しているものと考えて、被告一郎が竹子と秋子方で同棲することを容認していたこと、原告は右同棲の事実を知らなかったこと、被告一郎は、竹子を失い大きな精神的衝撃を受けていることが認められる。《証拠判断省略》
竹子が本件事故当時一八才の女子であったこと、竹子が昭和五一年四月頃被告一郎と知り合い、ほぼ一か月の交際の後、同人と同棲し、将来同人と結婚することを約束していたことは前記第二の三認定のとおりである。
右認定事実、就中、被害竹子と加害者被告一郎との関係に、本件事故の態様を救助しようと懸命の努力をしたこと、その他諸般の事情を考えあわせると、原告の慰藉料額は、五〇〇万円と認めるのが相当である。
第四過失相殺
前記第二の一で認定した事実によれば、本件事故の発生については、竹子にも、泳ぐことができず、漁船にも不慣れであるのに、本件船の発進に当り、被告一郎のその旨の合図を受けながら、自ら安全な体勢をとることを怠っていたという過失が認められるところ、前記第二の一ないし三認定の被告らの各過失の態様等諸般の事情を考えあわせると、過失相殺として、第三の一、三の1ないし3の損害額一八八三万八五〇〇円からその三割相当額を減じ、被告らの負担すべき金額を一三一八万六九五〇円と定めるのが相当である。
第五弁護士費用 一〇〇万円
本件事案の内容、審理経過、認容額等に照らすと、原告が被告らに対して本件事故による損害として賠償を求め得る弁護士費用の額は、一〇〇万円とするのが相当である。
第六結論
よって、被告らは各自、原告に対し、一四一八万六九五〇円およびこれに対する本件不法行為の日の翌日である昭和五一年八月二三日から支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金をそれぞれ支払う義務があり、原告の被告らに対する請求は、右の限度で正当であるからこれを認容し、その余の請求は、いずれも理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担について民訴法八九条、九二条、九三条、仮執行の宣言について同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 富澤達 裁判官大田朝章および裁判官窪田もとむは、いずれも、転任のため署名捺印することができない。裁判長裁判官 富澤達)