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大阪地方裁判所 昭和52年(行ウ)112号

原告

株式会社朝日新聞社

右代表者代表取締役

渡辺誠毅

右訴訟代理人弁護士

渡辺修

(ほか五名)

被告

大阪府地方労働委員会

右代表者会長

後岡弘

右訴訟代理人弁護士

井上福男

右指定代理人

堀隆男

山本直裕

被告補助参加人

日本新聞労働組合連合

右代表者副執行委員長

大場太郎

被告補助参加人

朝日新聞労働組合

右代表者執行委員長

鴨志田恵一

右補助参加人両名訴訟代理人弁護士

鈴木康隆

(ほか四名)

右当事者間の不当労働行為救済命令取消請求事件につき、当裁判所は次の通り判決する。

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用及び補助参加費用は原告の負担とする。

事実

一  当事者双方の求めた裁判

原告訴訟代理人は、「被告が、補助参加人両名を申立人、原告を被申立人とする大阪府地方労働委員会昭和五〇年(不)第一二六号不当労働行為救済申立事件について、昭和五二年一一月二五日付でなした命令を取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求めた。

被告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求めた。

二  原告会社主張の請求原因

1  被告は、補助参加人(以下単に参加人という)両名を申立人、原告会社を被申立人とする大阪府地方労働委員会昭和五〇年(不)第一二六号不当労働行為救済申立事件について、昭和五二年一一月二五日付をもって、別紙(略)(一)の命令書記載の通りの救済命令(以下本件命令という)を発し、同命令書は、右同日原告会社に交付された。

2  しかしながら、本件命令は、重大な事実誤認を犯し、重大な事実主張に対する判断を遺脱し、また、法令の解釈適用を誤った違法な行政処分である。

3  よって、原告は、本件処分の取消を求める。

三  被告の認否及び主張

1  原告主張の請求原因1の事実は認める。

同2は争う。

2  本件命令は、別紙命令書に記載の通りの事実及び理由に基づいてなされたものであって、適法であり、原告主張の如き違法はない。

《以下事実略》

理由

一  被告が、参加人両名を申立人、原告会社を被申立人とする大阪府地方労働委員会昭和五〇年(不)第一二六号不当労働行為救済申立事件について、昭和五二年一一月二五日付をもって、別紙(一)の命令書主文記載の通りの救済命令(本件命令)を発し、同命令書は、右同日原告に交付されたこと、以上の事実については、当事者間に争いがない。

二  そこで、本件命令が違法であるか否かについて判断する。

1  当事者

原告会社は、昭和五二年当時、肩書地(略)に主たる事務所を置き、日刊新聞紙の発行を主たる業務とする資本金二億八〇〇〇万円、従業員数約一万人の株式会社であること、なお、原告会社では、大阪、東京、名古屋及び北九州の各発行本社を、それぞれ本社(但し、北九州については西部本社)と呼称していること、参加人日本新聞労働組合連合は、肩書地(略)に主たる事務所を置き、新聞、通信関連事業の従業員で組織する七七労働組合(昭和五二年当時)によって構成される連合団体たる労働組合であること、参加人朝日新聞労働組合(朝日新聞労組)は、肩書地(略)に主たる事務所を置き、原告会社の従業員で組織する労働組合で、原告会社の大阪、東京、名古屋、西部の各本社毎に、支部を置くものであること、以上の事実については、当事者間に争いがない。

2  原告会社の業務命令と本件懲戒処分

原告会社が、その大阪本社において、昭和四九年五月一〇日から同月二二日まで、中番帯の輪転機二台連結の場合の機付人員を四人として、正規の機付人員二八人を配置した外に、四人の従業員にマル余(<余>)の作業を、残こり若干名にマル研(<研>)の作業を命じたこと(以下本件業務命令という)、原告会社が、別紙(一)の命令書に添付の別表に記載の者らにつき、右業務命令に違反する行為等があったとして、昭和四九年七月一〇日付をもって、右別表に記載の通りの懲戒処分(以下本件懲戒処分という)をしたこと、以上の事実は当事者間に争いがない。

そして、右争いのない事実に、(証拠略)を総合すると、次の事実が認められる。すなわち、

(一)  原告会社は、昭和四九年四月二二日開催の中央経労協幹事会において、参加人朝日新聞労組に対し、原告会社の大阪本社を始め各本社において、輪転機二台連結の場合の機付人員を四人とする機付統一を同年五月一〇日から実施したい旨通告して、参加人朝日新聞労組にその協力を求めたこと、

(二)  これに対し、参加人朝日新聞労組は、同年五月一〇日から輪転機二台連結の機付人員を四人とすることに反対した外、その後に行なわれた原告会社と参加人朝日新聞労組の本部ないし大阪支部との交渉においても、右二台連結四人機付を実施することについて、参加人朝日新聞労組側の同意を得られず、話合いはつかなかったこと、

(三)  そこで、原告会社は、参加人朝日新聞労組ないし個々の従業員の同意を得ないまま、原告会社大阪本社において、昭和四九年五月一〇日から、二台連結四人機付を実施することとし、右五月一〇日から同月二二日まで、統合版一六頁を印刷する中番帯(午後四時から午後一一時までの勤務)の勤務として、輪転機二台連結の機付人員を四人とする七セット分の二八名を正規の機付人員として指名し、別枠として、四人にマル余の作業を命じ、残こりの若干名にマル研の作業を命じたこと、

なお、マル余は、本来の機付人員のうち、病気その他の事故で急に欠勤する者が出て欠員が生じたときには、その補充として機付作業を行ない、欠員補充の必要のない場合には、職制の指示によって、稼動中の輪転機に設置されているカウンタースタッカーのうち、動いていない方のカウンタースタッカーの整備を行うことをその業務の内容とするものであり、また、マル研は、稼動していない輪転機のカウンタースタッカーについて、職制から渡される点検チェック表(<証拠略>)によって、研修を兼ねた点検整備を行なうことをその業務の内容とするものであること、

(四)  次に、原告会社大阪本社の職制は、昭和四九年五月一〇日以降の中番帯において、マル余、マル研の勤務者に対し、それぞれその業務の説明を指示すると共に、右各勤務者の付くべき機械名を指定して、右指示したカウンタースタッカーの研修整備を行なうことを命じ、かつ、点検整備用のチェック用紙(<証拠略>)に所要事項を記入して、提出するよう命じたこと、

(五)  しかるに、マル研の作業を命ぜられたもののうち、別紙(二)に記載の者ら四四名(別紙(一)の命令書添付の別表に記載の者のうち、戒告欄に記載の者、以下単に別紙(二)に記載の者という)は、昭和四九年五月一〇日から同月二二日までの間の別紙(二)に記載の日に、原告会社から命ぜられたマル研作業に従事せず、これを拒否して機付作業を行なったこと、

(六)  そこで、原告会社は、別紙(二)に記載の者については、前記原告会社の業務命令に違反したとして戒告処分にし、また、原告会社大阪本社印刷職場委員幹事である訴外奥野喜治については、右業務命令違反行為の闘争指導等を行なったとして、減給二九九〇円の懲戒処分にし、同じく右印刷職場委員副幹事である訴外村田浩剛を右と同様の理由により譴責処分にすることとし、昭和四九年七月一〇日、右各被処分者にその旨通告すると共に、翌一一日、参加人朝日新聞労組にもその旨通告し、その後開かれた右各処分についての苦情処理委員会の開会が打切られた後の昭和五〇年七月一一日に、同四九年七月一〇日付をもって、正式に前記各本件懲戒処分を行なったこと、

以上の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

3  機付人員と本件業務命令の適否

(一)  まず、二台連結の場合の機付人員が四人であったか否かについて判断するに、(証拠略)を総合すると、次の事実が認められる。すなわち、

(1) 原告会社の輪転機は、古くはすべて旧型に属する竪型及び横型であったが、昭和二五年頃に、東京本社及び大阪本社に始めてユニバーサル型と称する新型輪転機が導入されるようになり、以後逐次ユニバーサル型の輪転機が備えつけられ、原告会社大阪本社では、昭和四五年三月頃までに、輪転機はすべてユニバーサル型(<証拠略>にある七型、七A型、一〇型も、すべてユニバーサル型の新型である)となったこと

(2) 次に、原告会社の発行する新聞の頁数は、古くはその頁数も少なかったが、その後漸次増頁され、原告会社大阪本社では、朝刊一〇頁ないし一二頁、夕刊四頁となった後、昭和三六年頃からは、臨時的に一四頁ないし一六頁の朝刊が発行されるようになり、さらに、昭和三七年暮頃からは、恒常的に朝刊は一六頁として発行されるようになったこと、

(3) ところで、新聞を印刷する場合には、輪転機を三台連結して印刷する場合と、二台連結して印刷する場合と、一台で印刷する場合とがあり、また、右印刷に際しては、両出し(新聞を折機の両側に出す印刷方法)と片出し(新聞を折機の片側に出す印刷方法)とがあるところ、輪転機一台で八頁の印刷ができるところから、新聞の頁数が一〇頁ないし一二頁の場合は三台連結の両出しで、三〇頁ないし二四頁の場合は、三台連結の片出しで、一四頁ないし一六頁の場合は二台連結の片出しで、それぞれ印刷されること、

そして、原告会社では、右新聞印刷に際し、輪転機に付いて印刷作業に従事する人員すなわち機付人員については、かねて印刷局長会議で討議を重ねた結果、一応、三台連結の場合は六人、二台連結の場合は四人、一台の場合は三人とするといういわゆる六、四、三の原則を内部的に設けていたこと、

(4) そして、昭和三四年八月に開かれた第五五回中央経営労働協会(中央経労協)の席上で、参加人朝日新聞労組が、機付人員を七、五、三の割合で要求したのに対し、原告会社は、その回答として、原告会社の局長会議で討議を重ねた結果、六、四、三の原則が設けられていることを告げ、これを原則として、多少は、運用の面で実情に応じ、これと異なった取り扱いがなされている旨述べたこと(<証拠略>)、

(5) さらに、原告会社は、昭和三四年一〇月開催の第五六回中央経労協において、参加人朝日新聞労組の機付人員増加の要求に対し、輪転機の機付人員につき、六、四、三の原則は、原則的に変更する必要はないが、六、四、三といいながら実際には七、五、四の場合もあり、運用面で考慮すれば問題は解決するのではないかと述べ、六、四、三の機付人員は、あくまでも原則であって、実際の運用面では、実情によってこれと異る取扱いをすることを認めていること(<証拠略>)、そしてその後、昭和三四年一二月、同三五年二月にそれぞれ開かれた第五八回、第五九回、第六一回の中央経労協においても、原告会社は、参加人朝日新聞労組に対し、右と同様、現実には、六、四、三以上の機付人員の配置を認めることもある旨認めていること(<証拠略>)、

(6) 次に、原告会社大阪本社では、前述の通り、昭和三六年頃から臨時的に、朝刊の頁数が一四頁ないし一六頁の新聞が発行されるようになり、ついで昭和三七年暮からは、恒常的に一六頁の新聞が発行されるようになり、これに伴って、右一四頁ないし一六頁の新聞の印刷は、二台連結の片出しで行なわれていたところ、原告会社は、右昭和三六年頃から、大阪本社における右二台連結(但し、片出し、以下二台連結という場合はすべて同じ)の機付人員は五人、また、三台連結の場合は六・五人とそれぞれ定め、これに基づいて印刷職場の人員を配置していたので、原告会社大阪支社では、二台連結の場合には、現実に五人で作業を行なっていたのであって、この状態は、昭和四九年五月の本件業務命令が出されるまで続いていたところ(但し、昭和四五年三月以降は時折六人の場合もあった)、なお、原告会社東京本社では、三台連結の場合は六人、二台連結の場合は四・五人とされており、西部本社、名古屋本社では、大阪本社と同様に、三台連結の場合は六・五人、二台連結の場合は、五人の機付人員が配置されていたこと、

(7) 次に、前述の通り、原告会社大阪本社では、昭和二五年頃から、従来の竪型の輪転機に替え、ユニバーサル型の輪転機が備付けられるようになり、また、従来は、印刷された新聞を束ねて発送場に送るいわゆる紙取り作業を、輪転機の機付人員として配置された者がこれを行っていたところ(いわゆる人手による紙取り作業)、原告会社大阪本社では、昭和四二年頃から、人手に代って、右紙取り作業を行なう機械、すなわち、カウンタースタッカーが設置され、昭和四五年二月頃には、朝刊印刷に必要な稼働セットには、すべてカウンタースタッカーが設置され(<証拠略>)、従来、機付人員として配置された者が行なっていた紙取り作業は、すべてカウンタースタッカーにより、自動的、機械的に処理されるようになったこと、

(8) 次に、原告会社大阪本社の印刷職場では、昭和三七年頃から、腰痛症に罹るものが現われ、昭和四一、二年頃には、かなりの腰痛症患者が発生したので(<証拠略>)、参加人朝日新聞労組から原告会社に対し、勤務改善に関する強い要望が出され(<証拠略>)、また、参加人朝日新聞労組大阪支部からは、昭和四四年五月八日の大阪分会経労協拡大幹事会において、勤務のローテーションを、従来の二交替制から、昼勤、中番、夜勤の三交替制とする外、週休二日制の保障等の要求がなされ(<証拠略>)、原告会社は、その後右勤務のローテーションについては、三交替制にすることを承諾したこと、

(9) 一方、原告会社大阪本社では、その後記事量や広告量が増大したので、昭和四五年三月一四日発行の新聞から、恒常的に、朝刊について二〇頁ないし二四頁の重ね刷りを実施するようになり、これに伴って、三台連結の印刷作業が恒常的に行なわれるようになったし、また、同年五月六日から、右三台連結に基づき、昼勤(午前一〇時から午後五時までの勤務)、中番(午後四時から午後一一時までの勤務)、夜勤(午後九時から翌朝午前四時二五分までの勤務)の三交替による勤務に改められたこと、

しかし、右二〇頁ないし二四頁の重ね刷りが実施されるようになってからも、原告会社大阪本社では、臨時的に一四頁ないし一六頁の朝刊が発行されることがあり、昭和四五年度の発行回数は、統合版(朝刊の記事と夕刊の記事をまとめて発行するもの)で合計二六回、セット版(朝刊と夕刊を別々に発行するもの)で一六回、昭和四六年度は、統合版で六八回、セット版で一〇回、昭和四七年度は、統合版で七七回、セット版で一〇回、昭和四八年度は、統合版で四五回、セット版で一〇回、昭和四九年度は、統合版で二八回、セット版で八回もあるところ(<証拠略>参照)、右一四頁ないし一六頁の新聞が発行される場合は、いずれも二台連結で印刷作業が行なわれ、かつ、その場合の機付人員は、五人(但し、時折は六人)であったこと、

(10) 次に、機付作業は、(イ)当日の新聞の頁数に合わせ、輪転機の所要台数と折り機との連結、機械各部分の掃除と注油、消耗部分の取替え、インク、ポンプの調整、紙張り等の準備作業、(ロ)鉛版職場で鋳造された鉛版を、輪転機のところへ運搬車で運び、これを輪転機の版胴に取りつける外、インク調整等を行ない、これらが完了すると、ボタン操作によって、徐々に輪転機を廻し始めると共に、検紙並びにこれに伴う損紙の排除を行なう刷り始めの作業、(ハ)輪転機の運転速度が増し、定常運転の状態に入った場合に、時々検紙及びインクの調整を行なう作業、(ニ)輪転機が停止すると、鉛版をはずし、その廃版を台車で鉛版作業場に運搬する作業等があること、なお、カウンタースタッカーの設置前は、右の外に紙取り作業があったこと、

(11) ところで、機付作業(印刷作業)は、限られた時間内に必ず一定量の仕事をしなければならないのであって、精神的・肉体的にかなり緊張を要する作業であるところ、右機付作業のうちでも、鉛版の輪転機への着脱作業は、約一八ないし二〇キログラムの鉛版を、輪転機のそばまで運搬し、人力で一旦下に降ろした上、これを中腰になって輪転機に取り付け、印刷が終った後は、輪転機より取り外して鉛版作業場に運搬する作業であって、肉体的体力を要するかなりの重労働であり、昭和四五年の勤務改善後の中番帯一セットに使用される鉛版は、七版、八版合わせて、約六〇本であったから、これを機付人員四人で行なう場合と五人で行なう場合とでは、その労働量にかなりの差異があり、限られた時間内に一定量の仕事をすることを要請される新聞印刷においては、五人機付を四人機付にすれば、相当の労働加重になること、

(12) なお、機付作業の行なわれる印刷作業場は、輪転機の稼働中は、約九〇ないし一〇〇ホーンの騒音があり、かつ、印刷時に、インクミスト(インクの飛沫)や新聞紙の紙粉が空中に散布され、健康には余りよくない環境であること、

以上の事実が認められる。

しかして、以上認定の事実からすれば、(イ)健康にはよくない環境で、重量約一八ないし二〇キログラムの鉛版を、一定の時間内に、相当数輪転機に着脱する作業を伴う機付作業は、相当の体力を要する肉体労働であって、右機付作業を四人で行なう場合と、五人で行なう場合とでは、これに投ずる各個人の労働力に相当の差異があるから、二台連結の場合の機付人員が五人であるか、四人であるかは、機付作業する従業員にとっては、重大な利害関係のある労働条件の一つというべきである。(ロ)ところで、原告会社大阪本社では、昭和三六年頃から本件業務命令が出された昭和四九年五月頃まで、二台連結で印刷作業が行なわれ、そのうち、とくに昭和三七年暮頃から同四五年三月頃までの七年数ケ月の間は、恒常的に二台連結で印刷作業が行なわれていたところ、右二台連結の場合の機付人員は、少なくとも昭和四五年三月中旬までは例外なしに五人とされ、四人とされたことは全くなく、原告会社は、五人機付の人員を配置し、現実に五人機付で作業が行なわれており、右昭和四五年三月中旬以降も五人ないし六人の機付であったものというべきである。しかして、以上の如く、機付人員数は、機付作業に従事する従業員にとって重要な労働条件の一つであり、かつ、原告会社大阪本社では、永年に亘り、二台連結の場合には、五人機付で印刷作業が行なわれていたこと、その他冒頭掲記の各証拠を総合して考えると、二台連結の場合には、五人機付とすることが、黙示的に、原告会社と機付作業に従事する従業員との間の労働契約の一内容となっていたものと認めるのが相当であって、以上の認定に反する(証拠略)はたやすく信用できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

(二)  もっとも、原告会社は、輪転機の機付人員を何人にするかは、使用者が、その所有する企業設備に、労働契約上保有する労働力の処分権限に基づき、如何する(ママ)労働力を配置するかの問題であって、専ら企業所有者である使用者の裁量に委ねられているものであるとし、永年二台連結五人機付で印刷作業が行なわれていたとしても、それが労働契約の内容となることはないと主張しているところ、もとより労働者は、労務提供の義務があり、労働契約に明確な定めのない限りは、使用者は、この提供された労務を、その裁量権に基づき、経営上の必要に応じて、適宜に配置して使用することのできることが原則である。

しかし、本件の如く、騒音と紙粉等のため必ずしも健康によくない作業場内において、約一八キログラムないし二〇キログラムの鉛版多数を、限られた時間内に、輪転機に着脱する作業を含む機付作業においては、その作業の性質上、これを四人で行なうか、五人で行なうかによって、同一時間内に投下すべき労働量に差異があるから、一旦これを五人で行なうことにし、かつ、永年これを続けてきた以上は、暗黙のうちにそれが労働契約の内容になったものと解するのが相当であって、以後は、使用者の一方的意思により、労働負担の過重を伴う機付人員の減少をすることはできないものと解すべきである。けだし、本件の如き機付作業とは異なり、厳格に一定の時間内に一定量の作業をしなければならない制約のない他の一般の作業においては、これに従事する作業員が減少したため労働過重となり、従前の作業量が処理できなくなれば、その処理できない分は、未処理にして置けば足りるから、その人員の減少は、従前の労働に比し、必ずしも労働過重を強いることにはならないのに対し、本件の機付作業においては、その人員が減少しても、一定の時間内に鉛版の着脱等一定の作業を必ずしなければならないため、労働過重を強いることになるのであって、前者の場合とは、本質的に異なるからである。

したがって、右の点に関する原告会社の主張は、採用できない。

(三)  次に、原告会社は、昭和三〇年頃までに、原告会社において、機付人員に対する会社基準としていわゆる六、四、三の原則を定立したところ、右原則は、ユニバーサル型輪転機が備付けられ、かつ、紙取り作業のないことを前提条件としていたから、右条件が整わない間は、プラスアルファの調整を行うこととし、原告会社大阪本社では、二台連結の場合は五人機付としていたが、その後すべての輪転機がユニバーサル型となり、またカウンタースタッカーが相当数設置された昭和四五年三月以降は、原告会社において、一方的に、六、四、三の原則に従い、二台連結の場合の機付人員を四人に削減することができる旨の主張をしている。

そして、(証拠略)によれば、前述の通り、原告会社では、印刷局長会議で検討を重ねた結果、遅くとも昭和三四年頃までに、輪転機の機付人員を、六、四、三とする旨の原則を、一応内部的に定めたことが認められる。

しかしながら、他方、

(1) 前記(一)に認定の事実に、(証拠略)によれば、原告会社は、昭和三四年三月から同三五年二月までに開かれた第五五回、第五六回、第五八回、第五九回、第六一回の中央経労協において、参加人朝日新聞労組に対し、右六、四、三の原則を一応定めていることを主張したが、その際に、右六、四、三の原則は、輪転機が、すべて旧型の竪型から新型のユニバーサル型となり、かつ、人手による紙取り作業のなくなること、すなわちカウンタースタッカーの設置されることが前提条件であるということは、全く述べておらず、却って、右六、四、三の原則は、あくまでも原則であって、現実の運用面においては、その実情に応じ、右六、四、三の原則とは異なった機付人員の配置を認めると述べており、現実にも、前記の通り、原告会社大阪本社では、六、四、三の原則にも拘らず、二台連結の場合には、五人機付で印刷作業が行なわれていたことが認められる。

(2) しかも、(証拠略)によれば、原告会社では、昭和三〇年代の始め頃、将来紙取り作業を機械化したいとは考えていたが、当時は、それが何時できるかは、不明の状態であって、現に原告会社大阪においてカウンタースタッカーが設置されたのは、前記の通り、昭和四二年になってからのことであることが認められるところ、このように、紙取り作業が人手に代って機械化できる時期が明確でないときに、それが機械化できることを前提条件として、機付人員の数を確定的に定め、これを不動の原則とするようなことは、特段の事情のない限り、経験則上一般的にはあり得ないことというべきである。けだし、右の如き機械化を前提とした機付人員に関する原則は、一般的には、紙取り作業が機械化できたときに、定めれば足りる筈であるからである。

(3) 次に、(証拠略)によれば、原告会社大阪本社では、昭和二五年頃に始めてユニバーサル型の輪転機が導入され、その後逐次増加されて、昭和四三年六月頃には、輪転機三七台のうち二八台がユニバーサル型となり、旧型の竪型は、その三分の一以下のわずか九台となり、また、カウンタースタッカーも、昭和四二年四月に始めて設置されてから毎年増加され、昭和四三年一二月には、全部で八台となり、原告会社において、カウンタースタッカーが整備されたと主張する昭和四五年二月頃の保有台数一四台の半分以上の数に達していたこと、以上の事実が認められる。したがって、原告会社主張の如く、輪転機がユニバーサル型となり、かつ、カウンタースタッカーが整備されたことを前提条件とする六、四、三の原則が確立されており、右前提条件が充たされた場合には、原告会社が一方的に機付人員を減少させることができるのであったならば、前記の如く原告会社大阪本社において、輪転機の相当数がユニバーサル型となり、かつ、相当数のカウンタースタッカーが設置された段階において、右ユニバーサル型及びカウンタースタッカーの数に応じ、逐次二台連結の場合の機付人員を四人として、機付人員の減少をはかるのが、営利を目的とした企業の当然なすべき措置であったというべきである。しかるに、前記(一)に認定の事実に、(証拠略)によれば、原告会社大阪本社においては、前記の通り、ユニバーサル型の輪転機及びカウンタースタッカーが相当数設置された後の昭和四四年頃、ユニバーサル型輪転機及びカウンタースタッカーの設置されたセットの二台連結の場合の機付人員を五人から四人にしようとしたが(<証拠略>)、参加人朝日新聞労組の強い反対で実施に至らず、従前のまま昭和四五年三月から前述の三台連結による重ね刷りの印刷作業が行なわれるようになったことが認められるし、さらに、新型の輪転機やカウンタースタッカーが原告会社主張通りに設置された昭和四五年三月以降も、臨時的に行なわれた右二台連結の場合には、五人機付(但し、時折六人)で、印刷作業が行なわれていたことは、前記(一)に認定の通りである。

(4) さらに、前記(一)に認定の事実に、(証拠略)を総合すると、次の事実が認められる。すなわち、原告会社大阪本社では、前述のように、漸次、輪転機がユニバーサル型になり、また、カウンタースタッカーも設置されてきたけれども、一方、その間に、原告会社の新聞の発行部数も年々増加して機付作業の労働密度が高くなった上、カウンタースタッカーの設置により、人手による紙取り作業がなくなった代わりに、カウンタースタッカーを監視、保守する作業が加わるなどしたため、輪転機がユニバーサル型となり、また、カウンタースタッカーが設置されたからといって、それに比例して、印刷職場の作業量が軽減されたようなことはなく、まして、従来の機付人員を一名削減する程の作業量の軽減はなかったこと、そして、現に、輪転機の大部分がユニバーサル型となり、カウンタースタッカーが設置され始めた昭和四二年、三年頃にも、原告会社大阪本社の印刷職場では、腰痛症がかなり発生していたので、参加人朝日新聞労組は、原告会社に対し、印刷職場の人員増加と機付作業の勤務改善を強く要求していたこと、その後、原告会社においては、右参加人朝日新聞労組の要求に基づき、前述の如く昭和四五年五月から勤務改善がなされた結果、それ以後腰痛症患者の発生が減少したこと、以上の事実が認められる。

しかして、以上(1)ないし(4)の諸事情に照らしてみれば、原告会社において、輪転機がユニバーサル型となり、カウンタースタッカーが設置されることを前提条件に、六、四、三の原則が確立されていたものとは到底認め難いのであって、右原則の確立を窺わせる(証拠略)はたやすく信用できない。

よって、右原則を前提に、輪転機がユニバーサル型となり、カウンタースタッカーが設置された後は、原告会社において、一方的に、二台連結四人機付に機付人員を減少することができる旨の原告会社の主張は採用できない。

(四)  次に、原告会社は、輪転機がユニバーサル型となり、また、カウンタースタッカーが設置された後の昭和四五年三月以降も、臨時的例外的に二台連結で印刷作業が行なわれることがあり、この場合の機付人員は五人ないし六人であったが、右は、当時、恒常的には、三台連結で印刷作業が行なわれていて、相当以前から、予め、三台連結の機付人員が配置されていたから、全く臨時的、例外的にしかも不定期に行なわれる二台連結のため、その機付人員を四人として、予め勤務割を作成しておくことができなかったし、三台連結として予め配置していた機付人員を、急に二台連結用に変更することもできなかったので、結局、二台連結の場合も、三台連結として配置した機付人員で、印刷作業を行なわせていたに過ぎず、二台連結五人機付を認めていたからではないと主張している。

しかしながら、前述の如く、原告会社大阪本社では、昭和三六年頃から同四五年三月頃まで約九年間に亘り、二台連結の場合には、例外なしに機付人員五人で印刷作業が行なわれていたから、二台連結五人機付は、当時既に機付作業に従事する従業員の労働契約の内容となっていたというべきである。のみならず、昭和四五年三月以降に、臨時的に行なわれていた二台連結の場合の機付人員が五人ないし六人であった理由が、原告会社主張の如く、三台連結の機付人員が予め割り当てられていて、これを変更することができなかったことによるものであったとしても、二台連結の場合の機付人員が、現実に五人ないし六人であって、四人でなかったことに変りはないから、これをもって原則的に、二台連結の場合の機付人員が四人であったものとは到底いい難いのであって、右原告会社の主張事実から、前記(一)の認定を覆すことは、できないものというべきである。

(五)  してみれば、原告会社大阪本社では、輪転機二台連結の場合の機付人員は五人とすること(五人機付)が、原告会社と機付作業に従事する従業員との間の労働契約の内容になっていたものというべきであるから、原告会社は、右従業員個人ないしは労働条件の変更につき組合員である各従業員から委託を受けた参加人朝日新聞労組の同意を得ずに、一方的に右機付人員を四人に減少させることはできないものというべきである。

したがって、原告会社が、原告会社大阪本社の印刷職場の従業員に対し、昭和四九年五月一〇日から同月二二日までの中番帯の勤務として、二台連結の機付人員を四人にマル余の作業を命じ、残こり若干名にマル研の作業を命じた本件業務命令は、無効というべきである。

4  本件処分の不当労働行為性

(一)  (証拠略)を総合すると、次の事実が認められる。すなわち、

(1) 参加人朝日新聞労組が原告会社から、昭和四九年四月二二日、二台連結四人機付を実施する旨の通告を受けた後、参加人朝日新聞労組の東京、大阪、名古屋、福岡の四支部は、一斉に支部交渉を開き、原告会社に対し、右通告は、不当な人員削減と一方的な勤務改悪であると主張し、さらにその後、同年四月二七日、右四支部一分会(分会は北海道分会)の印刷職場合同会議を開き、その意思統一を図ると共に、右通告は、機付人員を一方的に削減しようとするものであるから、断固反対し、その撤回を要求していくと共に、原告会社が右通告を強行するならば、総力を挙げて抵抗闘争を組むことを確認したこと(<証拠略>)、

(2) 次に、参加人朝日新聞労組の本部執行委員会も、原告会社の本件通告の実施に反対し、職場の合意を無視した本件通告の強行実施は、絶対許さないことを確認し、右通告の撤回を要求していくことを決定し、同年五月四日付で、その旨の声明を出したこと(<証拠略>)、

(3) 次に、参加人朝日新聞労組大阪支部は、昭和四九年四月二四日、同年五月一日、同年五月八日の三回に亘って、原告会社と支部団交を持ち、原告会社に対し、機付人員は、労働条件の根幹をなすものであり、一方的に変更できるものではないこと、本件通告は、事前協議を無視するものであることを主張するなどして、本件通告の内容を昭和四九年五月一〇日から実施することに反対したこと(<証拠略>)、

(4) また、参加人朝日新聞労組大阪支部執行委員会は、同年五月七日、原告会社が本件通告を強行実施したならば、従来の勤務を守る取り組みをして、原告会社の業務命令に拘らず、従前の勤務につくことを確認したこと、

(5) 次に、参加人朝日新聞労組の本部は、同年五月九日、原告会社と団体交渉を行ない、原告会社に対し、本件通告を実施することに反対してその撤回を求めたが、原告会社がこれに応ぜず、交渉は決裂したので、その後、本部執行委員会を開き、原告会社の二台連結四人機付の実施に抗議すると共に、なお、交渉を今後も継続して、原告会社に対し、本件通告の撤回を求めていくことにしたこと、そして、それと同時に、当該職場から提起されている「従来の勤務パターンを維持するとりくみ」を含むあらゆる抗議と本件通告の撤回のための行動を、職場とともに闘っていくことを確認し、その旨及び本執(本部執行委員会)、支執(支部執行委員会)、職場は一体であるとの旨の昭和四九年五月一〇日付の本部執行委員会の声明を出したこと(<証拠略>)、

(6) 次に、参加人朝日新聞労組大阪支部は、同年五月一〇日午後二時から支部執行委員会を開き、大阪支部においても、「従来の勤務パターンを維持するとりくみ」の行動を支持することを再確認し、さらに、同日午後四時から、原告会社大阪本社印刷職場の全体集会が開かれ、同集会において、本部、支部支持の下に、前記従前の勤務パターンを維持するための活動ないし闘争を実施することを全員一致で再確認したこと、

なお、右印刷職場の全体集会で確認された行動の内容は、マル研作業を命ぜられた者は、これに従わず、従来通り機付の作業に従事し、マル余の作業を命ぜられた者も、機付の作業に従事するということであったこと、

(7) ところで、原告会社は、その大阪本社において、本件通告通り、昭和四九年五月一〇日から同月二二日までの中番帯において、二台連結の機付人員を四人とし、その余の者に、マル余及びマル研の作業を命じたので、マル研の作業を命ぜられたもののうち、別紙(二)に記載の者らは、右別紙(二)に記載の日に、参加人朝日新聞労組の本部及び大阪支部の支持を受けた前記印刷職場の決議に従い、現実にマル研作業に就かず、輪転機について、機付の作業を行なったこと、

(8) また、当時、原告会社大阪本社の職場委員幹事であった奥村喜治、同副幹事であった村田浩剛は、いずれも、右マル研作業を拒否し、機付の作業を行うことについて、その指導をしたこと、

(9) なお、右マル研作業を拒否し、機付作業につく行動については、その後昭和四九年五月二二日、参加人朝日新聞労組大阪支部と原告会社との支部交渉において、組合側が、右行動を中止し、解決のための交渉に入るということで労使の合意が成立したので、右五月二二日の中番帯八版の印刷から中止されたこと、

以上の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

してみれば、別紙(二)に記載の者らは、いずれも原告会社大阪本社における印刷職場全体の決議に基づき、原告会社の二台連結四人機付の実施に反対するための組合活動として、マル研作業を拒否して機付作業を行なったものであるところ、右は、いずれも参加人朝日新聞労組の本部及び大阪支部の承認と支持を得てなされたものであり、また、二台連結四人機付及びマル研作業等を命じた原告会社の本件業務命令は、前記の通り無効なものであるから、別紙(二)に記載の者及び奥村喜治、村田浩剛の前記各行為は、いずれも正当な組合活動というべきである。

なお、別紙(二)に記載の者らがマル研作業を拒否した行為は、争議行為ではなく、右の如く正当な組合活動と解すべきである。けだし、争議行為は、使用者の適法かつ正当に行なわれるべき業務を集団的に阻害することであって、違法な業務の遂行を阻害することは、いわゆる争議行為ではないと解すべきところ、前記マル研作業を命じた原告会社の業務命令は無効であって、マル研作業は、原告会社の正当な業務とはいい難いからである。また、別紙(二)に記載の者らが機付作業を行なった点も、原告会社が二台連結五人機付を命ずべきであったのに敢えてこれをせず、四人機付を命じたので、従来通りの勤務態勢を守るためにこれを行なったものであるから、正当な組合活動というべきである。仮に、右マル研作業を拒否して機付作業を行った行動が争議行為であると解しても、それが正当なものであることは、前述したところから明らかである。

(二)  もっとも、原告会社は、参加人朝日新聞労組は、原告会社の機付統一の実施に対し、強い反対の態度を表明していたけれども、今後取り組む行動について、参加人朝日新聞労組自からが主体となって決定をしたり、各支部又は職場に指示をしたりしたことは全くなく、争議行為を行なうに当ってとるべき手続すなわち闘争委員会の設置や全員投票の措置をとっていないから、別紙(二)に記載の者らが行なったマル研作業を拒否し、機付作業を行なった行動は、正当な組合活動ではないとの主張をしている。

しかしながら、別紙(二)に記載の者らが行なったマル研作業の拒否等の行動は、前述の通り、原告会社大阪本社の印刷職場全体の集団的意思に基づいてなされたものであり、かつ、右マル研作業を拒否して機付作業を行なうことについては、参加人朝日新聞労組も、その大阪支部も、これを事前に承認し、支持していたのであるから、右行為は、参加人朝日新聞労組の統一的な意思に基づく正当な組合活動というべきであって、参加人朝日新聞労組が主体となって、マル研作業の拒否等を決定し、その指示をしたことがないとか、争議行為を行なうに当ってとるべき手続をとっていないこと等原告会社の主張事実から、右マル研作業の拒否等の行動を、参加人朝日新聞労組の統一的意思に基づかない違法な行為ということはできない。

よって、右の点に関する原告会社の主張は、採用できない。

(三)  そうだとすれば、別紙(二)に記載の者らが、原告会社から命ぜられたマル研作業を拒否して機付作業を行なったことや、奥野喜治、村田浩剛が、右マル研作業を拒否することを指導したことは、いずれも正当な組合活動というべきであるから、原告会社がこれを理由に本件懲戒処分をなしたことは、正当な組合活動を理由に不利益な取扱いをしたものであって、不当労働行為を構成するものというべきである。

5  以上の理由により、原告会社のなした本件懲戒処分は、正当な組合活動を理由としてなされた不当労働行為であるとして、別紙(一)の命令書主文に記載の通りの救済命令を発した本件命令は、その余の点について判断するまでもなく、適法であるというべきである。

三  よって、本件救済命令の取消を求める原告会社の本訴請求は、理由がないからこれを棄却し、訴訟費用及び補助参加費用の負担につき民訴法八九条九四条を適用して、主文の通り判決する。

(裁判長裁判官 後藤勇 裁判官 千徳輝夫 裁判官 小宮山茂樹)

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