大阪地方裁判所 昭和53年(わ)3179号 判決 1979年8月15日
被告人 村上進
昭二六・一・一四生 配管工
主文
被告人を懲役二年に処する。
未決勾留日数中一〇〇日を右刑に算入する。
この裁判の確定した日から三年間右刑の執行を猶予する。
押収してある運転免許証一通(昭和五三年押第一〇七〇号の一)及び履歴書一通(同押号の二)を没収する。
訴訟費用は全部被告人の負担とする。
理由
(罪となる事実)
被告人は、
第一 自己の住民登録がないため自動車運転免許の試験を受けることができないので、友人の東田眞典(以下、東田という。)の名義を冒用して右試験に応じ免許証の下付を受けようと企て、昭和五一年一二月一〇日ころ、大阪府門真市大字一番無番地同府警察本部交通部自動車運転免許試験場で、行使の目的をもつて、ほしいままに、同試験場備付の運転免許申請書用紙一枚の氏名欄に「東田眞典」、生年月日欄に「<昭>24・9・14」、本籍国籍欄に「大阪府門真市大字北島16番地」、住所欄に「大阪府寝屋川市寿町3―7」を各冒書し、もつて右東田作成名義の運転免許(普通免許)申請書一通を偽造し、同日同所で、これを自己の写真等とともに同府公安委員会あてに、真正に成立したもののように装つて提出行使し、あたかも被告人が右東田であるかのように振舞つて前記運転免許試験を受けて合格し、同月二四日右公安委員会担当係員をして、自動車運転免許(普通免許)証に右東田が右免許を受けたものである旨の不実の記載をさせてその下付を受け、もつて免状に不実の記載をさせ
第二 右東田を詐称して就職しようと企て、同五三年三月二七日ころ、同府寝屋川市田井西町三二番七号東田方で、行使の目的をもつてほしいままに、ボールペンを用い、履歴書用紙一枚の氏名欄に「東田眞典」、生年月日欄に「昭和24・9・14」、現住所欄に「寝屋川市寿町3―7」を各冒書するなどし、もつて右東田作成名義の履歴書一通を偽造し、同月二九日ころ、同市松屋町一二の四松樹運送店こと松崎寛己方で、採用のための面接に際し、同人に対し、真正に成立したもののように装つて提出して行使し
第三 同五二年二月一一日午後一時五五分ころ、同市日新町二五付近路上で、同府寝屋川警察署司法警察員巡査車谷博久から同所における初心運転者遵守事項違反の事実について取調べを受けた際、行使の目的をもつて、ほしいままに、ボールペンを用い、同巡査作成の右初心運転者遵守事項違反の交通事件原票(告知書番号(ひ)七〇四三六二号)中「道路交通法違反現認報告書記載のとおり違反したことに相違ない」旨印刷された供述書(甲)欄に「東田眞典」と冒書し、その名下に指印し、もつて右東田作成名義の事実証明に関する右私文書一通を偽造し、即時同所で、同巡査に対して、真正に成立したもののように装つてこれを提出して行使し
第四 同年三月二三日午後一一時三四分ころ、同市石津元町一五付近路上で、同署司法警察員巡査谷山武雄から同所における前同様の違反事実について取調べを受けた際、行使の目的をもつて、ほしいままに、ボールペンを用い、同巡査作成の前同様の交通事件原票(告知書番号(ひ)七〇四八三二号)中前同様の供述書(甲)欄に「東田眞典」と冒書し、その名下に指印し、もつて右東田作成名義の事実証明に関する右私文書一通を偽造し、即時、同所で同巡査に対して真正に成立したもののように装つて、これを提出して行使し
第五 同年四月一日午前一〇時二四分ころ、福井県武生市庄町四二字蛇田北陸自動車道武生インターチエンジ内福井県警察本部高速道路交通警察隊警察官詰所で、同警察隊司法警察員巡査藤本修から、右武生インターチエンジ付近路上における前同様の違反事実について取調べを受けた際、行使の目的をもつてほしいままに、ボールペンを用い、同巡査作成の前同様の交通事件原票(番号福井五二九〇六九号)中前同様の供述書(甲)欄に「東田眞典」と冒書し、その名下に指印し、もつて右東田作成名義の事実証明に関する右私文書一通を偽造し、即時同所で、同巡査に対し、真正に成立したもののように装つてこれを提出して行使し
第六 同年七月二八日午後一時二二分ころ、大阪府寝屋川市豊野町二六番二六号同府寝屋川警察署で、同署司法警察員巡査本荘峰子から、同市池田西町一先付近路上における駐車違反の事実について取調べを受けた際、行使の目的をもつてほしいままに、ボールペンを用い、同巡査作成の右駐車違反の交通事件原票(告知書番号(ひ)八〇六二〇九号)中前同様の供述書(甲)欄に「東田眞典」と冒書し、その名下に指印し、もつて右東田作成名義の事実証明に関する右私文書一通を偽造し、即時同所で、同巡査に対し、真正に成立したもののように装い、これを提出して行使し
第七 同年八月三一日午後一〇時四分ころ、同市八坂町一八番地先路上で、同署司法警察員巡査永友久夫から、同市東大利町一―五先付近路上における右折禁止違反の事実について取調べを受けた際、行使の目的をもつてほしいままに、ボールペンを用い、同巡査作成の右右折禁止違反の交通事件原票(告知書番号(ひ)六六六八八五号)中前同様の供述書(甲)欄に「東田眞典」と冒書し、その名下に指印し、もつて右東田作成名義の事実証明に関する右私文書一通を偽造し、即時同所で、同巡査に対し、真正に成立したもののように装い、これを提出して行使し
第八 同年九月一六日午前一一時ころ、同署で、同署司法警察員巡査中山純一から、同月一四日の同市木屋町一番五号先路上における業務上過失傷害の事実について取調べを受けた際、行使の目的をもつてほしいままに、ボールペンを用い、同巡査作成の右業務上過失傷害被疑事件の被疑者供述調書の供述人欄に「東田眞典」と冒書し、その名下に指印し、もつて右東田の署名を偽造し、即時同所で、同巡査に対し、真正に成立したもののように装つて、これを提出して、偽造した署名を使用し
たものである。
(証拠の標目)(略)
(法令の適用)
被告人の判示第一の所為のうち、有印私文書偽造の点は刑法一五九条一項後段に、同行使の点は同法一六一条一項、一五九条一項に、免状不実記載の点は同法一五七条二項、罰金等臨時措置法三条一項一号に、それぞれ該当し、判示第二ないし第七の各所為のうち、各有印私文書偽造の点は、それぞれ刑法一五九条一項後段に、各同行使の点はそれぞれ同法一六一条一項、一五九条一項に該当し、判示第八の所為のうち、私印偽造の点は同法一六七条一項に、私印不正使用の点は同法一六七条二項後段、同条一項にそれぞれ該当するが、判示第一の罪の有印私文書の偽造とその行使と免状不実記載との間には順次手段結果の関係があり、判示第二ないし第七の各罪の有印私文書の各偽造とその各行使との間、判示第八の罪の私印偽造とその不正使用との間にはそれぞれ手段結果の関係があるので、いずれも同法五四条一項後段、一〇条により一罪として判示第一の罪については刑及び犯情の重い偽造有印私文書行使罪の刑で、判示第二ないし第七の各罪についてはそれぞれ犯情の重い偽造有印私文書行使罪の刑で、判示第八の罪については犯情の重い偽造私印不正使用罪の刑でそれぞれ処断することとし、以上は同法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により刑及び犯情の最も重い判示第一の罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役二年に処し、同法二一条を適用して未決勾留日数中一〇〇日を右刑に算入することとし、情状により同法二五条一項を適用してこの裁判の確定した日から三年間右の刑の執行を猶予し、押収してある運転免許証一通(昭和五三年押第一〇七〇号の一)及び履歴書一通(同押号の二)は判示第一の不実記載免状行使及び同第二の偽造有印私文書行使の組成物件で、なんびとの所有をも許さないものであるからそれぞれ同法一九条一項一号、二項本文を適用してこれを没収し、訴訟費用については、刑訴法一八一条一項本文により全部これを被告人に負担させることとする。
(判示第一の有印私文書偽造、同行使について名義人の事前の承諾と犯罪の成否)
弁護人は、判示第一の有印私文書偽造、同行使について名義人である東田眞典の事前の承諾があつたから、被告人は無罪であると主張する。
そこで、まず、右私文書である運転免許申請書の名義人である東田眞典の事前の承諾の有無について検討してみると、東田が右承諾をしていないことを証する証拠としては、証人東田眞典の当公判廷における供述(第一、二回)があるだけであるが、右東田証言は、承諾の有無に関して、次に述べるような理由で、直ちに措信することができない。すなわち、(ア)東田証言は、弁護人の指摘するごとく第一回と第二回とでは、被告人が大阪方面では住民票がとれなかつたことを知つていたかどうか、また、本件犯行当時、職場からの帰途被告人と一緒であつたかどうかについて、異つているなど、第一、二回全体として、それ自体でも、特に信憑性が高いとも思われないこと、(イ)他方、被告人は、捜査段階から一貫して、運転免許申請については東田名義ですることにつき東田の承諾があつた旨供述しており(履歴書については、当初から、その承諾がなかつた旨自供している)、その供述内容も、東田が本籍等をメモしてもらつた際、眞典の「眞」の字の書き方につき注意を受けていた、あるいは、免許証を取得後、更新させないで失効させる約束であつたなど、詳細、具体的、かつ、合理的であること(なお、本籍等について、二年間同居していたとしても、それを知る機会がそう多くあるとも思われず、東田にメモしてもらつたという供述は首肯できる。)、(ウ)被告人や東田眞典らとかつて同じ職場にいた証人奥田一弘は、当公判廷で、同人が直接、東田眞典から「村上が自分の住民票がない。それで自分のを貸している。」と聞いている旨述べていること。もつとも、同証人の仕事を被告人が逮捕直前まで手伝つていた関係から、被告人に殊更に有利な証言をした可能性を全く否定することはできないにしても、しかし、その供述態度、証言内容及び他の証拠との対照の結果等に徴すると、その可能性は極めて少いと思われること、(エ)証人北川清子は、被告人や東田、奥田とかつて同僚であつた服部吉伸から、同人もまた、東田が被告人に運転免許取得に際し名義を貸していたことを当時知つていたと窺われるような言動を同証人に対して示した旨の供述を当公判廷でしていること。もつとも、証人服部吉伸は、公判準備期日及び当公判廷において、これを否定しているが、証人北川は、被告人との身分関係を考慮したとしても、証言態度、証言内容等に徴して、うその証言をしているとも思われず、服部証言よりも信憑性は高いと思われること。(オ)被告人は、昭和五二年九月業務上過失傷害事件を惹起し、その際、その件で検察官の取調べを受けているが、検察官の釈明及び被告人の司法警察員に対する昭和五三年七月二七日付供述調書二項、被告人の当公判廷における供述を総合すると、検察庁が葉書で東田眞典宛呼出状を発送し、これを受領した同人が当時既に東田方を出ていた被告人にこれを届け、そこで、被告人が出頭して取調べを受けた可能性が大であると思われ、そうすると、東田眞典は、被告人が東田眞典名義で免許を取得していた可能性が大であり、その時点での告訴等もないことから考えると、当初から、東田眞典が被告人に承諾を与えていた可能性も大であると思われること。(カ)検察官は、仮りに東田眞典が名義貸しを承諾していたとすると、被告人の所持していた免許証を取りあげ、更に被害を受けることのなくなつた時点で、自己の刑事責任の追及もされかねない本件告訴は、自殺行為にも等しく、不合理であると主張するが、東田自身が刑事責任を追及されることまで思い及ばず、感情のもつれなどから、告訴に至つた可能性も考えられなくもないのであつて、必ずしも不合理だとも思わないこと。
以上の諸点を総合すると、結局、東田証言(第一、二回)の信憑性はそう高いとも思われず、むしろ、奥田、北川各証言及び被告人の捜査官に対する供述、被告人の当公判廷における供述の方が信憑性が高いというべきである。したがつて本件運転免許申請書作成にあたり、東田眞典が自己の名義ですることを被告人に対して事前に承諾していた可能性は極めて大であつて、他に特段の事情等も見当たらない以上、そう認めるのが相当である。
そこで、進んで、他人名義の運転免許申請書作成につき名義人の事前の承諾があつた場合における有印私文書偽造罪ひいては同行使罪の成否を検討することとする。
まず、有印私文書偽造において、名義人の事前の承諾がある場合には、一般的には、刑法一五九条一項の構成要件に該当しないと解されている。しかし、思うに、同条の立法趣旨とするところは、被冒用者の利益を保護しようとするものではなく、権利、義務又は事実証明に関する文書等に対する公共信用性を確保しようとするものであつて、かかる文書は、日常社会生活において、取引等の確実性を担保するものとして、重要な意義を有しているのである。換言すれば、一般には、名義人が事前に承諾を与えていれば、その文書についての責任は名義人が負うこととなり、文書の公共信用性を何ら損うことはないものと思われる。これに対し、たとえ、文書の名義人が事前に承諾を与えていたとしても、その文書の性質上、文書についての責任を名義人がとることができない場合には、その文書の公共信用性は損われるものといわなければならない(このことは、その文書が、私の手続内で使用される場合でも径庭を生じないと解される。)。かかる所為は、その立法趣旨に照らしても、刑法一五九条一項に該当し、又その行使は同法一六一条一項、一五九条一項に該当すると解すべきである。
そこで、本件についてこれをみるに、およそ、運転免許は、道路交通法に従い、公安委員会が申請者に下付するものであつて、名義を偽つて運転免許申請をした場合には、たとえ名義人が事前にこれを承諾していたとしても、その結果が名義人に生じるものではなく(被告人に交付された運転免許証が東田眞典名義でも、同人が運転免許を取得したといえないことは自明である。)、このような運転免許申請行為の要素たる申請書の公共信用性の損われることは自明である。したがつて、作成名義人である東田眞典が事前に承諾していたとしても、被告人が東田眞典名義で運転免許申請書を作成した行為は、刑法一五九条一項に該当し、その行使は、同法一六一条一項、一五九条一項に該当するものである。
なお、本件ではその余の私文書について、東田眞典の事前の承諾が存したという証拠はない。
よつて、主文のとおり判決する。
(裁判官 萩原昌三郎)