大阪地方裁判所 昭和54年(ワ)830号 判決 1982年9月24日
原告
高原得光
右訴訟代理人
蒲田豊彦
同
吉田良治
被告
大阪市住宅供給公社
右代表者
竹村保治
右訴訟代理人
村田哲夫
主文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は原告に対し、別紙図面一<省略>表示の塀を撤去せよ。
2 被告は原告に対し、金一〇〇〇万円及びこれに対する昭和五一年四月一日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
3 訴訟費用は被告の負担とする。
二 請求の趣旨に対する答弁
主文と同旨
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 原告は別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)を所有し、その一部を他に賃貸している。
被告は住宅供給事業を営む公社である。
2 被告は昭和五一年二月、大阪市港区築港三丁目三番に一四階建高層マンション天保山第五分譲住宅三棟(以下「本件分譲住宅」という。)を建設した。
そのうち、三号棟はL字型に建築するとともに別紙図面一表示のとおり南北に長さ四〇〇メートル、高さ二メートルのブロック塀(以下「本件ブロック塀」という。)を建設した。
3 被告の本件分譲住宅とりわけそのうちL字型の三号棟の建設及び本件ブロック塀(「以下「本件分譲住宅等」という。)の建設により原告所有の本件建物は以下のとおり受忍限度を越える風害を被つており、被告の右建物等の建設は原告に対する不法行為を構成する。すなわち、
(一) 本件建物と本件分譲住宅及びブロック塀の位置関係は別紙図面一表示のとおりであるところ、本件建物の所在地域は大阪港に面し一年を通じて風の強いところであり、被告が周辺住民の居住する住宅環境への影響を無視して本件分譲住宅等を建設したことによつて原告所有の本件建物は風害をまともに受けることになつた。
とりわけ秋期の台風時や冬期一一月から三月にかけての風の強さは多大で、大阪港からの突風や常態としての強風が本件分譲住宅等に当たりその風が巻いて本件建物を直撃するため、本件建物は強風にさらされており、強風のたびに横揺れし、きしみ、さらには傾き屋根瓦もはがされるほか次項記載のとおりの損害を受け、本件建物に居住する賃借人からも苦情が毎日のように持ち込まれている。
しかも本件建物は木造のため耐用年数も著しく短かく倒壊のおそれなしとはいえない。
(二) また原告は被告に対し、再度にわたつて本件分譲住宅等の建設によつて生じる被害の救済について話し合いを申し入れたのにもかかわらず、被告は本件建物が一番強風を受けることを認めながら、屋根瓦も飛んでいない等といつて風害に当たらないと主張し、何ら誠意ある態度を示さない。
4 損害
(一) 財産的損害
(1) 本件建物は別紙図面二<省略>表示のとおりであり、一階部分は貸事務所と原告の妻の経営するパーマ店となつていたが、パーマ店は本件風害のため閉店となり再開の見通しも立たない。
二階部分は、一号室から四号室まであり、いずれも他に賃貸してきたが、現在四号室は空室となつており入り手がない。
(2) 本件建物は風害により次のような被害を受けた。
(ア) 昭和五一年九月、別紙図面二表示の本件建物のうち二階部分の各部屋の北側に面した窓ガラスのすべてに亀裂が入り、一号室の金網入窓ガラス二枚については賃借人の苦情により昭和五四年五月ガラスの入替えをした。
雨戸付窓ガラスも一、四号室のガラスが破損した。
(イ) 昭和五一年九月、右一号室ないし四号室の各部屋の壁にいずれも亀裂が生じた。
(ウ) 同月、本件建物の東西中央部が落ち込み、二階の廊下、各部屋の床及び桁が沈下しひずみが生じてV字型に傾斜した。
(エ) 昭和五一年一〇月、二階二号室の便所の便器に亀裂が生じそれにつながるビニール水道管が亀裂して一階の貸事務所に大変迷惑をかけたため右便器及びビニール管を修理した。
(オ) 昭和五二年四月、二階からベランダに通ずる踊場の屋根のビニール製トタンが吹き飛んだため修理した。
(カ) 昭和五四年六月、本件建物の屋根瓦がずれたり吹き飛び雨漏りが激しくなつたため瓦を取り替える等の修理をした。
といも強風のため飛んだり破損したので新しいものと交換した。
コンクリート壁に亀裂が生じそこから雨水が建物内に入つてくるため、右壁の外側にブリキ板を打ちつけ急場をしのいでいる。
(キ) 昭和五四年七月、雨どいが飛んだので新しいものと交換した。
(ク) 二階四号室の押入の壁が亀裂し水が浸透し、あるいは右室の便所の壁が亀裂し落下したので昭和五四年八月、右壁を塗り替えた。
(3) 本件建物は昭和三七年六月ころ新築され本来三〇年間は十分耐用年数があるところ、右各被害の結果、本件建物の耐用年数は著しく減じられ既に傾き近く建替えを要する状況にある。
本件建物の価額は昭和五一年当時少なくとも時価金二一〇〇万円であつたことから、本件財産的損害は右の三分の一の金七〇〇万円を下らない。
(二) 精神的損害
原告は被告の本件分譲住宅等の建設以降今日まで被告との本件不法行為の交渉や本件建物の賃借人からの苦情の応待等により著しい精神的損害を被つた。これを金銭的に評価すれば金三〇〇万円は下らない。
5 よつて、原告は被告に対し、本件ブロック塀の撤去を求めるとともに、被告の不法行為により原告の被つた損害として金一〇〇〇万円及びこれに対する本件分譲住宅の建設後の昭和五一年四月一日以降完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1のうち、被告に関する部分は認め、その余の事実は知らない。
2 同2の事実は本件ブロック塀の長さを除き認める。本件ブロック塀の長さは一四〇メートルである。
3 同3の冒頭の主張は争う。
3の(一)のうち、本件建物の所在地域が大阪湾に面している事実は認め、その余の事実は知らない。
4 同4の事実は知らない。
三 抗弁
1 本件分譲住宅は三棟で一団地を形成しており全体の戸数は六三四戸ある。そのうち三号棟は鉄筋コンクリート造一四階建、建築面積1442.49平方メートル、戸数一〇八戸の建物で昭和四九年四月に着工し同五〇年一一月末完成した。
本件分譲住宅の譲受人の募集は昭和四九年一一月から順次始まり、同五一年二月二八日一二九戸、四月一日二九戸、五月一日五戸、六月一日五戸の各引渡しが完了し、同時に譲受人に所有権持分移転登記が経由された。その結果、本件分譲住宅の敷地や塀を含む付属構築物等は一ないし三号棟の譲受人の共有となつており、建物は建物区分所有等に関する法律にいう専有、共用部分の管理・維持は、天保山第五コーポ管理組合が行つている。
従つて、本件ブロック塀は被告の所有に属しない。
2 原告主張の風害については、本件分譲住宅三号棟の建設着工の前後から地元住民に対して説明会を開き右建物の建設によつて風害の発生しないことを説明するとともに、昭和五〇年四月風害の有無の調査につき大阪市立大学工学部に風洞実験を依頼して、その実験結果を地元住民に報告している。同五一年二月には、被告は地元住民で構成する町会との間で公害防止に関する覚書を締結し万一公害が生じた場合の措置につき合意済みである。
四 抗弁に対する認否
いずれも否認し争う。
第三 証拠<省略>
理由
一請求原因1の事実中、原告に関する部分を除くその余の事実は当事者間に争いがなく、<証拠>によれば原告が別紙物件目録<省略>記載の建物を所有し、その一部を他に賃貸していることが認められる。
二請求原因2の事実中、本件ブロック塀に関する部分を除くその余の事実は当事者間に争いがなく、<証拠>によれば右ブロック塀は高さ約二メートル、長さ約一四〇メートルであることが認められる。
三被告の不法行為の成否
1 本件分譲住宅等周辺の状況
<証拠>によれば、
(一) 本件分譲住宅は大阪市港区築港三丁目三番地に所在し、もと大阪市港振興株式会社が港遊園の名称で遊園地を経営していたところであるが、昭和五一年二月末までに被告により本件分譲住宅三棟が建設されたこと、二号棟の一部が一一階建であるほかは一号棟ないし三号棟とも一四階建で全戸数は六三四戸あり、建物の構造は各棟とも上層の一部が鉄筋であるほかは鉄骨鉄筋コンクリート造りで高さは約四二メートル前後であること、本件分譲住宅の敷地北側は天保山公園を隔てて大阪湾に面し、東側は道路を隔てて安治川河口に面し、その岸壁沿いに中小の造船関係の工場群が並らび南側は鉄筋コンクリート造の中層住宅棟が立ち、西側には幅員4.5メートルの道路を隔てて民家が密集し、この西側の一画に原告所有の本件建物があること、右分譲住宅の位置関係は別紙図面一表示のとおりであること、
(二) 大阪港湾岸周辺の本件建物付近はもともと風の強い地域で月別平均風速あるいは年最大風速は大阪市森之宮所在の管区気象台の測定点に比べ値いが大であること、西寄り、西北西から西南西の風が頻度としては多く、季節風は一一月くらいから三月くらいまで吹くこと、
以上の事実が認められる。
2 風洞実験
<証拠>によれば次の事実が認められる。すなわち、
(一) 風洞実験の実施
大阪市立大学工学部建築防災研究室(代表川村純夫同大教授)は、昭和五〇年三月から、被告の依頼により被告が建築予定の本件分譲住宅が完成した場合に周辺に及ぼす風の影響について模型による風洞実験を行ない同年六月風洞実験報告書をまとめた(乙第五号証)。
その後本件分譲住宅の西側に本件ブロック塀が建設されたことから、被告の依頼で昭和五六年一月に前同様の風洞実験を行い同年二月二五日付で風洞実験報告書追加分をまとめた(乙第六号証)。
(二) 風洞実験の方法
本件分譲住宅の現況につき航空写真、地図、現地調査等で資料収集したうえ右周辺の地形地物等を勘案して現地で発現すると考えられる自然風を再現した風洞流を風洞内で発生させ、その流れの中に本件建物等の右敷地周辺の地上物を一〇〇〇分の一に縮少した模型を設置して風向、風圧を測定する。使用風洞は大阪市立大学工学部建築防災研究室所属のエッフェル型(単一開放型)風洞を使用し、本件分譲住宅(以下この項では「計画建物」という。)の建設前後における風の流れの差異を測定するため計画建物の取りはずしを可能とした。
(三) 測定
別紙図面三<省略>表示のとおり本件計画建物敷地周辺道路上にNo.1ないしNo.13近接家屋の屋根面上にNo.101ないしNo.116の計二八点の測定地点を設けたほか、計画建物の模型の有無に余り左右されずかつ模型に流れこむ風を代表させうる位置として風上側基準点を設け、強風時の季節風に相応する風速約六メートル毎秒の一定の風を東西南北の四方位から送り、右各測定点における計画建物のある場合及びない場合の風向及び風圧、風速を測定した。なお、風速は風圧と物理的関係にたつので必要に応じて風圧から換算する方法をとつた。
(1)風向は、No.1ないしNO.13の各測定点に小旗を設け、旗の動きを真上から写真撮影する方法で測定し、その結果は別紙図面四ないし一一<省略>のとおりであつた。
(2) 風圧測定は、内径二ミリメートルの銅製管を各測定点及び風上側基準点に設置し、その風圧をスキャナーを通して差働トランス型風圧計に導きデジタルボトルメーターに接続してその表示値を読みとつて行い、そのデータをもとに各測定点の風圧の風上側基準点の風圧に対する比(以下「風圧比」という。)を求めた。
右風圧(風速)測定の結果を、計画建物が建つ前後及び東西南北の四方向の風向別に最頻値を用いて測定した結果は別表一ないし四<省略>のとおりである。
そのうち、圧力比は風上側基準点で高さ0.3センチメートルに相当する動圧に対する各測定点の動圧の比であり、速度比は同様の基準点の速度に対する各測定点の速度の比である。圧力比の符号+(プラス)は内側に押す圧縮力を示し−(マイナス)は外側に引かれる吸引力を示す。
No.103地点は原告所有の本件建物の近傍であるところ、右地点での各風向における計画建物がない場合からある場合の屋根面(地上高三メートル)の圧力比は、右別表一ないし四によれば、風向北の場合−0.48から−0.66に、風向東の場合−0.46から−0.69に、風向南の場合−0.85から−0.59に、風向西の場合−1.35から+0.24にそれぞれ変化している。
(四) 測定結果
(1) 周辺の風の流れは、計画建物建設後主として周辺道路、広場等近くを通る人間に歩行障害の生ずるかどうか判断するものであるが、計画建物の建設により風向北の場合、周辺道路上の地上三メートルの高さの位置で風速の増強はほとんど認められず速度比の絶対値も最大で1.5程度であること、風向東の場合風速が低下する傾向があり絶対値は比較的小さいこと、風向南の場合風下側(北側)を除いて低下し、風下側の絶対値もさほど大きくないこと、風向西の場合風速が若干増大されるところもあるが絶対値は風上側基準点の値と同程度であり、地上一〇メートルの位置における速度比は右各絶対値の八割程度であること、以上によれば本件計画建物の建設により周辺の風の流れは一部増強される所もあるがその絶対値は風上側基準点に比してそれ程大きくなく、右計画建物のない場合でも周辺の風は所によつては建設後予想されるものより強いこともあるので、本件計画建物の建設は周辺の風についてその環境を著しく悪化させるものではない。
(2) 近接家屋に加わる風力は主として屋根面(地上高三メートル)に働く圧力の比で判断されるが、風向北の場合計画建物の建設によつて屋根面に加わる負圧が北西側(No.101・102地点)で増強されるほかは一般に低下し、No.101地点の値2.18は計画建物がない場合の最大値であるNo.110地点の値2.27と同程度であること、風向東の場合、計画建物建設前には圧力比の最大値は1.2程度であるが建設後は一般に増強され風下側にあたる計画建物の敷地の西北側では圧力比が1.7程度となること、風向南の場合計画建物の建設により風下側にあたる北東部で圧力比が若干増強される外は一般に減少していること、風向西の場合計画建物建設により近接家屋の屋根面に加わる風力は右建物建設前の二分の一以下に減少していること、地上一〇メートルの位置における右圧力比は右各絶対値の六割程度であること、以上によれば、計画建物敷地東側では計画建物の建設により圧力比が増強されることもあるが右建設前の圧力比を上回つていないこと、本件建物が所在する敷地あるいは北側の木造民家では風向によつては屋根面の圧力比が増強されているが地上一〇メートル相当高さでの風圧係数に換算して考えるとあまり問題とならない。
(五) 第二回目の風洞実験
第二回目の風洞実験(以下「新風洞実験」という。)は前記風洞実験と本質は変らず計画建物の建設前後の変化を模型により予測するものであるが、新風洞実験は本件計画建物の敷地西側境界に本件ブロック塀が設置されたことや計測方法が改良されたことから、測定対象を原告所有の本件建物の存する計画建物の西側地域に限定して、計画建物のない場合、ある場合、さらに塀もある場合の三項目につき実験を行つた。
(六) 測定
別紙図面一二<省略>表示のとおり本件計画建物の西側地域道路上にNo.1ないしNo.10の風向風速測定点、右地域における家屋の屋根面上にNo.101ないし106の風圧測定点をそれぞれ設定し、さらに計画建物の有無に無関係の基準点を設け、右基準点の一〇メートル相当高さの平均風速に対する各測定点の平均風速の比を速度比とし、同様に圧力の比を圧力比とした。
(1) 風向風速は各測定点での地上及び一〇メートル相当高さの風速と風向を熱線風速計等で測定し、その結果は別表五ないし八のとおりであつた。
(2) 風圧測定は、内径一ミリメートルの銅製管を使用したほかは第一回目の風洞実験における風圧測定と同様の方法を用いた。右風圧測定の結果を計画建物建設前、建設後で塀のない場合、塀のある場合について東西南北の四風向別に圧力比で測定した結果は別表五ないし八<省略>のとおりである。
No.103地点は前同様に原告所有の本件建物の近傍であるところ、右地点での四風向における計画建物建設前、建設後塀のない場合、建設後塀のある場合の圧力比は右別表五ないし八によればそれぞれ、風向東の場合−0.39、−0.64、−0.67、風向南の場合−0.32、−0.19、−0.19、風向西の場合−0.22、+0.04、0.02、風向北の場合−0.02、−0.36、−0.34である。
(七) 測定結果
(1) 風の流れは風向東の場合、計画建物建設前に比べて建設後風速の増大する地点が少数存在するがその増大率及び絶対値ともに小さい。建設後塀のある場合は塀のない場合よりも風速の増大する所がやや多い。風向南の場合、建設後多くの地点で風速が増大しているがその速度比の値は二メートル相当高さで0.7以下である。
塀のある場合風速の増大する所が塀のない場合よりやや多く、増大率がやや大きい。風向南の場合、建設前に比べ風速の増大する所がいくつか存在するが二メートル相当高さでの速度比は0.6以下であり塀のある場合はそのない場合より風速の増大する所が多い傾向にある。風向北の場合、建設後風速の増大するところがいくつか存在するがその数は塀なしの場合の方がやや多い。その速度比は0.9程度であること、以上によれば計画建物建設後風速の増大する所があるがそれらの速度比は余り大きくなく、建設前で風当たりの強い所の値とほぼ同じ程度であること、塀のある場合風速の増大率がやや大きい傾向を示すがその程度は顕著でないこと、従つて計画建物が右測定地域の風環境を著しく悪化させるものではなく、人間の歩行障害とならない範囲内である。
(2) 近接家屋に加わる風力は、風向東の場合建設後負圧の絶対値が増大するところがいくつかあるがそれらの値は0.7以下で塀のある場合の方がやや大きいこと、風向南の場合建設後ほとんどの測定点で負圧の絶対値が減少しており、塀なしの方がその絶対値はやや大きいこと、風向西の場合は風向南の場合と似た傾向を示すこと、風向北の場合建設後負圧の絶対値が大きくなる測定点が多いがその値は0.5程度であり、塀のない場合の方が右絶対値が大きくなるところが多くなつていること、以上によれば、民家に働く負圧の絶対値は建設後やや大きくなることもあるがその値は最大で0.7程度であり、計画建物が当該測定地域の民家の風力を著しく増大させ構造的被害を発生させるものではなく、また塀の有無により顕著な差は認められない。
(八)(1) 一般論として、風上にあるときは風圧力、風速が低減されるが、風下にあるときは増強される傾向にあり、もともと風当たりの小さいところは建設後の風圧比は増すが、風当たりの大きいところは風圧比がそれほど増大しない。
(2) 大型台風と超高層建築物の相関関係についてはいまだ研究成果はなく、台風のような場合の被害の発生の有無は大きな建物の近隣に位置するか否かよりはむしろその台風の気圧、半径、上陸通過地点等の要素及び個々の建物の備える耐風耐力で決まつてくる。
以上の事実が認められ、認定に反する証拠はない。
3 風洞実験の信頼性
<証拠>によれば、本件計画建物の建設前後及び塀の設置前後における風の影響を現地で実測することが一番大切であるが、そのためには四季の気象状態等から二、三年、少なくとも一年は実測に必要であり、短期間である程度の予測をするには風洞実験が適していること、右風洞実験では個々の家屋の耐用年数や老朽度など個別的評価をせず、本件測定地域の家屋の密集度や高低関係等を巨視的にとらえて模型化し、個々の家屋は建築基準法施行令八七条が建築構造物につき地震、台風水圧等の外力に対し安全なように規定する耐風耐力を一応備えているとの前提をとつたことが認められる。
本件では原告の本件家屋に対する風害が問題となつており、右証言によれば、被害発生の可能性は家屋の耐風耐力と家屋に加わる風圧力の大小関係によることが認められるのである。このことからすれば、完全な結果を求めるためには本件家屋について耐風耐力の調査をした方がよいのは当然であるとしても、前記建築基準法施行令が、高層建物の有無にかかわらず構造物が一定の耐風耐力をもつように規定していることからすれば、これに準拠して本件家屋についても同様の耐風耐力をもつていると期待することはあながち不合理でない。また、一般に公害の被害発生の予測においては、個々の家屋のみにとどまらない周辺地域への影響を全般的にとらえることは実験技術上やむをえない面があるとともに、むしろ相当でもある。そうすると、本件各風洞実験が測定地域の風圧力の変化に重点をおいて実験したことに問題はなく、他に右実験方法及び結果につき疑問点をはさむべき証拠も認められないのであつて、本件風洞実験の信頼性は高いものというべきである。
4 風害の発生の有無
(一) 原告は、まず被告が原告及び周辺住民の住宅環境を無視して本件分譲住宅等を建設したことによつて受忍限度を超える風害を被つた旨主張し、その前提として場所柄、もともと強風地域であるところ、右建築によつてさらに強風にさらされることになつた旨主張する。しかしながら、前記三の1ないし3の各認定事実によれば、本件分譲住宅の建設前から建設後、さらに塀の設置後にわたつて本件分譲住宅に近接する本件家屋を含む周辺地域には、風向、風圧、風速のそれぞれにつき測定値に変化の生ずる地点があり、右変化に相応した風による影響が皆無であるとはいえないが、周辺を通行する歩行者の通行障害や、近接家屋に対する構造的な被害の発生する可能性という面からみれば、風速比、風圧比ともに絶対値の変化はごくわずかであつて、とりわけて本件分譲住宅、及び塀の建設がその主張の如き風害を招来する危険性を有するものではないというべきであり、このことは、原告所有の本件建物近傍の測定点No.103においても同様である。よつて原告の右主張は採用することができない。
(二) 次に原告は被告の本件分譲住宅等の建設により本件建物に風害が生じその具体的な被害状況は請求原因4記載のとおりであると主張し、<証拠>には右主張に沿う供述部分があるのでこの点につき検討する。
<証拠>によれば、本件建物は築後約二〇年を経過しているところ、右建物につきたとえば窓ガラス、壁、水道管の亀裂、電話線電力線のはずれ、瓦のはずれやビニールトタンのはがれ、梁や廊下の傾斜が生じるなど、概ね原告主張のとおりの状態となつていたものと認められる。
しかしながら、右状態が本件分譲住宅等の建設によつて生じた風害に因つて発生したとの事実を認め得る的確な証拠はない。
かえつて、<証拠>によれば、風以外の要因、たとえば、壁の亀裂や、床の傾斜についてみれば、本件建物の構造自体が建築基準法施行令の規定する耐風力を備えていないか工法に無理があつた疑いがあることや、本件建物の前の道路を通行する車両の影響や不等沈下、構造建物の経年変化によるものとも考えられること、
窓ガラスの亀裂についていえば、もしこれが風によるものであるとすれば超大型台風やたつ巻きなど特別な場合でないと考えられないこと等の事実が認められるのでありその他前記風洞実験の結果をも併せ考えると、本件建物につき生じた前記各状態のいずれも、ただちに風の影響によるものとは速断できず、まして、本件分讓住宅及びブロック塀の建設による風の増大した結果による風害であるとは到底いえないところである。従つて原告の右主張もまた採用することができない。<以下、省略>
(久末洋三 塩月秀平 中本敏嗣)
図面二―一二、別表一〜八、物件目録<省略>