大判例

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大阪地方裁判所 昭和52年(行ウ)33号 判決

原告

月城こと

金満

訴訟代理人

渡辺哲司

被告

法務大臣

奥野誠亮

被告

大阪入国管理事務主任審査官

中市二一

被告ら指定代理人

小林敬

〔主文〕

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

〔事実〕

第一  当事者の求める裁判

一  原告

被告法務大臣が、昭和五二年三月九日付で原告に対してした裁決(以下本件裁決という)を取り消す。

被告大阪入国管理事務所主任審査官が、同月二三日付で原告に対してした退去強制令書発付処分(以下本件処分という)を取り消す。

訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決。

<中略>

第二  当事者の主張

一  原告の請求原因

(一) 本件裁決及び本件処分に至る経緯

1 原告は、昭和二五年六月一六日、滋賀県甲賀郡水口町で、在日朝鮮人であつた父訴外金武用、母訴外兪花子の子として出生し、水口小学校、水口中学校を卒業した後、水口町及び大阪市内で自動車整備見習工、トラック運転手等として稼働していたが、昭和四五年に胃潰瘍を患い入院した。

2 原告は、退院後の昭和四五年九月ごろから昭和四六年九月ごろにかけて、強姦、強盗等の罪を相次いで犯し、昭和四七年二月二二日、大津地方裁判所で、強姦罪、強姦未遂罪、窃盗罪、強姦致傷罪、恐喝罪、暴力行為等処罰に関する法律違反の罪、横領罪、住居侵入罪及び強盗罪で懲役五年六月の判決の言渡しを受け(同判決は、同年三月八日確定)、滋賀刑務所で服役した。

大阪入国管理事務所入国警備官は、同刑務所からの通報によつて原告に出入国管理令(以下令という)二四条四号リに該当する容疑があることを知つた。原告に対するその後の本件退去強制手続の経過と内容は、別紙退去強制手続の経過表<編注―略>記載のとおりである。

〔理由〕

一請求原因一の事実(本件裁決及び本件処分に至る経緯)は当事者間に争いがない。

そうすると、原告は、令<編注―出入国管理令>二四条四号リに該当する外国人であることは明らかである。

二本件裁決及び本件処分の違法性について

(一)  原告は、法律第一二六号<編注―ポツダム宣言の受諾に伴い発する命令に関する件に基く外務省関係諸命令の措置に関する法律、昭和二七年法律第一二六号>二条六項該当者については、令の適用が排除される旨主張するので判断する。

原告が法律第一二六号二条六項に該当する者であることは当事者間に争いがない。

ところで、同項は、「日本国と平和条約の規定に基づき同条約の最初の効力発生の日において日本の国籍を離脱する者で、昭和二〇年九月二日以前からこの法律施行の日まで引続き本邦に在留するもの(昭和二〇年九月三日からこの法律施行の日までに本邦で出生したその子を含む)は、令二二条の二第一項の規定にかかわらず、別に法律に定めるところによりその者の在留資格及び在留期間が決定されるまでの間、引続き在留資格を有することなく本邦に在留することができる」と規定しているが、その文言からして、日本国籍離脱者等に対し、令二二条の二第一項の適用を除外する趣旨の特則にすぎないものであり、令二四条を含めた令全体の適用を除外するものでないことは明らかである。

このことは、地位協定三条及び特別法六条が法律第一二六号二条六項該当者にも令二四条の規定の適用があることを当然の前提として、退去強制の基準の緩和をはかつていることに徴し、明白である。

そうすると、原告のこの主張は理由がない。

(二)  原告は、本件裁決及び本件処分は、その判断自体に裁量権の濫用、逸脱の違法があるから違法であると主張するので判断する。

令二四条は、「本邦からの退去を強制することができる」と規定しているが、入国審査官、特別審理官、被告大臣は、認定、判定、裁決をするにつき、令二四条該当の容疑者が同条の各号の一つに該当するかどうかを審査し決定しうるのみで、右該当者について事案の軽重その他の事情を考慮する余地は全くないし、また被告主任審査官は認定、判定、裁決が確定すると直ちに退去強制令書の発付をしなければならないことは、令に規定する退去強制手続の構造に照らして明らがであつて、裁量の余地はない。

したがつて、被告大臣及び被告主任審査官に自由裁量権があることを前提にする原告の主張は採用できない。

(三)  原告は、被告大臣が原告に対し特在許可を与えなかつたことにつき、裁量権の濫用ないし逸脱の違法があつたから、本件裁決及び本件処分は違法であると主張するので判断する。

1  法務大臣は、令四九条の裁決をする際、異議の申出に理由がないと認める場合でも、一定の要件があるときは、当該容疑者に特在許可を与えることができる(令五〇条)から、異議を棄却する裁決は、同時に、右特在許可を与えない処分としての性質があると解するのが相当である。したがつて、特在許可を与えない点に違法があれば、異議を棄却する裁決は違法になる。

そして、法務大臣による異議棄却の裁決があつた場合、主任審査官は、必ず退去強制令書を発付しなければならないから、法務大臣の裁決が違法であれば、主任審査官がこれに基づいて行う退去強制令書発付処分も違法になるというべきである。

2  先ず、原告は、法律第一二六号二条六項該当者が令二四条四号リに該当しても特在許可を与えるのが確立された行政先例であると主張する。

しかし、本件に顕われた証拠を仔細に検討しても、原告主張の行政先例のあることが認められる証拠は見当らず、却つて証人藤岡晋の証言によると、法律第一二六号二条六項該当者が令二四条四号リに該当した場合でも直ちに特在許可を与えるようなことはせず、その者の量刑の程度や生活の実態等あらゆる事情を総合的に判断したうえでその許否を決定しているのが入管行政の取扱であることが認められる。そうすると、原告のこの主張は採用できない。

3  次に、原告は、法律第一二六号二条六項該当者は、協定永住権者との均衡を考慮して、七年をこえる懲役又は禁錮に処せられた場合でなければ特在許可を与えるべきであると主張する。

しかし、協定永住権者は、地位協定の実施に伴なつて制定された特別法によつて一定の法的保護を受けている者であるから、それを受けていない者との間に退去強制される場合の基準の程度に差があつても、それを不合理に差別するものであるとまではいえない。

もつとも、証人藤岡晋の証言によると、入管では、昭和四七年ころ以降は、法律第一二六号該当者が懲役四年以下ぐらいの刑を受けた場合には、原則として特在許可を与えていたことが認められ、この認定に反する証拠はない。しかし、そのことから、法律第一二六号該当者が協定永住権者と同等に処遇するのが当時からの入管行政の取扱であるとまではいえない。

原告は、具体的な運用実態をみても、懲役八年の刑を受けた申京煥、懲役五年の刑を受けた姜孝一は、いずれも特在許可を与えられていると主張するが、量刑以外の事情についても原告と同種の事案であることの主張、立証がない以上、右事実が直ちに原告主張の行政先例の確立を裏付けるものではない。

4(1)  ところで、被告大臣が令五〇条による特在許可を異議申出をした容疑者に与えるかどうかは、被告大臣の広い自由裁量に属する。そのわけは、外国人の入国又は在留の許否は、条約などで特別の取扱のない限り、わが国が自由にきめることができる事柄に属するからである。したがつて、被告大臣は、令五〇条により特在の許否をきめるに当たり、国際情勢、外交政策などを考慮し、行政上の便宜ないし目的的見地から恩恵的措置として、その自由裁量の範囲内できめれば足りる。もつとも、この自由裁量の範囲は広いものであるといつても無制限ではなく、その裁量が甚しく人道に反するとか、著しく正義の観念にもとるといつた例外的な場合には、自由裁量の濫用ないし逸脱があつたものとして取消しの対象になると解するのが相当である。

(2)  そこで、この視点に立つて、被告大臣がした本件裁決、つまり原告に特在許可を与えなかつたことが前述した例外的な場合に該当するといえるかどうかについて判断する。

<証拠>を総合すると、次のことが認められ、この認定に反する証拠はない。

(ア) 原告は、昭和二五年六月一六日、滋賀県甲賀郡水口町で、朝鮮人父金武用、同母兪花子の子として出生し、日本の義務教育を受けて成長した。

父金武用は、昭和四年ころに両親とともに来日し、それ以後日本で生活したが、昭和三三年頃に死亡した。母兪花子は、日本で生まれて現在、水口町内に居住している。

(イ) 原告は、昭和四五年九月から同年一一月にかけて仲間と共謀のうえ、強姦致傷などの罪を犯し、その後保釈中の昭和四六年七月から同年九月下旬ころにかけて強盗などの罪を犯し、昭和四七年二月二二日、大津地方裁判所で懲役五年六月の判決を受け、右判決確定後滋賀刑務所に服役した。

(ウ) 原告は、右服役中、行刑成績を三級から四級へ降格されるなどその服役態度は必ずしもよくなかつたが、昭和五二年三月二七日、刑を終えて出所した。

原告は、その後、大村入国者収容所に収容されたが、昭和五四年一二月三日仮放免になつた。

(エ) 原告は、日本で成育したため朝鮮の言葉を理解することができない。

(オ) 原告には、扶養すべき妻子はいないが、母のほか四人の兄弟(姉も含む)があり、いずれも日本で居住している。

他方、送還先である朝鮮には、たよるべき親族がいるかどうか不明な状態にある。

(カ) 原告は、本邦に時価約一、〇〇〇万円相当の不動産を所有しており、また大村入国者収容所からの仮放免後、印鑑セールス業のかたわら贈答品などの取扱業をして月約一五万円位の収入を得ており、現在経済的に安定した生活をおくつている。

(キ) 原告の四人の兄弟は、いずれも定職と資産を有して経済的に自立しており、原告に対して援助を約束し、かつ母とともに原告が日本に在留することを強く希望している。

(ク) 原告は、犯罪にかかわる前の昭和四五年ころ胃潰瘍を患つて手術を受けたことがあり、現在も慢性副鼻腔炎にかかるなど健康状態がよいとはいえない。

(3)  以上認定の事実によると、次のことがいえる。

原告に特在許可を与えるについて有利な事情として、(ア)原告は、日本で出生し、成長したので日本の生活様式に慣れている反面、朝鮮については、その言葉さえ理解できないこと、(イ)原告は、相当の資産と職を有して経済的に安定した生活をおくつていること、(ウ)原告の両親も日本と深いつながりをもつており、現に、母親と四人の兄弟などの親族は日本に存在しているが、送還先である朝鮮には、原告のたよるべき親族がいるかどうか不明であること、(エ)経済的に自立している兄弟たちが、原告に対し援助を約束しており、母親を含めて原告が日本に在留することを強く希望していること、(オ)原告の現在の健康状態が必ずしもよくないこと、以上のことなどが挙げられる。

他方、原告に特在許可を与えるについて不利な事情として、(ア)原告は、昭和四五年九月ころから昭和四六年九月ころにかけて、仲間と共謀して相次いで、強姦致傷や強盗等のきわめて重大かつ悪質な犯行を重ね、右各犯行によつて日本の社会に重大な危険と不安を与えたこと、(イ)原告の刑務所での服役態度が必ずしもよくなかつたこと、(ウ)原告所有の不動産を処分して賃金をつくり、それによつて朝鮮での生活を築くことができること、(エ)原告には、扶養すべき妻子がおらず、また、原告の母の扶養は、他の兄弟に期待することができること、(オ)原告の現在の病気も、朝鮮で治療できないわけではないこと、以上のことなどが挙げられる。

このように本件に顕われた諸般の事情判旨をかれこれ検討したとき、被告大臣が、原告に特在許可を与えなかつたことが、甚しく人道に反し、著しく正義の観念にもとるとまでは到底断ずることができないから、結局、被告大臣には、原告が主張するような裁量権の濫用や逸脱があつたとするわけにはいかない。

(四)  原告は、本件裁決及び本件処分が、確立された国際法規及び憲法九八条二項に違反すると主張するので判断する。

原告の主張する国際赤十字の第一九回国際会議における「戦争、内乱その他政治的な紛争で生じた離散家族を再会させる決議」は、その成立の過程、形式からも明らかなように、あくまで道義の次元に位置するものにすぎず、確立した法意識に支持されて、国際法規にまで高められたものということはできない。

したがつて、原告のこの主張は理由がない。

(五)  むすび

以上の次第で、被告大臣がした本件裁決には、原告が主張するような違法はないし、本件裁決をうけて被告主任審査官が行つた本件処分にも違法はない。そこで、原告の本件請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき行訴法七条、民訴法八九条に従い、主文のとおり判決する。

(古崎慶長 寺田逸郎 北秀昭)

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