大阪地方裁判所 昭和52年(ワ)7201号 判決 1980年2月20日
原告 奥出清三郎
訴訟代理人弁護士 木村達也
被告 株式会社九里商店
代表者代表取締役 九里健一
訴訟代理人弁護士 杉原裕臣
被告 株式会社 大作
代表者代表取締役 田中昭雄
訴訟代理人弁護士 中藤幸太郎
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 原告
被告らは原告に対し、連帯して金四〇〇万円と、これに対する昭和五二年一二月二九日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。
訴訟費用は被告らの負担とする。
との判決と仮執行の宣言。
二 被告会社ら
主文同旨の判決。
第二当事者の主張
一 原告の請求原因
(一) 原告は、大阪市浪速区敷津町一丁目二番九、同番一〇及び同番一一の各土地(以下原告土地という)並びに原告土地に木造瓦葺鉄骨造陸屋根五階建建物(店舗、居宅及び事務所、以下原告建物という)を所有し、原告建物の一階部分を、原告が経営する訴外奥出自動車工業株式会社(以下奥出自動車工業という)の自動車修理工場及び事務所として、原告建物の北側二階部分を、原告の妻訴外奥出須美子名義で原告が経営する麻雀店「クラブ桂」の店舗として、原告建物の三階ないし五階部分を原告の居宅としてそれぞれ使用している。
(二) 被告株式会社九里商店(以下被告九里商店という)は、昭和五一年七月二〇日ころから昭和五二年五月五日までの間、被告株式会社大作(以下被告大作という)に請け負わせて、原告土地の東側及び南側に隣接する同番四及び同番五の各土地(以下被告会社土地という)に、鉄筋コンクリート造六階建建物(以下被告会社ビルという)を建てた。
(三) 被告会社土地付近は、もと新川の川底の埋立地であって、土質が砂地で極めて軟弱である。
ところが、被告大作は、昭和五一年七月末から基礎工事のため、被告会社土地をパワーシャベルで地下一〇数メートルの深さまで掘削した。そのため、原告建物のうち鉄骨造陸屋根五階建部分(以下原告ビルという)の敷地地盤から土砂及び地下水が多量に流出した。
(四) その結果、原告ビルに概ね次のような被害が発生した。
(1) ビル自体が被告会社土地側に約一〇センチメートル傾き、建物の一部分にねじれが生じた。
(2) 一階の土間、屋上のテラス、ビルの全壁面にひび割れ、亀裂が発生した。
(3) シャッターと各部屋の扉が閉まらなくなった。
(4) 風呂場のタイルにひび割れが生じた。
(5) 地下タンクに漏水、へこみが生じたため、水道が使用不能になった。
(五) 被告大作は、本件工事の際、生コンクリートを飛散させたため、原告建物全体が汚れた。このことや本件工事による騒音、振動のため、原告は、本件工事期間中、麻雀店営業が全くできなくなるなど、日常の家庭生活と営業活動に大きな被害を受けた。
(六) 責任原因
(1) 被告九里商店は、本件工事の注文者として、被告大作に対し、前記被害の発生を防止するため、適切な指示をすべきであるのに、これを怠った。したがって、被告九里商店は、注文又は指図について過失があるから、民法七一六条但書による責任を免れない。
(2) 被告大作は、建築工事の専門業者として、本件工事をするに当って、原告土地の地盤を調査、検討し、原告ビルとその地盤に損傷を与えないような工事方法をとって慎重に工事を進めるとともに、本件工事による騒音、振動、原告建物の汚損を極力防止すべき注意義務があるのに、これを怠り、漫然と工事を進めたため、前記被害が発生した。したがって、被告大作には過失があるから、同法四四条、七一五条による不法行為責任を免れない。
(3) 被告九里商店及び被告大作は、共同不法行為者として、原告に対し、連帯して後記損害を賠償する義務がある。
(七) 損害額 金七八七万三、六四〇円
(1) 復旧工事費用 金三三七万三、六四〇円
(2) 右工事期間中の休業損害 金二〇〇万円
(3) 本件工事期間中の麻雀店減収分 金一五〇万円
(4) 慰藉料 金一〇〇万円
(八) 結論
原告は被告会社らに対し、連帯して右損害金のうち金四〇〇万円と、これに対する不法行為日の後である昭和五二年一二月二九日(訴状送達の日の翌日)から支払ずみまで商法所定の年六分の割合による遅延損害金を支払うよう求める。
二 被告九里商店の答弁
(一) 請求原因(一)、(二)の各事実は認める。
(二) 同(三)のうち、被告会社土地付近がもと新川の川底の埋立地であることは認めるが、その余の事実は不知。
(三) 同(四)、(五)の各事実は不知。
(四) 同(六)の主張は争う。
(五) 同(七)の損害額を争う。
三 被告大作の答弁と主張
(認否)
(一) 請求原因(一)、(二)の各事実は認める。但し、原告が麻雀店の営業主体であることは不知。
(二) 同(三)の事実は否認する。
(三) 同(四)について
(1) 原告主張の因果関係を争う。
(2) (1)の事実は否認する。但し、原告ビルが多少下り気味になったことはある。
(3) (2)のうち、一階の土間の一部、一階の自動車修理工場の壁の一部並びに一階及び二階の内部階段廻りの一部にひび割れが発生したことは認めるが、その余の事実は否認する。
(4) (3)の事実は否認する。但し、シャッターの中柱二本が入りにくくなったこと、二階事務所入口の扉、その他二、三個所の扉が固くなったことはある。
(5) (4)の事実は否認する。
(6) (5)のうち、地下タンクがへこんだことは認めるが、その余の事実は否認する。
(四) 同(五)の事実は否認する。
(五) 同(六)の主張は争う。
(六) 同(七)の損害額を争う。
(主張)
(一) 原告ビルに損傷が生じた原因は、本件工事ではなく、原告ビルの構造上の欠陥にある。すなわち、
(1) 鉄骨造五階建建物を建築するためには、その地下に建物を支えるコンクリートパイルを相当数打ち込み、これを地中梁で繋いで基礎を強化する必要がある。ところが、原告ビルは、当初鉄骨造二階建として建築され、後に鉄骨造五階建に増築されたため、地下にはこの基礎造りがされていない。
(2) 原告ビルの鉄柱は、五階建を支えるのに必要な太さの概ね半分位の太さしかない。
(3) 地下タンクにへこみが生じたのは、地中受水槽の設置方法が適切でないためである。
(二) 被告大作には、不法行為責任はない。すなわち、
(1) 被告大作は、土質調査業者である訴外大光ボーリング株式会社に本件工事現場の土質調査を依頼し、昭和五一年七月四日及び同月五日、これを実施させてその結果を十分検討した。
(2) 被告大作としては、原告ビルには、建築基準法に従い、その階層、構造に応じた基礎造りがされているものと信じるのが当然であるから、過失はない。
(3) 被告大作は、本件工事の際、キリで地中に穴をあけ、矢板を落とし込んでベンドナイトで固める工法(オーガー工法)を採用した。この工法によると騒音、振動が極めて少いのであって、このことは、建設業界はもちろん一般の常識である。
しかも、本件工事現場は、商業地域であり、付近には高層ビルが多数林立している。このような地域では、住宅地域とは異なり、その居住者は、地域の開発と発展のため、建築工事による若干の騒音、振動等について、ある程度の受忍義務がある。
(三) 被告大作は、原告の同意を得たうえで、原告ビルに対し、薬液注入による基礎補強工事を含む補修工事を実施した。原告ビルの損傷のうち、被告大作が未だ補修していないのは、一階の土間の一部、一階の自動車修理工場の壁の一部並びに一階及び二階の内部階段廻りの一部にそれぞれ発生したひび割れだけである。
(四) 自動車修理業の営業主体は、原告が自認するとおり奥出自動車工業であり、麻雀店の営業主体は、奥出須美子であるから、請求原因(七)の損害のうち(2)及び(3)の請求は失当である。
第三証拠関係《省略》
理由
第一被告九里商店に対する請求について
一 請求原因(一)、(二)の各事実は当事者間に争いがない。
二 本件に顕われた証拠を仔細に検討しても、被告九里商店が、被告会社ビルを建築するについて、被告大作に対する注文又は指図について過失があったことが認められる証拠はない。
却って、《証拠省略》によると、被告九里商店は、食料品問屋を営む者であって、建築工事に関しては素人であること、そのため、被告九里商店は、被告大作に対し、本件工事を一任したこと、被告大作は、建築の専門業者として自己の責任と判断で本件工事を施行したこと、以上のことが認められるし、被告九里商店が被告大作に対し、本件工事を注文する際、特別の注文や具体的な指図をしたことが認められる証拠が見当らない。
三 そうすると、原告の被告九里商店に対する請求は、その余の判断をするまでもなく、失当として排斥を免れない。
第二被告大作に対する請求について
一 請求原因(一)、(二)の各事実(但し、原告が麻雀店の営業主体であることは除く)、原告ビルの一階の土間の一部、一階の自動車修理工場の壁の一部並びに一階及び二階の内部階段廻りの一部にひび割れが発生したこと、地下タンクがへこんだこと、以上のことは当事者間に争いがない。
二 この争いがない事実や《証拠省略》を総合すると、次のことが認められ(る。)《証拠判断省略》
(一) 被告大作は、本件工事に先立ち、昭和五一年七月四日及び同月五日、訴外大光ボーリング株式会社に被告会社土地の地質調査をさせた。この調査の結果、本件工事現場付近の地盤は軟弱であること、地表から約二四ないし二五メートルの深さのところに支持層があることが判明した。
(二) 原告ビルは、鉄骨造五階建建物で、外観上見た限りでは堅固であり、その一階が自動車修理工場として使用されていた。そのため、被告大作は、原告ビルの地下には前記支持層の深さまで支持杭が打ち込まれ、その上に鉄骨造五階建建物に必要な基礎造りが施されているものと思った(ただし、その実際は、(六)及び(七)のようなものであることが、後日判明した)。
(三) しかし、被告大作は、念のため、原告に対し、原告ビルの設計図を見せて欲しいと要請したが、原告は、これに応じなかった。
(四) 被告大作は、同月末ころ、被告会社ビルの基礎工事を開始し、同年九月ころ、土留用レール杭を打ち込み、矢板を入れて、原告土地の境界から約三〇センチメートル離れた被告会社土地部分を深さ一・五ないし二メートルに亘って掘削した。ところが、掘削した地面に近い原告土地の地盤が沈下し、その結果、原告ビルが本件工事現場側に二ないし五センチメートル傾斜し、その壁面や一階の土間にひび割れが発生し、シャッター、各部屋の扉が完全には閉まらなくなった。そこで、被告大作は、原告ビルがさらに地盤沈下によって傾斜したり損傷したりするのを防止するため、直ちに原告ビルをジャッキで固定した。
(五) 本件工事現場付近は、川底の埋立地であったため、石などが多く、土留用レール杭が容易に地中に入らなかった。そのため、被告大作は、土留工法を連結杭を打ち込む工法に変更して掘削工事を進めた。
(六) 原告ビルは、昭和四四年、鉄骨造二階建建物として建築された。その構造強度計算では、耐えうる荷重は、鉄骨造二階建建物を想定して計算されており、その設計図には、支持杭は全く記載されていない。原告ビルは、昭和四七年、鉄骨造五階建に増築されたが、その際、地下の基礎は、二階建当時のものがそのまま利用された。
(七) 被告大作は、連結杭を打ち終えて、原告会社ビルの敷地地盤のうち東側部分を調査したところ、その地下には深さ約五〇センチメートルのところに独立基礎があっただけで、支持杭はもちろん、前記設計図に記載されているベースコンクリート及び南北方向の地中梁がなかった。
(八) 本件工事現場付近の地盤は軟弱であるから、原告ビルのような鉄骨造五階建建物を建築する場合、支持層まで支持杭を打ち込む必要がある。また、地中梁は、箱型に組んで全体的なバランスをとるものであるから、箱型の一本がない場合、その機能を果たさない。
(九) 原告ビルは、支持杭、地中梁などが適切に設置されるなど鉄骨造五階建建物に必要な基礎造りが施されていれば、本件工事によって傾斜したり損傷したりすることはなかった。
(一〇) 被告大作は、自己の費用で原告土地の地盤に対し、薬液注入による基礎補強工事をし、原告ビルをジャッキで持ち上げて傾斜を復旧した。その際、原告ビルの地下タンクがへこみ、漏水した。地下タンクは、その廻りをブロック又はコンクリートで補強するのが通常の設置方法であり、このような補強をした場合、被告大作がした右工事によって損傷は生じない。原告ビルの地下タンクは、このような補強をせず、地中に埋めただけのものであった。
三 以上認定の事実をもとに、原告ビルが本件工事の際傾斜し、損傷したことについて、被告大作に過失があったかどうかを検討する。
(一) 原告ビルは、鉄骨造五階建であるのに、これに必要な基礎造りがされておらず、その地下タンクも必要な補強工事がされていない。原告ビルは、このような構造上の欠陥がある建物である。
(二) 原告ビルの傾斜や損傷は、この構造上の欠陥がなければ、被告大作が本件工事を施行しても生じなかったものである。
(三) ところで、建築請負業者としては、建物の建築工事をする場合、隣接建物に構造上の欠陥があることまでも想定して当該隣接建物の傾斜、損傷を防止する措置を講ずべき注意義務はないと解するのが相当である。
(四) このようにみてくると、被告大作は、原告ビルには鉄骨造五階建建物として必要な基礎造りがされているものと思って、土留、掘削工事をし、途中、原告ビルが傾斜し始めると直ちに被害の拡大を防止する措置を講じたのであるから、被告大作には、なんらの過失はなかったといわなければならない。そして、被告大作は、原告土地の地盤に基礎補強工事をした時点で、原告ビルの地下タンクに構造上の欠陥があることを知っていたことが認められる証拠もない。したがって、この点でも被告大作には過失がなかったことに帰着する。
四 原告は、被告大作が本件工事の際生コンクリートを飛散させたため、原告建物全体が汚れ、その結果、日常の家庭生活と営業活動に大きな被害を受けたと主張しているが、このことが認められる的確な証拠は見当らない。
五(一) 原告は、本件工事による騒音、振動によって被害を受けたとも主張しており、《証拠省略》によると、本件工事による騒音、振動が原告の日常生活や麻雀店の営業活動にある程度影響を及ぼしたことは窺われる。
(二) しかし、《証拠省略》によると、被告大作は、杭を直接地盤に打ち込む工法ではなく、予めオーガーによって地面に穴をあけ、そのあとで杭を打ち込む工法(オーガー工法)をとって杭打ちをするなどして騒音、振動の防止に努めたこと、原告建物は、公法上の商業地域にあり、付近には二階ないし六階建のビルが建ち並んでいること、以上のことが認められ、この認定に反する証拠はない。
このような被告大作がとった工法や原告建物がある地域の状況からすると、本件工事による騒音、振動は、社会生活上受忍すべき範囲内のものであったというほかはないから、この点について被告大作に不法行為責任はない。
(三) そのうえ、原告建物における自動車修理業の営業主体が、奥出自動車工業であることは当事者間に争いがなく、《証拠省略》によると、原告は、被告大作が被告会社ビルの基礎工事をしていた間、病気のため入院していたこと、原告建物における麻雀店の営業主体は、原告の妻奥出須美子であって、原告は、その出資者に過ぎないこと、以上のことが認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。
これらの事実によると、本件工事による騒音、振動によって原告の日常の家庭生活に支障を来たしたとまでいうことはできないし、原告が請求している営業損害については、原告はその当事者ではないとしなければならない。
第三むすび
原告の本件請求は、その余の判断をするまでもなく、理由がないから失当として棄却することとし、民訴法八九条に従い、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 古崎慶長 裁判官 井関正裕 小佐田潔)