大阪地方裁判所 昭和52年(ワ)7566号 判決 1981年3月24日
原告
平松慶彦
右訴訟代理人弁護士
福山孔市良
同
岩嶋修治
被告
社団法人大阪府歯科医師会
右代表者会長
筆本新一
右訴訟代理人弁護士
菅生浩三
(ほか三名)
右当事者間の頭書事件につき、当裁判所は、次のとおり判決する。
主文
一 被告は、原告に対し、金七二万八三〇七円及びこれに対する昭和五三年一月一八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は、これを四分し、その三を原告の負担とし、その余は被告の負担とする。
四 この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。
事実
第一申立
一 原告
1 原告が被告の職員としての地位を有することを確認する。
2 被告は、原告に対し、金一〇七万二七二七円及びこれに対する昭和五三年一月一八日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
3 被告は、原告に対し、昭和五二年五月二一日以降毎月二一日限り金一五万六三〇〇円宛の金員を支払え。
4 訴訟費用は被告の負担とする。
5 第2、3項につき仮執行宣言。
二 被告
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二主張
(請求の原因)
一1 被告は、大阪府を組織区域とし、日本で歯科医師の免許を受けた歯科医師をもって組織された同業者団体たる社団法人であり、大阪府歯科医師政治連盟(以下、大歯政連という。)は、被告の行う政治活動を分担する組織である。
2 原告は、昭和四六年四月、大歯政連に臨時雇(嘱託)職員として雇用され、同年九月一日、被告に正職員として雇用され、以来、大歯政連に出向を命ぜられ、その総括事務を担当していた。
二 被告は、原告が昭和五二年四月二一日に最高裁判所において、公職選挙法違反事件につき原告の上告を棄却するとの判決がなされたことにより、懲役一〇月、執行猶予四年の有罪判決が確定したことを理由に、被告の職員規則一三条二号(禁錮以上の刑に処せられ、その確定判決のあった場合)により当然失職したとして、同年五月二一日以降、原告を被告の職員として扱わない。
三 原告は、同年五月当時、被告から一か月金一五万六三〇〇円の賃金の支払を受けていた。
四 原告は、被告に対し、昭和五〇年夏季賞与として金三三万七二三〇円、同年冬季賞与として金三八万七二四〇円、昭和五一年夏季賞与として金三八万二五九〇円の支払請求権を有するところ、被告は、原告に対し、右各賞与金の内半額(合計金五五万三五三〇円)を支払ったのみで、その余の支払をしない。
よって、原告は、被告に対し、昭和五〇年夏季賞与金一六万八六一五円、同年冬季賞与金一九万三六二〇円、昭和五一年夏季賞与金一九万一二九五円(合計金五五万三五三〇円)の支払請求権を有する。
五 被告は、原告に対し、原告の通勤定期代は被告において支給する旨を約していたところ、昭和四九年七月の右定期代金一万四七三〇円を支払わない。
六 原告は、昭和四九年七月一日から同月一五日までの間、合計一一四時間の時間外勤務をし、また、休日勤務を一日したので、その時間外及び休日勤務に対する割増賃金として合計金八万七二〇〇円{内訳・時間外につき金八万三四四八円(一時間当り金七三二円)、休日につき金三七五二円}の支払請求権を有する。
七 原告は、別紙(略)立替金一覧表記載のとおり、被告が同表支払先欄記載の者に対して負担する同表債務の種類欄記載の債務について、被告に代って同表金額欄記載の金員合計金一二二万七二六七円を立替えて支払った。
八 その後、原告は、被告から政治連盟選挙手元金四〇万円、選挙陣中見舞金四一万円の支払を受けたので、これを右五ないし七記載の通勤定期代、時間外割増賃金及び立替金に充当した。
九 よって、原告は、被告に対し、原告が被告の職員としての地位を有すること並びに賞与金及び右充当後の通勤定期代、時間外割増賃金、立替金残金の合計金一〇七万二七二七円とこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和五三年一月一八日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による金員の支払及び昭和五二年五月二一日以降賃金として一か月金一五万六三〇〇円宛の金員の支払をそれぞれ求める。
(請求の原因に対する認否)
一 請求原因一1、2は認める。
二 同二は認める。
三 同三は認める。
四 同四は争う。
被告は、その職員に対し、夏季及び冬季の賞与を成績査定のうえ支払うのが慣行となっていたところ、原告に対しても昭和五〇年夏季・冬季賞与及び昭和五一年夏季賞与を成績査定のうえ、原告が支払を受けたことを認める金員を各賞与金として支払ったものである。
五 同五は認める。
六 同六は否認する。
七 同七のうち別紙立替金一覧表番号2の立替金については否認、同番号5の立替金のうち金一万〇七〇〇円の限度において認め(すなわち、原告が金四九〇〇円を立替えたことはその主張のとおりであるが、原告主張の金五万八〇〇〇円は金五八〇〇円の誤りである。)、その余は否認、同番号10の立替金のうち金三二〇円については認め、その余は否認(すなわち、原告主張のうち金二万〇八〇〇円は既に被告において支払ずみのものである。)、同番号24の立替金については否認(すなわち、右立替金は既に被告において支払ずみのものである。)、同番号26の立替金、同番号33の立替金についてはいずれも否認、同番号35の立替金については否認(すなわち、右立替金は原告個人の経費である。)する。その余の立替金についてはいずれも認める。
八 同八は認める。
(抗弁)
一 被告は、職員規則一三条二号において、被告の職員が禁錮以上の刑に処せられ、その確定判決があったときには、当然失職する旨定めている。
二 原告は、昭和五二年四月二一日、最高裁判所において、公職選挙法違反事件につき上告棄却の判決を受け、もって、懲役一〇月、執行猶予四年の公職選挙法違反の有罪判決が確定した。
よって、原告は、右職員規則一三条二号によって当然に失職し、被告の職員たる地位を喪失した。
(抗弁に対する認否)
抗弁一、二は認める。
(再抗弁)
一 原告は、特約により被告の職員規則一三条二号の適用を受けないから、前記確定判決を受けたことをもって当然に失職するものではない。
1 大歯政連理事長宮崎達郎は、昭和四六年九月頃、原告に対し、公職選挙法違反行為を含む事故に関しては、会員、職員の救済について最善の努力を払う旨約束し、もって、大歯政連は、原告に対し、職員規則一三条を原告に適用しない旨約した。
2 大歯政連は、被告自身において政治活動をすることができないことから、形だけ被告の外郭団体として作られたものであり、大歯政連の会長も被告の会長と兼任することが多く、大歯政連の職員の採用に関する決定権も被告の会長が有し、大歯政連の会計も被告が取扱い、かつ、原告が大歯政連の業務に従事するまで嘱託職員が一名だけという状況であった。右のような事実関係からすると、大歯政連は、いわば被告の政治部門を担当する存在であるというべきであり、また、被告と表裏一体の関係にあるということができる。以上のような被告と大歯政連の関係からすると、原告は、被告に対し、原告と大歯政連との間の右約定の効果を主張することができるのである。
二 被告が原告に対し、職員規則一三条を適用することは、信義則に反し、権利濫用であって無効である。
1 原告は、昭和四九年七月に行われた参議院議員の選挙において、公職選挙法に違反したことから失職扱いを受けるに至ったものである。ところで、原告は、右選挙において、被告の推薦する満岡文太郎候補の選挙運動の出納責任者になったのであるが、それは、通常の場合、右責任者には大歯政連の会計担当理事(当時、柴田市郎)がなるべきところを、柴田を初めその他の理事全員が公職選挙法違反に問われる危険があることから、出納責任者となるのを嫌がったため、原告が大歯政連から命ぜられ立候補届出の締切間際になって已むなく引受けたものである。
2 被告は、右選挙において、被告の推薦する満岡候補を当選させるため、いわゆるぐるみ選挙を展開したものであり、原告以外にも多数の公職選挙法違反者を出した。被告は、過去の選挙においても何回か公職選挙法違反に問われた例もあり、右選挙においても、実態は被告自身が公職選挙法に違反することを承知の上で、又は少なくともその危険性を十分認識した上で選挙運動をしたものであり、単に、原告を含む一部の者が被告と無関係に選挙違反を犯したというものではない。
原告は、右選挙において、公職選挙法違反の罪に問われることも覚悟の上で、いわば被告の特攻隊要員として出納責任者にならされたのである。
3 原告が右選挙において出納責任者になった以上のような経緯及び公職選挙法違反によって有罪となった事情を考慮すると、被告には原告に対して有罪判決が確定したことによる責任を追求(ママ)する資格はなく、少なくとも、一般の刑事事件によって有罪となった場合と同様に、職員規則一三条二号を機械的に適用して懲戒解雇処分に等しい当然失職扱いをすることは、著しく信義則に反し、権利の濫用として許されない。
(再抗弁に対する認否)
一1 再抗弁一1は否認する。
2 同一2は争う。
二1 同二1のうち、原告が大歯政連から命ぜられて出納責任者になったとの点は不知、その余は争う。
2 同二2、3は争う。
3 原告は、自由民主党の国民協会に勤務した経験を有することから、選挙に不慣れな被告の理事、事務職員では処理しきれない選挙に関する事務を処理するため、大歯政連の選挙要員として雇用されたものである。被告は、原告に対し、選挙犯罪を犯すようなことを許容したことは毫もなく、かえって、選挙に素人の職員ならば選挙違反を犯しかねないから、いわば玄人である原告を選挙違反等犯罪になるようなことのないように配慮して採用したのである。
被告としては、原告が選挙犯罪を犯し、これがため禁錮以上の刑に処せられその確定判決があった以上、職員規則を遵守せざるを得ないのであり、しかも、原告には勤務態度からしても裁量の余地など全くなかったのである。
よって、被告が原告に対し、職員規則一三条二号を適用し、失職したものとして扱ったからといって、何ら信義則に反し、権利を濫用したということはできない。
第三証拠(略)
理由
第一 原告の被告職員としての地位確認及び賃金請求について
一 請求原因一1、2及び二記載の事実並びに抗弁一、二記載の事実はいずれも当事者間に争いがない。
二 すすんで、原告の再抗弁一(職員規則一三条不適用の特約)について検討する。
成立に争いのない(証拠略)を総合すると、次の事実を認めることができる。
すなわち、
原告は、昭和四六年四月当時、財団法人国民協会に勤務していたものである。他方、大歯政連は、その綱領に明記するごとく、被告の目的を達成するために必要な政治活動を、積極的かつ合理的に行うために結成した政治結社であるが、その具体的活動として、衆・参両議院議員の選挙、大阪府会議員の選挙又は大阪府下の各市会議員の選挙に立候補した被告の会員或いは右各選挙において、被告が推薦した候補者に対する選挙運動等の活動を行なっていたものであるところ、歯科医師を本業とする被告の会員は、右選挙活動には概して精通するものが少なく、それ故、右選挙活動に詳しい人材を求めていた。
しかして、被告は、昭和四六年に行われる参議院議員選挙に鹿島敏雄候補を推薦することとしていたところ、大歯政連は、同年四月、被告の会員であり、枚方市会議員でもある北山健夫らから、原告が前記国民協会に勤務し、選挙運動等の活動にも精通している旨の紹介を受け、右参議院議員選挙における選挙運動又は日常の政治活動に従事させるため、原告を臨時雇(嘱託)として雇用した(ただし、原告が右同年月に大歯政連に臨時雇(嘱託)として雇用されたことは当事者間に争いがない。)。原告は、大歯政連に雇用されるに際し、大歯政連理事長宮崎達郎との間において、賃金について交渉し、一か月金一〇万円とする旨を取極(ママ)めたが、それ以外に特段の身分保障について約定することはなかった。
原告は、右のように大歯政連に雇用され、右参議院議員の選挙において、鹿島候補にかかる選挙運動に従事したのであるがその結果、被告及び大歯政連は、右選挙において、被告の会員らが公職選挙法違反の罪によって摘発されるようなこともなく終了することができた。そこで、大歯政連会長山崎及び同理事長宮崎達郎は、右のような選挙結果に鑑み、原告に対し、さらに大歯政連の職員として、その職務に従事することを求め、原告は、右申し出に応ずることとし、同理事長宮崎達郎との間において雇用条件について話合った。
その際、同理事長宮崎達郎は、原告に対し、原告が今後大歯政連に雇用されるのではなく、被告の職員として雇用された上で、大歯政連に出向してその職務に従事するものである旨を伝えるとともに、賃金について、当初、従前の賃金額より低額を申し出、原告との間において折衝した結果、一か月金七万円とするが、年度変りに何らかの役職をつけて一か月金一〇万円に増額することで原告も諒承した。このようにして、原告は、昭和四六年九月一日以降、被告に雇用されるに至ったのであるが、右雇用時に大歯政連理事長宮崎達郎との間において、職員規則一三条二号を原告には適用しない旨の約定は勿論、右規定に関する話合いがなされることもなかった。
しかし、その後原告は、被告の職員規則一三条二号に、職員が禁錮以上の刑に処せられ、その確定判決があった場合、当然失職する旨規定されていることについて、大歯政連理事長宮崎達郎に対し、原告が公職選挙法違反の罪に問われる可能性の高い職務に従事しているのであるから、原告に対しては右規定を適用しないようにして欲しい旨申入れたところ、同理事長宮崎達郎は、「それは困ったことだ、いずれ、なおさないかんけど、僕の手で会長なりに善処する」、或いは、「公職選挙法違反の罪に問われた場合には、できるだけのことはする。」旨答えた。
しかるに、同理事長宮崎達郎の右回答は、被告は勿論、大歯政連の議を経ることもなくなされたものであり、また、その後、同理事長宮崎達郎は、被告の職員規則の右規定を原告を含む大歯政連に出向する職員には適用しない旨改訂することについて、これを実現しなければならないと考えてはいたものの、手続上の困難さも手伝ってこれを実現することなく今日に至ったものである。
ちなみに、大歯政連は、被告とは別に独自の大歯政連規約を有し、その規約には、名称、構成、目的、事業、役員の種類・任務・選出方法・任期等、総会及びその運営方法等、経理と会費並びに徴収方法等について規定し、現に右規定に従って運営されているものである。そして、大歯政連を代表し、会務を総理するものは会長と規定され(右規約六条一項)、理事長は、会長の旨をうけて会務を掌理する旨(同条三項)、また、理事会は、大歯政連の執行機関であって会長が随時招集する旨(同規約二〇条)規定されている。しかるに、宮崎達郎は、大歯政連理事長在任中の昭和四六年前後頃、被告会長を兼ねていた大歯政連会長が被告の会務に多忙であったことから、大歯政連会長の職務を任されて行なっていた状況であった。
以上の事実を認めることができ、(人証略)の結果のうち、右認定に反する部分は前掲各証拠に照らしてにわかに措信し難く、他に右認定を左右するに足る証拠はない。
右認定事実によると、原告は、被告職員として雇用され、被告の職員規則の各規定の適用を受けることを前提として、大歯政連理事長宮崎達郎との間で、同理事長宮崎達郎が原告に不利に働くこととなる可能性の高い失職事由を定める右職員規則一三条二号を、原告を含む大歯政連に勤務する職員には適用されないように善処する旨約するとともに、原告ら職員が公職選挙法違反の罪に問われた場合には、弁護士費用等経済的援助をする旨約したものであるということができる。
ところで、原告は、大歯政連理事長宮崎達郎の原告との右約定をもって、大歯政連の原告に対する約定である旨主張するのであるが、この点については、大歯政連の規約上、理事長の権限は、執行機関の長として会長の旨をうけて会務を掌理することにあることは前記認定事実から明らかであり、右権限の中に原告ら職員の雇用条件等を当然に変更し得る権限を含まないものというべきであることからすると、大歯政連理事長の原告との間の右約定をもって、直ちに大歯政連との約定とはいえないものといわなければならない。しかし、前記認定事実によると、同理事長宮崎達郎は、理事長であるとともに大歯政連会長の職務をも事実上委ねられて執り行なっていたということができ、このことからすると、同理事長宮崎達郎は、少なくとも表見的には大歯政連会長の権限に限って併せて行使し得たものとも解し得る余地がないではなく、仮に、同理事長宮崎達郎が大歯政連会長の権限をも行使する趣旨において前記約定をなしたとしても、大歯政連会長は、被告に雇用された職員の雇用条件を当然直接に変更し得る権限までも有するものでないことは明らかであるから、右約定によって、原告の雇用条件が当然に変更するとの効果を生ずるものでないといわなければならない。原告は、大歯政連の会長は被告の会長が兼務することなどの諸事情を掲げ、大歯政連は、いわば被告の政治部門を担当する存在であるから、被告と表裏一体の関係にあり、よって、大歯政連との右約定の効果を被告に対しても主張することができる旨主張する(再抗弁一2)のであるが、仮に、原告主張のごとく、大歯政連がその活動内容等において被告のために存在するものであり、また、人的組織上被告との間に一部重複するものがあったとしても(ただし、大歯政連の職員の採用権限を被告の会長が有することについては、これを認めるに足る証拠はない。)、被告は法人格を有する団体であり、他方、大歯政連も組織上被告とは別個独立の団体であり、社団として主要な点が規則によって確定している、いわば権利能力なき社団といい得る存在であり、かつ、原告が被告の定める雇用条件及びその規律のもとに被告に雇用されたものである以上、右諸事情の存在することをもって、大歯政連が原、被告間の雇用条件を左右することができる訳がなく、また、大歯政連が右雇用条件を変更する等の約定をなしたとしても、右改訂を行うよう被告に働きかける活動の域を越えて、被告に対し、当然に右約定の効果を主張し得るに至るものではないといわなければならない。
従って、大歯政連理事長宮崎達郎が原告との間でなした前記約定をもって、大歯政連との間における約定ということはできないし、また、大歯政連会長の権限において右約定をなしたものであったとしても、右会長が原告主張のような趣旨において被告の職員の雇用条件を当然に変更する権限を有さない以上、右約定の存在をもって原告に対し、職員規則一三条二号を適用しないなど雇用条件を当然・直接に変更したものということもできないし、さらに、右約定が大歯政連との間においてなされたものとしても、原告がその効果を被告に対し当然に主張し得るものではないといわなければならないのである。
のみならず、大歯政連理事長宮崎達郎と原告との間の前記約定の内容について考察を加えてみるに、前記認定事実から明らかなごとく、右約定は、原告らが公職選挙法違反の罪に問われた場合には、弁護士費用の支出等経済的援助をするとともに、原告がその適用除外を申し出た職員規則一三条二号について、右規則が被告の定めるものであり、大歯政連がこれを改訂するなど直接左右することのできないものであるところから、被告に対し右規定を改訂するよう働きかけるなど善処する旨約したものであって、決して、原告主張のごとく右規則一三条二号の規定を原告に適用しない旨約したものではないと解するのが相当である。右約定の趣旨をこのように解することが宮崎達郎が理事長という立場において合意したとはいえ、その立場及び権限を弁えてなしたものということができるし、また、(人証略)の結果から窺えるごとく、現に、宮崎達郎が原告に対し、経済上の援助として十分とはいえないとしても、それなりの援助をしていること及び職員規則の右規定の改訂について功を奏さずに終ったことを、宮崎達郎をして、右約定が宮崎個人が原告との間においてなしたものであるといわしめている趣旨とも合致し、合理的な解釈ということができるのである。
以上のとおりであるから、その余の点について判断するまでもなく、再抗弁一は理由がない。
三 次に、再抗弁二(職員規則一三条適用は信義則違反・権利濫用)について検討する。
成立に争いのない(証拠略)を総合すると、次の事実を認めることができる。すなわち、
大歯政連は、昭和四九年六月一四日告示、同年七月七日投票日との選挙期日をもって行われた参議院議員の選挙において、その上部団体である日本歯科医師政治連盟の推薦を受けて全国区から立候補した満岡文太郎の選挙運動を行うこととなり、同年六月一二日、大歯政連理事会において、右選挙運動を行うための大歯政連選挙対策本部の設置が決定され、発足するとともに、併せて、右選挙運動に関する出納責任者を選任すべく話合いがなされた。大歯政連においては、従来、出納責任者には大歯政連の会計担当理事が就任するのを例としていたが、右選挙当時、会計担当理事であった柴田市郎が勉強不足であるので選挙違反を惹起する危険があることを主たる理由として辞退したい旨申し出たので、大歯政連会長赤木耕庵は、歯科医師をやりながら、片手間に大歯政連の役員として右のような地位に就くことは妥当ではなく、右申し出ももっともであると考え、他方、かつて前記日本歯科医師政治連盟において、事務職員を出納責任者に選任した例があることと、原告は選挙運動に精通しているとのことで被告に雇用され、大歯政連の職務に従事していることから、原告を出納責任者に選任したならば、柴田市郎が危惧するような事態が発生することもあるまいと考え、原告を出納責任者に選任することとし、その旨理事会の決定を経た。そして、大歯政連会長赤木耕庵は、原告に対し、出納責任者となることを依頼し、原告はこれを承諾して右出納責任者に選任されたのである。
原告は、右選挙において、熱心に選挙運動に従事していたが、大歯政連会長赤木耕庵らとともに公職選挙法違反の罪に問われ、昭和四九年七月一六日、右違反の被疑事実をもって逮捕され、さらに、大阪地方裁判所に起訴され、昭和五一年三月一二日、懲役一〇月、執行猶予四年、金一五万円を追徴する等の有罪判決を受け、控訴、上告をしたが、いずれも棄却され、昭和五二年四月二一日、右有罪判決が確定したものである(ただし、原告が右有罪判決を受け、確定したことは当事者間に争いがない。)。右有罪判決において認定された罪となるべき事実の要旨は、(一)原告が昭和四九年六月一八日、大歯政連会長である赤木耕庵から、満岡文太郎候補のため投票取りまとめなどの選挙運動を依頼された報酬として交付されるものであることを知りながら、現金一五万円の供与を受けたこと、(二)原告がアルバイト学生を雇入れて、これに同候補者のため、いわゆる標旗隊を組織させて街頭における呼びかけ、あるいは電話による呼びかけなどの投票取りまとめの選挙運動をさせ、それをなしたことの報酬とする目的をもって、アルバイト学生ら七名に対し、現金五〇〇〇円ないし八万〇九三六円を供与したというものである。
以上の事実を認めることができ、(人証略)の結果のうち、右認定に反する部分は前掲各証拠に照らしてにわかに措信し難く、他に右認定を左右するに足る証拠はない。
ところで、原告は、被告は昭和四九年七月に行われた満岡文太郎候補の選挙運動において、被告自身が公職選挙法に違反することを承知の上で、又は少なくともその危険性を十分認識した上で選挙運動をしたものであって、原告は被告の右のような意を呈(ママ)して、公職選挙法違反の罪に問われることも覚悟の上で出納責任者となり、前記認定にかかる本件公職選挙法違反の罪を犯すに至ったものであると陳弁し、原告本人尋問の結果中には右主張事実に副う部分が存在するのであるが、右原告本人尋問の結果は、(人証略)に照らしてにわかに措信し難いし、また、昭和四九年七月の参議院議員の選挙当時、被告の会長は筆本新一であること(<人証略>)、右選挙当時、大歯政連の会計については被告のそれと区別し、会計担当理事である柴田市郎が取仕切っていた外、前記認定説示のごとく大歯政連は組織上被告とは別個の独立した存在であったことなどの諸点を総合すると、大歯政連における公職選挙法違反の事象をもって、直ちに被告がこれを認識・認容して行なったものと解することはできないといわなければならない。他に原告主張の右事実を認めるに足る証拠はない。
しかして、前記第一、二認定の事実及び右認定事実によると、原告は、歯科医師を本業とする被告の会員らが大歯政連において行われる選挙運動等に従事することが不慣れであるので、財団法人国民協会に勤務し選挙運動に精通しているという原告の知識・経験を買われ、右会員らに代って選挙運動等に従事するため被告に雇用され、大歯政連に出向してその勤務に従事していたものであり、それ故、昭和四九年七月に行われた参議院議員の選挙において、被告の会員らが公職選挙法違反の罪を犯し、それによって摘発されることのないように措置することを期待され、満岡文太郎候補の大歯政連における出納責任者に選任されたものであるということができる。しかるに、原告は、大歯政連会長赤木耕庵が原告に対し、右候補者のため投票取りまとめなどの選挙運動を依頼した報酬として現金一五万円を交付することを知りながら、これを受け取ったものであり、公職選挙法が原則として選挙運動が無報酬で行われなければならないとの趣旨に立脚していることを十分に了知している原告において、仮に、大歯政連会長赤木耕庵が原告の活動を認め右金員を支給する旨申し出たとしても、選挙違反を犯すことなく選挙運動を遂行すべき責務を負うものである以上、これを断り、右赤木をして公職選挙法違反を犯さしめないようにすべきであったともいい得るし、まして、原告において、大歯政連総務担当理事山上一郎に対し、積極的に右金一五万円の支払伺い書を提出し、その決裁を得るなど右金員供与を慫慂した疑いが濃い旨指摘される(<証拠略>)に至っては、被告又は大歯政連が原告にかける前記期待に著しく反するものといわなければならない。また、原告は、アルバイト学生に対し、満岡候補のため、投票取りまとめの選挙運動をさせ、それをなしたことの報酬とする目的で金員を供与したものであり、右犯行についても公職選挙法によって許容されるものであるかどうかについての判断はたやすくなし得るところといわなければならず、また原告の意思如何において右アルバイト学生の雇入れをせずにすませることもできた旨指摘される(<証拠略>)ことを考慮すると、原告が右公職選挙法違反を犯すことが已むを得なかったものともいい難いといわなければならない。
以上のような原告が被告に雇用された経緯、被告及び大歯政連から期待された任務、昭和四九年七月の満岡候補の選挙において出納責任者に選任された経緯とそれに課せられた期待、原告が犯した公職選挙法違反罪の内容とこれを犯すに至った事情、右違反罪は単なる過失犯というのではなく、故意犯であり、これを犯すについて被告からの指示等があったとはいえないこと、さらには公職選挙法違反を犯し、これを摘発されることなく選挙運動を遂行することを期待されていた原告が、前記のごとく公職選挙法違反の罪を犯し、有罪の確定判決を受けた以上、これをもって被告の職員規則一八条に規定する懲戒事由である、「職務上の義務に違反し、又は義務を怠った場合」(同条二号)又は「本会の職員たるにふさわしくない非行のあった場合」(同条三号)(<証拠略>)に当るものともいい得ること、以上の諸事情を総合勘案すると、被告が原告について、雇用契約の自動終了事由である職員規則一三条二号該当の事由が存在することを理由に、原告が当然失職したものとして取扱ったことをもって、何ら信義則に反し、権利を濫用したものということはできない。
他に再抗弁二を認めるに足る証拠はない。
以上のとおりであるから、再抗弁二は理由がない。
四 そうすると、原告の被告職員としての地位を有することの確認及び昭和五二年五月二一日以降の賃金の支払を求める各請求は、いずれもその余の点について判断するまでもなく理由がないものといわなければならない。
第二 原告の賞与金、通勤定期代、時間外等割増賃金及び立替金請求について
一 賞与金請求(請求原因四)について
(証拠略)を総合すると、請求原因四記載の事実を認めることができ、他に右認定を左右するに足る証拠はない。
なお、被告は、被告職員の夏季及び冬季の賞与は成績査定のうえ支払うのが慣行となっていたこと、原告に対しても右慣行に従って成績査定のうえ支給した旨抗争するのであるが、右主張事実を立証すべき証拠は何一つないのでこれを認めることができない。
前記認定事実によると、原告は、被告に対し、昭和五〇年夏季、同年冬季各賞与及び同五一年夏季賞与残金五五万三五三〇円の支払請求権を有するものということができる。
二 通勤定期代金請求(請求原因五)について
請求原因五については当事者間に争いがない。
右当事者間に争いのない事実によると、原告は、被告に対し、昭和四九年九月分通勤定期代金一万四七三〇円の支払請求権を有するものということができる。
三 時間外等割増賃金請求(請求原因六)について
(証拠略)を総合すると、請求原因六を認めることができる。なお、右認定事実の存在に疑念を示す(人証略)は、原告が昭和四九年七月七日の投票日の後に三か月旅行しているとの点については何らこれを裏付るべき証拠がないし、また、時間外勤務時間が長時間にわたりすぎるとの点については、右時期が選挙運動期間であったことからすると、一概に不合理な時間ともいえず、よって、右証言をもってしても、右認定を左右するまでには至らないといわなければならず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。
右認定事実によると、原告は、被告に対し、時間外割増賃金等金八万七二〇〇円の支払請求権を有するものということができる。
四 立替金請求(請求原因七)について
1 原告が別紙立替金一覧表番号1、3、4、6ないし9、11ないし23、25、27ないし32、34の立替金については、被告が同表支払先欄記載の者に対して負担する同表債務の種類欄記載の債務につき、被告に代って同表金額欄記載の金員を原告が立替えて支払ったことについては当事者間に争いがない。
2 別紙立替金一覧表番号2の立替金について
(証拠略)を総合すると、原告は、被告が負担する同表2記載の金員を被告に代って支払ったものと認めることができ、他に右認定を左右するに足る証拠はない。
3 別紙立替金一覧表番号5の立替金について
別紙立替金一覧表番号5記載の立替金のうち、金四九〇〇円(内訳・六月二八日金一〇〇〇円、同月二九日三九〇〇円)を原告が被告のために立替て支払ったことは当事者間に争いがなく、結局、原告主張の七月一日に立替えて支払った金五万八〇〇〇円が金五八〇〇円の誤りではないかが争点となる。確かに、寿し栄本店発行の領収証(成立に争いのない甲第四一号証の三)によると、領収金額が金五万八〇〇〇円と記載されているのであるが、(人証略)及び甲第四一号証の三と同一人の筆跡によるものと認められる成立に争いのない(証拠略)の千単位における点の打ち方を対比するとき、結局、甲第四一号証の三は、金五八〇〇円の誤記であるものと認めざるを得ず、右心証は、(証拠略)を勘案するも覆えるものではない。そうすると、原告は、被告のために寿し栄本店に対し、七月一日に金五八〇〇円を立替えて支払ったものということができる。
よって、同表番号5記載の立替金請求は、金一万〇七〇〇円の限度において理由がある。
4 別紙立替金一覧表10記載の立替金について
別紙立替金一覧表10記載の立替金のうち、原告が昭和四九年六月一五日に被告のためにエイトに対し金三二〇円を立替えて支払ったことは当事者間に争いがない。
(証拠略)を総合すると、原告は、同年六月二九日、被告のためにレストラン菊水に対し、金二万〇八〇〇円を立替えて支払ったことを認めることができ、他に右認定を左右するに足る証拠はない。
なお、被告は、レストラン菊水に対する右金二万〇八〇〇円は既に被告において支払済であるから、二重払であり、被告のために有益なる費用の支出とはいえない旨主張するかのごとくであるが、被告の右主張事実に副う(人証略)は、何らこれを裏付けるべき証拠がない外、弁論の全趣旨に照らすとにわかに措信し難く、他に被告の右主張事実を認めるに足る証拠はない。
5 別紙立替金一覧表24記載の立替金について
前記(証拠略)を総合すると、原告は、昭和四九年六月六日、被告のために有限会社一栄に対し、金六九八〇円を立替えて支払ったものであることを認めることができ、他に右認定を左右するに足る証拠はない。
被告は、有限会社一栄に対する右金六九八〇円は既に被告において支払済であるから、二重払であるとし、前記4同旨の主張をするかのごとくであるが、被告の右主張事実に副う(人証略)は、前記4におけると同様の理由をもってにわかに措信し難く、他に右主張事実を認めるに足る証拠はない。
6 別紙立替金一覧表26記載の立替金について
原告本人尋問の結果によると、別紙立替金一覧表26記載の立替金とは、原告が日本歯科医師政治連盟に対し、選挙割当費の決算書を作成して報告する際、右割当金である金七〇万円を超過する金額が金一万二二二〇円あり、これが計算上原告の立替金として記載されたにすぎず、何ら原告が現実に立替えて支払ったものでないことを認めることができ、右認定に反するかにみえる前記(証拠略)は、大歯政連の事務員である神原和雄が単に数字上のものとして記載したものであることを窺うことができるから、右認定を左右する証拠とはなり得ず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。
よって、原告の右立替金請求は理由がない。
7 別紙立替金一覧表33記載の立替金について
右主張事実を認めるべき証拠としては、(証拠略)が存在するが、右各証拠は、その主張事実からも明らかなごとく領収書が不明となり、概数で金一七、八万円の立替金が存在したはずであるというにすぎないこと及び(人証略)に照らすと、右主張事実を認めるに足る証拠とまでいうことができず、他に右主張事実を認めるに足る証拠はない。
よって、原告の右立替金請求は理由がない。
8 別紙立替金一覧表35記載の立替金について
右主張事実を立証すべき証拠として、成立に争いのない(証拠略)が存在するが、右(証拠略)は、単に原告が独自に作成したものというべきであり、また、原告本人尋問の結果は、(人証略)及び弁論の全趣旨に照らすとにわかに措信し難いから右主張事実を認めるべき的確な証拠とはなり得ず、かえって(人証略)(ただし、後記措信し難い部分を除く。)及び弁論の全趣旨を総合すると、原告主張の右金一〇万円は、原告が逮捕されるに際し、原告のために支弁することを依頼して神原和雄に交付した金員であると認めることができ、原告本人尋問の結果のうち、右認定に反する部分は前掲各証拠に照らしてにわかに措信し難く、他に右認定を左右するに足る証拠はない。
よって、原告の右立替金請求は理由がない。
以上の当事者間に争いのない事実及び認定事実によると、結局のところ、原告は、被告に対し、立替金合計金八八万二八四七円の支払請求権を有するものということができる。
五 以上検討したところによると、原告は、被告に対し、通勤定期代、時間外割増賃金及び立替金合計金九八万四七七七円の支払請求権を有するところ、右債権額から原告の主張(請求原因八)に従い金八一万円を充当して差引くと、結局、原告は、被告に対し、残金一七万四七七七円の支払請求権を有するものということができる。
第三 以上の次第で、原告の被告に対する請求は、賞与金等金七二万八三〇七円とこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和五三年一月一八日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による金員の支払を求める限度で理由があるから認容し、その余は理由がないから棄却することとし、訴訟費用につき民訴法八九条、九二条を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 松山恒昭)