大阪地方裁判所 昭和55年(ワ)3903号 判決 1983年6月02日
原告
朴正剛
右訴訟代理人
相馬達雄
山崎忠志
小川眞澄
中川清孝
谷正道
大橋武弘
平木純二郎
末永善久
山本浩三
松葉知幸
中嶋進治
豊蔵広倫
小田光紀
被告
奈良県
右代表者知事
上田繁潔
右指定代理人
畑崎昌彦
外二名
被告
国
右代表者法務大臣
秦野章
右被告両名指定代理人
饒平名正也
外一名
主文
一 被告国は、原告に対し、金三九五万円および内金三三〇万円に対する昭和五五年六月一四日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
二 被告奈良県は、原告に対し、金三九一万六一二九円および内金三二六万六一二九円に対する昭和五五年六月一四日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
三 原告の被告らに対するその余の請求をいずれも棄却する。
四 訴訟費用は、これを五分し、その三を被告らの負担とし、その余を原告の負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一請求の趣旨
1 被告らは、原告に対し、各自七九〇万円および内金六四〇万円に対する昭和五五年六月一四日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は、被告らの負担とする。
3 仮執行宣言
二請求の趣旨に対する被告らの答弁
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は、原告の負担とする。
3 担保を条件とする仮執行免脱宣言
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 原告を被告人とする窃盗被告事件の概要
(一) 原告は、昭和五四年一一月二七日、奈良県高田警察署司法警察員中村義富が葛城簡易裁判所から別紙(一)記載の被疑事実(以下「本件窃盗被疑事実」という。)について発付を受けた逮捕状に基づいて通常逮捕され、ついで、同月二九日、葛城区検察官大村須賀男が同裁判所から右同被疑事実について発付を受けた勾留状に基づいて勾留された。
(二) その後、原告は、高田警察署において司法警察員大前巧から取調べを受け、さらに葛城区検察庁において検察官北原秀雄から取調べを受けたのち、身柄拘束のまま、同年一二月八日、同検察官によつて別紙(二)記載の公訴事実(以下「本件窃盗公訴事実」という。)について同裁判所に公訴提起された。
(三) ところが、同年一二月二九日になつて、滋賀県草津署に逮捕されていた訴外浅海勲の自白により同人が本件窃盗の犯人であることが判明するとともに原告が右犯行に関与していないことが明白となり、同日原告が保釈され、同裁判所は、昭和五五年四月二日、右窃盗被告事件につき原告に対し、本件窃盗公訴事実を認めるに足りる証拠がないとして無罪の判決を言い渡し、同判決は同月一七日確定した。
2 被告奈良県の責任
奈良県の職員である大前警察官らは、右逮捕等の捜査遂行過程において、以下に述べるように、原告に対し、故意または過失による違法な公権力の行使をしたから、被告奈良県は国家賠償法一条一項の規定に基づき、右行為によつて原告が被つた後記損害を賠償する責任がある。
(一)逮捕の違法性
(1) 原告は、昭和五四年一一月二七日、高田警察署の依頼を受けた大阪府警察本部司法警察員岸本一昭により前記逮捕状に基づき逮捕された。
(2) ところで、一般に逮捕状請求または逮捕については犯罪の嫌疑について相当な理由がないことが明らかであるときに行われたときは法の許容する限界を超えたものとして違法というべきである。
本件の場合、右逮捕状請求または逮捕は、次のとおり本件窃盗被疑事実に対する嫌疑について相当な理由がないことが明らかであるときに行われたものであり、違法である。
すなわち、原告に対する右逮捕状請求または逮捕の段階で原告と本件窃盗被疑事実を結びつける理由としては当時捜査資料で判明していた本件窃盗の現場にあり被害にあつた据付金庫(以下「本件金庫」という。)内の小引出しに原告の指紋が三個遺留されていた事実につきる。しかし、当時、捜査当局により本件金庫から四七個の遺留指紋が採取されているし、本件金庫は中古品であつてこれを前記村川鉄工建設株式会社(以下「村川鉄工」という。)が買い入れ、同社事務室二階に設置使用していたことも捜査資料によつて判明している。しかも右逮捕状請求の日の前日、同社事務員訴外筒井俊子は、本件窃盗事件の捜査を担当していた高田警察署警察官に対し「本件金庫は中古品であり購入後、一応金庫を拭きとつたと思います」と述べたにすぎず、原告の指紋の遺留箇所である本件金庫内小引出しの外側までていねいにふきとつた旨を定かに述べたわけではない。そして、このような状況のもとにおいては、原告の遺留指紋(以下「本件遺留指紋」という。)が存在したとしても本件遺留指紋と本件窃盗被疑事実を結びつける合理的理由が他に附加介在しない限り、本件窃盗被疑事実に対する原告の嫌疑について相当な理由がないことが明らかであるというべきである。
(二)原告を釈放せず、身柄拘束のまま送致したことの違法性
(1) 原告は、前記のとおり、右逮捕後、同年一一月二九日、高田警察署司法警察員中村から葛城区検察庁検察官に対し本件窃盗被疑事実の容疑で身柄拘束のまま送致された。
(2) しかし、逮捕後に犯罪の嫌疑について相当な理由がないことが明らかとなつた場合は、警察官は直ちに被疑者を釈放すべきであり、警察官がその釈放を怠つたときは、その後の身柄拘束は法の許容する限界を超えたものとして違法になるというべきである。
本件の場合、次のとおり本件窃盗被疑事実に対する嫌疑について相当な理由がないことが明らかとなつたから、高田警察署警察官は、ただちに原告を釈放すべきであつたのに、右の釈放をせず、身柄拘束のまま事件を検察官に送致したから、右警察官の右の措置は違法である。
すなわち、
(ア) 前記逮捕の場合と同様、本件遺留指紋と本件窃盗被疑事実を結びつける合理的理由が他に附加介在しない限り、本件窃盗被疑事実に対する原告の嫌疑について相当な理由がないことが明らかであるというべきである。
(イ) 仮に右(ア)が認められなくても、
原告は、同年一一月二九日の逮捕から二九日の送致までの間、本件窃盗被疑事実を否認するとともに右事件の捜査を担当していた大前警察官に対し、本件遺留指紋の点について次のような弁解をした。すなわち、原告は、昭和五一年ごろから昭和五三年秋ごろまで大阪市南区東賑町二六の一島田ビル二〇一号、二〇二号所在の訴外大同商事株式会社(以下「大同商事」という。)に勤務していたが、その際会計担当として同社備付の金庫二台の管理を委されていたこと、右二台の金庫のうち一台は、不要となつて昭和五三年梅雨時分古物商に無償で払い下げ、残りの一台は、同年秋末原告が退職し同社が倒産したのちにどうなつたか知らないこと、原告の指紋が付着した金庫は右二台の金庫以外に考えられず、本件金庫は右二台の金庫のうちの一つであるから、その線で調べてほしいと述べるとともに、右二台の金庫のダイヤル番号(一方は、「五五を右へ四回、一六を左へ三回、三九を右へ二回、そして左へ一杯転回)(以下「ダイヤル番号(一)」という。)であり、他方は、「九七を右へ四回、一五を左へ三回、四六を右へ二回、そして左へ一杯転回」(以下「ダイヤル番号(二)」という)である。)や形、大きさについて説明した。
本件遺留指紋があつても、右のようなその点に関する原告の弁解により、本件窃盗被疑事実に対する原告の嫌疑について、直ちに相当な理由がなくなるかまたは合理的な疑いが生じ裏付捜査により相当な理由がなくなる可能性があり、いずれにしろ裏付捜査をすべき義務があるにもかかわらず、大前警察官らは、原告の弁解に全く耳を貸そうとせず、右弁解についての裏付捜査として考えられる本件金庫の入手経路を明らかにするとか、本件金庫のダイヤル番号を調べ原告のいう前記二台の金庫のダイヤル番号と一致するか否かを確認するとか、本件金庫の現物を原告に示すとかを一切しなかつた。
ところが、昭和五五年一月になつて、本件金庫が前記原告の主張する二台の金庫の一つであることが分かり、本件金庫のダイヤル番号も一致した。
(ウ) 仮に右(ア)が認められなくても
原告は、同年一一月二八日、本件窃盗被疑事実を否認するとともに大前警察官に対し、本件窃盗の当日である同年八月二二日の夜は家にいるか母親の店へ行くか、恋人とデートしていたと弁解したのであるから、アリバイ捜査をすべき義務があるにもかかわらず、大前警察官は身内のアリバイは証拠にならないといつて頭から問題にせず、アリバイ捜査をしなかつた。
ところが、昭和五五年一月一〇日に行われた母親の徐寿連からの事情聴取により、事件当日夜原告が友人とともに母の店へ来て飲酒し、そのときの伝票が残つていることが判明した。
(三)取調方法の違法性
(1) 原告の取調べを担当した大前警察官らは、原告の右逮捕直後から原告の前記のような弁解に耳を貸さず、かつ前記のような本件金庫についての裏付捜査やアリバイ捜査も行なおうとせず、かえつて本件窃盗被疑事実を否認しつづける原告に対し、「お前がいくら否認しても指紋さえあれば起訴できるし、何日間でも勾留しておける、現にうちの署で一二〇日間も勾留された者もいる。一〇〇日でも調べる。保釈できない。」などと脅したり、原告が当時交通事故にからむ傷害事件の裁判で有罪判決を受け執行猶予中の身で否認のまま有罪とされた場合刑罰は重いのではないかという心配をしていたときに「素直に事実を認めたならば少しでも刑も軽くなり再度の執行猶予の判決だつてもらえるではないか。」などと誘惑し、かつ、「弁護土を選任したつて無駄だ」と原告の弁護士選任権をも妨害して原告に無理矢理本件窃盗被疑事実を認めるよう自白を強要した。
(2) 原告は、昭和五四年一二月四日、右のような違法な大前警察官の執拗な脅かしや誘惑による取調べに負けた結果、本件窃盗被疑事実について全く虚偽の自白をするに至つた。
(3) しかしながら、原告は、自白とはいつても全く身に覚えのないことであるから、しばしば沈黙し答えることができず、大前警察官らの誘導や誤導の方法による取調べに迎合したにすぎず、したがつて、原告の自白内容には次のような矛盾やあいまいな点がある。
(ア) 原告の指紋が本件金庫の表面やその他のものに付着せずに本件金庫内小引出しにだけ付着していることに関し、最初に原告が本件金庫の位置を移動したときには軍手をはめていたとされているが、その後本件金庫が開けられてから本件金庫にどのように触れたかについて「軍手をはいていたと思うが、もしかしたらぬいでいたかも知れない」というだけのあいまいな供述になつている。また、右のように犯行の途中で軍手を脱ぐということ自体が不自然である。
(イ) 共犯者二名に関し、原告が本件窃盗の当日午後九時ごろ御堂筋の周防町付近でタクシーを待つていたとき、突然白色のナンバーの分からない普通乗用車に乗つたどこの誰かも分からない二名の若者が近づいて来て原告をその車に乗せ、車内で窃盗の謀議をし、右二名は本件犯行後原告と別れるまで氏名を明かさずじまいであつたということで調書上でA、Bとか甲、乙とか仮称されている。しかし、全く氏素姓も分からない通りすがりの者同志がにわかに意気投合し窃盗の謀議をして奈良の片田舎まで窃盗に行くなどというのは経験則上不自然というべきである。
(ウ) 原告は、当時訴外大洋物産株式会社(以下「大洋物産」という。)に勤務し、月給一三万円のうち五万円は食事代として母に渡し家計に入れ、残りは自分が自由に使つていたが、小使銭としては十分な額であり、また借金があつたわけでもないから金庫破りをしてまで金銭を調達する必要は全くなく、本件窃盗の動機がない。
3 被告国の責任
葛城区検察庁検察官北原らは、右勾留等の捜査遂行過程および公訴の提起、追行等の過程において、以下に述べるように、原告に対し、故意または過失による違法な公権力を行使したので、被告国は国家賠償法一条一項の規定に基づき、右行為によつて原告が被つた後記損害を賠償する責任がある。
(一)勾留の違法性
(1) 原告は、前記のとおり、右送致後の同年一一月二九日、葛城区検察庁検察官大村請求にかかる勾留状に基づき勾留された。
(2) ところで、一般に勾留請求についても前記逮捕の場合と同様犯罪の嫌疑について相当な理由がないこと(事案の性質上当然なすべき捜査を尽くせば、犯罪の嫌疑について相当な理由がなくなる場合も含む。)が明らかであるときに行われたときは法の許容する限界を超えたものとして違法というべきである。
本件の場合、勾留請求は、次のとおり本件窃盗被疑事実に対する嫌疑について相当な理由がないことが明らかであるときに行なわれたものであり、違法である。
すなわち、
(ア) 前記2(二)(2)(ア)のとおり。
(イ) 仮に右(ア)が認められなくても、
前記2(二)(2)(イ)のとおり、原告の本件遺留指紋についての弁解に対し全く裏付捜査がなされていなかつたのであるから、同検察官としては、右高田警察署に対し裏付捜査を指示すべき義務があるのにこれを怠つた。
(ウ) 仮に右(ア)が認められなくても
前記2(二)(2)(ウ)のとおり、原告のアリバイの主張に対し全くアリバイ捜査がなされていなかつたのであるから、同検察官としては、右高田警察署に対しアリバイ捜査を指示すべき義務があるのにこれを怠つた。
(二)公訴提起の違法性
(1) 原告は、前記のとおり、葛城区検察庁において北原検察官から取調べを受けたのち、身柄拘束のまま、昭和五四年一二月八日、同検察官によつて本件窃盗公訴事実について葛城簡易裁判所に公訴提起された。
(2) ところで、一般に公訴提起については、検察官が事案の性質上当然になすべき捜査を尽くさず、証拠の評価を誤まり、当該事実について証拠上合理的な疑いが顕著に存在し、有罪判決を期待しうる可能性が乏しいのになされたときは違法であるというべきである。
本件の場合、右公訴提起は、同検察官が次のとおり、事案の性質上当然なすべき捜査を尽くさず、証拠の評価を誤まり、本件窃盗公訴事実について証拠上合理的な疑いが顕著に存在し、有罪判決を期待しうる可能性が乏しいのになされたのであり、違法である。
すなわち、同検察官が同年一二月六日原告を取調べるに際して、高田警察署から受け取つていた捜査資料によれば、本件窃盗事実と原告を結びつけるものとしては、本件遺留指紋と原告の司法警察員に対する自白調書がある。しかし、本件遺留指紋の点については、前記2(一)、(二)で述べたように、必ずしもそれだけで決め手となるものでなく、それに対して原告が合理的な弁解をしているにもかかわらず、右弁解に対する裏付捜査がなされた形跡がない。また、自白調書の点については、前記2(三)で述べたように、その内容について本件遺留指紋付着の状況、氏名不詳の二名の共犯および本件犯行の動機等不自然かつあいまいな点が存し、そのなされた経緯について否認から自白に至る変遷の理由が不明であるし、取調べ状況報告書によれば自白に至るまで長い沈黙の状態がある等その信用性に重大な疑問があつた。また、前記2(二)(2)(ウ)のとおり、原告のアリバイの主張に対してもアリバイ捜査がなされていなかつた。したがつて、右のような状況のもとでは、検察官としては、右弁解に対する裏付捜査やアリバイ捜査を司法警察員に指示するとともに自白調書の信用性に対する疑問に留意して原告を取調べるべき義務があるものというべきである。
(ア) 右弁解に対する裏付捜査の懈怠
北原検察官は、例えば本件金庫の入手経路を明らかにするとか、原告に本件金庫の現物を示したりダイヤル番号を確認させたりする等の右弁解に対する裏付捜査を司法警察員に指示することなく、本件遺留指紋を漫然と本件窃盗公訴事実の根拠とし、さらに、本件で証拠になりそうもない本件遺留指紋の付着がごく最近であるという司法警察員の単なる口頭の報告をも信用しその根拠とした。
(イ) 自白調書に対する検討の懈怠
同検察官は、原告を取調べるに際し、自白調書の信用性に対し前記のような疑問を持ち、本件遺留指紋付着の具体的状況、氏名不詳の二名の共犯および本件犯行の動機等を原告に問いただして解明したり、原告の自白に至る変遷の理由や取調べ状況を原告から聞くことなく、自白調書を漫然と信用し、そのうわぬり程度の取調べしか行わず、その結果原告の同検察官に対する供述調書は自白調書とほとんど変わらないものとなつた。
(ウ) アリバイ捜査の懈怠
同検察官は、原告のアリバイの主張の真偽を確かめるために原告の母親の取調べを司法警察員に指示しなかつた。
(三)公訴維持、起訴後の勾留の違法性
前記1(三)のとおり、昭和五四年一二月二九日、前記浅海が本件窃盗事件を犯したことを自白し、同人が本件窃盗の犯人であつて原告が右犯行に関与していないことが明らかとなつた。
右のように、公訴提起後新たに公訴事実について証拠上合理的な疑いが顕著に存在し有罪判決を期待しうる可能性がなくなつた場合には、検察官としては公訴の取消および勾留の取消の申立をすべき義務があるにもかかわらず、葛城区検察庁検察官は、本件窃盗公訴事実について浅海の出現やその自白により証拠上合理的な疑いが顕著に存在し有罪判決を期待しうる可能性がなくなつたのに本件公訴を取消すことなく維持し、かつ本件起訴後の勾留の取消の申立をしなかつたのは違法であるというべきである。
4 損害
原告は、前記公務員の違法な行為により次のような損害を被つた。
(一)財産的損害一四〇万円
(1) 休業損害 一〇五万円
原告は、大洋物産に勤務し月給一五万円を支給されていたが、前記逮捕の翌日である昭和五四年一一月二八日から勤務は欠勤扱いとなりその後一二月二九日保釈により釈放されたが窃盗犯人だということで職場復帰ができず、さらに昭和五五年四月二日無罪判決を受けたが無実であることが世間に周知され再就職するまでには至らなかつた。右のような欠勤失職による損害は、次のとおりである。
(ア) 昭和五四年一二月一日から昭和五五年四月末日までの五か月間の給料相当の損害 七五万円
(イ) 昭和五四年末に支給予定の賞与三〇万円が支給されなかつたことによる損害 三〇万円
合計 一〇五万円
(2) 刑事弁護人費用三五万円
原告は、本件窃盗被告事件の裁判で弁護士中川清孝を弁護人に選任し、合計三五万円の弁護士手数料を支払つた。
(二)慰謝料五〇〇万円
原告は、前記のように勤務先の大洋物産で突然逮捕され、弁解しても全く聞きいれてもらえず、虚偽の自白を強制せられ、遂には身柄拘束のまま公訴提起され以来無念と屈辱の日を送らざるをえなかつた。原告は恋人である訴外伊坂久恵からも金庫破りをやる男だつたかと思われるようになり、その後二人の関係は急速に冷え破綻状態にある。原告の近所の者は右逮捕や公訴提起等により、原告を犯人と信じその後真犯人が出現するに至つても右高田警察署は原告の犯行であることを確信しているなどという談話を月刊新聞記者に発表し、各新聞はその談話を記事にしたため、近所の者は真犯人が出現したからといつて容易に原告が犯人でないと信じるようにはならず、原告やその家族は世間から長い間冷たい目で見られた。
また、前記のような警察や検察庁の強引な捜査や公訴提起等は原告が韓国人であつて韓国人に対する蔑視感のもとに行われたものである。
以上の諸事情に照らせば、原告の本件による精神的な苦痛に対する損害は、五〇〇万円を下らない。
(三)弁護士費用一五〇万円
原告は、本訴の提起、追行を原告訴訟代理人に委任し、その報酬として一五〇万円を支払う旨約した。
5よつて、原告は、被告らに対し、国家賠償法一条一項の不法行為による損害賠償請求権に基づき、各自損害賠償金七五〇万円および右損害賠償金から前記弁護士費用を控除した残額である内金六四〇万円に対する右不法行為後で本件訴状送達の日の翌日である昭和五五年六月一四日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する被告らの認容
<以下、省略>
理由
一 本件窃盗事件の発生ならびに原告に対する本件窃盗被告事件の捜査および公判の経過
請求原因1(一)および(二)の事実、(三)の事実のうち、訴外浅海が逮捕され本件窃盗の事実を自白したこと、葛城簡易裁判所が原告に対し無罪の判決を言い渡し同判決が確定したことは、いずれも当事者間に争いがない。
右争いのない事実、<証拠>を総合すると、次の事実が認められる。
1(一) 昭和五四年八月二二日午後八時ごろから翌二三日午前九時ごろまでの間に奈良県北葛城郡上牧町大字中筋出作一三五番地所在の村川鉄工事務所に侵入した犯人が、同所据付の本件金庫をこわしてこれを開扉し、中から同社代表取締役社長村川昇管理にかかる現金五〇〇〇円位を窃取し、また同社敷地内にあつた自動販売機から同人管理にかかる現金二万円位を窃取するという窃盗事件が発生した。
(二) 奈良高田警察署は、同日、被害届を受け、右事件の捜査に着手しこれを継続していたところ、同年一一月二〇日に、犯行現場で本件金庫から引出され、床上に放置されていた小引出(本件金庫の下部分に収納されていたもの)の正面奥外側から採取された指紋三点が原告の指紋と一致することが判明した。本件金庫は村川鉄工買入当時中古品であつたが、同月二一日、同社事務員の筒井俊子から、同社において同年三月六日中古の本件金庫を購入した際汚れていたため、「私が金庫の外、そして内側もすべてふいた」旨、および右購入後本件金庫に接触した者は同女と村川社長の二名にすぎない旨の供述(もつとも、同女は、具体的に右指紋の遺留場所である本件金庫内小引出の正面奥外側の部分をふいた旨の供述をしているわけではない。)が得られたので、高田警察署司法警察員中村義富は、原告が本件窃盗の罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由があると判断し、同月二二日、参考人筒井の右供述を録取した供述調書、現場指紋等確認通知書等を資料として、葛城簡易裁判所に対し、本件窃盗被疑事実について原告を被疑者として逮捕状の請求をし、同日同裁判所から逮捕状の発付を受けた。
(三) 大阪府警察本部司法警察員岸本一昭は、同月二七日午前一一時三〇分、高田警察署の依頼により、原告をその勤務先である大洋物産において通常逮捕し、同日午後一時四〇分その身柄を同署に引致した(原告は、以後同年一二月二七日まで同署に留置されていたが、その間における取調等のための留置場からの出入状況は、別紙(三)のとおりである。)。なお、原告は、逮捕以前に本件窃盗被疑事実について取調べを受けていない。
2原告は、同日(二七日)、同署警察官大前巧の取調べに対し、本件窃盗被疑事実を全面的に否認し、当初奈良県に来たこともない旨供述していたが、のちに奈良県に二回来たことがあり、そのうち一回は「オンワード樫山」のグランドである旨供述した(なお、右「オンワード樫山」のグランドは本件犯行現場の通路をへだてた斜め向いにある。)。
原告は、翌二八日から二九日に送致、勾留請求されるまでの間、大前警察官の取調べに際し、同警察官から原告が本件窃盗に対する容疑で逮捕された理由が本件遺留指紋である旨を告げられたが、本件窃盗については身に覚えがないので本件金庫に原告の指紋が付着したとすれば、昭和五二年六月初めごろから昭和五三年一〇月末ごろまで大阪市南区東賑町二六番地の一島田ビル二〇一号、二〇二号所在の大同商事に勤務していた当時、同社の金庫二台を管理しており、そのうちの一台が本件窃盗の被害者の手に渡つたのではないかと考えた。そして原告は、右管理していた二台の金庫の形状、構造および大きさの他ダイヤル番号が、一方は「五五を右へ四回、一六を左へ三回、三九を右へ二回、そして左へ一杯転回」(ダイヤル番号(一)、なお、この番号が本件金庫のダイヤル番号である。)であり、他方は「九七を右へ四回、一五を左へ三回、四六を右へ二回、そして左へ一杯転回」(ダイヤル番号(二))であること、右二台の金庫のうち一台は昭和五三年八月か九月ごろどこかのバッタ屋に売られたが、他の一台は原告が同社を退職した直後に同社が倒産しているためどうなつているか不明であることを記憶していた。それで、原告が同月二八日大前警察官に、原告は以前大同商事に勤務していたことがありその際金庫を扱つていたが金庫一台を右の時期にバッタ屋に売却したことがあるから調べてくれと申立てたところから、同月二九日、①原告は、昭和五二年六月初めごろから昭和五三年一〇月末ごろまで大阪市南区東賑町二六番地の一島田ビル二〇二大同商事(代表取締役木村健太郎四二、三歳位、取締役木村治男四二、五歳位神戸市西宮電話〇七九八―三三―六一六一番)で勤務していた際金庫を管理していた旨、②その金庫のダイヤル番号はダイヤル番号(二)である旨、③その金庫は同社の倒産に伴ない、同年八月か九月ごろどこかのバッタ屋に売られた旨の供述調書(昭和五四年一一月二九日付、甲第三六号証)が作成された。なお、原告は、右二台の金庫のうちのいずれが被害者の手に渡つた金庫であるのか分からなかつたため、大前警察官にはダイヤル番号(二)の金庫についてのみ供述し、それが供述調書にとられた。
また、本件犯行当日のアリバイに関し、原告は、当日は昼は会社に出勤しており、夜は母親が営んでいる居酒屋の手伝いをしていたかそれとも女友達と逢つていた旨の供述調書(昭和五四年一一月二八日付〔甲第三三号証〕および同月二九日付〔甲第三六号証〕が作成された。
3大前ら同署の本件事件担当警察官らは、原告の弁解にかんがみ、本件金庫の入手経路についての裏付の捜査に乗り出したが、以上の取調べの結果、右裏付捜査の結果を待つまでもなく、筒井の供述から右弁解を信用できないものと認め、さらに前記アリバイの主張も明確でないと認め、原告が本件窃盗被疑事実を犯したことを疑うに足りる相当な理由があり、原告を留置する必要があるものと判断して原告の身柄の拘束を継続し、昭和五四年一一月二九日午前九時三〇分原告を葛城区検察庁検察官に送致する手続をとり、同検察官は同日午前一〇時右の送致を受けた。
4葛城区検察庁検察官大村須賀男は、高田警察署から送付された原告の遺留指紋についての捜査報告書、現場指紋等確認通知書、筒井の供述調書、右弁解に関する原告の供述調書および司法警察員作成の取調状況捜査報告書等の捜査資料を基礎にし、原告の弁解を録取したうえ、原告を留置する理由と必要があると判断し、同日、葛城簡易裁判所に勾留の請求をし、即日勾留状(勾留場所・高田警察署代用監獄)の発付を得て同日午前一一時五五分これを執行した。
5その後の捜査の進展状況
(一) 原告は、勾留をされたのちも高田警察署において大前警察官らの取調べを受けていたが、同月三〇日、これまでの自己の弁解に捜査官が納得しようとはせず、かえつて「いつまで黙つていても指紋だけで起訴できる。何日間でも勾留する事ができる。うちでは一二〇日間も勾留できる。傷害の前科で執行猶予中の身であつても自白すれば執行猶予の可能性もあるし、保釈もきく」などと言われて、一旦は抽象的ではあるが、本件被疑事実を認めたため、同日付で簡単な自白を記載した供述調書(甲第三四号証)が作成された。しかし、原告は、右自白してすぐに入浴したのち再度否認するに至つた。
他方、本件金庫の入手経路についての前記裏付捜査の結果、同日(三〇日)、次のような売却経路、すなわち、本件金庫は、昭和五三年二月一七日訴外中田勝から古物商訴外中西久栄に売却され、即日中西から古物商訴外寺口貞男に売却され、昭和五四年三月六日寺口から村川鉄工に売却されていることが判明した(なお、右中田の入手先については判然とせず、それ以上の入手経路については捜査が打切られた。)大前警察官らは、右捜査結果を本件金庫についての原告の前記弁解内容と対比するとその売却時期が異なるところから、原告の弁解はいよいよ信用できないと判断するに至つた。
(二) 原告は、同年一二月一日の午前中も否認を続けていたが、大前警察官らが自己の弁解を聞こうとせず、本件遺留指紋の点について「金庫が飛んでくるのか、お前の指が飛んできて指紋がつくのか」、「起訴になつたら保釈がきくやないか」などといわれ、同日午後になつて再度本件窃盗を認めるに至つた。
しかしながら、原告は、実際には本件窃盗を行つていなかつたので、同日から同月三日までの取調べに対して、犯行状況について具体的な説明ができず、抽象的な説明に終始していたし、犯行現場の位置関係についての図面を書けず、書いても客観的な証拠と符合せず、時折自分には分からない、自分はもしかしたら夢遊病者でないのだろうかと自己の犯行を否認する趣旨の供述をもした。そこで、大前警察官らは原告に対し、明からさまに自己の言うとおりの供述をそのまま言わせるという方法は採らなかつたものの、手持ちの実況見分調書等の客観的な証拠資料に基づき、犯行状況や犯行場所についてヒントを与え、客観的な証拠資料と符合しない原告の供述を幾度となく訂正させるなどの方法によつて、原告を取調べた。
その結果、一二月四日付で、本件犯行についての具体的な自白を記載した供述調書(甲第三五号証)が作成された(なお、原告が高田警察署に引致されてのち同日前に作成された供述調書は、以上のとおり、一一月二八日付〔否認〕、同月二九日付〔否認〕同月三〇日付〔簡単な自白〕の三通だけである。)。右一二月四日付供述調書の記載によると、原告は、大阪の難波付近で初めて会つた氏名不詳の二名の者に誘われ、好奇心から窃盗をする気になり、車で本件犯行現場に行き本件窃盗を行つた、主犯は右氏名不詳の二名の共犯者達であつて、原告は主として見張りを担当していたため、侵入口の窓の開け方とか本件の被害品である本件金庫や自動販売機を壊し被害金を窃取した具体的な状況については分からないとされ、また、本件遺留指紋の付着した状況については「私が金庫をさわつたのはその後で、もしかして、まだ現在が入つているかも知れないと思つたからです、さわつたところは、金庫内の棚や、引出しそれに表面ですが、この時、私は、軍手をはいていたと思いますが、もしかして、ねいでいたかもわかりませんので、私の指紋が残つているとしたら、この金庫の表面はもちろん、金庫内の棚や引出し、それに机の引出しにそれぞれ残つていて、当然だと思います、」とされている。
その後、同月五日付で、本件犯行現場に三名の足跡が残されていることが判明したという趣旨の捜査報告書が作成せられた。
(三) 葛城区検察庁の本件事件の担当検察官北原秀雄は、同月六日、原告を取調べた。同検察官は、右取調べに当つて、警察のこれまでの捜査や原告の警察官に対する右自白の内容や自白がされた経緯等について特段の疑問をいだかなかつたし、原告もまた警察官に対するものとおおむね同様の自白をした。北原検察官は、右自白のうち、共犯者に関する部分については信用しがたいところもあるが、それは原告が共犯者をかばつているためであろうと判断し、それ以上の追及をしなかつた。そして、北原検察官は、警察から口頭ではあつたが、本件遺留指紋の付着状況は鮮明であつた旨の報告を受けていたことに加え、原告が前記のごとく警察、検察庁を通じて自白していること等の理由から、原告が本件窃盗事件の犯人であるとの確信を持つたが、これまで被害付捜査をしていなかつたことから慎重を期するために、大前警察官に対し、原告自身に犯行現場まで案内させるという被害付捜査を指したが、それ以外の補充捜査はしなかつた。
大前警察官は、右の指示を受けて、翌七日被害付捜査をしたところ、原告は、本件犯行現場が以前に来たことのある「オンワード樫山」のグランドのすぐ近くであると教えられていたので、誤りなく本件犯行現場まで大前を案内した。
6北原検察官は、以上のような捜査の結果から、第一に、本件金庫内小引出しから原告の指紋が極めて鮮明に顕出され、しかも警察の担当者の報告では、このような鮮明な指紋は近い時期に付着したものであること(ただし、具体的な時期についての鑑定書は作られていない。)、さらに、本件金庫の棚からも原告のものである可能性の強いホコリ指紋が顕出されたこと、本件遺留指紋について本件金庫の内、外側をすべてふいた旨の前記筒井の供述調書があること、第二に、原告が本件犯行を自供したこと、自供では共犯者があいまいであるなど不自然な点もあるがこれは前記のとおり原告が共犯者をかばつているためであると推測でき、動機についても好奇心ということで一応説明がつくこと、第三に、被害付捜査で原告が本件犯行現場へ誤りなく案内できたこと、以上第一ないし第三の諸事情を総合すれば、結局、原告が本件窃盗事件の犯人であることは間違いなく、当初の原告の弁解については本件金庫の入手経路がすべて明らかになつたとはいえないが、前記諸事情に照らせば否認のための弁解にすぎず、採るに足りないものと考え、これまでの手持ち証拠によつて有罪判決を得る可能性が十分にあるものと判断し、同年一二月八日原告を本件窃盗公訴事実により勾留のまま葛城簡易裁判所に起訴した。
7(一) しかし、原告は、無実の罪を帰せられるのは納得できず、翌九日から再び本件窃盗について否認をはじめ、当日は、仕事を終えてから自宅で女友達である伊坂久恵と一緒にいたのち、母親の経営する居酒屋で同級生の訴外安田世雄や訴外金村国博と飲酒していたなどとアリバイの主張をしたため、大前警察官らは、同月一〇日、一二日の両日にわたり、右裏付けのため、右伊坂等関係者を取調べたところ、右アリバイを裏付ける事実は出てこなかつた。その後も原告は否認を続け、毎日のように取調べを受けた。
(二) ところが、同月中ごろになつて、本件窃盗の真犯人である浅海勲が別件の窃盗事件で逮捕され、同月二九日滋賀県草津警察署司法警察員に対し、昭和五五年一月二五日葛城区検察庁検察官に対し、それぞれ本件窃盗事実を自白した。そして、原告は、昭和五四年一二月二九日、保釈許可決定を受け、同日釈放された。
(三) 高田警察署警察官は、本件起訴後である昭和五五年一月一一日ごろ、本件金庫の製造元である訴外日本金銭機械株式会社に本件金庫の製造番号を述べてその販売先につき捜査したところ、同訴外会社は昭和五〇年一〇月一日本件金庫を大阪市阿倍野区の日米大阪金庫店に売却していることが判明し、また、右警察官が同店においてその販売先につき捜査したところ、同店は同日本件金庫を訴外大同商事に売却していることが判明し、さらに、右警察官が右大同商事が事務所として賃借していたビルの賃貸人に原告について尋ねたところ、原告が同社で稼働し、本件金庫の管理をしていたことが判明し、原告の本件遺留指紋についての前記弁解にそう事実が明らかとなつた。
そして、同年一月一〇日、原告の母親徐は、警察の取調べに対して、犯行当時、原告は氏名不詳の友人と一緒に同女の居酒屋の手伝いに来ていた旨の供述をした。
また、同年二月二日、原告、その母親徐および弁護人の訴外中川清孝が前記村川に会つた際、原告らは、本件窃盗の真犯人である右浅海の出現を知るとともに、原告が覚えていた前記ダイヤル番号(一)を言つたところ、不明の最後の番号を除き本件金庫のダイヤル番号と一致することが判明した。
(四) その後、葛城区検察庁検察官大村須賀男は、同年二月一三日の第一回公判期日、同年三月一九日の第二回公判期日を通じて本件公訴を維持したが、論告では、有罪判決を求めず、然るべき判決を求める旨述べて事実上無罪の論告をし、葛城簡易裁判所は、同年四月二日、本件窃盗被告事件につき原告に対し、本件窃盗公訴事実を認めるに足りる証拠がないとして無罪の判決を言い渡し、同判決は同月一七日確定した。
以上の事実が認められ、右認定に反する証人北原秀雄(一部)および同大前巧(一部)の各証言ならびに原告本人尋問の結果(一部)は採用することができず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。
二 本件捜査および公訴の提起、維持等の違法性ならびに過失について
1原告に対する逮捕、勾留、取調べ等の捜査や公訴の提起、維持等の行為が国家賠償法一条にいう国(検察官の場合)または地方公共団体(警察官の場合)の「公権力の行使」に当たる行為であることはいうまでもない。
ところで、これらの捜査権や公訴権の行使が右法案にいう「違法に」なされたというためには、これらの公権力行使が客観的にみて法の許容する限界を超えてされたものと認められることを要し、これらの公権力の行使は多くの場合法令によつて規制されているが、その違法性の有無を判断するについては、狭義の法規違反のみに限るべきでなく、基本的人権の尊重、権利濫用の禁止、公共の福祉の維持、公序良俗、信義則、条理などの法運用の一般原則をもとり入れて判断の基準とすべきことはいうまでもない。そして、警察官または検察官の公権力行使が右の意味において違法であると認められるときは、公務員の主観的側面からこれをみれば、法の許容する限界を超えて権力を行使してはならないという職務上の注意義務違反を伴うことが通常であると考えられるから、少なくとも当該公務員の過失の存在を推定しうるものと考えられる。
そこで、以下叙上の見地に立つて、本件において警察官および検察官が原告に対してした前記のような公権力の行使について、違法性および過失の有無を検討する。
2 警察官の行為
(一)逮捕について
本件窃盗事件が発生し、原告が本件窃盗被疑事実に対する容疑にて逮捕されその身柄の引渡しを受けるまでの間に高田警察署中村警察官らのとつた措置は前記一の1に認定したとおりである。
ところで、警察官の逮捕状請求または逮捕の違法性の有無の判断については、結果的に当該事件が刑事裁判で無罪に確定したからといつて、直ちに逮捕状請求または逮捕が違法であつたということになるわけではないが、逮捕状請求または逮捕の時点を基準として、事後的に審査し、警察官が事案の性質上当然になすべき捜査を怠り証拠資料の収集が不十分となつたか、または証拠収集の資料は十分であつてもその評価を誤るなどして、経験則、論理則上とうてい首肯しえない程度に不合理な心証形成をなし、その結果客観的にみて被疑者が罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由がないことまたは身柄拘束の必要性のないことが明らかであるにもかかわらず行われた場合には、当該行為が違法であるとの評価を受けるものと解すべきである。
そこで、右の見地から本件を検討すると、前記認定事実によれば、右中村警察官が本件逮捕状を請求するに際して、本件窃盗被疑事実と原告との結びつきについて根拠とし、かつ証拠として提出した主なものは、本件金庫内小引出正面奥外側から採取された指紋三点が原告の指紋と一致する旨の現場指紋等確認通知書と本件金庫は村川鉄工が購入した際その内、外側がふきとられ、かつその後本件金庫に接触する可能性のある者は同社の事務員の筒井と同社社長の村川の両名に限られる旨の右筒井の供述調書の二つということができるが、前者によつて原告が本件金庫に接触したことが認められ、さらに後者によつて右接触時期が犯行当日であることが一応推認できるのであるから、原告には、本件窃盗被疑事実について罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由があるものと認められ、かつ、本件窃盗事件の態様からすると、中村警察官らが、逮捕状の発付を受けて原告を逮捕したことに違法な点を認めることができない。
(二)原告を釈放せず、身柄付のまま送致したことについて
(1) 原告の身柄の引渡を受けて葛城区検察庁検察官に送致するまでの間、高田警察署大前警察官らのとつた措置は前記一2、3に認定したとおりである。
(2) ところで、逮捕後送致までの身柄拘束の各時点を基準として、事後的に審査し、警察官が事案の性質上当然になすべき捜査を怠り証拠資料の収集が不十分となつたか、または証拠資料の収集は十分であつてもその評価を誤るなどして、経験則、論理則上とうてい首肯しえない程度に不合理な心証形成をし、その結果客観的にみて被疑者が罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由がないことまたは身柄拘束の必要性のないことが明らかであるにもかかわらず、身柄拘束が継続された場合には、爾後の身柄拘束は違法であるとの評価を受けるものと解すべきである。
(3) そこで、右の見地から本件を検討すると、前記認定事実によれば、大前警察官らが逮捕後原告を釈放することなく身柄拘束のまま検察官に送致をするについて本件窃盗被疑事実と原告との結びつきについて根拠とした主なものは、前記逮捕の場合と同様、原告の本件遺留指紋についての現場指紋等確認通知書と右筒井の供述調書の二つということができる。しかしながら、前記認定事実によると、原告は、本件逮捕当日から犯行を否認するとともに、その翌日には本件遺留指紋の点について弁解し、原告は従前の勤務先である大同商事において金庫の管理をしていたことがあり、右金庫が同社の倒産に伴ない処分されていて本件金庫と同一のものである可能性があるから調べてくれと申し出、あわせて右勤務先の住所、右金庫の形状およびダイヤル番号等について説明したのである。また、前記筒井の供述は、本件金庫の内、外側をふいたというにとどまり、本件遺留指紋の付着箇所である本件金庫内小引出正面奥外側の部分まで明確にふいたとされているわけではなく、それに、本件金庫の内、外側という場合には、その内、外側というのは、むしろ金庫内の小引出や棚を含まない、金庫本体部分のそれをいつていると理解されないでもなく、かつ、単に汚れていたためふいたというのであれば、通常外部からは目につかない右小引出正面奥外側の部分についてはふきとりをしていない可能性があることを考えあわせると、本件遺留指紋の存在があつても、その点についての前記原告の弁解の根拠いかんによつては、原告が本件金庫に接触した時期が本件犯行当日であるか否かについて合理的な疑いを生じる余地が出てくるのであり、それはひいては本件窃盗被疑事実と原告との結びつきにも影響するものである。したがつて、大前警察官らとしては、虚心に原告の弁解に耳を傾け、かつ可及的すみやかにその弁解についての裏付捜査をすべきものということができるが、本件において右警察官らが即座に右裏付捜査をしたことを認めるに足りる証拠はない。
とくに本件では、原告は事前の取調べを受けることなくいきなり逮捕され、身柄を拘束されてしまつて、原告自らがその弁解を証拠によつて証明することができないでいることが明らかであるから、このような場合は、捜査機関側においてその点について十分の配慮をすべきが当然である。ところで、本件は、結果として明らかになつたところによると、原告が以前の勤務先で扱つていた金庫が転々したあげく、本件被害者に買求められ、そこで金庫破りにあつたわけであるが、原告が勤務していたときに付着していた金庫の指紋をもとに原告が被疑者として特定され、逮捕、勾留されたものである。これらのことが明らかになつていない捜査段階では、中古の被害金庫が被疑者の以前の勤務先にあり、被疑者がそこで右被害金庫を扱つていたなどという可能性は万に一つでもありえない稀有の偶然と観念され、そのような可能性が軽視ないし否定されるおそれなしとしないが、右の被疑者の特定が本件のごとく被害金庫にだけ付着していた指紋のみによつて行われていることからすると、かつて被害金庫が存在した場所に勤務してこれに触れる機会があり、その指紋票が存在する者が被疑者として特定される危険性はむしろ高いものと考えられる。そうであるから、捜査機関が原告の弁解に関し右に述べたような稀有の偶然感をいだきこれに特段の注意を払わなかつたとすれば、それは誤りといわなければならない。原告は、逮捕の当初からこの関係について詳細かつ具体的に述べていたのであるから、捜査機関としては右の危険性に思いを致して虚心にその弁解に耳を傾け、かつ可及的すみやかにその点についての裏付捜査をすべきものといわなければならない。
(4) しかしながら他方、右警察官らとしては、逮捕から送致まで四八時間しか与えられていない(刑事訴訟法二〇三条)うえ、前認定の事実によると、本件においては、右警察官らが原告を取調べることができたのは、一一月二七日午後一時四〇分高田警察署に原告の引致を受けてから同月二九日午前九時三〇分検察庁の送致する手続をとるまでに限られていたと認められること、転々している可能性のある中古の金庫の流通経路を右の期間内に明らかにすることには相当の手数と時間を必要とすると思われること、原告は大同商事に言及してはいるが、その供述によると、大同商事の所在地は、高田警察署から離れた、管轄外の大阪市であり、それもすでに倒産しているというのであるから、この点の裏付捜査にも多少の手数と時間を必要とすると思われることからすると、大前警察官らが叙上の裏付捜査をすることなく身柄拘束のまま原告を送致したこともまたやむをえないところがあるといわざるをえない。
それ故、警察官が原告を釈放せず、身柄拘束のまま送致したことを違法ということはできない。
(三)捜査について
(1) 当初否認していた原告が本件窃盗を自白するに至るまでの間に、大前警察官らの採つた措置およびその自白内容は、前記一5(一)、(二)に認定したとおりである。
(2) 思うに、被疑者の取調べの違法性の有無について、犯罪の嫌疑ある者に対して単にその供述の矛盾を追及し、証拠をつきつけ、または良心に訴える等の方法により、自白の説得、勧誘を行うこと自体は何ら違法ではなく、むしろ捜査の常道であるといえるが、強制、ごう問、脅迫その他供述の任意性について疑念をいだかせるような方法を用いたり、捜査官が期待し、または希望する供述を被疑者に示唆する等の方法によりみだりに供述を誘導し、供述の代償として利益を供与すべきことを約束し、その他供述の真実性を失わせるおそれのある方法を用いたりした場合、当該取調べは違法であるとの評価を受けるものというべきである。
そこで、この点についてみると、まず、右大前警察官らの原告に対する本件取調べに際しての言動のうち、「いつまで黙つていても指紋だけで起訴できる。何日間でも勾留する事ができる。うちでは一二〇日間も勾留したことがある。金庫が飛んでくるのか。お前の指が飛んできて指紋がつくのか。」という部分は、若干威圧的で妥当性を欠く嫌いはあるが、強制、ごう問、脅迫等供述の任意性について疑念をいだかせる程度のものであるとはいえず、したがつてそれ自体を違法と評価することはできない。つぎに、右のうち「自白すれば執行猶予の可能性がある。保釈もきく。」という部分についても、甘言で誘うかのようであり、妥当性を欠く嫌いはあるが、それ自体は原告の身柄や刑事裁判の結果に対する見通しにすぎず、供述の代償として利益を供与すべきことを約束したとまでいえず、したがつてそれ自体を違法と評価することはできない。
(3) しかしながら、捜査官が被疑者に、正当な理由もないのに捜査官が期待し、または希望する供述を誘導し、その結果虚偽の供述を誘発せしめることは違法であるというべきである。すなわち、犯罪の嫌疑ある被疑者について客観的に裏付けられた証拠に基づき、例えば被疑者の記憶を喚起するためにある程度の誘導をすること等は必ずしも許されないわけではないが、犯罪の嫌疑となる理由となつた証拠につき被疑者が合理的な弁解をし、その結果当該犯罪の嫌疑について合理的な疑いの余地が生じた場合になお、右弁解の裏付捜査をしたうえその結果にもとづいて被疑者の供述の矛盾を追及するという方法によらず、従来の証拠に基づきいたずらに被疑者から自白を引き出そうとして誘導することは許されるべきではなく、違法と評価すべきである。
そこで、右の見地から本件原告の虚偽の自白がなされた経緯をみると、前叙のとおり(前記二2(二)(3)参照)、原告は、身柄拘束の当初被疑事実を否認するとともに前記のように本件遺留指紋についての具体的な弁解を行つており、また、これを筒井の供述内容と照らし合わせると、右弁解供述のされた時点においてすでに、本件遺留指紋の存在にかかわらず原告の本件窃盗被疑事実に対する嫌疑について合理的な疑いを生じる可能性が生じたといえるから、捜査官としては、虚心に原告の弁解に耳を傾け、かつ可及的すみやかにその弁解についての裏付捜査をすべきであつたということができる。
(4) しかしながら、前認定の事実によると(前記一5(一)参照)、右裏付捜査として行われたのは、被害者村川鉄工の前々主までで、その以前の経路については捜査が行われていない(なお、この裏付捜査の結果は一一月三〇日に判明している。)。中古金庫の流通は古物商等を経るものであるから、その流通経路を最終所持人から遡及していくことには困難を伴うことは見易いところであるが、そうであるだけに、裏付捜査の方法としては、本件においてのちに採られた方法である(前記一7(三)参照)、製品番号をもとにして製造元からの販売経路を探求するとの捜査方法とか、あるいは原告が覚えているダイヤル番号をもとに探求するとの捜査方法等をも併用すべきであつたのに、捜査官が当時このような方法で捜査をした形跡はない。
なお、ダイヤル番号に関して付言するに、原告が当時供述したダイヤル番号は、ダイヤル番号(二)であつて、本件金庫のダイヤル番号(ダイヤル番号(一)であつた。)と異なつていたことは、前認定のとおりである(前記一2参照)。したがつて、これからすると、ダイヤル番号を基にした裏付捜査は徒労に帰するかのようである。しかし、捜査機関が、当時おいて本件金庫のダイヤル番号を把握していた形跡はないが、当時にこれを把握したうえでこれを資料として原告のいうダイヤル番号が本件金庫のそれと一致しないとの指摘をすれば(なお、これらの把握や指摘は、捜査機関としては一挙手一投足の労にすぎないといえる。)、前叙のところからすると(前記一2参照)、原告は直ちにダイヤル番号(一)を述べることによつて、その弁解の正しさを証明できたと思われる。それ故、原告が供述したダイヤル番号が本件金庫のそれと異なつていたことは、捜査機関に右の方法による裏付捜査をする必要を生じさせないものではないのである。
(5) そして、原告が取調のために高田警察署留置場から出された日時は前記のとおりであり(別紙(三)参照)、これから推して原告が取調られた時間は相当長いと認められるが、一一月二七日の引致以後一二月四日までに作成された供述調書は、一一月二八日付(否認)、同月二九日付(否認)、同月三〇日(簡単な自白)、一二月四日(詳細な自白)の四通にすぎない。これらのことや前認定の事実、とくに右一二月四日付供述調書である前掲甲第三五号証の記載と実況見分調書(昭和五四年八月二二日付)である甲第九号証を対比すると、大前警察官らは否認している原告から自白をうるべく長時間の押し問答をくりかえし、その間には、本件遺留指紋を根拠にとし前記のように妥当性に欠ける威圧的や甘言的な方法を用いるなどして結局原告に本件窃盗を認めさせ、さらに具体的な犯行状況を供述させるために、実際に行つていないので迷いながらも抽象的かつ誤まつた説明しかできない原告に対し、客観的な証拠資料に基づきヒントを与え、幾度となく右資料と符合しない供述を訂正させ、取調べたことが認められるのであつて、このような捜査方法は、大前警察官らが本件遺留指紋等の証拠価値の評価を誤つて原告を犯人ときめつけるに急で、虚心にその弁解に耳を傾けないという態度の現われとみるほかなく、必要な裏付捜査をしていないことと合いまつて全体として違法であるとの評価を受けるべきである。
もつとも、前記認定事実によると(前記一5(一)参照)、高田警察署は、一応本件金庫の入手経路についての捜査を行い、本件金庫は、右村川鉄工が昭和五四年三月六日に前記寺口から、同人が昭和五三年二月一七日前記中西から、同人が同日に前記中田からそれぞれ入手した旨の司法警察員作成の捜査報告書が作成せられ、仮に右報告書の内容が真実であるとすれば、原告の弁解では金庫は昭和五三年八月か九月ごろに売られたとされているので、本件金庫と前記原告の弁解する金庫とは異なる可能性があり、その限りでは裏付捜査はすでにつくされているとみれないことはない。しかしながら、前記一7の認定事実によると、真犯人である訴外浅海が出現したのちの昭和五四年一二月下旬から昭和五五年一月上旬ごろまでの捜査によつて比較的容易に本件金庫の入手経路がすべて解明され、原告の従前管理していた金庫の一台と本件金庫が一致することが判明したことが明らかであり、また、前記甲第五三号証によると、右中田が右大同商事から本件金庫を入手した時期が昭和五三年一一月二九日であることが一応認められ、これによるとむしろ、原告の弁解においていわれた時期が正しく右報告書において報告されている時期が誤まりであるとの可能性が生じるのであるし、そもそも金庫の入手時期について原告および関係者の不確実な記憶に基づく供述に依存して、わずか数か月の時期のずれがあることを理由に本件金庫の入手経路の捜査を途中で打切ること自体が問題であつて、これをもつて高田警察署の裏付捜査が十分にされたとはいいがたいのである。
3 検察官の行為
(一)勾留請求について
本件において、葛城区検察庁検察官大村須賀男が原告の勾留請求をなすに至つた経過は、前記一1ないし4に認定したとおりである。
ところで、検察官の勾留請求についても前記逮捕の場合と同様、勾留請求の時点を基準として、事後的に審査し、検察官が事案の性質上当然になすべき捜査を怠り証拠資料の収集が不十分となつたか、または証拠資料の収集は十分であつてもその評価を誤るなどして、経験則上とうてい首肯しえない程度に不合理な心証形成をなし、その結果客観的にみて被疑者が罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由がないことまたは身柄拘束の必要性のないことが明らかであるにもかかわらず行われた場合には、当該行為が違法であるとの評価を受けるものと解すべきである。
そこで、右の見地から本件を検討すると、前記認定事実によれば、前記2(一)記載と同一の理由により、本件勾留請求の時点においても原告が本件窃盗事件を犯したことを疑うに足りる相当な理由が存在したものと認められるところ、前記認定事実によると、原告は昭和五四年一一月二七日に逮捕され同月二九日に勾留請求を受けるまでの間本件被疑事実を否認していたことに加え、当時原告は傷害罪により懲役刑の宣告を受けて執行猶予中であつたものであるから(この事実は原告本人尋問の結果によつて認めることができる。)、検察官においてさらに留置の必要があるものと認め、原告につき勾留請求をなしたことには違法の点はないものというべきである。
もつとも、前記認定事実によると、原告は、逮捕されて検察官に送致されるまでの間、本件金庫に付着していた原告の指紋につき前記のとおりの弁解をしており、筒井の供述調書との対比のうえからも、捜査官としては、前記二2(二)(3)に述べたとおり、この点の裏付捜査をすべきものであつて、このことは検察官にも妥当することはいうまでもない。しかし、検察官はこの点についての裏付捜査をしないで勾留請求をしたものであるが、検察官は司法警察員から被疑者の送致を受けてから二四時間以内に裁判官にその勾留を請求しなければならない(刑事訴訟法二〇五条)から、前記二2(二)(4)で述べたところはここでも妥当するといわざるをえない。
それゆえ、検察官が勾留を請求したことを違法ということはできない。
(二)原告を釈放せず勾留を維持したことについて
本件において原告が昭和五四年一一月二九日勾留され、同年一二月八日勾留のまま窃盗罪で起訴され、同月二九日保釈許可決定を受け、同日釈放され、昭和五五年四月二日無罪の判決は受けたことは、前認定のとおりである。
右二3(一)に述べたとおり、本件において検察官のした勾留請求自体を違法とすることはできないが、それは、検察官としても必要な裏付捜査をなすべきものの、検察官が原告の送致を受けて勾留請求をするまでの二四時間以内にこれを遂げることは困難であるから、この点の捜査をしないで勾留請求をしたことを違法ということはできないというにすぎないから、右の捜査を遂げるに必要な時期を過ぎたのちにまで身柄拘束を継続することは違法であると評すべきである。そして、前認定の事実に照らすと、検察官において虚心に原告の弁解に耳を傾け、かつ可及的すみやかにその弁解の裏付捜査として製品番号をもとにして製造元からの販売経路を探究するとの捜査方法とか、あるいは原告が覚えているダイヤル番号をもとに探究するとの捜査方法等をも併用するなどの的確な捜査をし、あるいは警察官にその指示をしてその点の捜査をさせておれば、おそくとも昭和五四年一二月一日までには必要な裏付捜査が完了し、原告の弁解の正当性が裏付けられ、原告の本件窃盗被疑事実に対する嫌疑は払拭されたはずであると認められるが、検察官は結局この点について自らなんらの捜査をせず、あるいは警察官にその指示をせず身柄拘束のまま同月八日の起訴にまで持ち込んだのであるから、検察官が右一二月一日以降に原告の釈放指揮をせず、原告の拘束を継続したことは実質的にみて原告に対する違法な公権力の行使であるといわなければならず、かつ、この点に関し、検察官は過失の責任を免れないというべきである。
もつとも、前認定の事実によると(前記一5参照)、勾留後の取調べは、当初は警察が行つていて、同年一一月三〇日簡単な自白調書が作成され、同年一二月四日詳細な自白調書が作成され、同月六日に始めて検察官による取調べが行われて、同日付けでその供述調書(自白)が作成されたものである。このことからすると、検察官が原告を釈放しなかつたことにはやむをえないところがあるとみえないこともないが、右の自白調書はむしろ警察における違法と評価を受ける捜査の過程における前記のような取調べの結果作成されたものであることに思いを致すときは、検察官が直接その取調べに関与していないにしても、これを理由として、検察官が原告の釈放指揮をしなかつたことの正当づけをするのは公正とはいいがたい。むしろ、当面における捜査の責任者であり、被疑者の身柄拘束を継続するか否かに関する判断責任者である検察官は、その与えられた任務の重要性と権限からして高度の注意義務を負つているのであつて、すべからく細心の注意をもつて捜査記録に当たり、虚心に被疑者の弁解をきくなどし、かつ必要な捜査をすべきものである。本件には、検察官が事件の送致を受けた段階ですでに前記二2(二)(3)に指摘した問題点があつたといえるから、検察官がその時点でこれらの問題点を取上げ、直ちに叙上のごとき裏付捜査に着手しておれば、被疑者が虚偽の自白をするような破目におちいらずにすんだといえるのである。したがつて、のちに原告が自白したなどという叙上の点も、一二月一日以降の身柄の拘束が実質的に違法であるとの叙上評価を左右するに足りるものではない。
(三)公訴提起について
(1) 原告が検察官に送致され、勾留されたのちにおける捜査の経過および北原検察官が原告を本件窃盗の犯人であると判断し、有罪判決を得る可能性があるとの判断のもとに、公訴を提起した経緯は、前記一3ないし6に認定したとおりである。
(2) ところで、検察官の公訴提起の違法性の有無の判断については、結果的に当該事件が刑事裁判で無罪に確定したからといつて、直ちに公訴提起が違法であつたということになるわけではないが、公訴提起の時点を基準として、事後的に審査し、検察官が事案の性質上当然なすべき捜査を怠り証拠資料の収集が不十分となつたか、または証拠資料の収集は十分であつてもその評価を誤るなどして、経験則、論理則上とうてい首肯しえない程度に不合理な心証形成をなし、その結果客観的にみて有罪判決を得られる見込みが十分でないにもかかわらず公訴提起した場合には、当該行為が違法であるとの評価を受けるものと解すべきである。
そこで、右の見地から本件を検討すると、前記認定事実によれば、本件窃盗事件の捜査においては、前記村川鉄工が本件窃盗の被害にあつたこと自体には格別の疑問がなく、問題は原告が犯人であるか否かの点、すなわち罪体と被疑者との結びつきの存否にあり、この点が捜査の最大の焦点であつた。そして、右の点については、警察の捜査がほぼ終了した段階の捜査結果によると、犯行の直接の目撃者は現われず、結局、原告が犯人であることを証明する証拠は、前記のような本件遺留指紋という物的証拠と原告の前記自白調書の二つ以外にはない。そして、本件遺留指紋という物的証拠の存在自体については格別疑問はないものの、原告は前述したように本件遺留指紋という物的証拠についてその身柄を拘束された当初、大同商事勤務当時に管理していた金庫と本件金庫とが同一であるため原告の指紋が本件金庫内小引出に付着した可能性がある趣旨の弁解をしていたのであり、仮に右弁解どおりであるとすれば遺留指紋付着時期が犯行当日より前になるから、本件遺留指紋という物的証拠から犯行当日原告が本件金庫に接触したことを推認することはできず、結局、原告と本件窃盗とを結びつける物的証拠はなくなるのである。そこで、その後の捜査の過程で、原告が右弁解をやめ、自白をしていく経緯やなされた自白内容の点からみて、右弁解が全く理由のないものでいわゆる否認のための弁解にすぎなく自白こそが真実であるとみるべきか、それとも右弁解を否定することができず、むしろ自白内容にこそ疑いがあるとみるべきかということで、結局、右弁解との対比で原告の自白の信憑性の有無こそが原告が犯人であるか否かを判断するについての最大の決め手となるのである。
(3) そこで、まず、原告の右弁解がいわゆる否認のための弁解にすぎず全く信用できないものであつたか否かを弁解内容自体に矛盾や不明確な点がないかどうか、他の証拠との整合性の有無を吟味し、さらには弁解態度にあいまいさや不自然さがないか等に着眼して検討すると、①その弁解内容は、金庫を管理せられていた会社の名称、住所、代表者の氏名、役員の氏名および電話番号から金庫の形状、大きさおよびダイヤル番号に至るまで詳細かつ具体的であり、また右弁解どおりの事実が出てくれば本件遺留指紋の付着時間が犯行当日より前になるので原告の本件窃盗に対する嫌疑が解けるという意味で合理的といえる。②他の証拠との関係では、第一に、前記筒井の司法警察員に対する供述調書(昭和五四年一一月二四日付、甲第八号証)があるが、前述したように、その内容は、本件金庫の内、外側をふいたというにとどまり、そこから直ちに本件遺留指紋の付着箇所である本件金庫内小引出正面奥外側の部分がふかれたとみるには飛躍があるから、右供述調書の存在を前提としても、原告の本件遺留指紋の付着時期が犯行当日より前である可能性が残るのであつて、右供述調書は原告の右弁解と矛盾牴触するものではない。他の証拠としては、第二に、本件金庫の入手経路についての司法警察員作成の捜査報告書(昭和五四年一一月三〇日付、乙第二号証)等があるので、これとの関係についてみるに、右捜査報告書等の内容によると、本件金庫について前記村川鉄工の前主の入手時期が昭和五三年二月一七日であるのに対し、原告の弁解においては、原告が管理していた金庫の売却時期は昭和五三年八月か九月ごろというのであるから、両金庫がその入手時期において異なることになるが、前述したように、右にいう金庫の入手時期や売却時期は原告および関係者の記憶に基づく供述にのみ依存していて、この種の記憶が不確実であることはありうることであり、かつ右時期のずれはわずか数か月にすぎないのであるから、右捜査報告書等が直ちに原告の右弁解の信用性に影響を及ぼすものではないといわねばならない。③もつとも、原告は当初は右弁解をしていたものの、のちに自白してから本件公訴提起に至るまで右弁解をくり返えし主張していないことが認められるが、右自白のなされた経緯が自然で無理がなく、その内容も矛盾や不明確な点がないなど十分に右自白が信用のおけるものであれば格別、後述するように右自白はその経緯や内容に幾多の疑問があるものであり、そもそも自白することによつて従前の否認やそのための弁解を止めることについては、真実を供述するということのほか、捜査官による誤つた誘導等種々の原因がありうることを考慮すると、単に原告が弁解を止めて自白をしたということ自体から直ちに原告の右弁解が信用できないものと決めつけることはできないといわねばならない。
右①ないし③に述べたところからすると、原告の右弁解が全く信用できないと判断することは誤りであつて、その信用性を吟味するためには、さらに、例えば、前記筒井に対する本件遺留指紋付着筒所をふいたかどうかという点についての取調べや原告が従前右大同商事において金庫を管理したことがあるか、あるとすればその金庫の形状、大きさおよびダイヤル番号等が本件金庫のものと一致するかどうか、本件金庫の入手経路のどこかに右大同商事が現われる可能性がある等についての裏付捜査を行なうべき必要性があるというべきである。
(4) 次に原告の右自白の信憑性の有無について、自白がなされた経緯に関し供述態度にあいまいさや不自然なところはないか、自白内容自体に矛盾や不明確な点はないかどうか等に着眼して検討すると、①自白の経緯については検察官が直接担当したわけではないが、<証拠>によると、原告が右自白に至るまでの取調べ状況について司法警察員作成の取調状況捜査報告書が作成せられ、その内容によれば、昭和五四年一一月三〇日に一旦は自白したもののすぐに否認し、翌日の一二月一日に再度自白を開始しても二、三日にわたつて犯行状況や現場の位置関係について覚えがなく、具体的に説明することも図面を書くこともできず、仮にできたとしても客観的な捜査資料と符合せず、原告自身自分が夢遊病者でないかと述べていることが明らかであり、また、警察の取調担当官が必要な裏付捜査をしたうえでその結果を原告に示すなどして供述を求めているわけでもないことも明らかであるから、これらのことからすると、原告の右自白がなされるに至るまでの原告の供述態度にはあいまいさや不自然さがあるといえるし、原告に対して自白の誘導が行われたことすらも容易に推測できるというべきである。②自白の内容自体については、第一に共犯者二名の者が犯行以前に原告とは全く面識がなく氏名不詳であつて、しかも原告は主として見張りを担当していたため、侵入口の窓の開け方とか本件被害にあつた本件金庫や自動販売機を壊し被害金を窃取した具体的な状況については分からないとされ、本件窃盗の重要構成部分が共犯者の行為とされ、かつ原告がそれを見てもいないとされている、第二に軍手をつけていたのに、最も指紋がつかないように注意すべき本件金庫に手を接するに際して軍手を脱いだとされ、しかも本件遺留指紋の付着状況については「もしかして軍手をぬいでいたかもわかりません云々」という極めて抽象的かつあいまいな供述しかとられていない、第三に犯行の動機について好奇心ということでかたづけられている等の諸点に及ぶ不自然かつ不明確なものになつている。
右①、②に述べたところからすると、原告の自白は、そのなされた経緯およびその内容自体いずれの点からみても信憑性に疑問をもつべき徴表があるといわねばならない。
(5) このように、本件警察の捜査がほぼ終了した段階の捜査結果をみると、原告が犯人であることを証明する証拠というべき本件遺留指紋と原告の自白のうち、本件遺留指紋についてはそれに対する原告の前記弁解が信用できないわけではなく、原告の自白についても信憑性に疑問をいだいてしかるべきものといわねばならない。したがつて、検察官としては、一方で、本件警察の捜査結果に基づき、警察がこれまで収集した証拠特に本件遺留指紋、それに対する原告の弁解、原告の自白等に対して右のようにこれを慎重かつ適正に評価すべきであるとともに、他方で、本件捜査の根本的な見直しをも検討したうえで本件事案の真相を明らかにするために、再度原告の本件遺留指紋についての前記弁解を虚心に聴取し、原告の管理していた金庫の個数、形状、大きさおよびダイヤル番号、金庫の売却先やその時期等について具体的かつ詳細に供述させ、前記に述べたようにそれについての裏付捜査を自らまたは警察に対する指示によつて行い、かつ自ら原告を取調べるに際し、原告の供述の変遷の理由を含め警察の取調状況や前記のような自白内容についての不自然かつ不明確な点をも聴取すべきであつたといわねばならない。そして右のような補充捜査を行えば、右筒井が本件金庫内小引出正面奥外側の部分までふいていないこと、本件金庫の入手経路の解明等により原告の管理していた金庫と本件金庫とが一致すること、原告が偽りの自白をしてしまつたこと等が判明したはずであり、原告の本件窃盗に対する嫌疑は全く払拭されるはずであつた。
しかしながら、北原検察官は、原告の右自白について共犯の点について、若干疑問は持つたもののそれは原告が共犯者をかばうためであると判断し、その信憑性に根本的な疑問を投げかけることなく、自ら取調べを行い、警察のものと同様の内容の自白を得、原告の本件遺留指紋についての右弁解に関する裏付捜査を行わず、単に被害付捜査を行ない、その結果をまつて本件公訴を提起したのである。ところで、北原検察官がこれまでの手持ち証拠によつて有罪判決を得る可能性が十分にあるものと判断した理由は、前認定のとおり、第一に本件遺留指紋が極めて鮮明に顕出され、警察の担当者の報告では、このような鮮明な指紋は近い時期に付着したものであること、さらに本件金庫の棚からも原告のものである可能性の強いホコリ指紋が顕出されたこと、本件金庫の内、外側をすべてふいた旨の右訴外筒井の供述があること、第二に原告が本件犯行を自供したこと、第三に被害付捜査で原告が本件犯行現場へ誤りなく案内できたことの諸事情と、そして原告の本件遺留指紋についての右弁解については否認のための弁解にすぎないと考えたことによる。しかし、前述したように、右筒井が具体的に本件遺留指紋付着箇所をふいたと供述していない以上、原告の本件遺留指紋についての右弁解の信用性は失われず、そして右弁解が存する以上、本件遺留指紋の存在から直ちに原告を本件窃盗犯人であると推認することは合理性に欠けるともいえる。他方で、原告の自白についても信憑性に問題があるからそれを根拠とすることも合理性に欠ける。また、本件遺留指紋の付着時期について鮮明さからいつて近い時期と判断したことについては、証拠を全く無視した、合理性に欠けるものといわざるをえない。ホコリ指紋の点についてもそれ自体に証拠価値があるといえるか疑問であるし、仮に証拠価値が認められたとしても本件遺留指紋と同様に原告の右弁解の信用性にかかるといえるので本件遺留指紋の存在以上のものとはなりえないのである。被害付捜査の結果については原告は本件犯行現場のすぐ近くにある「オンワード樫山」のグランドに来たことがあり、その旨の供述証拠も存するから、それ程重視すべきではないとの批判が妥当する。
以上のとおり、検察官が原告について公訴を提起するまでに現に収集されていた全証拠および検察官が職務上の注意義務を尽くせば当然証拠として収集しえたものと認められるすべての資料を総合して判断すれば、証拠の評価について通常考えられる個人差を考慮にいれてもなお、原告が本件窃盗事件の犯人であると認めるには証拠上顕著な疑いがあつたというべきである。当時収集された証拠関係のもとでこれをみても、原告の本件遺留指紋についての前記弁解の信憑性を慎重に吟味したうえでこれと比較対照し、なされた経緯や内容自体を十分に吟味すれば、原告の自白の信憑性に合理的な疑いをさしはさむ余地が十分にあつたのである。にもかかわらず、検察官は、原告の右弁解を単なる弁解のための弁解にすぎないものと速断してその信憑性を吟味せず、慎重な証拠評価を怠つた結果、原告の自白に十分の信憑性があり、本件遺留指紋が犯行以前に付着した可能性はないと判断し、したがつてまた、原告について有罪判決を得る見込みがあると判断し、公訴を提起したものである。このような検察官の判断は論理則、経験則に照らしとうてい合理性を肯定することが困難であるというべきであり、したがつて、右公訴の提起は原告に対する違法な公権力の行使であつたというべきであり、かつ、この点に関し、検察官は過失の責任を免れないものといわねばならない。
三 被告らの責任
以上のとおりであるから、その余の点について判断するまでもなく、被告らは、それぞれ国家賠償法一条一項の規定に基づき、被告国については検察官の、被告奈良県については警察官の右各違法な公権力の行使によつて原告が被つた後記損害を賠償すべき義務があるというべきである。なお、起訴するか否かは検察官が警察官の捜査結果と自ら行つた捜査結果を合わせて検討したうえ独自の立場で決定すべきことで、警察官がこれに関与しうるものではないが、北原検察官が起訴の判断をした理由の一つに原告が自白したことがあげられていることは前叙のとおりであり、この原告の自白の存在が起訴の判断における決定的な要因をなしていることは見易いところである。そして、原告の自白調書は、警察官に対するものと検察官に対するものがあるが、前者は違法と評価される捜査の過程における前記のような取調べの結果得られたものであり、後者もひつきよう右の取調べの結果によるものというべきであるから、警察官の違法行為と起訴による損害との間には相当因果関係があるとみるべきである。そして被告国の一連の身柄拘束、公訴提起の不法行為と被告奈良県の捜査の不法行為とは牽連関係があり、かつ集積して原告の後記損害を生ぜしめたものというべきであるから、両者の間には、客観的な共同関連性があり共同不法行為になるものというべきである。したがつて、結局、被告らは、原告の被つた後記損害のうち共通部分を連帯して賠償すべき義務があるものというべきである。
四 損害
被告らの前記一連の不法行為によつて被つた原告の損害につき検討する。
1 財産的損害
(一) 休業損害 被告国については九五万円、被告奈良県については九一万六一二九万円
<証拠>を総合すると、次の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。
原告は、本件窃盗事件当時、前記大洋物産に勤務し月給一五万円を支給されていたが、本件逮捕された翌日の昭和五四年一一月二八日から勤務は欠勤扱いとなり、その後同月二九日、本件送致、勾留請求を受けて勾留され、同年一二月二九日、保釈により釈放されたが、本件窃盗犯人として公訴追行されていることによつて右職場に復帰できず、昭和五五年四月二日無罪判決を受けたものの無実だつたことが世間に周知され、再び就職ができたのは同年の一一月になつてからである。また、原告は、昭和五四年一二月末まで右訴外大洋物産に勤務していれば年末賞与として二〇万円支給される予定であつたが前記欠勤扱いによつて支給されなかつた。
右認定事実から考えると原告は被告らの右一連の行為による欠勤および無罪判決後も相当期間就職できないため、五か月を下らない期間休業を余儀なくされ、かつ右年末賞与も得ることができなかつたものと認められるから、計九五万円を下らない休業損害を被つたものと認められる。
ただし、起訴前の勾留が違法と評価される日である昭和五四年一二月一日から起訴日の前日である同月七日までの七日間の拘束については被告奈良県は有責でないから、同年一二月分のうべかりし利益については一五万円のうち一一万六一二九円()の限度で賠償義務を負い、したがつて、被告奈良県が賠償すべき額は、九一万六一二九円である。
(二) 刑事弁護人費用 被告両名につき三五万円
<証拠>を総合すると、原告は、本件窃盗事件の刑事裁判で弁護士中川清孝を弁護人に選任し、合計三五万円の弁護士手数料を支払つたことが認められ、本件窃盗刑事事件に対して右支出した額は、公判の経過、事件の難易その他諸般の事情を考慮して不相当なものではないと認めることができる。
2 慰謝料被告両名につき二〇〇万円
<証拠>を総合すると、原告は、本件窃盗事件当時、右大洋物産に勤務し、家族として父母、弟妹等がいる他婚約者がいたが本件事件の起訴により新聞紙上に原告が本件窃盗の犯人である旨の報道がされる結果を招来し右婚約者との仲が疎遠になつたこと、原告は、逮捕後弁解しても全く聞き入れてもらえず虚偽の自白をさせられ、ついに公訴提起され、保釈まで約一か月にわたつて身柄を拘束され、無罪判決確定まで四か月弱の期間被告人の地位にあつたことが認められ、右認定事実によれば、その間の原告の精神的苦痛が甚大であつたと推測するにかたくなく無罪判決によつても十分償いえないものである点を斟酌し、その慰謝料は二〇〇万円をもつて相当と認める。
3 弁護士費用被告両名につき六五万円
<証拠>を総合すると、原告は、本件訴訟を原告訴訟代理人に委任し、その報酬として一五〇万円を支払う旨を約しているものと認められるところ、本件事案の性質、審理の経過、認容額に鑑みると、原告が本件不法行為による損害として賠償を求めうる弁護士費用の額は六五万円をもつて相当とする。
五 結論
以上の次第であるから、原告の被告らに対する本訴請求は、被告国に対しては、損害賠償金三九五万円および右損害賠償金から弁護士費用を控除した残額である内金三三〇万円に対する右不法行為後で本件訴状送達の日の翌日である昭和五五年六月一日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を求める限度で被告奈良県に対しては、損害賠償金三九一万六一二九円および右損害賠償金から前記弁護士費用を控除した残額である内金三二六万六一二七円に対する前同日から前同割合による遅延損害金の支払を求める限度でそれぞれ理由があるからこれを認容し、その余の請求は、いずれも失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担について民訴法八九条、九二条本文、九三条一項本文但書に従い、仮執行の宣言については、必要性がないからこれを付さないこととし、主文のとおり判決する。
(川口冨男 園田小次郎 岡田信)
別紙(一)(本件窃盗事実)
被疑者は、昭和五四年八月二二日午後八時ごろから、翌二三日午前九時ごろまでの間、奈良県北葛城郡上牧町大字中筋出作一三五番地村川鉄工建設株式会社事務室において同所の据付金庫から、同社代表取締役社長村川昇管理にかかる現金五〇〇〇円位又右同社敷地内に設置してある自動販売機から右同人管理にかかる現金二〇、〇〇〇円位合計二五、〇〇〇円位を窃取したものである。
別紙(二)(本件窃盗公訴事実)
被告人は、他二名と共謀の上、昭和五四年八月二二日午後一一時ころ、奈良県北葛城郡上牧町大字中筋出作一三五番地村川鉄工建設株式会社事務室等において、同会社代表取締役村川昇管理にかかる現金約二五、〇〇〇円を窃取したものである。
別紙(三)
取調べ出入状況等調べ
月日等
出時刻
入時刻
捜査内容
担当者
54.11.27火
17.50
大前
28水
8.40
11.35
取調
〃
13.05
17.30
〃
〃
29木
9.25
12.05
勾留請求
〃
12.45
20.00
取調
藪下
30金
8.50
12.40
〃
高岡
13.30
16.20
〃
大前
17.30
20.45
〃
高岡
12.1土
9.45
12.15
〃
〃
13.08
16.40
〃
〃
2日
14.30
18.50
〃
大前
3月
10.00
12.10
〃
〃
13.05
17.20
〃
〃
4火
10.00
12.00
〃
〃
13.10
17.10
〃
〃
5水
―
―
6木
10.20
11.43
取調
高岡
12.45
16.00
検事調
〃
7金
9.43
12.00
取調
大前
13.13
14.40
被害付
高岡
16.00
17.10
取調
武田
8土
8.53
12.25
〃
大前
9日
13.12
15.30
取調
大前
10月
―
―
11火
13.20
15.25
取調
大前
12水
―
―
13木
12.55
17.15
取調
大前
14金
9.20
12.06
〃
〃
14金
14.42
16.20
〃
〃
15土
―
―
16日
―
―
17月
9.15
11.40
取調
大前
17月
14.40
16.45
〃
〃
18火
9.55
11.45
〃
〃
19水
14.25
15.00
面会
〃
20木
13.15
15.50
取調
〃
21金
9.30
10.10
接見
22土
―
―
23日
―
―
24月
9.12
12.15
取調
大前
24月
13.40
16.25
〃
〃
25火
13.55
16.45
〃
〃
26水
15.06
23.10
〃
〃
27木
9.25
―
移監
村田