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大阪地方裁判所 昭和55年(行ウ)90号 1982年4月28日

原告

平位正和

右訴訟代理人弁護士

河村武信

(ほか四名)

被告

大阪西労働基準監督署長 西谷勇造

右指定代理人訟務専門官

三浦一夫

同法務事務官

紀純一

同労働事務官

横井正明

(ほか二名)

主文

一  被告が昭和五二年八月一日付でなした原告に対する労働者災害補償保険法による傷病補償年金支給に関する処分を取消す。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

主文と同旨。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は、原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  原告は、昭和三四年三月に中学校を卒業後、日下塗装店に勤務していたが、その後、松本塗装店に勤務し、ついで、昭和四三年四月頃から、訴外林塗装店の仕事に従事していたところ、昭和四三年四月一六日、かねてから訴外近畿建設株式会社が建築を請負い、右林塗装店が塗装の下請をしていた兵庫県宝塚市内の合田光三商店方社宅の新築工事現場において作業中、はしごから転落し、右下腿骨骨折、腰部背部挫傷の傷害を負い、その後、頭部外傷後遺障害の病名で治療を継続していた。

原告は、昭和四七年一一月三〇日までは休業補償給付の、同年一二月一日から昭和五二年三月三一日までは長期傷病補償給付の、昭和五二年四月一日からは傷病補償年金(廃疾等級第二級)の各支給を受けてきた。

2  ところで、右各給付の給付額を算定するに当っては、全産業の労働者の一人当りの平均賃金額が一定額以上に増減した場合には、その改定の都度、昭和四二年度の改定率を適用すべきであるのに、被告は、昭和四三年度の改定率を適用して右各支給処分をしてきており、傷病補償年金についても、昭和五二年八月一日の改定に際して、昭和四三年度の改定率を適用して支給処分(以下「本件支給処分」という)をした。

そこで、原告は、右改定率の適用について、被告が、昭和四三年度の改定率を適用して本件支給処分をしたことは違法であるとして、大阪労働者災害補償保険審査官に審査請求をしたが、同審査官は、昭和五三年一二月一三日付をもってこれを棄却したので、原告は、更に労働保険審査会に再審査請求をしたが、同審査会は、昭和五五年三月三一日付をもってこれを棄却する裁決をし、同裁決は、同年七月一〇日、原告に告知された。

3  しかしながら、被告が昭和四三年度の改定率を適用した本件支給処分は、次に述べるとおり違法であって、原告を不利益に扱うものであるから、その限度で右処分は取消され是正されるべきものである。すなわち、

(一) 傷病補償年金は、昭和五一年法律第三二号により、長期傷病補償給付に代って設けられたものであり、これは、右改定後の労働者災害補償保険法(以下「労災保険法」という)一二条の八第三項に規定されているところのものである。

そして、その給付の額の改定については、昭和四〇年法律第一三〇号附則四一条が改正され、昭和五二年八月一日以降は、労働省作成の統計による全産業の労働者一人あたりの平均給与額が、当該負傷し又は疾病にかかった日の属する年度(四月一日から翌年三月三一日までをいう)における平均給与額と比較して一定率を超えて変動した場合に、一定の改定率を乗じて行われることと規定されている。しかしながら、給付基礎日額が、事故発生時の前年度の賃金に基づいて算出されている場合に、一方において当該労働者の給付基礎日額(平均賃金)は前年度の賃金額によりつつ、他方において、その後労働者一人当りの平均給与額の変動に応じて適用すべき改定率は機械的に事故発生年度のものを適用するとすることは、法の合理的解釈ないしは適用、及び被災労働者の救済のいずれの見地からみても許されないから、改定率は、前年度に比較してなされるべきである。(すなわち、前年度の改定率を適用すべきである)。

(二) ところで、原告が受傷したのは、昭和四三年四月一六日であるところ、本件支給処分における原告の給付基礎日額は、昭和四二年度給与年間期(昭和四二年四月一日から昭和四三年三月三一日までの間)である昭和四三年一月から同年三月までの給料に基づいて算出されているのであるので、改定率を適用する場合は、昭和四三年度ではなく昭和四二年度に対応する率を適用して算定すべきである。

(三) しかるに、前記のとおり、被告は、給付額の改定の都度、昭和四三年の改定率を適用して支給処分をし本件支給処分に際しても、昭和四三年度の改定率を適用して支給処分をしたものであって、本件支給処分は、この点で違法である。

4  また、被告は、原告の給付基礎日額を金二四七七円として本件支給処分をしたが、原告の右給付基礎日額は、以下に述べる通り、金三四八九円であるから、本件支給処分は、この点でも違法である。すなわち、

(一) 原告の昭和四三年一月から同年四月までの日給(基本給)は金二八〇〇円で、原告がその期間に得た賃金は次のとおりである(半月毎に、当月一五日と末日各払)。

(1) 昭和四三年一月一六日から同年同月三一日まで、一五日間稼働し、基本給金四万二〇〇〇円、時間外手当金二八〇〇円、合計金四万四八〇〇円

(2) 同年二月一日から同月一五日まで、一四日間稼働し、基本給金三万九二〇〇円、時間外手当金五六〇〇円、合計金四万四八〇〇円

(3) 同月一六日から同月二九日まで、一三日間稼働し、基本給金三万六四〇〇円、時間外手当金四二〇〇円、合計金四万〇六〇〇円

(4) 同年三月一日から同月一五日まで、一四日間稼働し、基本給金三万九二〇〇円、時間外手当金七〇〇〇円、合計金四万六二〇〇円

(5) 同月一六日から同月三一日まで、一五日間稼働し、基本給金四万二〇〇〇円、時間外手当金五六〇〇円、合計金四万七六〇〇円

(6) 同年四月一日から同月一五日まで、四日間稼働し、基本給金一万四〇〇〇円、時間外手当金三五〇〇円、合計金一万七五〇〇円

(7) なお、本件作業現場における新築家屋三戸分の塗装仕上げに対して、金九万六〇〇〇円の出来高給の支給を受け、それを手伝った妻の弟に金二万円支払った。

(二) よって、原告の給付基礎日額は、右支給を受けた合計額金三三万七五〇〇円から、妻の弟に支給した金二万円を差引いた額金三一万七五〇〇円を稼働日数合計九一日で除したところの金三四八九円であるから、右給付基礎日額を金二四七七円とした本件支給処分は違法である。

5  よって、原告は、被告のなした原告に対する右傷病補償年金支給に関する処分の取消を求める。

二  請求の原因に対する認否

1  請求の原因1の事実中、原告が昭和三四年三月に中学卒業後、訴外日下塗装店に勤務し、その後松本塗装店に勤務したことは不知、その余の事実は認める。

2  同2の事実は認める。

3  同3の冒頭部分は争う。

同3の(一)の事実中、規定の内容は認めるが、その余は争う。

同3の(二)の事実中、原告が昭和四三年四月一六日受傷したこと、原告の給付基礎日額は、その以前の昭和四二年度給与年間期(昭和四二年四月一日から昭和四三年三月三一日までの間)である昭和四三年一月から同年三月までの給料に基づいて算出されたものであることは認めるが、その余は争う。

同3の(三)は争う。

4  同4の事実のうち、原告主張の期間の日給が金二八〇〇円であったこと、本件支給処分をするについて、原告の給付基礎日額を金二四七七円としたことは認めるが、その余は争う。

5  同5の主張は争う。

三  被告の主張

1  原告は、その主張の業務上の負傷により、昭和五二年三月三一日までは長期療養給付、同年四月一日以降は傷病補償年金の支給を受けていたものであるところ、被告は、昭和五二年八月一日付で、同日以降の原告の傷病補償年金の額を次のように改定する旨決定し、同年九月七日、それを原告に通知した。

すなわち、労災保険法別表第一の規定により算定した額(原告の給付基礎日額に給付日数を乗じた額)に昭和五二年労働省告示第七二号(<証拠略>)の昭和四三年四月一日から昭和四四年三月三一日までの期間に対応する率を乗じた額に改定した。

2  ところで、傷病補償年金は、昭和五一年法律第三二号により、昭和五二年四月一日から、それまでの長期傷病補償給付に代って設けられたものである。

そして、年金の額は、労働者一人当りの平均給与額の変動に応じて改定されることになっているが、その改定方式は次のとおりである。すなわち、

(一) まず、長期傷病補償給付は、昭和四〇年法律第一三〇号によって創設されたものであるが(昭和五二年改正前の労災保険法一二条三項)(<証拠略>)、その給付の額の改定については、同法附則四一条一項で「当分の間、昭和三五年改正法附則一六条一項の規定の例により、その額を改定する。」とされ(<証拠略>)、ある年の平均給与額(労働省が作成する毎月勤労統計における全産業の労働者一人当りの平均給与額)が、負傷しまたは疾病にかかった日の属する年の平均給与額に対し二〇パーセントを超えて変動した場合に、その変動率を基準としてその翌年の四月以降の給与の額を改定することとし(<証拠略>)、その改定率は、告示されることとされていた(昭和三五年労働省令附則一一条二項)(<証拠略>)。

(二) 傷病補償年金の額の改定については、ある年度(四月一日から翌年三月三一日まで)の平均給与額が負傷し又は疾病にかかった日の属する年度の平均給与額に対し一〇パーセントを超えて変動した場合に、その変動率を基準として、その翌年度の八月以降の年金の額が改定されることとなった(労災保険法附則四一条)(<証拠略>)。

但し、この方式は、昭和五二年八月以降の月分の年金の額の改定について適用され、昭和五二年四月から同年七月までの月分の年金の額の改定については、なお前記長期傷病補償給付における改定方式によることとされた(同法附則一〇条)(<証拠略>)。

したがって、改定率を定める労働大臣の告示は、昭和五二年四月から同年七月までの月分のものについては、「死傷の原因たる事故の発生の日……の属する年」(<証拠略>)、昭和五二年八月以降の月分のものについては、「死傷の原因たる事故発生の日……の属する期間」(<証拠略>)に対応して改定率が定められている。

3  右のとおり、長期傷病補償給付及び傷病補償年金の額の改定は、いずれもある年または年度の労働者一人当りの平均給与額が、負傷し又は疾病にかかった日の属する年又は年度の平均給与額と比較して、一定率を超えて変動した場合に行われるのであって、給付基礎日額の算定の基礎となった期間の属する年又は年度の平均給与額と比較して行われるのではない。

したがって、右変動率を基準として、翌年四月または翌年度八月以降の給付または年金の額の改定率を定める労働大臣の告示も、死傷の原因たる事故発生の日の属する年または年度に対応して改定率が定められている。

そこで、これを本件についてみると、原告は、昭和四三年四月一六日に負傷したから、長期傷病補償給付及び昭和五二年四月から同年七月までの月分の傷病補償年金の額、昭和五二年八月以後の月分の傷病補償年金の額については、負傷した日の属する昭和四三年度に対応する、労働大臣の告示の各改定率を乗じて改定すべきものである。

よって、被告が、昭和五二年八月以降の傷病補償年金の額について、昭和五二年労働省告示第七二号の昭和四三年度に対応する改定率を適用して行った原告に対する傷病補償年金支給に関する本件支給処分は、適法である。

4  原告の給付基礎日額は、次のとおりであり、給付基礎日額の算定に誤りがあるとする原告の主張は失当である。すなわち、

(一) 原告は、本件事故当時、近畿建設株式会社の下請をしていた林塗装店(林平次郎経営)に勤務していた。

(二) 原告の給付基礎日額は、原告の被災日である昭和四三年四月一六日の前三ケ月間、即ち、同年一月から三月までに支給された賃金によって算定すべきところ(労災保険法八条)、林塗装店提出にかかる賃金台帳(<証拠略>)により算出すると、賃金総額金二二万五三九二円を稼働暦日数九一日で除したところの金二四七七円となる。

(三) なお、(証拠略)の給与支払明細書は、林塗装店の作成したものではない。すなわち、その点については、被告が、昭和五一年一二月二二日、林平次郎に事情を聴取するなど、関係者に対する調査をした結果、右明細書の様式が、普段林塗装店において使用しているものではなく、右明細書は、同人の不在中に、原告が右林平次郎の妻に頼んで、原告持参にかかる右明細書に押印してもらったものであることが判明した(<証拠略>)。

(四) したがって、(証拠略)を根拠として、被告の給付基礎日額の算定に誤りがあるとする原告の主張が失当であることは明らかである。

5  以上のとおり、被告が昭和五二年八月以降の傷病補償年金の額の改定についてなした原告に対する傷病補償年金支給に関する本件支給処分には、何ら違法な点はなく、適法である。

6  なお、原告の後記2の主張は争う。

四  被告の主張に対する原告の認否及び主張

1  被告の右1の主張は認める。

同2の主張のうち、傷病補償年金が、昭和五一年法律第三二号により、長期傷病補償給付に代って設けられたものであることは認め、その余の主張は争う。

同3ないし5の主張は争う。

2  (証拠略)の賃金台帳は、真実のものではなく、同台帳中の原告名の押印も、原告がなしたものではなく、(証拠略)が真実の収入状況である。すなわち、

(一) 原告は、本件事故当時、訴外近畿建設株式会社の下請である訴外林塗装店に雇われ、同店から出来高給を受けて、臨時的に、約一〇日間右林塗装店の従業員として同店の仕事に従事していたが、それ以前は、訴外松本塗装店において塗装職人として働いていたものであり、かつ、その当時、原告は、前記のとおり、半月毎に、当月の一五日と末日に賃金を受けていたものであり、右賃金台帳は真実に反する。

(二) 原告は、本件事故後、宝塚市内の児玉診療所や、尼崎市内の関西労災病院に入院したりし、昭和四四年六月一日、一旦退院し仕事に就いたが、外傷性てんかん症状が頻発し、病院での治療を続けていたものである。ところで、その頃、原告は、自己の保険給付があまりに低いことに気づき、本件事故当時の業務状況とも照合したうえ、林塗装店が松本塗装店と親密な間柄にあることから、給付基礎日額の点で異議を述べるに際し、争点を拡散しないためにも(証拠略)の用紙に、林塗装店の経営者の林平次郎の承諾のうえ、同人の妻に、原告の真実の賃金明細を記入してもらったのである。

(三) したがって、本件事故以前の原告の真の収入状況は、(証拠略)記載のものではなく、(証拠略)記載のものが真実である。

第三証拠(略)

理由

一  原告が、昭和四三年四月一六日当時、訴外林塗装店の仕事に従事していたこと、そして、原告が、右同日、かねて訴外近畿建設株式会社が建築を請負い、林塗装店が塗装の下請をしていた宝塚市内の合田光三商店方社宅の新築工事現場において作業中、はしごから転落し、右下腿骨骨折、腰部背部挫傷の傷害を負い、その後、頭部外傷後遺障害の病名で治療を継続していたこと、原告は、昭和四七年一一月三〇日までは休業補償給付の、同年一二月一日から昭和五二年三月三一日までは長期傷病補償給付の、同年四月一日からは傷病補償年金(廃疾等級第二級)の各支給を受けてきたこと、以上の事実は当事者間に争いがない。

二  そして、被告は、右給付額を改定する都度、昭和四三年度の改定率を適用してその支給処分をしてきたが、傷病補償年金についても、昭和五二年八月一日の年金額の改定に際し、昭和四三年度の改定率を適用して支給処分(本件支給処分)をしたこと、その後、原告は、右改定率の適用については昭和四二年度の改定率が適用されるべきであるのに、被告が昭和四三年度の改定率を適用して本件支給処分をなしたことは違法であるとして、大阪労働者災害補償保険審査官に審査請求をしたが、同審査官は、昭和五三年一二月一三日付をもってこれを棄却したこと、そこで原告は、更に労働保険審査会に再審請求をしたが、同審査会は、昭和五五年三月三一日付をもってこれを棄却する裁決をし、同裁決は、同年七月一〇日、原告に告知されたこと、以上の事実も当事者間に争いがない。

三  ところで、原告は、請求原因3記載の事由により、本件支給処分は違法であると主張するので、まず、この点につき判断する。

1  傷病補償年金は、昭和五一年法律第三二号により、従前の長期傷病補償給付に代って設けられたものであること、そして傷病補償年金は、右改正後の労働者災害補償保険法(労災保険法)一二条の八第三項に規定されているところのものであること、右傷病補償年金の給付額の改定については、昭和五一年法律第三二号により、昭和四〇年法律第一三〇号付則四一条が改正され、昭和五二年八月一日以降は、労働省作成の統計による全産業の労働者一人当りの平均給付額が、当該負傷し又は疾病にかかった日の属する年度(四月一日から翌年三月三一日までをいう)における平均給与額と比較して一定率を超えて変動した場合に行われることと規定されていること、本件支給処分の前提とされた給付基礎日額は、昭和四二年度給与年間期(昭和四二年四月一日から昭和四三年三月三一日までの間)である昭和四三年一月から同年三月までの給料に基づいて算出されたものであること、以上の事実は当事者間に争いがない。

なお、昭和五一年法律第三二号による改正後の労災保険法では、障害補償年金額は、その障害等級に応じ、給付基礎日額(労働基準法一二条の平均賃金に相当する額)(労災保険法八条)に一定日数を乗じて算出するものとされている(労災保険法一五条二項、別表第一参照)。

2  そして、(証拠略)によれば、次の事実が認められる。すなわち、

(一)  昭和五二年八月以降の傷病補償年金の額の改定については、当該保険年度(四月一日から翌年三月三一日までをいう)における平均給与額(労働省において作成する毎月勤労統計における全産業の労働者一人当たりの平均給与額をいう)が、当該負傷し、又は疾病にかかった日の属する保険年度における平均給与額の百分の百十を超え、又は百分の九十を下るに至った場合において、その状態が継続すると認めるときは、その上昇し又は低下した比率として、その翌保険年度の八月以降の当該傷病補償年金の額が改定されることとなったこと(労災保険法附則一〇条、四一条、<証拠略>)、なお、右改定額は、当該保険給付の額に労働大臣の定める一定率を乗じて算出するものであること、

(二)  したがって、右改定率を定める労働大臣の告示においても、昭和五二年八月以後の傷病補償年金の額の改定について当該保険給付の額に乗ずべき率(改定率)は、死傷の原因たる事故発生の日又は診断によって疾病の発生が確定した日の属する年度(四月一日から翌年三月三一日までという期間)に対応して定められており、(昭和五二年労働省告示第七二号、<証拠略>)、給付基礎日額算出の基礎となった賃金の支払われた年度に対応して定められてはいないこと

以上の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

しかして、以上の如き労災保険法附則四一条、昭和五二年度労働省告示第七二号に照らしてみれば、右附則四一条により、当該保険年度の翌年八月以後の傷病補償年金の改定額は、当該保険年度(四月一日から翌年三月三一日まで)における平均給与額と、当該労働者の負傷し、又は疾病にかかった日の属する保険年度における平均給与額と比較し、前者が後者の百分の百十を超え、又は、百万の(ママ)九十を下るに至った場合において、その状態が継続すると認めるときに改定されるのであって、当該保険年度における平均給与額と、当初の保険給付額の算定の前提である給付基礎日額算出の基礎となった賃金の支払れた年度の平均給与額とを比較して改定すべきではないから、右労災保険法附則四一条、労働省告示第七二号による傷病補償年金の給付額の改定に当っては、当該労働者が負傷し、又は疾病にかかった日の属する年度の改定率を適用して、その額を算出すべきものと解すべきである。

3  もっとも、原告は、給付基礎日額の算定が当該労働者の負傷し、又は疾病にかかった日の前年度の賃金に基づいてなされている場合に、一方において当該労働者の給付基礎日額は前年度の賃金によりつつ、他方において改定率は機械的に当該労働者の負傷し、又は疾病にかかった日の属する年度の改定率を適用することは、法の合理的解釈ないしは適用、及び被災労働者の救済のいずれの見地からみても許されないから、右改定率は、当該労働者の負傷し、又は疾病にかかった日の前年度のものを適用すべきであると主張している。

しかし、前述の通り、労災保険法附則四一条による給付額の改定は、当該保険年度における平均給与額と、当該労働者の負傷し、又は疾病にかかった日の属する保険年度の平均給与額とを比較してこれを行うものであって、給付基礎日額算出の基礎となった賃金の支払われた年度の平均賃金とを比較して右改定を行うものではないし、また、一般に、労働者の負傷し又は疾病にかかった日の属する年度と、それ以前の給付基礎日額算出の基礎となった賃金の支払われた年度とが異る場合であっても現実に、右年度が変った月とそれ以前の三ケ月間に、当該労働者の受けとった各賃金額に必ず差異があるとも断定し難いから、右改定率の適用にあたっては、給付基礎日額算出の基礎となった賃金の支払われた年度の改定率を適用すべきではなく、労働者の負傷し、又は疾病にかかった日の属する年度の改定率を適用すべきものと解すべきである。よって、右の点に関する原告の主張は採用できない。

4  してみれば、昭和五一年法律第三二号によって改正された労災保険法附則四一条により、昭和五二年八月以降、原告に給付すべき傷病補償年金の改定額は、原告が現実に負傷した日の属する昭和四三年度の改定率を適用して算出すべきであるから、右昭和四三年度の改定率を適用して右改定額を算出した本件支給処分には、原告主張の如き改定率の適用を誤った違法はないというべきである。

四  次に、原告は、被告が本件支給処分の給付額についての給付基礎日額の算定を誤っている旨主張するので、この点につき判断する。

1  昭和四三年一月から同年四月までの原告の日給が金二八〇〇円であったこと、本件支給処分は、原告の給付基礎日額を金二四七七円とし、これを前提としてなされたものであること、以上の事実は当事者間に争いがない。

2  ところで、原告の給付基礎日額が金二四七七円であることを窺わせる(証拠略)の各記載内容は、後記各証拠に照らしてたやすく信用できず、他に右事実を認め得る証拠はない。

却って(証拠略)によれば、次の事実が認められる。すなわち、

(一)  原告は、昭和四三年一月五日頃から四月五日までの間は、訴外松本塗装店の塗装職人として働いていたこと、そしてその間は、右松本塗装店から毎月一五日及び末日の二回に分け、基本日給は金二八〇〇円、時間外手当は一時間当り金三五〇円の割合により、賃金の支払いを受けていたこと、原告は、当時、屋内の塗装の仕事に従事しており、雨の日も働いていたところ、原告は、一ケ月のうち二日程休むのみであって、その余はすべて仕事に出て働いていたこと、そして、原告が松本塗装店から現実に支給を受けた賃金額は、昭和四三年一月一六日から同月三一日までは合計金四万四八〇〇円(基本給金四万二〇〇〇円、時間外手当金二八〇〇円)、同年二月一日から同月一五日までは合計金四万四八〇〇円(基本給金三万九二〇〇円、時間外手当金五六〇〇円)、同年二月一六日から同月二九日までは合計金四万〇六〇〇円(基本給金三万六四〇〇円、時間外手当金四二〇〇円)、同年三月一日から同月一五日までは合計金四万六二〇〇円(基本給金三万九二〇〇円、時間外手当金七〇〇〇円)、同年三月一六日から同月三一日までは合計金四万七六〇〇円(基本給金四万二〇〇〇円、時間外手当金五六〇〇円)、同年四月一日から同月五日までは合計金一万七五〇〇円(基本給金一万四〇〇〇円、時間外手当金三五〇〇円)であって、以上総合計金二四万一五〇〇円であったこと、

(二)  その後、原告は、昭和四三年四月六日からは、訴外林塗装店の仕事に従事し、本件事故当日まで一〇日間で、出来高給として合計金九万六〇〇〇円の支給を受けていたこと、但し、そのうち金二万円は、原告を手伝っていた原告の元妻の弟に支払っていること、

(三)  そして、労災保険法八条、労働基準法一二条により、原告に対する傷病補償年金の給付基礎日額を算出すると、金三四八九円となること、

31万7500÷91≒3489

昭和48年1月16日から左期間の同年4月15日までの賃金合計額暦日数

(四)  原告は、前述の通り、昭和四三年四月一六日、はしごから転落して前記傷害を受けた後、直ちに入院し、その意識も暫く不明であったところから、労災保険給付の申請手続は、すべて前記林平次郎ないしは近畿建設株式会社の者がこれを行ったところ、右労災保険給付の申請をするに当り、林ないし近畿建設株式会社の者は、前記事故当時、原告は近畿建設株式会社に勤めており、その賃金額も、給付基礎日額が金二四七七円となるように、実際よりも低い額の申請をしたこと、

(五)  ところが、原告は、昭和四八年頃、自己の長期傷病補償給付が余りに低額であることに気づき、その後種々調査をし、その原因が事故前の自己の賃金がかなり低く申告されていたことに気づき、自己のメモしていた資料(<証拠略>)を根拠にして、(証拠略)の給料支払明細書を作成し、昭和五〇年三月頃、これを被告に提出して、原告の給付基礎日額が低きに過ぎると主張したが、前記林が、当時大阪西労働基準監督署の係官の取調べに対し、これを否定したので、右原告の主張は入れられなかったこと、

以上の事実が認められる。

3  もっとも、被告は、(証拠略)が原告の真の収入状況を示す賃金台帳であると主張し、(証拠略)のうちには右趣旨に副う記載が存するが、(証拠略)の原告名義の印章の印影及び、(証拠略)のうち<出>の印影が原告の意思に基づいて顕出されたことを窺わせる(証拠略)の各記載内容はたやすく信用できず、他に右事実を認め得る証拠はない。却って、原告本人尋問の結果によれば、(証拠略)のうちの原告名義の印章の印影及び(証拠略)のうち<出>の印影は、原告の意思に基づいて顕出されたものではなく、林塗装店の経営者林平次郎が、有合印等を用い、原告に無断で押印して顕出したものであることが窺われるから、(証拠略)をもって前記2の認定を覆することはできないものというべきである。

してみれば、本件支給処分をするについて、被告は、その給付基礎日額の算定を誤っていたというべきであり、本件支給処分については、この点で違法があるというべきであるから、本件支給処分は取消されるべきものである。

五  以上のとおり、被告がなした原告に対する本件支給処分は、給付基礎日額の算定を誤った点に違法があり、原告の本件支給処分の取消を求める本訴請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 後藤勇 裁判官草深重明及び同小泉博嗣は、いずれも転任のため署名捺印することができない。裁判長裁判官 後藤勇)

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