大阪地方裁判所 昭和54年(ヨ)3674号 決定 1980年3月14日
申請人 辻本茂正 ほか一六名
被申請人 国
代理人 片岡安夫 三浦一夫 ほか三名
主文
一 本件仮処分申請をいずれも却下する。
二 申請費用は申請人らの負担とする。
理由
第一当事者の求めた裁判
一 申請人ら
1 申請人らは、いずれも被申請人の設置した大阪市天王寺区上本町八丁目に所在する国立大阪外国語大学の学舎において教育を受ける学生たる地位を有することを仮に定める。
2 申請費用は被申請人の負担とする。
二 被申請人
主文と同旨
第二当事者の主張
一 申請の理由の要旨
1 申請人らは、いずれも国立大阪外国語大学(以下、大阪外語大という。)外国語学部第二部(夜間学部。以下第二部という。)に在学中の学生であり、その所属学科、入学年度、学年は別表の各申請人名に対応する該当欄記載のとおりである。
被申請人は、国立学校設置法に基づき、大阪府に大阪外語大を設置し、これを管理運営しているものであるが、申請人らは大阪外語大に入学して以来、大阪市天王寺区上本町八丁目所在の本校校舎(以下、上八学舎という。)において、教育を受け、研究に従事してきたものである。
2 ところで、大阪外語大では、近年の学生数の増加に比して、上八学舎が狭あいであるうえ、建物自体も老朽化しており、すでに大学としての教育研究を従前どおり維持していくには不十分ないし不適当であることを理由として、昭和三九年七月、大学の統合移転計画を樹立し、大阪府北部地区を中心に、移転候補地の選定作業に着手してきたが、昭和四九年一〇月二四日の教授会において、移転候補地を大阪府箕面市大字粟生間谷地区とすることを正式に決定し、文部大臣の承認を受けたうえ、用地買収や土地造成、校舎の建築等の大学移転工事に着工し、昭和五四年度末にはほぼ完成の運びとなつた。そこで、同大学では、申請人ら学生に対し、学内向けの小冊子「学生生活のしおり一九七九」(大阪外語大第二部発行、昭和五四年四月頃配布)や「ひろば第五八号」(大阪外語大学生部広報、同年七月二〇日発行、その頃配布)を通じて、同年九月を期して、大学を大阪府箕面市大字粟生間谷二七三四の学舎(以下、新学舎という。)に移転し、同所において教育研究を行なう旨の受教育地の変更を告知する一方、同年九月一日付で大学の諸施設の搬出移転をすべて完了し、同月二五日から第一、第二部とも新学舎において、授業を開始するに至つたものである。
3 しかしながら、被申請人の大学移転に伴なう一方的な受教育地の変更は、以下述べる理由により無効であり、申請人らは被申請人との間の後記教育契約に基づき、上八学舎において就学しうる権利ないし地位を有していることが明らかであるところ、被申請人はこれを争い、申請人らに対し、上八学舎において教育を実施すべき義務があるのに、これを履行しない。
(一) 申請人らは、大阪外語大、第二部に入学した際、その設置者である被申請人との間に締結した、憲法二六条に基礎を置き、教育基本法および学校教育法の適用を受ける教育契約に基づき、学生として大阪外語大の教育研究施設を利用し、講義に出席して担当教官の指導を受け、あるいは自主的な研究活動を通じて自己の人間性を開発し、人格の完成をめざすとともに、所定の手続を経て単位を取得し、卒業しうる権利を取得した。
ところで、右教育契約に基づき、被申請人の負担する教育実施義務とは、単に学舎その他の施設を設置し、一方的に授業を開講すれば足りるものではなく、個々の学生が現実に講義を受け、教育研究に従事しうるような環境を設定すべき義務であるというべきところ、申請人らのように働きながら学ぶ第二部学生にとつて、大学がいかなる場所で教育を実施するかは、極めて重大な関心事項であり、現に、第二部学生は第一部昼間部学生と異なり、大学を選択するにあたつては、大学の所在場所と自己の勤務場所や仕事内容との関連について十分考慮したうえ大学を決定しているのであり、したがつて、大学在学中に大学側の一方的な都合により、大学を移転され、受教育地を変更された場合、憲法二六条により保障されている学生の働きながら教育を受ける権利を侵害される虞れがある。
以上の点を併せ考えると、申請人らと被申請人との間の前記教育契約には、被申請人は、申請人ら学生が大学に在学中は、上八学舎において、継続的に教育を実施すべき義務を負つているものというべきであつて、学生らの同意を得ることなしに、教育を実施すべき場所を変更することは許されない。
そうとすれば、申請人らの同意を得ることなしになされた前記大学の移転およびそれに伴なう受教育地の変更は、申請人らに対し、何んら効力を生じるものではなく、申請人らは、依然として前記教育契約に基づき、上八学舎において教育を受ける権利を有するものである。
(二) 仮に、申請人らと被申請人との間の前記教育契約において、大学の移転(およびそれに伴なう受教育地の変更)につき、被申請人に対し、一定の裁量が認められているとしても、大阪外語大のように多数の勤労学生を擁する大学にあつては、移転候補地について、学生が従前の勤務を継続しながらでも十分時間的ないし距離的に通学可能な範囲内の地域に限定して選定されるべきであつて、大学の移転に伴なつて、学生のうち一部の者でも就学不能者がでる場合には、裁量の範囲を逸脱したものとして、違法無効というべきである。
これを本件についてみるに、昭和五二年六月一日現在を基準として実施された大阪外語大第二部学生生活実態調査によると、(1)従来職場から一時間以内で通学できた学生は全体の八六・一パーセントであつたのに対し、移転後は、被申請人の主張する直行バスの運転による時間の短縮を考慮しても、一九・一パーセント程度にすぎず、一時間半を超える者は全体の三〇・三パーセントにも達している。(2)次に、移転後の始業時間である午後六時二〇分までに大学に到達できるものは、全体の四三・九パーセントにすぎず、半数以上の者は第一時限に間に合わないという状況にある(因みに、昭和五三年度入学者のみを対象としたアンケートによつても、全体の二三・二パーセントの者は始業時間の午後六時二〇分に間に合わないという結果がでている。)。
ところで、大学の移転に伴ない、二〇パーセント前後の就学不能者がでるということは極めて異例であり、これは、もともと第二部学生の立場を全く顧慮しない大学側の一方的な移転計画に起因しているものであつて、被申請人に認められた裁量の範囲を著しく逸脱していることは明らかであるから、前記大学の移転およびこれに伴なう受教育地の変更は無効というべきである。
4 申請人らは、これまで上八学舎において、まがりなりにも勤務と勉学を両立させながら学生生活を送つてきたのであるが、被申請人の一方的な受教育地の変更により、従前どおり仕事と学業を両立させていくことは極めて困難となり、強いてその両立をはかろうとすれば、仕事内容を変更したり、勤務時間を短縮しなければならず、場合によつては転業を考えざるを得なくなるうえ、通勤通学時間の延長に伴ない、大学内での自主的な研究活動やサークル活動にも重大な支障をきたす等経済的にも、また、精神的ないし肉体的にも多大の負担と犠牲を強いられることとなり、そのことは直ちに、働きながら学ぶ申請人らにとつては、学業の断念という結果を招来することは必至であるから保全の必要性がある。
二 被申請人の主張
申請人らの本件仮処分申請は、以下述べる理由により不適法であるから却下されるべきである。
1 国立大学における学生の在学関係は、国の設置した公の教育施設である大学という営造物の利用関係として把えることができ、それは一般にいわゆる公法上の特別権力関係とされているものであつて、そこにおいては大学の管理主体は大学の設置目的や学生の教育ないし学術の研究を行なううえで、社会通念上合理的とみとめられる範囲内において、明文の規定がなくても当然に学生に対し、一方的に内部規律を定めたり、あるいは具体的な指示命令をなすことが許容され、そして、それが学生の一般市民としての権利義務に直接関係しない限り、大学の内部問題として裁判所の司法審査の対象から除外されるべきである。
2 仮に、国立大学の学生の在学関係が特別権力関係とならないとしても、大学は、学生の教育と学術の研究を目的として設置された教育研究施設であつて、その設置目的を達成するために必要な諸事項については、法令に格別の規定がない場合でも、学則等によりこれを規定し、実施することのできる自律的、包括的な権限を有し、一般市民社会とは異なる特殊な部分社会を形成しているのであるから、かかる大学の内部に生起する法律上の係争のすべてが当然に裁判所の司法審査の対象となるものではなく、そのうち一般市民法秩序と直接の関係を有しない純然たる大学内部の問題については、大学の自主的ないし自律的な判断に委ねられるべきであつて、裁判所の司法審査の対象にならないと解すべきである。
これを本件についてみるに、大阪外語大は、国立学校設置法に基づき設置された国立大学であり、同法三条によりその設置場所は大阪府内と定められているものの、具体的にいかなる場所に、いかなる規模内容を有する教育施設を設置するかは、大学の管理主体である文部大臣が、大阪外語大の意見を十分尊重しつつ、大学の設置目的や教育研究内容、学生の人数、施設の規模、周囲の環境その他諸般の事情を総合勘案して決定するものであり、このことは既存の大学施設を他所に移転する場合においても同様であつて、要するに、これは大学の設置者に認められた包括的な権限に基づく自由裁量行為というべく、いわば純然たる大学内部の問題であり、学生の一般市民としての権利義務には直接関係しないから、大学の設置ないし移転をめぐる問題は裁判所の司法審査の対象とはなりえないことが明らかである。
3 行政事件訴訟法四四条は「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為については、民事訴訟法に規定する仮処分をすることができない。」と規定しているが、右の規定の立法趣旨は、要するに、行政庁の公権力の行使に当たる行為については、私法上の紛争に関し、本案訴訟が確定するまでの間の暫定的、一時的な救済制度として認められている民訴法上の仮処分でもつて仮の権利保護を図ることを禁止したものであり、従つて、行政庁の公権力の行使を阻害するような措置は、本案訴訟が民事事件たると行政事件たると、またその態様のいかんを問わず、仮処分手続をもつてすることはできないものというべきである。
また、同条にいう「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」には、行政庁の法律行為的処分はもとより、事実行為であつても、それが行政庁の公権力の行使に当たるとみなされる限り当然含まれるものと解され、同条は、行政庁のすでになした処分の効力ないし執行を停止する仮処分、更に、行政庁に代つて行政処分をなすような仮処分(例えば、行政庁の処分又は行為により始めて付与される公法上の地位又は権利等を予め仮処分によつて設定する場合。)は許容されないものと解される。
そこで、これを本件についてみるに、申請人らの本件仮処分申請の趣旨は、直接大阪外語大の移転の差止を求めているのではなく、申請人らがいずれも移転前の上八学舎において教育を受ける権利ないし地位を有していることの確認を求めていることが明らかであるところ、国立大学の在学関係は、学生の入学申請に対し所定の資格、条件等につき慎重に審査したうえ、学長が入学を許可(特許行為)することにより成立する公法上の法律関係であり、学生は右入学を許可されることにより、大学の包括的支配に服しつつ、大学の設置する校舎や教室、備付図書等の施設設備を利用し、また、大学の提供する講義を受ける権限ないし地位を付与されるものであつて、たとえ、入学以来特定の場所で継続的に就学してきたとしても、それは単なる事実上の利益にすぎず、もとより学生が大学に対し、一定の場所において就学することを請求しうる権利が認められている訳ではなく、また前述したとおり、国立大学の設置ないし既存の学舎その他の施設の移転は、文部大臣の自由裁量に基づく行為であつて、公権力の行使たる事実行為というべきである。
そうとすれば、申請人らの本件仮処分申請は、結局行訴法四四条に抵触する不適法なものといわざるを得ない。
三 被申請人の主張に対する申請人らの反論
1 被申請人は、国立大学における在学関係が公法上の特別権力関係ないしは一般市民社会とは異なる特殊な部分社会を形成しているものと主張する。
しかしながら、公の教育営造物としての国立大学も教育企業としての私立大学も共に教育基本法、学校教育法等の教育法規の適用を受け、教育目的は同一であり、また、その在学関係の性質及び実態において、国立大学と私立大学との間には何等の差異も認められない。
従つて、国立大学の在学関係は私立大学のそれと同様に一般私法の支配を受ける市民法的契約関係として構成すべきであり、両者を別個に取扱う必要性もないといわなければならない。
2 仮に、国立大学の在学関係につき、特別権力関係論ないし部分社会論を採用するとしても、大学内における学生の処分その他の教育措置のすべてが司法審査の対象から除外されている訳ではなく、一定の場合すなわち、一般市民法秩序と直接の関係を有する場合には被申請人も認めているように司法審査の対象となるのである。
ところで、本件大学移転計画は、すでに主張しているとおり、被申請人に与えられた裁量権の範囲を逸脱ないし濫用したものであり、その結果、申請人ら勤労学生は事実上通学することが不可能又は著しく困難となつており、これはまさに「大学入学の目的を達することができない」場合に該当するものというべきであり、明らかに一般市民としての権利義務に関する事項であるから、当然司法審査の対象となるべきである。
3 被申請人は、本件仮処分申請は行訴法四四条に抵触し、不適法である旨主張する。
ところで、国立大学における在学関係上の各種の教育措置は、学生の側からみれば、大学当局を機関とする国の行為であるから、その活動様式に着目してこれを形式的に行政行為と構成することも可能であるが、行訴法四四条により仮処分の排除されるのは、行政庁の作用のうち、公権力の発動としてなされ、公定力や不可変更力の認められたものを対象としているのであつて、本来、非権力的な、または一方的な規律を認める必要のない大学の在学関係上の措置については、民事訴訟法上の仮処分で争うことも許容されているものである。
四 申請理由の要旨に対する認否並びに主張
1 申請理由の要旨1、2の各事実は認める。
2 同3の事実は争う。
(一) 申請人らは、まず、大阪外語大の大学移転が、申請人ら学生の同意を得ることなく、大学側により一方的になされたものである旨主張するが、これは明らかに事実に反する。
大阪外語大では、昭和三九年に大学移転の方針を決定して以来、あらゆる機会を通じて、学生に対し、移転計画について繰り返し説明してきたほか、大学移転計画の遂行に伴なつて発足した各種の専門委員会に学生側はオブザーバーとして出席し、意見を述べる機会も与えられていたものである。
また、大学側は、随時開催された移転説明会や第二部主事交渉、学部長交渉、学長交渉等において、移転計画について更に詳細な説明を加え、その都度、学生側の同意を得て、順次計画を推進してきたのである。
更に、大阪外語大では、すでに昭和四八年度以降の学生募集要項において「本学は数年後大阪府内北西部に移転する予定である。」と明記しており、その後、昭和五一、五二年度には「本学は昭和五三年度以降に大阪府箕面市に移転する予定である。」と具体化され、昭和五三年度には「本学は昭和五四年九月以降に大阪府箕面市大字粟生間谷二七三四に移転する予定である。」と記載され、更に、昭和五四年度には「本学は昭和五四年九月大阪府箕面市に移転する。」と明確にされ、略地図、国、私鉄主要駅からの距離、移転地の詳細が示されている。
(二) 次に、申請人らは、大阪外語大の移転を決定するにあたり、被申請人に裁量権の濫用があつた旨主張するがこれも明らかに事実に反する。
大阪外語大では、勤労と勉学の両立を目ざして、日々努力している第二部学生に対し、大学の新学舎移転に伴ない、通勤や通学が従前に比して著しく困難となることを避けるため、以下述べるとおり種々の配慮をしているものである。
(1) まず、新学舎における第二部学生の授業開始時間を一律三〇分繰り下げたうえ、各時限の授業時間をいずれも一〇分間短縮して終業時間を現行どおりに維持し、その結果短縮された時間については休暇中補講をすることとする。
(2) 次に、大阪市の都心部から新学舎までの交通機関の確保が職業を有する第二部学生にとつて、重大関心事となることから、大学側では、地元のバス会社等との間でバス路線の新設ないし延長を含めて再三にわたり交渉を続けた結果、千里中央から大阪外語大までの直通バスの運行を認可させることに成功したが、今後とも学生の実際の乗車状況に応じて、バスの増便を含めて、第二部学生の通学に支障が生じることのないようにバス会社との間に継続的に交渉していく予定である。
(3) その他、学生の下宿やアルバイトの斡旋、生活困窮者に対する授業料の減免や奨学金の支給等の生活援助等第二部学生の教育を受ける権利を侵害することのないよう万全の措置を講じているものである。
3 同4の仮処分の必要性については争う。
大阪外語大では、すでに上八学舎の施設設備はもとより教職員とも昭和五四年九月一日付で大阪府箕面市の新学舎に移転し、更に、同月二五日から同学舎において授業が開始されている。一方、上八学舎の土地建物については、用途廃止されたうえ、行政財産から普通財産に切り替えられて、近幾財務局より大阪市に売却済みであり、その引渡しも完了している。
したがつて、仮に本件仮処分申請が認容されても、もはや上八学舎において講義その他の教育活動を実施することは事実上不可能であり、保全の必要性はない。
第三当裁判所の判断
一 被申請人は、申請人らの本件仮処分申請を不適法として却下を求め、その理由として種々主張するので、以下これらについて、順次判断する。
まず、被申請人は、いわゆる特別権力関係論を前提として、本件についての司法審査を否定する。
ところで、国立大学における学生の在学関係は、国が公教育目的を実現するため、法律に基づいて設置した人的および物的施設の総合体である教育施設たる学校という公の営造物に対する継続的な利用関係ということができるが、元来、公の営造物は国および地方公共団体又はそれに準ずる行政主体が、国民や住民の福祉を増進する目的をもつて、いわゆる権力作用としてではなく、非権力的な管理作用として設置経営するものであるから、実定法上特別な定めがない限りその利用関係も特別権力関係と解すべき必然性はない。そのうえ、国立大学の在学関係は、公の営造物の利用者たる学生が教育研究の場に動態的かつ継続して関係するという点において、同様に倫理的性質を有するといわれる図書館、博物館などのように利用者が静態的かつ不定期に関係するにすぎない場合に比して、一層特別権力関係とみるべき要素を後退させているといわなければならない。
また、大学設置者は教育目的を達成するのに必要があると認められる場合には、法令上の根拠がなくても一方的に学則などの内部規律を制定し、さらに具体的な指示命令を発して学生を規律することができる自律的、包括的権限を有しているが、右包括的権限は国立大学のみならず私立大学にも等しく認められるものであるから、必らずしも国立大学の在学関係を私立大学のそれと全く異なつた特別権力関係と解すべき決定的な論拠とはなしえない。そして、その他に、国立大学の在学関係をことさら特別権力関係と解さなければならない合理的根拠は見出し難い。したがつて、この点に関する被申請人の主張は採用できない。
次に、被申請人は、大学が一般市民社会とは異なつた特殊ないわゆる部分社会であることを前提として、本件における大学施設の他所移転も純然たる大学内部の問題であつて司法審査の対象にならない旨主張するが、大学の移転について、その態様の如何を問わず、大学の設置の場合と同視して純然たる大学内部の問題であり、学生の一般市民としての権利義務にすべての場合直接関係しないと直ちにいいきることができないことは、例えば、公共交通機関の利用が全く出来ない場所へ大学が移転され、しかもスクールバスの便もないことにより在学生の大半が事実上通学不可能になるような場合が考えられる以上明らかであるから、被申請人の右主張も採用できない。
また、被申請人は、国立大学の在学関係が公法上の法律関係であることを前提として、本件仮処分申請は行政事件訴訟法四四条の趣旨に抵触し不適法である旨主張する。しかし、右に判断したとおり、右在学関係が特別権力関係であることを消極に解する以上、それは基本的には当事者間の合意を契機として成立する契約関係と解する他はない。
そして、大学が教育目的達成のため有する前記包括的権限の存在も、学生が大学へ入学するに際しての前記合意のなかには、当然右包括的権限に拘束されることについての事前の同意が含まれているものとみなせば足り、右の意味において右在学関係は一種の附合契約としての性質を有するものと解される。
いずれにしても、右在学関係が私法上の契約関係である以上、被申請人の主張はその前提においてすでに失当というべきである。
なお、行政不服審査法は、学校等における教育的処分を審査請求又は異議申立ての対象から除外しており(同法四条一項八号)、このことを根拠に国立大学の学生の在学関係をめぐる措置はすべて、いわゆる形式的行政処分として行政事件訴訟法上の処分と解さざるを得ないとする見解もあるが、右規定は行政庁に対する不服申立てという簡易行政争訟との関係における取扱いを定めたものに過ぎないのであるから、必らずしもすべての教育的措置を同法三条所定の処分と解すべき必然性はない。
よつて、本件仮処分申請を不適法とする被申請人の主張はいずれも理由がない。
二 そこで、申請人らの本件仮処分申請の理由の有無について判断する。
1 ところで、大学は、国公立であると私立であるとを問わず、いずれも多数の学生を対象にして、集団的かつ継続的に教育を実施する教育研究施設であり、学生は、所定の手続を経て入学を許可されることにより、大学との間で、大学側の設置した教育研究に必要な人的および物的施設を継続的に利用しつつ、そこから教育という精神的ないし文化的役務の提供を受けるのであるから、学生が大学に入学するに際し、大学の設置者との間に締結される在学契約には、右施設の利用関係としての貸借的要素が含まれることは否定できず、したがつて、大学側が右教育役務を学生に提供するにあたり必要不可欠となる大学の主要な施設の設置場所は、通常の場合その内容に含まれているものと解するのが相当である。
しかし、さらに進んで、契約の内容である以上、在学生全員の同意がなければ大学施設の設置場所を変更できないとする申請人らの主張は、左に述べる理由から採用することができない。
(一) 前記のとおり、国立大学における在学関係は私立大学におけるそれと同様、基本的には契約関係と解されるが、それは、いわゆる対等当事者間の自由意思の合致を第一義的に尊重すべき民法上の典型契約とは多少その趣を異にし、公的教育機関としての大学の性格上、かなり広範囲にわたり公法的な規制を受けざるを得ず、したがつて、右の在学関係から学生がいかなる権利を取得し、また義務を負担するかについては、結局大学の在学関係の特質およびそれを規律する各種法令の規定内容ならびに入学に際しての学則その他当事者の合理的意思解釈等を総合して決する他ないというべきである。
(二) まず、大学の設置および移転に関する公法的規制についてみると、国立大学は、国立学校設置法に基づき、国が公教育を実現するため設置した教育研究施設であつて、その設置、廃止はもとより名称、位置および学部にいたるまで、すべて法律事項とされており、それらを変更するについては当然法改正を必要とし、また、その余の大学についても、大学の設置、廃止、設置者の変更のほか、大学の名称、位置の変更その他政令で定める一定の事項については監督庁の認可事項とされている(学校教育法四条、同施行令二三条)。
次に、大学の施設、設備に関する規制についてみると、学校教育法は、学校が公教育を実施する公的教育機関であることに鑑み、また、国民の教育を受ける権利を実質的に保障し、教育の機会均等を実効あらしめるためには、学校教育を全国的に一定の水準以上に維持確保する必要があることから、同法三条において、監督庁(なお、同法一〇六条により当分の間は文部大臣)に対し、学校の種類に応じ、学校の設備や編成等につき、設置基準を制定することを義務づけるとともに、学校の設置者に対し、右の基準に従つて、学校を設置し、これを維持管理することを義務づけている。そして、これを受けて、同法施行規則一条は、まず、学校の施設につき、同条一項において、「学校は、その学校の目的を実現するために必要な校地、校舎、校具、運動場、図書館又は図書室、保健室その他の設備を設けなければならない。」と定め、次いで、学校の設置場所につき、同条二項において、「学校の位置は、教育上適切な環境にこれを定めなければならない。」と規定している。
そして、現在、文部大臣の定めた設置基準として、大学については大学設置基準(昭和三一年一〇月二二日文部省令第二八号)がすでに制定施行されているが、同設置基準は、大学という組織体のうち、校地、運動場、校舎等の施設及び機械、器具、図書、学術雑誌等の設備に関する物的側面と学部、学科の種類、教員資格、学生定員、単位等の人的側面の双方にわたり、極めて詳細な規定を置いている。
ところで、右の設置基準は、公立又は私立の大学については、監督庁が大学の設置を認可する場合、また、国立大学については、国が大学を設置する場合のそれぞれ一応の基準として制定されたものであるが、その制定趣旨に徴すれば、大学を設置後、これを管理運営していくにあたり、大学の設置者が常時遵守すべき最低の基準であることも明らかである(同設置基準一条二、三項)。
そして、学校教育法一四条は、学校の施設、設備や授業その他の教育条件が法令や監督庁の定める規定に違反したときは、監督庁は、設備、授業等につき、変更命令を発することができる旨規定している(もつとも、私立大学については、適用除外されている。私立学校法五条二項)。
(三) 以上みてきたところによれば、国公立であると私立であるとを問わず、新たに大学を設置し、または既存の大学の諸施設をその教職員とともに一体として他所に移転する場合、その設置場所や移転先をどこに選定し、また、大学の規模、内容をどの程度のものとするかについては、結局大学の周辺地域が大学としてふさわしい環境を保持しているか、今後とも良好な教育環境を維持していくことが可能であるか、あるいは、大学の諸施設や教職員の配置が大学の本来の使命である学生の教育と学術の研究を行なううえで必要かつ十分といえるか、また、将来学生数の増加や教育研究内容の変化に十分対応しうるものであるか否か、その他学生の通学条件や財政的な裏付等の諸般の事情を総合勘案したうえはじめて決定されるものであつて、その性質上、高度の教育的ないし専門的、技術的な判断が必要とされるものであり、その判断を誤まり、安易にしかも無計画ないし無秩序に大学が設置、移転された場合、それはいたずらに大学の濫造と偏在を助長、誘発し、それに伴ない必然的に大学における教育施設の不備や教育研究内容の低下をきたし、大学にふさわしい高等教育を実施することも困難となり、もはや大学教育を全国的に一定の水準に維持確保することも不可能となり、その結果、大学本来の使命たる公的教育機関としての機能の大半が失われることになる。
そこで、学校教育法その他の関係法令は大学の公共性に鑑み、一定の教育水準の確保を図るため、大学の設置、廃止、位置の変更はもとよりその施設設備の規模、内容に至るまで、教育の自主性ないし専門性を阻害しない範囲できめ細かな公法的規制をなしているのであり、殊に大阪外語大のような国立大学においては、大学の移転に関する問題は、単なる大学内部で自主的に決定される管理運営上の措置とは異なり、直接当該大学自体の存立にかかわる重要事項であるばかりか、その決定内容によつては大学制度のあり方や国の文教政策の根幹に重大な影響を与えることとなる。
右にみたような大学の設置或いは事後における設置場所の変更の有する意義と性質に鑑みると、大阪外語大の設置者たる被申請人は、在学契約に内在する前記包括的権限に基づき、上八学舎時代に大阪外語大へ入学した申請人らの在学中であつても、一方的に右学舎を他所へ移転しうるものと解するのが相当である。
2 もつとも、大学の設置場所の変更は、大学設置者において何らの制約もなく全く恣意的に行ないうるわけではなく、あくまで合理的裁量の範囲内において、すなわち前記のような各種事情を慎重に比較検討して、学生が一般市民として有する国立大学を利用する権利を事実上侵害することがないよう十分配慮したうえ行なうべきものである。そして、右変更が合理的裁量の範囲内においてなされたものと認められる限り、申請人らはこれに対して契約責任の追及もしくは損害賠償の請求などをなしえないものと解される。
そこで、右の観点に立つて、本件大学移転の経緯についてみると、当事者間に争いのない事実および本件疎明資料によれば、以下の事実が一応認められる。
(一) 大阪外語大は、大正一〇年一二月九日に設置された大阪外国語学校を母体とし、外国の言語とそれを基底とする文化一般について、理論と実際にわたつて教授研究し、国際的な活動をするために必要な高い教養を与え、言語を通じて外国に関する理解を深めることを目的として、昭和二四年五月三一日国立大学設置法に基づき設置された国立大学であるが、その主たる教育施設は、大阪市天王寺区上本町八丁目に所在する上八学舎と東大阪市松原南に所在する花園運動場および学生寮しかなく、しかも大学開設後、大学院の新設や学科の増設がなされる度に、上八学舎の建物の増改築等により施設の整備、拡充を図つてきたものの、もはやそれも限界に達しつつあり、建物自体もすでに老朽化しているため、学舎の統合移転を含めた抜本的な大学の将来計画について種々検討を重ねた結果、昭和三九年七月正式に大学全体の統合移転方針を決定するに至つた。
ところで、移転候補地を選定するに際しては、大阪外語大には、相当数の第二部学生が通学しており、また大学の性格上、多数の非常勤講師をかかえていることから(昭和五三年一〇月一日現在における教授、助教授の員数は定員をはるかに下回つているのに対し、講師の員数は定員の三倍強に達している。)、学生や教職員の通学、通勤の便を考慮して、まず、交通事情の良好な大阪府北部地区の茨木市、高槻市、及び箕面市の三市を中心として最適地の選定作業にとりかかることとなり、その結果、昭和四六年七月高等教育機関を重点的に配置する文教地区としての構想もあり、かつ阪急電鉄千里線北千里駅からも至近距離にある箕面市南小野原地区を候補地とすることに決定し、直ちに予算措置を講じたうえ、用地買収作業に着手したが、最近における地価高騰事情により土地権利者との間の買収折衝が遅々として進まず、そのため、大学の統合移転計画に重大な支障をきたす虞れもでてきたことから、右の折衝と平行して予備候補地の選定作業に入ることとなつた。しかし、その後も小野原地区の買収交渉はあまり進展をみなかつたため、遂に、昭和四九年一〇月二四日の教授会において、移転候補地を従前の小野原地区からさらに約二・五キロメートル北方に所在する箕面市粟生間谷地区に変更することを決定し、直ちに用地買収作業にとりかかり、昭和五〇年三月文部大臣の承認を得て、用地を取得したうえ、校地の造成や校舎建築工事に着手し、その結果、昭和五四年度末にはほぼ完成の運びとなり、また授業を実施するうえに格別支障もなくなつたことから、同年九月一日に大学の移転作業を完了させたうえ、同月二五日から同所で授業を開始することとなつた。
ところで、上八学舎には移転前約一万八〇〇〇平方メートルの敷地に教室や研究室、図書館、運動場等の教育研究施設のほか、食堂や喫茶室、保健室等の厚生保健施設がほぼ一杯に建てられており、しかも建物はかなり老朽化しているため、もはやこれ以上建物の増改築による諸施設の整備、拡充は極めて困難な状態にあり、また、右学舎は交通至便な大阪市の中心部に位置しているため、周辺には多数の民家や業務用ビルが密集混在しており、従つて、今後大学の敷地を拡張することは殆んど不可能に近く、また、近年大気汚染や騒音、振動等による著しい教育環境の悪化という様相も呈していた。
一方、粟生間谷の新学舎は、約一四万平方メートルという広大な敷地に研究講義棟や図書館、体育館、講堂のほか、大学会館や学生寮等の建物が整然としかもゆつたりとしたオープンスペースを伴なつて配置されており、上八学舎に比較して、教育環境が極めて良好であることはもとより、施設や設備の面においても格段に充実したものとなつている。
(二) 次に、主要ターミナルから移転後の新学舎までの交通機関の概要について検討する。大阪外語大では、前記のとおり、多数の第二部学生と非常勤講師をかかえていることから、まず交通事情の良好な地域を最優先に選定作業を行なつてきたものの用地取得難から、結局現存の公共交通機関は通じていない粟生間谷地区と決定せざるをえなかつたのであるが、大学までの公共交通機関の確保は大学移転の成否を決するとの認識のもとに、右移転用地の決定と同時にこの問題の解決に乗り出した。ところで従来同地区には、新学舎の南西約一・五キロメートルに所在する公団粟生団地と北大阪急行電鉄千里中央駅間に阪急電鉄北千里駅経由で阪急バス株式会社が定期バス路線(粟生間谷線)を運行していたので、大阪外語大当局は右粟生間谷線を大阪外語大まで延長することによつて右問題の当面の解決を図るべく右バス会社と再三にわたり交渉を重ねた結果、右路線延長が実現する運びとなつた。
これによつて、千里中央駅から大学までの所要時間は約三五分となり(北千里駅からは約二五分)、また運転間隔についてみると、第二部学生の通学時間帯である午後四時三〇分から午後六時までの間で、平日が七本、土曜日が六本それぞれ運行されることになつている。
以上によれば、移転後の新学舎への通学は、上八学舎への通学に比して、とくに大阪府南部地区に居住する学生にとつて、通学所要時間が大幅に増加することは否定できないが、一般的にみれば、新学舎は大阪の都心部のひとつである梅田から一時間前後(梅田、千里中央間の所要時間は約二〇分)で通学することが可能であつて、必らずしも交通事情の極端に悪い辺ぴな地域にあるとはいえない。
また、申請人ら各人の事情についてみても、申請人らの現住所、職業の有無およびその内容、勤務先所在地ならびに大学移転の前後における通学時間の推移等については、別表の各申請人名に対応する該当欄記載のとおりであり、右によれば、本件大学移転に伴ない、申請人らのなかには通学時間が従前に比して一時間以上も増大するため、時間的ないし経済的にかなり不便ないし不都合を蒙るものが相当数でていることは否定できないが、申請人らの現在の勤務内容および転業の可能性、居住の態様、新学舎までの交通機関の状況等に照らすと、いまだ申請人らが新学舎に通学することが事実上不可能ないし著しく困難となつたものとまでは解することができずまた申請人らの主張するように、本件大学移転が昼間部(第一部)学生を優遇し、働きながら学ぶ第二部学生の立場を故意に無視して、その推進のもとに強行されたものと認めるに足りる疎明はない。かえつて、前記認定の大学移転の経緯等に照すと、大阪外語大当局は、第二部学生の通学上の不便ないし不利益を避けるため種々配慮しつつ、本件移転計画を遂行してきたことが十分窺われるのである。
以上の諸事情を併せ考えると、本件大学移転に伴なう申請人らの通学条件の悪化を十分斟酌しても、いまだ本件における大学設置場所の変更が被申請人に与えられた合理的裁量の範囲を逸脱したものとはとうてい認められない。
三 以上の次第で、申請人らの本件仮処分申請は、被保全権利の疎明がないことに帰し、また本件においては疎明に代えて保証を立てさせることも相当でないから、その余の点について判断するまでもなく、いずれもこれを却下することとし、申請費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条を適用して、主文のとおり決定する。
(裁判官 大沼容之 皆見一夫 板垣千里)
当事者目録、別表 <略>