大阪地方裁判所 昭和53年(ワ)4502号 判決 1979年11月29日
原告
西谷豊
被告
後藤薫
主文
一 被告は、原告に対し、金七五万円およびこれに対する昭和五三年八月一七日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用はこれを一〇分し、その八を原告の、その余を被告の各負担とする。
四 この判決は、原告勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は、原告に対し、金四〇〇万円およびこれに対する昭和五三年八月一七日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二請求原因
一 事故の発生
1 日時 昭和五〇年六月二三日午前零時一〇分頃
2 場所 大阪市港区磯路二丁目一一番一号先道路上
3 加害車 普通乗用自動車(八大阪て三、八四五号)
右運転者 被告
右所有者 被告
4 被害車 普通貨物自動車(大泉ぬ二、〇六五号)
右運転者 原告
5 態様 加害車は、前記道路上を時速約三〇ないし四〇キロメートルで進行するに際し、東行道路であることに気付かず、東行第三通行帯を西進した上、その前方約一〇メートルの地点においてようやく、右記東行第三通行帯を西から南に向い右折するため一時停車中の被害車を発見、直ちに急制動の措置を講じたが及ばず、被害車右前部に、自車右前部を衝突させるに至つた。
二 責任原因(運行供用者責任、自賠法三条)
被告は、加害車を所有し、自己のために運行の用に供していたものである。
三 損害
1 受傷等
(一) 受傷
頸部捻挫の傷害を負い、昭和五〇年六月二五日から同年一〇月三一日まで一二九日間入院し、同年一一月一日から同月二八日まで実日数一〇日間通院(以上のいずれも、古荘外科)した。
(二) 後遺症
イ 昭和五〇年一一月三〇日症状が固定し、自賠責保険上、後遺障害別等級表一二級一二号(局部に頑固な神経症状を残すもの)に該当するものと認定され、金一〇四万円を受取つた。
ロ しかしながら、原告の後遺症は、第一頸椎の右方転位、左第二椎間孔変形、脳波異常、全身の倦怠感、項部疼痛、耳鳴、めまい等を内容とするもので、同表九級一〇号(神経系統に障害を残し、服することができる労務が相当な程度に制限されるもの)に該当するものである。
2 後遺障害に基く逸失利益
左記の理由により、金三三一万三六六七円となる。
記
年収―金一八四万四二四六円
労働能力喪失率―前記九級により三五%
労働能力喪失期間―六年
右期間の新ホフマン係数―五・一三三六
算式 一八四万四二四六×〇・三五×五・一三三六=三三一万三六六七
3 後遺症に関する慰藉料
金四〇〇万円が相当である。
四 本訴請求
よつて、請求の趣旨記載のとおりの判決(但し、内金四〇〇万円の限度で請求する。なお、遅延損害金は、訴状送達の翌日から民法所定年五分の割合による。)を求める。
第三請求原因に対する答弁
請求原因一、二項全部、三項1(一)、(二)イの各事実はいずれも認め、その余の事実はいずれも否認する。
第四被告の主張
一 後遺症の存否について
1 原告の後遺症は、自賠責保険上、一二級一二号に該当するものとされたけれども、被告のみるところでは、そもそも原告に、後遺症は存在しない。
2 仮にそうでないとしても、本件事故とは因果関係がない。すなわち、原告は、本件事故後の昭和五二年五月一九日午前一時一五分頃、豊中市名神口一の三路上で、訴外岩井虎治運転の自動車に追突され、入院一〇日間、通院数日間の傷害を負つているものであるから、仮に、原告になんらかの障害が存するとしても、それは、右事故(以下、第二事故という。)に基くものであつて、本件事故によるものではない。
3 仮に、原告に本件事故に基く後遺症が存するとしても、それは、前記等級表一四級一〇号(局部に神経症状を残すもの)に該当する程度のものにすぎない。このことは、原告の左記出勤日数からも明らかである(なお、原告は、昭和五二年五月下旬から同年九月上旬にかけて、欠勤しているが、右は、第二事故に基くものであつて、その間における原告の損害は、既に訴外岩井により填補済である。)。
記
昭和五一年 同五二年 同五三年
一月二六日 二二日 二二日
二月二七日 二六日 二七日
三月二五日 二五日 二四日
四月二六日 二五日 二七日
五月二五日 二〇日 二四日
六月二五日 〇日 二七日
七月二六日 〇日 二五日
八月二四日 〇日 二七日
九月二四日 一三日 二八日
一〇月二七日 二六日 二六日
一一月二七日 二六日 二七日
一二月二五日 二六日 二六日
二 示談の抗弁
仮に、原告に右記の程度(一四級一〇号)の後遺症が存するとしても、原、被告間には、昭和五〇年一〇月二三日、示談(以下、本件示談という。)が成立し、被告は、原告に対し、既に本件示談金三九八万九八八〇円を支払済であるが、本件示談金の中には、本件示談成立時に予想し得た全症状(本件示談は、原告が古荘外科を同月三一日に限院する直前に成立したものであるところ、右成立当時、原告の症状は殆んど固定し、その症状の全容がほゞ判明していたため、原告主張の後遺症も、右記全症状の中に入つている。)に関する損害が含まれている。したがつて、原告が、本件示談成立後に後遺障害の認定を受けたこと等を理由として、別個に、被告に対し損害の支払を請求することは、できないものである。
三 弁済の抗弁
仮にそうでないとしても、原告が自賠責保険より受領した金一〇四万円は、原告主張の損害費目(但し、被告としては、後遺症慰藉料はともかく、後遺障害に基く逸失利益は、そもそも存在しないものと考えるが、仮に存在したとしても)に充当されるべきである。
なお、原告は、右一〇四万円を後遺症に関する治療費に充当すべき旨、主張するが、後遺症に関しては、そもそも治療費なる概念は存在しないものと考えられる(何故なら、後遺症とは、治療しても治癒しない状態で残存している症状のことであるから。)のみならず、仮にそうでないとしても、本件示談成立時までの治療費は、本件示談金の中に含まれており、それ以外に後遺症に関して、治療費として出費した金員は、存しない。
四 権利濫用の抗弁
仮にそうでないとしても、原告は、本件事故による入通院の後は、皆勤状態で勤務を継続し、後遺症に関しなんらの請求もしないでいたところ、折から第二事故に遭遇、一方において、第二事故に関する損害の填補を受けながら、他方において、この事実を隠したまゝ、本件事故より満三年を経過する直前になつて突如、被告に対し、後遺症に関する損害を請求して来たものであつて、右の請求は、いわば、本件示談書中の後遺症に関する文言の存在を奇貨として、本件事故と関係の存しない障害につき、被告に対し責任を求めて来たものというべきであつて、権利の濫用以外の何物でもない。
第五被告の主張に対する答弁
一 被告の主張一2について
第二事故の存在(日時、場所)、態様(追突)、加害者名は認める。但し、原告の後遺症は、本件事故に基くものである。すなわち、原告は、第二事故により頸部捻挫の傷害を受けたものの、三ケ月余の休職により、第二事故による頸部の痛みはとれ、その後は、本件事故による後遺症の症状固定時から第二事故に至るまでの間におけると同様の諸症状に悩されているにすぎないから、右の諸症状が本件事故に基く傷害(第一頸椎の右方転位、左第二椎間孔変形)に基因することは、明らかである。因に、第二事故により右( )内の傷害を受けたことはない。
仮にそうでないとしても、原告は、少くとも、右症状固定時(昭和五〇年一一月三〇日)から第二事故(同五二年五月一九日)までの約一年半にわたる期間についての、後遺症に関する損害賠償請求権を、有している。
二 被告の主張一3について
原告の出勤日数表は認める。
三 被告の主張二(示談の抗弁)について
本件示談の成立および本件示談金の支払の各事実を認め、その余の事実を否認する。本件示談金の中には、後遺症の分は入つていない。すなわち、本件示談が成立した時には、いまだ、原告に後遺症が発生するか否かは明らかではなかつたため、本件示談において、万一、将来原告に後遺障害が残存した場合には、原告は、それに関する慰藉料や逸失利益を、後日別途に請求できることにしたものである。因に、本件示談においては、同時に、原告が、将来、自賠責保険より後遺障害に関する保険金を受領した時には、右保険金全部を後遺症に関する治療費に充当することにしていた。
四 被告の主張三(弁済の抗弁)について
原告が自賠責保険より金一〇四万円を受領した事実のみを認め、その余の事実を否認する。なお、厳密にいえば、被告主張のとおり、後遺症に関する治療費なるものは、あり得ないかも知れないが、本件示談においては、原告の後遺症に基く苦痛(肩こりや項部の疼痛等)を軽減するための、あんま、マツサージ、柔道整復等の諸処置を指称して、「治療費」なる文言を使用しているにすぎない。
五 被告の主張四(権利濫用の抗弁)について
前記のとおり、原告の出勤日数表に相当する勤務状況は認めるが、その余の事実は否認する。
第六証拠〔略〕
理由
一 事故の発生および責任原因
請求原因一、二項の事実はすべて当事者間に争いがない。そうすると、被告には、自賠法三条により、本件事故に基く原告の損害を賠償する責任がある。
二 損害
(一) 後遺障害について
請求原因三項1(一)、(二)イの各事実は、いずれも当事者間に争いがない。しかしながら、被告は、原告の後遺障害の存否と程度および本件事故との因果関係の存否について争うので、最初にこの点について、以下に検討する。
証人古荘哲夫の証言により真正に成立したものと認められる甲第一、二号証(但し、いずれについても後記各採用しない部分を除く。)、同第三号証の一、二、成立に争いのない同第一〇ないし第一二号証、同第二一号証、同第二三号証(但し、後記採用しない部分を除く。)、被告本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる乙第一号証(但し、後記採用しない部分を除く。)、証人古荘哲夫の証言および原告本人尋問の結果(但し、いずれについても後記措信しない部分を除く。)を総合すると、以下の事実を認めることができる。
1 本件事故から第二事故までの間について
原告は、本件事故直後において、頸部に痛みを感ずるに至り、小川病院に赴き、本件事故の当日(昭和五〇年六月二三日)およびその翌日にわたり、治療を受けるに至つたが、小川病院の拝殿医師作成の右二三日付診断書によると、原告の病状は、経過が良好であれば全治三週間と推定される程度の、頸椎捻挫にすぎなかつた。しかして、原告は、同月二五日、古荘外科に転医したが、同月二六日付の検察庁より古荘哲夫医師に対してなされた電話聴取書における同医師の回答によると、原告には、X線上、異常はなかつたが、右方に神経系統の障害が認められるようになつた。それだけでなく、同医師作成の同年九月二二日付診断書によると、原告には、X線上、第一頸椎にやゝ右方転位が、また、左第二椎間孔にやゝ変形が各認められるようになつたのみならず、同年七月二八日施行の脳波検査においては、脳波異常が、同年九月一八日施行のそれにおいては、多少改善したものの、なお棘波が、各認められるようになつた。その上、検察庁からの原告の病状照会に対する同医師の同月二六日付回答によると、右七月二八日の脳波検査においては、原告の脳波異常が、外傷性のものかあるいは先天性のものかはつきりしなかつたため、右九月一八日の再検査の施行となつたものであるところ、右再検査により、光刺激に対する棘波の出現を認めたので、原告の脳波異常は、外傷性のそれであると診定されるに至つたのみならず、原告には、将来、後遺症として、神経系統の病状が残る可能性が、肯定されるようになつた。ところで、原告の後遺症は、同年一一月三〇日、その症状が固定し、自賠責保険上、後遺障害別等級表一二級一二号(局部に頑固な神経病状を残すもの)に該当するものと認定された(但し、この点は、前記のとおり、当事者間に争いがない。)が、右認定用に使用されたと推測される、同医師作成の同五一年五月一一日付後遺障害診断書によると、原告の他覚的所見は、次のとおりである。すなわち、X線上、第一頸椎がやゝ右方に転位し、左第二椎間孔の変形が、認められる。また、脳波検査上、同五〇年七月二八日の段階では、閉眼時には、頭頂部に異常があるほか脳波は正常と、開眼時には、割合良好と、深呼吸時および光刺激を与えた時には、いずれも異常と、また、同年九月一八日の段階では、頭頂後頭部右側において、脳波は異常と、深呼吸時には、小スパイク群が出現し異常と、光刺激時には、両側(但し、右側の方が高い。)にスパイク群が出現し異常と、注射刺激を与えた時には、脳波の変化は著明であると、各認められる。次に、原告の自覚的所見は、次のとおりである。すなわち、全身に倦怠感があり、両肩がこり、首筋が締め付けられ、項部疼痛、頭痛、吐き気、耳鳴、めまい等を覚え、長距離の夜間運転をする時には眼部や頭部に不快感を伴うことがある。以上のとおりである。しかして、原告は、本件事故による傷害のため、同年六月二五日から同年一〇月三一日までの一二九日間にわたり入院した(但し、この点は、前記のとおり、当事者間に争いがない。)ほか、さらに同年一一月、一二月の二ケ月間を全部欠勤したものの、その後は、被告の主張一3記載の出勤日数表(但し、この点は、当事者間に争いがない。)のとおり、第二事故(同五二年五月一九日発生、但し、この点は、当事者間に争いがない。)に至るまで、ほゞ皆勤近い状態で出勤したのみならず、その勤務振りも真面目であつた。なお、原告の右勤務には、自動車の運転が付帯していた。
2 第二事故以降について
原告は、昭和五二年五月一九日、訴外岩井虎治運転の自動車に追突(すなわち、第二事故)され(但し、この点は、当事者間に争いがない。)、頸椎捻挫の傷害を受け、一〇日間入院し、数日間(実日数)通院し、前記出勤日数表のとおり同年五月下旬から同年九月上旬にかけて約三ケ月余の間欠勤した(但し、この点は、前記のとおり、当事者間に争いがない。)が、訴外岩井より、その間における休業損害等の賠償金として、既に、金八四万四〇七六円を受領済である。ところで、第二事故以降における原告の病状は、次のとおりである。すなわち、大阪回生病院の江川医師作成の昭和五三年七月一日付書面によると、原告の脳の左半球には、棘波様放電が混入しており、光刺激により棘波群が誘発されるのみならず、消灯だけでも棘波群が誘発され、光過敏性の強い異常脳波が認められる。また、古荘医師作成の同月八日付診断書によると、原告には、古い頸椎症(X線写真でいえば、外傷性の左第二椎間孔の変形)が認められるが、第二事故発生の直後において、X線撮影をしていない(右記写真は、右記診断書作成当時に、撮影されたものにすぎない。)ため、右変形が、果して、本件事故と第二事故のいずれに基因するものであるかについては、にわかに判断し難いものの、少くとも、次のことはいえる。すなわち、右変形は、本件事故による左第二椎間孔の変形と同じ部位に存するのみならず、一般に、椎間孔の変形というものは、容易に治らないものである。
以上の事実を認めることができ、右認定に反する甲第一、二号証、同第二三号証、乙第一号証の各一部および証人古荘哲夫の証言、原告本人尋問の結果の各一部ならびに被告本人尋問の結果は、いずれも、前掲証拠と対比し、採用ないし措信せず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。
なお、原告に、てんかん発作に至る程度の脳波異常が存することを、認めるに足る証拠は、見当らない。
そこで、右の認定事実を前提に、以下に考えてみる。
イ 本件事故から第二事故までの間について
(ⅰ) 「障害等級認定基準」(労働省労働基準局長通達)(法規に準ずるものと考えられる。したがつて、本来、証明の対象外というべきであるが、仮に証明の対象内としても、公知である。)による前記等級表九級一〇号(神経系統の機能又は精神に障害を残し、服することのできる労務が相当な程度に制限されるもの。)に該当するか否かのメルクマールは、<1>通常の労働を行うことはできるが、就労可能な職種が相当程度に制約されるものか否か、<2>たとえば、神経系統の機能の障害のため、高所作業や自動車運転が危険であると認められる場合であるか否か、<3>脳波上明らかにてんかん性棘波を認めるものであるか否か、<4>激しい頭痛により、時には労働に従事することができなくなる場合があるか否か、<5>めまいの自覚症状が強く、かつ他覚的に眼振その他平衡機能検査の結果に明らかな異常所見が認められるものであるか否か、<6>疼痛により時には労働に従事することができなくなるか否か、等であり、また、同表一二級一二号(局部に頑固な神経症状を残すもの)に該当するか否かのメルクマールは、<1>他覚的に証明し得るものであるか否か、<2>医学的に証明し得るものであるか否か、等であり、さらに、同表一四級一〇号(局部に神経症状を残すもの。)に該当するか否かのメルクマールは、<1>一二級一二号より軽度の障害が存するか否か、<2>自覚症状が単なる故意の誇張ではないと医学的に推定されるものであるか否か、等である。そこで、右三つのメルクマールに照らして、前記1の認定事実につき考えてみると、原告には、症状固定時以降、後遺障害が残存しており、かつ、それは、同表一二級一二号に該当する程度のものであると評価するのが、相当というべきである(すなわち、九級一〇号に該当する程高位のものであるとは言い難いが、同時にまた、一四級一〇号に該当する程低位のものであるとも言い難い。)、と考える。
(ⅱ) 次に、前記1の認定事実によれば、原告の右記後遺障害は、本件事故に基因するものであることが明らかであるから、右記後遺障害が本件事故と相当因果関係を有することは、いうまでもない。
ロ 第二事故以降について
前記2の認定事実によれば、原告は、第二事故により、本件事故によると同様、頸椎捻挫の傷害を受け、しかも、第二事故以降においても依然として、脳波に異常をきたしているのみならず、古い頸椎症(左第二椎間孔の変形)を残存させていることが明らかであるから、右変形が第二事故に基因するものか否かは判明しないものの、少くとも、第二事故が原告の右記後遺障害を温存させるのに役立つている、とまでは言い得るもの、換言すれば、第二事故と原告の右記後遺障害の第二事故以降における「存続」との間における因果関係の存在を全く否定してしまうのは、相当ではないもの、と考える。しかして、第二事故の右「存続」に対する寄与率を、第二事故による原告の入通院期間や欠勤期間等に照らして、三〇%とし(すなわち、本件事故の同寄与率を七〇%とし)、右「存続」に関する損害額につき右七〇%の限度において、本件事故と相当因果関係のある損害とすべきである、と考える。
(二) 後遺障害に基く逸失利益について
成立に争いのない甲第二五号証の一ないし四、乙第二号証、原告本人尋問の結果および弁論の全趣旨によると、以下の事実を認めることができる。すなわち、原告は、本件事故後、若干あつたアルバイト収入を喪失するに至つたが、右アルバイトが果して症状固定日(昭和五〇年一一月三〇日、但し、この点は、前記のとおり、当事者間に争いがない。)以降まで継続し得たか否かは、定かではなく、また、原告は、本件事故に基く欠勤(なお、右欠勤期間中には、右固定日以降の一ケ月間=同年一二月分=も含まれている。)により、本件事故の前年度と比較して、年収にして金七〇万二六〇五円減収になつたが、原告は、同年九月二二日の時点で、既に、被告より、金九四万八二六〇円の既払金を受領しており、その中には、休業損害分、金五二万円が含まれていたのみならず、右時点において、被告が支払約束をしていた未払金は、金三〇〇万円以上に達していたため、結局、原告の右固定日以降の欠勤に関する減収は、既に、解決済であると、推測できる。
以上の事実を認めることができ、これに反する証拠はない。
因に、前記のとおり、前記(一)の認定事実によれば、原告の第二事故に基因する欠勤に基く損害については、既に、訴外岩井により賠償済であることが、明らかである。
しかして、右以外に、原告に減収が存したことを認めるに足る証拠は、存しない。
以上の事実によれば、原告には、右固定日以降において、後遺障害に基く逸失利益といゝ得る程のものは、発生していなかつたもの、と称して差し支えない、と考える。尤も、原告には、前記のとおり、前記(一)で認定したとおり、前記等級表一二級一二号に該当する程度の後遺障害が残存していたのであるから、左記方式により、仮定的に、後遺障害に基く逸失利益を、約九二万円と算定し、前記症状固定日から第二事故までの約一・五年分については、前記のとおり一〇〇%、すなわち、金三四・五万円(九二万×四分の一・五=三四・五万)、第二事故以降の約二・五年分(後記のとおり、後遺障害の存続期間を四年間とするため。)については、前記のとおり、七〇%、すなおち、金四〇・二五万円(九二万×四分の二・五×〇・七=四〇・二五万)、合計金七四・七五万円を、本件事故に基く損害とし、右金額を慰藉料額を算定するに際して、斟酌すべきである、と考える(最高裁判所昭和四二年一一月一〇日判決および最高裁判所判例解説・昭和四二年度版・五七三頁参照)。
記
本件事故の前年度における原告の年収―金一八四万四二四六円(前出甲第二五号証の一、これに反する証拠はない。)
労働能力喪失率―一四%(前記一二級)
労働能力喪失期間―四年
ホフマン係数―三・五六四三(小数点第五位以下切捨)算式、一八四万四二四六×〇・一四×三・五六四三≒九二万
(三) 後遺症慰藉料について
前記認定の後遺症の内容と程度および存続期間、前記(二)の点、第二事故以降における後遺障害の存続に対する本件事故の寄与率、その他諸般の事情を総合考慮すると、金一七九万円とするのが相当である、と考える。
三 示談の抗弁について
本件示談の成立および本件示談金支払の点は、当事者間に争いがない。
しかしながら、成立に争いのない甲第四号証および弁論の全趣旨を総合すると、以下の事実を認めることができる。すなわち、本件示談書(昭和五〇年一〇月二三日公正証書)の第五条には、「原告に万一後遺障害がある時には、自賠責保険金をもつて治療費にあてることとし、原告が保険会社に請求する。なお、原告に後遺症が発生した場合、それに対する得べかりし利益、慰藉料等の補償は、本件損害賠償金(本件示談金のこと)とは別途に、当事者双方で協議の上支払うものとする。」とあつたのみならず、原告の症状固定日は、前記のとおり、同年、一一月三〇日(なお、この点は、前記のとおり、当事者間に争いがない。)で、本件示談成立日より、一ケ月以上も後であつた。
以上の事実を認めることができ、これに反するかのような被告本人尋問の結果は、前掲証拠と対比し、措信せず、他に右認定に反する証拠はない。
以上の事実によれば、被告主張の「本件示談金の中には後遺症に関する損害も含まれているから、原告は後遺症に関し被告に対し別個に損害の請求をなし得ない」との点は、これを推認することが著しく困難であり、他に被告の主張を認めるに足る証拠は、存しない。
したがつて、被告の右抗弁は、結局、理由がない。
四 弁済の抗弁について
原告が、自賠責保険より、金一〇四万円を受領したことは、当事者間に争いがない。
ところで、前記のとおり、前出甲第四号証(本件示談書)中には、右金員を治療費に充当する旨の文言が存し、また、原告本人尋問の結果中には、原告がマツサージや電気治療等を受けた旨の供述が存するけれども、その金額は明らかではなく、他に、原告の後遺症に基く苦痛を軽減するための諸処置(右のマツサージや電気治療等のこと)に要した金額を確定するに足る証拠は、見当らない。したがつて、右金員を右諸処置(治療費)に充当することは、不可能である、というほかない。
然るに、他方において、弁論の全趣旨によれば、右金員を、原告主張の損害に充当しても差し支えがないことを推認でき、これに反する程の証拠は、見当らない。
そうすると、被告の右抗弁は、理由があり、原告の損害額は、金七五万円(一七九万―一〇四万)となる。
五 権利濫用の抗弁について
原告が、前記出勤日数表のとおり出勤したことは、当事者間に争いがないが、被告の右抗弁中のその余の事実については、これを認めるに足る証拠が、存しない。
したがつて、被告の右抗弁は、理由がない。
六 結語
以上の次第で、原告の本訴請求は、主文の限度で理由がある (なお、遅延損害金は、訴状送達の翌日であることが本件記録上明らかな昭和五三年八月一七日から支払済まで民法所定年五分の割合による。)から正当として認容し、原告のその余の請求は理由がないから失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 柳澤昇)