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大阪地方裁判所 昭和53年(ワ)2643号 判決 1979年6月21日

原告 赤木幸治

右訴訟代理人弁護士 赤木淳

被告 国

右代表者法務大臣 古井喜實

右指定代理人 本田恭一

<ほか五名>

被告 三菱自動車工業株式会社

右代表者代表取締役 久保富夫

右訴訟代理人弁護士 仁科康

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは各自、原告に対し金五〇万円及びこれに対する昭和五三年五月二〇日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  被告国

主文同旨の判決及び担保を条件とする仮執行免脱の宣言

2  被告三菱自動車工業株式会社(以下、被告会社という。)

主文同旨の判決

第二当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生

(一) 日時 昭和五一年三月一三日午前一一時一〇分頃

(二) 場所 大阪府堺市山本町四丁八六番地先交差点

(三) 事故の状況 原告が大型貨物自動車(T九五一N型、登録番号大阪一一ア八二三五、以下本件トラックという。)を運転し、右交差点の手前で一時停止したのち、同交差点を北から東に向い左折しようとしたところ、本件トラックの左側を並進してきたと思われる隅野恵成運転の足踏自転車(小林義人同乗)に接触し、転倒させたうえ、同人らを轢過し、死亡するに至らしめた(以下、本件事故という。)。

2  右事故は、原告の過失に基づくものではなく、本件トラックの構造上の欠陥が原因となって発生した。すなわち、原告は左折に際し、本件トラックの内輪差を考えて道路端から二・七メートルの距離をおいて一旦停止し、その後、信号に従って時速一五キロメートルの速度で左後写鏡により左後方の安全を確認したうえ、左折進行したのであるが、その左折方法に何ら運転者として注意義務違反は存しないところ、本件トラックは、その構造上、左側は、左アンダーミラーによって車体から一・六二メートル離れたところまでしか見ることができず、また車体から約二メートルのところで長さ四メートル以上の大きな死角が存し、そのため原告は右死角内を本件トラックと並進していたものと推察される被害自転車に気付かず、接触してはじめて同自転車の存在を知ったもので、仮りに左アンダーミラーから片時も目を離さずに左折していたとしても、接触する約〇・三秒前に漸く被害自転車を同ミラーにとらえうるにすぎず、その時点では、最早事故を回避することは不可能というべく、したがって、本件事故は右死角の存する本件トラックの構造的欠陥から必然的に発生したものであって、原告にはなんらの過失はなかった。

3  道路運送車両法四六条によれば、保安上の技術基準は、「通行人その他に危害を加えないことを確保するものでなければなら」ないのであって、前記死角の存する本件トラックは、その構造が道路運送車両の保安基準の定める、運転席は運転に必要な視野を有しなければならない(二一条)、及び、運転者が運転席に於いて後方五〇メートル及び左外側線付近の交通状況を確認出来る後写鏡を備えなければならない(四四条)旨の基準に適合しないものであり、正常に運転されていても通行人等に危害を及ぼす違法なものであるから、自動車の型式指定を行ない製造を認可する権限を有する被告国としては、そのような欠陥の存する車両については、型式指定を行ない、検査証を交付し、製造運行を許可するようなことがあってはならないのみならず、それが如何なる経済的困難を伴うものであっても、直ちにその製造を禁止すべきであり、また、被告会社としては、そのような欠陥の存する車両を製造すべきではない。しかも、昭和四一年頃から、大型車の死角が原因とみられる悲惨な交通事故が頻発して社会問題となり、昭和四六年五月二一日には衆議院交通安全対策特別委員会において、大型トラックの運転席を低くすることの検討が決議された、等の事実があるのであるから、被告らは、本件トラックの死角の大きさやそれによる結果の重大さを十分に承知していたはずである。しかるに、被告らは、莫大な死亡事故統計や右国会の決議等をも無視して、なんらの対策をも講ずることなく、被告会社は本件トラックを製造し、被告国はこれに検査証を交付した。したがって、被告らが違法な欠陥車である本件トラックから生じたすべての被害につき賠償の責任を有、することは、明白である。

4  原告は、前記事故につき業務上過失致死罪で大阪地方裁判所堺支部に起訴され、昭和五二年五月一六日禁固一年六月、執行猶予三年間の有罪判決をうけ、その控訴、上告はいずれも棄却され、昭和五三年二月一三日右有罪判決は確定した。

5  原告は右刑事裁判によって八年間無事故の経歴を傷つけられ、終生癒し難い精神的苦痛を被ったが、これに対する慰謝料は金五〇万円が相当である。

よって、原告は被告らに対し、不法行為に基づく損害賠償請求として各金五〇万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和五三年五月二〇日から支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する答弁

1  被告国

(一) 請求原因1の事実のうち、原告が同(一)記載の日時に本件トラックを運転して同(二)記載の場所で交通事故を起したことは認め、その余は不知。

(二) 同2の事実は不知。

(三) 同3の事実のうち、その主張する規定の存在及び、一部その主張のような事故があり、衆議院委員会でその主張のような決議がなされたことは認め、その余は争う。本件トラックは型式指定をうけたものではない。また、自動車について製造認可の制度はない。

(四) 同4の事実は認める。

(五) 同5は争う。原告主張の有罪判決を受けたことによる損害と、その主張する被告国の違法行為とは、なんらの因果関係もない。

2  被告会社

(一) 請求原因1の事実は不知。

(二) 同2の事実は否認する。

(三) 同3の事実のうち、その主張する規定の存在は認め、その余は争う。

本件トラックは型式指定をうけたものではない。

(四) 同4の事実は不知。

(五) 同5は争う。

第三証拠《省略》

理由

一、《証拠省略》によると、請求原因1及び4の事実(同1の事実のうち、原告が同(一)記載の日時に本件トラックを運転して同(二)記載の場所で交通事故を起したこと、及び同4の事実は、原告と被告国との間に争いがない。)、並びに、原告は被告会社製造の本件トラックを運転し、大阪府堺市山本町四丁八六番地先交差点に車道片側の幅員一二・三メートルの道路を南進してさしかかり、同交差点を車道片側の幅員六・二メートルの道路に左折東進しようとして、対面信号が赤色のため交差点北側の横断歩道手前で左折の合図をしながら一時停止したが、その際、本件トラックの内輪差を考えて車道左側端と約二・七メートルの距離をおいて停車し、停車中何度も左サイドミラーで左後方を注意したこと、そして約三〇秒して対面信号が青色に変ったため、左サイドミラーで左後方の安全を確認したうえ、本件トラックを発進させ、時速約一五キロメートルで約一五・五メートル直進した地点あたりから徐々にハンドルを左に切り、さらに約七メートル進んだ地点で大きく左に転把して間もなく、本件トラックと並進し、その左側を通過して本件交差点を直進しようとした隅野恵成運転の足踏自転車(後部荷台に小林義人同乗)に、本件トラックの左前部バンパー付近を衝突転倒させて車体下にまき込み、さらに右後輪で右両名を轢過し、同所において両名を死亡するに至らしめたこと、また、本件トラックの左側には、運転席から直接或いはサイドミラー、アンダーミラーにより視認できないかなり広範囲の死角が存し、原告も、左折にあたって左サイドミラーにより左後方を確認した際には、被害自転車を発見しえず、右後輪で轢過した衝撃を感じて後に漸く被害自転車の存在に気付いたこと、請求原因4の刑事第一審判決は、本件トラックのような内輪差の大きい車両を運転して交差点の手前において道路左側端から約二・七メートルの距離をおいて一旦停車した後、左折するにあたっては、他の車両が左後方からその間隔内に進出してくることが当然予想されるのであるから、自動車運転者としては特に左方を注視し、後続車両との安全を確認して左折すべき業務上の注意義務が存するとしたうえ、原告がこれを怠って漫然左折した過失を認定していること、右刑事控訴審判決は本件トラックの左方及び前方には運転席から直接あるいはサイドミラー、アンダーミラーにより視認できないかなり広範囲の死角があるとの事実を認定し、被害自転車が本件トラックの停車後、後方から接近してその左側の死角内に入り、発進後も衝突するまで終始その死角内に入っていたという可能性があり、そうすると本件トラックの再発進後の時点をとらえるかぎり、衝突するまで被害者を発見することができず、事故が不可避であったと考える余地があるとしつつ、なお、死角の大きな大型車を運転する者には一般にそれに応じた注意義務が要請されるとし、本件のように左折のため、道路左側端との間に約二・七メートルもの距離をおき、しかも三〇秒も信号待ちした後発進するにあたっては、その間に他車両が右大型車の死角に進入し、その後青信号に従い右大型車が急に左折することはないと信じて直進する可能性が非常に高いのであるから、右大型車の運転者としては、再発進後においてのみ左サイドミラーによって左後方の安全を確認するのでは足りず、一時停止中絶えず左サイドミラーを注視して後方から軽車両等が自車の左側を進行してきて死角内に隠れる以前にこれを補促するか、再発進の直前に運転席の左側に寄り、窓から首を出すなどして死角内の安全確認をするかの業務上の注意義務が存するとし、原告がその義務を尽さなかった過失を認めて、右第一審判決に事実誤認、法令適用の誤り、刑の量定の不当は存しないとの判断を示していること、以上の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

二、ところで、本訴請求は、原告が、本件事故は大きな死角があるという本件トラックの構造上の欠陥が原因となって発生したものであるから、そのような欠陥の存する車両を製造しあるいは禁止もせずにこれを製造させた被告らにも本件事故に対する責任があると主張して、被告らに対し、右有罪判決により原告が被った精神的損害に対する慰藉料の支払を求める、というものであるが、さきに一で述べたところからすれば、右有罪判決は右死角の存することを十分に考慮したうえでなされているのであるから、本件トラックに死角の存することと右原告主張の損害との間に因果関係の存しないことは明らかである。のみならず、刑罰は、刑事裁判により、犯罪によって法的秩序に害悪を加えたことが確定された被告人個人に対して加えられるものであり、それによって当該被告人が被る損害ないし法的不利益は、本来、当該被告人のみが甘受すべき性質のものであって、仮に他に右犯罪の成立に何らかの原因を与えた者があったとしても、右他の原因の介在を見落しあるいはこれに対する評価を誤った結果、刑事裁判における犯罪の成否や刑の量定に関する判断が違法であるというような場合に、それを理由として国家賠償の請求をするというのであれば、それは格別、当該被告人において、右損害ないし法的不利益を、右他の原因を与えた者に転嫁することは許されないところであるといわなければならない。したがって、前述のような主張に基づく原告の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく、失当である。

三、なお、原告は、一方においては、本訴は刑事裁判における誤判を理由として国家賠償を請求するものではないといいつつ、他方において、本件事故は原告の過失に基づくものではなく、本訴請求は、当然、原告は無実であり、少くとも本来軽かるべきものである旨、主張しているので、さきに一において認定したとおり、原告主張の有罪判決は、本件トラックに死角の存することを考慮しつつ、なお本件事故の発生については原告に過失の存することを認め、刑を量定しているものであるところ、それは上告手続を経て確定しているのであって、本件における原告の全主張立証によるも、右有罪判決を違法と目すべき特段の事情は見出しえないことを付言する。

四、以上の次第で、原告の本訴請求は理由がないから失当としてこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 富澤達 裁判官 小圷真史 大西良孝)

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