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大阪地方裁判所 昭和54年(ワ)3135号 1983年1月25日

原告(別紙<略>選定者目録記載の選定者の選定当事者)

石橋秋善

右訴訟代理人弁護士

伊多波重義

松井忠義

被告

株式会社藤井組

右代表者代表取締役

藤井嘉弘

右訴訟代理人弁護士

日置尚晴

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、金九〇九万八七一〇円、及びこれに対する昭和五四年四月一日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  被告は、ビル建築、その他総合建設工事の施工及び請負を業とする株式会社である。ところで、被告は、昭和五三年一〇月頃より、東大阪市から請負った東大阪市立楯津東中学校屋内運動場の新築工事を施行していた。

2  別紙選定者目録記載の選定者らは、訴外辻本工務店こと辻本実、訴外神農明こと神明工業を順次介して、右工事現場に赴き、別紙債権額一覧表の日給欄記載の日給(毎月二〇日締切、翌月一日払の日給月給)の約束で、同表記載のとおりの大工工事、鉄筋工事、解体工事、土木工事、運転などの労務に従事し、被告の派遣にかかる訴外平谷悦己の指揮監督のもとに、同表の日数、残業時間欄記載のとおり各労務を提供した。

3  しかして、被告は、前記辻本実を介し、選定者らが代理受領の権限を委ねていた前記神農明に対し、賃金の内金として、昭和五四年二月一日に六三万円、同年三月一日に二三〇万円を支払ったが、再三の催告にもかかわらず、その余の支払をしない。

4  ところで、被告は、後記5のとおり辻本工務店を介して選定者らを雇入れ、辻本工務店を介して選定者らの労務賃を支払ってきたが、辻本実は、選定者らに支払うべき賃金約三〇〇万円を被告から受領した後、選定者らにそれを支払わないまま行方をくらました。

5  被告の雇用主としての責任

以下に述べる事情からして、被告と選定者らとの間には、黙示的もしくは事実上の直接的雇用契約関係が成立していると認めるのが至当であるから、被告は、選定者らに対し、別紙債権額一覧表の各差引残債権欄に記載のとおりの賃金を支払うべき義務がある。

(一) 辻本工務店は、被告との間で、前記新築工事の仮枠工事全般にわたる下請契約を締結した形式をとっており、本件における選定者らの就労の関係は、形式上は被告の下請である辻本工務店が、神明工業を通じて労務者の供給を受け、被告の工事現場に労務者を派遣して就労せしめたもので、選定者ら労務者の賃金の額、支払方法などはすべて辻本工務店と神明工業との間で取り決めるという形態をとってきている。

(二) しかしながら、辻本工務店は、仮枠工事に必要な特別の技術を有する専門業者でもなければ、それまでに独立した下請工事を経験したこともないのであって、単に被告の代表者と同一地域に居住し、PTAなどで顔馴みというだけの関係から右下請契約を締結したに過ぎず、また、建設業法三条の許可を受けていないため、元来右仮枠工事全般の下請ができない立場にあった。しかも、選定者らを被告のもとにおいて就労させるについても、単に選定者らが就労したか否かを調査するのみで、自らは選定者らを指揮監督せず、被告が派遣した訴外平谷悦己の指揮監督に任せていたものであり、さらに、右下請負契約について見積明細もないといった如く杜撰で、下請代金額は、被告主張の如く、総額一〇五〇万円で、うち既払分六〇〇万円を差引いた残余を材料費の立替金と相殺したとするならば、不当に安価となり、また、選定者らに対する賃金の支払もすべて元請たる被告に依存していた。以上のような事情からすると、辻本工務店は、元請である被告の一職制のような存在に過ぎないものといわねばならない。

(三) また、神明工業についても、常時選定者らのような立場にある労働者をして需要に応じ随時労務を提供するといった事業を営んでいる独立企業と見ることはできず、いわば、労務者をその時々の要求に応じて集め、その組頭的な立場において行動しているものに過ぎないのであって、選定者らの就労の関係からみると、作業の配置や進行についてすべて元請人である被告の現場監督員の指図のもとにおかれており、その実態は、労働基準法あるいは職業安定法上禁止されている労務者供給事業に近いものがあるのみならず、賃金の支払いについても、そのすべてを元請人である被告の支払いに依存、従属している状態であった。

(四) 以上の如く、本件における元請(被告)―下請(辻本工務店)―再下請(神明工業)の関係は、いわば直接の雇用関係の労務管理上の繁雑さを回避し、かつまた、賃金支払いについてのトラブルを回避するなどの意図のもと、あるいはまた、労務者と雇用者との間に介入することで一種の中間的搾取を得る意図のもとにつくり上げられたトンネルに過ぎない。従って、辻本工務店、神明工業の存在を否定し、選定者らと被告との間に直接の雇用契約関係を認めて問題を解決することが衡平にかない、また実情に即するものといわねばならない。

(五) さらに、辻本工務店は、前記したとおり、被告の都合から、中間的下請として関与することになったという事情もあり、その下請の実態からしても、これはむしろ被告の職制の一部とも考えられるところである。そうすると、被告は、辻本工務店こと辻本実が、前記3、4のとおり、選定者らに対し賃金を支払わないばかりでなく、選定者らの受領すべき賃金を持ったまま行方をくらましたことについて、選定者らに対しその責任を負って然るべきである(なお、建設業法四一条二項は、下請の関係にある場合でも、下請業者が労務賃金の支払いを遅滞した場合に元請業者が立替払その他適切な措置を講ずるよう都道府県知事において指導、勧告することができる旨定めている)。

(六) また、神明工業は、実態として選定者らの代表もしくは代理といった立場にあるので、選定者らが被告に対し労務賃金を直接請求することについて異議を唱えてはおらず、自らの業態(労務供給)からしても直接請求を望んでいるところである。

6  仮に、被告と選定者らとの間に、雇用契約関係が認められないとしても、以下のとおり、被告は、選定者らに対し、民法七一五条の不法行為責任により、別紙債権額一覧表の各差引残債権欄に記載の賃金相当額の損害を賠償する責任がある。

すなわち、

(一) 辻本工務店こと辻本実は、選定者らに支払うべき賃金を支払わず、その行方をくらましたため、選定者らは、別紙債権額一覧表の各差引残債権欄に記載の賃金の支払いを受けることができなくなり、右賃金相当額の損害を被った。

(二) ところで、被告と選定者らとの間に、雇用関係が認められないとしても、前記5の事実関係からすれば、被告は、辻本実に対し、ほとんど使用者と異なるところのない選任、指揮、監督関係を有し、被告と辻本実とは事実上使用従属の関係にあった。

(三) そして、右のとおり辻本実が選定者らに支払うべき賃金を支払わずに行方をくらまし、そのため選定者らが賃金相当額の損害を被るに至ったのは、被告が、辻本実に対する選任、指揮、監督につき、事実上の使用者としての注意義務を怠った過失によるものであることは明らかである。従って、被告は、選定者らに対し、民法七一五条に基づき、辻本実の使用者として、辻本実の選定者らに対する右不法行為により生じた損害を賠償すべき義務がある。

7  よって、被告は、選定者らに対し、雇用主として、別紙債権額一覧表の各差引残債権欄に記載の賃金、又は、民法七一五条による損害賠償として、右賃金と同額の損害金を支払う義務があるから、原告は、被告に対し、その合計金九〇九万八七一〇円、及びこれに対する右賃金支払期限後であり、また不法行為発生後であることが明らかな昭和五四年四月一日から支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の事実は不知。

3  同3のうち、選定者らが神農明に対して代理受領の権限を委ねていたとの点は不知、被告がその余の金員について支払いをしないとの点は否認する。

4  同4の事実は否認する。

5  同5ないし7の各主張は争う。

三  被告の主張

1  被告は、東大阪市より東大阪市立楯津東中学校屋内運動場の新築工事を請負い、昭和五三年一二月一三日、右新築工事のうち仮枠工事を辻本工務店に請負わせた。そして、被告と辻本工務店との請負契約は、鋼管バタ角等金具関係を除く材料費込みで請負代金一〇五〇万円、支払方法は毎月二五日締めの月末払で出来高払の約定であった。

2  被告は、現場監督員として平谷悦己外一名を前記工事現場へ派遣していたが、右監督員らは、選定者ら労務者を直接指揮、監督したことはなく、常時現場にて選定者ら労務者を指揮していた辻本工務店こと辻本実に指示を与えていたに過ぎない。

3  被告と神明工業とは何ら関係がなく、また被告と辻本工務店との間に親会社・子会社の関係もない。まして、選定者らの賃金の支払いについて、辻本工務店がその資力の点においてすべて被告に従属していたかどうかも被告には不明のことである。

4  右の各事実関係からすれば、選定者らと被告との間には、黙示的にも事実的にも直接の雇用契約関係になく、従って、被告には、選定者らに対し、その賃金を支払う義務はない。

四  被告の主張に対する認否

争う。

第三証拠(略)

理由

一  被告がビル建築、その他総合建設工事の施行及び請負を業とする株式会社であること、被告が、昭和五三年一〇月頃より、東大阪市から請負った東大阪市立楯津中学校屋内運動場の新築工事を施行していたことは、当事者間に争いがない。

二  原告は、被告と選定者らとの間には、黙示的もしくは事実上の直接的な雇用契約関係が成立している旨主張し、それを前提として賃金支払の請求をしているので、まず、被告と選定者らの間の雇用契約関係の存否について検討する。

1  前掲一の当事者間の争いのない事実に、(証拠略)によれば次の事実が認められる。

(一)  被告は、昭和五三年一〇月三日、訴外東大阪市から同市立楯津中学校屋内運動場の新築工事(以下、本件工事という)を、工期同年一〇月一八日から同五四年五月三一日、請負代金一億二四七〇万円の約定で請負った。そして、請負代金のうち、仮枠工事代金については約一〇〇〇万円と見積って、その見積書を東大阪市長に提出した。

(二)  被告は、本件工事につき、工事全体を分割して全部下請業者に請負わせ、被告は、工事全体の管理、監督をすることにした。そして、仮枠工事については、当初梶山組に請負わせる予定にしていたが、被告代表者の指示で辻本工務店こと辻本実(以下、適宜辻本工務店ともいう)に請負わせることになり、昭和五三年一二月中頃、被告の工事課長林一昭と従業員の平谷悦己らとが辻本実及び同人の妻辻本庸子に会い、仮枠工事の総代金一〇五〇万円と記載した注文書(<証拠略>)を渡して、仮枠工事請負の依頼をし、その結果、仮枠工事に必要なパネル等の材料費込みで代金総額一〇五〇万円、代金支払方法は出来高払で、毎月二五日締めの月末払の約束で、辻本工務店に仮枠工事を下請させることが合意された(なお、辻本工務店から被告へは、仮枠工事に関する見積書は出されていない)。

(三)  ところで、辻本工務店は、個人経営で従業員もなく、また、建設業法三条所定の都道府県知事の許可を受けておらず(このことは被告も知っていた)、これまでに本件仮枠工事程度の規模の工事を独立して請負った経験はなく、仮枠工事に必要な特別の技術を有する専門業者でもなく、独自に本件仮枠工事を遂行する力はなかった。

(四)  そこで、辻本実は、建設業のほか自己が抱えている労務者やその時々の需要に応じて集めた労務者を労働力の需要家に供給している訴外神明工業に労務者の供給を依頼したところ、神明工業は、これを受けて神明工業の仕事を手伝っている原告の石橋秋善に辻本実からの労務者供給の依頼を話した。その結果、原告は、神明工業の代理人的立場で、昭和五三年一二月二〇日過ぎ頃、本件工事現場にある被告事務所に赴き、そこで前記平谷悦己と辻本実に会って話し合いの結果、原告は、労務者を本件仮枠工事に派遣することを約束したが、その際、派遣労務者の員数、報酬等については、何ら決められなかった。そしてその後、原告は、神農明、辻本実との間で、派遣労務者の日当、員数等につき話し合い、辻本工務店が労務費を一般相場並に、毎月二〇日締めの翌月一日払いで日給月給制として支払うこと、及び労務者の交通費も辻本工務店が支払うことに合意された。

(五)  神明工業から本件工事現場で仮枠工事に従事するよういわれた選定者らは、昭和五三年一二月二五日頃から、神明工業のマイクロバスで本件工事現場に赴き、仮枠工事に従事するようになった。そして、被告は、本件工事現場に現場監理者として前記平谷悦己ほか一名を派遣常駐させて本件工事の監督に当らせていたが、右平谷ら現場監督員は、本件工事に関する指示監督等の実施につき、工事現場全体の安全管理や工事の誤り等の点については直接労務者に指示することもあったが、その他の工事状況一般については、直接労務者に指示することはなく、仮枠工事については専ら辻本実や選定者らの代表者的立場にもあった原告に対して指示を与えていた。なお、被告は、本件工事の進行に関する工程会議をもち、作業工程、手順等について打ち合わせをしたが、これには右平谷ら被告の従業員のほか、各下請業者の代表者が加わり、仮枠工事関係では辻本実が下請業者として参加していた。

(六)  仮枠工事に従事する選定者らの就労状況の把握については、辻本実と原告が独自に行ない、辻本は、神明工業が使用している「作業証明書」(<証拠略>)に作業内容、作業人員、作業時間等必要事項を記入して把握し、また原告は、選定者らの各人別「出勤簿」(<証拠略>)を作成して把握していた。しかし、辻本や原告は、選定者らの就労状況について被告に報告等をすることはなかったし、被告もこれを求めず、また被告において、選定者らの就労状況につき独自に把握することは一切しなかった。ただ、前記平谷悦己が、辻本に対し、仮枠工事代金の予算管理の関係から労務者が余り多くならないように注意をしたことはあった。

(七)  もっとも、被告が当時請負っていた本件以外の他の工事や本件工事のうち鉄筋工事に労務者の不足が生じた場合、被告は、下請業者の要請を受けて辻本実に労務者の派遣を依頼し、さらにこれを受けた辻本が原告に労務者の派遣を要請して選定者らを本件仮枠工事以外の工事に派遣してもらったことがあった。なお、その際、選定者らの日当等については辻本と原告とで話し合って決定し、選定者らの派遣を受けた下請業者が選定者らに支払うべき日当を辻本を通じて支払うということになっていて、被告は、派遣労務者の報酬やその支払方法には関与しなかった。

(八)  ところで、被告と辻本工務店との間の請負契約では、材料費込みで仮枠工事代金が一〇五〇万円ということであり、辻本は、当初、同人が他の工事に使用していたコンクリートパネルを使用する予定にしていたが、これができず、結局、仮枠工事に必要な資材は自分で用意できず、辻本が被告名義で必要な資材を調達してこれを使用し、後日、仮枠工事代金支払の際清算するということになった。

(九)  被告は、辻本実に対し、仮枠工事代金のうち、昭和五三年一二月三〇日から昭和五四年二月二八日までの間、出来高に応じ三回にわけて合計六〇〇万円を支払ったが、残余の工事代金については、被告が辻本のために立替払した資材の代金と清算したとして支払わなかった。ところで、辻本は、被告から受領した六〇〇万円のうち、約三〇〇万円を神農明に渡し、これを原告が選定者らに労賃として分配したが、辻本は、被告から受領した残余の三〇〇万円を選定者らに支払わず、これを持ち逃げした。

以上の事実が認められ、(人証略)中、右認定に反する部分は、にわかに措信し難く、他に右認定に反する証拠はない。

2  ところで、被告と選定者らとの間に労働契約関係が成立したというためには、それが契約である以上黙示的にしろ労働契約締結について意思の合致が必要であることは勿論である。そこで、前記1で認定した事実に照して被告と選定者らとの間の右意思の合致の有無を検討する。

前記1(三)ないし(五)及び(七)、(八)の各事実に照して考えると、辻本工務店は、被告との間に本件仮枠工事につき請負(下請)契約を締結した形式をとっているけれども、辻本工務店は、一応建築業を営む個人企業ではあるものの、本件仮枠工事請負契約に関しては独立した企業としての実体を備えていたとは言い難く、被告と辻本工務店との間の契約は、請負契約という面と同時に、選定者ら労働者を被告に供給するという面もあったことが濃厚であるし、また、辻本実から労働者の派遣を要請され、それに応じた神明工業も、一応独立した建設業者ではあるが、労働者をその時々の需要に応じて集め、労働力の需要家にそれを供給することを業とするという側面を有することが窺われる。このような場合において、労働者の供給を受ける者と労働者を供給する者との間に形式上請負契約が締結されていても、労働者の供給を受ける者が労働者の採否や賃金額等の労働条件を直接決定し、あるいは労働者に対する指揮監督を直接行使しているといえるようなとき、または、本来労働者の供給を受ける者が行うべき労働者の募集、賃金の決定、支払、労務管理を労働者を供給する者が代行し、ないし、労働者の供給を受ける者の職制的立場にあるといえるような場合は、当該労働者とその供給を受ける者との間に直接の労働契約を締結する黙示的な意思表示がなされたものと推認することができよう。

しかし、本件においては、前記1(一)、(二)及び(四)ないし(九)で認定した事実によれば、被告としては、辻本工務店を実質的な当事者として本件仮枠工事に関する請負契約を締結したものであり、また、被告は、選定者らの供給について、その採否や員数、報酬等の条件を決定する立場になかったし、現実にその決定に何ら関与しておらず、却って、選定者らの報酬額等は、辻本実と神農明、神明工業の代理人ないし選定者らの代表者的立場にあった原告との間で独自に決定され、報酬の支払いも辻本実の計算で同人から原告の手を経て選定者らに支払われていたし、選定者らに対する労務管理や作業上の指示監督についても、専ら辻本実ないし神明工業の代理人的立場にあった原告がなしていたものである。そうすると、右のとおり辻本工務店が本件仮枠工事請負契約に関しては独立した企業としての実体を備えていたとは言い難いとしても、被告が選定者らの供給を受けるについて、辻本実が、選定者ら労働者の募集、報酬の決定、支払、労務管理等を被告に代行し、あるいは被告の職制的立場に立ってこれをなしていたともいえない。却って、辻本工務店と選定者らとの間には、神明工業を介して選定者らが本件工事現場において就労し、辻本工務店がこれに対して報酬を支払うことを内容とする契約が存在し、選定者らは、辻本工務店に対する右の義務に基づいて本件工事現場において就労していたものと解せられる。

従って、前記のような辻本工務店、神明工業の実態及び辻本工務店と被告との間の請負契約の実態があっても、本件のような場合は、選定者らと被告との間に直接の労働契約を成立させる黙示的な意思表示があったものと認めることはできない。

3  以上の理由により、選定者らと被告との間に雇用契約が成立していたと認めることができないので、雇用契約の成立を前提として未払賃金の支払を求める原告の請求は、その余の点について判断するまでもなく失当である。

三  次に、原告は、被告と選定者らとの間に雇用契約関係が認められないとしても、被告は、辻本実に対し、使用者と異なるところのない選任、指揮、監督関係を有し、被告と辻本実とは使用従属関係にあったものであり、そして、辻本が選定者らに支払うべき賃金を支払わないため選定者らが賃金相当額の損害を被るに至ったのは、被告の辻本に対する選任、指揮、監督につき、事実上の使用者としての注意義務を怠った過失によるのであるから、被告は、選定者らに対し、辻本実の使用者として民法七一五条に基づく損害賠償責任がある旨の主張をする。

なるほど、前掲二の1の(三)、(八)、(九)で認定したように、辻本工務店は、建設業法三条所定の都道府県知事の許可を受けておらず、これまでに本件仮枠工事程度の規模の工事を独立して請負った経験がなく、仮枠工事に必要な技術を有する専門業者でもなく、独自に本件仮枠工事を遡行する能九がなかったし、さらに、選定者らに支給すべき報酬も一部支払わずに出奔したものであり、被告が、本件仮枠工事につき右のように不適任な辻本実を下請業者として選び、それが遠因となって本件紛争が生起したという点で、被告にも道義上責められる点がないとはいえないが、しかしながら、前掲二の2において説示したとおり、被告は、辻本工務店を実質的な当事者として本件仮枠工事に関する請負契約を締結したものであり、また、被告は、元請業者として、本件工事の進行に関する工程会議において、辻本実を含めた下請業者らと作業工程、手順等について打ち合わせを行ったり、その他必要に応じ辻本実ら下請業者らに対し指示したりしたことはあったが、それ以上に被告が使用者の立場に立って辻本実を指揮、監督したことは認められないし、却って、前述のとおり選定者らの供給を受けるについて、その採用、員数、報酬等の労働条件の決定、労務管理等について一切関与していないのであり、このような事情を考え合わせると、被告と辻本実との間には、実質的に使用従属の関係が存したとまでは認めることができず、従って、被告は、選定者らに対し、辻本実の事実上の使用者として原告が主張する選定者らの被った損害を賠償する責任があるものとは解せられない。

四  以上のとおりとすると、その余の点について判断するまでもなく原告の本訴請求は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 千川原則雄)

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