大阪地方裁判所 昭和56年(わ)4015号 判決 1981年11月04日
主文
被告人を懲役八月に処する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は、常習として、昭和五六年七月二八日午後六時ころ、大阪府枚方市《番地省略》A子(当時三九歳)方において、協議離婚した同女が子供に会わせないことなどに因縁をつけ、同女に対し、手拳でその頭部、胸部等を殴打し、右下腿部を足蹴りするなどの暴行を加え、よって同女に対し、加療約一週間を要する頭部、胸部等打撲、右下腿挫創の傷害を負わせたものである。(証拠の標目)《省略》
なお、弁護人は、被告人の本件傷害行為につき常習性を争うので判断する。
《証拠省略》を総合すると、被告人には昭和三五年一一月暴行罪で起訴猶予、昭和四六年三月強姦未遂罪で不起訴の前歴があるほか、(1)昭和四七年七月一一日器物損壊、暴行、傷害罪で懲役一年、三年間保護観察付執行猶予、(2)昭和五五年九月二九日傷害罪で懲役一年、三年間執行猶予、(3)昭和五六年三月二七日器物損壊、傷害罪で罰金一〇万円(略式命令)の各前科があり、右(2)の刑の執行猶予期間中に右(3)及び本件傷害の各事犯を起こしたものであること、右(2)(3)の各事犯は本件事案と同様A子に対するものであるところ、被告人は同女と昭和四九年二月一〇日結婚し、同年一二月一七日長女B子が出生したが、そのころから被告人は右A子に対し人が変ったように暴力を振うようになり、たまりかねた同女が昭和五一年一〇月ころ右B子を連れて家出し、その後被告人の懇請により昭和五二年六月ころ再び右A子と同居するようになったが、その後も被告人の暴力行為は一向に止まないため同女には生傷が絶えず、さらに別居、同居を何度も繰り返した挙句、昭和五五年七月二五日B子の親権者を被告人と定めて協議離婚したこと、右離婚の数日後、被告人はB子の面倒が見れないとして同女をA子方に連れて来たので、間もなくA子は大阪家庭裁判所にB子の親権者変更の申立をし、親権者変更の調停が成立したが、その後も被告人はA子に復縁を迫る一方、B子との面接のことなどでA子方へひんぱんに赴いたり、その勤務先の病院へ繰り返し電話をかけたり、押しかけたりしてA子を難詰し、その都度同女に対し執拗に暴行を加えて受傷させ、右(3)の事案や本件は右のような過程で同様の原因、態様で行なわれたものであること、又、右(1)の事案も、昭和四五年一二月ころC子という女性と知り合い、その後交際するうち好意を抱くようになり、結婚の申込みをして断られたもののあきらめきれず、なおも同女に交際を求めるべくつきまとっていた過程で、同女やその母親に暴行、傷害を加えたり器物損壊をなしたもので、前記強姦未遂罪の前歴も右C子に対し情交を迫ったときのものであること、尤も被告人には前記A子と右C子らに対する暴行、傷害等の事犯のほか取り立てて言うほどの粗暴犯の前科前歴が存しないこと、以上のような事実が認められる。
以上の事実を総合すると、被告人の粗暴犯罪の対象はある特定の者に局限されているようにも見受けられる。しかしながら、暴行、傷害等の粗暴犯の反覆累行の習癖がある一定の条件の下でのみ発現する場合であっても暴力行為等処罰に関する法律一条の三にいわゆる「常習性」ありと認めるに何らの妨げがないものというべきであるが(東京高判昭和四〇年六月二五日高刑集一八巻三号二四四頁参照)、前示事実に照らすと、被告人は、ある特定の人間関係のもつれ、もっと具体的にいえば好意を持ったのにつれなくされた女性、不仲になった妻、離別したがなお未練を持つ元妻などに対する特別の感情のもつれから対象となった女性に暴力行為を執拗に繰り返す習癖があると認められるものであるところ、このように「特定の人物を対象とする場合にのみ暴力行為を反覆累行する習癖」が認められる場合も暴力行為の習癖が一定の条件下でのみ発現するような場合に該るというべきであり、被告人は、暴力行為を行なう習癖を有しているものと認むべきである。そして本件犯行が右の習癖の発現としてなされたものであることは前示認定の事実に照らし明らかであるといわなければならない。
従って、本件につき、被告人に「常習性」ありと認めるに何の妨げもなく、弁護人の主張は採用できない。
(法令の適用)
被告人の判示所為は暴力行為等処罰に関する法律一条の三前段、刑法二〇四条に該当するが、なお犯情を考慮し、同法六六条、七一条、六八条三号を適用して酌量減軽をした刑期の範囲内で被告人を懲役八月に処し、訴訟費用については、刑事訴訟法一八一条一項但書を適用して被告人に負担させないこととする。
よって、主文のとおり判決する。
(裁判官 吉田昭)