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大阪地方裁判所 昭和55年(ワ)3412号 判決 1981年10月29日

原告 株式会社近畿相互銀行

右代表者代表取締役 神林虎二

右訴訟代理人弁護士 松永二夫

被告 東海理化販売株式会社

右代表者代表取締役 大岩孝夫

右訴訟代理人弁護士 竹下重人

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、二五〇〇万円およびこれに対する昭和五五年四月一日から支払い済みまで年六分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は、被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  原告は、昭和五四年一〇月一日訴外エビス精工株式会社(以下「エビス精工」という。)に対して、弁済期・昭和五五年三月三一日の約定で二五〇〇万円を貸付け、同日右エビス精工から、右貸付金の支払いの担保として金額・二五〇〇万円、支払期日・昭和五四年一一月一日、支払場所・原告吹田支店、の約束手形一通の振出しを受けた。

2  被告は、右同日原告に対して、右貸付金支払いの担保として、被告が訴外日本ジグ株式会社(以下「日本ジグ」という。)に振出す金額・二五〇〇万円、支払期日・昭和五五年三月三一日、支払場所・東海銀行笹島支店、の約束手形一通を昭和五四年一一月末日までに直接原告に交付する旨約し、日本ジグは、被告に対して、日本ジグに振出し交付されるべき約束手形を原告吹田支店に直接交付することについて承諾を与えた。

3  なお、エビス精工と日本ジグとの関係およびこれらと被告との関係、被告が原告と前記の契約を締結した経緯は次のとおりである。

(一) エビス精工は、昭和四七年一一月一六日エビス金属株式会社(同社は、昭和四七年一〇月二七日不渡手形を出して倒産し、昭和五〇年四月一一日破産宣告を受けた。)の第二会社として設立された。

(二) 一方、エビス金属株式会社の主要取引先で同社倒産後もエビス精工の主要取引先である株式会社東海理化電機製作所(以下「東海理化電機」という。なお、同社は、被告の親会社である。)は、エビス精工に対して、引続き発注、支援はするが、倒産会社と類似の名称をもつエビス精工と直接取引するのは支障があるとして、昭和四九年一二月二〇日エビス精工に別会社を設立させ、これと取引するという形にした。この別会社が、日本ジグであって、同社の本社がエビス精工の営業所に置かれていること、エビス精工の代表取締役三浦クニエ、同じく取締役の林健二は、日本ジグの取締役を、エビス精工の監査役高木正夫は、日本ジグの代表取締役をそれぞれ兼任していること、両社を事実上主宰していたのは、林健二であること、日本ジグの帳簿は、エビス精工のそれと明確には区別できないこと等から明らかなように、日本ジグは、事実上エビス精工と同一の会社である。

(三) 被告は、右の事情を知悉し、親会社である東海理化電機が、エビス精工(=日本ジグ)の筆頭の取引先になっている関係上、エビス精工(=日本ジグ)に資金援助を得させるため、前記のとおり原告に対して、担保となる約束手形を交付することを約したのである。

(四) なお、被告は、昭和五四年六月二九日にも原告に対して、エビス精工に対する貸金の担保として、金額二〇〇〇万円として日本ジグに振出した約束手形一通を原告に交付することを約したが、これは履行された。

4  ところが、被告は、原告が前記約定の約束手形を交付することを求めるのに対して、金額四〇〇万円の約束手形の交付を申出るのみで、さらに、原告が、右の申出を拒絶して、再度金額二五〇〇万円の約束手形の交付を求めるも、これに応ぜず、現在に至っている。

しかも、原告は、前記貸金の弁済期経過後今日に至るまで、エビス精工から右貸金の返済を受けていない。

5  よって、原告は、被告に対して、前記原、被告間の契約の履行に代えて、右契約が履行されたならば得られたであろう二五〇〇万円およびこれに対する昭和五五年四月一日から支払い済みまで年六分の割合による金員の支払いを求める。

《以下事実省略》

理由

一  エビス精工は、昭和四七年一一月一六日エビス金属株式会社(同社は、昭和四七年一〇月二七日不渡手形を出して倒産し、昭和五〇年四月一一日破産宣告を受けた。)の第二会社として設立されたこと、一方、日本ジグは、倒産した会社である右エビス金属株式会社と類似の名称をもつエビス精工と取引するのには支障があるとして、別の会社と取引する形にしたいという、同社の主要な取引先で、被告の親会社である東海理化電機の意向を受けて、昭和四九年一二月二〇日設立されたこと、日本ジグの本社は、エビス精工の営業所に置かれていること、日本ジグの役員の中には、エビス精工の役員と共通する者がいること、被告が、日本ジグへ振出した金額二〇〇〇万円の約束手形を日本ジグを経由せず、直接原告に送付したことがあることは、いずれも当事者間に争いがない。

右の争いのない事実ならびに《証拠省略》を総合すると、次の事実が認められる。

(一)  被告は、日本ジグから停止表示板高速道路等において故障等により停車した自動車の後方道路上に後続車の追突防止のために立てる三角形の表示板)を買入れることになり、昭和五四年五月中頃日本ジグとの間で、日本ジグはその製造した停止表示板を継続的に被告に納入する、納入価格は、最終価格(市場価格)からその三パーセントを引いた額とするとの契約を締結し、日本ジグは、右の契約に従って、被告への納品を開始した。なお、納入量については、明確には決めなかった。

(二)  ところが、日本ジグおよび同社と実質上同一の会社であるエビス精工には製造資金がなかったので、原告に融資方を申込んだが、日本ジグおよびエビス精工には必ずしも信用力がなく、差出すべき担保も持合わせていなかったので、窮余の策として、日本ジグが被告に納入する停止表示板代金について被告が日本ジグあてに振出す約束手形を被告から直接原告に交付するという形式で担保に代えることで原告の了解をえ、右の了解に従って、被告は、昭和五四年六月二九日「停止表示板の支払に関する件今回東海理化販売(株)(被告)が、日本ジグ(株)に昭和五十四年七月二十日までに支払う金二千万円也(約束手形二千万円也、支払期日昭和五十四年十一月二十日、支払場所東海銀行笹島支店)日本ジグ(株)の要請により、近畿相互銀行(原告)吹田支店に直接送付することを覚書を以って承知致します。」との記載のある原告吹田支店に宛てた「覚書」と題する書面を作成し、これを原告に交付した。

(三)  そこで、原告は、同日エビス精工に二〇〇〇万円を貸与し、一方、日本ジグから被告に対する商品納入も予定どおり行われて、被告は、右覚書における約旨どおり昭和五四年七月二〇日までに右記載のような約束手形を振出して、原告に送付した。

(四)  次いで、昭和五四年一〇月頃被告と日本ジグ間で代金総額二五〇〇万円を予定とする前同様の停止標示板の売買を行うことになり、日本ジグ、エビス精工は、また原告に前同様の条件での二五〇〇万円の融資を申込み、その了解をえた。そこで、被告は、右同日前回(同年六月二九日)同様の記載のある原告吹田支店に宛てた「覚書」と題する書面(但し、「昭和五十四年七月二十日までに支払う」は「昭和五十四年十一月三十日までに支払う」に、「金二千万円也(約束手形二千万円也、支払期日昭和五十四年十一月二十日」は「金二千五百万円也(約束手形二千五百万円也、支払期日昭和五十五年三月三十一日」にそれぞれ変更されている。)を原告に差入れ、原告は、同日エビス精工に二五〇〇万円を貸与した。

(五)  ところが、昭和五四年一〇月中頃には停止表示板の値崩れがひどくなり(契約当初は一本約八〇〇円であったのが、この頃は一本約四〇〇円にまで下落した。)、被告と日本ジグは、そのまま生産、納入を続行すれば、双方に損害が出ると判断し、協議のうえ停止表示板の生産および納入を中止した。

ちなみに、停止表示板は、昭和五三年一二月一日から高速道路を走行する自動車はこれを備付けなければならないことが法令で定まってから(道路交通法七五条の一一第一項参照)市場に出まわりはじめたが、日本ジグが公安委員会の認可を受けてこれを製造販売できるようになった昭和五四年五月には既に過当競争気味で、値下りの気配がみえ、市場価格は不安定であったものである。

(六)  被告は、昭和五四年一一月末日時点で日本ジグに対して、停止表示板についての未払代金として約四〇〇万円の債務を負っていた。それで、被告は、原告に対して、再三にわたって金額約四〇〇万円の約束手形の受取り方を求めたが、原告は、被告と日本ジグの取引量にかかわらず金額二五〇〇万円の約束手形の交付を受ける約定であるから、金額約四〇〇万円の約束手形では受取れないという理由で右手形の受取りを拒絶した。

その後、原告と被告は、約束手形を交付する期限の延長の問題や、停止表示板の代わりに他の商品を納入する件などについて話合ったが、結局、合意には至らなかった。

(七)  そこで、被告は、昭和五四年一二月二六日日本ジグに対して、未決済分につき、金額約四〇〇万円の約束手形を振出し交付し、右手形は決済された。

以上の事実が認められる。

二  次に右の事実を前提として被告の原告に対する責任を検討する。

前記認定事実および《証拠省略》を総合すると、原告と被告は、昭和五四年一〇月一日被告が日本ジグへ振出す約束手形を同年一一月末日までに直接原告に送付するとの合意が成立したこと(なお、日本ジグは、送付後ただちに原告吹田支店におもむき、原告へ裏書することになっていた。)および右の約束手形は、日本ジグが製造して被告に納入する停止表示板の代金支払いのために被告から日本ジグに振出される予定のものであったことがそれぞれ認められる。

ところで、被告と日本ジグは、右の合意ののち協議のうえ、停止表示板の納入を中止し、その後他の商品の納入もなく、結局、日本ジグから被告に支払われるべき代金は約四〇〇万円にとどまったことは前記認定のとおりであるが、原告は、前記の合意は、日本ジグから被告へ商品が納入されたか否か、いくら納入されたかにかかわらず、原告のエビス精工への貸付金の返還債務を担保する趣旨で、被告から原告に、金額二五〇〇万円の約束手形を交付するというものと主張し、証人喜多もこれに沿う供述をするので、この点について検討を加える。

まず、被告が、日本ジグとの取引量の多寡にかかわらず、金額二五〇〇万円の約束手形を交付することを約したのかについてみるに、前記認定のとおり、被告と日本ジグの停止表示板についての納入契約(基本契約)では、納入価格は定額ではなく、最終価格(市場価格)から三パーセントを引いた額という定めであり、また、総数についての明確な取決めもなく、右契約は、流動的かつ不確定なものであった。被告と日本ジグがこのような契約を結んだのは、前記認定のとおり、停止表示板は、当時新製品で価格が安定しないうえ、過当競争気味で価格が下がる気配がみえており、もし、基本契約で納入量、納入価格を予め定めておくと、市場の動向に対処できず、価格の変動によって損害を被るおそれがあり、右の危険を回避する必要があったからと推認されるのである。そうであるのに、もし、原告が主張するように、被告が原告に対して、停止表示板の納入情況にかかわらず金額二五〇〇万円の約束手形を交付する義務を負うとするならば、停止表示板の市場の不安定さからくる危険を回避しようという前記の日本ジグとの基本契約の趣旨は、まったく没却されてしまうことになる。たしかに、《証拠省略》によると、被告が、原告に対して、停止表示板の代金支払いのための約束手形を送付することを約したのは、日本ジグが、原告から融資を受け易くするためであったことは認められるのであるが、同時に、被告は、日本ジグ(実際はエビス精工)に対する貸金について保証をせず、また、保証する意思もなかったことも認められるのであり、前記のような危険を負担してまで被告が日本ジグを援助しなければならない事情は、本件全証拠によっても認められない。さらに、もし、原告の主張するように、製品の納入情況にかかわらず、金額二五〇〇万円の約束手形を交付するとの約定であったとするならば、原告は、昭和五四年一〇月一日のエビス精工に対する融資実行の時に、融資と同時に被告から右の約束手形を受取るようにするのが最も確実だと思われるが、右の時にではなく、同年一一月末日までに交付させることにし、その間に二か月の空白期間をもうけたのは、結局、原告としても、製品が納入されたのちに振出される約束手形を受取るとの認識を持っていたからであると推測される。

以上よりすると、証人喜多の前記供述は採用できず、この点に関する原告の前記主張は理由がない。そして、むしろ原、被告間の前記の合意は、日本ジグ・被告間の停止表示板の取引によって、昭和五四年一一月末日までに現実に生じた代金債務の支払いのために振出される約束手形を原告に直接送付するというものにすぎないと解される。もっとも、このように解すると、原告が不測の損害を被ることにはなるが、原、被告の前記契約を担保契約の一種と目することができるにしても、この「担保」は前記のように金額の点で内容の不確実なもの、すなわち結果的には担保的拘束力の弱いものであったといわざるをえないから、右の帰結もまたやむをえないところである。

ところで、被告は、昭和五四年一一月末日時点で、日本ジグに対して、約四〇〇万円の代金債務を負っていたこと、被告は、原告に対し、前記の合意に従って、右債務の支払いのために振出す金額約四〇〇万円の約束手形の受取りを求めたが、原告は、金額二五〇〇万円の約束手形でなければ受取れないという理由で、受領を拒絶したこと、そこで、被告は、右約束手形を日本ジグに交付して、日本ジグに対して負担する代金債務を弁済したこと(右約束手形は、決済された。)は前記認定のとおりであるが、原、被告の間の合意を前記のように解するならば、被告は、原告に対して、金額約四〇〇万円の約束手形を交付する義務を負うのではないかとの疑問がないではない。しかし、日本ジグは、被告から停止表示板の代金の支払いとして振出しを受ける約束手形を被告から原告へ直接交付させ、原告のエビス精工への貸金の弁済にあてることを承諾した関係上、原告に対する関係では被告から右の弁済を受けてはならない債務を負担するものといわなければならないが、そうであるからといっても、債務者である被告に対する関係では、日本ジグが本来の債権者としての権能、弁済受領権能までもが奪われているものと解すべき根拠はない。

けだし、叙上の覚書による約定が一種の債権担保を目的としていることは認められるにしても、担保となる債権の額が不定といわざるをえないなどその担保的拘束力は弱いものといわざるをえず、その非典型性からしても、右の約定だけで日本ジグの債権者としての受領権能までもが奪われて、同社に対する弁済を原告に対抗できないなどの効果を生じさせるのは、関係者、とくに(第三)債務者である被告の利益と期待を損うものというべく、もし原告がそこまでの効果を期待するのであれば、それにふさわしい担保方式、例えば債権譲渡形式の譲渡担保、あるいは債権質等の担保を設定しておくべきであったといわざるをえないからである。しかし、現実にはそのような担保は設定されず、被告はまた保証にも応じなかったのであって、この点からしても、本件の合意は、関係者それぞれの利益とくに第三債務者である被告の利益を害さない程度のものにとどめながら、すなわち、その担保的拘束力を強いものとはしないでおいて、可及的にその経済目的を達成しようとしたものとみるのが、事の実体に即したものというべきである。したがって、被告としては、代金を日本ジグに支払えばその代金債務を免れうるのであって、ただ原告との右の約定の故に右の支払が原告に対する債務不履行あるいは不法行為を構成することがあるにすぎないものと解される。本件についてみるに、被告は、再三にわたって原告に約束手形の受取り方を求めたのに、これを拒絶されたので、しかたなく本来の受領権者である日本ジグに交付したのであるから、被告が、日本ジグに約束手形を交付し、これを決済したことにより、代金債務の消滅を認めるべきであり、かつ、右事実関係のもとにおいては、被告の右交付、決済が原告に対する債務不履行または不法行為を構成する余地はない。もともと、被告が原告に交付するはずの約束手形は、あくまで停止表示板の代金支払いのためのものであり、その前提となる代金債務が右のとおり弁済によって消滅したといえる以上、被告の原告に対する約束手形を交付する義務も消滅したと解するのが相当である。

三  よって、その余の点を判断するまでもなく、原告の本訴請求は理由がなく、失当であるから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担については、民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 川口冨男 裁判官 新井慶有 佐々木洋一)

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