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大阪地方裁判所 昭和53年(ワ)858号 判決 1979年9月28日

原告

亀廣市右エ門

右訴訟代理人

武田隼一

川合孝郎

被告

寺岡正治

右訴訟代理人

坂東宏

村林昌二

主文

一  被告は、原告に対し、金三四四、八八〇円及びこれに対する昭和五三年二月二二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを二分し、その一を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。

四  この判決は原告勝訴部分に限り仮に執行することが出来る。

事実《省略》

理由

一被告の不法行為の成否について判断する。

<証拠>及び原告本人尋問の結果を総合すると、次の事実が認められる。

1  被告は、原告が居住する大阪市阿倍野区松崎町三丁目三番一三号所在のマンシヨンアベノ松崎町ハイツ五二二号室の直上である同ハイツ六二一号室を所有し、同所で居住している(このことは当事者間に争いがない)。

2  昭和五二年五月二九日午後三時半ごろ、原告方住居の炊事場と和室の境の天井から黒い水がたれ落ちてきて、次第に激しくなるようになるので、原告の妻亀廣久枝は、直ちに階上の被告方に電話し、被告の妻に対し、上から水漏れがするので一度見てほしいと連絡した。ところが、被告の妻は、うちでは水は使つておらず、関係がない、用があるなら管理人を通じてくれとどなりつけて電話を切つたので、原告は、再度被告方に電話連絡したが、同じ返事であつた。そこで、久枝は、そのあと同ハイツの管理人亀田開助方に行つて居合わせた亀田の妻に漏水のあることを連絡したが当日亀田は原告宅へはこなかつた。また、当日は日曜のため、修理業者には連絡がつかなかつた。

3  久枝は、昭和五二年五月三〇日午前九時ころ、右マンシヨンを建設した青木建設に電話して漏水防止工事を早急にしてほしい旨依頼したところ、同日午前九時四〇分ころ、青木建設サービス部の従業員一名と右マンシヨンの配管工事を担当した不二設備の従業員一名がきてくれ、被告方に赴いたが、被告が立入を拒んで戸を開けてくれなかつたため、原因の調査もできないままに帰つた。久枝は、同日午後四時ごろ、水漏がさらに激しくなる様子なので、もう一度青木建設に電話して、みてほしいといつたが、階上の部屋に入れない以上工事はできないといつてその日は断わられた。久枝は、そのあと、右マンシヨンの売主である巽住宅に電話して従業員の白永計三にも漏水の事実を連絡した久枝は、同日、管理人室で亀田に会つたところ、亀田は、被告の妻が病気といつて全然中へ入れてくれないと話していた。

4  昭和五二年五月三一日午前九時半すぎころには、巽住宅の白永と不二設備の従業員がきて被告方へ入室の交渉に行つたが、被告が入室を拒否したため、やむなく、白永が原告宅の和室押入の天井の一部を開いて天井裏を調べたが、漏水の原因は判らないまま帰つた。また、同日、右マンシヨンの配電工事を担当した上月電光社の社長上月昭治も原告宅にきた。白永、上月らは、同日被告方に電話しても応じないので、被告の勤務先に電話して入室を求めたが、被告は立入は困るといつて応じなかつた。管理人の亀田は、同日午前一〇時半ごろ、原告宅にきたが、被告の妻が病気といつて入室させてくれない旨を告げた。

5  昭和五二年六月一日には、白永、上月、青木建設の浜田晃一、不二設備の従業員らが原告宅にきた。上月は、被告宅へ扶いて漏水が続いているため漏電のおそれがあるから入室させてほしいと頼んだが、被告は玄関の戸も開けず、インターホーンで応待し、今日は具合が悪いからといつて右要求を拒否するとともに、被告が前から青木建設に対して被告方の南側網戸張替、風呂場天井ぬりかえ、台所と玄関の床の張替など七項目にわたる補修工事を無償で行なうようにとの要求を容れてくれなければ入室はさせない旨の話をした。上月は、原告方居間の天井を一部破つてそこから漏水と配線の状態を調査したところ階上のコンクリートの床から水が落ちていたが、天井裏にある排水管からの漏水はなく、給水管は原告方からは調査できなかつた。

6  被告は、昭和五二年六月二日にようやく工事関係者の被告方への立入を許した。白永、上月、浜田、不二設備の従業員らは、同日被告方に入室し、炊事場の床をめくつたところ、給水管に小さい亀裂があり、調理場の床を踏むたびに配管が圧迫されて亀裂が広がり、漏水が生じていたことが入室後約一時間の調査によつて判明したので、同日中に不二設備が修理工事を完了した(工事完了の事実は当事者間に争いがない)。

以上の事実が認められる。

<証拠>中には、昭和五二年五月二九日には亀田が、同月三〇日には亀田と不二設備の従業員なかとせが、同月三一日には亀田、白永、浜田、上月、なかとせらが、いずれも被告宅に入つて調査した旨の供述部分が存するけれども、右のとおり同年六月二日に入室後一時間位で漏水の原因が発見され(漏水個所は被告宅炊事場床下の給水管の亀裂であつたから被告宅に入室さえできれば、その発見にさしたる困難はなかつたと思われる)、同日中に修理が完了したことから考えると、工事業者が既に同年五月三〇日に被告宅に入室できたとすればその日のうちに修理完了していた筈であつて、修理が三日後の同年六月二日まで延びたことは不合理である(漏水は間断なく続いていたので工事をいたずらに延引させることは考えられない)ことなどに徴し、前記の供述部分は到底措信できないし、他に右認定を左右できる認拠はない。

右事実によると、被告と原告とが所有し居住しているマンシヨンアベノ松崎町ハイツの六二一号室と五二二号室とは階上と階下の関係にあり、給水管は六二一号室の床下を通つているため、階下の五二二号室からはコンクリートの障壁にさえぎられて給水管の点検、修理のできない構造になつているのであるから、かかる構造、設備を有する同一マンシヨンの階上室を所有し居住する者は、階下に漏水事故が生じ、その原因の調査、水漏個所の修理のため必要が生じた場合には、同一マンシヨンの直上、直下階にそれぞれ居住するという共同の関係をもつて社会生活を営む者の隣人(階下居住者)に対する義務として、自己の所有し、居住する階上室に工事関係者が立入つて、漏水原因の点検、調査、修理工事をすることを、これを拒否するのが正当と認められる特段の事情のない限り、受忍すべき義務があり、この義務に違背して右特段の事情がないのにことさらに立入を拒否した場合には階下居住者に対する不法行為となるというべきである。

本件では、被告は、昭和五二年五月二九日午後三時半ころ原告方に漏水事故の生じたことを知らされ、同月三〇日午前九時四〇分ころには工事関係者から被告宅に漏水原因の調査、修理のため入室を求められたのに、何ら入室を拒否する正当の理由がない(被告は、被告の妻が病気であつたというが、入室して調査することを拒否せざるを得ないような重病で病床にあつたことを認めるに足りる証拠はない)にも拘らず、これを拒絶し、その後も再三の申入に対して、青木建設に対する被告宅の補修要求を交換条件に持ち出すなど筋違いな要求をして、その都度拒否し、結局同年六月二日に至るまで入室を拒み続けたのであるから、被告の同年五月三〇日から同年六月一日までの三日間にわたる入室拒否行為は、社会生活上要求される前記の義務に著しく違背した行為として違法性を帯び、原告に対する不法行為となるといわなければならない。

二<証拠>及び原告本人尋問の結果を総合すると、原告は、右漏水による汚損のため、台所天井、壁各クロス張替、下地ベニヤ取替、和室4.5畳壁と六畳壁の各クロス張替、カーペツト取替、4.5畳フスマ張替の補修工事が必要となり、田川装飾店に右工事代として三四三、六〇〇円を支払つたことが認められ、右認定に反する証拠はない。

右事実に前記一の事実を合わせ考えると、原告方の右漏水による汚損は、被告の不法行為がなければ、昭和五二年五月三〇日中には止つていたと思われるのに対し、被告の右不法行為によつて漏水の停止が同年六月二日まで三日間延引し、その間漏水が続いたことによつて損害が拡大したものであるが、被告の不法行為がなかつたとしても一日位は漏水が続くことによる汚損は当然生じた筈で、その場合でも一部の内装補修工事が必要となつたものと考えられるから、被告の前記不法行為によつて原告に生じた財産上の損害額は右補修費用三四三、六〇〇円の八割に当る二七四、八八〇円と認めるのが相当である。

三前記一の事実によれば、原告は、被告の不法行為により三日間余にわたつて漏水防止の処置をとることが不能となり、時には漏水が激しくなるためその対応措置に追われて住居の平隠を害され、精神的苦痛を蒙つたものと認められる。

そして、前記一の被告の不法行為の態様、原告の物的損害発生の状況、原告側の対応措置ことに原告とその妻が、昭和五二年五月二九日に二回にわたつて被告の妻に電話連絡したほかはすべて被告方への立入について管理人ないし工事関係者に委せ切りにし、自ら直接被告方に赴いで被告との面談、説得を試みるなど隣人同志として十分に話合う努力をしなかつたことなどその対応措置には同一マンシヨンに居住する隣人に対するものとしてやや配慮に欠ける点もあつたことなどの事情を総合すると、原告が蒙つた精神的損害に対する慰藉料は七〇、〇〇〇円とするのが相当であると認められる。

四したがつて、原告は、被告に対し、不法行為による損害賠償として、前記二、三の合計金三四四、八八〇円およびこれに対する本件訴状送達の日の翌日であることが本件記録上明らかな昭和五三年二月二二日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求めうるものであるが、原告のその余の請求は理由がない。

よつて、原告の請求は主文第一項掲記の限度でこれを認容し、その余の請求を棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九二条、仮執行の宣言につき同法第一九六条第一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(山本矩夫)

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