大阪地方裁判所 昭和53年(ワ)1033号 判決 1979年10月05日
原告 新谷宗敬
原告 新谷和子
右原告ら訴訟代理人弁護士 西枝攻
同 市野勝司
被告 大阪府
右代表者知事 岸昌
右訴訟代理人弁護士 大野峯弘
右指定代理人 片山正敏
<ほか一名>
主文
原告らの請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は原告らの連帯負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は原告両名に対し、それぞれ金九四二万四六八七円およびこれに対する昭和五二年三月二三日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
主文同旨
第二当事者の主張
1 事故の発生
訴外新谷雅彦(昭和四八年二月八日生れ、当時四歳、以下雅彦という)は、昭和五二年三月二三日午後三時二〇分ころ、大阪府茨木市南安威二の四大阪府営安威団地B三棟南側団地内公園(以下本件公園という)の滑り台で滑降遊興中、右滑り台滑降斜面に近い手摺部に両端を結び、滑降斜面に垂らして放置されていた長さ約五・四メートルの木綿製の紐(以下本件紐という)が同人の首に纒わり頸部を括られた状態になったため、同日午後三時三〇分ころ、同所で縊死するに至った。
2 被告の責任
(一) 本件滑り台設置、管理の瑕疵に基く賠償責任
(1) 被告大阪府は、普通地方公共団体であって本件公園に本件滑り台、鉄棒などを設置、所有し、管理している。
(2) 本件滑り台は、安威団地B三棟とB四棟の間の空地に設置されている。ところで、本件滑り台を同団地B三棟とB四棟に平行になるように設置すれば、両棟の居住者全てが滑り台の滑降斜面を見渡すことができ、滑降斜面上において本件のような事故が発生したとしても、その発見は容易かつ確実になすことができたものであるところ、本件滑り台は、B四棟側に滑降斜面が来る形でB三棟とB四棟に直角になるように設置され、B三棟居住者からは滑降斜面の見通しが困難であり、とくに原告らの居住場所からは滑降斜面を見通すことが不可能な状態に設置されたもので、その設置方法に瑕疵があり、そのため本件事故が発生したものである。
(3)(イ) 本件事故当時、本件滑り台には滑降斜面に近い手摺部に下端を結び、輪状に垂らした本件紐が付着したまま放置されていた。
(ロ) ところで本件公園は安威団地の付帯設備として主に団地入居者の子息である幼児の利用に供せられ、ことに本件滑り台は、その性質上幼児の遊戯に供する遊戯設備であり、その通常の利用者は危険を予知し、これを回避する判断能力も未熟で体力も弱く、一旦危険な状態に陥ち入るや自力で危険から脱する智能、体力の乏しい幼児に限られていたのであるから、本件滑り台の管理者である被告は、本件滑り台について常時その安全な維持、管理について十分確認し、危険物の付着などのなき状態を維持すべきであったのにこれを怠り、本件滑り台の安全確保に最小限必要な外面からの点検すら実施せず放置していたため、一ヵ月以上前から本件滑り台の滑降斜面に近接する手摺部に結びつけられて付着していた本件紐を発見除去せずそのまま放置したものであって管理に瑕疵があったこと明らかである。
(二) 公務員の不法行為による賠償責任
(1) 訴外安田昭二は、被告大阪府の職員であり、被告大阪府茨木管理事務所管理人として本件公園維持・管理の職務に従事していた。
(2) 右安田および被告大阪府には、本件滑り台等の補修・保管義務、安全保持義務が存するところ、前述した本件滑り台の利用状況に照らせば、右安田および被告大阪府において本件滑り台の点検をし、紐等危険物の付着等を発見した場合にはこれを除去すべき義務がある。
(3) 右安田および被告大阪府は、本件滑り台の安全確保に最少限必要な外面からの点検すら実施せず放置していたため、一か月以上前から本件滑り台の滑降斜面に近接する手摺部に結びつけられて付着していた本件紐を事前に発見し除去することができなかったものであって、その過失は明白である。
3 損害
(一) 原告らは雅彦の実父母であるところ、原告らは葬儀費三〇万円(各一五万円)を支出した。
(二) 逸失利益 金一〇〇四万九三七四円
雅彦は死亡当時四才の男児であったところ、昭和五〇年度一八歳賃金センサス年間給与額は金一一三万七〇〇〇円であるから、生活費を五〇パーセントとして控除すると、逸失利益は金一〇〇四万九三七四円となる。
(就労可能年数、稼働期間一八歳から六七歳ホフマン係数一七・六七七)
(三) 慰藉料 金七〇〇万円
(四) 相続原告両名は、雅彦の実父母であり、昭和五二年三月二三日、雅彦死亡により(二)(三)をそれぞれ各二分の一の割合で承継した。
(五) 弁護士費用 各七五万円
よって、原告らは国家賠償法に基づき被告に対し、それぞれ前記損害金九四二万四六八七円とこれに対する本件事故の日である昭和五二年三月二三日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否および反論
1 請求原因1記載の事実のうち、雅彦が昭和五二年三月二三日当時満四歳の幼児であり、同日午後三時三〇分ころ死亡したことは認め、その余は不知。
2 請求原因2記載の事実のうち
(一) (一)の(1)は認める。
(一)の(2)のうち本件滑り台が安威団地B三棟とB四棟の間の空地に設置されていることは認め、その余は否認する。本件公園は場所的環境を考慮して棟間の安全な場所に設置されており、本件滑り台は利用者が幼児であるため利用上の危険が生じないよう安全を保持し得る構造で設置されているから、通常の安全性を欠くことがない。また本件滑り台の方向がどちらを向いていても本来の安全性に関係がないので、三、四棟の入居者全員に滑降斜面が見えるとか見えないとかは本件滑り台の設置方法の瑕疵にはあたらない。
(一)の(3)(イ)は不知、(ロ)は否認する。
(二) (二)の(1)は認める。
(二)の(2)、(3)はいずれも否認する。
3 請求原因3記載の事実のうち、原告両名が雅彦の実父母であり、雅彦が昭和五二年三月二三日に死亡したことは認め、その余は否認する。
4 被告の主張
(一) 本件滑り台は利用者が幼児であるため利用上の危険が生じないよう安全を保持しうる構造で設置されており、その管理とは右の設置目的に従い、故障毀損が生じたとき、補修して滑り台の構造に欠陥がなく、常に良好な状態で利用できるよう維持保全することであり、被告は右管理事務を管理人である訴外安田に処理させているが、他方公営住宅法二一条は、公営住宅の入居者は、当該公営住宅または共同施設について必要な注意を払い、これらを正常な状態において維持しなければならないと規定しており、入居者はこのことを承諾して入居したのであるから、住宅および共同施設について保管義務を負い、したがって入居者は、本件滑り台を正常な状態に維持するために必要な注意を払い、欠陥の有無を点検し、欠陥を発見した場合、管理人に通知する義務があるのであって、仮に入居者が本件滑り台に紐が付着していることを発見し、紐が付着していることで正常な状態を維持できないと考えるなら、紐を除去すべき義務を有している。その反面、被告大阪府の管理義務は、右通知に基づいて欠陥個所を調査し、補修する義務があるのみであって、右通知に先立ち滑り台の欠陥の有無を点検し、欠陥を発見する義務までは負わないのであり、管理人である安田にも紐の付着を点検し、これを発見した場合除去する義務まではなかった。
(二) 本件紐は、何者かが事故の直前かせいぜい一、二日前本件滑り台に付着させたものであると考えられるので、事故当時本件滑り台は通常有すべき安全性を有していたものである。また、仮に一か月以上も本件滑り台に紐が付着したまま放置されていたとするならば、それは本件紐が事故の直前または前日位まで滑降台上になく下に垂れ下げられてあったというような通常一般人から見て危険性が予測できない状況のもとに放置されていたと考えられるから、通常一般人にとって危険発生の予測可能性がなく、被告および前記安田にとって管理可能性が全くない場合である。
(三) 本件事故は、原告らが雅彦に対する監護義務を怠った一方的過失に起因するものである。
第三証拠《省略》
理由
一 請求事実のうち、雅彦が昭和五二年三月二三日当時満四歳の幼児であり、同日午後三時三〇分ころ死亡したことは当事者間に争いがなく、《証拠省略》によれば、雅彦は本件公園の滑り台で滑降遊戯中、右滑り台滑降斜面に近い手摺部に両端を結び、滑降斜面に垂らしてあった紐で頸部を括られた状態になり縊死したものであることが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。
二 請求原因2(一)(1)記載の事実は当事者間に争いがない。
三 原告は本件滑り台の設置に瑕疵がある旨主張する。本件滑り台が安威団地B三棟とB四棟の間の空地(本件公園)に設置されていることは当事者間に争いがなく、《証拠省略》によれば、本件滑り台は、右B四棟側に滑降斜面が来る形でB三棟とB四棟に直角になるように設置されていることが認められる。ところで《証拠省略》によれば、本件公園ないし本件滑り台は、B三棟とB四棟の間という保護者らの目の届き易い位置でかつ自動車が進入できない安全な場所に設置されており、原告らの居室から本件滑り台の滑降斜面を見通すことも可能であること、本件滑り台の利用者は幼児が多いけれども、幼児がこれを利用する場合には大体保護者がつきそって監視をしている状況にあることなどの事実が認められ、右事実に照らせば、本件滑り台がB四棟側に滑降斜面が来る形でB三棟とB四棟に直角になるように設置されていることをもって、本件滑り台の設置に瑕疵があるとは認められない。
四 次に本件事故が本件滑り台の管理に瑕疵があったために生じたものであるかどうかにつき検討する。前記のとおり本件滑り台を被告大阪府が設置、所有し、管理をしていたことは当事者間に争いがなく、《証拠省略》によれば次の事実が認められる。
1 府営安威住宅は共同施設として集会所、プレーロット等を有し、プレーロット内に砂場、鉄棒、滑り台などの遊具を設置し、右住宅内の幼児を対象に安全な遊び場を確保していること。
2 被告は訴外安田昭三を専任管理人として安威住宅の管理にあたらせているが、右管理人の管理義務は住宅並びに共同施設の補修、点検等であり、本件滑り台に関していえば定期的に本件滑り台の点検をするほか、原告ら入居者から故障があるとの通報を受けた場合にこれを点検修理し、復旧するまで器具使用禁止の処置をして危険防止をはかることが内容となっていること。
一方原告ら入居者も住宅および共同施設の保管義務があり、(入居者がこれらの保管に当ることによって団地の共同生活が支障なく行われるのであり、入居者のこの点の協力によって被告の管理責任を果すことができると思われる。)本件滑り台の場合は、これが保護者の監視のもとに幼児が利用するのが常であることを考慮すると、本件滑り台を利用する直前、直後に点検をし、故障等があった場合には管理人に通報することが右保管義務の内容となっていると考えられること。
3 管理人の安田昭三は、大体一〇日に一度共同施設の巡回点検をしており、本件事故当日の直前に本件滑り台を巡回点検したけれども、その際には何ら異常がなかったこと、同人は本件事故が起きるまで、入居者らから本件滑り台に異常があることについて何らの報告も受けていないこと。
以上の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。
ところで、本件事故は、本件滑り台の構造自体に欠陥があったことにより惹起されたというものではなく何者かが本件滑り台の手摺部に紐を結びつけておいたという異常な事態から生じたのであるが、被告に公の営造物の管理責任があるといっても、多数の専任管理人を常置するなど不能を強いることができないことはいうまでもなく、本件団地には安田昭三一人が管理人として常駐していたのであるから、施設の構造上の不備、欠陥を修理するなど被告独自でなし得、またなさねばならない事柄はもとより入居者に協力義務はないけれども、共同施設を入居者において利用中にその利用を妨げる外部的障害が生じた場合はこれを発見する機会が最も多い多数の入居者の協力(前記保管義務としての随時の除去または通報)を得て始めて十全の管理の実を挙げうるというべきところ、前記認定の事実を総合すれば、本件滑り台の管理者たる被告としては、本件紐が本件滑り台に付着されることは通常予想できないことに加えて、入居者が共同施設の保管義務を負うところから、本件滑り台に危険物が付着していた場合、右使用に際し使用者が危険物除去をなすことを期待しうるとともに、雅彦のような幼児については当然保護者の監護の下にあると信頼するのが自然であるうえ、本件住宅の管理人は、本件事故前に点検した際も異常は認めず、又入居者から本件滑り台について異常があるとの何らの報告を受けていなかった(本件紐が事故前長時日に亘り附着していれば当然団地入居者によって発見されたであろうから、管理人が点検する余裕のない僅かな隙に事故が発生した可能性が強い。)のであるから、本件紐を除去しなかったことをもって公権力の行使に当る公務員たる管理人に職務遂行上の故意、過失があり、または公の営造物の管理に瑕疵があったといえないことが明らかである。その他本件事故が被告の管理の瑕疵に基づくことを認める証拠はない。
五 してみるとその余の事実を判断するまでもなく、原告らの本訴請求は理由がないからいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条一項但書を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 岡村旦 裁判官 将積良子 小林正)