大阪地方裁判所 昭和54年(ワ)6212号 判決 1981年5月28日
甲事件原告(以下原告という)
赤秀隆明
乙事件原告(以下原告という)
森繁人
外二名
原告ら訴訟代理人
渡辺粛郎
甲事件、乙事件各被告(以下被告又は被告会社という)
瀬戸内開発株式会社
代表者
稲田聲
訴訟代理人
谷澤忠彦
木村沢東
主文
被告は原告らに対し、それぞれ金一三〇万円と、これらに対し原告赤秀隆明について昭和五四年一〇月一七日から、その余の原告について昭和五五年四月二二日から、それぞれ支払済まで年五分の割合による金員を支払え。
訴訟費用は被告の負担とする。
この判決は、仮に執行することができ、被告は、各原告に対しそれぞれ金五〇万円の担保を供して仮執行を免れることができる。
事実《省略》
理由
一、二<省略>
三クラブの会則七条二項に、「天災地変その他異常事態が発生したときは、理事会の決議により……入会金返還について据置期間を設けることができる。」との定めがあることは当事者間に争いがなく、原告らは、右規定が信義則、公序良俗に反し、無効であると主張するので判断する。
(一) <証拠>によると、本件ゴルフ場は、昭和四三年ころ開場し、昭和五六年一月現在約二、七〇〇名の会員があり、被告会社は、会員から総額約金九億円の入会金を預つていること、クラブの理事は、会員及び被告会社の役員中から、クラブの総務委員会(総務委員は理事会が委嘱する)と被告会社の役員で構成する詮衡委員会が推薦して理事長が委嘱し、理事長等の理事会役員は、被告会社の推薦により理事会が決定することになつていること、クラブ会員の総会は設けられていないこと、以上の事実が認められ、この認定に反する証拠はない。
(二) このように、多数の会員を擁するクラブにおいて、その理事会の構成員の選出について、被告会社の意向を反映しる余地は大きいが、個々の会員が関与する余地は認められていない。さらに、入会金の返還請求権が会員にとつて重要な権利であることを併せ考えると、入会金の返還に据置期間を設けることを理事会の決議に委ねている会則七条二項の規定には問題がないわけではない。しかし、右規定は「天災地変その他異常事態が発生したとき」について定めたものであり、その特殊性に鑑み、また、他に適当な代替手続も見当たらないから、右規定自体が直ちに信義則、公序良俗に反し無効であると断ずることはできず、原告らの主張は理由がない。
四次に、原告らは、理事会が昭和五四年八月一九日にした入会金返還の据置期間を一〇年延長した決議が不当で無効であると主張するので判断する。
(一) 会則七条二項の規定には、前述のとおり問題がないわけではない。したがつて、理事会が、右規定に従つて据置期間を設ける決議をする場合には、同項の解釈運用は厳格になされなければならず、同項の「その他異常事態」というのは「天災地変」に類するものであることを要し、経済変動からくるゴルフ業界の好況不況などはこれに含まれないものと解するのが相当であり、また、据置期間の長さも相当な範囲に限られるものというべきである。
とりわけ、同項が挿入されたのは、本件ゴルフ場が地形的にみて勾配のきつい場所にあり、台風時に崩壊による被害の発生することが建設当初から予想されたためであること(この事実は、証人大森清の証言によつて認める)は、この解釈の正当性を裏付けるものである。
(二) そこで、この視点に立つて、昭和五四年の理事会の決議当時、会則七条二項にいう「天災地変その他の異常事態」があつたかどうか検討する。
<証拠>によると、次の事実が認められ<る。>
1 本件ゴルフ場は、昭和四九年七月六日、台風八号による豪雨のため、ゴルフコースの一部が決壊したり、コース上に土砂、岩石が堆積したり、ゴルフ場内の道路が破損するなどして使用不能になつた。
被告会社は、その被害の修復工事を他からの借入金なしに自己資金約七、〇〇〇万円を投入して行つた。
2 本件ゴルフ場は、昭和五一年九月九日、台風一七号により豪雨のため、ゴルフコースの一部が決壊したり、コース上に土砂、岩石が堆積したり、道路が破損するなどの被害を再び受けた。
被告会社は、この災害により、同月末まで営業を停止し、同年一〇月から一部のコースを使つて営業を再開したが、本件ゴルフ場への交通路が遮断されて、翌年の春ころまではほとんど入場者がない有様であつた。
被告会社は、昭和五二年春ころまでにゴルフ場の修復工事を、地元農業協同組合からの借入金で行つた。修復工事には約金八、〇〇〇万円を要した。なお、この借入金は、一〇年の均等償還である。
被害を受けた本件ゴルフ場の芝が元通りになつたのは、昭和五四年中である。しかし、このことは、プレイの妨げにはならなかつた。
3 理事会は、昭和五〇年三月二三日、会則の一部を改正して、それ以後入会した者の入会金返還の据置期間を二年間とするとともに、台風八号の被害を理由に会則七条二項に基づいて、入会金返還の据置期間を昭和五〇年四月一日から昭和五二年七月六日まで設ける旨を決議した。
4 被告会社は、台風一七号の被害の復旧後、従来と同程度の入場者数があることを見込んで借入金の返済計画を立て、これに基づいて入会金返還の据置期間を昭和五四年九月一二日まで設けるよう理事会に要請した。理事会は、昭和五二年五月一五日、この要請をいれ会則七条二項に基づいてその旨の決議をした。
5 しかし、その後、石油ショックによる経済の不況の影響や本件ゴルフ場への交通機関の運賃の値上げの影響から、入場者数が当初の見込みの半分程度となつたため、売上げ額が減少し、借入金の返済計画を長期の分割払に変更せざるを得なくなつた。そこで、被告会社は、借入金の返済が終わるまで入会金返還を据え置くため、理事会に据置期間の延長を求め、理事会は、昭和五四年八月一九日、入会金返還の据置期間を同年九月一三日から一〇年間延長することを決議した。この一〇年は、借入金の償還期間に合わせたものである。
6 クラブでは、会員権の譲渡に制限を設けておらず、会員は、理事会の承認を得て会員権を売却できるが、その会員権の取引価格の相場は金五、六〇万円(名義書換料を除く)であり、被告会社に預託した入会金の金額と会員権の売却価格との差額は会員の損失になる。
(三) 以上の認定事実に基づいて検討する。
被告会社の経営は、昭和五四年の理事会決議の当時、台風一七号による被害復旧のための借入金の返済により困難に陥つていたということはできる。
しかし、被告会社は、台風一七号の被害の復旧後、据置期間を昭和五四年九月一二日まで設けることによつて営業を継続できるという見通しを立て、昭和五二年の理事会においてその旨の決議を得たにもかかわらず、その後のゴルフ業界全体の不況や交通費の値上がりなどの経済事情によつて入場者数が激減し、借入金の返済が当初の計画どおりできなくなつたため、昭和五四年の理事会で据置期間を更に一〇年間延長したのである。
したがつて、二回の台風の被害が直接の原因になつて復旧後の入場者数が減少したとするのは無理である。
そうすると、昭和五四年の理事会決議は、昭和五〇年や昭和五二年の理事会決議が台風被害の直後になされたのとは異なり、主たる原因が台風の被害によるものではなく、前述した経済事情によるから、これは会則七条二項の「天災地変その他異常事態が発生したとき」に当たらないとするほかはない。
したがつて、昭和五四年の理事会決議は無効であるから、被告会社は、右決議によつて一〇年の据置期間が定められたことを理由に、原告らの入会金の返還請求を拒むことはできない筋合である。<以下、省略>
(古崎慶長 孕石孟則 浅香紀久雄)