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大阪地方裁判所 昭和56年(ワ)1801号 1982年11月22日

原告

渡邊眞

右訴訟代理人弁護士

佐々木信行

被告

株式会社団地サービス

右代表者代表取締役

南部哲也

右訴訟代理人弁護士

中坊公平

(ほか四名)

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  原告が被告に対して雇用契約上の権利を有する地位にあることを確認する。

2  被告は、原告に対し、昭和五六年四月以降毎月二五日限り金一五万〇八五〇円の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

4  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  被告は、日本住宅公団の建設した住宅団地について、同公団より委託を受けて環境の整備、維持、管理等を業務とする株式会社(以下、被告会社という)である。

原告は、昭和四二年四月一日、被告会社に雇用されて、その従業員となり、被告会社大阪支店豊中店において、単身住宅管理人として、頭書肩書地(略)に所在する日本住宅公団旭ケ丘団地管理人室に、家族と共に住込みで勤務し、被告会社より、毎月二五日、月額金一五万〇八五〇円の賃金の支払を受けているものである。

2  ところが、被告会社は、原告に対し、昭和五五年一二月一九日付書面をもって、同五六年三月三一日限り、嘱託の委嘱年限に達するとの通告をし、さらに、同五五年一二月一八日頃、被告会社大阪支社人事課長古谷学を介して、同五六年四月一日以降は嘱託の委嘱をしない旨の意思表示をした。

3  しかしながら、以下のとおり、被告会社の嘱託の委嘱をしない旨の右意思表示は、正当な理由がなく無効であり、原告は、被告会社との間に雇用契約上の地位を有しているものである。

(一) 原告は、被告会社に就職するに際し、同会社から、単身住宅管理人は、健康に支障のない限り高齢に達しても勤務できる職務であるとの説明を受け、原告としては高齢まで勤務できるものと思って、従来の住居を引払って家族と共に住込みで就職したのである。従って、原告は、健康であり、職務に支障のない限り高齢に達しても勤務することができるとの約束のもとに就職したものである。そして、原告は、現在、健康で単身住宅管理人の職務を遂行するにつき何んらの支障もないものである。

(二) ところで、被告会社の就業規則(単身住宅管理人の任免、服務及び給与等に関する規定、以下、単に単身管理人規程という)によると、原告の定年は、満六三歳に達した直後の三月三一日となっており、以後は引き続き嘱託として再雇用することがある、となっている。しかし、原告は、被告会社に就職するに際し、右単身管理人規程を示されたことも、その内容について説明を受けたこともなく、その存在について全く知らなかったものであり、従って、右定年制や嘱託制は、原、被告間の本件労働契約の内容になっていなかったのである。

4  よって、原告は、原告が被告会社との間で雇用契約上の権利を有する地位にあることの確認を求めるとともに、被告会社に対し、昭和五六年四月から毎月二五日限り、月額金一五万〇八五〇円の割合による賃金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1のうち、原告の賃金が月額一五万〇八五〇円であるとの点は否認し、その余は認める。原告の賃金は、月額一四万九三五〇円である。

2  同2は認める。

3  同3の頭書の主張は争う。

同3(一)のうち、原告が健康で、単身住宅管理人の職務遂行に支障がないとの点は不知、その余は否認する。被告会社は、原告主張のような内容の労働契約を締結していない。

同3(二)のうち、単身管理人規程が被告会社に存すること、同規程が満六三歳に達した時をもって退職すると定めていることは認めるが、その余の点は否認する。被告会社は、原告就職の際、同人に対し、右規程の内容について十分説明しており、右定年制も本件労働契約の内容となっているものである。従って、原告は、同人が満六三歳に達した昭和四九年三月二五日に定年退職したものである。なお、右規程中には、定年退職後も引き続き嘱託として再雇用することがある旨の規定はない。

三  被告会社の主張

原告は、次に述べる経緯により、昭和五六年三月三一日の経過をもって、原・被告間の嘱託契約が終了し、労働契約上の地位を喪失した。

1  被告会社は、昭和四二年四月一日、原告を単身住宅管理人として雇用するに際し、原告に対し、単身管理人規定一二条二項(<証拠略>)所定の満六三歳定年制について他の労働条件と合せて十分説明しているものであって、右定年制は、本件労働契約の内容となっていた。従って、原告は、満六三歳に達した昭和四九年三月二五日に被告会社を定年退職し、同月二六日から被告会社の嘱託となった。

2  地方労働委員会における和解の成立

(一) 原告は、前記のとおり、満六三歳に達した昭和四九年三月二五日に定年退職することとなったが、原告は、これより先、右退職の効力を争い、同年三月一日、原告と同様の立場にあった訴外楠戸武男らと住宅管理者労働組合(以下、単に住管労組という)を結成し、同組合は、同月一一日、大阪府地方労働委員会に不当労働行為救済の申立をした。そして、右労働委員会において、昭和五〇年六月一八日、被告会社と右組合及び利害関係人として参加した原告との間に、左記合意すなわち、原告の雇用期限を昭和五二年三月三一日までとし、その身分は嘱託とすること、及び、被告会社と住管労組との間で、昭和五二年三月三一日までに、嘱託の雇用年限について新たに規定が制定されたときは、その定めに従うことの合意がなされ、その旨の和解が成立した。

3  嘱託制度に関する協定の成立

(一) 被告会社は、前記地方労働委員会における和解を受けて、昭和五二年三月三一日、住管労組との間で、嘱託制度に関する協定(以下、本件協定ともいう)を締結した。

(二) 本件協定では、同協定成立後に被告会社が嘱託として契約締結をする場合について、その契約更新の年限を男女別、職種別に定め、男子の単身住宅管理人・分譲住宅管理人等については、これを満六五歳と定めている。

(三) ところで、本件協定では、経過措置として、協定成立時、既に嘱託として雇用されている者の委嘱年限について別途の規定を設け、その中で、昭和五二年三月三一日現在嘱託として雇用されている男子で既に満六〇歳以上の者については、その職種を問わず各年齢に応じた委嘱年限が定められた。そして、右の経過規定により、原告の委嘱年限は、同人が満七〇歳に達する日が属する年度の末日(昭和五六年三月三一日)となるので、被告会社は、それまでの間、期間一年の嘱託契約を更新し、それ以降は嘱託契約を更新しなかったので、原告は、右三月三一日の経過をもって、嘱託たる地位を喪失した。

(四) よって、原告は、右昭和五六年四月一日以降は被告会社の従業員としての地位にないものである。

四  被告会社の主張に対する原告の認否及び主張等

1  被告会社主張のうち、昭和四九年三月一日、住管労組が結成されたこと、同月一一日、右組合が労働委員会に不当労働行為救済の申立をしたこと、昭和五〇年六月一八日、右労働委員会において、被告会社と右組合との間に、和解が成立したこと、昭和五二年三月三一日、被告会社と右組合との間で本件協定が締結されたこと、以上の事実は認めるが、その余の事実及び主張はすべて争う。

2  和解成立の経過

被告会社は、昭和四九年三月二日、原告に対し、同年三月二五日限り定年となるので、同日より二週間以内に単身住宅管理人室を退去せよと通告してきた。これに対し、原告が委員長である住管労組は、被告会社の右行為を不当労働行為であるとして、大阪府地方労働委員会にその救済申立をし、原告が被告会社の従業員たる地位を有するか否かについて争っていたところ、昭和五〇年四月一日、被告会社は、住管労組の主張を認めて、原告を他の単身住宅管理人と同様常勤嘱託として向う一年雇用する旨の辞令を原告に交付し、原告の従業員たる地位を認めた。これは、被告会社が、それまで定年に達した単身住宅管理人については、本人が希望し、健康に支障のない限り例外なくすべて嘱託として雇用し、引き続き同一労働条件で同一職務に就かせていた労働慣行を無視して原告のみを解雇したことの非を悟ったからである。ただ、将来の問題については、原告個人の問題としてとらえ難く、右紛争を契機として今後単身住宅管理人の雇用年限をいかにするかという問題を取り上げ、従来の労働慣行を尊重してこれを明文をもって制度化することの必要があるとの認識の下に、一応これまでの紛争は、和解によって終止符を打ち、将来の原告の雇用の問題は、原告個人を他の単身住宅管理人と切離して別個の取扱いをすることなく、昭和五二年三月三一日という一応の期限を設けて、それまでの間、労使双方の話し合いにより、単身住宅管理人制度の検討をし、その結果成立する規程又は協約により解決することとするとの気運が双方に起きた結果、昭和五〇年六月一八日に大阪府地方労働委員会で和解が成立したのである。従って、右和解により原告の雇用期間が昭和五二年三月三一日までとなり、その間に嘱託の雇用年限について新たに規定が制定されたときは、それに従うこととなった旨の被告の主張は、右和解に至る背景を無視した誤ったものである。

3  本件協定の適用範囲

住管労組は、大阪府地方労働委員会で和解が成立した後、単身住宅管理人の嘱託の雇用年限について検討し、被告会社に対してこれに関する団体交渉を開くよう何度も呼びかけ、その都度、現在在籍している単身住宅管理人については、定年後も、特に健康上その他の理由による業務遂行に支障の無い限り、引き続きそれ以前と同一の労働条件で契約は更新されるという永年の労働慣行があり、被告会社は、これを黙示又は明示の承諾をしているから、既に労働契約の内容にまで高められている旨の意見を述べ、さらに、昭和五二年三月一五日には被告会社の代表取締役に意見書を提出した。また、住管労組は、昭和五二年二月一六日、被告会社から本件協定の案の提示を受け、以後これを検討した結果、本件協定により組合員の既得権を失うおそれがあったため、再三被告会社に釈明を求めた。その結果、昭和五二年三月三〇日、被告会社から、本件協定案は現在嘱託として在籍している単身住宅管理人には適用がない、右案はそれ以外の嘱託に関するものであって、被告会社の別組合との間の協定書として作ったものである、しかし右協定書中には住管労組に関係のある部分もあるから、住管労組用として別に作成せずそのまま提示したにすぎないとの回答があった。そこで住管労組は、右回答により疑義は解消したと判断し、昭和五二年三月三一日、本件協定を締結したのである。

従って、本件協定は、協定締結当時嘱託として在籍している単身住宅管理人には適用がないものである。

4  本件協定の失効

次に、住管労組は、その後昭和五二年三月三一日以前から在籍している単身住宅管理人の嘱託制度に関して、被告会社に対し再三団体交渉をするよう要求したが、被告会社は、前言を翻し、本件協定によりすべて解決していると主張するようになり、協定の解釈について争いが生じたため、住管労組は、被告会社に対し、昭和五四年五月一七日到達の書面をもって、本件協定を同年九月一日をもって解約する旨の協定解約の予告をしたので、本件協定は、同年九月一日に失効した。従って、原告は引続き被告会社の従業員としての身分を有するものである。

5  なお、後記被告会社の主張2は争う。

五  原告の右主張に対する被告会社の認否、主張

1  原告の右主張2のうち、被告会社が昭和五〇年四月一日、原告を常勤嘱託として雇用する旨の辞令を原告に交付したとの点は否認する。被告会社が辞令を交付したのは、本件和解が成立した同年六月一八日から約一か月後である。ただ、本件和解において、原告を嘱託として昭和五二年三月三一日まで委嘱することになったことに伴い、被告会社の就業規則によれば、嘱託期間は一年以内と定められていたため、日付を遡って昭和五〇年四月一日からの嘱託の委嘱辞令を交付したものである。

同3の主張は争う。

同4のうち住管労組が昭和五四年五月一七日到達の書面により、同年九月一日をもって本件協定を解約する旨の予告をしたことは認めるが、その余は否認する。

2  住管労組の本件協定を解約する旨の予告の意思表示は、条件付のものであって、労働組合法一五条に規定する意思表示として不適法であり、本件協定解約の効力を発生させるものではない。

すなわち、

(一) 住管労組は、右意思表示において、被告会社に対し嘱託の雇用年限について交渉を求め、これに対して被告会社が同年六月三〇日までに回答しないことを条件に、同年九月一日をもって解約することを労組法一五条にもとづき予告するとなしているが、本来労使関係の混乱防止を目的とする労組法一五条の趣旨からみて、この様な条件付解約予告は許されるべきものではなく、また右意思表示からすれば、回答の期限である同年六月三〇日から、解約の効力が発生するという同年九月一日までの間には、労組法一五条四項に定める九〇日の期間はなく、いずれにせよ同条にもとづく解約予告としては効力がないものである。

(二) また、被告会社は、前記意思表示に対し、同年六月二八日、本件協定に定める基準にしたがい、住管労組組合員の労働条件について処理していく旨を回答しており、同年六月三〇日までに被告会社が回答しないことを条件とする解約予告は、この点からも、その効力は発生していないといわなければならない。

3  仮に、本件協定が失効しているとしても、原告は、本件協定に定められている委嘱年限に関する規定に従い、昭和五六年三月三一日をもって嘱託期間満了となり、その嘱託たる身分を喪失していることに変わりがない。

すなわち、

(一) 一般に、使用者と労働組合が労働協約を締結して、個々の組合員の労働条件に関する事項を合意すれば、使用者と個々の組合員との間の労働契約の内容は、当該労働協約の定めるところにより規律され、またその内容が補充される。そして、労働協約の内容のうち、労働条件などの基準を規定するいわゆる規範的部分は、労働協約の成立によって個々の労働契約の内容に転化しているものとみるべきであるから、その後労働協約が失効しても、協約に定める右労働条件などの基準は、労働契約の内容として、その効力を持続するものである。従って、労働協約失効後に新たに労働協約が締結される等の事実がないときは、個々の組合員の労働条件は、従前の労働協約の定めるところによることになる。

(二) そこで、右法理を本件にあてはめて検討すると、左のとおりとなる。

すなわち、前記のとおり、本件協定では、協定締結時点において既に満六〇歳に達した嘱託として在籍している者については、特に経過措置を設け、当時の年齢に応じて更新の年限を規定し、六五歳以上にまで更新する特例を認めている。そして、当時、住管労組には原告を含めて六名の組合員が加入していたが、その全員が嘱託であり、また満六〇歳を越えていたため、右組合員の全員が右経過措置の特例を受けることとなった。従って、本件協定のうち右経過措置に関する規定は、個々の組合員と被告会社との間の労働契約の内容となっていたものであり、仮に、本件協定が住管労組の一方的意思表示によって解約されたとしても、本件協定に定められた雇用年限に関する基準は、労働契約の内容としてその効力を持続しているものである。なお、住管労組の組合員であった訴外河野佐太郎、同坂田健蔵、同竹村保治、同浜田主計は、右経過措置の特例によって、その嘱託期間満了により退職しているものである。

第三証拠(略)

理由

一  原告が、昭和四二年四月一日、被告会社に雇用されて、被告会社大阪支店豊中分店において、単身住宅管理人として、頭書肩書地に所在する日本住宅公団旭ケ丘団地管理人室に、家族と共に住込みで勤務していたことは、当事者間に争いがない。

二  そこで次に、原告がその後被告会社の従業員としての地位を失ったか否かについて検討する。

1  原告らが昭和四九年三月一日に住管労組を結成したこと、同組合が同年三月一一日、被告会社を相手方として、大阪府地方労働委員会に不当労働行為の救済申立をしたこと、右労働委員会において、昭和五〇年六月一八日、被告会社と住管労組との間に本件和解が成立したこと、昭和五二年三月三一日、本件協定が締結されたこと、被告会社が原告に対し、昭和五五年一二月一九日付書面をもって、同五六年三月三一日限り、嘱託の委嘱年限に達すると通告したこと、以上の事実は当事者間に争いがない。

2  右争いのない事実に、(証拠略)によれば、次の事実が認められる。

(一)  被告会社では、昭和三八年三月二二日制定の単身住宅管理人規程(<証拠略>)において、単身住宅管理人は、満六三歳に達した時に退職すると規定して六三歳定年制を敷き、また、昭和四〇年四月一日から実施された嘱託就業規則(<証拠略>)において、嘱託期間を一年以内とし、会社の都合で更新することがあると規定し、その旨の嘱託制度を設けた。

(二)  ところで、原告は、昭和四九年三月二五日に満六三歳となり定年を迎えることになったので、被告会社は、原告に対し、同年三月初め頃、定年になったら辞めてもらう旨通告した。

(三)  これに対し、昭和四九年三月一日、原告と同様の立場にあった単身住宅管理人と図って、自ら委員長となり、住管労組を結成し、ついで同組合は、被告会社を相手方として同月一一日、大阪府地方労働委員会に対し、原告が定年で退職となるとする被告会社の扱いは、不当労働行為であるとして、その救済の申立をした。

(四)  右救済申立事件において、住管労組と被告会社は、協議を重ねた結果、昭和五〇年六月一八日、右労働委員会において、原告を利害関係人に加え、住管労組、被告会社及び原告との間において、次の如き内容の和解、すなわち、(1)原告の雇用年限を昭和五二年三月三一日までとし、その身分は嘱託とする。(2)昭和五二年三月三一日までに、単身住宅管理人である嘱託の雇用年限について新たな規定が制定されたときは、これによる。なお、規定を制定するときは、組合の意見を聴取する。(3)被告会社は、原告に対し、昭和四九年四月一日以降の給与・一時金の差額を遡及して支払う、等を内容とする和解(協定)が成立し、右和解の内容を記載した協定書が作成された。そして、被告会社は、右和解に従い、昭和五〇年七月四日、原告に常勤嘱託として単身住宅管理業務を委嘱すること、嘱託期間を一応昭和五一年三月三一日までとする昭和五〇年四月一日付辞令を交付し、その後、さらに、嘱託期間を同五三年三月三一日までとする同五二年四月一日付辞令を交付した。従って、原告の雇用期限は、右和解により昭和五二年三月三一日までとなり、その身分は嘱託となった。

(五)  その後被告会社は、前記和解内容を受けて、嘱託制度に関する規定の作成にとりかかり、昭和五二年三月三一日、被告会社と住管労組との間に、嘱託制度に関する本件協定が締結された。

(六)  本件協定では、嘱託の期限は一年と定めて契約するが、更新の年限については、男子の単身住宅管理人等は、満六五歳とする、但し、昭和五二年三月三一日当時既に嘱託として雇用されている男子で、既に満六〇歳以上の者については、別に定めるところによるとし、昭和五二年三月三一日当時満六六歳に達していたものについては、七〇才と定められた。そして、原告は、昭和五二年三月三一日当時満六六歳であったから、被告会社は、昭和五二年四月一日以降も、毎年、原告を、その嘱託期間を一年とする嘱託として雇用し、その最終の嘱託期限は昭和五六年三月三一日であったところ、原告は、昭和五六年三月二五日に満七〇歳に達することになっていたので、被告会社は、原告に対し、昭和五五年一二月二五日付書面をもって昭和五六年三月三一日限り嘱託の委嘱年限に達する旨通知し、以後原告を再雇用しなかった。

以上の事実が認められ、原告本人尋問の結果中、右認定に反する部分は、右認定に供したその余の証拠に照らし措信し得ず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

3  右認定の事実によれば、被告会社は、単身住宅管理人規程(<証拠略>)の退職に関する規定に従い、原告が満六三歳を迎えた昭和四九年三月二五日に被告会社を定年退職するものとしたところから原被告間に争いが生じたが、その後昭和五〇年六月一八日に成立した和解により、原告の雇用期限は、昭和五二年三月三一日までとされ、その身分は嘱託となったところ、その後、原告が満七〇歳に達した昭和五六年三月三一日までの間、右契約は毎年嘱託期間を一年として継続的に更新されてその都度再雇用されてきたが、被告会社は、原告に対し、昭和五五年一二月一九日付書面をもって、同五六年三月三一日限り、嘱託の委嘱年限に達すると通告し、その後嘱託の委嘱はしなかったものというべきであるから、原告はその最終の嘱託期限である昭和五六年三月三一日の経過をもって、被告会社の従業員としての地位を失ったものというべきである。

三  もっとも

1  原告は、昭和四二年二月、被告会社に就職するに際し、被告会社から、単身住宅管理人は、健康に支障のない限り高齢に達しても勤務できる職務であるとの説明を受けており、原告としては、高齢まで勤務できるものと考えて被告会社に就職したのであって、当時六三歳の定年制を定めた被告会社の単身管理規程を示されたこともなければ、その説明を受けたこともなかったから、被告会社の定める六三歳の定年制は、原被告間の雇用契約の内容になっていなかったものであると主張し、これを前提に原告は現に被告会社の従業員であるとの趣旨の主張をしている。しかしながら、右定年制が雇用契約の内容になっていなかったとの原告の主張事実に副う原告本人尋問の結果はたやすく措信できず、他に右事実を認め得る証拠はない。却って、当時、被告会社では、六三歳の定年制が定められていたことは前記の通りであるから、原告について右定年制を適用しないことについての特別の事情について主張立証のない本件において、原告についても右定年制の適用のあることを前提として被告会社に雇用されたものと認めるのが、経験則に合致するものというべきである。のみならず、仮に、原告と被告会社との雇用契約において、六三歳を定年として退職することがその内容になっていなかったとしても、前述の通り、原告と被告会社との間において、原告が定年で退職したか否かについて争いが生じ、右争いを解決するため、原告、原告の属する住管労組、及び、被告会社との間において、昭和五〇年六月一八日、原告の雇用期限は昭和五二年三月三一日までとし、その身分は嘱託とする旨の合意が成立したのであるから、その後右契約が更新されない限り、原告は、右雇用期限の昭和五二年三月三一日の経過と共に、被告会社の従業員としての地位を失う関係にあったところ、その後、右原告の嘱託としての雇用契約は、昭和五二年四月一日以降毎年一年毎に更新されたが、昭和五六年四月一日以降は更新されなかったから、原告は、昭和五六年三月三一日限り、被告会社を退職したものというべきである。

従って、原告には、六三歳の定年制が雇用契約の内容となっていなかったとの事実を前提とし、原告が現に被告会社の従業員であるとの原告の主張は失当である。

2  次に、原告は、種々の事情をあげ、前記大阪府地方労働委員会で成立した和解の内容は、前述のようなものではなく、右和解により原告の雇用期間が昭和五二年三月三一日までとなり、その間に、嘱託の雇用年限について新たに規定が制定されたときは、それに従うというような合意が成立したことはないとの主張をしているが、(証拠略)によれば、前記和解の内容は前述の通りの内容のものと認むべきであって、これに反する右原告の主張は、独自の見解であって採用できない。

なお、原告は、その本人尋問において、右和解成立当時在籍している単身住宅管理人については、定年後も、特に健康上その他の理由による業務遂行に支障の無い限り、引き続きそれ以前と同一の労働条件で労働契約が更新されるという永年の労働慣行があり、さらに被告会社の永野総務部長も、当時、右和解に定めた期限は形式的なもので、実質的には無期限に更新される旨認めていたから、右和解で原告の雇用期限が定められたことはないとの供述をしているが、当時、右原告主張のような合意内容を記載した書面が作成されたことを認め得る証拠はないのであって、右原告本人の供述は、到底信用できないものというべきである。

3  次に、原告は、前記和解に基づいて、その後住管労組と被告会社との間において昭和五二年三月三一日に締結された本件協定は、当時在籍していた原告ら単身住宅管理人には適用がない旨の主張をしているが、(証拠略)の協定書によれば、右協定書には、本件協定は、当時在籍していた単身住宅管理人には適用がない旨の記載は全くなく、却って、本件協定は、現在嘱託として在籍している者の更新期間については、一律に満六五歳とし、但書で昭和五二年三月三一日現在満六〇歳以上の者については別に定めるところによるとして、年齢毎に更新年限を定めていることが認められ、かつ、原告は、これに住管労組の委員長として署名捺印をしていることが認められるから、本件協定が単身住宅管理人には適用がないものとは到底認め難く、右の点に関する原告本人尋問の結果は信用できない。従って、右の点に関する原告の主張も失当である。

4  次に、住管労組が被告会社に対し、昭和五四年五月一七日到達の書面をもって、本件協定を同年九月一日をもって解約する旨の協約解約の予告をしたことは当事者間に争いがないところ、原告は、これにより本件協定が失効したとし、これを前提として、原告が被告会社の従業員たる地位を有する旨の主張をしている。しかしながら、仮に、本件協約が右解約予告により失効したとしても、前述の通り、前記大阪府地方労働委員会の和解により、原告の雇用年限は、昭和五二年三月三一日とされ、その後毎年期間を一年として右契約を更新され、嘱託として雇用されてきたのであるから、その最終の期限である昭和五六年三月三一日後に再雇用されたことのない本件においては、本件協定が失効したと否とに拘らず、原告は、右昭和五六年三月三一日の経過と共に、被告会社の従業員としての地位を失ったものというべきである。従って、右の点に関する原告の主張も失当である。

四  以上のとおりとすると、その余の点について判断するまでもなく、原告が被告会社の雇用契約上の地位を有することの確認と、それを前提とした未払賃金の支払を求める本訴請求は、いずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担について、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 後藤勇 裁判官 千川原則雄 裁判官 小宮山茂樹)

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