大阪地方裁判所 昭和54年(ワ)7748号
原告
川本登
原告
大下順功
原告
野村喜助
右原告ら訴訟代理人弁護士
岡田義雄
同
浦功
同
浅野博史
同
上野勝
同
村田喬
被告
八尾自動車興産株式会社
右代表者代表取締役
時野市松
右訴訟代理人弁護士
香月不二夫
主文
一 被告は原告川本登に対し金二一万五八四一円及びこれに対する昭和五四年一二月六日から支払済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。
二 原告川本登のその余の請求及び原告大下順功、原告野村喜助の請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用はこれを二〇分し、その九を原告川本登の、その六を原告大下順功の、その四を原告野村喜助の各負担とし、その余を被告の負担とする。
四 この判決は第一項に限り仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 原告ら
1 被告は、原告川本登に対し、金一五六万八四一五円及びこれに対する昭和五四年一二月六日から支払済に至るまで年六分の割合による金員を、原告大下順功に対し、金一〇七万五七二六円及びこれに対する昭和五四年一二月六日から支払済に至るまで年六分の割合による金員を、原告野村喜助に対し、金七三万三六二三円及びこれに対する昭和五四年一二月六日から支払済に至るまで年六分の割合による金員を、各支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行宣言。
二 被告
1 原告らの請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
第二当事者の主張
一 原告の請求原因
1 当事者等
被告八尾自動車興産株式会社(以下、被告会社という)は、八尾市高安町南七丁目二一番地において、自動車教習所を経営している。
原告らは被告会社の従業員であり、総評全国一般大阪連合会全自動車教習所労働組合八尾分会(以下、組合という)の組合員である。
2 原告らの時間外労働に対する賃金
原告らの被告会社における昭和五二年三月から同五四年二月までの時間外労働に対する割増賃金(基礎賃金の一・二五倍の賃金、以下単に割増賃金という)は、別表(略)(1)ないし(3)賃金差額計算表(以下単に別表(1)ないし(3)という)のとおりであって、原告川本は、合計四二七万七一五四円(別表(1)の<6>の欄に記載の金額と
3 原告らの時間外労働に対する割増賃金計算の明細
原告らの昭和五二年三月から同五四年二月までの時間外労働に対する割増賃金計算の明細は、次の通りである。
(一) 割増賃金計算の基礎賃金額
労基法三七条二項は、「割増賃金の基礎となる賃金には、家族手当、通勤手当その他命令で定める賃金は算入しない」と規定しており、これを受けて、労基法施行規則二一条は、「法三七条二項の規定によって、家族手当及び通勤手当の外、次に掲げる賃金は、同条一項の割増賃金の基礎となる賃金には算入しない。
一 別居手当 二 子女教育手当 三 臨時に支払われた賃金 四 一箇月を超える期間ごとに支払われる賃金」と規定している。
労基法三七条が、家族手当と通勤手当を割増賃金の基礎となる賃金から除外しているのは、家族数とか、通勤距離の遠近とかに対応する手当は、労働者が使用者に給付する労働に対応するものではなく、従業員たる地位に附随する給与であるとみているからである。
したがって、被告会社における割増賃金の計算の基礎となる賃金は、原告らが支給を受けた基本給の外、資格手当、検定手当、精皆勤手当、食事手当、物価手当、雑手当の各手当というべきである。(なお、被告会社は、原告らの時間外労働の賃金を計算するに当り、物価手当、雑手当をその基礎の賃金に含めずに計算しているが、これは誤りである。)。
そして、原告らの昭和五二年三月から同五四年二月までの基本給、資格手当、検定手当、精皆勤手当、食事手当、物価手当、手当(雑手当)は、別表(1)ないし(3)の<1>の欄に記載の通りであって、その合計額を労基法三七条による原告らの割増賃金の計算の基礎賃金とし、これを原告らの所定労働時間である一ケ月一七一時間で除した額に、二割五分の割増賃金を加えると、その額は、別表(1)ないし(3)の<5>の欄に記載の通りの金額となり、これが、原告らの時間外労働に対する一時間当りの割増賃金単価である。
(二) 早出等による本来の時間外労働(超勤)に対する割増賃金額
昭和五二年三月から同五四年二月当時の被告会社における教習時間は、次の<1>ないし<11>のとおりであった。
<1> 午前九時〇〇分~午前九時五〇分 (教習第一部)
<2> 同九時五五分~同一〇時四五分 (〃第二部)
<3> 同一一時〇〇分~同一一時五〇分 (〃第三部)
<4> 同一一時五五分~同一二時四五分 (〃第四部)
<5> 同一二時五五分~午後一時四五分 (〃第五部)
<6> 午後一時〇五分~同二時五五分 (〃第六部)
<7> 同三時〇〇分~同三時五〇分 (〃第七部)
<8> 同四時〇〇分~同四時五〇分 (〃第八部)
<9> 同五時二〇分~同六時一〇分 (〃第九部)
<10> 同六時一五分~同七時〇五分 (〃第一〇部)
<11> 同七時一〇分~同八時〇〇分 (〃第一一部)
被告会社は、右<1>ないし<3>は時間外労働として取扱っているから、<4>から<11>までが所定労働時間となる。しかし、<4>の時間に就業するためには、公安委員会の指導により、一〇分間の準備時間が必要であるから、被告会社の就業開始時刻は、午前一一時四五分である。
そして、原告らが右<1>ないし<3>の教習時間や休日等に勤務した本来の時間外労働の時間数は、別表(1)ないし(3)の<4>の欄の「組合計算欄」に記載の通りの時間で、これに右各表の<5>の組合計算残業単価を乗じて計算した時間外労働(本来の超勤)に対する割増賃金額は、右(1)ないし(3)の各表の<6>の欄に記載の通りの額であって、原告川本は三六八万七八二三円、原告大下は二一七万二四〇四円、原告野村は九四万一三五七円である。
しかるに、被告会社は、右の原告らの時間外労働に対する賃金は別表(1)ないし(3)の<2>欄に記載の通りの金額であって、原告川本は二六七万九三一五円、原告大下は一六〇万一二二六円、原告野村は七〇万九六五五円であるとして、右金員のみを支払い、その余(原告川本については一〇〇万八五〇八円、原告大下については五七万一一七八円、原告野村については二三万一七〇二円)(別表(1)ないし(3)の欄に記載の金額)の支払をしない。
(三) 休憩時間中の時間外労働に対する賃金
被告会社の教習時間は、前記(二)の<1>ないし<11>の通りであるところ、<4>ないし<11>の各教習時間の間には、五分ないし一〇分間の間隔があるが、これは公安委員会の指導による一〇分間の準備時間に充当されるので、労基法上の休憩時間ではない。
次に、被告会社は、右<5>(教習第五部)の教習時間と<6>(教習第六部)の教習時間の間の二〇分間、及び、右<8>(教習第八部)の教習時間と<9>(教習第九部)の教習時間の間の三〇分間を休憩時間として取扱っているが、右二〇分間及び三〇分間のうち、各一〇分間ずつの二〇分間は、準備時間であり、時間外労働であるところ、その時間数及びこれに対する割増賃金額は、別表(1)ないし(3)の欄に記載の通りであって、右賃金額は、原告川本については計三二万七八九二円、原告大下については計二七万二五〇九円、原告野村については計二七万一一七一円である。
しかるに、被告会社は、右休憩時間中の準備時間である合計二〇分間分について、これを時間外労働に算入せず、右時間外手当を支給しない。
(四) 趣味の会の活動に対する割増賃金
被告会社は、昭和五二、三年当時、毎週土曜日の時間外に、約二時間、趣味の会と称して、その従業員に対し、民謡・書道・話し方等の教養活動に従事させていたところ、原告らは、いずれも右書道に加入していた。
右趣味の会は、労働者の自主的なサークル活動ではなく、被告会社の指導・支配のもとに、被告会社の業務として行なわれていたもので、趣味の会の費用は、すべて被告会社の負担であったし、従業員は、必ずどこかの趣味の会に加入することとされていて、その出欠は、一時金査定の対象ともされたのであるから、その活動は、時間外の労働であった。
したがって、原告らが昭和五二年三月から同五四年二月まで、趣味の会の教養活動に従事した時間は、時間外労働の時間として、割増賃金を支払わなければならないところ、原告らが右期間中に、趣味の会に従事した時間とこれに対する割増賃金は、別表(1)ないし(3)の
しかるに、被告会社は、右趣味の会の活動を時間外労働として扱わず、その賃金の支払をしない。
(五) 各種委員会の活動に対する割増賃金
被告会社は、毎月一回以上、右<8>の教習時間と<9>の教習時間の間の三〇分間のうちの二〇分間、運営・教養・厚生・管理・車両の各委員会と称する「経営協議会」を開催していたところ、原告川本は教養、原告大下は管理、原告野村は厚生の各委員会に所属させられ、その活動に従事させられたが、右各種委員会の活動は、被告会社の業務であって時間外の労働であった。
そして、原告らが右各種委員会の活動に従事した時間とこれに対する賃金額は、別表(1)ないし(3)の
しかるに、被告会社は、原告らの右各種委員会の活動を時間外労働として扱わず、その割増賃金の支払をしない。
(六) 研修会に出席したことに対する割増賃金
原告川本は、被告会社が昭和五三年六月に開催した教習用語の統一等に関する研修会に参加したところ、右参加は所定時間外労働であって、これに対しては割増賃金を支払わなければならない。
そして、原告川本が右研修会に参加した時間は二時間であってその割増賃金は三〇〇八円である。
しかるに、被告会社は、右原告川本が右研修会に参加した分を時間外労働として扱わず、割増賃金の支払をしない。
(七) 創立記念日に出席したことに対する割増賃金
被告会社は、昭和五三年一〇月九日から同月一三日までの予定で、台湾へ従業員の慰安旅行を行なったところ、同月一三日帰りの飛行機が欠便になったので、予定より一日遅れ、同月一四日帰国した。ところで、同月一四日は、被告会社の出勤予定日であったが、右の如く台湾からの帰国が遅れたので、被告会社は、その振替えと称して、本来被告会社の創立記念日として休日であった同年一二月一日に原告らを出勤させた。
しかしながら、右のような休日の振替はなく、原告らは、右一〇月一四日を休日として利用する機会も与えられなかったから、右一二月一日の原告らの出勤は、休日出勤であって、時間外労働である。
したがって、被告会社は、原告らが一二月一日に出勤した分については、割増賃金を支払わなければならないところ、その額は、別表(1)ないし(3)の
しかるに、被告会社は、原告らが右昭和五三年一二月一日に出勤した分を休日出勤として扱わず、割増賃金の支払をしない。
4 よって、被告会社に対し、原告川本は、前記(二)ないし(七)に記載の未払の割増賃金の合計(別表(1)のないし
二 《以下事実略》
理由
一 当事者等
被告八尾自動車興産株式会社(被告会社)が八尾市高安町南七丁目二一番地において、自動車教習所を経営していること、原告らが被告会社の従業員であること、以上の事実は当事者間に争いがない。
二 時間外労働時間数
そこでまず、原告ら主張の時間外労働の時間数について判断する。
1 一日の所定内労働時間
(一) 被告会社の昭和五二年三月から同五四年二月当時における教習時間が、原告ら主張の請求原因3(二)に記載の<1>ないし<11>のとおり(教習第一部ないし第一一部、以下単に教習第一部ないし第一一部ともいう)であったことは、当事者間に争いがなく、右争いのない事実に、(証拠略)を総合すると、次の事実が認められ、これに反する(人証略)はたやすく措信できない。
(1) 被告会社と当時被告会社に存した労働組合である八尾自動車教習所労働組合との間で、昭和五〇年二月一日、教習時間を原告ら主張の請求原因3の(二)に記載の<1>ないし<11>のとおり(教習第一部ないし第一一部)とする、従業員の就労時間を平日は午前一一時三〇分から午後八時まで、土曜日は午前九時から午後三時五〇分まで、とする旨の協定が結ばれ、その旨の協定書が作成され、かつ、これが大阪府公安委員会に届けられた。そして右協定は同年三月一日から被告会社の従業員に対し実施されてきた。
(2) 当時、被告会社は教習時間と教習時間との間の時間のうち五分間を休息を兼ねた次の教習のための準備時間(インターバル)として、これを賃金計算上の労働時間に含ませそれを超える時間を休憩時間にする取扱をしていた。
(3) したがって、昭和五二年三月から同五四年二月まで当時の被告会社の平日の所定の勤務時間(拘束時間)は、午前一一時三〇分から午後八時までの八時間三〇分であって、そのうち、前記<4>の教習第四部と<5>の教習第五部の教習時間の間に五分間、前記<5>の教習第五部と<6>の教習第六部の教習時間の間に一五分間、前記<7>の教習第七部と<8>の教習第八部との教習時間の間に五分間、前記<8>の教習第八部と<9>の教習第九部との教習時間の間に二五分間の合計五〇分間の休憩時間があったから平日の所定労働時間は七時間四〇分であり、その開始時刻は午前一一時三〇分であった。
(4) また、同じく被告会社の土曜日の所定の勤務時間は、午前九時から午後三時五〇分までの六時間五〇分であって、そのうち、前記<2>の教習第二部と<3>の教習第三部の間の教習時間の間に一〇分間、前記<4>の教習第四部と<5>の教習第五部の教習時間の間に五分間、前記<5>の教習第五部と<6>の教習第六部の教習時間の間に一五分間の合計三〇分間の休憩時間があったから、土曜日の所定労働時間は六時間二〇分であり、その開始時刻は午前九時であった。
以上の事実が認められる。
(二) もっとも、原告らは、当時、被告会社においては、平日は、前記<4>の教習第四部の教習時間が始まる午前一一時五五分までに、また、土曜日は、<2>の教習第二部の始まる午前九時五五分までに、それぞれ出勤をすれば欠勤扱いとはされなかったから、平日は、<4>の教習第四部の教習開始の一〇分前である午前一一時四五分か、また土曜日は<2>の教習第二部の始まる午前九時五五分が、その所定労働の開始時刻であったとの旨主張しているところ、(人証略)によれば、被告会社においては、原告ら主張の如く、平日は午前一一時五五分までに、また、土曜日は午前九時五五分までに出勤すれば、欠勤扱いとはされなかったことが認められるけれども、前記1に認定の如く被告会社では労働組合との協定により、平日の所定労働開始時刻は午前一一時三〇分、土曜日の所定労働開始時刻は午前九時と定め、その旨大阪府公安委員会に届け出ているところからすれば、右の如き欠勤扱いをしないことをもって、被告会社の所定労働時間を原告ら主張のようにしていたものとは到底認め難いのであって、右欠勤扱いとしない取扱いは単に事実上の取扱いに過ぎなかったものと認めるのが相当であるから、右の点に関し原告らの主張に添う(人証略)はたやすく信用できないものというべきである。
よって、右の点に関する原告らの主張は採用できない。
(三)したがって、被告会社における指導員の所定労働時間は平日は午前一一時三〇分から午後八時までのうち休憩時間五〇分を除いた七時間四〇分であり、土曜日は午前九時から午後三時五〇分までのうち休憩時間三〇分を除いた六時間二〇分というべきである。
2 早出出勤及び休日出勤等による時間外労働(本来の超過勤務)の時間数
原告らは、原告らが昭和五二年三月から同五四年二月までの間に、いわゆる早出出勤及び休日出勤等によって就労した時間外労働の時間は、別表(1)ないし(3)の<4>の「組合計算」の欄記載の通りの時間であると主張しているが、右原告らの主張事実を認め得る的確な証拠はない。
次に、被告会社は、(イ)平日の午前一一時三〇分から同五〇分までの二〇分間、(ロ)教習第一ないし第三部の教習時間に連続して勤務した場合に加算した二五分間、(ハ)土曜日の教習第一部に勤務した場合に加算した六〇分間の以上(イ)(ロ)(ハ)の時間を加えた原告らの昭和五二年三月から同五四年二月までの早出出勤及び休日出勤等による時間外労働の時間数は、別表(6)に記載の通りの時間であると主張しているところ、前述の通り、被告会社では、平日の午前一一時三〇分以降及び土曜日の教習第一部の始まる午前九時以降は、いずれも所定の労働時間であって、時間外労働の時間には当らないから、右(イ)(ロ)(ハ)の時間は、いずれも本来の時間外労働の時間ではないというべきである。したがって、他に特段の立証のない本件においては、原告らの昭和五二年三月から同五四年二月までの早出出勤及び休日出勤等による時間外労働の時間は、結局、被告会社主張の別表(6)に記載の原告らの時間外労働の時間数から、別表(8)に記載の数字に二〇分を乗じて算出した時間及び別表(10)(12)に記載の各時間を差し引いた時間であると認めるのが相当であるところ、右差し引きして計算した時間数は、別表(1)ないし(3)の<7>の認定欄の「本来の残業時間」の欄に記載の通りであって、これが原告らの右期間中の時間外労働の時間であるというべきである。
3 休憩時間中の時間外労働
(一) 次に、原告らは、教習時間と教習時間との間には一〇分間の準備時間が必要であり、その旨公安委員会から指導を受けていたのであるから、被告会社においても教習時間と教習時間との間の時間のうち、休憩時間は一〇分間の準備時間を控除した残りの時間であるとし、教習第五部と第六部(前記<5>と<6>)の各教習時間の間の一〇分間と教習第八部と第九部(前記<8>と<9>)の各教習時間の間の一〇分間の合計二〇分間は、準備時間であって時間外労働に当ると主張しているところ、(人証略)には、右原告らの主張事実に添う趣旨の供述がある。
しかし、(証拠略)によれば、被告会社において昭和五〇年二月に労働組合と協定して大阪府公安委員会に届け出た就業時間等に関する協定(<証拠略>)では、被告会社の教習第一部と第二部、第三部と第四部、第六部と第七部、第九部と第一〇部、第一〇部と第一一部の各教習時間の間隔は、いずれも五分とされていて一〇分の間隔はないこと、そして、この教習時間割は、その後昭和五四年六月九日頃まで、現実に実施されてきたことが認められるのであって、このことと、後記各証拠に照らして考えると、前記原告らの主張に添う(人証略)は、たやすく措信し難く、他にこれを認めるに足りる証拠はない。
(二) かえって、(証拠略)を総合すると、次の事実が認められる。すなわち、
(1) 昭和五二、三年当時施行されていた道路交通法施行規則三三条(<証拠略>参照)には、自動車教習所の教習時間は、一教習につき五〇分とする旨定められているが、これは、教習実施後に行なわれる教習指導員の教習生に対する講評、注意、その他の事務処理のために、教習時間の一部がとられることを避け、実質五〇分の教習を実施するために設けられたものである。
(2) ところで、右道路交通法施行規則には、一教習の時間を五〇分とする旨定めている外は、次の教習の開始前に、一〇分間のインターバル(準備時間)をとるように定めた規定はなく、また、公安委員会から各教習所にその旨の指導、指示が具体的になされたこともなく、当時、右教習時間と教習時間の間隔及び次の教習開始前のインターバルを何分にするかは、各教習所の自由に委ねられていた。
(3) 昭和五二年三月から同五四年二月頃まで当時、被告会社では、教習終了後に教習台帳(<証拠略>)、技能教習日報(<証拠略>)に所要事項を記載したりする等のために必要ないわゆるインターバルを五分間と定め、教習時間と教習時間との間隔が五分以上の場合には、そのうち五分間をインターバルの時間として、これを所定労働時間に含め、その余の時間を休憩時間としていた。したがって、原告ら主張の教習第五部と第六部の各教習時間の間の二〇分間のうち、五分間がインターバルの時間で、その余の一五分間が休憩時間であり、また、教習第八部と第九部の各教習時間の間の三〇分間のうち、五分間がインターバルの時間で、その余の二五分間が休憩時間であった。
(4) なお、昭和五四年二月当時において、被告会社以外にも、右インターバルの時間を五分間としていた教習所があった。
(5) ところで、被告会社では、その後、労働組合の要求に基づく大阪府地方労働委員会の斡旋を受けて、右インターバルの時間を一〇分間に変更し、これを昭和五四年六月一〇日から実施した。
以上の事実が認められる。
(三) そうとすれば、被告会社の教習第五部と第六部の各教習時間の間の二〇分のうち一〇分、及び、教習第八部と第九部の各教習時間の間の三〇分のうちの一〇分の合計二〇分が、時間外労働であるとの原告らの主張は失当である。
4 趣味の会活動
(一) (証拠略)を総合すると、被告会社では昭和五〇年頃から同五三年一二月頃まで、及び昭和五四年一一月頃以降概ね毎週土曜日の時間外に約一、二時間程度、いわゆる趣味の会が開かれ、教養活動が行なわれていたこと、原告らは、いずれも書道に入っており、これに出席していたこと、以上の事実が認められる。
(二) ところで、原告らは右趣味の会は、被告会社の指導、支配のもとに、被告会社の業務として行なわれていて、原告ら従業員にその参加を強制され、一時金査定の対象とされていたから右趣味の会の活動は、時間外労働である旨主張するが、右被告会社の主張に添う(人証略)はたやすく信用できず、他に、右事実を認め得る証拠はない。
かえって、(人証略)によれば、(イ)右趣味の会は、被告会社の従業員の福利厚生の一環としてなされていたものであって、その講師に支払う費用等は被告会社においてこれを負担していたが、被告会社の従業員がこれに参加するか否かは全くその自由に委ねられ、被告会社から右参加を強制されていたようなことはなかったこと、(ロ)したがって、被告会社の従業員のなかで、現に右趣味の会に参加していない者もあったこと、(ハ)また、被告会社において、右趣味の会に対する出欠をとっていたようなことはなく、したがって、右趣味の会に出席した場合にこれに対する賃金を支払ったこともなければ、これに欠席したことを理由に不利益を課せられるようなこともなかったこと、以上の事実が認められる。
(三) そうだとすれば右趣味の会の活動は、被告会社の業務として行なわれたとは到底いい難いから、原告らの右趣味の会活動が被告会社における時間外労働に当るとの主張は失当である。
5 専門委員会の活動
(証拠略)を総合すると次の事実が認められる。すなわち
(1) 被告会社では昭和四九年一二月頃全従業員が経営に参加する趣旨の下に経営協議会が設けられ、その専門委員会として、教養委員会、管理委員会、車輛委員会その他の委員会が設けられた。
(2) 右各専門委員会の委員長、副委員長はいずれも被告会社の代表取締役が委嘱し委員長には月額五〇〇〇円、副委員長には月額三〇〇〇円の手当が支給されていたし、また、被告会社の従業員は、すべていずれかの委員会に配属されていたところ、昭和五二、五三年当時、原告川本は当初は渉外委員会にその後は教養委員会に、原告大下は管理委員会に、原告野村は車輛委員会にそれぞれ属していた。
(3) 右各専門委員会は、概ね月一、二回程度教習第八部の終った午後四時五〇分から教習第九部の始まる午後五時二〇分までのうち少なくとも二〇分以上を費して開催されるのが通例であって、右委員会への出席は、被告会社における時間外労働に当る。
(4) そして、原告らが昭和五二年三月から同五四年二月までの間に、右各専門委員会に出席して活動した時間は少なくとも別表(1)ないし(3)の
以上の事実が認められ、右認定に反する(証拠略)はたやすく措信し難く、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。
右事実によれば、右専門種委(ママ)員会は、被告会社の業務としてなされたものであって、原告らが右各専門委員会に出席して活動した時間は、時間外の労働時間というべきであるから、これに対して、被告会社は割増賃金を支払う義務がある。
6 研修会
被告会社が昭和五三年六月頃に教習用語の統一に関する会を行なったことは当事者間に争いがなく、右争いのない事実に(人証略)によれば被告会社は、昭和五三年六月頃の午前一〇時頃から六〇分位被告会社の業務として、教習用語の統一に関する研修会を開いたこと、右研修会には、原告川本が出席したこと、以上の事実が認められ、右認定に反する原告川本本人尋問の結果はたやすく措信できず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。
そうだとすれば、原告川本が右研修会に参加した分の六〇分は、時間外労働に従事した時間というべきであるからこれに対しては、割増賃金が支払われるべきである。
7 創立記念日の出勤
(一) 被告会社の創立記念日である昭和五二年一二月一日に原告らが勤務をしたこと、被告会社が右一二月一日の出勤を休日出勤として取扱わなかったこと、以上の事実は当事者間に争いがない。
そして、(人証略)によれば、被告会社では、被告会社の創立記念日である一二月一日は、例年休日出勤扱いとして、右の日に出勤した者に対しては、割増賃金を支払っていたことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。
(二) 次に、(人証略)を総合すると、次の事実が認められる。すなわち、
(1) 被告会社では、昭和五三年一〇月九日から同月一三日までの予定で従業員の台湾への慰安旅行を行なったところ、原告らはこれに参加しなかった。
(2) ところで、被告会社では当初、右台湾旅行から帰った翌日の同月一四日は、通常の通り教習業務を行なう予定にしていたところ、たまたま台風のため、右一三日に帰る予定の飛行機が欠便となって、予定通り帰れなくなったので、急遽右一〇月一四日を休日扱いとし、その代りに被告会社の創立記念日であって、例年休日とされていた同年一二月一日を平日の勤務とする措置をとった。
(3) そして、右一〇月一四日に教習を受ける予定になっていた教習生に対しては、被告会社において予め電話で教習中止の連絡をして現実に教習を行なわなかったが、一部連絡のできなかった教習生に対しては、被告会社の要請により、前記慰安旅行に参加しなかった原告らが、平常通り出勤して、教習を実施した。
(4) 被告会社は、右一〇月一四日に出勤して勤務をした原告らに対してはこれを休日出勤として取扱い、時間外労働として、割増賃金を支払ったが、右一二月一日の出勤については、全従業員に対し、これを休日出勤として取扱わず、平日の勤務として割増賃金を支払わなかったところ、右一二月一日を休日出勤として扱わなかったことについて、当時被告会社の従業員から特段の異議が述べられたようなことはなかった。
以上の事実が認められ、右認定に反する(人証略)はたやすく措信できず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。
(三) もっとも原告らは、右昭和五三年一〇月一四日を同年一二月一日の創立記念日の休日と振替える措置をとられたことはないし、また、原告らに右一〇月一四日を休日として利用する機会も与えられていなかったと主張している。しかしながら、(人証略)によれば、被告会社では、前述の通り、一〇月一四日を一二月一日の休日に振替えて休日とする旨の措置をとり、現に右一〇月一四日に出勤した者に対しては、休日出勤として割増賃金を支払っていること、また、原告らに対しては、前記(二)に認定の事情から、通常の教習業務を行なうことができなくなった旨の連絡がなされていること、そして、右一〇月一四日の原告らの出勤については、被告会社からこれを強制されたものではなく、被告会社の要請によって任意に出勤したものであること、以上の事実が認められるから、右の点に関する原告らの主張は失当である。
(四) そうだとすれば、例年の扱いからすれば、被告会社の創立記念日として休日となる筈の昭和五三年一二月一日は、同年一〇月一四日が休日とされたため、これに代って平日の勤務とされたものというべきであるから、右一二月一日の原告らの勤務は、休日出勤とはならないというべきである。
8 結論
以上によれば、原告らの昭和五二年三月から同五四年二月までの間における時間外労働時間は、右2、5、6に認定の通りであって、別表(1)ないし(3)の<7>の「本来の残業時間」欄に記載の時間と右各同表
三 割増賃金計算の基礎賃金の一時間当りの金額
1 割増賃金計算の基礎賃金
(一) 弁論の全趣旨によれば、原告らが昭和五二年三月から同五四年二月までの間に、被告会社から支給を受けていた賃金の内訳は基本給、資格手当、検定手当、精皆勤手当、食事手当、物価手当、雑手当であったところ、被告会社は、原告らの右期間中の時間外労働に対する割増賃金を計算するに際し、右のうち、基本給、資格手当、精皆勤手当、食事手当を、その基礎の賃金に含めたことが認められ、また、物価手当、雑手当を右基礎の賃金に含めなかったことは当事者間に争いがない。
次に、労基法三七条二項は、割増賃金の基礎とする賃金には、家族手当、通勤手当その他命令で定める賃金は算入しないと規定しており、また、労基法施行規則二一条は、別居手当、子女教育手当、臨時に支払われる賃金、一箇月を超える期間ごとに支払われる賃金を、割増賃金の基礎となる賃金から除外する旨定めている。そして、右労基法三七条の規定の趣旨は、家族手当や通勤手当等は原則として、日々の労働とは関係なく従業員たる地位に附随する給与であって、労働者が欠勤した場合にも減額さるべきではないし、反対に超過勤務をしたからといって、増額さるべきものでもないから、これを基礎賃金から除外したものと解せられる。ところで、本件において原告らに支払われた物価手当及び雑手当は、家族手当や通勤手当等と同様のいわゆる従業員たる地位に附随して支払われる給与であることを認め得る的確な証拠はなく、むしろ弁論の全趣旨によれば、資格手当や検定手当、食事手当等と同様に日々の労働の対価としての性質を有するものであると認めるのが相当であるから、前記労基法三七条二項同法施行規則二一条の規定に照らし、右物価手当及び雑手当は、これを割増賃金計算の基礎賃金に含めるべきであると解するのが相当である。
(二) もっとも、被告会社は、右物価手当を新しく設ける際、労使間の合意により、特別乗車手当として一教程の時間外勤務につき一二〇円を支払う代わりに右物価手当を右割増賃金計算の基礎賃金に含めないことにしたし、また、雑手当についても、これを新しく設ける際、被告会社において、当時、教習第一部から第三部まで連続して勤務した者に対しては、二五分間の時間外労働に相当する割増賃金その他本来支払う必要のない割増賃金を支払っていたから、その代償として、労使の合意により、右雑手当を割増賃金の基礎賃金に含めないことにしたと主張している。しかしながら、右物価手当及び雑手当を割増賃金計算の基礎賃金に含めない旨の労使間の合意は、強行法規である前記労基法三七条同法施行規則二一条の規定の趣旨に反して無効と解すべきであるから、被告会社の右主張は採用できない。
さらに、被告会社は、当時、原告らに対し、本来支払う必要のない前記特別乗車手当や割増賃金相当の賃金を支払い、物価手当及び雑手当を割増賃金計算の基礎賃金に含めて計算した本来の割増賃金以上のものを支払っていたから、右物価手当及び雑手当を割増賃金計算の基礎賃金に含めなくても、労基法三七条に違反しない旨の主張をしている。しかしながら、被告会社が原告らに対し、右特別乗車手当や割増賃金相当の賃金を支払ったことと、原告らが支給を受けていた物価手当及び雑手当を割増賃金計算の基礎賃金に含めることとは、法律上全く別個の事柄に属し、等価関係に立つものではないから、被告会社が右特別乗車手当や本来支払う必要のない割増賃金相当の賃金を支払ったからといって、物価手当及び雑手当を割増賃金計算の基礎賃金に含める必要がないとは到底認め難い。
よって、右の点に関する被告会社の主張は失当である。
(三) 次に、原告らが昭和五二年三月から同五四年二月までの間に被告会社から支給を受けた基本給、資格手当、検定手当、食事手当、物価手当の額が別表(1)ないし(3)の<1>欄の各基本給及び右各手当の欄に記載の通りの額であることは当事者間に争いがなく、また、(証拠略)によれば、原告らが右の期間中、被告会社から支給を受けた精皆勤手当及び雑手当は、別表(1)ないし(3)の<1>の右各手当欄に記載の通りの額であることが認められる。
したがって、原告らの昭和五二年三月から同五四年二月までの間の時間外労働に対する割増賃金計算の基礎賃金額は、別表(1)ないし(3)の<1>の小計欄に記載の通りの額となることは計算上明らかである。
2 原告らの一ケ月の平均所定労働時間
(一) 弁論の全趣旨によれば、原告らの昭和五二年三月から同五四年二月までの所定労働時間は、月によって異なっていたことが認められるから、労基法施行規則一九条により、労基法三七条の原告らの割増賃金計算の基礎となる一時間当りの賃金額は、別表(1)ないし(3)の<1>小計欄に記載の賃金額を、一年間における一ケ月平均の所定労働時間で除した金額であるというべきである。
(二) そこで次に、原告らの昭和五二年及び同五三年の各一年間における所定労働時間数についてみるに、(証拠略)によれば、被告会社の昭和五二年及び同五三年の年始の休日は各一月一日から同月五日までであり、また夏期休暇は八月一二日から同月一六日までであり、さらに年末の休日は各一二月二八日から同月三一日まであったこと、したがって、右の期間中の平日も所定の労働日ではなかったことが認められ、右認定に反する(人証略)はたやすく措信できず他に右認定を左右するに足りる証拠はない。
そして、(証拠略)によれば、右年始、夏期、年末の各休日と、日曜、祭日を除いた昭和五二年の平日は二四〇日、同じく土曜日は四九日であり、また昭和五三年の平日は二四一日、土曜日は四七日であったことが認められるところ、前記二の1に認定の通り、当時の被告会社における所定労働時間は、平日が七時間四〇分、土曜日が六時間二〇分であったから、昭和五二年の月平均の所定労働時間は一七九・一時間であり同五三年の月平均所定労働時間は月一七八・七時間である。
昭和52年:
(7時間40分×240日+6時間20分×49日)÷12ケ月=179.19時間
昭和53年:
(7時間40分×241日+6時間20分×47日)÷12ケ月=178.77時間
(三) ところで被告会社は、原告らの労基法三七条一項に基づく通常の労働時間の計算に当っては、月二〇〇時間を所定内労働時間数とする旨の労使間の合意ないし労働慣行があったと主張するが、右被告会社の主張事実に添う(人証略)はたやすく信用できず、他にこれを認めるに足りる証拠はないから、被告会社の右主張は失当である。
3 そうとすれば、労基法三七条一項に定める原告らの昭和五二年三月から同五四年二月までの時間外労働に対する割増賃金の基礎となる賃金の一時間当りの額は、別表(1)ないし(3)の<1>の小計欄に記載の金額を、昭和五二年三月から同年一二月までについては一七九・一時間で、また、昭和五三年一月から同五四年二月までについては一七八・七時間で、それぞれ除した額であって、右額は右別表(1)ないし(3)の<7>の「基礎賃金の単価」の欄に記載の金額になることは計算上明らかである。
四 時間外労働に対する原告らの割増賃金額とその弁済
1 以上認定したところから、原告らの昭和五二年三月から同五四年二月までの時間外労働に対する割増賃金額は、その基礎となる賃金の一時間当りの額である別表(1)ないし(3)の<7>の基礎賃金欄に記載の金額に、右<7>の「残業時間の合計」欄に記載の時間数を乗じ、さらにこれに一・二五を乗じて算出した額であって、右額は、右表(1)ないし(3)の<7>の「割増賃金」欄に記載の金額でありその合計額は、原告川本については二九〇万五一八五円、原告大下については一五九万八三二六円、原告野村については五八万五四三三円となることは計算上明らかである。
2 次に、
(一) 原告らの右期間中の時間外労働に対する割増賃金等として、原告大下に対しては合計一四三万二一四六円(別表(2)の<2>の日直手当及び残業手当欄に記載の金額の合計)が支払われ、原告野村に対しては合計六三万五四九五円(別表(3)の<2>の日直手当及び残業手当欄に記載の金額の合計)が支払われたことは当事者間に争いがなく、(証拠略)によれば、原告川本に対しては、右時間外労働に対する賃金等として合計二四〇万九八二四円が支払われたことが認められる。
(二) そして、(証拠略)によれば、原告らが右時間外労働に対する賃金等として支払を受けた金額のなかには、純然たる時間外労働に対する賃金の外に、午前一一時三〇分から五〇分までの二〇分間に対する時間外労働をしたものとして、右時間に相当する割増賃金、平日の教習第一部ないし第三部に連続して勤務した場合に二五分間時間外労働をしたものとして支払われた右二五分間に対する割増賃金相当額、土曜日の教習第一部に勤務した場合に六〇分間時間外労働をしたものとして支払われた右六〇分間に対する割増賃金相当額が含まれており、その額は、原告川本については五一万五八三九円、原告大下については四三万九四二八円、原告野村については二九万七一二〇円であること(別表(4)参照)、以上の事実が認められる。
(三) 次に、被告会社が昭和五二年三月から同五四年二月までの間に、特別乗車手当として、原告川本に対し二七万九五二〇円を、原告大下に対し一六万九〇八〇円を、原告野村に対し七万四一六〇円を、それぞれ支払ったことは、当事者間に争いがない。
(四) ところで、(証拠略)によれば、前記(二)の割増賃金相当額は、いずれも、被告会社において、原告らが前記二〇分間又は二五分間もしくは六〇分間、それぞれ時間外労働をしたものと看做して右各時間に対応する割増賃金と同額を支払ったものであって、実質的には、時間外労働の時間を誤って多く算出し、これに対して割増賃金を支払った場合と変りがないといえること、また、特別乗車手当も、原告らが時間外労働をした場合に、一教程につき一二〇円の割合で支払われたものであって、実質的には、原告らの時間外労働に対する割増賃金の性質を有するものであること、以上の事実が認められ、右認定に反する(人証略)はたやすく信用できず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。そして、原告らも、本訴において、原告らに支払われた前記(二)の割増賃金相当額及び(三)の特別乗車手当を、原告らの時間外労働に対する割増賃金の一部に支払われたものとして、その主張の割増賃金額からこれを差し引いて計算し、その残額を請求しているのである。
そうだとすれば、右(二)の割増賃金相当額及び(三)の特別乗車手当についても、すべて原告らの時間外労働に対する割増賃金の一部として支払われたものと看做すべきである。(その結果は、被告会社主張の清算をしたと同一の結果となる。)
(五) そうして、以上によれば、被告会社主張の清算の点について判断するまでもなく、原告川本の昭和五二年三月から同五四年二月までの時間外労働に対する割増賃金の残額は、前記1の二九〇万五一八五円から2の(1)の二四〇万九八二四円及び2の(三)の二七万九五二〇円をさし引いた残額の二一万五八四一円というべきであるが、原告大下及び野村については、前記2の(一)及び(三)に認定の金額が支払われたことにより、右期間中の時間外労働に対する賃金はすべて支払ずみであり、その残額は存在しないものというべきである。
よって、原告大下、同野村の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく失当である。
五 被告会社主張の和解について
1 被告会社は、昭和五四年九月頃、原告らを含む従業員二八名と被告会社との間において、さきに原告ら従業員が、広瀬静昭を選定当事者とし、被告会社を相手方として提起していた本件と同一の訴訟(大阪地方裁判所昭和五四年(ワ)第二〇七一号事件)の訴を取下げその代りに被告会社は右原告ら従業員に対し一人当り一六万円を支払う旨の和解が成立し、原告らはこれに基づき同年九月二一日訴を取下げたので、被告会社は、その後右原告ら従業員に対し、一人当り一六万円を支払ったから、右和解により、原告らの本件時間外労働に対する賃金債権はすべて消滅したと主張しているところ、原告らが被告会社から一六万円を受けとったことは当事者間に争いがなく、(証拠略)によれば、原告らを含む被告会社の従業員二七名(<証拠略>に記載の選定者は二八名でなく二七名である)が、訴外広瀬静昭を選定当事者とし、被告会社を相手方として、大阪地方裁判所に本件と同一の訴訟を提起したこと(大阪地方裁判所昭和五四年(ワ)第二〇七一号事件)、その後、右訴えは、昭和五四年九月二一日に取下げられ(<証拠略>)、なお、原告ら三名については、さらに改めて同年一二月四日付で訴えの取下書(<証拠略>)が提出されたこと、その後、原告らが被告会社から一六万円を受けとったこと、以上の事実が認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。
しかしながら、右訴えの取下げに際し、原告らと被告会社との間において、被告会社主張の如き内容の和解が成立したとの事実を窺わせる(人証略)は、たやすく信用できず、他に右被告主張の和解の成立を認めるに足りる証拠はない。
2 かえって、(証拠略)を総合すると、次の事実が認められる。すなわち、
(一) 原告らを含む二七名の従業員が、訴外広瀬静昭を選定当事者とし、被告会社を相手方として、前記訴訟を提起した後、右選定当事者の広瀬は、右訴訟が必ずしも原告らに有利ではないと判断し、昭和五四年八月頃、被告会社の代表者である時野市松と会い、右訴訟につき和解の申入れをして、一人当り平均約三〇万円の和解を要求したところ、時野市松は、右訴訟を取下げ、右訴訟で要求している時間外労働に対する賃金をすべて放棄して解決することになれば、総額にして約一〇〇〇万円を出してもよい、但し、右一〇〇〇万円は、訴訟をしている者にだけ支払うのではなく、被告会社の全従業員(約六〇名余)に対して支払うことにしたい、との旨答えた。そして、右一〇〇〇万円を全従業員数で除すると、約一六万円となるので、被告会社は、結局、全従業員に対し、一人当り一六万円を支払うことを承諾した。
(二) そこで右広瀬は、同年九月一七日頃組合大会を開いて被告会社の代表者との話合いの内容について賛否を諮ったところ、その折は、原告らも積極的に反対の意思を示さず、全員賛成の態度であったので、右広瀬は、その後同月二〇日付(裁判所に到達したのは二一日)をもって、前記訴えを取下げ、その後被告会社から、組合員の分につき、一人当り一六万円の金を受けとり、同年一一月五日頃、原告ら三名を除くその余の組合員らにこれを交付した。なお、非組合員の従業員に対しては、被告会社の丸山幸一専務取締役が、さきに入院して病気療養中であった時野代表取締役がその後退院したことに対する内祝の名目で、その頃、右一六万円を支払った。
(三) ところで、原告ら三名は、右組合大会の直後から、被告会社と和解をして、前記訴訟を取下げることに反対し、当初は前記一六万円を受けとることを拒否していたが、その後同年一二月一四日頃、被告会社の専務取締役丸山幸一が大阪地方労働委員会に証人として出頭し、右一六万円は、被告会社の代表者の全快祝や原告らが台湾への従業員慰労旅行に参加しなかったことに対する代償の趣旨等で支払われる旨の証言をしたところから、右趣旨の下に、右一六万円を受領した。
以上の事実が認められる。
3 そうだとすれば、原告らは、さきに提起した前記大阪地方裁判所昭和五四年(ワ)第二〇七一号事件の訴えを取下げ、右訴訟の請求にかかる本件と同一の時間外労働に対する賃金債権を放棄してすべてを解決し、その代りに被告会社から一六万円を受けとること等を内容とする和解に同意したことはないというべきであるから、原告川本が、被告会社主張の和解により、本件時間外労働に対する賃金債権は消滅したとの被告会社の主張は失当である。
六 結論
以上によれば、原告らの本訴請求は、原告川本が被告会社に対し、本訴請求にかかる未払賃金のうち、二一万五八四一円及びこれに対する本件訴状送達の翌日であることが記録上明らかな昭和五四年一二月六日から右支払済に至るまで商事法定利率の年六分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから右の限度で、これを認容し、原告川本のその余の請求及び原告大下、同野村の請求は、すべて理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条を、仮執行宣言につき同法一九六条を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 後藤勇 裁判官 千徳輝夫 裁判官 小宮山茂樹)