大阪地方裁判所 昭和53年(ワ)7995号 判決
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【判旨】
一本件事故の発生
(一) 昭和五二年五月一八日午前八時三、四〇分頃(正確に三〇分頃であつたか四〇分頃であつたかの点はしばらく措く)原告が本件工事現場の切梁りH鋼のうえに降りるため護岸から同H鋼のうえに本件ハシゴをかけてその上端と護岸の鉄骨を鎖で結んで同ハシゴを降りている途中右ハシゴの下端が右H鋼のうえを滑つたため右ハシゴから転落し負傷したことについては当事者間に争いがない。<中略>
二被告の責任
(一) <証拠>によると、被告はその従業員である赤井延行を本件工事現場の事務所々長兼統括安全責任者に任命し、同人および小林茂利、坪坂通治の三名を本件工事現場に派遣して常勤せしめ同人らの指揮監督のもとに訴外エヌシーほかの下請業者に工事を施行させていたものであつて、右三名の者は訴外エヌシーの従業員であつた原告やその他下請業者の従業員に対しその従業員が担当する専門分野の技術的内容にわたる点についての指導はともかく一般的な作業進行や作業行動については直接これを指揮監督する立場にあり現にこれを行つていたものと認めるのが相当である。
すなわち、原告は被告が支配管理する本件工事現場内において被告の直接の指揮監督のもとに労務を提供していたものであり、両者間には直接の雇傭契約ないし労働契約は存しないにしてもいわゆる使用従属の関係が存したものというべく、かかる場合には下請の従業員たる原告は被告に対しその指揮監督に従うべき義務を負う反面、元請人たる被告は、下請業者の従業員である原告に対し信義則上右労働関係(使用従属関係)に附随する義務としてその労務提供の過程において生命、身体をそこなうことのないよう危険から保護しその安全を保証するよう配慮すべき義務を負うと解するのが相当である。
(二) しかして、右安全配慮義務の具体的内容は原告が従事していた作業および本件工事現場の具体的状況に応じて定められるべきものであると解せられるので、以下この点についてみるに、本件事故が原告が渡船のために護岸からハシゴを使用して切梁りH鋼のうえに降りようとしているときに発生したものであることは前記のとおりである。
そして、<証拠>によると、
(1) 本件工事現場での作業は前記地点の寝屋川の上流から下流までの約一六〇メートルの間を上流側の仮締切と下流側仮締切りにおよび護岸からおよそ五メートル位の個所に打込んだ鋼矢板(シートパイル)で区切り右区間を締切り排水した後その河床の泥土凝結作業を行うものであること。
(2) 右区間の鋼矢板にはその横方向約一六〇メートルのほぼ全長にわたつて巾約三〇糎の腹起しH鋼が取付けられこれと相対する護岸側にもこれと同様の腹起しH鋼がほぼ同高の位置に平行に護岸から吊下げ状態で設置され、かつ右両腹起しH鋼の間にはそれぞれに直交する状態で巾約三〇糎の切梁りH鋼が約五メートルの間隔で取付けられ(固着され)ていること。
(3) そして、右鋼矢板の上端からこれに取付けられた腹起しH鋼の平板面までは約六五糎、護岸の天端部から右切梁りH鋼の上面までは約2.3ないし2.4メートル、右切梁りH鋼の上面から排水後の河床までは約2.4メートルの各距離があること。
(4) しかして、右区間の泥土凝結作業はまず河川上の台船からセメント等の凝結剤を投入して一応河床を凝結せしめることから始められその後に作業員が河床に降りて手直し作業を行うもので、右作業は下流側より進められ、本件事故発生当日は台船は右区間のほぼ中間あたりで作業をしており、その下流側では手直し工事が行われていたこと。
(5) ところで、右現場では作業台船は、朝夕、材料置場に近い上流側仮締切りから発着するのが原則となつておりその場合には右仮締切りをわたつて渡船、護岸が行われていた(護岸と仮締切りとの間には固定ハシゴが設けられている)が、作業台船が仮締切りから離れた個所で作業している途中あるいは台船を右場所に置いたままで作業を終える場合には上、下流いずれかの仮締切りと前記鋼矢板に取付けられた腹起しH鋼のうえを歩いて渡船、護岸する方法が多くとられていたこと。
(6) しかし、右腹起しH鋼は元来渡船、護岸のための設備として設けられたものではなく前記の如く右H鋼の平板面から鋼矢板上端までの距離が約六五糎であつてこれを手すり替りにするにしても丁度具合のよい高さであるとはいえず右腹起しH鋼の巾も約三〇糎ほどしかないのでこのうえを歩く場合はつねに転落することのないように注意して歩くことが必要であり右腹起しH鋼をつたつて渡船、渡岸する方法が全く危険のない方法であつたとはいえず、ことに台船が前記区間の中間地点で作業をしている場合にはそのうえを歩く距離が長くなりそれだけ危険も増加するもので渡船渡岸の方法としては必ずしも安全で適切なものであるとはいえないこと。
(7) そして、右以外の方法としては、まず被告の主張するように一旦河床へ降りてからハシゴを持つて台船の近くまで行きそこから台船へ上る方法があるが、右方法は凝結作業がある程度進んで河床を作業員が歩けるようになつて始めて可能になるものであるうえ、渡船、渡岸の都度いちいちハシゴを持つて歩かなければならず凝結作業のすすんだ下流側だけからしか台船に行けないし、また右現場には右目的のために持歩き可能なハシゴとして本件ハシゴが一つあつただけであるから、誰れかが一旦右方法をとりハシゴを移動させてしまうと他の者はすぐには同一方法はとれないものであつて、右現場において現実に多用されうる方法ではなかつたこと。
(8) そして、いま一つの方法として原告が現実にしようとしていたようにハシゴを持つて護岸上を歩いて台船の近くまでいきそこから切梁りH鋼上にハシゴをかけて右H鋼のうえに降りこれをつたつて台船にわたる方法もあるが、この方法だと護岸を歩いている分には転落の危険は少なく上、下流いずれの側からも渡船、渡岸できるが、本件事故において現実化されたようにハシゴが滑るという危険を伴うものであつたこと。
(9) ところで、原告は右現場において本件事故当日までの間訴外エヌシー従業員としてその時の状況に応じて手直し作業やその他の作業に従事していたもので、その間作業中の台船と護岸の間を往来していたが、多くは前記腹起しH鋼のうえを歩いてわたる方法をとつていたこと。
以上の事実が認められる。
そこで、右認定事実に照らし考えるに、前記作業内容と現場の状況からみると、台船が朝夕上流側仮締切から発着する場合は別として、それ以外の場合同所では渡船、渡岸が何らの危険もともなわずに安全に行われるような状況ではなかつたというべく、殊に台船が本件工事現場の中間地点附近で作業を行つている場合には原告がとつたように護岸から切梁りH鋼にハシゴをかけて渡船、渡岸しようとする者がでてくることおよびそれには前記の如き危険を伴うことを予見することは充分可能であつたというべきであるから(原告本人は現実に右の如き方法がとられていたといつており、そうであればもちろんそうでなくとも右予見は可能であつたというべきである)、右の如き現場において前記の如き作業に従事せしめている被告としては、あらかじめ安全な渡船、渡岸のため装置ないし設備(原告が主張するような固定ハシゴおよび板ハシゴもその一つとなり得る)を設けるか、少くとも作業員らに対しとるべき渡船、渡岸の方法を厳に指示してこれを順守せしめ本件の如き事故を回避させるよう配慮すべき義務を負つていたものというのが相当である。
被告は台船が前期区間の中間地点を行う期間は極く短期間であり、本件事故について労働基準監督署が何ら法違反がないとしていることからも被告に前記の如き渡船、渡岸のための設備を設置すべき法的義務のないことは明らかであるというが、右の中間地点での作業期間が短いという点については前記作業内容の点からみてそれが被告のいうように極く短期間といえるかどうか疑問であるばかりでなく、たとえその期間がそれ程長期間にわたるものでないとしても、前記の如き危険が予測される以上これを放置しておいてよいとする理由はなく、また、労働基準監督署が法令上違反の点はないとしていることも(このこと自体は前掲水戸証人の証言により肯認できる)、前記安全配慮義務の存在を否定する理由にはならない。けだし、労働基準監督署は労働安全衛生法、同規則等の法令に照らし法違反の有無を検するものであるところ、右法律等は使用者が労働者に対する危険防止のためにとるべき一般的な措置を定めその実施を行政的監督に服させる趣旨のものであり、その規定するところは使用者の労働者に対する私法上の安全配慮義務の内容を定める基準となり得るものではあるが、具体状況に応じて定められるべき右安全配慮義務の内容のすべてを規定するものではないと考えられるからである。
また、被告は渡船、渡岸の方法ことにハシゴの如き簡単な用具の使用方法について特別の教育訓練を施す必要ないというが、ハシゴの具体的な使用方法についてはともかく前記の如き危険が予見される以上とるべき渡船、渡岸の方法を指示し注意を与えるのは当然であり、被告の主張はにわかに採用できない。<中略>
五結論
以上のとおりとすると、原告の本訴請求中六七七万九九〇九円およびそのうち逸失利益の損害六三二万九九〇九円に対する本件事故発生の日である昭和五二年五月一八日から、弁護士費用の損害四五万円に対する本件訴状送達の翌日であること記録上明らかな同五四年一月一一日から、支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める部分は理由がある(少くとも本件のような安全配慮義務違反により人の生命、身体を害したことによる損害として請求される場合でもその賠償債務の履行期に関しては不法行為による損害として請求される場合と実質上区別すべき合理的理由がないので、損害の発生後直ちにこれを賠償すべきものと解するのが相当である。但し、弁護士費用の損害についてはその性質上本件の如き既払の分については他に特段の事情の主張、立証がない限り訴状送達の翌日以降の遅延損害金を請求しうるにとどまると解するのが相当である。)が、その余は理由がないというべきである。
(上野茂)