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大阪地方裁判所 昭和54年(モ)1213号 決定 1979年5月18日

申立人(原告)

全国税関労働組合大阪支部

外七〇名

右申立人ら訴訟代理人

宇賀神直

外四名

相手方(被告)

右相手方指定代理人

稲垣喬

外九名

主文

本件申立を却下する。

理由

第一申立人(原告)ら(以下、原告という。)の申立

一文書の表示

大阪税関長の作成・保管にかかる申立人(原告)全国税関労働組合大阪支部(以下、原告全税関支部という。)を除くその余の申立人(原告)ら(以下、原告らという。)及び別紙同期入関者目録記載の職員の人事記録

二文書の趣旨

原告ら及び別紙同期入関者目録記載の職員の(一)氏名及び生年月日、(二)学歴に関する事項、(三)試験及び資格に関する事項、(四)勤務の記録に関する事項、すなわち右各職員の採用年月日、初任給、等級号俸、昇給、昇任、特別昇給、配置換等の記載、(五)その他総理府令で定める事項を記載した文書である。

三文書の所持者

相手方(被告。以下、被告という。)(保管者は大阪税関長)

四証すべき事実

原告らと同期入関者との間の昇任、昇格、特別昇給における格差の存在の有無及びその程度に関する事実

五文書提出義務の原因等

1  民訴法三一二条三号前段

民訴法三一二条三号前段に規定する「挙証者ノ利益ノ為ニ作成」された文書とは、挙証者の権利権限を直接に証明し、又は基礎づける目的で作成された文書のみならず、重要な争点の解明に役立ち、間接的に挙証者の権利権限の証明に効果のある文書をいうものと解すべきである。これは、両当事者間に争いがある限り実体的真実を追求しようとする民事訴訟の理念に合致するだけでなく、とりわけ、本件のごとく憲法、国家公務員法(以下、国公法という。)に定める平等原則、公正な人事行政の実現という公益的性格を持つ訴訟にあつては、その権利保護と憲法・国公法の原則実現という目的を達するために必要だからである。よつて、人事記録が右文書に該当することは明らかである。

2  民訴法三一二条三号後段

民訴法三一二条三号後段に規定する「挙証者ト文書ノ所持者トノ間ノ法律関係ニ付作成」された文書とは、挙証者と所持者の直接又は間接の関与のもとに作成され、かつ右両者間の個別的、具体的な権利ないし法律上の利益が直接明らかになるような文書に限らず、所持者が単独で直接又は間接に関与して作成したものでも差し支えなく、又挙証者との文書の所持者との間の法律関係それ自体を記載した文書だけでなく、その法律関係に関連のある事項を記載した文書やその法律関係の形成過程において作成された文書をも含むと解すべきところ、人事記録が原告らの被告に対する損害賠償請求権の存否という「法律関係ニ付作成セラレタル」文書に該当することは明白である。

なお、所持者の自己使用のために作成した文書は右文書には入らないと解されているが、原告が提出を求めている人事記録は、国公法一九条に基づいて各省庁において作成することが義務づけられ、その記載事項及び様式は「人事記録の記載事項等に関する政令」等によつて定められ、人事記録を故意に作成しなかつた者に対し刑罰を課すとまで規定している。右のように法令によつて人事記録の作成義務等が規定されているのは、人事記録が行政の公正を維持するために重要な意味を有するからであり、被告のいうごとく単に人事関係の事務処理の便宜のための「純然たる内部の記録簿」であるにすぎないのであれば、右法令の定めまでも置く必要は存しない。よつて、人事記録は、被告の自己使用のために作成した文書ということはできない。

3  守秘義務との関連について――被告の主張に対する反論――

(一) 民訴法三一二条の文書提出義務に関して、同法二七二条等の守秘義務の規定の類推適用を認めるのが一般的な裁判例の傾向である。同法二七二条等にいう「職務上の秘密」とは、職務上知り得た事項でこれを公表することによつて国家の利益又は公共の福祉に重大な損失又は不利益を及ぼすような秘密をいうものというべきである(高松高裁昭和五〇年七月一七日決定、判例時報七八六号四頁)ところ、結局、守秘義務があるかどうかは、実質的秘密の内容、程度の問題に帰着するのであり、安易に「行政上の秘密の保持の必要性」ということだけで文書提出義務が免責されると解すべきではない。

被告は、本件人事記録について、大阪税関長が通達によつて秘密指定したが故に「職務上の秘密」であるという。しかし、「職務上の秘密」にあたるかどうかは、当該官庁が秘密指定したことだけで直ちにその事項が秘密となるのではなく、その内容においても実質的に秘密として保護するに値すると認められるものをいうのである(最高裁昭和五二年一二月一九日決定、判例時報八七三号二二頁、同昭和五三年五月三一日決定、判例時報八八七頁一九頁)。

従つて、被告主張のごとく大阪税関長が通達で秘密指定をしたこと、或いは事務次官会議でその旨申し合わせたことをもつて、直ちに本件人事記録が保護に値する秘密になるものではない。

附言するに、被告は、「職務上の秘密」に関する事項かどうかの実質的判断権は裁判所にはないというのであるが、これも又謬論である。実質的に秘密か否かの判断が当該官庁の自由裁量であるとするならば、結局のところ右官庁が秘密扱いにすれば、その内容の如何にかかわらずすべて「職務上の秘密」となつてしまうのであり、これは前記のごとく形式的秘密では足りず非公知の事実であつて実質的にも保護に値する秘密であることを要するという最高裁判例にも反する。なお、前記最高裁昭和五三年五月三一日決定は、実質的に保護に値する秘密であるか否かの判定は司法判断に服するとしている。

(二) 被告は、本件人事記録の実質的秘密性について、人事制度の円滑な運用を図ること、当該職員のプライバシーを守ることという二つの要請に基づくとしている。当該文書が保護に値する秘密か否か(実質的秘密性)の判断の基準は、その秘密事項を公表することによつて国家の利益又は公共の福祉に重大な損失又は不利益を与えるか否かという点に求められるべきであるところ、本件においては、被告の主張する右二つの要請が右基準に合致するかどうかが中心的な問題となる。

(1) 人事制度の円滑な運用という点について

被告がいうところの人事制度の円滑な運用の要請というのは、本件人事記録が公表されると人事制度の円滑な運用が妨げられるという趣旨であろうと思われる。

しかしながら、そもそも原告が本件人事記録の提出命令を申立てたのは、被告が原告主張にかかる原告らと同期入関者の昇任、昇格、特昇の状況についての主張に対し、何らの認否も行わなかつたことに起因する。その認否をしない理由は、人事制度の円滑な運用とプライバシーの保護という点にあるというが、現実の訴訟の進行の中で、被告は、原告の主張した昭和二五年度、同二八年度、同三二年度の各入関者の昇任の状況についてはこれを認否した。更に、大阪税関では毎年職員録を発行しているが、その昭和四五年度発行のものまでは各職員の等級号俸並びにその地位が記載されていたのである。すなわち、各職員の昇任、昇格はこのような形で公表されていたのであり、もし大阪税関職員の昇任、昇格等を公表することが人事制度の円滑な運用を妨げるというのであれば、右のように公表されるはずがない。特昇についても同様である。特昇はとくに職員録等に記載するといつた性質のものではないが、被告の主張によれば一般的に特昇は、勤務成績が特に優秀であつて、そのことによつて表彰された者に対して行うというのであるから、これを公表したとしてもそのことによつて他の職員を一層督励する効果を生じさせることがあつても、人事制度の円滑な運用を妨げるとはとうてい考えられない。

このように、大阪税関当局は、かつては昇任、昇格等についてこれを公表していたのであるから、それによつて人事制度の円滑な運用が全く妨げられていなかつたはずであるが、昭和四六年になつて、これを廃止した。それについて当局は合理的な説明をしていないのであるが、もし仮にその頃になつて突如昇任、昇格等を公表することによつて人事制度の円滑な運用が妨げられる何らかの事由が存在したとするならば、それはまさしく当局がその前後から全税関労組に所属する原告らに対していわれなき差別を始め、そのことが明るみに出ることをおそれたがために他ならない。

右のように、本件人事記録に記載されている職員の学歴、昇任、昇格、特昇、表彰等については、その大半はすでに公表されているものであり、その余の学歴、表彰等についてはこれを公表したとしても、そのことによつて人事制度の円滑な運用が妨げられるとは考えられず、まして国家の利益、公共の福祉に重大な損失を及ぼすとはとうてい解することができない。

(2) プライバシー保護の点について

前記のごとく被告は昇任について一部ではあるが認否しており、又前記職員録によつて昇任、昇格は公表されていたのであるから(職員録そのものには昇任、昇格を直接記載していないが、年度順にこれを繰つてゆけば昇任、昇格は容易に知ることができる。)、被告のいうプライバシーの保護はすでに大阪税関当局自身によつてふみにじられているのである。

もとより、人事記録の中に記載されているであろうところの懲戒の記録などについては、当該対象者にとつてこれを公表されることは、プライバシーの保護という観点からして好ましいことではないかもしれない。しかし、原告が本件人事記録によつて明らかにしようとしているのは、そのような個々人の表彰とか懲戒とかの有無ではなく、原告らと同期入関者が、昭和四〇年以降において、その時点でどのような昇任、昇格、特昇をしたか、という点である。結局、被告がその点についての原告の主張に対して何らの応答をもしないために本件の文書提出命令を申立てるに至つているのであり、被告はこの点に深く思いを致すべきである。

(三) 以上のように、本件人事記録について「職務上の秘密」の内容ともいうべき実質的秘密性に関する被告の主張には何らの合理性をも見出し難く、よつて、本件人事記録が「職務上の秘密」すなわち守秘義務があることを理由にその提出義務を免責されるとはとうていなし難いのである。

第二相手方の意見

一人事記録は、民訴法三一二条三号前段及び後段の文書に該当しない。

1  人事記録が民訴法三一二条三号後段の「挙証者ト文書ノ所持者トノ間ノ法律関係ニ付作成セラレタ」文書に該当しないことについて

民訴法三一二条に規定する文書提出命令の制度は、裁判所の命令によつて対立当事者ないし第三者の手中にある文書を挙証者のために利用させようとするものであるが、これは当事者の責任と負担において訴訟の進行を図ることを建前とする民事訴訟においては、例外的な措置というべきものである。しかも、文書提出命令が対立当事者に対して発せられた場合を考えてみると、対立当事者は自己の意思に反してまでもその手中にある文書を相手方のために利用されなければならない法的義務を負い、もしこの命令に従わないときには、裁判所によつて、当該文書に関する相手方の主張を真実と認められる危険を負わされ(同法三一六条)、又文書提出命令が第三者に対して発せられた場合には、当該第三者がこの命令に従わないときには、当該第三者は訴訟当事者ではないにもかかわらず過料の制裁を課せられる危険を負わされる(同法三一八条)という著しく不利益な措置である。

このような重大な効果によつて裏打される文書提出義務を対立当事者ないし第三者に負担させる同法三一二条の趣旨にかんがみるとき、「文書カ挙証者ト文書ノ所持者トノ間ノ法律関係二付作成セラレタルトキ」とは、当該文書が右両者の直接又は間接の関与のもとに作成され、かつ右両者間の個別的、具体的な権利ないし法律上の利益が直接明らかになるような文書に該当すると解するのが法の趣旨である。換言すれば、右両者間の法律関係自体を記載した文書或いは法律関係生成の過程で作成された文書を指すと解すべきである。しかしながら、文書の作成者が事務処理上の必要から作成する内部文書については、右提出の対象とならず、この点に関しては異論もみないところである。

飜つて本件人事記録をみるに、右人事記録は、国公法一九条に基づいて、各省庁において作成することが義務づけられ、記載事項及び様式は、人事記録の記載事項に関する政令(昭和四一年二月一〇日政令一一号)及びこれに基づく人事記録の記載事項等に関する総理府令(昭和四一年二月一〇日総理府令二号)の定めるところである。人事記録は、人事に関する事務に従事する職員が、勤務する全職員について、個人単位に作成するものであり、しかも右記録は、学歴、資格、昇任、昇格の状況等を的確に記録し、当該職員が在勤する限り、当該職員に関する人事に資する目的から、人事関係の事務にあたる職員が対象とされる職員の関与なくして、単独で作成する純然たる内部の記録簿である。そうしてみると、原告は、本件人事記録の作成に間接的にせよ毫も関与することなく、又同文書は、大阪税関長と原告との間の具体的な法的地位を直接明らかにするものではないというべきであるから、これが民訴法三一二条三号後段の文書にあたらないことは明らかである。

又、原告が大阪税関長による原告らに対する違法な差別人事により昇任、昇給、昇格等において同期入関者より不利益を被りそれがために被告に対し損害賠償請求権を取得し、この法律関係に基づいて本件申立てをしているものとしても、本件人事記録自体は、原告の被告に対する損害賠償請求権の存在自体を直接にも間接にも記載しているものではないから、同法三一二条三号後段該当の文書ということはできない。仮に右のような論拠に基づく文書提出の申立が認められるとすると、原告に実体法上の請求権が存在すると否とにかかわらず損害賠償請求権が存在すると主張するだけで、常に対立当事者ないし第三者の掌中にある文書を模索してこれを自らの立証に資することができることに帰することとなり、およそ現行の民訴法が予定しているところと異る結果を生ぜしめることとなる。

2  民訴法三一二条三号前段の「挙証者ノ利益ノ為ニ作成セラレ」た文書に該当しないことについて

一般に、右条項に該当する文書として、挙証者の地位、権利等を証明し、又は基礎づけるために作成されたものを指すと解され、具体的事例としては領収書、同意書があげられる。

本件人事記録は、人事に関する事務にあたる職員が、全職員の人事上の経歴を正確に記録しておくために、法令に基づいて作成する文書であつて、たといそれが原告らに関する人事の記録であつても、原告らの利益を図るために作成しているものでないことはいうまでもない。

二秘密保持の要請による文書提出義務の不存在について

民訴法三一二条三号の文も文書提出義務は、証人義務と同様の性質を有する公法上の義務であつて証人となる義務、証言義務と同様のものと解されている。従つて、証人義務について規定する同法二七二条、証言義務について規定する同法二八一条一項一号に該当する事由がある場合には、右法条の類推適用により文書の所持者には、文書提出義務はないと解せられている。

ところで、同法二七二条及び同条を引用する同法二八一条一項一号の「職務上ノ秘密」に関する規定は、行政上の秘密の保持の必要性と訴訟における真実発見の必要性とを比較衡量したときに、前者を優先することを定めたものであるが、行政上の秘密の保持の必要性は、前述したように、文書提出命令が申立てられた場合についても該当するものである。

大阪税関において、人事記録は、大蔵大臣訓令である大蔵省管理規程(昭和二七年四月一日大蔵省訓令特第一号)一五条に基づいて大阪税関長が発した通達である大阪税関文書管理規則(昭和四四年五月八日達第一五号)及び大阪税関文書管理規則の実施細目について(昭和四四年五月八日阪総第四五七号)によつて、秘密文書として扱われている。右秘密指定が妥当適切なものであることは、昭和四〇年四月一五日の事務次官等会議の「秘密文書等の取扱いについて」の申合せの結果出された秘密の基準の中に「人事に関する資料」が入つており、現に大阪税関のみならず政府の各省庁において人事記録が伝統的に秘密文書とされてきたところからも首肯されるであろう。更に、人事記録の実質的秘密性についてみると、人事記録には、職員の学歴、昇任、昇給、特昇の状況、表彰等が記入されることから、人事制度の円滑な運用を図り、又、人事の対象となる人のプライバシーを守るという二つの要請から、これは公けにされるべき性格のものでない。ちなみに事柄が公務員の「職務上の秘密」に関する事項か否かの実質的な判断権は裁判所にはなく、承認を求められた監督官庁の自由な裁量に委ねられているところである。

以上のとおり、本件文書提出の申立ては対象とされた文書が秘密文書に該当することが明らかであるから、もはや裁判所は文書の提出を命ずることはできないというべきである。

第三当裁判所の判断

一本件人事記録を被告が所持(保管者は大阪税関長)していることは、被告の認めて争わないところである。

二本件記録によると、本件訴訟の争点は、原告らは大阪税関に勤務する国家公務員であり、原告税関支部に所属する組合員であるところ、その勤務年数、採用資格、在級年数、勤務成績等において、原告らの同期入関者に何ら劣るところがなく、本来ならば少なくとも同期入関者の標準等級号俸に格付けされるべき地位にあつたにもかかわらず、原告らと同期入関者との間に等級号俸の格差が生じている。このように等級号俸に格差が生じた原因は、大阪税関長らが全税関労組の弱体化を意図しその組織破壊攻撃の重要な手段として、原告らが原告全税関支部組合員であることを決定的理由として大阪税関労働組合員又は非組合員である各職員らとの間に昇任、昇格、特別昇給において差別的取扱いをしたことにより生じたものであり、右賃金差別の組織攻撃により原告全税関支部は団結権活動に重大な影響を受け、団結権、人格権を侵害されたものであるから、被告は、国家賠償法一条により原告らに対し、同人らの被つた賃金相当損害金等及び原告全税関支部に対し、同支部の被つた精神的苦痛に対する慰藉料等の損害賠償義務を争うと主張し、被告は、原告の主張する原告らに関する昇任、昇格、特別昇給についての主張及び原告らが同期入関者と主張する職員の入関年次、昇任年度(いずれも一部)について認否し、ほぼ当事者間に争いがないところであるが、原告が同期入関者と主張する職員の入関年次、昇任年度(いずれも一部)、採用資格、等級号俸(昇格、特別昇給)については、人事制度の運用に円滑を欠くこと及び人事に関する事項を公表することによつて右同期入関者の私生活上の利益(プライバシー)を害するとの理由で単に「争う」との認否をするにとどめ、それ以上の認否(公表)をできないというのであり、結局、大阪税関長らが全税関労組の弱体化を意図し、その手段として原告らを原告全税関支部組合員であることの故に、他の職員との間に賃金上の差別をしたのかどうかが本件訴訟の主たる争点であることは明らかである。

三ところで、本件申立の対象である人事記録は、統一された信頼性のある人事に関する記録を作成・保管することによつて、人事行政の科学的な運営ひいては公務員の利益保護に資することを目的とし、国公法一九条に基づき各省庁において作成することが義務づけられているものであり、その様式、作成方法、記載事項及び保管等については、人事記録の記載事項等に関する政令及び人事記録の記載事項等に関する総理府令によつて規定されている。すなわち、人事記録は、任命権者が当該職員の関与なしに独自に(右政令一条)、職員ごとに(右総理府令三条一項)作成するものであり、同記録には職員の氏名及び生年月日、学歴に関する事項、試験及び資格に関する事項、勤務の記録に関する事項、右総理府令一条四項に記載する事項(本籍、性別、研修、職務に関して受けた表彰、公務災害に関する事項など)(右政令二条)が記載されるものである。そして、本件人事記録にも原告ら及び同期入関者各人についての右事項が記載されているものと推認することができるところ、右記載事項から明らかなごとく、本件人事記録の記載内容は、単に職員に関する客観的事実を明確に記載するものであるということができる。

四そこで、原告が提出を求める人事記録のうち原告ら自身に関する人事記録に対する本件申立の当否について検討する。

原告が、本件人事記録によつて立証すべき事実は、前記第一、四記載のとおりであるところ、人事記録が各職員ごとに所定事項を記載して作成されるものであることからすると、人事記録自体から直接に右立証事実を立証することはできず、原告ら及び同期入関者各人の人事記録に記載された各人の昇任、昇格、特別昇給等に関する事実を立証し、これを比較することによつてはじめて右立証事実を立証することができるものということができる。

ところで、本件記録によると、原告らの昇任、昇格、特別昇給等に関する原告の主張は被告によつて認否され、ほぼ当事者間に争いがない(その主張に存する相違点もさらに弁論を尽すことによつて争いのなくなることが容易に窺われる。)ことが明らかであるから、原告の右の点に関する主張は特に立証を要さず、よつて、原告の本件申立のうち原告ら自身の人事記録に対する提出命令の申立は必要性がなく、失当というべきである。

五次に、原告らと同期入関者の職員に関する人事記録に対する本件申立の適否について検討する。

1  本件人事記録(以下、原告ら自身の人事記録を除く。)が民訴法三一二条三号前段の文書に該当するとの主張について

民訴法三一二条三号前段の「挙証者ノ利益ノ為ニ作成」された文書とは、挙証者を受遺者とする遺言書や挙証者のためにする契約の契約書などのように、挙証者の法的地位や権限を直接証明し、又はこれを基礎づける目的で作成された文書をいい、その文書が挙証者のみの利益のために作成されたか、挙証者と所持者など他の者との共同の利益のために作成されたかは問わないものと解するのが相当である。

本件人事記録は、前記のごとく各職員の大阪税関における地位等を明らかにするものではあるが、原告の被告に対する法的地位又は権限を直接証明し、これを基礎づける目的で作成されたものでないことは明らかである。よつて、本件人事記録は、同法三一二条三号前段の文書に該当するということはできない。

2  本件人事記録が民訴法三一二条三号後段の文書に該当するとの主張について

民訴法三一二条三号後段の「挙証者ト文書ノ所持者トノ間ノ法律関係ニ付作成」された文書の意義については、解釈の分れるところであるが、同法条の趣旨とするところは、実体的真実発見の要請から挙証者が立証に必要な文書を所持しない場合にその立証上の不利を補うものとして規定されたものというべきである反面、訴訟資料の蒐集は当事者の権能かつ責任であるとする弁論主義の原則からすると、挙証者は所持者に対し自己の立証に必要な文書であるからといつてそのすべての文書の提出を求めうるとすることは相当でないとの観点から、挙証者が当該文書に対して一定の関係(同法三一二条二号については当事者が当該文書の引渡・閲覧を請求しうる地位を有すること、同条三号については当該文書の記載事項及び作成について密接な利害関係を有すること。なお、同条一号は当事者が訴訟上の資料として使用したことを重視し、相手方にもその使用を認めるとする点で二、三号の場合とやや趣を異にする。)を有するときを限つて立証のために使用することを認めたものと解するのが相当である。

右のような見地から同法三一二条三号後段の文書の意義を考察するに、「挙証者ト文書ノ所持者トノ間」の「法律関係」とは、当該文書が挙証者と所持者の双方が共同で作成したか、その一方が他方に対する関係で作成したかなど作成方法は問わないが、挙証者と文書の所持者との間の法律関係それ自体を記載した文書及びその法律関係の構成要件事実の全部又は一部が記載された文書であることを要し、右文書が右当事者間の法律関係「ニ付作成」されたものであることとは、右文書が右法律関係自体の発生、変更、消滅を直接証明し、或いは右法律関係を前提としてその発生、変更、消滅の基礎となり又はこれを裏付ける事項(構成要件の全部又は一部)を明らかにする目的のもとに作成された文書を指すものといわなければならない。従つて、右のような目的・前提を有することなく作成された文書でその記載事項が偶々右のような法律関係を明らかにするものである文書及び所持者又は作成者が自己使用のために内部的に作成した文書は、同法三一二条三号後段の文書に該当しないというべきである。

本件についてこれをみるに、本件人事記録は、前記のような事項が記載されているところからすると、原告と被告との間の法律関係それ自体を記載した文書とはいえないが、右人事記録には原告らと同期の入関者の職員の昇任、昇格、特別昇給等に関する事項が記載されているところ、右事実と原告らの昇任、昇格、特別昇給等に関する事実を比較することによつて原告らの主張する賃金差別の事実(ただし、その一面ではあるが)を明らかにしうるということができるから、結局、右人事記録は、原告と被告との間の不法行為(損害賠償)法律関係の構成要件の一部を記載したものといえなくはない。しかしながら、本件人事記録は、前記のごとく大阪税関長が主として職員の人事行政の運営の必要から法令の規定に基づいて作成・保管するものであつて、原告主張のような法律関係の存在を前提としてその事実を明らかにするために作成したものでないことは明らかであるから、たとえ、本件人事記録に原告らと同期の入関者の昇任、昇格、特別昇給等に関する事項が記載され、これが原告と被告との法律関係を明らかにするうえにおいて役立つからといつて、右人事記録を原告と被告との法律関係につき作成された文書ということはできない。よつて、本件人事記録は、同法三一二条三号後段の文書に該当するとの主張は採用することができない。

六以上の次第で、本件人事記録は、民訴法三一二条三号前段及び後段の文書のいずれにも該当しないから、その余の点につき検討するまでもなく被告には右文書の提出義務が存しない。

よつて、本件文書提出命令の申立はこれを却下することとし、主文のとおり決定する。

(上田次郎 松山恒昭 下山保男)

別紙、同期入関者目録<省略>

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