大阪地方裁判所 昭和53年(モ)14357号 決定 1979年5月31日
申立人 棚池正伸
相手方 ダイハツ工業株式会社
主文
一 本件について、池田市ダイハツ町一番一号所在相手方本店において、左の証拠調をする。
1 書証
相手方作成保管にかかる昭和四一年五月一六日以降昭和五四年五月三一日までの労働基準法所定の賃金台帳のうち、別紙目録(一)、(二)記載の者らに関する部分
2 提出命令
相手方は右の者らに関する部分を本件証拠調期日において提出せよ。
二 本件証拠調期日を昭和五四年六月二二日午後二時と指定する。
理由
一 申立人は、相手方の申立人に対する不当な差別により、申立人が申立人と年令、勤続年数がほゞ同一である別紙目録(二)記載の者らとの間で昇格、賃金面等で差別取扱がなされているとして、現に支給されている給与額と本来正当に昇格昇給していたならば得ているであろう給与額との差額分の賃金請求、もしくは同額の損害賠償請求訴訟の準備中であり、その賃金の格差の存在及びその程度を立証するため、証拠保全の申立の中で、主文掲記の賃金台帳の提出を求めている。
二 賃金台帳は、使用者が、労働基準法一〇八条、一〇九条の規定に基づき、各労働者について、労働日数、労働時間数、基本給、手当など賃金計算の基礎となる事項及び賃金の額を記載するもので、本来、使用者が労働の実績と支払賃金との関係を明確に記録し、その額を把握するための資料とすることを目的として作成されるものであるが、他面、法が使用者にその保存を義務づけ、その義務違反に対しては罰金が課せられるとしていることからすると、賃金台帳は、労働者の権利関係に関する証拠を保全し、労使紛争を予防するとともに行政上の監督に資するためにも作成されるものであるということができる。
三 そこで、本件賃金台帳(別紙目録(一)、(二)記載の者らに関する部分)が民訴法三一二条三号後段の文書に該るか否かにつき検討するに、右規定が証拠の偏在という状況のもとで訴訟当事者間の実質的平等、公平を回復することにより訴訟における真実の発見に資するとともに、他面、所持者に対し提出義務を課するが故にその利益を害することに鑑み、その提出すべき文書の範囲を画したものと解されることからすると、挙証者と所持者との間の法律関係に付き作成された文書とは、第一に、契約書などのように挙証者と所持者との間の法律関係それ自体を記載した文書だけでなく、その法律関係の構成要件事実の全部又は一部を記載した文書をも包含すること、第二に、当該文書が、挙証者と所持者との間の法律関係それ自体、もしくはその法律関係を裏付ける事実を明らかにすることを予定して作成されたものであることを要し、専ら所持者又は作成者の内部的な自己使用の目的で作成されたにすぎないものはこれには該らないこと、第三に、当該文書には、挙証者と所持者の双方にとつて共通に関連する事項が記載されていなければならないが、所持者が単独で作成し又は挙証者と共同で作成したかを問わないものというべきである。
本件についてこれをみるに、賃金台帳に記載されるべき事項は前記のとおりであるから本件賃金台帳にもこれらの事実が記載されていることは明らかであるところ、右記載事項は申立人主張の債務不履行又は不法行為法律関係それ自体に関するものではないけれども、申立人主張の賃金の格差の存在及びその程度は、申立人に関する賃金台帳と申立人と年令、勤続年数のほゞ同一である別紙目録(二)記載の者らに関する賃金台帳とを比較対照することにより明らかになりうることからすると、本件賃金台帳には、右の法律関係の構成要件事実の一部が記載されているものということができ、右記載事実は申立人、相手方双方にとつて共通に関連する事項であり、また、賃金台帳が本来使用者の便宜のために作成されるものではあるが、他面、前述のように労使紛争の予防解決のためにも作成されるものであることからすると、本件のような差別がなされているか否かを明らかにすることをも予定して作成されるものといえるから、相手方が単独で作成するものとはいえ、本件賃金台帳は申立人と相手方との間の法律関係に付き作成された文書ということができる。
四 よつて、申立人の本件申立は理由があるので、主文のとおり決定する。
(裁判官 下山保男)
(別紙) 目録(一)、(二)<省略>