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大阪地方裁判所 昭和56年(ワ)3806号 1984年7月30日

原告

日本労働組合総評議会全国金属労働組合大阪地方本部

右代表者執行委員長

武本明夫

右訴訟代理人弁護士

岡田義雄

冠木克彦

被告

株式会社日乃本製綱所

右代表者代表取締役

高瀬豊

被告

日乃本ワイヤロープ株式会社

右代表者代表取締役

高瀬功也

被告

高瀬豊

被告ら三名訴訟代理人弁護士

長山淳一

長山亨

主文

原告の被告らに対する請求をすべて棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、原告に対し、連帯して金二〇〇〇万円及びこれに対する昭和五六年六月一一日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する被告らの答弁

主文と同旨

第二当事者の主張

一  請求原因等

1  被告株式会社日乃本製綱所(以下「被告製綱所」という)は、鋼線及び鋼索の製造販売を主たる業務とする株式会社であり、大阪鋼線鋼索工業団地協同組合(以下「協同組合」という)の組合員である。

被告日乃本ワイヤロープ株式会社(以下「被告ワイヤロープ」という)は、被告製綱所の代表取締役被告高瀬豊(以下「被告高瀬」という)の長男訴外高瀬功也(以下「功也」という)が代表取締役となって昭和五四年五月四日に設立されたものである。

2  原告は、昭和五三年当時、被告製綱所の従業員中九名で組織していた総評全国金属労働組合大阪地本(以下「全金大阪地本」という)日乃本製綱所支部(以下「製綱所支部」という)の上部団体であり、また、同地本傘下の泉州阪南河内方面地区所在単組の地区協議機関として、全金大阪地本堺地区協議会(以下「堺地区協」という)を地本執行委員会の下に組織し、これら各単組及び地区協を対外的に代表する権限を有している。

3  被告製綱所は、昭和五三年二月会社を解散すると称して支部組合員らに退職を迫ったが、支部組合員らはかねてより鋼線鋼索団地内でひとり総評系組合として、同五二年春闘にはストを打つ等活発な活動をなして来たところ、右被告の申出を偽装解散の疑いもあるとして強く反対し、労使双方で幾度も協議を重ねた結果、原告及び支部組合員らは、同被告が会社解散が偽装ではなく真にやむを得ない解散であることを担保すべき約定をなすことを条件に被告製綱所の工場閉鎖とこれによる支部組合員らの退職と同会社の解散(以下右閉鎖、退職、解散全体を「本件解散」という)に同意した。

4  前項解散が真にやむをえないものであることの担保として、被告製綱所及び同高瀬は、昭和五三年五月一〇日、原告との間で、(1)右会社解散が真にやむをえない解散であることを示すため、会社解散手続が終了した時点で直ちに会社解散登記簿謄本を原告に提示すること、(2)将来法人格の如何を問わず同一事業内容の新会社設立を行った場合に、支部組合員を優先再雇用すること、優先再雇用ができないか、もしくは再雇用が無意味となった場合には違約金として二〇〇〇万円(以下「本件違約金」という)を原告、原告の堺地区協議会及び支部組合員に支払うべきこと、を夫々約した(以下(2)部分を「本件約定」という)。

5  しかるに、被告製綱所及び被告高瀬は、次のとおり本件約定に違反して、被告製綱所と同一事業内容の被告ワイヤロープを設立した。すなわち、

(一) 被告高瀬の長男であり昭和五三年当時の団体交渉で同被告を代理して被告製綱所を代表し本件約定の趣旨を熟知していた功也は、弟の訴外高瀬修三と共に、被告高瀬と意思相通じて、昭和五三年一一月ないし少くとも昭和五四年二月頃から、ついで、昭和五四年五月四日、功也が代表取締役、訴外修三が取締役、被告高瀬の旧来からの親密な同業者である訴外戸田忠が取締役なる役員構成の、被告ワイヤロープが設立され、同被告が、前記功也、修三の後を引継ぎ、同日から、いずれも被告製綱所所有の工場、被告高瀬所有の機械、備品等一切を使用して、被告製綱所と同一事業内容のワイヤロープの製造を開始し、登記簿上も被告製綱所と被告ワイヤロープとは事業内容を同一にしている。そのうえ、被告製綱所は、同年三月一五日に予め協同組合に対し、同被告の、組合員資格並びに被告高瀬の連帯保証のもとに大阪府から借入れた中小企業高度化資金借入債務(以下「高度化資金債務」という)、訴外商工中金からの工場建設資金債務(以下、両債務を併せて「高度化資金等債務」という)を、被告ワイヤロープに承継すべく申請し、被告ワイヤロープは設立操業後はその売上金により右債務を現実に弁済している。

(二) 被告ワイヤロープの賃加工といわれるものは、被告製綱所の事業規模を縮少し、一時的に賃加工部分のみを稼働させているに過ぎない。製造できるワイヤロープの種類も従前とかわりなく、製造するために必要な資材、部品等もルートが限られているというだけで、それらの費用は被告ワイヤロープが支払うなど、何ら実体的に異なるものではない。そして、被告製綱所は賃加工のみでなく従前の営業形態に戻ろうとすれば、何時にても可能であって何らの支障もない。

(三) 被告らは、以上の点につき、るゝ争い反論するが、真実は以上のとおりであっていずれも争う。

6  そして、功也らが前記のとおり昭和五三年一一月ないし同五四年三月頃から被告製綱所の操業を再開する際、元従業員の支部組合員らは、既にそれぞれ他の企業に就労していて、再雇用の意義が失なわれており、このことは被告ワイヤロープ設立時及び現在においても同様であった。

7(一)  他方、被告製綱所は未だ法人格を有しているが、前記のとおりその名義にかかる資産はすべて被告ワイヤロープに譲渡ないし引渡されて存在せず、また、所有名義の残っている資産も無償で被告ワイヤロープに使用させ、一方高度化資金等債務の支払は被告高瀬個人の資産や訴外功也の資産による支払も含めて被告ワイヤロープによってなされているもので、同被告側からみれば被告製綱所の工場、機械等を使用することなくして操業はなしえず、また被告高瀬は高度化資金等債務の保証人である関係上右操業による利益によって支払わなければ個人資産を失う結果となる関係にあり、被告三者は密接不可分な一体関係にある。片や被告製綱所は「真にやむをえない解散」と称して一旦閉鎖し、支部組合員らを既に解雇してしまったため、被告製綱所をもっては操業を再開し得ず、同被告及び被告高瀬は、右操業を確保するためには別の法人格を設立する必要があった。

以上のところからすれば、被告ワイヤロープは、法人格の形式上の名義の相違を利用して、原告に対する本件違約金の支払を免がれる目的で被告製綱所、同高瀬により設立されたものというべきである。

(二)  そうだとするとかかる法人の設立は、法人格の濫用として原告の本件違約金請求権との関係においては、その法人格を否認されるべきであり、したがって、被告ワイヤロープは被告製綱所の原告に対する一切の義務と同一の義務を負うこととなる。

8  よって、被告製綱所、同高瀬、同ワイヤロープは、いずれも、原告に対し、各自、本件約定違反による違約金二〇〇〇万円の支払義務を負うというべきである。

9  仮に、被告高瀬、同ワイヤロープの右義務が認められないとしても、被告ワイヤロープ代表者功也は、以上の経緯により、被告製綱所が同一事業内容の新会社を設立した場合に原告に対し本件違約金を支払うべき義務を負うに至ることを知りながら、同一事業内容の新会社を設立し、被告高瀬も右事情を知りながら被告ワイヤロープの設立を積極的に援助し、かつ、被告製綱所代表者として、同被告の資産をすべて被告ワイヤロープに引き継ぎ、よって、原告の被告製綱所に対する本件違約金債権二〇〇〇万円を実質的に回収不能ならしめて原告の右債権を侵害した。よって、被告高瀬、同ワイヤロープは、民法七〇九条、七一九条により原告の被った右違約金相当額の二〇〇〇万円の損害を賠償する責任がある。

10  よって、原告は被告ら三名に対し、債務不履行に基づき連帯して本件違約金二〇〇〇万円、被告高瀬、同ワイヤロープにつき、予備的に不法行為に基づき連帯して右違約金相当損害金二〇〇〇万円、及び、これらに対する債務不履行債務につき被告ら三名が遅滞に陥ったこと明らかな訴状送達の日の翌日であり、予備的請求債権につき不法行為の後であること明らかな、昭和五六年六月一一日から完済まで、いずれも、民法所定の年五分の割合による遅延損害金の、各支払いを求める。

二  請求原因に対する認否と主張(反論)

1(一)  請求原因1ないし3の各事実は認める。

(二)  同4は、そのうち、再雇用が無意味となった場合にも違約金を支払うべきことを約したとの点は否認し、その余は認める。

(三)  同5は、冒頭の主張事実は争い、同(一)は、そのうち、功也が団体交渉において被告高瀬を代理して被告製綱所を代表したこと、功也が被告高瀬と意思相通じて、ついで被告ワイヤロープが、いずれも被告製綱所と同一事業内容のワイヤロープの製造を開始したとの点は否認し、その余は認める。

(四)  同5(二)、同6ないし10は、いずれも争う。

2  以下のとおり、被告ワイヤロープの設立、営業は本件約定に反しない。

(一) 被告製綱所は、昭和五〇年頃より造船業界の構造不況を諸に受けて営業不振となり、昭和五二年には多額の累積損失金を出し、取引銀行の信用を失い融資の即時返済を迫られ、倒産の危機に瀕するに至った。そこで被告高瀬は、自己の個人資産を売却して一時右危機を脱したものの、被告製綱所としては、そのまま営業を継続するときは損失金を増大させ遂には従業員及び取引先や協同組合などに多額の債務を残したまま倒産に至り、右の者らに多大の損失を蒙らせる結果となる危険が明白な状態であった。そこで右被告代表者被告高瀬は、長年継続の事業を破産に至らしめるにしのびず、前記売却代金が残存する間に、これにより被告製綱所の取引債務や従業員の退職金を支払い、高度化資金債務、商工中金からの借り入れ債務については、この債務と右被告会社の財産(但し、高度化資金債務の関係で協同組合名義)を承継してくれる企業を探し出し清算する方法で解散手続に踏み切ることにした。

(二) 被告製綱所は、右方針に基づき昭和五三年二月、従業員全員に対し工場を閉鎖し債務関係を清算のうえ解散手続に入る旨告げ、その了解を求めるため従業員である支部組合員や同支部の上部団体である原告との間に数回労使交渉がもたれ、その結果、右組合員、原告も工場閉鎖、解散は已むなしということになり、同年五月一〇日、原告らと被告製綱所、同高瀬との間に退職金は各人二三〇万円を上乗せして支払うことで本件協定書、覚書(甲一、二号証)が取り交わされた。

ところで、右両書面記載の「同一事業内容の新会社」とあるのは、被告製綱所の解散が偽装でないことを担保するものであるから、従前の従業員を解雇したのち、新たな従業員を雇用し、会社の従前の営業をそのまま継続することを禁止し、しかも被告製綱所及び同高瀬が実質上の経営者として再開することを禁止するだけであって右両者以外の第三者が工場を前記債務とともに承継して事業を新たに行うことを禁止するものではない。けだし、前記被告製綱所の清算方法は、高度化資金等債務と工場等の会社財産を承継してくれる他企業を見つけることを当然の前提とするものであったからである。

(三) ところが、協同組合においては、被告製綱所ら所在地一帯に工場団地を建設し、その総建設資金として、大阪府中小企業高度化資金及び商工中金から全組合員分を協同組合名義で融資を受け、これを各組合員に分配貸し付け、各組合員は各自己借り受け分を協同組合に支払い、協同組合は全組合員の支払分をまとめて協同組合名義で支払う方法をとり、そのかわり、各組合員は相互に右協同組合名義の大阪府等に対する高度化資金等債務につき連帯保証をなし、一組合員の不履行は全組合員の不履行となるとともに、各組合員建築の工場、建物、土地も協同名義で登記され、協同組合員全員が借り入れ債務を弁済しない限り工場の土地、建物は組合員の所有名義とならない仕組みになっていた。したがって、被告製綱所の承継企業も協同組合員たる資格を必要としたところ、加えて、造船業界の厳しい不況のため、被告製綱所の取引債務の逐次弁済、大阪府への前記清算方法による解散に基づく協同組合脱退報告書提出等解散手続の逐次の遂行にも拘らず、右承継企業が見当らないまま推移した。

このような経過のもとで、昭和五三年一二月頃、泉ロープ工業株式会社の紹介で功也に日興鋼材株式会社(現在 日商岩井金属販売株式会社)から委託加工の話がもちあがり、右功也が被告ワイヤロープを設立して、協同組合員たる資格と被告製綱所の前記債務を承継することとなったものである。

(四) そして被告ワイヤロープは、功也と高瀬修三両名のみの出資により設立され、営業されているものであって、被告高瀬はその設立にはもちろん、その営業に関しても何ら関与せず全く無関係であって、被告製綱所及び同高瀬が功也を傀儡として設立、営業しているものではない。また、その事業内容も定款の目的自体は被告製綱所と同様のものではあるが、現実の事業内容は、被告製綱所は自己の計算でワイヤロープを製造し、これを取引先に売却していたものであるに比し、被告ワイヤロープは日興鋼材からの委託に基づくラッシングを主体とする賃加工業であって、両者全く異なるものであり、さらに、被告製綱所の取引先等の営業関係は工場閉鎖に際し、同種の営業を希望していた同被告従業員に譲渡済であって、被告ワイヤロープは被告製綱所の営業関係を一切引き継いでいない。

第三証拠

証拠関係は、本件記録中証拠関係目録に記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  本件解散の前後事情、本件約定締結の経緯と同約定の解釈

1  請求原因1ないし4の各事実(但し、同4のうち再雇用が無意味となった場合においても本件違約金を支払う旨約したとの点は除く)は、いずれも当事者間に争いがない。

2  右争いのない事実に、(証拠略)を総合すると、次の事実が認められる。

(一)  被告製綱所は、昭和二九年に大阪市大正区三軒家に事業所を置き設立され、造船業者を対象にワイヤロープの製造販売を主たる営業目的とし、同四八年頃までは、その営業成績は平穏に推移し、この間、同四六年頃誘われて大阪府泉佐野市所在の協同組合に加入し、同四八、九年頃より工場移転を計画し、その費用として、大阪府よりの高度化資金、及び商工中央金庫からの借入金、合計約一億二〇〇〇万円を借入して、同五〇年頃迄に工場を肩書(略)本店所在地に移転し、併せて登記簿上の本店も同年八月三日付で同所に移転した。なお、右協同組合は工場団地の建設を目的とするものであった関係上、被告製綱所ら組合員の工場建設資金は、同協同組合が一括して、自己名義で、大阪府から高度化資金債務として、商工中金からの融資として、各借入し、これを各組合員に貸付け、同被告ら各組合員は自己の借入れ分を同組合に返済し、これをまとめて、同組合が、その名義で返済する方式をとっており、また同被告ら各組合員は相互に大阪府及び商工中金に対し連帯保証をなし、一組合員が自己の借受金返済を遅滞した場合、他の組合員がこれを支払わなければならなくなるとともに、右担保として、同被告ら組合員の工場敷地、工場建物等も協同組合名義で登記され、組合員全員が借入債務を返済しない限り右工場敷地等も同被告ら組合員各人の所有名義を取得しえない仕組みとなっていた。

(二)  ところで、昭和五〇年頃からいわゆるオイルショック等による主取引先である造船業界の構造的不況の影響が強く、被告製綱所はこのため営業不振に陥り、高度化資金等債務とは別に同五二年度には三年間で六〇〇〇万円近い累積赤字を抱え、取引銀行からも信用を失い、融資を受けることも困難となったため、被告高瀬は、やむなく同人の個人所有財産である前記大正区三軒家の工場敷地を売却して資金を捻出し、これにより右会社債務を返済すること考(ママ)え、売りに出した。結局、同年四月頃右土地は総額約二億四四〇〇万で売却ができ、同年一一月頃被告製綱所は、地上権相当分約一億五〇〇〇万円、被告高瀬は残額を取得し、これで当時の前記被告会社債務の清算をなしえたものの、同会社は前記不況のため営業を継続すればする程、経常赤字の続出増大を免れない状況で、容易に好転をのぞめなかった。

(三)  そして、被告高瀬は、自身心臓病の持病のため健康に自信がなかったところ、偶々その頃、それまで実権を委ね永年頼りにして来た実弟(取締役)にも死なれ、他方、当時、被告製綱所に勤務していた息子の功也、修三ともに若輩である上事業の継続に意慾的でなかったため、被告高瀬はいよいよ事業継続の自信を失い、前項経済情勢と右身辺事情にかんがみ、同五三年初、顧問会計士訴外昼馬と相談の上、このまま右被告会社の将来見込みのない赤字経営を続けて、あげくの果てに破産手続をとらざるをえなくなって、永年の経営者役員までした共同組合員として恥をさらすよりは、前記個人土地代金の自己取得分が残存するうちに、これをも同会社に提供して残存取引債務、近く必要な全従業員退職金に充て、高度化資金等残債務約一億二〇〇〇万円の処理は共同組合員資格と共に権利義務一切を承継してくれる企業を探し求めて、これに承継させて右被告会社は共同組合を脱退する清算方法で、工場を閉鎖し同被告会社を解散するのが、従業員、取引先、高度化資金等債務関係者、協同組合にも迷惑をかけずにすむとの考え方に立ち至った。なお、前記会計士の指導により、被告高瀬は被告製綱所の機械器具、什器備品の所有名義を、それまで同会社に注込んだ自己資金の対償として取得した。

(四)  かくして、被告高瀬は同五三年二月二〇日、被告製綱所支部組合員を含む全従業員に対し、全従業員の退職をえて工場閉鎖し、同被告会社を前記清算方法により解散する旨の決意を表明して了解を求めた。これに対し、同支部組合員らは、上部団体である原告や堺地区協(以下右三者を「原告ら」という)に応援を求めたところ、原告らは被告高瀬の申入れを偽装解散の疑いありと解して、一応はこれを拒否し、むしろ、労働時間の延長や賃金カット等の労働条件の切り下げに協力することにより経営不振の急場をしのぎ営業を継続することを求めて、その後、原告と被告製綱所との間で、後者は被告高瀬病身のため主に労務担当訴外富、功也を担当者として、数回の団体交渉がもたれた。この間、被告高瀬は、原告らの示す労働条件切り下げに大きな期待がもてず、これにより到底現下の厳しい経営危機を乗り切れないものと考え、解散の決意を崩さなかったところ、原告らも被告製綱所の財務諸表等を検討し、営業継続の将来が必ずしも明るくないこと、組合員間の意思不統一等の事情により、最終的に、前記被告高瀬の申入れに応ずることに決した。

(五)  そこで、原告らと被告製綱所との間で、前同担当者により、本件解散が偽装でないことの保障対策、退職従業員の権利の拡大確保策につき団体交渉がもたれ、昭和五三年五月一〇日、右各対策としての本件約定等について、被告製綱所、同高瀬と原告、堺地区協、右同製綱所支部との間の同日付「協定」と題する文書で、大略、「(1)退職条件としては、従業員の退職日を昭和五三年四月二五日とし、退職金は被告日乃本製綱所と右支部との間の退職金協定に基づき会社都合による場合の額を支給する、残存有給休暇の取扱いについては善処する。(2)被告製綱所と同高瀬は、会社解散手続が終了した時点で直ちに会社解散の登記簿謄本を原告に提出すること、(3)将来被告製綱所並びに同高瀬は、その法人格の如何を問わず、同一事業内容の新会社設立を行った場合、製綱所支部組合員を優先して再雇用する。(4)被告製綱所は、争議解決金として一八四〇万円を昭和五三年五月一〇日原告に対して支払う。」旨約定(以下「本件協定」という)が、また、右文書に記載することを嫌った被告製綱所の意向を受けて、右同日、同時に被告製綱所と堺地区協との間の、同日付「覚書」と題する文書で、「(1)被告製綱所は堺地区協に対し金一封を支払う、(2)将来同一事業内容の新会社設立を行った場合、違約金として、二〇〇〇万円を原告並びに堺地区協会、日乃本製綱所支部組合員に支払う」旨の約定(以下「本件覚書」という)が夫々なされた(以下両約定を併せて「本件解散協定」という)。そして、右争議解決金は全従業員の正規の退職金の外に上乗せされた定額退職金一人当り二三〇万円の合計額を表示するものであった。

(六)  かくして、被告製綱所、同高瀬は、前記高瀬個人所有工場跡地売却残代金により、本件解散協定の履行として前同日、従業員に対し、正規及び上乗せ退職金を支払い、残存年次有給休暇を買上げ処理し、堺地区協に対し、金一封として金五〇万円を支払い、被告製綱所の爾後履行期の到来する高度化資金等債務を除く、その余の債務を、全額弁済し、工場を閉鎖し、右被告会社の全国にある販売得意先は、退職従業員訴外亀田清の求めにより、同人が始める個人綱販売業のために全部譲渡してやった。そして右被告会社は、同年五月二〇日付文書で、協同組合に対し、やむをえない廃業経緯報告と共に組合員資格と権利及び高度化資金等債務の債務者の地位を併せて承継する企業(以下「承継企業」という)を、同年七月末を目途に探索する等の申入れをなし、探索に着手し、同組合も右申入れを受諾し同月二三日大阪府に対しその旨報告した。

以上のとおり認められ、右認定に副わない前掲証言、尋問結果の部分は採用できず、他に右認定を左右するに足る証拠はなく、他に本件約定内容につき請求原因4主張の「再雇用が無意味となった場合に」云々の約旨が表示されたことを認めるに足る証拠はない。よって、右請求原因記載の本件約定の表示内容は、結局のところ、前記(五)の本件協定中(3)、及び本件覚書中(2)を併せたものに止まり、それ以上のものではないという外ない。

3  そこで、前記表示内容からなる本件約定の趣旨内容(意思表示の解釈)につきみるに、前項認定事実関係、就中、本件解散協定締結の最大目的が、被告製綱所解散が偽装解散でないことの担保とし、万一、偽装解散であったときの退職支部組合員の原職確保等利益擁護のためであった点と締結関係当事者の合理的意思の推測を併せ考えれば、本件約定にいう「被告製綱所並びに同高瀬が新会社を設立した場合」とは、法律手続上形式的に、右被告らが新会社を設立手続に関与した場合だけでなく、新会社の資本関係、人的構成等諸般の事情を総合考慮して実質的にみて右被告らが設立したと評価し得る場合も含む趣旨というべきであり、他方、「同一事業内容」とは、単に被告製綱所と新会社との登記簿上若くは定款上の会社の目的表示の対比のみにより決するのではなく、両者の事業形態や事業内容の対比により実質的に決すべき趣旨というべく、したがって、結局、本件約定の趣旨内容は、「被告製綱所あるいは同高瀬が、同製綱所と同一事業内容の新会社を実質的に設立したとみられる場合において、退職した製綱所支部組合員を優先再雇用しない場合には、同被告らは違約金二〇〇〇万円を支払わねばならない」との趣旨と解すべきである。よって、請求原因4の本件約定部分は右限度で理由があるが、右限度をこえる部分は理由がない。

二  本件約定違反の存否

1  請求原因5において、原告は被告ワイヤロープの設立、同被告の操業開始が本件約定違反に該当する旨主張するので以下検討する。まず、

(一)  請求原因5のうち、(1)功也が被告高瀬の長男であり弟の訴外高瀬修三と共に昭和五四年二月頃から被告製綱所の工場敷地、被告高瀬名義の機械器具備品等を使用してワイヤロープに関する操業を開始し、被告ワイヤロープが昭和五四年五月四日、功也を代表取締役、訴外修三及び被告高瀬の旧来からの親密な同業者である訴外戸田忠を各取締役とする役員構成で設立され、被告ワイヤロープは前記功也、修三のワイヤロープに関する操業を同様の方法で引継いでおり、その登記簿上表示の営業目的は被告製綱所のそれと同一であること、(2)被告製綱所は同年三月一五日に予め協同組合に対し、同被告の組合員資格並びに被告高瀬の連帯保証のもとに大阪府等から借入した高度化資金等債務を被告ワイヤロープに承継すべく申請し、現実に、同被告は、右操業後、その売上金で右債務の弁済をしていること、以上の各事実は当事者間に争いがない。

(二)  ついで右争いのない事実と、被告高瀬豊及び同ワイヤロープ代表者各本人尋問の結果によれば、(1)同ワイヤロープは、操業開始後しばらくの間、被告製綱所の看板を掲げたまま操業をなしており、原告より本件約定違反ではないかと指摘された後に、被告ワイヤロープの看板に変えたこと、(2)被告製綱所は閉鎖前、一部ワイヤロープの賃加工業をなしたこともあったこと、(3)同被告は未だ本件協定に基づく会社法上の解散決議をなさず、清算手続にも入っておらず、したがって解散登記簿謄本を原告に提出していないこと、が夫々認められ、右認定を左右する証拠はない。

2  そこで、前項(一)(二)の事実関係から、被告ワイヤロープの前記設立が被告製綱所及び同高瀬が実質的になしたもの及び被告ワイヤロープの現操業が被告製綱所の事業内容と実質的に同一のものと評価すべきかにつき、以下検討する。

ところで、他方、協同組合の仕組み、高度化資金等債務と組合員資格と権利の相関関係、本件解散の清算方法は当初から、被告製綱所が組合員資格及び工場と同敷地の権利(登記名義のない所有権)並びに、これを事実上の担保とする高度化資金等債務の債務者の地位を一括して第三者優良企業に承継してもらうことであったこと、機械器具の所有名義の被告高瀬への変更、本件解散協定に基づく清算方法としての得意先の全部処分、承継人探索着手の各経緯は、前項2、(一)、(三)、(六)認定のとおりであり、つぎに同一項2認定の事実関係に加え、前掲甲四号証の一、二並びに前掲被告高瀬、同ワイヤロープ代表者の、各本人尋問の結果を総合すれば、かえって、次の事実、すなわち、

(一)  被告高瀬は前記のとおり承継企業を急いで探索したが、ワイヤロープ業界の不況と、承継企業が当時は未だ鋼線鋼索製造関連企業に限定されていたことから、容易に承継企業を見い出し得ないでいたところ、昭和五三年一二月頃に至って、被告高瀬の知人である泉ロープ工業株式会社の樽谷の紹介でワイヤロープや建設関連機械の販売商社である日興鋼材株式会社(後に日商岩井金属販売株式会社と商号を変更)から、ワイヤロープの委託加工の商談が、まず、同被告に持ち込まれ、同被告が全くその気なく固辞するや、ついで功也に持ち込まれた。

(二)  折から、功也は被告製綱所閉鎖後は保険代理店開業を考慮し、準備中であったが、これとて成算があるわけでなく、他方、承継企業が見付からないままに、高度化資金等債務の返済は連帯保証人である被告高瀬個人の資産のみによって弁済をつづけ、承継企業が見付かるまでは右資産を喰いつぶして行かざるをえない不安な情況下にあったことにかんがみ、藁をもつかむ気持ちとなり、親子関係のため容易に借用できる被告製綱所、同高瀬の右製綱所の閉鎖工場と機械により、弟修三と共に委託加工賃収入をあげ、これを高度化資金等債務返済資金に充てて、自ら承継企業となることを急拠考え立ち、被告高瀬の賛同もえないままに、右委託加工の承諾をなした。そして、功也は、同五四年二月頃より、弟修三と共に閉鎖当時の支部組合員であった訴外磯山や隣接同業者訴外宮崎の協力をえて、同人らより、機械の操作方法を習得して、前記被告両名より、前記工場施設、機械、備品を借り受けて日興鋼材からのワイヤロープ製品の委託加工を始め、右功也と修三はついで、本格的に委託加工業を始めることとし、各自一〇〇万円、合計二〇〇万円を資本金として出捐し、同年五月四日、訴外戸田には名前だけの取締役に入ってもらい、功也を代表取締役として被告日乃本ワイヤロープを設立した。被告ワイヤロープは右功也及び修三のほか、女子ら三名の従業員を雇い入れ、被告製綱所の承継企業として、同被告より工場の、被告高瀬より、機械器具の、各賃貸借を受け、一時期賃料の支払いもなし、別に新機械をも購入して、前記日興鋼材からのワイヤロープの製造の委託加工業を本格的に開始し、また、併せて、被告製綱所との間で、共(ママ)同組合員の資格、前記権利、高度化資金等債務の、すべての譲渡を受ける旨約し、同被告より昭和五四年三月一五日共(ママ)同組合宛に右の許可を求め、同組合は右承継を許可し、同様の認可申請を同月二二日付で大阪府に対しなした。かくして、被告ワイヤロープは現在に至るまで承継企業として、前記高度化資金等債務の長期分割支払分年額約一二〇〇万円を、まずは右委託加工収入により、不足分は、功也がその所有の堺市所在のマンションを売却して捻出した代金により、弁済に努めてきている。

(三)  他方、被告製綱所主営業は、これまで自己の計算と危険負担に基づき自ら仕入れた材料を使用してワイヤロープを製造し、高付加価値をつけ、本土全域に広がる合計約一〇〇軒の得意先に販売して販売利益をえていたもので、その製品も日本工業規格に準拠した高級品であった。これに対し、被告ワイヤロープの営業は、専ら日興鋼材の委託加工の注文により、材料も同会社が取得して供給するものを使用してワイヤロープに加工製造し、これを同会社に納入することにより、危険負担もないかわりに、低率の加工賃利益をえているものであり、その製品も専ら荷造り用の使い捨てワイヤロープである、所謂、ラッシングロープという低級品である。そして、業界においては、右両被告の業種、業態は別異のもので、取扱い製品も同じワイヤロープといっても全く別種類のものと認識されている。

以上の事実が認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。そして、また、被告ワイヤロープの設立手続、出資資金、及び、その後の同被告の事業経営一切につき、被告高瀬が、形式的に名義を出したり、現実の手続関与や、資金拠出等、何らかの実質的な関与をなし、若くは現になしていることは全証拠によるも、これを認めるに足りない。

3  そうだとすると、前2項判示のところに照らせば、他に特段の事情も認められないので前1項(一)(二)の事実関係からは、直ちに、被告ワイヤロープの設立が被告製綱所若くは被告高瀬が実質的に設立したものとも、また、被告ワイヤロープの事業内容が、被告製綱所のそれと実質的に同一事業とも、到底評価ないしは解することができないという外ない。要するに、これまでの判示によれば右被告ワイヤロープの設立は、本件解散方法として、被告製綱所の共同(ママ)組合員の権利、地位と高度化資金等債務者の地位を不可分的に承継すべき企業として、当初から予定され、他方面で探索されていた承継企業に代ったものに過ぎないとみるべく、さらに、なお、(1)被告製綱所が工場を被告高瀬が機械器具を、被告ワイヤロープに各賃貸しつつ、自らは解散手続を完了していない点も、前記共同(ママ)組合と高度化資金等債務の相関関係と仕組み、に加え被告高瀬本人の尋問結果によれば、全組合員の高度化資金総額が完済される迄は、各組合員の大阪府に対する相互保証関係が消滅しない関係にあること、大阪府の裁量で、組合員の地位と右高度化資金等債務者の承継があっても、旧組合員の連帯保証を当然には免除しないことが推認される点に照らせば、前示のとおり被告ワイヤロープは勿論、他の組合員の高度化資金等債務総額が未だ完済ない(ママ)のであるから、現状では到底、被告製綱所の清算手続は結了しえないことは明らかであり、また、工場設備等賃貸の点も、他の第三者承継企業の場合においても、同企業が高度化資金等債務の繰り上げ弁済をなすことでもしない限り同じ手続が必要であり、機械設備等についても、右企業に一時に買受け資力がない限り、同じ手続が必要であるのであって、被告ワイヤロープの場合に限り、特に被告製綱所、同高瀬の格別の便宜供与とも見るべき特段の事情も証拠上認められない。また、(2)被告製綱所も閉鎖前に一部賃加工業をなしていたことがあった点も、前示のとおり、本件約定に定める同一事業内容の検討は事業全体の主体的部分の対比によりなすべきものと解されるから、異とするに足りない。したがって、右(1)、(2)の点はいずれも、以上の判示の妨げとなるものではない。そして、全証拠によるも、他に前記「同一事業」「被告製綱所、同高瀬」による被告ワイヤロープの実質的設立を認定すべき基礎事実を認めるに足りない。

4  以上の次第で、被告製綱所、同高瀬には、本件約定違反の事実は存しないという外なく、したがって右両被告が本件違約金債務を負担するものでもない。よって、請求原因5、8は、まず、理由がない。

三  結論

以上の次第で、被告ワイヤロープに対する主位的請求原因、及び同被告、被告高瀬に対する予備的請求原因は、いずれも被告製綱所が本件約定違反に基づく違約金債務を負うことを前提とするものであるから、前記のとおり、右前提を欠くので、その余の点につき考えるまでもなく理由がない。

よって、原告の被告製綱所に対する本訴請求、同高瀬、同ワイヤロープに対する主位的及び予備的請求は、いずれも理由がなく、失当として、これを棄却し、民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 杉本昭一 裁判官 千川原則雄 裁判官小久保孝雄は、職務代行期間終了につき署名捺印することができない。裁判長裁判官 杉本昭一)

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