大阪地方裁判所 昭和52年(ワ)6904号 判決 1980年1月30日
原告 石原開発株式会社
右代表者代表取締役 石原則之
右訴訟代理人弁護士 仲武
被告 株式会社第一勧業銀行
右代表者代表取締役 村本周三
右訴訟代理人弁護士 辻武司
同 米田実
同 松川雅典
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一、当事者の求めた裁判
一、請求の趣旨
1. 被告は原告に対し、金五〇〇〇万円及びこれに対する昭和五二年一〇月一七日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。
2. 訴訟費用は被告の負担とする。
3. 仮執行宣言
二、請求の趣旨に対する答弁
主文同旨
第二、当事者の主張
一、請求原因
1. 原告は、土木建設及び自動車輸入を業とする会社である。
2. 原告は被告の阿倍野橋支店(以下被告支店という)との間に、昭和四八年一〇月一七日より当座預金、定期預金等の取引をしていた。
3. 原告は昭和四九年一〇月二一日当時年末を控えていくらでも事業運転資金を必要としたため、被告支店の担当者武井繁の好意ある勧めに従い、融資を申込んだところ、被告支店は大阪府中小企業信用保証協会(以下府の保証協会という)及び大阪市信用保証協会(以下市の保証協会という)に対して手続をなし、原告に対し、同月二五日府の保証協会の保証による金三〇〇万円の貸付を、同月二八日市の保証協会の保証による金二〇〇万円の貸付を約した。
4. 被告支店は、右契約に基づき、同月二五日金二九四万九〇四二円、同月二八日金一九一万七六二八円をそれぞれ原告当座預金口座に振込み融資したものの、右振込みを原告に通知せず、原告名義の定期預金担保差入証書を冒用し、無断で右預金口座から同月二五日金三〇〇万円、同月二八日金二〇〇万円をそれぞれ小切手なしに払出し、右各同日、直ちに右金員全額を原告定期預金にして、これに質権を設定して拘束した。当時は、石油ショックによる不況の真只中で、しかも年末を控え、原告としては運転資金をこそ必要としたが、被告に外国為替取引の信用供与など求めていなかったから、右信用供与を求めるため被告の預金拘束を承諾することなどありえない。
5. それに、信用保証協会の保証付貸付金は運転資金、設備資金及び運転設備資金の三つの目的に利用するためにのみ融資されるもので定期預金創設のためには融資されることはなく、それを被告支店が勝手に定期預金にすることは保証付貸付金の目的変更であって、融資された後には出来ないことであり、即日全額を定期預金にして拘束したことは即時両建預金の違反であって大蔵省通達に違反するとともに、信用保証制度の趣旨に照らしても禁止されているものである。
仮に原告の承諾に基づくものとしても、被告支店が金融機関たる地位を利用し、すでに十分な物的・人的担保を確保しているにもかかわらず、右の預金拘束をして原告に不当な不利益を課したものであって、その優越的地位の濫用である。
6. これまで述べたことからも明らかなように、被告の預金拘束は、運転資金としての融資契約の債務不履行であり、また預金拘束とそれに至る被告の所為は不法行為を構成するというべく、このため原告は、年末の運転資金に窮し、他からの融資によりその場は切り抜けたものの、遂に昭和五〇年七月一五日手形不渡りを出し倒産するに至った。
7. 原告は、昭和四九年四月から昭和五〇年六月までの間、外車の輸入販売により一ケ月平均金五二六万九二三二円の利益をあげていた。従って、原告は倒産しなければ昭和五〇年七月以降も右利益を得ることができたものであるから、原告の倒産の日の翌日である同月一六日から本訴提起の日である昭和五二年一二月一日までの逸失利益は金一億五〇一七万三一一二円となる。
よって、原告は被告に対し、右債務不履行又は不法行為に基づく損害賠償金一億五〇一七万三一一二円の内金として、原告が倒産した日の翌日である昭和五〇年七月一六日から同五一年四月末日までの損害金五〇〇〇万円(但し一〇万円未満は切捨て)及びこれに対する本件損害発生の後である昭和五二年一〇月一七日から支払ずみまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
二、請求原因に対する認否及び主張
1. 請求原因1・2の事実は認める。
2. 同3の事実のうち原告主張の各貸付の約束をしたことは認めるが、原告の事業運転資金に充てるための融資の申込みに応じて右約束をしたとの点は否認する。被告支店は、原告との取引開始以来、原告の自動車輸入業務に必要な商業信用状の発行を続けていたものであるが、昭和四九年九月ころには、原告の被告支店に対する右信用状の発行のための担保差入額が被告支店の与信額に比して不足していたうえ、原告において追加すべき担保がないにもかかわらず、与信枠の拡大を求めてやまないため、その打解策として原告と被告支店が協議し、被告支店が府及び市の保証協会の保証付の貸付を原告に実行し、その貸付金をもって定期預金を創設し、信用状を開設することに合意したものである。原告が主張する事後の一連の経過は、この合意の実行にほかならない。
3. 同4の事実のうち、被告支店が原告主張の各金員を原告の当座預金に振込み、原告主張の各金員を原告の定期預金として寄託を受け、これに質権の設定をなしたことは認める。原告に無断で右定期預金としたことは否認する。
4. 同5は争う。
5. 同6の事実のうち、原告が原告主張の日に手形不渡りを出して倒産したことは認めるが、被告支店の行為との因果関係は否認する。
6. 同7の事実は否認する。
第三、証拠<省略>
理由
一、請求原因1、2の事実は当事者間に争がない。
二、原本の存在及び<証拠>に弁論の全趣旨を総合すれば次の事実が認められる。
1. 原告は昭和四八年一一月ころから、被告支店との間に外国為替取引を開始したが、右取引は外車を輸入する原告のために被告支店が商業信用状を発行し、かつユーザンスを供与するものであり、その際被告支店はその担保として原告の五〇〇万円の定期預金に質権を設定するとともに、原告所有の土地、建物に極度額一〇〇〇万円の根抵当権を設定した。右取引は外車の輸入量の増加にともない次第に拡大し、その間原告は、担保として大和銀行の株式六〇〇〇株を差入れるとともに、前記根抵当権の極度額を二〇〇〇万円、さらに三五〇〇万円とする一方、昭和四九年九月ころには、右取引による被告支店の原告に対する与信額は、三〇〇〇万円ないし四〇〇〇万円に及んだ。
2. しかしながら、原告が担保に供した前記原告所有の土地建物の担保価値は二七〇〇万円程度であって、預金、株券を合わせても与信額そこそこないしはそれ以下でしかなく、新たな信用状の開設には当然担保不足となるところ、原告がさらに信用状の開設を申込んだので、被告支店の担当者武井繁が府及び市の保証協会の保証を利用して被告支店が原告に対して融資をなし、それを原告が被告支店に定期預金して担保に供する旨の提案をなしたところ、原告もそれに応じて右各保証協会に保証委託の申込をなすこととなり、被告支店は原告に対し府の保証協会の保証による三〇〇万円の融資及び市の保証協会の保証による二〇〇万円の融資を約した(被告支店が原告に対して融資を約した点については当事者間に争がない)。
3. そこで原告及び被告支店は各保証協会に対し信用保証委託申込書あるいは信用保証依頼書の資金使途欄に「運転資金、輸入関連資金」あるいは「運転資金(輸入資金)」と記載していずれも運転資金名目で申込をなした。尤も右各金額が一定限度以下であったので被告支店の融資に対する追認保証の形式をとることにし、被告支店は昭和四九年一〇月二五日府の保証協会の保証による三〇〇万円の証書貸付をなして、利息五万九五八円を差引いた二九四万九〇四二円を原告の当座預金口座に振込み、同月二八日市の保証協会の保証による二〇〇万円の証書貸付をなして、利息三万三九七二円及び保証料四万八四〇〇円を差引いた一九一万七六二八円を原告の当座預金口座に振込み(被告支店が原告に対し貸付金員を当座預金に振込んだことについては当事者間に争がない)、右各同日、被告支店の武井が振替支払票によって、直ちに右各融資金額の三〇〇万円及び二〇〇万円を当座預金から定期預金に振替え、右各定期預金に質権を設定してこれを拘束した(被告支店が定期預金に質権を設定したことについては当事者間に争がない)。
4. ところが原告は、被告支店からの右各借入は事業運転資金に充てるためのものであって、右金員を定期預金にして担保に供するにつき承諾は与えなかった旨主張し、証人濱口彦平の証言及び原告代表者本人尋問の結果中にはそれに副う部分もあるが、<証拠>、原告名及び名下の各印影が原告のものであることについて争がなく、原告代表者本人尋問の結果によって成立の認められる乙第九号証の一、二、お届け印欄の印影が原告の印鑑によるものであることについて争がなく、証人武井の証言によって成立の認められる乙第一一号証の一、二、原告の住所、氏名及び名下の印影が原告のものであることについて争がなく、<証拠>によれば、本件預金が拘束されるに至るまでの諸手続に必要な金銭消費貸借契約証書、定期預金印鑑票及び定期預金担保差入証書の原告名及び押印欄の記名または署名、押印はいずれも原告代表者が自らなしており、更にこれに関連した当座勘定元帳や計算書、支払額明細表などを被告支店から送付を受けて預金拘束に至るまでの経過を承知していながら、原告はそれにつき何らの異議も述べていないことが認められ、これらの徴憑事実に照らしても、さきに認定した預金拘束が原告の希望する与信枠の拡張に副うことを裏付けることは動かし難いのであって、これに反する前掲証人濱口彦平及び原告代表者本人の供述部分は措信できない。
このようにみて来ると、右に認定した預金拘束は、原告が外車輸入という営業活動を強化拡大するため、与信枠を拡張することに資するものであって、事業資金の運用そのものとみるのが相当である。そして、被告支店は、協会の保証付融資・預金拘束を通じ、原告の希求する与信枠の拡張に協力したものというべきであって、そこには金融機関たる被告が、その経済的優位にあることを利用し、不当に暴利を貧る手段として預金者の預金利用を禁じたとみることはできない。以上の次第であるから、被告には原告が指摘する法条などの違反があるとはいえず、その債務不履行、そして不法行為の各責任を問うべき事実は認め難いというべきである。
三、そうであれば、その余の点について判断するまでもなく原告の請求は理由がない。よって原告の本訴請求を棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 石田真 裁判官 島田清次郎 塚本伊平)