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大阪地方裁判所 昭和53年(タ)33号・昭53年(タ)21号 判決

以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。

【判旨】

一補助参加人らは、本件各訴が原告による訴権の濫用であると主張する。

そして、昭和五三年(タ)第二一号認知請求事件の訴が昭和五三年二月三日、同年(タ)第三三号認知無効確認請求の訴が昭和五三年二月九日、それぞれ提起されたことは記録上明らかであり、<証拠>によると、原告出生の月は昭和四年一月一〇日、A死亡の日は、昭和二二年一月二四日、B死亡の日は昭和五〇年二月六日であることが認められ、補助参加人ら主張のとおり、本件認知請求の訴が、原告が成人して二〇年以上経過し、かつ死後認知請求期間満了の三日前に提起されたものであり、本件認知無効確認請求の訴がA死亡後三〇年を経過した後に提起されたものであることは明らかである。

しかし、認知制度は親子関係の確定という身分秩序の根幹に関わる制度であるから、子の父又は母に対する認知請求権はこれを放棄することができないものとすら解されているのであつて、民法は父又は母の生存中は子の認知請求の期間について何らの制約も加えず、ただ父又は母の死亡した後についてのみ、相続その他の法律関係の安定を図るため、同法第七八七条但書によつて、その死亡後三年を経過したときは認知の請求をすることができないものとしているに過ぎない。

従つて、右の出訴期間を徒過しない限り、認知の訴をいつ提起するかは子の自由な意思に委ねられているものと解する外はないから、本件認知の訴が、前記の如くBの生存中には提起されないで出訴期間満了の直前に提起されたため、補助参加人らがこれに対する充分な防禦方法を講じることができなくなつたとしても、そのことだけで右訴を訴権の濫用ということはできないし、また本件においては、後に認定する如く、原告は昭和一一年ころからBに養育されて、昭和二〇年一一月二一日B・C夫婦と養子縁組をしており、昭和二五年四月一日右養子縁組が解消された後も昭和三六年頃から右夫婦と家族ぐるみの付合いをしていたのであつて、原告がBを信頼していたことが窺われるところ、B夫婦が昭和四五年八月七日Dを養子に迎えたために自らの身分上の地位に不安を感じ、Bの死亡に至るまで同人からその実子であることの確認を得ようとしていた原告が、その死亡後に本件認知の訴を提起したことはむしろ自然というべきであつて、原告が不当な意図の下に故らに時機を遅らせて右訴の提起に及んだものとは考えられない。

次に、補助参加人らは認知無効の訴についても民法第七八七条但書の規定を準用すべきものと主張するけれども、右訴の出訴期間については民法及び人事訴訟手続法上何らの制限規定もないのみならず、右訴は、婚外親子間に積極的に親族効果を発生させることを目的とする認知の訴とは異り、第三者のした真実に反する認知の効力を否認しようとする訴であつて、これに民法第七八七条但書を準用すべきものとする合理的な理由は見当らない。

また、本件認知無効の訴が前記認知の訴の前提をなすものとして提起されたことは明らかであり、原告が故らに時機を遅らせて右認知無効の訴を提起したと考えることができないことは、前記説示と同様である。

従つて、補助参加人らの前記主張は、いずれの点からしても失当とする外はない。

(中川臣朗 大串修 河村潤治)

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