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大阪地方裁判所 昭和52年(行ウ)13号 判決 1978年7月11日

原告 趙賛宅

被告 法務大臣 ほか一名

訴訟代理人 坂本由喜子 宮本善介 ほか二名

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者双方の申立

一  原告の請求の趣旨

(一)  被告法務大臣が昭和五一年一二月二五日付でなした原告の出入国管理令四九条一項に基づく異議申出棄却の裁決を取消す。

(二)  被告大阪入国管理事務所主任審査官が昭和五二年一月一七日付で原告に対してなした退去強制令書発付処分を取消す。

(三)  訴訟費用は被告らの負担とする。

二  被告らの申立

主文と同旨

第二原告の請求の原因

一  原告の経歴ならびに本件退去強制手続に至るまでの経緯

(一)  原告は昭和一六年一一月二八日大阪市内で出生し、同市立の小学校、中学校を卒業したものであり、昭和四三年二月二一日、「日本国に居住する大韓民国国民の法的地位及び待遇に関する日本国と大韓民国との間の協定」(以下、協定という。)一条1(a)に該当する者として永住許可を受けた(以下、協定永住許可といい、これを受けた者を協定永住許可者という。)。

(二)  原告は、昭和四五年三月二四日窃盗罪で大阪簡易裁判所に起訴され、その保釈中の昭和四六年二月四日、裁判所に対して、韓国在住の女性金順姫との結婚式挙行を目的とする渡韓許可申請をなしたが、不許可となつた。しかるに、その後法務大臣に対して右同様の理由で再入国許可申請をなし、同年三月九日有効期限を同年九月九日までとする再入国の許可を得て、同年五月二日下関から韓国へ出国し、韓国仁川市在住の親族である文南寿方で生活していたが、再入国許可の有効期限を徒過したため、本邦に密入国することを企て、昭和四七年一〇月二七日釜山港から日本船大伸丸に乗船し、同年一一月一日福島県いわき市小名浜港に入国した。

(三)  原告は、昭和四八年二月一〇日大阪地方裁判所において、右不法入国についての出入国管理令(以下、管理令という。)三条違反の罪ならびに窃盗罪により懲役四年に、別件窃盗罪により懲役六月に処せられ、同年二月二五日から昭和五二年二月一三日まで大阪刑務所で服役した。

二  原告に対する退去強制手続

原告の前記不法入国を理由とする原告に対する退去強制手続が進められ、被告法務大臣は、昭和五一年一二月二五日原告の管理令四九条一項に基づく異議の申立は理由がない旨の裁決(以下、本件裁決という。)をなし、被告大阪入国管理事務所主任審査官は、昭和五二年一月一七日原告に対し管理令二四条一号該当者として退去強制令書を発付した(以下、本件発付処分という。)。

三  本件裁決および本件発付処分の違法性

しかし、本件裁決にはつぎのとおりの違法事由があるから、その当然の後続行為である本件発付処分とともに、その取消を求める。

(一)  協定永住許可者は協定三条の事由に該当する場合にのみ退去を強制されるのであるから、協定永住許可者である原告に対し管理令二四条に基づいて退去を強制することは許されず、したがつて本件裁決は協定および日本国憲法に定める条約遵守義務に違反する。

(二)  人権に関する世界宣言および日本国憲法はいずれも居住の自由を保障しており、原告に対し管理令を適用して退去を強制することはできないというべきであり、本件裁決は右世界宣言および日本国憲法の規定に違反する。

(三)  仮に、以上の主張が容れられないとしても、被告法務大臣が原告に対し管理令五〇条一項による在留特別許可(以下、特在許可という。)を与えずに、本件裁決をなしたことには、裁量権を逸脱し、濫用した違法がある。

即ち、協定について合意された議事録(以下、協定議事録という。)によれば、協定三条(c)または(d)に該当する者であつても、その退去強制については人道的見地からその者の家族構成その他の事情について考慮を払うよう定められているところ、原告の前記出生、成育歴、原告の家族については母をはじめとして兄、姉六人が大阪に居住していること、原告は朝鮮語を全く知らず、韓国において生活する手段を有していないこと等を斟酌すると、原告に対して当然に特在許可が与えられてしかるべきである。

第三請求の原因に対する被告らの答弁

一  請求の原因一、二の事実は認める。

二  同三、(一)のうち、協定永住許可者は協定三条所定の事由に該当する場合にのみ退去を強制されることは認めるが、その余は争う。

三  同三、(二)は争う。

四  同三、(三)のうち協定議事録において原告主張のとおり定められていること、原告の母、兄姉六人が大阪に居住していることは認めるが、その余は争う。

第四被告らの主張

一  本件裁決が協定および日本国憲法に定める条約遵守義務に違反するとの原告の主張について。

協定五条は、「協定永住許可者は出入国及び居住を含むすべての事項に関し、この協定で特に定める場合を除くほか、すべての外国人に同様に適用される日本国の法令の適用を受けることが確認される。」旨規定し、これを受けた協定の実施に伴う出入国管理特別法(以下、特別法という。)七条は、「協定永住許可者の出入国及び在留については、この法律に特別の規定があるもののほか、管理令による。」旨規定している。したがつて、出入国に関する手続を定めた管理令の規定は、再入国の許可に関する規定を含め、協定永住許可者にも適用があるのは当然のことである。

これを本件についてみると、原告が再入国の許可をえて出国し、その有効期限内に本邦に入国しなかつたのであるから、右再入国の許可は失効し、それとともに在留資格の一態様である原告に与えられていた協定永住許可も失効した。

よつて、原告については協定ならびに特別法を適用する余地はないから、本件裁決は協定に違反するものではなく、また憲法の条約遵守義務に違反するものでもない。

二  人権に関する世界宣言および日本国憲法に基づき本邦に居住する権利があるとの原告の主張について。

人権に関する世界宣言は、すべての国が努力達成すべき基準として布告されたものであつて、法的拘束力を有するものではなく、また日本国憲法二二条一項も外国人が本邦に適法に在留する場合はともかく、これ以外の場合本邦に入国あるいは在留する自由について保障したものではない。

三  原告に対し特在許可を与えずに、本件裁決をなしたことが裁量権の逸脱または濫用にあたるとの原告の主張について。

管理令四九条三項に基づく法務大臣の裁決は、容疑者の管理令二四条各号該当性の有無についてのみの判断に限定されており、裁量の余地は全く存しないのであるから、裁量権の逸脱または濫用を理由に本件裁決の取消を求める原告の主張は失当であり、仮に原告の主張を管理令五〇条一項に基づく特在許可の許否の裁量の違法を理由に本件裁決の取消を求めるものと解しても、以下に述べるとおり失当である。

(一)  管理令四九条三項に基づく裁決と管理令五〇条一項に基づく特在許可の許否の裁量とは別個独立の処分であつて、後者の違法を理由に前者の取消を求めることはできない。

(二)  仮に右主張が容れられないとしても、原告に対し特在許可を与えずに、本件裁決をなしたことについて裁量権の逸脱または濫用はなかつた。

即ち、原告については協定を適用すべき余地がないことは前叙のとおりであり、また外国人の入国ならびに滞在の許否は、当該国家の自由に決しうるものであり、国家は外国人の入国または在留を許可する義務を負うものではないというのが国際慣習法上の原則であるから、特在許可の許否の裁量は極めて高度かつ、広汎な自由裁量に属するものである。しかも原告には、請求の原因一の事実のほかつぎのような事情が認められる。

(1) 原告は、昭和三七年一二月八日大阪地方裁判所において窃盗ならびに加重逃走の罪で懲役三年の実刑判決を受けて、その服役中管理令二四条四号リの該当容疑で退去強制手続が進められたが、昭和三九年八月六日特在許可を与えられ、さらに昭和四二年九月一一日同裁判所において窃盗、有印私文書偽造、同行使ならびに詐欺未遂の罪で懲役一年四月の実刑判決を受けて、その服役中前回同様退去強制手続を受けるべきところ、協定永住許可を受けたため、右退去強制事由は不問に付された。

(2) 原告は、独身であり、原告により扶養を必要とする親族は本邦には在住しない。

(3) 原告は健康体であり十全な労働能力を有しているものであるし、技能の点においては昭和三九年から昭和四〇年まで大阪市内の四兄趙好宅方に住み込み鏡職人として稼働しているし、今回服役中に熔接技術を習得し電気熔接の免許を受けているので、韓国でもその生活を維持することは比較的容易と思われる。

以上の原告の経歴、前科、親族の状況等の個人的事情ならびに客観的事情を総合的に考慮した結果、原告に対しては特在許可を与えないと判断されたものであつて、そこには裁量権の逸脱または濫用は存しない。

第五被告の主張に対する原告の答弁

被告の主張三、(二)、(1)および(2)の事実ならびに(3)のうち、原告が昭和三九年から昭和四〇年まで大阪市内の四兄趙好宅方に住み込み鏡職人として稼働していたことは認める。

第六(証拠関係)<省略>

理由

一  原告の請求の原因一、二の事実については各当事者間に争いがない。

二  そこで、本件裁決ならびに本件発付処分の違法性の存否につき、原告の主張に従つて順次検討する。

(一)  原告が協定永住許可者であることを理由として本件裁決が協定および日本国憲法に定める条約遵守義務に違反するとの主張について。

協定三条によれば、協定永住許可者は同条所定の事由に該当する場合のほか退去を強制されることはないが、右規定は日本に在留する外国人の退去強制事由である管理令二四条四号をさらに制限し協定永住許可者の地位の安定を図つたにとどまるものであり、協定永住許可者の入国および在留については、特別法によるほか管理令によるべきことが協定五条、特別法七条で定められている。したがつて、こ協定永住許可は、管理令四条に定める在留資格の一態様とみるべきものであり、再入国の許可を受けないで本邦より出国したり、あるいは再入国の許可を受けて本邦より出国し、その有効期限内に再入国しなかつたとき等在留資格の一般消滅事由によつてもその効力が失われるのである(このことは原告提出の甲第九号証の三「実施運用に関する韓日両国関係者実務者の諒解事項」と題する書面の写の「再入国許可期間中に入国できなかつた場合、それが止むを得ない理由によると認定される時は、日本入国を認め、かつ協定永住許可の効力が失われないようにする。」との記載によつても肯認できる。)。

これを本件についてみると、原告は協定永住許可者であつたところ、再入国の許可を受けて本邦より出国したものの、その有効期限である昭和四六年九月九日までに入国せず、これより一年以上も経過した昭和四七年一一月一日本邦へ密入国したのであるから、原告の協定永住許可の効力は右有効期限の徒過とともに失われ、原告に協定三条を適用すべき余地はなくなつたというべきであり、また原告が管理令二四条一号に該当する者であることが明らかである。

そうすると、原告を管理令二四条一号に該当するとした大阪入国管理事務所特別審理官の判定に対する原告の異議申出(原告が協定永住許可者であることを前提とするもの)を理由なしとした本件裁決が協定および日本国憲法の条約遵守義務に違反している旨の原告の主張はその前提を欠き失当である。

(二)  本件裁決が人権に関する世界宣言および日本国憲法二二条に違反するとの主張について。

右世界宣言は、その前文にあるとおり、すべての人民とすべての国が達成すべき共通の基準として布告されたものであつて法的拘束力を有するものではなく、のみならず居住の自由に関する一三条は日本国憲法二二条と同じく外国人の他国への入国あるいは在留の自由についてまで保障したものではないから、管理令に基づいて原告に対する退去強制手続の一環としてなされた本件裁決が右世界宣言および憲法の居住の自由に関する規定に違反する旨の原告の主張は失当である。

(三)  原告に対し特在許可を与えずに本件裁決をなしたことが裁量権の逸脱ないし濫用にあたるとの主張について。

1  管理令四七条ないし四九条によれば、法務大臣は特別審理官の判定に対する異議につき、特別審理官の判定によつて維持された入国審査官の認定の当否を審査し、裁決を下すが、さらに、管理令五〇条によれば、法務大臣は右裁決にあたり、異議の申出が理由がないと認める場合でも一定の要件が存するときは容疑者に特在許可を与えることができるのであるから、異議を棄却する裁決は同時に右特在許可を与えない処分としての性質を有するといえる。そして管理令五〇条の規定の体裁自体ならびに外国人の出入国および滞在の許否が元来国家において自由に決しうる事柄であることからみて、特在許可を与えるか否かは法務大臣の自由裁量に委ねられていると解すべきものであるが、他方その裁量は全く無制限なものではなく、著しく合理性を欠く場合には裁量権の逸脱ないし濫用として違法性を帯びるに至るというべきである。

2  そこで、著しく合理性を欠き本件裁決を違法たらしめる事情の存否について検討するに

(1) 原告が大阪市内で出生し、同市立の小学校、中学校を卒業したこと

(2) 原告の母および兄姉六人が大阪に居住していることについては各当事者間に争いがなく、<証拠省略>によれば

(3) 原告に対し特在許可が与えられた場合兄の趙啓宅が原告を引取り、飲食業の手伝をさせる予定であることが認められ、

他方、

(4) 原告は昭和三七年窃盗、加重逃走の罪で懲役三年の実刑判決を受けたため、その退去強制手続が進められたが、昭和三九年特在許可を与えられたことによりこれを免れたこと

(5) 原告は昭和四二年窃盗、有印私文書偽造、同行使、詐欺未遂の罪で懲役一年四月の実刑に処せられ、その服役中協定永住許可を受けたため過去強制処分を免れたこと

(6) さらに、原告は昭和四五年窃盗罪で起訴され、その保釈中の昭和四六年五月二日、裁判所の渡韓不許可決定にもかかわらず、これを無視して渡韓し、再入国許可の失効後一年以上も経過した昭和四七年一一月一日本邦に密入国し、昭和四八年二月一〇日右密入国についての管理令違反、窃盗の罪により懲役四年、別件窃盗の罪により懲役六月の各実刑判決を受け服役し、本件退去強制手続が進められたこと

(7) 原告は三六歳、独身であり、原告の扶養を必要とする親族は本邦に在住しないことについては各当事者間に争いがなく、<証拠省略>によれば

(8) 原告は前記渡韓後は仁川市在住の親族文南寿方で生活していたほか、ソウルにおいて金福子と同棲し、韓国内を旅行するなどして漫然と月日を過ごしていたこと

(9) 原告の親族が韓国にも在住していること

(10) 原告は健康な男子であり、鏡職人として稼働したことがあるほか、服役中に電気熔接の技術を習得し、一応の生活の手段を身につけていること

が認められる。

右(4)ないし(6)およびの(8)事実によれば、原告に対し退去強制手続が進められたのは今回が始めてのことではなく、今回についていえば、原告は刑事被告人として審理を受けており、その保釈中に逃亡したもので、もともと再入国の許可の期限を遵守する気構えに欠けていたもので、原告に著しい落度があつたのであり、右(6)ないし(10)の事実によれば、原告は一年以上の間韓国で暮していたもので、その健康状態、身につけた技能さらにはその身上関係からみて韓国において生活を維持して行くことは十分可能なこととみられる。したがつて、(1)ないし(8)の原告の家族関係、成育歴、これに加えて協定議事録の規定の趣旨を十分に斟酌しても、被告法務大臣が原告に対して特在許可を与えなかつたことが著しく合理性を欠き裁量権を逸脱し、または濫用したものであるということはできない。

(四)  そうすると、本件裁決には何ら違法性はなく、適法であり、これに基づいてなされた本件発付処分もまた適法である。

三  以上の次第で、原告の請求はいずれも失当であるからこれらを棄却することとし、民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 荻田健治郎 井深泰夫 近藤寿邦)

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