大阪地方裁判所 昭和55年(ワ)2076号 判決
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【説明】
当事者の主張は、次のとおり。
「一 請求原因
1 事故の発生
原告は、昭和五四年一〇月八日午後一一時頃、普通乗用自動車(泉五七す九二八五号。以下「本件自動車」という。)を運転して国道三六八号線(以下「本件道路」という。)を上野市八幡町方面から同市守田町方面に向け南進中、同市久米町西出七七番地一付近において、進路前方に設置されていたガードレール、さらに久米川にかかつている久米橋(以下「本件橋」という。)の進行方向左側の親柱に、本件自動車を相次いで衝突させたうえ、右橋上に同車を横転させた。
2 責任原因
(一) 本件道路は、三重県知事が国の機関としてその管理責任を負い、管理に要する費用は全額被告の負担すべきものとされている。
(二) 本件事故の発生については、後記(5)のとおり、原告の過失も一因をなしてはいるが、その原因の大半は、次のとおり、本件道路の管理の瑕疵に帰せられるべきものである。
(1) 国家賠償法二条一項にいう公の営造物の設置・管理の瑕疵とは、営造物が通常有すべき安全性を欠くことをいうが、当該営造物の利用に付随して死傷等の事故の発生する危険性が客観的に存在し、かつ、それが通常の予測の範囲を超えるものでない限り、管理者としては、右事故の発生を未然に防止するための安全施設を設置する必要があるものというべきである。
(2) 本件道路の状況
① 本件道路は、上野市内を南北に走る平坦なアスファルト舗装道路であり、事故現場付近の右道路は、車道の幅員が10.8メートルあつたが、本件橋上では、幅員が五メートルと狭くなつている。右車道上には、中央線として白色の直線がひかれているが、本件橋の北側では、これが五本の破線となつて五メートルおきとなり、右橋上の部分では、何らの区画線もひかれていない。このように、右車道は、中央線によつて、南北各行車線に区分されていたが、北行車線の延長上に本件橋が存することになつているため、南行車線を南進する車両が、本件橋部分で幅員が急激に狭くなつていることに気付かず、久米川に転落することのないよう、南行車線の南側延長部分上に、本件橋左側親柱付近に至る全長二〇メートルのガードレールが斜めに設置されていた。
② 右①のとおり、現場付近の本件道路は、南進する車両にとつては、幅員が急激に減少し、ガードレールが進路を遮断して南行車線が消失し、コンクリート製の本件橋左側親柱が中央線の延長線上に立つといつた極めて危険な状況となつていた。現に、本件事故の発生する約一年前にも、車両が右親柱に衝突して、その運転者が舌をかみ切つて死亡する事故が発生していた。
(3) 管理の瑕疵
本件道路の管理者である三重県知事としては、前記(2)において述べた本件道路の状況に鑑み、車両運転者をして、可及的速かに車線(幅員)減少、障害物存在を予知・認誠せしめるための措置を講じ、また、適切な運転を行わしめるための指示・誘導設備を設けることが要請されていたにもかかわらず、次のとおり、これら安全施設の設置を怠つたものであるから、本件道路は、この点で通常有すべき安全性を欠いていたものといわなければならない。
① 予知・認識設備の瑕疵
(イ) 本件道路は、平野部をほぼ直線に貫いて走つているため、運転者は、同様の道路状況がなお継続するものと容易に信じがちであるから、道路管理者としては、運転者をして早期に道路形態の変化を予知・認識せしめるため、本件道路上に「○○米先幅員減少」と大書した標識もしくは標示を順示数個所に設置すべきであるのに、事故当時、かかる措置を全くとつていなかつた。
(ロ) ところで、本件道路の管理者の設けた予知設備としては、幅員減少警戒標識と視線誘導標(通称反射鏡)とがある。
しかし、右標識は、幅員減少の始まるガードレール北端から15.6メートルの地点に設けられているところ、一般に、車両の運転者が、危険の性質を理解して回避措置を講ずるまでに0.6秒ないし0.8秒(会話中などは1.0秒ないし1.1秒)を要するので、この間車両は時速五〇キロメートル(秒速13.89メートル)の場合、0.6秒で8.3メートル、0.8秒で11.1メートル、1.0秒で13.89メートル空走し、さらに、制動措置をとつてから急停車をするまでの制動距離は、路面摩擦係数を0.55と仮定すると、時速五〇キロメートルでは17.55メートルにも達するとされているので、右標識の付近でガードレールを発見した場合、急転把によりからくもガードレールとの衝突を回避しうるにすぎないうえ、対向車のある時には急制動の措置をとつてみても、ガードレールないし橋親柱との衝突は不可避とならざるを得ないから、右標識は、予知設備としてはほとんど機能していないといわざるを得ない。
なお、附言すれば、道路には多種多様の無数の道路標識が存するが、これらは昼間ですら直近に至らねば容易に認識しがたいものである。ましてや、乗用車前照灯の照射能力は、正位置では最低一〇〇メートルあるからといつて(昭和二六年七月二八日運輸省令第六七号道路運送車両の保安基準三二条二項二号)、夜間に標識等を十分視認しうるものとはいえないのはもとより、認識できないのが普通である、という方が実際に適しているのであつて、右標識もまた例外ではない。
また、反射鏡はガードレール上に二個設置されてはいるが、一般に、広告用ネオン・看板など反射鏡類似の光源体は路上に氾濫し、夜間遠方からの識別などおよそ困難であるばかりでなく、事故当時本件橋の南方には工事用警告灯の赤色ランプ約三〇個余りが右反射鏡と折重なる形で光つていたのであつて、このような状況下では、右二個の反射鏡によつて障害物を予知することはほとんど期待できない。
(ハ) 事故現場付近は、夜間に、道路状況の急変等を運転者に予知・認識させるのに必要不可欠な照明設備は、全く存在せず、また、市街地から遠く、街の明りの全く届かない真暗な川べりである。
② 指示・誘導設備の瑕疵
(イ) 南行車両が最初に遭遇するのは、路面に記された白ペイント「」三本である。これは車両の進行方向を示す指示標示であるから(道路標識、区画線及び道路標示に関する命令((以下「標示令」という。))九条別表第五、番号二〇四)、車両は矢印地点から右に転把し、対向車線へ進路変更を強いられることとなるため、対向車との正面衝突の危険を誘発する等事故招致のおそれを生じさせるものであつて、標示の誤つた使用にほかならない。のみならず、右標示は夜間にはしばしば見落され易いのみならず、何故に右標示があるのか、土地不案内な運転者には理解が不可能である。
(ロ) 右の如き右進標示にもかかわらず、中央線はなお点々とガードレール北端より7.7メートルの地点まで続いていて、南行車両を直行誘導している。車両が、破線消失地点に来た時は、最早ガードレールは前記の空走距離内にあり、衝突回避は困難をきわめる。
(ハ) 最高速度規制標識は、幅員減少の始まる地点に立てられているので、右標識を発見し、その指示に従つて減速しようとしたときはすでに幅員の減少が始まつている。
(ニ) ガードレール上には、矢印で進行方向を示した方向指示板がある。しかし、運転者は、右指示板を認識するときは、その前に、当然に、ガードレールの存在を認識して右転把するはずである。従つて、問題は、ガードレールの存在をいかに早期に予知させ、いかに適切にこれを回避せしめるか、にあるのであつて、右指示板の果す役割など微々たるものにすぎない。
(4) なお、本件道路の管理者が、本件事故の数日後、次のとおり本件道路を改修したことは本件道路の管理に瑕疵があつたことの証左といわなければならない。
① 歩道縁石寄り約二メートル余りの南行線車道上に外側線として白ラインを引き、橋に向けて除々にカーブさせた。そして、同線とガードレール及び同付近歩道との間の各面上に、路上障害物への接近を示すシマ状の白線記号(通称ゼブラゾーン)を入れた。
② 右路面上に、「幅員狭し」と白字で大書した。
③ 橋寄りの中央線破線を二本削つた。
(5) 管理の瑕疵と事故との因果関係
本件事故は、原告が、たばこの火を消すため、灰皿に視線を移して、前方注視を一瞬欠いた結果発生したものである。しかしながら、本件道路の危険性をあらかじめ予告し、対処適応せしめる指示設備が施されていたならば、原告としても、灰皿に視線を移して前方注視を欠くようなことはなかつたのであるから、本件事故の主たる原因は、本件道路の管理の瑕疵であるといわなければならない。
(三) 従つて、被告には、国家賠償法二条一項、三条一項により、本件事故により生じた原告の損害を賠償する責任がある。」
【判旨】
一本件事故の発生
請求原因1記載の事実は、当事者間に争いがない。
二被告の責任
1 請求原因2の(一)及び同(二)の(2)の①記載の事実は、本件道路の車道(本件橋上の部分を含む。)の幅員並びにガードレールの長さを除き、当事者間に争いがない。
2 ところで、原告は、本件事故の発生については、その原因の大半は、道路管理者の本件道路の管理の瑕疵に帰せられるべきものである旨主張しているので、以下この点につき、検討する。
(一) 前記一及び二の1記載の争いのない事実に、<証拠>を総合すると、次の事実が認められる。
(1) 本件道路は、上野市内を、ほぼ南北に走るアスファルト舗装道路で、事故当時の現場付近の状況は、別紙図面のとおりであり、また、同市八幡町方面から本件橋に至る約三〇〇メートルの区間は、直線で、縦断勾配もわずか四パーセント程度の上りとなつているにすぎず、ほぼ平坦な道路となつているため、見通しは極めて良好であること、現場付近の本件道路は、本件橋上以外では、歩車道の区別があり、車道には、別紙図面のとおり、白色で、直線又は破線のセンターラインが引かれ、これによつて南北各行車線に区分されており、本件橋上では、歩車道の区別はなく、幅員も狭くなつてはいるものの、対向する二台の車両が行き違うことに支障は全くない状況であること(なお、別紙図面中、実測とあるのは、事故直後の実況見分時の計測によるもので、道路の中央部が周辺部よりも若干高くなつている等を考慮すれば、平面図=他の部分は乙第一号証による。=と異ることも格別矛盾するものとはいえない。)、また、本件橋の北方約一〇〇メートルには、交差点(以下「北側交差点」という。)があり(従つて、右交差点北詰の本件道路上には横断歩道が設けられている。)、同交差点の北西側には、四階建アパート四棟があること、そして、北側交差点に保安燈二基、右アパートの本件道路沿いに街路燈があつて、事故当時点燈していたものの、現場付近には街路燈はなく、月明り(晴天で、月令は16.7であつた。)のみで、暗かつたこと(もつとも、本件橋の北方約一〇メートルの西側塗装店には、広告燈があるが、これが事故当時点燈していたことを認めるに足りる証拠はない。)。
(2) ところで、現場付近本件道路の車道上には、八幡町方面から南進し、本件橋に差しかかる車両が、道路幅員が減少していることに気付かず、久米川に転落することを防止し、かつ、その誘導を兼ねて、全長二一メートルの、白色塗料を塗布したガードレールが、コンクリート基礎台に立つ六本の支柱で固定され、車道東端の線に対し、約一〇度の角度をなす形で、別紙図面の位置に設置されていたこと(なお、ガードレールと本件橋東側親柱の間には、鉄製パイプで連結されたコンクリート製駒止が設置され、右間隙からの車両の転落を防止していた。)、また、右ガードレールと同じく、本件橋に向い南進する車両の進行を誘導ないし指示する目的で、車道路面には、北側交差点の南方約二〇メートル付近から、別紙図面のとおり、白色ペンキで、三本の矢印が標されていたし、また東側歩道上には、別紙図面のとおり、幅員減少を示す道路標識(標識令別表第一、第二の番号二一二参照)が設置されていたほか、当時右ガードレール上部には、本件橋に向つて、二本目及び五本目の支柱に、縦三五センチメートル、横六〇センチメートルの長方形の青地に白色の右矢印を描いた方向指示板(標識令別表第一、第二の番号三二六Aによると、一方通行を示す規制標識であるが、便宜上、車両の誘導すなわち右方に寄ることを指示するために用いられている。)が、三本目及び六本目に、右指示板に比して、小形の長方形の黄地に黒色の右矢印を描いた方向指示板が、それぞれ設置されていたこと、そして、右道路標識及び方向指示板には、車両の前照燈の光を反射する反射材料が用いられていたと推測されること(なお、標識令別表二、備考四、(二)参照)、さらに、夜間において、進路上の物件の発見を容易にするため、ガードレール上には、別紙図面の支柱上二個所に、いずれも、内径一九センチメートルのわずかな光でも乱反射する視線誘導標(反射鏡)が設置され、また、本件橋の親柱には、別紙図面のとおり、東側では北向きに、また、西側では北東向きに、それぞれ光を反財する反射板二枚が設置されていたこと。
(3) 本件道路は、現場付近を除き、最高速度が時速五〇キロメートルに制限されているが、本件橋の北方26.3メートルの東側歩道上の別紙図面の位置に、時速四〇キロメートルに規制する道路標識(標識令別表第一、第二の番号三二三の本標識及び同五〇三・五〇四の補助標識からなる。)が設置されていたこと、右標識(もつとも、本標識部分のみ。)も、前記(2)の標識同様反射材料が塗布されていること。
(4) 原告は、昭和五四年一〇月八日午後一一時頃、同乗者三名を乗せた本件自動車(原告が同年二月新車として購入したものである。)を前照燈を正位置(上向き)にして運転し、時速五〇キロメートルを上回る速度で、本件道路南行車線のセンターライン寄りを進行して、本件事故現場付近に差しかかつた際、吸つていたたばこの火を消そうと、視線を運転者席左側下の灰皿に移し、これに気をとられていた間、前方の注視を全く怠つたため、顔を上にあげ、視線を前方に移したとき、はじめて、直前にガードレールを認めたが、何らの措置を採るいとまもないまま、右ガードレールの南西端、コンクリート製駒止、本件橋左側親柱に相次いで自車を激突させ(その衝撃は莫大なもので、親柱、コンクリート製駒止、ガードレールの基礎コンクリートを久米川に転落させ、ガードレールを破壊した。)、本件橋上に同車を転覆させたこと、この間、原告は、北側交差点北詰の横断歩道までは確認しているものの、以後衝突寸前ガードレールを認めるまでは、ガードレールそのものは無論、標識、方向指示板、視線誘導標、反射板に加え、別紙図面の路面のセンターライン、矢印などには一切気付いていなかつたこと、また、当時、本件自動車のほか、事故現場付近を通行する車両は皆無であつたこと。
(5) なお、三重県知事が本件道路を管理するようになつた昭和五〇年一月以来、本件事故発生に至るまでの間、本件事故現場で、車両がガードレールあるいは親柱に衝突ないし接触したような交通事故は全く発生していなかつたこと。
以上の事実が認められ、前記甲第四号証の四中、右認定に反し、原告が本件道路上の三本の矢印に気付いていたかのように述べる供述記載は、前顕各証拠と比照してにわかに信用できないし、<反証排斥略>。
(二) 前記(一)記載の認定事実に、一般に、普通乗用自動車の前照燈が、上向き(正位置)である場合、夜間前方一〇〇メートルの距離にある交通上の障害物を運転者席から確認できる性能を有していること(道路運送車両の保安基準三二条二項二号参照)をも併せ勘案すると、乗用車が、本件道路南行車線を直進する場合、北側交差点(本件橋手前ほぼ一〇〇メートルに位置する。)に達すると、運転者は、前照燈の照明により、前記認定の、視線誘導標、反射板、反射材料を塗布した方向指示板・道路標識、路面の標示等はもとより、本件橋の親柱、駒止の形状等は無理にしても、ガードレールそのものさえ、確認し得る状況となり(白色塗料に反射材料を含まないとしても、右塗料自体による光の反射は、親柱、駒止の比ではないと推認される。)、しかも、車の進行するのに伴い、逐次、これらの状況をより明瞭に把握し得るのであるから、右運転者において、極めて初歩的、かつ、基本的な前方に対する注意を払つていさえすれば、右道路状況に対応する措置をとることは極めて容易なことであるといわなければならない。
従つて、事故現場付近の本件道路では、原告主張の措置(請求原因2の(二)の(3)の①の(イ)及び(ハ))を講じなくとも、道路管理者のとつた諸々の措置によつて、通常の技術を身につけた運転者の通常予測し得る通行方法による限り、もはや交通事故が発生する危険性はなく、道路通行の安全性は確保されているものというべく、本件事故は、前記二の2の(一)の(4)で認定したとおり、原告の、前方不注視により、安全施設、道路標識等をすべて看過して運転したという、道路管理者にとつて通常予測し難い通行方法によるものであつたということができるから、請求原因2の(二)の(4)の①ないし③記載の措置が、本件事故後にとられたとしても(この点は、当事者間に争いがない。)、そのことは、右判断を左右するものではなく、結局、本件道路の管理に瑕疵があつたということはできない。
(三) なお、原告は、請求原因2の(二)の(3)の、①の(ロ)、②の(イ)ないし(ニ)記載のとおり、道路管理者のとつた措置に欠陥ないし不備があつた旨主張しているけれども、前記(一)及び(二)の認定、説示によると、右①の(ロ)、②の(ハ)、(ニ)については、その前提となる事実を肯認し得ず(とりわけ、前照燈の照射距離)、また、右②の(イ)、(ロ)についても、その指摘する不備が本件事故発生と関連があるとは認め難いから、いずれも採用することができない。
(弓削孟 佐々木茂美 長久保守夫)