大阪地方裁判所 昭和53年(わ)2803号 判決
以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。
【判旨】
(弁護人の主張に対する判断)
一弁護人の主張
1 監獄法第五〇条は検閲等左監者の信書受授の制限に関し、これを同法施行規則に委任しており、さらに右規則の再委任にもとづき、刑事被告人の発する信書に関し、昭和二六年九月刑政長官通牒矯保甲第一二九二号が発せられている。そして右通牒の内容は
イ 信書の検閲によつてその信書が犯罪を構成するものと認められる場合には、本人にこの旨を伝え自発的に発信を止めさせてこれを領置する。但し事案によつて直ちに刑事手続によることを必要と認めるときは速かにこれが差押令状の発布を求める手続をなすこと。
ロ 右イの本文の措置に対して本人がなおこれを不当として発信を主張して譲らないときは犯罪構成容疑の書信として検察官に連絡し裁判官の差押令状により差押の措置をとること、もし裁判官が犯罪成立せずとして令状請求を却下したときは発信を許すこと。
ハ 信書の内容が施設の管理運営上発信を適当としないものについては、その長の意見により被告人の意思の如何にかかわらずその部分を抹消することができる。
ニ 以上の措置をとるについては常に関係検察庁と連絡を怠らないこと。というものである。
にもかかわらず、大阪拘置所当局が本件手紙二通につき、検察庁に連絡して裁判官に差押令状を請求したこともなければ、不適当な部分を抹消した形跡も全くない。もし拘置所当局において右通牒を忠実に遵守しておれば、本件は起らなかつたのである。結局大阪拘置所は本件脅迫文書を右通牒の趣旨に違反して発信せしめ、それを大阪地方検察庁が起訴したものであつて、右公訴提起の手続がその規定に反したため無効であることは明らかであるから、右公訴は刑事訴訟法第三三八条第四号にもとづき棄却せられるべきである。
2 本件脅迫文書の発送は、被告人が被害者服多育代が前の情夫細川健と復縁することを阻止し、あわせて同女に面会に来させ、情状証人として証言してくれるよう説得することにあつた。被告人としては、育代の証言確保のために外に採るべき何らの手段もなかつたのであるから、本件脅迫文書の発送は可罰的違法性を欠き、構成要件該当性を阻却するものである。
3 本件文書の名宛人は内妻であり、しかも拘置所の検閲も通過しているので、被告人は本件脅迫行為が処罰の対象となるとは全く考えていなかつた。それ故、被告人には違法性の意識の可能性も無かつたものというべく、これをもつて脅迫罪に問擬されるいわれはない。
二当裁判所の判断
1 刑事訴訟法第三三八条第四号該当の主張について
論旨は、要するに拘置所係官が昭和二六年九月二七日刑政長官通牒矯保甲第一二九二号の趣旨に従い、本件脅迫文書二通の発信を禁止しておれば本件は発生しなかつた道理であるにもかかわらず当係官において右措置をとることなく慢然これの発信を許可して被害者服多育代に到達せしめ、他方大阪地方検察庁検察官は右文書の発送をもつて脅迫罪に問擬したのは国家意思を二分する違法があり、ひいては刑事訴訟法第三三八条第四号所定の公訴提起の手続がその規定に違反したため無効であるときに該当するというものである。
よつて検討するに、大阪拘置所係官は、脅迫文書であることが一見して明白である本件文書二通を検閲しながら、検察官に連絡してその差押のための措置を求めることなく、その発信を許可したことが証拠上推測され。これが弁護人挙示の昭和二六年九月二七日刑政長官通牒矯保第一、二九二号の定める措置と異なるものあることは明らかである。しかしながら、未決勾留の目的は逃亡の防止と証拠隠滅の防止にあり、刑事被告人の授受する文書の検閲も主として右の見地からなされるのであるから、拘置所保管のなした前記発信許可の措置の瑕疵は必ずしも大ではないといわなければならない。のみならず、刑事訴訟法第三三八条第四号に該当するのは、訴訟関係の法的安定を確保する意味においても起訴状の提出なく訴訟係属を生じた場合、訴因の記載がないか、又は著しく特定を欠く場合、少年につき家庭裁判所を経由することなく公訴を提起する等、公訴提起の手続が明白に法規定に違反する場合等に限ると解すべきであつて、拘置所係官による前記脅迫文書発送の許可の如きはこれに包含されるものではないと解するのが相当である。さればこの点に関する弁護人の主張は採用することができない。
2 可罰的違法性が存在しない旨の主張について
前掲各証拠、特に被告人の捜査官に対する供述調書によると、被告人は大久保育代の母大久保春子から、育代が以前の情夫細川健と復縁したことを聞知し、立腹の余り、前後の見境もなく本件脅迫文書を右大久保育代に送りつけたことが認められ、その動機、態様において可罰的違法性に欠ける点はないことが明らかであるから、弁護人の右主張も採用することができない。
3 違法性の意識ないしその可能性がなかつた旨の主張について、
右はいずれも故意の要件でないと解すべきであるから、弁護人の主張は採用の限りではない。のみならず被告人は被害者服多育代が細川健と復縁したことを察知し身柄を拘禁されているもどかしさも手伝つて立腹の余り同女を報復的に威怖させる目的で本件脅迫文書を発送したことが認められ、右が違法であることは十分認識していたことは明らかである。
(平井和通)