大阪地方裁判所 昭和54年(ワ)921号 判決 1981年2月24日
原告 山鉄興業株式会社
右代表者代表取締役 山本保一
右訴訟代理人弁護士 石田恵一
被告 株式会社トーメン
右代表者代表取締役 能上賢一
右訴訟代理人弁護士 松浦武
同 鈴木吉五郎
同 畑村悦雄
同 岡野良治
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一、申立
一、原告
1.被告は、原告に対し、金九五七万五五〇八円及びこれに対する昭和四三年五月一五日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
2.訴訟費用は被告の負担とする。
3.仮執行宣言。
二、被告
主文と同旨。
第二、主張
(請求の原因)
一、原告は、旧商号を山本鉄工株式会社と称し、鋼材売買、鉄骨・橋梁組立請負等の業務を営んでいたが、昭和四二年一二月、現商号に社名を変更し、昭和四三年五月、本店を肩書地に移し、不動産の売買・管理を営業目的としている。
二、1.原告は、昭和三五年八月以来、被告から鋼材等を継続的に購入し、また、融資を受ける等の取引関係を有していたものであるところ、被告に対し、昭和四〇年三月五日から同年六月三〇日までの債務として元金四億三七四六万二七九〇円を負担していた。
2.原告は、昭和四一年一二月一〇日、被告との間で、次のような譲渡(売渡)担保契約を締結した。すなわち、
(一)原告は、被告及び丸紅飯田に対して左記の債務を負担していることを確認し、別紙第一物件目録二ないし五記載の物件(以下、境川物件という。)を被告及び丸紅飯田に対する右債務並びに現在及び将来の一切の債務の売渡担保として、被告に対し所有権を内外共に移転すると共に所有権移転登記をし引渡を了した。
記
(1)被告分
(イ)元金 金四億三七四六万二七九〇円
(ロ)遅延損害金 金一億一〇九七万四四三六円
(ハ)費用
(2)丸紅飯田分
(イ)元金 金一億一三五五万九三〇〇円
(ロ)遅延損害金 金二九八四万八六〇三円
(二)被告は、境川物件を自由に処分して前項記載の原告の債務に充当する。
(三)被告及び丸紅飯田間の弁済充当の割合については、右両者間で協議する。
三、被告は、右譲渡担保契約に基づき、善良なる管理者として、譲渡担保物件を不当に低廉なる価格で処分せず、客観的適正価格で清算すべき契約上の義務を負うものである。
しかるに、被告は、昭和四二年一月三一日、多根要之助に対し、境川物件の内別紙第一物件目録二記載の土地(ただし、実測九八〇・六四坪。以下、本件境川土地という。)を代金総額金一億二三〇〇万円(坪当り金一二万五五一〇円)で売渡した。
しかし、昭和四二年一月当時の本件境川土地の適正価格は、坪当り約金二四万円以上はしたものである。すなわち、1.本件境川土地の昭和四一年度固定資産税評価額(甲第二四号証の三)によると、右土地の価格は、何ら将来の期待要素を考慮せずとも坪当り金二〇万四〇〇〇円であり、また、昭和五一年度のそれは、坪当り金二三万八一五〇円であること、2.不動産鑑定士による鑑定評価書によると、昭和四二年一月三一日における右土地の価格は、坪当り金二三万八〇〇〇円(甲第二二号証)、金二三万二六五〇円(甲第三一号証)であること、3.原告の境川分譲地価格表(甲第三七号証)によると、前同日現在における右土地の価格は、坪当り金二七万二〇〇〇円であり、社団法人大阪府宅地建物取引業協会作成の大阪府宅地価格地点図によると、昭和四九年一月一日現在の右土地周辺地の価格は、坪当り金七五万円であること、以上を総合すると、右土地の昭和四二年一月当時の適正価格は、坪当り約金二四万円以上ということができるのである。
のみならず、被告は、原告が昭和四一年七月三〇日に本田技研工業株式会社(以下、本田技研という。)に対し、境川物件の内最も評価額の低い土地部分を坪当り金一九万円で売却することを申出たのに、これに応ぜず、かえって、右のような低廉な価格で多根要之助に本件境川土地を売却し、加えて、多根要之助から指名受注条件で病院建設を請負い、建設代金を右土地の安い分だけ上乗せして膨大な利益を計上しようとし、かつ、当時、大阪市が隣地の運河を埋立る計画があり、その埋立地約三〇〇坪の払下げを受けられることを熟知し、これを多根要之助との右取引上の手段に用いたものである。
よって、被告は、本件譲渡担保契約上の義務に違反して本件境川土地を売却処分したものであるから、原告に生じた後記損害を賠償すべき責任を負う。
四、原告の損害額は、次のとおりである。
1.本件境川土地の適正価格は、金二億三三三八万七〇〇〇円(坪当り金二三万八一五〇円)であるところ、被告は前記のごとく金一億二三〇〇万円で売却したのであるから、その差額は、金一億一〇三八万七〇〇〇円である。
2.原、被告間に締結された金銭消費貸借、抵当権設定契約及び鋼材等の継続的購入契約に基づく金利は、いずれも日歩二銭五厘の約定であり、原告は、その後これを遅延利息について日歩五銭と改訂することに同意したことはない。
3.よって、昭和四三年五月一五日までの遅延損害金を日歩二銭五厘の割合で計算し、前記1記載の差額金を同日現在の原告の被告及び丸紅飯田に対する債務の元金及び利息等に充当すると、被告に対する債務について、金三八九万二三五八円の未払残があることとなり、丸紅飯田に対する債務について金一三四六万七八六八円の支払超過となるので、これを差引計算すると、原告は、金九五七万五五〇八円の損害を被ったこととなる。
五、よって、原告は被告に対し、譲渡担保契約の債務不履行に基づく損害金九五七万五五〇八円及びこれに対する昭和四三年五月一五日から支払ずみに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
(請求原因に対する認否)
一、請求原因一は認める。
二1.同二1は認める。
2.同二2は認める。しかし、原告及び丸紅飯田と被告との間の譲渡担保契約は、原告主張の内容に尽きるものではなく、後記被告の主張一記載の事情及び内容を有する和解契約の一部である。
三、同三のうち、被告が本件境川土地を原告主張の日に多根要之助に対し、原告主張のような契約内容で売却したこと、原告が境川物件のうち一部土地を本田技研に売却することについて被告に申出たが、被告がこれに応じなかったことは認め、その余は争う。
昭和四二年一月当時の本件境川土地の適正価格に関する原告の主張根拠は信頼できず、また、本田技研に売却することについての原告の申出に被告が応じなかったのは、右申出が境川物件のうち土地建物を一括して売却し、債務全額を返済するというものではなかったためである。けだし、右土地建物が競売に付され、競売期日も指定されている状況下において、全体的な和解がないまま右土地建物の一部(分筆も必要であった。)を売却するとの申出には、競売の迅速かつスムーズな進行を考慮し、到底応ずることができなかったのであり、これをもって何ら不当といわれるところはない。
四、1.同四1は争う。
2.同四2は争う。原告の被告及び丸紅飯田に対する債務の遅延損害金は、後記被告の主張の約定書の定めに従い、日歩四銭で計算すべきものである。
3.同四3は争う。
(被告の主張)
一、本件和解契約の成立と譲渡担保の清算に関する約定について
1.原告は、昭和四〇年三月、約束手形の不渡処分を出して倒産した。被告は、同年四月二日、大阪地方裁判所に対し、境川物件及び別紙第二物件目録記載の物件(以下、八尾物件という。)等について根抵当権に基づき競売を申立て(同裁判所昭和四〇年(ケ)第一三一号)、同月九日、競売開始決定がなされ、右各物件についてそれぞれ一括競売の方針で競売手続が進行していた。
右競売申立後、被告は、原告又は原告代理人から有利に転売をしたいから、右競売期日を延期して欲しい旨懇請を受け、右期日を再々延期してきたが、第四回目の競売期日(境川物件及び八尾物件につき、それぞれ昭和四一年一二月一二日及び一三日)を前にして、原告から八尾物件が竹中工務店に早急に売れる見込であるとの申し出があり、同月一〇日、右競売事件解決のために、原告と被告及び丸紅飯田間で別紙記載の条項を有する約定書(以下、本件約定書という。)が作成され、もって和解契約が成立したものである。
本件約定書は、原告側として、当時、右競売事件の原告代理人である弁護士津田禎三、辻本公一が交渉担当者となり、被告及び丸紅飯田と種々交渉し、内容を十分検討したうえでこれを承認し、調印したものであって、記載内容通りの合意をしたものであり、留保されたような条項は一切ない。けだし、専門家である弁護士は、調印する約定書の一部の条項を留保する場合には、調印しないか又は調印する場合はその条項を留保する旨の書面等を作成したうえ調印するものであるが、本件ではそのような事実も一切ない。
原告は、本件約定書は、競売期日が迫まっていたことを利用して強要されたものであるというが、右競売期日は四回目の期日であり、それまで三回も原告が他に競売物件を売却するというので信用して延期しているのであるから、もはや、本来延期すべき性格のものではなく、被告及び丸紅飯田は、右期日を延期しない方針であった。しかし、原告代理人から切なる懇請を受け、やむを得ず本件約定書を作成、合意のうえ、右期日の延期に応じたものである。原告代理人が本件約定書を作成、合意したのは、恐らく、専門家の立場として競売を実施されるより、右約定書を作成し競売期日を延期する方が原告にとっても有利であると判断したことによる処置である。従って、右の事情からして、本件約定書は、強要されて作成、合意したといわれるようなものではない。
2.原告は、被告が本件約定書による譲渡担保権を行使して、本件境川土地を多根要之助に対し代金総額金一億二三〇〇万円(坪当り金一二万五五一〇円)で売却したことをもって、譲渡担保権者として善管注意義務に反する不当な低額処分であるという。
(一)本件約定書によると、多根要之助に売却した本件境川土地を含め境川物件を被告及び丸紅飯田に対し譲渡担保とすること(ただし、登記名義人は被告とする。)、被告及び丸紅飯田は、右譲渡担保物件を直ちにかつ自由に任意処分して債権に充当することができるとされている。そして、特に、処分価格については、前記競売事件において提出されている鑑定書(従って、最低競売価額として競売裁判所により採用されているもの)の該当土地の坪当り単価を下まわる場合には、被告及び丸紅飯田は、原告に対して予めその旨通知すること、この場合、原告において右通知を受けた日から二か月内に限り、右通知価格より高い買手がある場合には、その内容を申出ることができ、代金支払方法及び信用等を審査して適当と認めた場合は、その買手に売却するものとすると定められている。即ち、右約定の趣旨は、処分価格が右競売事件による鑑定価格以上である場合には何らの制限を受けず、譲渡担保権者である被告及び丸紅飯田は、自由に処分できるということであり、また、鑑定価格以下の場合には、原告に対し、それ以上に高い価格で売却できるかどうか検討の機会を与えた後でなければ処分できないというものである。
右のような約定がなされたのは、当然のことながら、原告はできるだけ高く売って欲しいとの希望があり、一方、被告及び丸紅飯田は債権者として迅速に処分して債権の早期回収をはかりたいとの希望があって、高い買手が現われるのを長期間待つわけにはいかない事情があり、種々折衝のうえ、その妥協の結果として原、被告ら双方は、前記鑑定価格を一応妥当な価格とみなし、右価格以上であれば原告もその処分価格を承認し、右価格以下であれば原告にそれ以上の価格で売却できるかどうか検討の機会を与えることとしたものである。
右の合意は、競売事件において裁判所が行なった鑑定による価格を基礎とするものであって、合理的なものというべきであり、最も苦情の生じ易い処分価格について、処分時の紛争を避けるためになされた特約であるから、右特約の範囲で行なった処分価格については、原告から苦情を言えないものである。
被告が多根要之助に売却した土地の右鑑定価格は、総額金一億一一六四万五二三五円(坪当り金一二万三五〇〇円)であり、原告は、右価格以上である総額金一億二三〇〇万円(坪当り金一二万五五一〇円)でもって多根要之助に売却したのであるから、原告から善管注意義務違反をいわれる理由はない。
(二)原告は、独自の計算により本件境川土地の価格が坪当り金二三万円余であったという。その根拠とするところは、昭和五四年三月三〇日(甲第二二号証)及び昭和五五年四月一四日(甲第三一号証)に作成された私的鑑定書であって、昭和四一年ないし昭和四二年一月当時から一二年ないし一三年経過して鑑定したものであり、当時の状況に即して行われたものということはできない。
一方、競売事件における鑑定は、昭和四一年二月一一日に作成されたものであり、当時の現状及び付近の状況を直接見て行われたものであるとともに裁判所から任命された公的使命に基づき行なった鑑定であるから、最も信頼性の高い鑑定といわなければならない。
(三)原告は、昭和四一年七月頃、本田技研に対し境川物件のうち別紙第一物件目録三ないし五記載の土地の内六八六坪を坪当り金一九万円で売却できる見込であったところから、前記競売事件における鑑定が不当に低価格であるがごとき趣旨の主張をするのであるが、右鑑定によれば、本田技研に売却しようとした右土地は、更地価格を坪当り金一六万円とし、工場跡地であるため地下施設があることによる更地化の難易を考慮して調整率として五パーセント減価し、坪当り金一五万二〇〇〇円としているのである。
不動産売買においては、実際に契約される際の売買価格は、売手、買手の色々な立場、買手の場所的ニーズ等によってその高低が相当に異なることは通常であって、客観的な正当価格と必ずしも一致しないことは吾人らの日常経験するところである。むしろ、前記鑑定価格と本田技研の買受予定価格との間に大きな開きのないことからして、右鑑定価格は相当であるともいい得るのである。そして、多根要之助に売却した本件境川土地の宅地価格について、前記競売事件における鑑定においては、坪当り金一三万円、工場跡地であることによる調整率として五パーセント控除し、坪当り金一二万三五〇〇円としているのである。
(四)昭和四一年度の固定資産税評価額によれば、本田技研に対する前記売買交渉地は、坪当り金一〇万二七四六円であり、本件境川土地は、坪当り金七万五五九四円であることからしても、本件境川土地は、本田技研に対する売買予定地よりもかなり低価格のところであったということができる。
二、原、被告間の遅延損害金の約定について
1.原告は、昭和三五年八月二九日、被告との間において、原、被告間の取引によって生ずる一切の被告の債務を担保するため、別紙第一ないし第三物件目録記載の物件(ただし、第一、第二機械器具目録を含む。以下、本件抵当物件という。)に対し、工場抵当法三条による根抵当権設定契約を締結し、その際、右債務の債務不履行による遅延損害金を日歩五銭とする旨合意し、同年九月六日、その旨の根抵当権設定登記手続を了したのであり、右合意は、原告代表者自らが同席してなしたものである。
2.本件約定書は、被告の主張一1記載のごとくして合意し作成された和解契約書であるところ、右和解契約によると、原告の被告に対する債務に関する遅延損害金は日歩五銭の割合によることを確認し、右約定書の履行につき不履行がない場合、これを日歩四銭とする旨約したのである。よって、原告は、民法六九六条により、遅延損害金が日歩五銭の割合によるとの約定であったとの主張はできないし、日歩四銭の割合によって徴収されることを認めている以上、いずれにしてもこれに反する主張は許されない。
三、消滅時効について
多根要之助に対する本件境川土地の売却処分は、昭和四二年一月三一日になされ、その代金の入金と充当については、第一回代金の支払金について昭和四二年二月一〇日頃、最終支払金について同年四月三日頃、原告にそれぞれ通知している。また、日歩四銭の割合による遅延損害金の充当計算は、充当の都度原告にその旨通知したが、少なくとも昭和四三年五月一五日頃、原告に交付した同日現在における債権元金及び遅延損害金の充当計算書及び最終清算契約書により遅延損害金が日歩四銭の割合で徴収されていることが明らかとなったのであるから、右同日以降、損害賠償請求等をなし得たのである。そうすると、本件損害賠償請求権は、本訴提起時までに昭和四三年五月一五日の翌日を起算日として既に一〇年を経過しているから、時効によって消滅したというべきである。よって、被告は、本訴において右時効を援用する。
(被告の主張に対する認否及び反論)
一、被告の主張一について
原告側代理人は、本件約定書について、請求原因二2記載の約定の限度において同意したが、それ以外の事項については同意していない。よって、被告主張の右約定書による合意は、請求原因二2記載の約定をこえる被告主張の約定部分については成立していない。すなわち、
1.被告は、本件約定書を一方的に作成し、原告に強要したものであり、仮にそうでないとしても、被告は、原告側代理人に対し、本件約定書原案について同意を求めたが、右代理人は、不服の個所があるので異議を述べたところ、被告側代理人もそれにつき考慮することを約した。なお、約定に疑義がある場合及び約定書に定めていない事項について、必要なときは協議委員会で決定することとなっている。
2.原告側代理人は、右約定書協議のとき、本件抵当物件の処分については合理的に双方に有利に円満に解決することを要求し、原告も原告代理人に対し、書類をもって現実を如何に処理して債務額を消滅するかが必要であり、本件境川物件の場合、分割売却が一括売却より有利な方法であり、一括売却のときでも払下げが見込まれる個所については、その点を考慮することが適正であって、最低競売価額を基準とすることは誤りであること、あくまでも世間一般の相場を目標にすべきである旨通告をした。ところが、本件約定書原案は、原告代理人及び原告の意向を無視している。原告代表者本人は、その際出頭していないし、また、右約定書の作成について原告代理人に対し、これに関する代理権限を正式に委任していない(ただし、この点に関する原告代理人の行為が無権代理行為であるというものではない。)。
従って、原告は、最低競売価額で売却する意思は全くなかったので、この点に関する本件約定書の合意は有効に成立していない。
二、被告の主張二について
1.原告は、被告との間において、被告に対する債務について遅延損害金を日歩五銭の割合とする旨合意したことはない。
原告は、被告に対し、工場抵当法三条による根抵当権設定証書を遅延損害金利率の記入欄を白紙としたまま交付したところ、被告は、原告の承諾を得ずにほしいままに右欄に日歩五銭と記入して登記手続を了したものであり、原告は、これを被告の原告に対する昭和四一年六月二三日付「債権債務に対する金利引上げの事」と題する書面及び同年七月一日付右同旨の書面の記載と不動産登記簿謄本により知ったものである。
仮に、被告が右利率を一方的に変更する旨の意思表示をしたとしても、右利率変更に関する同意をしたことがない以上無効である。
2.原告側代理人は、本件約定書のうち、遅延損害金に関する部分について、異議がある旨主張し、かつ、その際、原告代表者は出席していなかったのであるから右の点に関する合意は成立していない。また、本件約定書のうち、原告が同意し得なかった事項は、原告の窮迫に乗じた不当な経済的利益を貪り短期間の弁済を求めるもので公序良俗に反する無効なものである。
三、被告の主張三について
原、被告間の本件契約関係は、清算型譲渡担保であって、右清算は、昭和四四年一二月三一日に終了したのであるから、本訴提起時(昭和五四年二月二一日)までに時効期間を経過していない。
第三、証拠<省略>
理由
一、請求原因一及び二1については当時者間に争いがない。
二、そこで、原告主張にかかる譲渡担保契約締結に至る経緯及びその内容について考察する。
請求原因二2については当事者間に争いがないところ、右当事者間に争いのない事実に<証拠>及び弁論の全趣旨を総合すると、次の事実を認めることができる。すなわち、
被告は、本件抵当物件に対し、原告の被告に対する借入金債務、保証履行により生ずる求償債務、手形、小切手、買掛金、前受金その他商取引により生ずる債務を被担保債権とし、債権元本極度額を金六億円とする根抵当権を有し、また、丸紅飯田(昭和四一年六月一日会社合併前の商号は、東京通商株式会社。以下、丸紅飯田と統一して呼称する。)は、右物件(ただし、別紙第三物件目録記載の物件を除く。)に対し、原告の丸紅飯田に対する借入金、前受金、買掛金、手形金、立替金、利息損害金その他これらに付随する一切の債務を被担保債権とし、債権元本極度額を金七〇〇〇万円とする根抵当権を有していた。ところが、原告は、昭和四〇年三月、被告及び丸紅飯田の所持する原告振出にかかる約束手形について不渡を出し、その余の債務についても支払を停止したため、被告及び丸紅飯田は、同年四月二日、共同して、大阪地方裁判所に対し、右各根抵当権に基づき本件抵当物件について競売を申立て、大阪地方裁判所は、同月九日、競売開始決定をした(同裁判所昭和四〇年(ケ)第一三一号)。なお、被告らは、右競売申立に際しこの請求債権額を内金額であることを明記して、被告において、金四億六九九二万二九四一円、丸紅飯田において、金六九七〇万円と記載し請求していた。
大阪地方裁判所は、所定の手続に則り右競売手続を進行させたが、とりわけ、最低競売価額については、鑑定人清水久末治、同荒木久一の昭和四一年二月一一日付鑑定書による鑑定価格(本件に関係する物件についてのみ掲記する(以下、最低競売価額についても同じ)と、別紙第一物件目録第二記載の土地は金一億一一六四万五二三五円(坪当り金一二万三五〇〇円)、同目録三記載の土地は金一億七六五三万八八八〇円(坪当り金一五万二〇〇〇円)、同目録四記載の土地は金三八〇〇万円(坪当り金一九万円)、同目録五記載の土地は金二一二一万三五〇〇円(坪当り金二三万七五〇〇円))に基づき、最低競売価額を決定し(別紙第一物件目録二、三記載の物件について合計金二億八八七五万四一一五円、同目録四、五記載の物件について合計金五九三九万三五〇〇円)、別紙第一物件目録一記載の物件を除くその余の物件(境川物件)を、また、別紙第二物件目録記載の物件(八尾物件)をそれぞれ一括して競売に付した。
原告は、右競売事件の進行と並行して、別紙第一物件目録記載の土地を大林組に売却することを企図し、それを理由に被告に対し、競売期日が指定されるやその都度右期日の延期を裁判所に申出ることを申入れた。被告は、これを容れ三回(第一回ないし第三回)にわたり右競売期日の延期を裁判所に申出て、右期日を延期するに至っていたが、結局、大林組に対する売却は功を奏さなかった。ところが、昭和四一年一一月一〇日、第四回目の競売期日が境川物件について、同年一二月一二日午前一〇時、八尾物件について、同月一三日と指定、通知された頃、原告は、代理人弁護士津田禎三、同辻本公一をして被告に対し、八尾物件を竹中工務店へ売却する話が進行しているので、右競売期日を延期してもらいたい旨申入れた。これに対し、被告会社内部においては、従来の右競売期日を延期してきた経緯を考慮し、右期日を実施することを求める意見が強く、第四回目の右期日を延期することに応じることは困難な状況にあった。
そこで、原、被告及び丸紅飯田は、右競売期日を延期することについて交渉することとし、原告から代理人である津田禎三弁護士、同辻本公一弁護士及び取締役総務部長杉山静馬が出席し、主として右両弁護士が交渉担当者となり、被告及び丸紅飯田との間において種々折衝した結果、同月一〇日頃、別紙約定書記載の内容について合意に達し、本件約定書を作成、調印するに至った。右合意、調印に際し、原告代理人である津田弁護士、同辻本弁護士は、何ら異議を述べることもなく、また、一部条項について留保する旨申出ることもなかった。
被告及び丸紅飯田は、原告との間に右約定が成立したので、右約旨に従い、昭和四一年一二月一二日及び同月一三日の前記競売期日の延期に応じ、原告が右約定に従って八尾物件を任意売却することに委ねることとしたものである。
以上の事実を認めることができる<証拠判断省略>。
右認定事実によると、被告及び丸紅飯田は、原告に対して有する根抵当権の実行として、本件抵当物件に対し競売を申立てたが、原告は、右物件の処分を競売によることなく任意売却することを企図し、被告及び丸紅飯田に対し、右競売期日の実施を延期するよう求め交渉した結果、原告の被告及び丸紅飯田に対する債務を担保するため境川物件を被告らに譲渡し、被告及び丸紅飯田においてこれを処分して右債務の返済に充当する旨の譲渡担保契約及び原告において、八尾物件を任意売却する方法等を含む別紙約定書記載の合意が成立した。ちなみに、本件譲渡担保契約の内容をみてみると、それは、原告は、被告に対し、元金四億三七四六万二七九〇円及びこれに対する遅延損害金並びに競売申立費用等の債務を、丸紅飯田に対し、元金一億一三四六万二一一七円及びこれに対する遅延損害金並びに競売申立費用等の債務をそれぞれ負担していることを確認し、右各債務並びにその他の現在及び将来の一切の債務を担保するため、境川物件を譲渡担保として被告及び丸紅飯田に譲渡し(ただし、不動産登記簿上の所有名義人は被告とする。)、右同日、所有権移転登記及び引渡を了したこと、被告及び丸紅飯田は、右譲渡担保に供された境川物件を直ちに自由に任意処分して、原告の被告及び丸紅飯田に対する右確認済の債務等に充当することを合意し、さらに、境川物件の処分価格について前記競売事件における鑑定価格の坪当り単価を基準とし、右処分価格が右鑑定価格の坪当り単価を下まわる場合には、被告又は丸紅飯田は、原告に対し、予めその旨通知することとし、この場合、原告において右通知価格よりも高価格で買受ける買手がある場合には、右通知を受けた日から二か月以内に限り、被告及び丸紅飯田に対してその内容を申出ることができること、被告及び丸紅飯田は、原告から右申出があった場合には、申出にかかる買主の代金支払方法、信用及び買主の買入土地の使用計画等について審査し、適当と認めた場合にはその買主に売却するものとする旨合意した、いわゆる処分清算方法までも定めた譲渡担保契約であったということができる。
原告は、本件約定書による合意内容について、請求原因二2記載の限度において有効に成立したことを認めるものの、被告の主張に対する認否及び反論一1.2記載の事情をもって、右以外の事項については原告が同意していないから、合意は成立していない旨陳弁するので按ずるに、まず、本件約定書は、被告が一方的に作成し原告に強要したものであり、仮にそうでないとしても、原告代理人において、本件約定書中に不服の個所があるので異議を述べ、被告代理人もそれを考慮する旨約したとの点(右一1の事情)については、これを認め難いことは前記認定事実から明らかであり、また右一2の事情については、原告が少なくとも、その代理人弁護士津田禎三及び同辻本公一に、被告及び丸紅飯田に対し、境川物件を譲渡担保に供する代理権限を授与した以上、原告も自認するごとく、結局のところ、右代理権限には右譲渡担保物件の処分、清算方法について約定する権限をも包含するものと解するのが相当であるから、原告主張のごとく、最終的に原告代理人がその代理権限に基づき、原告の意思とは異る合意をなしたとしても、それが代理権を濫用したと認められるような事情がない限り(前記認定事実によると右のような事情が存在しないことは明らかであるし、他に右事情を認めるに足る証拠はない。)、右合意の効力を左右するものではなく、まして右意思の齟齬することをもって右合意が不成立であるなどとは到底いうことができない。
よって、原告の右主張は採用することができない。
三、すすんで、請求原因三について検討する。
被告が昭和四二年一月三一日、多根要之助に対し、本件境川土地を代金総額金一億二三〇〇万円(坪当り金一二万五五一〇円)で売渡したことは当事者間に争いがないところ、原告は、被告は譲渡担保契約に基づき善良なる管理者として、右譲渡担保物件を客観的に適正な価額で清算すべき契約上の義務を負うところ、これに反し、多根要之助に対し低廉なる価格で処分したから、原告に対し債務不履行責任を負う旨主張する。
よって按ずるに、いわゆる譲渡担保権者は、債務者が弁済期に債務の弁済をしない場合において、目的不動産を換価処分したときは、右処分価額から自己の債権額を差引き、なお残額があるときは、これに相当する金銭を清算金として債務者に支払うべき義務があるというべきである(最高裁昭和四六年三月二五日判決民集二五巻二号二〇八頁参照)。このことからすると、譲渡担保権者は、右清算義務を誠実に履行しなければならず、よって、その一内容として、当然に、右担保目的不動産を適正な価格で処分すべき契約上の義務を負うものといわなければならない。
そこで、被告が本件境川土地を多根要之助に対し売却するにあたり、適正な価格で処分すべき契約上の義務を履行したかどうかについて考察する。
前記当事者間に争いのない事実に<証拠>並びに弁論の全趣旨を総合すると、被告は、前記認定のごとく境川物件について譲渡担保契約が成立したので、その約旨に則り右物件の売却先を捜していたところ、被告会社建設部から多根要之助が本件境川土地を坪当り金一二万五五一〇円(総額金一億二三〇〇万円)で買受ける旨の話が持込まれた。右売買価格は、前記認定にかかる競売事件の鑑定価格(坪当り金一二万三五〇〇円)よりも高額であったので、本件約定書の約旨に従う限り原告に通知し又はその同意を得る必要もなかったのではあるが、被告は、念のため、昭和四二年一月二三日、協議委員会を開催し、右売買の件等について原告らと協議する機会をもった。右協議委員会には、原告側から代理人である津田禎三弁護士、同辻本公一弁護士が出席し、同弁護士らは、被告側から出席した山田審査部長、三浦金属部長、鈴木吉五郎弁護士、松浦武弁護士、丸紅飯田側から出席した久保田課長、山田課長らと協議し、その際、原告側から多根要之助に対する右売買価格が低額であって不満であること、多根要之助に本件境川土地を売却するのであれば、他の物件に対する競売の申立を取下げてもらいたい、又は被告において、境川物件全部を金四億円で売却するよう責任をもってもらいたいなどの申入れがなされたが、結局、右申出は、被告の受入れるところとはならず、また、右協議の時点において、多根要之助に対する売買価格よりも高額の買手もなかったことから、原告側においても右売買に同意することとし、ただ、右売買代金の充当方法について、これを全額元金に入れるようにしてもらいたい旨の申入れがなされたに留まった。
被告は、原告との以上のような協議を経、昭和四二年一月三一日、多根要之助に対し、本件境川土地を代金総額金一億二三〇〇万円で売渡し、右代金を被告及び丸紅飯田に対する債務の返済等に充当した。
その後、原告は、八尾物件を日本通運に対し、代金五億円で売却し、内金三億八九九八万七二四五円を被告及び丸紅飯田に対する債務の返済に充当し、内金九六四四万二六五五円を原告において受領し、さらに、本件境川土地を除く境川物件については、昭和四三年五月、被告が改めて原告から代金総額二億四三〇〇万円で買受け、内金一億八七〇六万九四九七円を被告及び丸紅飯田に対する債務の返済に充当し、内金五四二七万二六二八円を原告において受領するなどして、本件譲渡担保物件を含む本件抵当物件の清算処分を終了した。そして、被告は、原告に対し、右各物件について、その処分、清算を終えることに書面をもって代金の充当関係等清算内容を通知していたが、これに対し、原告は、昭和五四年二月二一日に本訴を提起するまで、本件境川土地の処分について譲渡担保契約上の責任を追及するなど異議を申出ることはなかった。
以上の事実を認めることができる。
<証拠判断省略>。
前記二において認定した本件譲渡担保契約の約旨からすると、譲渡担保権者である被告は、本件担保物件である境川物件を直ちに自由に任意処分することとするが、その処分価格について前記競売事件における鑑定価格を基準とし、これを下まわる場合には、原告にその旨通知し、原告に右価格よりも高額で処分する機会を与えることとし、右基準価格を越える価格で処分し得る場合には被告において任意処分し、原告から何らの異議も申出ることを得ないこととしたものと解するのが相当であるところ、右認定事実によると、被告は、本件境川土地を右基準価格である鑑定価格(坪当り金一二万三五〇〇円)を越える坪当り金一二万五五一〇円で売却したものであること、被告は、多根要之助に対し、本件境川土地を売却するに際し、原告と協議の機会を持ち、原告は、結局、右価格をもって本件境川土地を売却することに同意していること、右売却当時、本件境川土地を右価格以上の価格をもって買受ける買主を容易に求めることができなかったこと、原告は、本件境川土地を売却した昭和四二年一月三一日以降本訴提起に至るまで、右処分価格が不当に低廉であることを理由に清算金等の金員請求をすることがなかったこと、以上の諸事情を摘示することができ、以上の諸事情と本件譲渡担保契約において処分価格の基準とされた鑑定価格が競売裁判所が選任した鑑定人によって鑑定されたものであり、競売手続においては、これを重要な資料として最低競売価額が決定されるものであることから、当時における処分価格としては不当に低廉なものとまでいうことができないと解するのが相当であることを総合勘案すると、被告が多根要之助に対し、本件境川土地を代金総額金一億二三〇〇万円で売渡したことをもって、譲渡担保権者として尽すべき契約上の義務の履行を怠ったものということはできない。また、仮に、本件境川土地の実測坪数が原告主張のごとく九八〇・六四坪であって、実質上の処分価格が右勘定価格を下まわるものであったとしても、処分価格が鑑定価格より低額である場合の取扱いに関する前記約定の趣旨に照らすと、右認定のごとく、原告と被告ら間において協議し、原告が最終的に右土地を総額金一億二三〇〇万円で売却することに同意した以上、右結論には変りないものといわなければならない。
なお、原告は、昭和四二年一月当時の本件境川土地の適正価格は坪当り金二四万円以上はしたものであると主張し、その根拠を種々挙げるので、順次考察を加えておくに、まず、本件境川土地の昭和四一年度の固定資産税評価額を指摘するのであるが、成立に争いのない甲第二四号証の三によると、本件境川土地の昭和四一年度の固定資産税評価額は坪当り金七万五五九三円余(6833万7700円÷904坪01)であることが認められるから、これを坪当り金二〇万四〇〇〇円であるとする原告の主張は根拠がなく、また、本件境川土地の昭和五一年度の固定資産税評価額が坪当り金二三万八一五〇円であることを根拠に昭和四二年一月当時の右土地の適正価格を坪当り金二四万円以上とする主張は、その間の地価の高騰等経済変動が生じていること等を考慮するとき容易に採用し得るものではない。次に、原告は、不動産鑑定士による鑑定評価を指摘するのであるが、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第二二号証、第三一号証の各鑑定書によると、昭和四二年一月三一日における本件境川土地の価額は、それぞれ坪当り金二三万九八〇〇円、金二三万二六五〇円と評価されていることを認めることができるが、右両鑑定書と前記認定にかかる競売事件における鑑定書を比較検討するも、右競売事件における鑑定評価を不当として排斥するに足りる理由も見い出し難く、よって、原告提出にかかる右両鑑定書の鑑定評価を正当として認めるまでには至らないといわなければならない。さらに、原告は、原告の境川分譲地価格表(甲第三七号証)による価格及び社団法人大阪府宅地建物取引業協会作成の大阪府宅地価格地点図(甲第三九号証の一、二)による昭和四九年一月一日現在の本件境川土地周辺地の価格を指摘するのであるが、右両資料とも昭和四二年当時の本件境川土地の適正価格を立証すべき資料としてはその内容からして不十分なものといわなければならず、到底、採用することができない。
以上説示のごとく、本件境川土地の適正価格に関する原告の主張は理由がない。
さらに、原告は、原告が昭和四一年七月三〇日に本田技研に対し、境川物件のうち最も評価額の低い土地部分を坪当り金一九万円で売却することを申出たのに、被告は、これに応ぜず、かえって、多根要之助に本件境川土地を売却し、加えて、多根要之助から指名受注条件で病院建設を請負い、建設代金を右土地の安い分だけ上乗せして膨大な利益を計上しようとしたものであり、かつ、大阪市が当時隣地の運河を埋立する計画があり、これが実現すると約三〇〇坪の払下げを受けられることを熟知し、これを多根との取引上の手段に用い、もって、被告が譲渡担保権者として、信義に反した売却処分方法をとったかのごとき主張をするので考察するに、原告が境川物件のうち一部土地を本田技研に売却することを被告に申出たことについては当事者間に争いがないところ、弁論の全趣旨及び同趣旨により真正に成立したものと認められる甲第一二号証の一によると、原告が本田技研に売却しようとした土地は、別紙第一物件目録三ないし五記載の土地外一筆の土地の内の東側六八六坪の土地であるところ、被告が原告の右申出に応じなかったのは、右売却が境川物件を一括して売却するものでなく、細分して処分するものであって、前記競売事件が一括して競売することとしている方針にも反することと右物件を全体的に処分清算して弁済を受けることができないことによるものである(証人三浦繁雄の証言、弁論の全趣旨)ことからすると、被告が原告の右申出に応じなかったことをもって、何ら被告を責めるべき理由とはならず、また、被告が多根要之助から病院建設を請負うに際し、建設代金を本件境川土地の売買価格の安い分だけ上乗せして膨大な利益を計上し、又はしようとしたこと及び被告が原告主張のごとく土地払下げの見込みを熟知し、これを取引上の手段としたことを認めるに足る証拠は何一つない。なお、原告が本田技研に売却しようとした売買価格が坪当り金一九万円であったことをもって、多根要之助に対する売買価格が不当に低廉であるかの趣旨の主張をするが、前記乙第一〇号証によると、本田技研に売却しようとした右土地の坪当り鑑定価格は金一五万二〇〇〇円であり、多根要之助に対する売却土地の右鑑定価格より高額であることを指摘することができ、また、昭和四一年度の固定資産税評価額を対比すると、前者が坪当り金八万二二五五円余である(成立に争いのない甲第二四号証の二)のに対し、後者は坪当り金七万五五九三円余であり、本田技研に売却しようとした土地の方が高額であるということができ、以上の諸点からすると、本田技研に売却しようとした土地の方が多根要之助に売却した本件境川土地よりも高額で処分し得る物件であることを推認することができるので、本田技研に対する売買価格が坪当り金一九万円であるからといって、多根要之助に対する売買価格が不当に低廉であるということにはならないのである。
よって、被告が原告の右申出に応ずることなく、前記約定に則り、本件境川土地を多根要之助に売却したことをもって、何ら信義に反する売却処分であるということはできない。
従って、その余の点について判断するまでもなく、原告の本件譲渡担保契約の債務不履行を理由とする損害賠償請求は理由がない。
四、以上の次第で、原告の本訴請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 松山恒昭)
<以下省略>