大阪地方裁判所 昭和53年(わ)2296号 判決 1979年5月02日
主文
被告人を懲役一〇年に処する。
未決勾留日数のうち三一〇日を右刑に算入する。
理由
<前略>
判示第三の事実は、被告人は物干に干してあつた藤井俊一所有の作業ズボンに火をつけることによつて、右作業ズボン及びこれと並べて右物干に干してあつた同人の妻生子所有のジーパンをも焼燬して器物を損壊したものであるが、刑法二六一条所定の器物損壊罪は告訴を待つて論ずべき罪であるところ、本件記録上は、藤井生子が右作業ズボンとジーパンに関して告訴した事実は認められるものの、藤井俊一が告訴した事実は認められないので、藤井生子がその所有でなく藤井俊一所有の右作業ズボンについて、刑事訴訟法二三〇条にいう「犯罪により害を被つた者」でないとすると、右作業ズボンに対する器物損壊の点については告訴が欠けており、これを処罰の対象となしえないのではないかと考える余地も存するが、昭和四五年一二月二二日の最高裁判所第三小法廷判決(最高裁判所刑事判例集二四巻一三号一八六二頁)は、刑事訴訟法二三〇条にいう「犯罪により害を被つた者」は毀棄された物の所有者に限られないとしているところであり、本件において、藤井生子は右作業ズボンの所有者ではないが、その所有者である藤井俊一の妻として藤井俊一と同居して共同生活を送つている者であり、右作業ズボンはその性質上もつぱら藤井俊一の着衣として用いられた物であつても、とくに高価なものではなく日常生活用の着衣として一般的にその修理、洗濯などは妻である藤井生子が日常の家事としてこれを行うものと認められるから、右作業ズボンは藤井俊一、生子夫婦の共同生活に供されるため同夫婦の共同管理下にあつた器物というべきであり、このような関係の下では藤井生子もまた共同生活体の一員として「犯罪により害を被つた者」ということができ、告訴権を有するものと解するのが相当である。
そうすると、被告人の右作業ズボンに対する器物損壊の点についても告訴が存することになるので、これを本件処罰の対象となしうることは明らかである。<以下、省略>
(野間禮二 森岡安廣 河村潤治)