大阪地方裁判所 昭和53年(ワ)5301号 判決
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【説明】
一、本件は、依頼者Y1Y2が弁護士X1X2には訴訟委任をした事件について、YらがXらに無断で和解をし、訴を取下げたので、XらがYらに対し弁護士報酬及び不法行為による損害賠償を請求した事件である。
最判昭48.11.30(民集二七巻一〇号一四四八頁)は、依頼者と弁護士との間で、依頼者が受任者に無断で和解、取下げをしたときには、委任事務処理の程度いかんにかかわらず、成功とみなして成功報酬の全額を支払う旨のいわゆるみなし成功報酬の特約がなされた場合でも、依頼者の無断の和解、取下げ等が受任者の責に帰すべき事由によるものであるときには、みなし成功報酬の特約はその効力を生じないとしている(同旨、栗栖・契約法五四五頁)。
二、本判決は、みなし報酬に関する弁護士会の規定は、当然には弁護士報酬に関する契約内容にはなるものではないが、訴訟委任契約が有償契約であるところから、委任者が訴訟の中途で弁護士を解任したり、無断で和解、取下げをした場合には、全額の報酬を請求しうる旨の特約がなくても、民法一三〇条により、委任者の行為により条件の成就が妨げられたものとして、成功報酬が請求できるとした。しかし、本件においては、XらとYらとの間の弁護士報酬に関する契約書には、YらがXらに訴訟委任した事件で勝訴しても、その利益の大部分は弁護士報酬とする旨記載されており、Y2には全く取得分がないようになつていたので、Y2がXらにその訂正を求めたが、Xらはこれに応ぜず、右訂正についてX1とY2との間で口論となり、そのためY2はXらに対する信頼感を喪失したこと、Y2が他の弁護士に勝訴の見込を聞いたところ、敗訴の可能性が大きいといわれたこと、その他諸般の事情から、Yらが本件訴を取下げたことは当然のことであつて、それはXらの責に帰すべき事由によるものであるとして、Xらの請求を排斥した。
依頼者が弁護士に無断で訴を取下げた場合において、弁護士報酬ないし不法行為による損害賠償請求が認められなかつた事例として参考に値しよう。
(原告ら仮名)
【判旨】
2 <証拠>によれば、大阪弁護士会報酬規定第六条には、「依頼者が、会員の責に帰することのできない事由で弁護士を解任したとき、会員に無断で依頼事件を終結させたとき、または故意もしくは重大な過失で依頼事件の処理を不能にしたときには、会員は、その弁護士報酬等の全額を請求することができる。」との規定が存することが認められる。
しかしながら、右報酬規定は、各弁護士会員においてその業務を行うにあたり、報酬額の不当なばらつきや、各種事件の受任に際し、報酬、着手金等の金銭授受をめぐつて依頼者とのトラブルを防ぐため、会員相互間において一応の基準、指針を定めたものにとどまり、右規定が当然に大阪弁護士会所属の弁護士に対する依頼者を拘束し、当該委任契約の内容となるものと解することはできない。また、本件委任契約締結に際し、当事者間において右規定に従う旨の合意がなされたなど右規定が本件契約の内容となつたとの主張立証はない。したがつて、右規定が本件委任事件に当然適用されることを前提とする原告の請求は理由がない。
三しかし、弁護士に対する訴訟委任契約は、特段の事情のないかぎり、有償契約と解すべきであり、訴訟委任の対価として弁護士に支払われる報酬には、訴訟事務の処理に対する手数料(通常着手金の形をとるもの)と委任事件を依頼人に有利に解決した場合に支払われるべき成功報酬とが含まれ、前者については、特段の定めのないかぎり、委任契約が目的を達して終了した場合はもちろんのこと、途中で委任者による解約等の事由で終了した場合にも、委任者は受任者たる弁護士に対し、委任事件の訴願、難易度、受任の際のいきさつ、事件の追行状況などを勘案して相当額を事務処理の対価として当然に支払うべきものであり、後者についても、委任者が訴訟の中途で弁護士を解任したり、無断で和解、取下をした場合などは、全額の報酬を請求しうる旨の特約が結ばれていなくても、民法一三〇条により、委任者の行為によつて条件の成就が妨げられたものとして、受任者たる弁護士において成功報酬を請求できるとすべき場合がないではないが、しかし、一般に、依頼者の解任、無断和解、取下等の理由いかんを問わず、成功報酬を支払うべきものと解することは相当でなく、委任関係を支配すべき信義則に照らすならば、右解任や無断和解、取下が、受任者の責に帰すべき事由によるものであると認められるときは、受任者たる弁護士は成功報酬を請求する余地はないものと解するのが相当である。
<中略>
(四) そして本件委任事件の訴の提起に至るのである。ところで、本件土地は、被告土井が被告岩野および松島から、代物弁済として取得したものであるが、崔を相手取つての訴訟は被告岩野の名義で起すこととし、その名義料として同被告に対し、勝訴の場合に土地代金換金後一〇〇〇万円を支払う旨および同被告には本件委任事件についての訴訟費用や本件委任事件の提訴に伴い相手方から請求されることあるべき損害賠償義務などの一切を負担させず、原告両名が一切責任を負う旨を定めた特約(一)を、被告岩野と原告両名の間で昭和四九年一一月二七日締結した。
(五) その後いよいよ崔を相手取つて、甲乙両事件と同一の争点を有する本件委任事件を提訴することとなり、昭和五〇年一月ごろ原告両名と被告両名が話し合い、勝訴した場合には、本件土地を換金したのちに訴訟費用と被告岩野への名義貸料一〇〇〇万円を優先的に控除し、残額の半分を報酬金として原告両名が、半分を被告土井が取得すること、和解、調停の場合には、その得た利益から訴訟費用を優先して支払い、残額の五割を報酬金として原告両名が取得することを決め、その旨文書に作成することにして、同月二五日原告井上がタイプしてきた文書に各自署名したものが、甲第三号証の特約(二)の文書である。
(六) しかし<証拠>の記載によると、その第二項には、「勝訴の判決言渡ありたるときはその得たる利益の内(土地換金後)訴訟費用を優先して支払うこと及びその残額より壱千万円を除きたる額を報酬金として支払うこと。」とあるだけで、本件土地の実質的所有者とされている被告土井の取得分に関する記載が全くないのであるが、被告土井は、自己の取得分についても話し合いどおり記載されているものと思いこんでいた。そのため被告土井は、昭和五〇年六月二七日には、本来は負担の要はなかつたが、原告らがなかなか訴を提起しなかつたため、訴状貼用印紙代、郵券代に必要な費用の半額一二万七四五〇円を原告甲野に対して支払つた。
(七) そして昭和五〇年九月二六日本件委任事件は、大阪地方裁判所同年(ワ)第四七一号として係属したが、同年一〇月末ごろ被告土井が甲第三号証の報酬契約書を息子に見せたところ、勝訴しても何ら利益がないではないかといわれ、不安になつた同被告は、大阪市の法律相談所に赴き、右報酬契約書を見せて、自己の利益があるか否かたずねたところ、勝訴の場合の同被告の取得分はないとの答をえたので、同年一一月末ごろ原告乙山に電話をし、勝訴した場合の同被告の利益がないのではないかと問合わせたところ、原告乙山は、原告甲野とも相談したうえ、原告甲野から返事をさせる旨答えた。
(八) そこで昭和五一年一月二三日被告土井は原告甲野の事務所に行き、右報酬契約の改訂を申入れたところ、被告土井と原告乙山との間で別の事件について争いがあり、そのため原告乙山が、別件の解決がつかないうちは訂正に応じないという話だつたので、被告土井と原告甲野との間で口論となり、その際互いに激昂し、原告甲野において「文句いうならやめや」などといい、一方被告土井もこれを受けて「ああそうでつか、そんならやめや」などと応酬した。このようなことがあつたので、被告土井は、原告らに対する信頼感を喪失し、また原告らがもはや本件委任事件の訴訟追行をすることもないと考え、かくなるうえは被告らにおいて右訴訟の結着をはかるほかないとの態度をかためて、被告岩野方に赴き、これまでの経緯を話したところ、被告岩野も実質的所有者である被告土井の意向に賛成したので、もう訴訟はやめる旨原告甲野に報告した。
(九) こうして被告らは本件委任事件の訴訟に関心を持たなくなつたが、その後も訴訟は、昭和五一年七月一四日の第五回口頭弁論期日まで原告らによつて進行を続けていた。
(一〇) 被告土井は、前記甲、乙事件、本件委任事件の訴訟関係書類を他の弁護士に示して本件委任事件の勝訴の見込を聞いたところ、甲、乙事件とも上告審まで係属しながら、本件委任事件の原告となつている被告岩野の共有者であつた松島が敗訴しているため、真砂によつて締結された本件土地に関する売買契約の効力、その後小林宏によつて締結された買戻契約の効力という争点が同一の本件委任事件も敗訴する可能性が大きいといわれたうえに、病気で寝たきりの被告岩野のことも考え、これ以上訴訟を維持する意思をなくし、昭和五一年八月九日改めて原告両名に対し、報酬契約書は錯誤により無効である旨の通知をなした。
(一一) そして被告土井は、昭和五一年八月末ごろ崔の代理人である李元洙と交渉をして、五〇万円を受取る代わりに訴訟を取下げるという裁判外の和解をなし、その旨被告岩野の了解を得て、翌九月一日被告岩野の名義で訴の取下書を大阪地方裁判所に提出した。
<中略>
右の認定の事実によると、原告甲野と被告土井との間に叙上の応酬があつた段階で委任契約の合意解約がされたものと速断することはできないが、すくなくとも当時において被告らから原告らに対し委任契約解約の意思表示がされたものと認められる。
5 右争いのない事実および認定事実によると、本件委任事件の提起に至るまでの経緯、特に原告らは、松島の代理人として甲、乙事件の訴訟等を行いながら、いずれの事件においても敗訴したので、今回は当事者を変えて甲、乙事件と同一の争点を有する本件委任事件を提起したのであるが、その後依頼者と特別の報酬契約を締結していて、右契約によると、被告らは当面「訴訟費用」(正確な意味での訴訟費用のほかいわゆる手数料や着手金等を含むものと解される。)を支出する必要はないが、右「訴訟費用」は勝訴の場合に優先的に控除されることになつており、また本件委任事件の提訴に伴い相手方から請求されることのあるべき損害賠償義務などの一切は原告らが負担することになつており、これらの代わりに勝訴の場合における原告らの報酬額は通常の報酬契約に比べて著しく多額に定められているのである。これらのことから推すと、本件委任事件の追行は、原告ら自身が主導的立場で、かつその危険負担において行つた面のあることは否定できないが、しかしそれにもかかわらずなお、それが委任者である被告らのためにされていることを否定することはできないから、いかに原告らと被告らとの間において訴訟についての責任を原告らが負担するなどの特約が交わされていたとしても、第三者との関係で被告らが免責されることはありえない。そうであるから、訴訟の最終的な結着をいつ、どのようにして図るかなどは終局的には委任者において決しうるものと解すべく、本件委任事件においても、一般原則に従い委任者である被告らは受任者である原告らをいつでも自由に解任しうるものと解される。したがつて、本件委任関係は叙上の解任の意思表示により終了したものというべきである。
6 しかしながら、被告らにおいて原告らを自由に解任しうるからといつて、それにより原告らがもはや報酬等を請求することができなくなるものでないことはいうまでもない。そこで、右解任ないしはその後に行われた訴の取下に伴い原告らがその主張するような報酬請求権等を取得するかについてみるに、叙上の事実を総合すると、本件委任事件についての報酬契約特約(二)に従うと、本件土地の実質的所有者(本件委任事件の実質的原告)である被告土井としては、契約書作成前の話合いとは異なり、勝訴判決を得ても何らの利益も得られない内容となつているのであるから、同被告がその記載内容の訂正方を受任者である原告らに申出たことは当然の措置であり、このような場合、原告らとしては、その弁護士としての職責からしても即時当事者間の話合いの内容どおり、訴訟費用と被告岩野への謝礼一〇〇〇万円を控除した残額の五割を被告土井が取得する旨、契約書の内容を変更すべきであつたものというべきである。
それにもかかわらず、原告らは、原告乙山と被告土井との別事件の解決ができていないことを理由に訂正に応じず、加えて、原告甲野において興奮のあまりとはいえ、「文句いうならやめや。」などと自分の側から訴訟委任関係を解約するかの如き言動を呈したのであるから、これに対し契約書の内容に不満を抱いていた被告土井が激昂し、「そんならやめや。」と本件委任関係を解約するかの如き言葉を発し、双方口論となつたのである。右の口論が、当面の問題が訴訟を追行し勝訴判決をえても依頼人になんの利益ももたらさないような記載の不正確な報酬契約書の訂正にかかつていて、それはいわば本件委任関係における最も重要な要素の一というべきであり、依頼人がその訂正方を申し出ているのに、受任者たる弁護士がその訂正に応じなかつたために生じたものであることに思いを至すときは、本来厚い信頼関係で結ばれるべき弁護士・依頼人間の信頼関係はここにおいてもはや損われたものというほかなく、したがつて、当時において被告らが本件委任関係を解約し、さらに被告らにおいて、右のような経緯をふまえて本件委任関係は合意解約されたか、解約されたものと考えたのは当然で、被告らが右のような挙に出また右のように考えたことを責めることは相当ではなく、右に述べたところに照らすと、ひつきよう、右の信頼関係を損い、被告らをして右のように思わせるなどした責任は弁護士である原告らにあるといわざるをえない。
そして、右に述べたところに加え、本件委任事件提訴にいたる経緯、特に本件委任事件と同一の争点を有する甲、乙両事件とも、被告岩野の共有者であつた松島の敗訴に終つており、これらの事件の帰趨を定めるうえで最も重要と思われる買戻契約の効力については、前認定の事実から推すと、原告甲野の書いた証明書が重要な役割を果たしたと考えられることや、被告土井が甲乙事件の訴訟関係書類を他の弁護士に見せて、本件委任事件の勝訴の見込を尋ねたところ、同一争点の訴訟が上告審まで係属しながら松島敗訴となつているところから、勝訴の見込はないといわれたこと、さらには、被告らとしてはもはや原告らによる訴訟追行を期待しえなくなつたことなどの事情からすると、被告らが本件訴を取下げたのはむしろ当然のことというべく、原告らに対して無断で取下げた点についても、被告らとしては既に原告らとの訴訟委任関係は解消しているものと考えていたのであるからこれまた当然のことというべきで、本件報酬請求等に関し本件訴の取下の責を被告らに負わせるのは相当でなく、むしろその責は訴訟委任関係の基礎となる信頼関係を損わせしめた原告らが負うべきものと解するのが相当である。
そうであるから、本件解任ないし訴の取下はひつきよう、受任者たる原告らの責に帰すべき事由によるものということができ、また右訴の取下等にはなんら違法性がなく受任者たる原告らに対する不法行為を構成しないというべきである。したがつて、無断取下を理由として被告らに対し成功報酬あるいは報酬相当額の損害賠償を請求する原告らの請求は、その余の点について判断するまでもなく失当である。
(川口冨男 前川豪志 中村隆次)