大判例

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大阪地方裁判所 昭和54年(ワ)1582号 判決 1981年1月16日

原告

長田幸子

右訴訟代理人

津乗宏通

藤田剛

被告

右代表者法務大臣

奥野誠亮

右指定代理人

稲垣喬

外四名

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実《省略》

理由

(主位的請求原因について)

一原告が損害を被つた経過<省略>

(予備的請求原因について)

二登録免許税等の出捐<省略>

三登記官の過失について

原告は、右登録免許税等の出捐は、請求原因記載2、(三)の登記官の過失に起因する登記申請の受付、受理を原因とする旨主張するので、まず、登記官の過失の有無について考察する。

1  本件偽造権利証書と真正権利証書との相違点

(一)  官署公印の印影について

真正な官署公印の印影の縦の長さが約2.8センチメートルであることは当事者間に争いがなく、<証拠>によれば、偽造にかかる官署公印の印影の縦の長さが約2.9センチメートルであつて、真正の印影と約0.1センチメートルの相違があることが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。(なお、原告が主張する官署公印についてのその余の相違点については、同一の印判であつても押捺の方法、印判の状態等によつて、印影が微妙に変化し、多少の相異は通常避けられないことを考慮すると、両印影を重ね合せるなど比較対照してみても、これを認めることはできない。)

(二)  登記済印について

登記済印(印影)の年月日部分の表示が、偽造のものは「昭和五拾参年七月五日」であり、真正なものは「昭和五参年七月五日」であることおよび同印(印影)の受付番号部分の表示が「12609」であることは当事者間に争いがない。

<証拠>によれば、右数字「12609」部分の数字と数字の間隔が、偽造のそれは、真正のそれに比べるとやや広いこと、および右数字の字体が偽造のものは真正のものに比してやや丸味があることが認められ、他に右認定を覆えすに足りる証拠はない。

(三)  順位番号の表示について

順位番号の表示が、偽造のものは「甲区順位第7番」であり、真正なものは「順位番号甲区7番」であることは当事者間に争いがない。

2  登記官の注意義務

登記官は、登記申請があつた場合には、申請者が適法な登記申請の権利、義務者またはその代理人であるか否か、登記申請書および添付書類が法定の形式を具備しているか否か等を審査しなければならず、その審査にあたつては、添付書面の形式的真否を添付書類、登記簿、印影の相互対照等によつて判定し、これによつて判定し得る不真正な書類に基づく登記申請を却下すべき注意義務があることは明らかであり、右印影の相互対照等の方法としては、原則として登記官が両者の印影を肉眼により近接照合してその彼此同一性を判別することで足り、右により疑義が生じた場合にのみ、さらに拡大鏡を使用し、あるいは、両者を重ね合わせたうえ照明透視するなどのより確度の高い精密な方法により彼此の同一性を審査すべき注意義務が存すると解される。(なお原告は登記申請の受付に際しても右と同様の注意義務を登記官が負つている旨縷縷主張するが、右主張は原告独自の見解であつて採用することはできない。)

3  登記官の過失の存否

<証拠>によれば、前記今宮出張所登記官が、昭和五三年一一月二一日、本件登記申請を受付け、翌同月二二日ころ、登記申請書に添付された本件偽造権利証書について前記三の1記載の相違点が存在するのを看過し、各添付書面がいずれも偽造されたものであることに気づかずに本件登記申請を受理したことが認められ、他に右認定を覆えすに足りる証拠はない。ところで、本件全証拠によるも、右偽造権利証書に前記相違点がある以外に、書面審理をなす登記官にとつて、本件登記申請書に添付された各書面が偽造されたものではないかと疑うべき点があるとは認められないから、本件登記申請を受理したことが登記官の過失といい得るか否かは、登記官が右相違点を看過したことをもつて過失といい得るか否かによるというべきである。そこで以下この点について判断する。

(一)  官署公印について

<証拠>によれば、前記三の1の(一)記載のとおり、偽造権利証書に押印されている官署公印と真正のそれとの間には、縦の長さにおいて約〇、一センチメートルの相違が存することが認められるけれども他方右各証拠によれば、右の点を除いては右両印影は微細な点にいたるまで全ての点にわたつて酷似しており、約0.1センチメートル程度の僅かな寸法の相違は肉眼による近接照合のみではとうてい看破することが不可能であると認められるから、登記官が右相違点を看過したとしても、その注意義務を怠つたということはできず、したがつてこの点での原告主張は理由がない。

(二)  登記済印中に押捺された受付年月日印(印影)について

偽造権利証書に押捺された受付年月日の印影と真正権利証書のそれとの間には、前記三の1の(二)記載のごとき相違が存する(争いのない事実)けれども、<証拠>によれば、本件登記申請時において近接照合する対象となるのは真正権利証書の受付年月日の印影ではなく、当時今宮出張所で使用していた受付年月日印の印影であると考えられるところ、本件当時今宮出張所において用いられていた受付年月日印は市販の回転日付印であつたこと、受付係官は、右回転日付印を用いて受付年月日を記入する際には、「拾」を記入(挿入)する取扱いと、これらを記入しない取扱いの二通りの取扱いをしていたことが認められ、右事実に照らすと、偽造権利証書の受付日付の印影に「拾」の字が挿入されていたからといつて、登記官が右印影と当時今宮出張所において使用していた回転日付印の印影とを近接照合すれば必ずその相違が判別できるとは認められないから、この点での原告主張も理由がない。(なお、登記所において、受付日付を記入する際、「拾」を記入し、あるいは記入しない取扱いに統一することは望ましいことではあるけれども、右のどちらかに統一しなければならないとする法令上の根拠も見出しがたいから、そのような取扱いをしないからといつて登記官に過失があるということもできない。)

(三)  登記済印中に押捺された受付番号印(印影)について

<証拠>によれば、偽造権利証書の受付番号の印影と真正権利証書のそれとは前記三の1の(二)記載の相違点が存在すること及び当時今宮出張所において使用していた受付番号印中には、偽造権利証書に押捺されていたような印影の受付番号は存在しなかつたことが認められる。しかし、<証拠>によれば、当時今宮出張所においては、市販の受付番号印二、三個を用いて受付番号を記入しており、受付係において受付番号印の押捺を忘れた場合には、調査、校合等を担当する登記官またはその補助者が手書により受付番号を記入する場合もあつたことおよび前述した相違点は、真偽の両印影を近接照合したうえ計測をするなどして正確に判定しない限りその相違を確実に判定し得るものではないことが認められる。以上の各認定事実を総合すると、偽造権利証書に押捺されている受付番号の印影と当時今宮出張所において用いられていた各受付番号印を肉眼により近接照合したからといつて必ずしもその相違を判別し得るとは認められず、原告の主張は理由がない。なお、原告は、登記官が後日相当の注意をもつて偽造権利証書を判読した際、受付番号印の相違に気づき、偽造権利証書の偽造を見破つた旨指摘する。しかし、<証拠>によれば、原告が昭和五三年一二月一三日ころ、今宮出張所に対し、本件土地につき譲渡担保を原因とする原告への所有権移転登記手続を申請したが、右申請にあたつては、申請書の作成等は全て伊塚司法書士がなしたにもかかわらず、原告本人申請の形でなされていたこと、今宮出張所において調査を担当していた中村忠三登記官は、別の理由により原告に対し右申請の補正を命じたところ、補正日に申請代理人になつていない伊塚司法書士が書類作成者であるとして出頭してきたため、右申請には司法書士が関与したくないような何らかの事情があるのではないかとの疑念を抱き、右申請書添付の各書面を再度慎重に調査したところ、受付番号の印影が当時今宮出張所において用いられていた各受付印とは若干違うのではないかとの疑いを持つたこと、そこで中村登記官は、同出張所長らと相談し、当時用いられていた受付番号印の印影と右偽造の印影とを比較対照して調査をしたが、右調査によつても偽造権利証書が「偽造」されたものであるとの確信は得られなかつたこと、偽造権利証書が「偽造」されたものであると確認できたのは、本件土地の共有者である吉田周造こと周仁燦が真正権利証書を今宮出張所に提示したことによることが認められ、右認定を覆えすに足りる証拠はない。右認定事実によれば、偽造発覚の経過は原告の指摘とは異るものであり、かつ、登記官の過失に関する前記認定を左右するものではないと認められる。

(四)  順位番号印(印影)について

<証拠>によれば、偽造権利証書に押捺された順位番号印の印影が「甲区順位第 番」であり、当時今宮出張所で用いられていた真正な順位番号印の印影および真正権利証書に押捺された順位番号印の印影がいずれも「順位番号甲区 番」であつて、両者の相違は一見して明白であつたことが認められるけれども、他方原本の存在および<証拠>によれば、大きな事件の登記申請等においては司法書士があらかじめ「甲区順位第 番」というような順位番号印を押捺してくる事案もあり、このような場合には登記官がその印影を利用して順位番号を記入する取扱もあつたのであつて、右取扱いを熟知している登記官にとつては、順位番号印の印影が今宮出張所で使用しているものと違つていたからといつて、必ずしもそれが偽造されたものであるとの疑いを抱かせるものではないうえ、本件登記申請書および各添付書面については、前述のとおり右相違点以外には登記官の通常の注意義務を尽してもその内容および形式等について疑問点を見出し得ないものであつたことが認められるのであつて、以上の認定事実からすれば、前記のごとく順位番号印についての相違があるからといつて必ずしもそれが登記官に疑義を抱かせるものとは認められないから、登記官が右相違点の認識をきつかけとしてさらに確度の高い調査方法をとらず、結局偽造権利証書の「偽造」であることを看破しなかつたことをもつて登記官に過失があるとは認めがたい。

以上の次第で、今宮出張所登記官が過失により本件登記申請を受理した旨の原告主張は理由がないから、その余の点について判断するまでもなく原告の予備的請求は失当である。<以下、省略>

(岡村旦 熊谷絢子 小林正)

物件目録、登記目録<省略>

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