大阪地方裁判所 昭和52年(ワ)7626号 判決 1980年11月26日
原告
藤本敬三
訴訟代理人
中北龍太郎
外五名
被告
大阪府
代表者知事
岸昌
訴訟代理人
井上隆晴
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一 申立
一 原告
(一) 被告は原告に対し金二〇〇万円及びこれに対する昭和五二年一二月四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
(二) 訴訟費用は被告の負担とする。との判決及び仮執行宣言。
二 被告
主文と同旨の判決。
第二 当事者の主張<以下、事実省略>
理由
一本件現場が国鉄用地内であること、原告が、昭和五二年一二月三日午後四時すぎ、他の約一〇名(ないし一〇数名)の者とともに、国鉄大阪駅長及び曽根崎署長の許可を受けることなく、本件現場で通行人にビラを配付したこと、曽根崎署の中口巡査部長が、曽根崎署員とともに本件現場に出勤し、同巡査部長が、メガホンで、無許可のビラ配付をすぐ中止するよう原告らに警告を与えたこと、同巡査部長の持つていたメガホンのラッパ口が原告の左顔面に当たり、原告が顔面打撲傷及び擦過傷の傷害を負つたこと、同巡査部長は、同日午後四時二五分ないし三〇分ころ、同巡査部長に対する公務執行妨害及び傷害の罪で原告を現行犯逮捕したこと、原告は、以後、同月六日まで曽根崎署に身柄を拘束されたこと、以上のことは当事者間に争いがない。
二<証拠>によると、次の事実が認められ、<る。>
(一) 本件現場は、国鉄大阪駅東口の駅構内の東コンコースの南側に位置し、駅構内と阪急、阪神両百貨店前歩道を結ぶ歩道橋の階段(以下、歩道橋階段という)及びその両側にある梅田地下街への階段(地下鉄乗降口へと通じる階段。以下、地下街階段という)との間の通路となる南北長さ約四五メートル、東西幅約一二メートルの国鉄所有地であつて、主として大阪駅舎と歩道橋階段又は地下街階段とを往来する人々の通行に利用されている場所である。本件現場の西側には東口駐車場が広がり、東側には北に広告搭、その南に国旗柱がある。
(二) 原告は、スパイ団事件によつて韓国で反共法、国家保安法の罪で懲役五年の刑に処せられ同国で服役中の李東石を救援する会の一員として、昭和五一年一二月以来、李東石とともにスパイ団事件によつて処刑され服役中の者の救援活動団体の構成員とともに、毎週一回程度定期的に、本件現場で、李東石らの釈放などを訴える趣旨のビラを、毎回約三、〇〇〇枚を通行人に配付し続けてきた。原告らが、本件現場をビラ配付場所として選んだのは、通行人が多いため広報として効果的で、かつ、人の流れが時間帯により一定方向であるためビラ配付がしやすいと考えたからであつた。
しかし、本件現場には、大阪駅長、曽根崎署長の名で、この付近で許可なく物品の配付をすることはできず、違反者は、鉄道営業法、道交法で処罰される旨の掲示があつた。
原告らは、この掲示に気付いていたが、大阪駅長及び曽根崎署長の許可をとつたことはなかつた。
(三) 昭和五二年秋ごろから、無許可のビラ配付を規制しようとする曽根崎署員や鉄道係員と、ビラを自由に配付しようとする者らとの間に軋轢が生じ、曽根崎署員が無許可のビラ配付者を逮捕しようとして、本件現場に混乱が生じたことがあつた。
(四) 原告は、同年一二月三日午前四時ころ、他のスパイ団事件関係の救援活動団体の構成員も含め、一〇名前後の者と国鉄大阪駅中央口でおちあい、直ちにこの者らと「日本政府に在日韓国人『政治犯』の人権救済を迫る12月行動の呼びかけ」と題するビラ約二、〇〇〇枚を、本件現場で通行人に配付しはじめた。しかし、このときも、大阪駅長及び曽根崎署長の許可を受けていなかつた。
原告らは、地下街階段の両脇から北へ国旗柱のあたりまで、次第に広がる形で、駅構内と地下街との間を往来する通行人の流れの両側に各一列に並び、各人が三メートル程度ずつ間隔をとつて立ち、五〇ないし一〇〇枚くらいのビラを所持して通行人に手渡した。原告自身は、西側の列の地下街階段寄りに位置していた。通行人は、通勤時間帯ほどではなかつたが、歳末の土曜日の午後であつたから、かなり混雑していた。
原告らがビラ配付を開始すると間もなく、大阪駅助役訴外樫岡忠雄及び鉄道公安官訴外村中和雄らが本件現場に現われ、主として北側にいたビラ配付者に対し、無許可のビラ配付を中止するよう警告をはじめた。
(五) 他方、曽根崎署の中口徳治巡査部長は、同日午後四時一〇分ころ、曽根崎署の警視訴外岡本宗一から、本件現場で一五、六名の者が無許可でビラ配付をしているから出動するよう指示を受け、八名の署員(直轄警ら隊員)をひきいて、梅田地下街を通り、本件現場に向つた。その際、中口巡査部長は、巡査部長訴外渡辺義則からメガホン(ラッパ口の直径約一九センチメートル、通話口の直経約七センチメートル、長さ約三二センチメートル。乾電池式)を手渡され、その音量目盛りを一〇段階のうちの五にあわせた。
(六) 中口巡査部長らが、地下街から地下街階段を上つて本件現場に到着した際、原告らは、依然として、大阪駅助役らの警告を無視してビラ配付を続けていた。
そこで、中口巡査部長は、他の職員を歩道橋階段の西側付近に待機させ、自らは、メガホンを使用してビラ配付者に対し「無許可のビラ配付は、すぐやめなさい。この場所は、許可が必要です。」と警告しつつビラ配付者の列の間を北進し、ビラ配付者の北端あたりで大阪駅助役らとともに事態を見守つていた曽根崎署の巡査長訴外森田某のところへ歩み寄り、同巡査長と連絡をとつた。その結果、中口巡査部長らは、ビラ配付者に指導的立場にある責任者がいないと見て全員に対し個別に警告を行う方針をとることにした。そこで、中口巡査部長は、歩道橋階段付近に待機していた署員のもとに戻り、署員らに、ビラ配付者に個別に警告を与えるよう指示した。そして、自らは再び地下街階段付近からビラ配付者の列の間を北に向かつて歩きながら、メガホンを使用して、主として西側の列のビラ配付者に対して無許可のビラ配付を中止するよう警告を与えた。
(七) 他方、原告は、従前と同じ位置で地下街階段から大阪駅構内に向う通行人にビラを配付していたが、曽根崎署員の一人からもつと後方(西側)に退るよう指示され、それに従つて一旦は後方に退つたが、右署員が立去ると再び前に出てビラの配付を続けた。すると、それまで東側の列でビラを配付していた訴外山内誠一が別の曽根崎署員の指示で西側列の原告の傍らに移動してきた。そして、その曽根崎署員は、更に、片手で原告を、もう一方の手で山内を軽く押し、北側に移動させようとしたので、原告らはこれに抵抗せず、やや北側に移動した。
(八) その時、中口巡査部長が、地下街階段付近で一回警告を行い、五、六歩北に進んで二度目の警告を終えて、北西方向に向いて三度目の警告をしようとしていた。メガホンの音量は、当初調節したままであり、普通の声の大きさを保つていた。中口巡査部長が、メガホンの通話口に口を当て、警告を発し始めた時、左前方約一メートルの位置にいた原告が、同巡査部長に対し、一歩踏み出すなり、大声で「うるさい」と叫びながら、片手でメガホンのラッパ口を突き上げるようにした。そのため原告の手がラッパ口の縁の下側中央部分に当たり、メガホンの通話口のプラスチック部分が、中口巡査部長の前歯に当たつた。中口巡査部長は、その瞬間、上体を右後方にのけぞり、反射的に体勢を元に戻そうとしたところ、そのまま手に持つていたメガホンのラッパ口が、近づいていた原告の顔に覆いかぶさる状態でその左頬に当たり、メガホンがボコンという音を立てた。
(九) 中口巡査部長は、直ちに原告に対し公務執行妨害の現行犯として逮捕する旨告知したところ、原告は、後ずさりしながらビラ配付を中止して集まつてきた仲間の方に逃げようとした。そこで中口巡査部長は、原告を追い、その両肩を押えて仲間から引き離したうえ逮捕した。そして、かけつけた曽根崎署員とともに歩道橋階段付近に連行し、同所で原告の所持品について逮捕に伴う捜索差押手続を行つた。原告は、氏名を黙秘したため曽根崎署一号として取り扱われた。
(一〇) 中口巡査部長は、メガホンの通話口が前歯に当つたことによつて、加療約一週間を要する上顎右中切歯打撲による脱臼、歯髄炎症の傷害を受けたが、他方、原告がメガホンに当たつたため受けた傷害の程度は、加療約一〇日間を要するものであつた。
三以上認定の事実から次のことが結論づけられる。
(一) 鉄道営業法三五条にいう「鉄道地」とは、直接又は間接に鉄道の業務運営に供すべく鉄道の営業主体が管理占有している土地を指称すると解するのが相当である。
ところで、本件現場は、国鉄が利用客の往来の用に供すべく所有管理している土地であるから、右にいう鉄道地に当たることは明白である。そうすると、鉄道係員(大阪駅長)の許可なく本件現場で公衆に対しビラを配付した原告らの行為は、鉄道営業法三五条に違反し、科料に処されるべきところである。
そこで、曽根崎署員が右違反行為を続けていた原告らに対し、これを中止させようとして必要な警告を発することは、警職法五条前段によつて適法であるから、この点で中口巡査部長らの行為を違法としてとがめることはできない。
(二) ところで、警察官が職務を遂行するに当たつて、実力(物理的強制力)が行使できるのは、法の根拠に基づき、かつ、事態に応じ必要な最少限度に限られることはいうまでもない(比例原則)。そして、警察官が違法行為を制止できる場合として、警職法五条後段は、犯罪が行われることにより「人の生命若しくは身体に危険が及び、又は財産に重大な損害を受ける虞があつて急を要する場合」に限定している。しかし、右規定は、犯罪が行われようとする段階を対象とするものであるから、これとは異り、現に犯罪が成立し、現行犯として逮捕することが可能な場合で、諸般の事情にかんがみ逮捕の措置をとるとかえつて混乱が生じることを考慮したうえ、むしろ相当な規制手段を講ずることによつて現にある違法状態を除去したり、あるいはその弊害の程度を弱めたりして、混乱を除去ないしは予防できる場合、警察官が現行犯逮捕という強力な手段を直ちにとる代りに、これより軽度の実力行使を伴つた必要限度の制止行為を行うことを認めても、何ら法の趣旨に反しないと解するのが相当である。
(三) 今この視点に立つて本件を観ると、原告は、現に鉄道営業法三五条の罪を犯しつつあり、かつ、原告は氏名不詳で逃亡のおそれがあつたというべきであるから、曽根崎署員としては直ちに現行犯逮捕ができたが、現場の状況から現行犯逮捕をすることによつて混乱が生じることは十分予想された。そこで、曽根崎署員は、一先ず、原告を軽く押して、より通行の妨げにならない場所へ移動させる措置をとり、ビラを無許可で配付するという違法状態を制止したのであるから、この実力行使は、相当である。
(四) 中口巡査部長が、メガホンを使用して警告したことが、原告に対する暴行とは認められない。
(五) また、同巡査部長の持つていたメガホンのラッパ口が原告の左頬に当たつたのは、原告の中口巡査部長への暴行に対する同巡査部長の反射的動作によるものであつて、中口巡査部長が故意又は過失によつて原告に当てたとは到底いえない。
(六) 中口巡査部長の行つていたビラ配付者に対する警告行為は、正当な職務行為であるのに、原告は、これを妨害するとともに同巡査部長に傷害を負わせたのである。そして、中口巡査部長は、これを現認して逮捕手続をとつたのであるから、右現行犯逮捕は、刑事訴訟法二一二条の要件に欠けるところはない。また、同巡査部長が原告の逮捕にあたつて原告の体に手をかけ、その仲間から引き離した点は、逮捕を免れようとする被疑者に対して許されるべき措置であつて相当性を欠くものではない。
(七) 以上の次第で、中口巡査部長の行為には、原告が主張するような違法な点は、何一つないことに帰着する。
四原告は、鉄道営業法三五条が、ビラ配付の規制に関する限り、憲法二一条に違反し、また憲法三一条にも違反するから、無効であると主張するので判断する。
(一) 憲法二一条の定める表現の自由は、基本的人権の一つとして尊重されるべきであることは、いうまでもない。他方、憲法一二条は、基本的人権といえども、公共の福祉による制限を是認していることも、いうまでもない。
本件で問題になつているビラ配付は、表現の自由の一環としてとらえられなければならない。すなわち、ビラ配付は、現代社会で、最も有効な表現方法である報道手段を容易に利用することができない一般大衆にとつて、貴重な表現方法、伝達手段であるから、これを規制するについては慎重でなければならない。しかし、ビラ配付は、限られた人数と時間を前提に多くの公衆を対象としてされるのが通常の形態であるから、必然的に公衆がより多く集つてくる場所と時間を狙つて行われるものであり、そこに公衆の交通の秩序の維持に対する直接的な阻害要因となりうる性格があることを看過してはならない。ビラ配付の、この本質的性格に着目したとき、およそいかなる場合にでも、つまり、いかなる時間、場所、方法によつても、ビラ配付を行うことが憲法二一条の表現の自由として、完全に、絶対的に保障されているということはできない筋合である。したがつて、時間、場所あるいは方法によつては、ビラ配付を規制しなければならない公共的要請があり、公衆の交通の秩序の維持こそ、そこにいう公共的要請に当たるのである。換言すると、一般大衆のビラ配付の権利は、公衆の交通の秩序の維持という公共的利益に対する直接的脅威を避けるためとられる最少限の手段と抵触する限度で制限を受けると解するのが相当である。
(二) ところで、本件現場のような鉄道地では、公衆の交通の秩序の維持の要請は、特に強いといえる。なぜならば、大量輸送機関としての鉄道の性格上、鉄道地内では公衆の交通秩序に混乱が生じやすく、かつ、一たび混乱が生じると、その影響は、鉄道営業の混乱として広範囲に波及する可能性があるからである。したがつて、鉄道地内の公衆の交通秩序の維持に直接的脅威となる行為を規制の対象とすることは、やむをえないところである。また鉄道地内のいかなる場所と程度の規模の対象行為を規制すれば、鉄道地内の公衆の交通秩序を維持し、もつて鉄道営業に支障が生じることを防ぐことができるかは、鉄道地の管理主体の自主的・専門的判断に委ねざるをえない。
本件現場は、国鉄が所有管理する鉄道地であるから、その公共的性格に照らし、何らの制約のない私有地と全く同一に論じることは許されないが、他方、警察が公の立場で公共の安全と交通の円滑を目的として規制する道路とは異なるから、鉄道地内の利用の仕方につき承諾を与えるかどうかについては、管理主体の自主的判断が尊重されなければならない。したがつて、ビラ配付をする者の表現の自由と鉄道地の管理権が衝突する場合、鉄道営業法三五条は、管理主体の承諾を要件とし、利用の仕方につき制限を加えているが、同条が、実質的には鉄道地の利用を全面的に禁止するに等しいような運用がなされる虞れがなく、右制限が合理的範囲にとどまる限り、鉄道地の管理主体の自主的判断を第一次的に優先させても憲法二一条の保障する表現の自由が不当に侵害されたと断ずることはできない。
ところで、<証拠>によると、国鉄大阪駅は、ビラ配付のための利用場所を本件現場に限定しているほか、許可条件として人数や方法につき一定の制限を加えてはいるが、基本的には申請があれば許可する方針をとつており、ただ事前に承諾手続をとることを要求しているにすぎないことが認められ、この認定に反する証拠はない。
そうすると、鉄道営業法三五条の規定の趣旨及びその運用の実際からして、同条が、憲法二一条の表現の自由を不当に制限するものとは、到底いえない。
(三) 鉄道営業法三五条の許可制が、憲法二一条二項の事前検閲に当たらないと解するのが相当である。その理由は、次のとおりである。
(1) 憲法二一条二項は検閲を禁止しているが、ここにいう検閲とは、公権力によつて表現内容の審査が行われ、不適当と認められるものについて表現の禁止措置がとられることを指称すると解するのが相当である。
鉄道営業法三五条における許可手続は、国の私経済作用である国鉄の鉄道係員(駅長)によつてなされるもので、公権力によるものではない。
(2) <証拠>によると、次のことが認められ、<る。>
(ア) 大阪駅の職員が、鉄道営業法三五条の許可をする際、ビラの提出を求め、その内容に立ち入つて審査することはない。
(イ) もつとも、大阪駅では、商業用ビラの配付を許可しない方針をとつているので、そのことのため、ビラの内容を許可申請者に質問することはある。しかし、この質問に対し、商業用ビラであるかないかの返答をすれば足りる。
(3) まとめ
国鉄大阪駅では、ビラ配付許可申請者に対し、ビラの内容を開示させてその内容の当否によつて許可、不許可をきめているわけではないから、原告の主張は、事実に基づかない主張である。もつとも、営業用ビラは、配付が禁止されているが、原告の配付したビラが、営業用ビラではないから、この点は、論外である。
(四) そうはいつても、右許可が、表現内容自体ではなく、その方法に関する許可条件についての審査にわたる場合、審査する側の自由裁量を許す虞れのある一般的な許可制を定めて事前に抑制することは、憲法二一条の趣旨からいつて許されないことはいうまでもない。
ところで、鉄道地内での利用客の通行秩序の混乱は、社会生活に与える影響が多大で、回復困難な損害の生じることが懸念されるから、ビラ配付に対し事前に抑制する規制方法をとることもやむをえないといわなければならない。他方、鉄道地内での利用客の通行秩序の維持といつても、鉄道の営業主体の規模、性格、当該鉄道地の位置、広さ等によつて、そのとるべき手段は一様ではない。
そこで、鉄道営業法三五条は、明示的な許可基準を定めてはいないが、黙示的には、鉄道地内での利用客等の通行秩序の維持の障害とならないことを許可基準として予定しており、具体的な基準は、各鉄道の営業主体、各鉄道地による定めに委ねる趣旨であることが看取できるのである。そして、そのような規定方法も最少限度の制限としての合理性を欠くものではない。
したがつて、鉄道営業法三五条が、漠然とした基準によつて事前抑制を許していることを理由に憲法二一条の趣旨に反するということはできない。
<証拠>によると、国鉄大阪駅では、駅長に対し書面で申請を行う手続が定められ、許可基準は、場所としては本件現場に限られ、配付時間の指定をするほか、許可条件として、(1) 人の前に立ちふさがつたり、通行の妨害とならないように配慮し、路端等で行なうこと。(2) 拡声器は使用しないこと。(3) 当該場所では机、台ならびに旗、のぼり、横幕、看板等を使用しないこと。(4) ヘルメットをかぶり、竹ざおを携行するなど一般利用者に不安感を与えないこと。(5) 申請場所の従事員は一〇名以内とすること。(6) 配付する広告、ビラ等の散乱したときは、付近を清掃すること。(7) 当該場所を使用中は許可証を必らず所持すること。(8) その他、鉄道係員の指示に従うこと。と定められていること、大阪駅の鉄道地でビラ配付に支障のない広さがあるのは、本件現場だけであること、以上のことが認められ、これの認定に反する証拠はない。
そうすると、国鉄大阪駅では、鉄道地内の利用客の通行秩序を維持するため、具体的かつ合理的な許可基準を定めており、同駅長は、この基準にかなう限り、許可することにしているのである。したがつて、大阪駅に関する限り、明確な許可基準がないことにはならない。
(五) 鉄道営業法三五条にいう「鉄道地」の概念は、上述したとおりであつて明確性を欠くものではない。
原告は同条が、「其の他演説勧誘等」と制限列挙でないことを理由に同条の規定が無効であると主張しているが、本件で問題になつているのは「物品を配付」することであるから、その他の行為が右の「等」に含まれるかどうかとは無関係である。
同条の定める許可手続及びこれに対する不服申立手続が法定されていないからといつて、規定の明確性を欠くものではない。
(六) 鉄道営業法は、明治三三年に制定施行されたものであるが、大日本帝国憲法下で制定施行された法律であつても、日本国憲法に適合する限り、法律としての効力を失うものではない。したがつて、鉄道営業法三五条による許可が憲法三一条に違反し無効であるとの主張は、採用できない。
(七) まとめ
以上の次第で、鉄道営業法三五条は、ビラ配付の規制に対する関係でも、憲法二一条に違反するものではなく、憲法三一条にも違反しない。
五原告は、本件のビラ配付規制に関する限り、憲法二一条に違反し又は権限の濫用であると主張するので判断する。
(一) <証拠>を総合すると次の事実が認められ、<る。>
(1) 本件現場では、かつて、かなり無許可のビラ配付が行われていたが、警察官による規制などの措置がとられることはなかつた。しかし、昭和五二年九月ころから、政治情勢の影響もあつて、多人数で大がかりなビラ配付が行われるようになり、曽根崎署員による規制が行われだした。
ビラ配付者のなかには、曽根崎署員による警告を無視してビラ配付を強行する者があり、そのため、曽根崎署員らとの間で対立感情が高まつた。
(2) 他方、国鉄大阪駅は、乗降客から本件現場でのビラ配付に対する苦情が寄せられたため、鉄道営業法三五条による許可手続を整備してビラ配付の方法を定めることによつて規制することを目指し、従前は公共用のビラしか許可しなかつたものを、商業用ビラを除くすべてのビラの配付を許可する方針に改め、同年一一月なかばから新しい方式を開始した。大阪駅では、主席助役訴外石原甲子夫が恒常的な無許可ビラ配付者らの代表者及び原告訴訟代理人中北龍太郎弁護士を招いて新方式の説明を行い、了解を求めたが、中北弁護士らは許可なくしてビラを配付する権利を主張して譲らなかつた。
(3) 原告も、右の事情を知悉しながら、ビラを配付する自由を主張して、あえてビラ配付の許可を求めることをしなかつた。
(4) 本件現場はかなりの広さがあり、本件事件の当日、原告らが本件現場でビラを配付することによつて現実に生じた国鉄利用客の通行の支障はさほど大きなものではなかつた。しかし、原告らは、中口巡査部長らの再三の無許可ビラ配付に対する警告を無視してビラ配付を続けようとした。
(5) 曽根崎署が無許可のビラ配付として規制の対象としたのは、ビラの内容によるのではなく、ビラ配付の自由を主張してあえて無許可でビラ配付を強行する者であつた。
(二) 右認定事実から、次のことが結論づけられる。
(1) 原告を他の無許可のビラ配付者と区別すべき特段の事情はない。すなわち、原告らのビラ配付による現実の弊害がなかつたにせよ、原告らに対し、許可なくビラ配付を行わしめなければ、憲法二一条に違反するとすべき事情は認められないのである。大阪駅長によつて付されるビラ配付の許可条件は、何ら不合理なものではないし、この許可条件があるため、情報活動としてのビラ配付活動の実質的価値を弱めるとまではいえない。
(2) 曽根崎署員による原告らの無許可ビラ配付に対する規制は、政治的目的を持つたものではなく、国家権力に批判的な言論の抑圧を企図したものでもない。
(3) 原告らの行為の違法性は、決して弱いものではない。
(三) まとめ
以上の次第で、本件の具体的事情のもとで、中口巡査部長らが、原告らのビラ配付を規制したことが、憲法二一条に違反し、鉄道営業法三五条に違反した者に対する規制権限の行使の濫用であると到底するわけにはいかない。
六原告らは、鉄道営業法三五条の許可をえないで、本件現場でビラ配付をしたものであり、これを規制した曽根崎署員の権限行使は、適法であるから、本件請求は、その余の判断をするまでもなく、失当として棄却を免れないのであるが、当裁判所は、ここで、傍論として道交法七七条一項四号、規則一五条九号に関する見解を付け加えておく。
道交法七七条一項四号は、「道路において祭礼行事をし、又はロケーションをする等一般交通に著しい影響を及ぼすような通行の形態若しくは方法により道路を使用する行為又は道路に人が集まり一般交通に著しい影響を及ぼすような行為」で「公安委員会が必要と認めて定めたものをしようとする者」は所轄警察署長の許可を受けなければならないと規定し、これをうけた規則一五条九号は、「交通のひんぱんな道路において通行する者に印刷物その他の物を交付すること」を要許可行為と定めている。
ところで、右道交法の規定は、「祭礼行事をし、又はロケーションをする等」と例示しているのであるから、その他の行事行動も、これらに類似する通行の形態や方法による道路の使用又は集合で、一般交通に著しい影響を及ぼすような行為を規制の対象としているといわなければならない。したがつて、右道交法の規定は、これと類型を異にしているビラ配付まで規制の対象として予定してはいないと解するのが相当である。すなわち、ビラ配付は、配付者がほぼ一定の場所に立ちどまり、通行の流れを利用して手早く行なうのが普通であるから、多くの場合、そのこと自体によつて人の集合が予想されるものではないし、広範囲の場所が排他的に占有される関係にもない。もつとも、有名人が公的行事の宣伝目的でビラ配付をするような特別の場合には多数人が群がつて交通に著しい影響を及ぼす現象が生じることが起こり得る。また、多数の配付者が無統制に集中的に特定場所でのビラ配付を競い合い、通行人にビラの受取を強要すべく前に立ち塞がるようなことをした場合には、場所と時間により交通に著しい影響を及ぼすことが起こり得ないではない。しかしこれらはいずれも例外的な場合というべきであるから、ビラ配付が道交法の規制対象とは類型を異にするという前記判断を左右するものではない。
そうだとすると、規則一五条九号は、道交法七七条一項四号の規定をうけて定められているものであるから、右規則において要許可行為とされている「交通のひんぱんな道路において通行する者に印刷物その他の物を交付すること」の解釈としても、交通のひんぱんな道路で行われるビラ配付はすべて一律に右条項に該当するものと解することはできず、むしろ逆に、少人数で通常の方法でなされるビラ配付は、交通のひんぱんな道路で行われる場合でも、許可を要しないと解する余地がある。
本件の場合、場所的には、大阪市内でも、公衆が多数通行するところであり、時間的には、土曜日の午後であるから、ビラ配付者の数や、ビラ配付の方法によつては、本件現場の交通に著しく影響を及ぼすことになり、道交法上の許可が必要である。
しかし、前記認定のとおり、原告らは、一〇名前後であり、二列に並んでビラ配付をしており、交通の著しい妨げになつたといえないのであるから、この限りでは、道交法及び規則の許可が必要な場合には当たらないというほかはない。
そうすると、本件の場合、曽根崎署員が、原告らのビラ配付の現実に着目せず、無許可ビラ配付即道交法違反と判断して、警職法上の権限を行使することは、許されないといえる。もつとも、原告らのビラ配付が、鉄道営業法三五条にふれるのであるから、曽根崎署員の規制権限の行使が、右のことによつて違法にならないことは、いうまでもない。
《後略》
(古崎慶長 孕石孟則 寺田逸郎)