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大阪地方裁判所 昭和56年(ワ)327号 判決 1982年9月29日

原告 津畑産業株式会社

右代表者代表取締役 津畑尚明

右訴訟代理人弁護士 美並昌雄

被告 片木敏夫

右訴訟代理人弁護士 藤原達雄

主文

一、被告は、原告に対し、金一二八八万円およびこれに対する昭和五六年一月二五日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

二、原告のその余の請求を棄却する。

三、訴訟費用はこれを二分し、その一を原告、その余を被告の各負担とする。

四、この判決は原告の勝訴部分に限り仮に執行することができる。

事実

第一、当事者の求めた裁判

一、原告

1. 被告は、原告に対し、金二八七〇万八六〇五円およびこれに対する昭和五六年一月二五日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

2. 訴訟費用は被告の負担とする。

との判決および仮執行の宣言。

二、被告

1. 原告の請求を棄却する。

2. 訴訟費用は原告の負担とする。

との判決。

第二、請求原因

一、原告は、船舶回航を業とする株式会社であるが、健和産業株式会社(以下、健和という。)との間で、その委託を受けて船舶を目的地まで運送する回航業取引を行い、健和に対し、次のとおり合計二八七〇万八六〇五円の債権を有していた。

1. 回航代金 一四八七万四四〇円

原告が健和の委託により昭和五五年一月一日から同年七月末日までに行った回航代金残額

2. 約束手形 一三八三万八一六五円

原告は、健和振出の別紙約束手形一覧表記載の約束手形六通額面合計一三八三万八一六五円を所持している。

二、健和は、昭和五五年七月三一日、大阪地方裁判所に自己破産の申立をし、同年八月六日午前一一時、同裁判所で破産宣告がなされた。

三、原告は、健和の右破産により健和に対する二八七〇万八六〇五円の右債権の回収が不能となり、右金額相当の損害を蒙った。

四、被告は、昭和四二年六月一日から昭和五五年七月八日まで健和の取締役であったもので、原告に対し、商法第二六六条ノ三にもとづき原告の右損害を賠償すべき義務がある。その理由は次のとおりである。

1. 被告が代表取締役である株式会社片木アルミニューム製作所(以下、片木アルミという。)は、健和に対し、資金援助し、健和の支店を片木アルミの本店所在地に登記させ、健和の業務部長として片木アルミの子会社の取締役浅野義一を出向させ、実質上健和の親会社の地位にあった。

2. 被告は、健和の業績が悪化するばかりであるため、このままでは資金援助額が増大し、片木アルミの債権保全にも危険を生ずるばかりか、健和が倒産すれば被告の取締役としての責任追及が避けられないことを懸念し、健和に対して昭和五五年六月ころ輸出代金一億六一七〇万円が入金されることに目をつけ、その入金額から片木アルミの健和に対する債権約七〇〇〇万円を回収し、自らは取締役を辞任し、債権者の追及を免れようと計画した。

3. 被告は、健和が単に支払、業務を停止すると健和の取引先から実質上の親会社の片木アルミに対して責任追及が避けられないと判断し、健和に破産宣告を受けさせることにした。

4. 被告は、右計画に従い昭和五五年四月ころ、健和が行った第一五喜久丸と第三豊盛丸(以下、本件二隻という。)輸出による取消不能荷為替信用状(以下、L・Cという。)を右輸出資金貸付の担保として片木アルミが譲受け、同年六月二五日、片木アルミの主取引銀行の泉州銀行泉南支店で右L・Cを割引き、一億二八四八万三四六〇円の代金全部を右銀行口座に入金させ、右入金額から本件二隻の輸出に伴う貸金以外の累積債権五〇〇〇万円を相殺して債権全額を回収し、右輸出に関する原告の債権を輸出代金中から支払うことを不能ならしめ、更にその後の融資金については健和の有する債権仮差押事件(大阪地方裁判所昭和五五年(ヨ)第二七九号)の保証金一二〇〇万円の取戻請求権を片木アルミに譲渡させ、片木アルミの債権をすべて回収するとともに、自らは同年七月八日、健和の取締役を辞任し、健和に破産申立費用を貸付けて、同月三一日に破産の申立をさせた。

5. 片木アルミの健和に対する金銭貸付行為、健和の片木アルミに対するL・Cの譲渡および貸金債権回収のための相殺はいずれも商法第二六五条の自己取引に該当するところ、右行為は健和の取締役会の承認を受けておらず、違法であり、また、被告は、右のとおり、片木アルミの健和に対する債権を他の債権者に優先して回収することを目的とし、一時に回収すれば健和が倒産することを熟知しながら、故意に健和を破産させたものであり、または、健和の代表取締役請川武の違法な職務行為を監督し、防止すべき義務を怠ったものであって、健和の取締役としての職務を行うにつき悪意又は重大な過失によって原告に右損害を蒙らせた。

五、仮に被告の行為が商法第二六六条ノ三に当らないとしても、被告の右行為は原告に対する不法行為を構成する。

六、よって、原告は、被告に対し、商法第二六六条ノ三による損害賠償請求又は不法行為による損害賠償請求として、金二八七〇万八六〇五円およびこれに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和五六年一月二五日から支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

第三、被告の認否および反論。

一、請求原因一、二の事実は認める。同三の事実は不知。同四の冒頭の事実のうち被告が健和の取締役であったことは認めるが、その時期は争う。被告は、昭和五五年六月二〇日、健和の取締役を辞任した。同四1の事実のうち被告が片木アルミの代表取締役であること、片木アルミが健和に資金援助し、健和の支店が片木アルミの本店所在地に登記されていることは認めるが、その余の事実は争う。同四2・3の事実は争う。同四4の事実のうち片木アルミが健和から泉州銀行泉南支店に入金した金員中から弁済を受けたこと、片木アルミが健和から原告主張の保証金一二〇〇万円の取戻請求権を譲受けたことは認めるが、その余の事実は争う。同四5の事実は争う。

二、片木アルミと健和との関係について

1. 片木アルミは、健和の依頼により、泉陽信用金庫泉佐野支店を紹介しようとしたところ、同支店より、登記簿上泉南地区に本店又は支店がなければ取引できないといわれたため、やむなく便宜をはかることになり、健和の支店を登記簿上片木アルミの本店所在地に設置することを認めた。

2. 浅野義一は、被告が就職先として世話をしたので、健和に勤めるようになったが、健和の経営が苦しくなって浅野が健和を退職したので、被告は、世話をしたいきさつもあり、事実上休眠中の株式会社カタギを起して浅野にその運営をさせることにしたものである。

三、片木アルミの資金援助と債権回収について

1. 健和が船舶を輸出するためにはまず船舶を買い、必要な修理や欠損部品を完備しなければならず、相当な資金を要するため、片木アルミは、従前から健和に対し、資金援助をしてきた。

2. 片木アルミは、健和と関係銀行の三者間の話合により、銀行に振込まれる輸出代金から片木アルミの融資分を控除し、残金を健和の口座に振込むという取引方法をとっており、本件弁済は通常の業務としてなされた右方法による弁済の一つであって、健和の取締役である被告が指示したというものではない。

3. 片木アルミの健和に対する融資は、仮に商法第二六五条に該当する行為であるとしても、融資を受けなければ会社の存続も困難な状況のもとで代表取締役が他の取締役に懇請し、その取締役をしている別の会社から融資を受けた場合であるから、実質的にみて取締役会の承認があったと同視されるべきである。

四、保証金取戻請求権の譲受について

1. 片木アルミは、健和の経営が苦しくなった昭和五五年七月に入ってからも、健和に対し、一四〇〇円余を融資し、その融資により健和の第三者に対する四五〇〇万円の債権仮差押が可能となり、右債権が健和の主たる破産財団となっている。

2. 片木アルミの右融資金中一二〇〇万円については、保証金一二〇〇万円の取戻請求権の譲受により相殺された形となっていたが、片木アルミは、健和の破産管財人と話合い、昭和五七年四月一五日、将来保証金払戻が受けられる際に、内金四〇〇万円を片木アルミが受領し、残額は破産財団に返還する旨の示談が成立した。

第四、証拠<省略>

理由

一、原告は、船舶回航を業とする株式会社であるが、健和との間で、その委託を受けて船舶を目的地まで運送する回航業取引を行い、健和に対し、昭和五五年一月一日から同年七月末日までの回航代金残額一四八七万四四〇円と原告が健和から振出交付を受けて所持する別紙約束手形一覧表記載の約束手形六通額面合計一三八三万八一六五円の手形金、以上合計二八七〇万八六〇五円の債権を有していたこと、健和は、昭和五五年七月三一日、大阪地方裁判所に自己破産の申立をし、同年八月六日午前一一時、同裁判所で破産宣告がなされたこと、以上の事実は当事者間に争いがない。

二、<証拠>を総合すると、次の事実が認められる。

1. 健和は昭和四二年六月一日、設立され、請川武が代表取締役、請川の友人で片木アルミの代表取締役の被告が取締役に就任してめがねレンズ、めがね枠その他雑貨類の輸出を業としていた。片木アルミは、健和の依頼により、片木アルミの取引銀行と健和とが取引をする便宜上、昭和五五年三月七日、健和の支店を泉南市内の片木アルミの本店所在地に登記することを承認した。また、健和の業務部長であった浅野義一は、昭和五五年一月末ころ、もとの勤務先安宅産業株式会社の取引先として知合った被告の世話で健和に入社したものであるが、同年七月初めころ、健和を退社して、同年八月二七日、被告が代表取締役をしている株式会社カタギの取締役に就任した。片木アルミは、健和に対して資金援助をしており、このような両者の密接な関係から、片木アルミの取締役管理部長松崎利治や健和の業務部長浅野義一は原告その他健和の取引先に対して片木アルミが健和の親会社の立場にある旨説明していた。

2. 健和は、昭和五三年一一月ころから、船舶輸出業務に詳しい姜誠の助言により、船舶輸出業務を始め、営業の主力を右業務におくようになった。片木アルミは、健和に対し、右業務に必要な資金を利息日歩五銭の約定で貸付け、継続的に融資していたところ右融資額は次第に累増してきたので、昭和五五年四月ころには取締役の松崎利治を健和の輸出用船舶の買付のため請川に同行させるなど、その業務に関与させ、被告は、松崎や浅野から毎月数回は健和の財務内容についての報告を受けていた。健和は、同年二月ころ、姜との間に紛争を生じ、姜に対する売掛金四五〇〇万円以上の支払が滞ったうえ、船舶輸出による利益が余り上らず、かつ下旬以降の円高傾向による為替差損約三〇〇〇万円が発生し、その他姜との紛争による妨害行為等から修理費が予定より約二〇〇〇万円もかさんだことなどから、同年六月初めころには資金繰りが極度に苦しくなった。そこで、被告は、健和の行った本件二隻の輸出代金中から片木アルミの健和に対する従前の貸付債権金額の回収をはかることとした。

3. 一方、原告は、昭和五四年四月から健和と取引をし、船舶回航を請負っていたが、昭和五五年六月二三日、健和との間で、原告が健和の依頼により健和の輸出する本件二隻を同月二六日ころ長崎林兼造船株式会社よりバングラデシュ、チッタゴン港まで回航すること、回航料は、第一五喜久丸については七九〇万円とし、契約時に一五八万円、出航時に二三七万円、到着引渡書受領時に三九五万円を支払い、第三豊成丸については八二〇万円とし、契約時に一六四万円、出航時に二四六万円、到着引渡書受領時に四一〇万円を支払うこととの船舶回航契約を締結し、同年七月一一日に出航して同年八月五日ころ目的地に到達させた。右回航契約締結については、健和側では代表者請川のほかに松崎利治が関与して交渉に当った。

4. 被告は、健和の本件二隻の輸出によるL・Cを輸出資金貸付の担保として健和から片木アルミに譲渡させ、同月二五日片木アルミの主取引銀行の泉州銀行泉南支店で右L・Cを買取ってもらい同日、売主に対する支払金を差引いた一億二八四八万三四六〇円の代金全部を片木アルミの右銀行口座に入金させ、右入金額から本件二隻の輸出に伴う貸付金のほか、従前から累積していた貸金債権五〇〇〇万円位を相殺して、一挙に同日までの債権全額を回収した。健和の代表者請川武は、本件二隻の出航後も原告に対し、右輸出に伴うL・Cの現金化ができない旨虚偽の事実を話して支払の猶予を求めて回航を継続させていたが、結局右相殺の結果、本件二隻の輸出による健和の利益はほとんど残らず、原告に対する右回航代金中契約時支払分以外の合計一二八八万円の支払が不能となった。

5. 被告は、昭和五五年六月末ころ、右債権回収後に、請川に対し、健和の経営状態悪化を理由に健和の取締役を辞任する旨申入れ、同年七月八日その旨の登記がなされた。

6. 健和は昭和五五年二月二三日、被告の指示により、姜誠を相手方として大阪地方裁判所に四五〇〇万円の債権仮差押申請をし、同日、保証金として一二〇〇万円を供託して、同裁判所の債権仮差押決定を得た。片木アルミは、同年六月二五日の債権回収後も、健和に対し、一四〇〇万円位を貸与したが、同年七月三一日、右債権回収のため、健和から右一二〇〇万円の保証金取戻請求権の譲渡を受けた。

7. 請川武は、昭和五五年七月二〇日ころ、被告と相談の上健和の破産の申立をすることを決め、片木アルミから破産申立費用五〇万円を借受けて、同月三一日、大阪地方裁判所に健和の破産申立をし、同年八月六日午前一一時、同裁判所で破産宣告がなされた。その後片木アルミは、健和の破産管財人との間で話合い、片木アルミが健和より譲受け右保証金一二〇〇万円の取戻請求権については、保証金の取戻が可能となった場合には片木アルミが四〇〇万円を受領し、残額は破産財団に返還する旨を合意した。

以上の事実が認められ、被告本人尋問の結果中右認定に反する部分は措信し難く、他に右認定を左右できる証拠はない。

右事実によれば、被告は、片木アルミと健和との密接な関係から、健和の業務部長浅野義一より健和の財務状態を知らされ、その経営内容を知悉し、昭和五五年六月初めころには、早晩健和の倒産が不可避であることを予測し、片木アルミの健和に対する従前の五〇〇〇万円以上に達する累積債権を健和の本件二隻の輸出代金中から全額一挙に回収しようと考え、このような回収方法をとれば、本件二隻の輸出に関して回航料金債権を取得する原告やその他の債権者が右輸出代金からその債権弁済を得ることが不能となり、健和の経営状態からみて結局右債権の弁済を得られなくなることを十分予想しながら、あえて、一方では片木アルミの取締役松崎利治を通じて健和の代表者請川に本件二隻の輸出に伴う本件二隻の輸出先への回航に関する契約を原告と締結させ、他方では右輸出に関するL・Cを健和より片木アルミに譲渡させ、これを取引銀行泉州銀行泉南支店で買取ってもらってその代金を片木アルミの口座に入金させ、その入金中から右輸出に関して貸与した金額のほかに従前からの片木アルミの健和に対する五〇〇〇万円位の累積債権金額を相殺により他の債権者に優先して一挙に回収し、その結果原告が右輸出代金中から本件二隻の回航代金一二八八万円の支払を受けることを出来なくさせ、原告に右金額相当の損害を蒙らせたものと認められる。

そうすると、被告は、健和の取締役としての職務を忠実に遂行する義務があるのに、もっぱら片木アルミの代表取締役としての立場においてその利益のためのみに行動し、原告に対して一二八八万円相当の損害を蒙らせた(健和の破産の結果少くとも右金額の回収が不能となったことは弁論の全趣旨により明らかである。)もので、右損害は被告の健和の取締役の職務を行うについての悪意又は少くとも重大な過失によって生じたものと認めるのが相当であるから、原告は、被告に対し、商法第二六六条ノ三第一項による損害賠償として、一二八八万円の支払を求めうるものというべきである。

三、原告は、被告に対し、商法第二六六条ノ三第一項にもとづく損害賠償として、原告の健和に対する全債権額二八七〇万八六〇五円の支払を請求するけれども、健和の破産の結果原告の健和に対する右債権額全額が回収不能となったものとは認め難い(健和の破産の手続による配当額が原告に支払われる筈であるが、その金額は証拠上明確ではない。)のみならず、原告の健和に対する債権の回収が不能となったのは健和の破産の結果であるところ、前記二で認定した事実によると健和は、昭和五五年六月当時すでに資金繰りが行詰り、片木アルミによる債権回収がなかったとしても、片木アルミの資金援助が打切られれば早晩倒産に至る状況にあったもので、必ずしも片木アルミの前記債権回収行為によって破産の結果をきたしたものと認めることはできないから、健和が倒産寸前の状態であった同月二三日に原告、健和間で契約された本件二隻の船舶回航健和の破産によって回収不能となった原告の債権額全額を直ちに被告の右債権回収行為と相当因果関係ある損害と認めることはできず、他に原告の右回収不能と被告の行為との間の相当因果関係を認めるに足りる証拠はない。

四、原告は、被告に対し、選択的に不法行為による損害賠償請求として、原告の健和に対する全債権額二八七〇万八六〇五円の支払を請求する。

しかし、被告の前記片木アルミの債権回収行為が原告に対する不法行為を構成するとしても、原告の本件二隻の船舶回航料金の未収分一二八八万円のほかに、健和の破産によって回収不能となった原告の債権額全額を被告の不法行為と相当因果関係ある損害と認めることはできないことは前記三で判示したところと同様である。

五、したがって、原告は、被告に対し、商法第二六六条ノ三第一項による損害賠償として、金一二八八万円およびこれに対する本件訴状送達の日の翌日であることが本件記録上明らかな昭和五六年一月二五日から支払済まで年五分の割合による遅延損害金の支払を求めうるものであるが、原告のその余の請求は失当である。

よって、原告の請求は主文第一項掲記の限度でこれを認容し、その余の請求を棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九二条本文、仮執行の宣言につき同法第一九六条第一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 山本矩夫)

<以下省略>

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