大阪地方裁判所 昭和55年(ワ)1997号 判決 1983年3月18日
原告
荒木忠志
原告
荒木喜代美
右原告両名訴訟代理人
有田義政
金坂喜好
被告
国
右代表者法務大臣
秦野章
右指定代理人
前田順司
外三名
被告
大阪府
右代表者知事
岸昌
右訴訟代理人
宇佐美明夫
吉岡一彦
今泉純一
被告
高槻市
右代表者市長
西島文年
右訴訟代理人
俵正市
草野功一
被告
神安土地改良区
右代表者理事長
上田治
右訴訟代理人
山村恒年
主文
原告らの請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は原告らの負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 原告ら
1 被告らはそれぞれ原告ら各自に対し金七〇〇万円及びこれに対する昭和五三年六月一四日以降完済まで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告らの負担とする。
3 仮執行宣言。
二 被告ら
1 主文同旨。
2 担保付仮執行免脱宣言(ただし、被告国、同高槻市)。
第二 原告ら
一 本件事故の発生
原告らの子 亡荒木寛(昭和四九年一二月一〇日生、以下寛という)は昭和五三年六月一四日午後六時ないし七時頃大阪府高槻市玉川二丁目の通称玉川用水路の府道枚方・茨木線西南方約四三〇メートル附近(別紙図面1のイ地点)に転落して溺死した。
二 本件事故現場付近の状況
1 玉川用水路のうち別紙図面1記載の部分(以下本件水路という)は被告大阪府が大阪府営三島平野用排水改良事業の一環として別紙図面1記載のように従前の番田井路(以下番田川という)から分離し、番田川の東側に沿つて河川敷との境界に専用の用水路として設置した公の営造物であり、設置工事は昭和四三年度(昭和四三年四月から昭和四四年三月)に行なわれた。本件水路の構造は別紙図面2記載のとおり、その幅は一五〇センチないし一七〇センチで、満水時の水深は九〇センチのコンクリート造りの用水路であり、満水時には水量も多く水流も急であるうえ(水流の方向は番田川と逆方向の北東であるし)、水路端とか両側面には手をかけるものは何もなく幼児が転落すれば自力ではい上がることはほとんど不可能でその生命身体に対する危険は極めて高いものである。
2 本件水路は別紙図面1記載のとおり北西側は番田川に接し、東南側は河川敷と接しており、その傍には堤防があり、その更に東南側に総戸数一三五八戸の日本住宅公団玉川橋団地(以下玉川団地という)がある。右河川敷の一部を団地の住民が畑として使用し、又本件水路の周辺は昆虫採集などの手近な場所として団地の子供らの遊び場となつている。
同団地敷地の周囲には高さ約一メートルの金網フェンスがあるが番田川の堤防に通ずる別紙図面1記載のロ点で幅約2.5メートルにわたり切れているほか、フェンスの数ケ所に高さ約五〇センチの路板が設置され、又フェンス両側のいたるところに古椅子などが踏板代わりに置かれており、幼児でも容易にこれを乗越えて河川敷、本件水路に近づけるようになつている。
3 本件水路沿いの河川敷のうち一部の平坦な場所は前記のとおり畑として利用されているが、大部分はかなりの急斜面であるうえ、草が生い茂つていて河川敷と本件水路との境界がはつきりしないため水路に近づいた者が足を踏み外して本件水路に転落するおそれが極めて高い状態にある。ところが被告大阪府は本件水路のうち特に危険が予想される約四二〇メートルの区間のうち東端の七四メートルの部分(別紙図面1のハ点とニ点の間)に高さ九〇センチのブロックを積みその上に高さ一一〇センチの金網フェンス(合計高さ約二メートル)を設置したのみで、その余の約三五〇メートルの部分については防護柵を設置しなかつた。
4 なお本件事故直後の昭和五三年九月頃になつて被告神安土地改良区(以下被告改良区という)、同高槻市が地元負担金を支出し、同国、同大阪府が補助金を支出して本件水路岸全般にわたつて鉄製の防護柵を設置したが、本件事故当時にこのような措置が講じてあれば本件事故は防げたはずである。
三 本件水路設置の瑕疵
本件水路設置工事が開始された昭和四三年四月頃には、既に本件水路のすぐ東南側に近接して公団住宅を建設する決定がなされ、宅地造成工事、住宅建築工事も開始されており、被告大阪府は同住宅に入居した住民幼児が本件水路に接近することは当然予想できたのであるから、少なくとも公団住宅に近接した本件水路の全面にわたつて転落防止のため防護柵を設置する義務があつたのに、前記二の3記載のとおり、別紙図面1のハニ点間に防護柵を設置したのみで、その余の部分についてはこれを怠つたもので、本件水路の設置につき瑕疵がある。従つて被告大阪府は国賠法二条一項により、原告らに生じた後記損害を賠償すべき義務がある。
四 本件水路管理の瑕疵
被告大阪府は、本件水路を完工後昭和五〇年九月三〇日まで自ら管理し、同年一〇月一日以降は被告改良区にその管理委託をし、被告改良区とともに本件水路を管理していたものであるが、本件水路は前記のとおり団地に隣接する水路としては極めて危険な状態にあつたから被告大阪府、同改良区は転落事故防止のため本件水路の全てに防護柵を設置すべきであつたのにこれを怠つたものであり、本件水路の管理に瑕疵がある。従つて被告大阪府、同改良区は国賠法二条一項により、原告らに生じた後記損害を賠償すべき義務がある。
五 本件水路の設置、管理の費用負担者
1 本件水路は被告大阪府の所有で番田川の河川敷は被告国の所有であるところ、本件水路の設置費用については被告国四四パーセント、同大阪府二二パーセント、同高槻市など関係市三四パーセント(内二二パーセントは本来被告改良区が分担すべきものであるが、生活排水により受益が大きいのでこれも関係市において負担した)ずつ負担した。
2 管理費用については前記管理委託の後は日常の費用は被告改良区が負担し、特別の費用を要する場合は被告ら四名が共同して負担していた。前記二4記載の防護柵は被告改良区、同高槻市が地元負担金を、同国、同大阪府が補助金をそれぞれ支出して設置したものである。
3 以上のとおり、被告ら四名は本件水路の設置、管理とも費用負担者であるから、本件水路の設置の瑕疵については、被告国、同高槻市、同改良区が国賠法三条一項の費用負担者として、又管理の瑕疵については被告国、同高槻市が同じく費用負担者として原告らに生じた後記損害を賠償すべき義務がある(仮に被告大阪府が本件水路の管理者でないとされるならば、費用負担者として賠償義務がある)。
六 損害
1 寛の逸失利益と原告らの相続
訴外寛は本件事故当時三才六ケ月の健康な男子で本件事故がなければ、一八才から六七才まで稼働可能である。そこで右の期間中の得べかりし所得を昭和五二年度賃金センサス第一巻第一表の産業計企業規模計男子労働者の一八才ないし一九才の給与額から推定すると年間給与額は金一二八万一五〇〇円(月間収入平均額は金九万七五〇〇円、年間特別収入平均額一一万一五〇〇円である)であり、これから生活費として年間収入額の五割を排除したうえ、ホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して(ホフマン係数17.344)得べかりし利益の現価を求めると、金一一一一万三一六八円となる。
原告らは訴外寛の父母であり、各自その二分の一(金五五五万六五八四円)を相続した。
2 葬儀費用
原告忠志は訴外寛の葬儀費用として金三〇万円を支出した。
3 慰藉料
訴外寛は原告らの長男であり、原告らはその将来を楽しみにしていたが、その死亡により耐え難い精神的苦痛を被つた。これを慰藉するには少なくとも各自金三〇〇万円が相当である。
4 弁護士費用
右のとおり原告忠志は金八八五万六五八四円、同喜代美は金八五五万六五八四円の損害を被つたが、これを被告らが任意に支払わないため、原告らは本件訴訟を原告代理人らに委任し、その報酬として弁護士報酬規定相当額の報酬を支払うことを約したが、そのうち少なくとも金一〇〇万円は、本件事故による損害として被告らが負担すべきである。
七 結論
よつて被告ら各自に対し、国家賠償法二条、三条にもとづき原告忠志は金九三五万六五八四円、原告喜代美は金九〇五万六五八四円の損害賠償請求権があるところ、その内金として各自七〇〇万円宛及びこれらに対する本件事故発生の日である昭和五三年六月一四日以降支払済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
第三 被告国の請求原因に対する認否及び主張<省略>
第四 被告大阪府の認否及び主張
<省略>
第五 被告高槻市の認否<省略>
第六 被告改良区の認否及び主張
一 請求原因一の事実のうち寛が昭和五三年六月一四日午後六時から七時頃原告ら主張の地点で本件水路に転落し溺死したことは認めるが、寛の生年月日は知らない。
原告らは当時住宅公団玉川団地三一棟に入居していた(位置関係は別紙図面1のとおり)が、寛は午後六時頃姉をさがしに出て別紙図面3記載のとおり玉川団地三六号棟と三七号棟の西の金網フェンスの両側に置かれていた椅子を踏み台にして金網フェンスを乗り越え(別紙図面1のホ地点に該当する。)、踏分け道をのぼつて堤防に出、更に踏み分け道を下りて本件水路に転落したのである。
二1 同二の1の事実中本件水路が被告大阪府の三島平野用排水改良事業の一環として設置された公の営造物であり、設置工事が昭和四三年四月から昭和四四年三月頃までになされたこと、本件水路の位置、構造、水流の方向が原告ら主張のとおりであることは認めるが、その余の事実は否認し、極めて危険であつたとの主張は争う。
本件水路の水は別紙図面4のとおり淀川より水路を通じて取水し番田川に接する地点で本件水路より北側と南側に堰を通じて配水されているが、転落地点は右分岐点により北側に位置するところ、本件事故当日は右分岐点より南方にのみ配水し、北方へは水は送られていなかつた。従つて転落場所は満水になつていなかつたし、水流も殆んどないか、あつても極く緩やかなものであつた。
2 同2の事実中本件水路に近接して玉川団地があり、河川敷の一部に草花等が作られていること、団地の周囲に金網フェンスがあり原告ら主張の地点で一ケ所切れていること、金網フェンスの数ケ所に古椅子などが踏板代わりに置かれていることは認めるが、その余の事実は争う。
原告らが居住していた玉川団地には別紙図面1記載のとおりブランコ、砂場、スベリ台等の遊具施設が完備した相当広い面積の児童遊園地が数ケ所あり、それらが児童達の遊び場になつていたので、本件水路附近で遊ぶ必要がなく、又現実にも遊び場になつていなかつた。
3 同3の事実中原告ら主張の区間に金網フェンスがあり、その余の部分に防護柵がなかつたことは認めるが、その余の事実は否認し、極めて危険であつたとの主張は争う。
本件水路の東端の部分(別紙図面1のハ点とニ点の間)については別紙図面5のように堤防の上部と本件水路が近接しているので本件水路の上に更に擁壁を設け、堤防の上からその擁壁までの間が急傾斜で危険なので擁壁上にフェンスが設けられたのである。これに対し、それ以外のところは右のような水路上の擁壁もなく危険でないので柵は設けられていなかつたのである。
特に寛が通つたと考えられる別紙図面1のホ点付近の堤防の傾斜は別紙図面6記載のとおり極めて緩やかで堤防の法面の下から本件水路まで約3.8メートルの平らな耕作された場所があり、法面からも畑からも見通しもよく、本件水路との境界も明瞭で危険性はなかつた。そして別紙図面7記載の子供にも分る漫画入りの事故防止表示の立札まで立てられていたのである。
4 同4の事実中本件事故後防護柵を設置したことは認めるが、その余の主張は争う。
三 同三の事実中本件水路が昭和四四年三月頃完工したこと、被告大阪府が原告主張の区間に擁壁とその上に金網フェンスを設置したことは認めるが、その余の事実及びその余の部分に防護柵を設置しなかつたことが、本件水路の設置の瑕疵にあたるとの主張は争う。
四 同四の事実中被告大阪府が本件水路完工後昭和五〇年九月三〇日まで本件水路を管理し同年一〇月一日以降は被告改良区に管理委託をし、被告改良区とともに管理していたことは認めるが、本件水路の管理に瑕疵があるとの主張は争う。
五 同五の1の事実は認める。同2の事実中被告改良区以外の者が管理費用を負担していたことは否認するが、その余の事実は認める。同3の主張は争う。
六 同六の1の事実中寛の逸失利益は争い、原告らが右請求権を相続したことは知らない。同2の事実は知らない。
同3、4の事実は争う。
七 被告の主張及び抗弁
(設置の瑕疵の不存在)
本件水路の着工当時および水路工事中は本件団地ができることは予測できなかつたのである。
むしろ右のような場合団地造成をする公団側が用水路が工事中であるのを知つているのであるから、団地入居者のためにフェンス等を設置するのが当然の義務であり、現に公団は右団地造成と同時に団地から直接堤防に出られないよう別紙図面1の緑線部分にフェンスをめぐらして囲つたのである。
従つて被告大阪府が本件水路工事中において団地造成の事実を知つたとしても、同団地に右のようなフェンスがめぐらされたことがわかつた以上同団地に入居した住民、幼児が右フェンスを乗りこえてまで本件水路に接近することを予想して水路にフェンスを設置する義務もなかつたもので、本件水路の設置に瑕疵はない。
(管理の瑕疵の不存在)
1 本件水路は幅一五〇センチから一七〇センチ、水深九〇センチ(本件事故当時は水の流れはないかあつても極く緩やかであり、水深は約八〇センチであつた)という浅くて幅の狭い構造であるうえ、本件事故現場付近は、別紙図面6のとおり水路と堤防の間に幅約3.8メートルの平らな耕作された場所があり見通しもよく、水路との境界もはつきりしており危険ではなかつた。そしてその付近には子供にも分る漫画入りの事故防止の立札もあつた。又本件水路と団地との間には公団が設置した別紙図面1の金網フェンスがあつてその間の往来は遮断されており、本件水路付近は子供の遊び場にはなつていなかつた。そして本件事故当時は堤防上には大人の背丈ほども雑草が生い茂り、中央付近に大人二人が並んで通れるくらいの踏み分け道(そこにも低い草が茂つていた)があるだけで三才児が一人で歩けるようなところではなかつた。
2 状況の変化と被告改良区の対応
玉川団地ができた頃は、三一号棟から四一号棟の周囲の金網フェンスは別紙図面1記載のとおり三〇号棟の北東側が一ケ所切れているだけでそこが出入口とされていた。
右各棟の住民は、同図面のバス停に行くのに右出入口だけでは不便であるから堤防を通れるよう、別紙図面1のロ点のフェンスを切断して出入口を作るよう公団に求めた。公団は右要望に応え、昭和五〇年頃右ロ点の金網フェンスを約2.5メートル切断し、出入口を設けたが、右につき被告改良区には何の相談もなかつたし、出入口を設けたことの通知もなかつた。又団地住民は堤防敷の一部に野菜等を植えており、その畑へ行くのにフェンスを乗り越えていたようで、フェンスの両側に古椅子、石油缶等の踏台を置いていた。
堤防敷の耕作は不法耕作であり、これを行うと堤防が弱体化するので被告改良区は堤防敷は国有地であり、その管理権はなかつたが堤防保護の事務管理的考えから、本件事故以前に「堤防保護のため無断耕作を禁止する」という立看板を本件事故現場付近に立てて警告し、玉川団地の自治会長にも耕作をやめさせるよう申し入れた。田淵新作自治会長はこれを受け団地住民に不法耕作をやめ、椅子等の踏み台を撤去するよう注意したが、住民はこれに応じなかつた。
3 被告改良区、同高槻市の事故防止対策
被告改良区は毎年五月二〇日前後に高槻市、茨木市、摂津市、吹田市の市長、教育委員会委員長、教育長宛に「水難、水死事故防止について御指導、御協力方依頼」と題する依頼状を出し、学校、保育園、自治会等の諸機関に水難、水死事故防止対策の強化をするよう依頼し、これを受けて被告高槻市は本件事故前の昭和五三年五月二七日「水の事故から子供を守る市民連絡会」会議を開催し、次の事故防止対策をとることになつた。
(一) 集団教育を通じての啓もう活動として、小学生によるポスターの作成や保育所・幼稚園にぬり絵(乙D第四号証の二)を配布
(二) 家庭での親と子のふれあいを通じての啓もうとして、ぬり絵付チラシ(乙D第四号証の一、二)を配布
(三) 地域における啓もうとして、市内全自治会にチラシ配布や、危険箇所用の看板・防護柵の材料配布
そして被告高槻市は五月一〇日号及び六月一〇日号の高槻市広報「たかつき」に水死事故防止の記事を掲げ、各家庭に配付した。
4 自治会の事故防止対策
又玉川団地の田淵自治会長も事故防止のための立札を団地内に立て、団地の棟委員に依頼して事故防止のための警告書、ぬり絵等を各戸配付し、又各棟にポスターを張つてもらうなどして本件水路付近で遊ばないよう十分なる広報をしていたのである。
5 以上の事実を総合すると公団の金網フェンスに開口部を設け、又踏台等を置いて、本件水路への接近を容易にしたのは団地住民であるうえ、本件水路の構造、事故現場付近の状況、団地の金網フェンスの存在、危険防止の立札の存在、遊び場ではなかつたこと等諸般の事情を勘案すれば、本件事故は三才の幼児が母親から離れてフェンスを乗り越え、姉をさがしに本件水路に接近し、転落するという通常予測しえない「異常な行動」によつて発生したものであつて、本件水路の管理に瑕疵はない。
(過失相殺)
仮に百点譲つて本件水路の管理に瑕疵があつたとしても前記諸般の事情を総合すると寛が団地のフェンスを乗り越え、本件水路に転落した点に強度の過失があり、かつ両親である原告らに監護義務を怠つた重大な過失があるので過失相殺されるべきである。
第七 被告国、同大阪府、同改良区の主張及び抗弁に対する原告らの認否
同被告らの主張及び抗弁は争う。
第八 証拠関係については本件記録中の書証目録及び証人等目録記載の通りであるからこれを引用する。
理由
一<証拠>によれば、原告らは本件事故当時住宅公団玉川団地三一号棟に住んでいたが、原告らの子供の寛(昭和四九年一二月一〇日生)は午後六時頃、寛の姉の緑(当時五才)が家に帰つてこないので、原告の喜代美と一緒にさがしに出たが、三一号棟の前で同原告とはぐれたこと、公団の周囲には高さ約一メートルの金網フェンスがあるが、別紙図面1のロ点で約2.5メートル程切れて出入口とされており、又別紙図面3の三六号棟と三七号棟の間の右金網フェンスの両側に椅子が各一個置かれており(別紙図面1のホ点にあたる)、そこから堤防へ続く踏分け道があり、更に堤防から畑の方へ続く踏分け道があつたこと、寛は午後七時頃別紙図面1のイ点の本件水路に浮いているのを発見され、溺死が確認されたこと、事故当日は本件水路に水は送られていなかつたので水流はなく、又堤防の上は人の背丈ほども雑草が生い茂り、中央付近に大人二人が並んで通れるほどの踏分け道があるだけであり、ロ点とイ点は三〇〇メートル以上も離れており、三才児が一人で歩くことは恐ろしくてできないと思われること、以上の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。右の事実からすると、寛は別紙図面3の椅子を踏台にして金網フェンスを乗りこえ、踏分け道を登つて堤防に出、更に踏分け道を下りて本件水路(別紙図面1のイ点付近)に転落して溺死したものと推認される。(団地の周囲に金網フェンスがあり、別紙図面1のロ点で切れていること、同図面のホ点に古椅子が置かれていたこと、水の流れがなかつたことは原告と被告国、同大阪府、同改良区との間では争いがない。又寛が昭和五三年六月一四日午後六時から七時の間に別紙図面1のイ点付近で転落溺死したことは原告と被告国、同高槻市、同改良区との間では争いがない。)
二事故現場付近の状況
<証拠>を総合すれば
1 本件水路は被告大阪府が大阪府営三島平野用排水改良事業の一環として別紙図面1記載のように従前の番田川から分離し、番田川の東南側に沿つて河川と河川敷との間に専用の用水路として設置した公の営造物であり、設置工事は昭和四三年四月に着工され、翌四四年三月頃完成した。本件水路の構造は別紙図面2記載のとおり、その幅は一五〇センチないし一七〇センチで満水時の水深は九〇センチのコンクリート造りの用水路であり、本件水路の水は別紙図面4のとおり淀川より水路を通じて取水し、番田川に接する地点で本件水路より北側と南側に堰を通じて配水されるが、寛の転落地点は右分岐点より北側に位置するから本件水路の水は番田川の流れとは反対の北東に流れている。(以上の事実のうち原告と被告国との間では本件水路が府営事業により設置された公の営造物であり、水が北東に流れることは争いがなく、被告大阪府、同改良区との間では右の事実に加えて本件水路の位置、構造についても争いがない。)
2 本件水路は別紙図面1記載のとおり東南側において河川敷と接しており、その傍には堤防があり(いずれも国有地である)、その向こうに総戸数一三五八戸の玉川団地があるが、玉川団地とは約17.8メートル離れている。団地住民が本件水路に接近しないようにするため、団地の周囲に高さ約一メートルの金網のフェンスが設けられているが、別紙図面1のロ点で約2.5メートル切断され出入口とされている。団地の住民は本件水路際の河川敷の一部や堤防と団地の金網フェンスとの間の土地の一部を畑として利用しており、畑への近道として金網フェンスを越えていたが、その便宜のため数ケ所に箱や古椅子等の踏台を置き(別紙図面1のホ点には金網フェンスの両側に古椅子を置いていた)、又鉄板を溶接して踏台として取りつけたりしていた。(本件水路の東南側に玉川団地があり、団地住民が河川敷の一部を畑として利用していること、団地の周囲に金網フェンスがあり、別紙図面1のロ点で切れていること、金網フェンスの数ケ所に踏台が置かれていたこと、同図面のホ点の両側に古椅子が置かれていたことは原告と被告国、同大阪府、同改良区との間では争いがない。)
3 玉川団地には別紙図面1記載のとおり相当広い面積の児童遊園地があり、そこにはブランコ、砂場、スベリ台等の遊具施設が完備しており子供達はそこで遊んでいた。
そして被告改良区の職員が配水状況を調べるため水路の見廻りをし、玉川団地の自治会長田淵新作も一日三回位単車で堤防上を巡回して見てまわつていたが、いずれもその付近で子供が遊んでいるのを見かけたことはなく、本件水路付近は子供の遊び場とはなつていなかつた。
4 本件水路のうち別紙図面1のハニ間を除いた部分は堤防の傾斜も緩やかで一部は平坦な河川敷と接していた(このようなところが畑として利用されている)。別紙図面1のハニ間は別紙図面5記載のとおり、堤防の上部と本件水路が近接している上、その中程に用水の取水口、樋が設置されているため水路際に擁壁を設け、その上に主として樋門等を操作する者の転落防止のため高さ約一メートルの金網フェンスが設置されていたが、その余の部分については金網フェンスは設置されていなかつた。
そして本件水路際や堤防の上には子供でも分るように漫面入りの「ここはあぶない」との記載ある立札五枚が立てられていた(その位置関係は別紙図面1記載のとおりである。)(原告と被告国との間ではハニ間に金網フェンスが設置されたことは争いがなく、原告と被告大阪府、同改良区との間では右の事実に加え、子供向けの立札が立てられていたことも争いがない)。
5 本件事故当日は前記分岐点より南方にのみ配水され、北方へは送水されていなかつたので水流はなく、水深も約八〇センチであつた。そして堤防の上は人の背丈ほども雑草が生い茂り、中央付近に大人二人が並んで通れる程の踏分け道(そこにも低い草が生えている)があるだけで、河川敷を耕作している人が時折り通るだけであまり人通りもなかつた。又本件事故現場付近では別紙図面6記載のとおり本件水路と玉川団地との距離は約18.2メートルあり、右水路は幅約3.8メートルの平坦な河川敷と接しており、そこは団地住民が畑として利用しているものの、水路との境界もはつきりしている上、前記の漫画入りの「ここはあぶない」との立札も立てられていた。
6 本件事故後の昭和五三年七月から九月にかけて被告改良区、同高槻市が防護柵設置費用のうち一五パーセント宛地元負担金を支出し、同国が設置費用の四五パーセント、同大阪府が二五パーセントそれぞれ補助金を支出して別紙図面1のとおり本件水路岸全般にわたつて鉄製の防護柵を設置した(このことは原告と被告ら全員との間で争いがない)。
ことが認められる。
尚原告荒木喜代美本人は本件事故後本件水路の近くで子供が遊んでいるのを見た旨供述し、検甲第一号証の一四には偶々本件水路の近くに子供の姿が写つているが、前認定のとおり玉川団地には遊具の完備したかなり広い遊園地があるし、同原告の供述によれば寛は三一号棟と三三号棟の間にある砂場で遊んでいたというのであり、本件においては本件水路付近について異なつた日時に撮影された多数の写真が証拠として提出されているが、子供が写つているのは検甲第一号証の一四のみであること、又前認定のように被告改良区の職員は交替で本件水路の見回りをしているが本件水路付近で子供が遊んでいることを見かけたことはないことと対比すれば本件水路付近に子供が入りこむ事例が全くないとまではいえないにしても、本件水路付近が子供の遊び場となつていたとまで認定することはできず、右証拠は前記認定を左右するものではない。
三本件水路設置の瑕疵
本件水路設置の瑕疵につき検討するに<証拠>によれば
1 本件水路設置工事が行われた昭和四三年四月から翌四四年三月頃までは本件水路の周辺は農地であつたが、その頃本件水路の近くに住宅公団玉川団地を建設することが決まり、住宅公団、被告改良区、同高槻市、団地建設予定地の高槻市西面地区の関係者らが協議した結果、住宅公団が団地の敷地の周囲にフェンスを張りめぐらし、団地入居者が本件水路に近づくことを防ぐということになり、住宅公団は別紙図面1記載の緑線のとおりフェンスを設置した。
2 被告改良区は昭和四三年五月二二日住宅公団と協議するため本件水路設置工事を所管する被告大阪府の三島平野土地改良事務所長宛に公団住宅が本件水路に近接して建設されることを通知し、それに伴う番田川堤防法面の形状変更について意見を求めた。そしてその後住宅公団が団地の敷地の周囲に団地住民の本件水路への接近防止のため金網フェンスを設置することになつたのでそのことを被告大阪府に通知した。
3 被告大阪府は本件水路のうち別紙図面1記載のハニ間が前記二の4記載の状態であり、用水の取水口、樋もあつたので用水利用の農民が転落しないよう金網フェンスを設置したが、それ以外の部分は堤防の傾斜も緩やかであつたのでハニ間を除く本件水路際に金網フェンスを設置しなかつた。
ことが認められ、右認定に反する証拠はない。
以上認定の事実によれば関係者間の協議により公団において団地住民が本件水路に接近しないように公団敷地の周囲に高さ一メートルの金網フェンスをめぐらすことになつたことを知つた被告大阪府が更に前項認定のような構造、現況にあつた本件水路際(ハニ間を除く)にまでフェンスを設置する義務は存しないものと解される。以上の次第で設置の瑕疵はない。
四本件水路管理の瑕疵
被告改良区が昭和五〇年一〇月一日被告大阪府から本件水路の管理委託を受けて本件水路を管理していたことは当事者間に争いがない。
<証拠>を総合すれば、被告改良区の主張及び抗弁中の(管理の瑕疵の不存在)の2、3の事実が認められる他
1 被告改良区は用水路に毎年六月から配水するが、その前にいつどの水路に水を送るか記載した用水日割表を作成し、配水を受ける各地域の実行組合に通知する。右日割表に従つて各地域の実行組合の者が樋門の開閉を行い配水を受けるのであるが、被告改良区の職員(係長以下六名)は右計画通り送水されているかを確認するため送水されている水路の見廻りをしており、その際団地の住民が本件河川敷や団地の金網フェンス際に草花や野菜を植えていることを知つた。
2 玉川団地には自治会があり、自治会自らが団地住民に対し本件水路付近で遊ばないよう広報活動をしていた。
ことが認められ、右認定に反する証拠はない。
ところで寛が本件水路に転落死亡した状況については全く明らかではなく、本件事故現場付近の状況が前認定のとおり、本件水路と河川敷の境界が明瞭であり、別紙図面6記載のとおり、本件水路は約3.8メートルの平坦な河川敷と接し、堤防の傾斜も緩やかであつて、例え本件事故現場付近の堤防であやまつて転んでも、本件水路に転がり落ちることはないと思われる。そうすると本件事故は第三者に寛が本件水路に投げ込まれた(その場合はもとより寛の死亡は防護柵不設置と因果関係はない)のでなければ寛が本件水路際を歩いている際足がもつれて本件水路に転落したか本件水路をのぞき込んであやまつて転落する等通常では予測しえない態様で発生したものと考えられるところ、前認定のとおり団地の金網フェンスは玉川団地完成後団地住民の要望により別紙図面1のロ点の金網フェンスが約2.5メートル切断され、そこが出入口とされ、又本件事故当時団地住民が団地の高さ約一メートルの金網フェンスに箱や古椅子等の踏台を置き河川敷への出入を容易にして河川敷を畑として利用しているため、住民が河川敷へ近づく機会が以前より増えてはいるが、本件水路の構造及び本件事故現場付近の状況、本件水路付近は子供の遊び場とはなつていないこと、被告高槻市や玉川団地自治会等が事故防止の啓蒙活動をしていたこと等諸般の事情を総合すれば本件事故は三才の幼児が午後六時すぎ母親から離れて姉をさがしに団地の高さ約一メートルの金網フェンスを乗り越えて本件水路に接近したため発生した通常予測しえない事故というほかはなく、本件水路の管理に瑕疵はないというべきである。
五結論
以上の事実によればその余の点につき判断するまでもなく原告らの本訴請求は理由がないのでこれを棄却し、訴訟費用の負担につき、民訴法八九条、九三条一項本文を適用して主文のとおり判決する。
(岡村旦 熊谷絢子 大工強)
別紙図面2〜4<省略>