大阪地方裁判所 昭和56年(ワ)695号 判決
一 請求原因一の事実(本件特許権の存在)は当事者間に争いがない。
二 1原告は、本件発明の目的物が本件発明の特許出願前公然知られたものではないと主張するので検討するに、いずれも成立に争いのない甲第二号証(本件発明の特許公報、別添特許公報に同じ)、第三号証、第一〇号証、乙第二号証、第四号証に弁論の全趣旨を総合すると次の事実が認められる。
(一) 本件発明の目的物は、梅肉エキスを主成分とする固形食品であつて、梅肉エキスと米粉・寒梅粉等の穀粉との混捏物からなる粒体の表面層に梅肉エキスを浸透させているものであり、右穀粉は、梅肉エキスの賦形剤として機能しているのみならず、「穀粉によつて有機酸の刺激を和らげ食べ易い味となしたため、間食として常食出来、疲労の回復、健康の増進に効果を発揮する」(本件発明の特許公報二欄二六行ないし二八行目)との効果を奏すること、また、粒体の表面層に梅肉エキスを浸透させたことにより「丸粒食品は、梅汁を煮詰めて形成した梅エキスによつて外層がコーテイングされているから有効成分が表面に表われる」(同公報二欄二一行ないし二三行目)、「梅エキスによるコーテイングは、内質と同一成分のため、安定である」(同公報二欄二九、三〇行目)、「コーテイングは、固形食品に艶を出すと同時に、内層への混気浸入を防ぎ、且つ変質、変形をも防止する」(同公報二欄三三ないし三五行目)との作用効果を有する。
(二) 梅エキス(「梅肉エキス」ともいう)は、青梅をすりおろした後、しぼつて得た液汁を天日に当て又は、煮つめて水分を蒸発させ濃縮したもので、酸味が強く黒褐色でねばり気の強い液体で、遅くとも昭和初期には、消化器疾患に効能があるものとして右製法・効能が刊行物に登載され一般に知られるようになつた。
(三) 本件発明の出願前梅肉エキスを主成分とする固形食品の製造法としては公知技術<2>があり、それは、青梅の果肉及び核を磨砕しこれを圧搾濾過して得た液汁を濃縮して梅エキスを製造し、右「梅エキス」及び「右圧搾濾過した後の圧搾残滓を乾燥後粉末とした極微細の粉末」、並びに「脱核した梅干・塩漬紫蘇の各乾燥粉末」を混捏し、製丸・乾燥して丸剤を製造する方法に関する発明であり、右丸剤は右各「 」内の物質により構成されている。
そして、公知技術<2>の特許公報(乙第二号証)には、梅実の効能に並んで、構成成分である紫蘇の効能として健胃・利尿・去痰などが掲載されている。
以上のとおり認められる。
右で認定したところに基づき本件発明の目的物が新規物か否かをみるに本件発明の目的物と公知技術<2>のそれとはいずれも梅肉エキスを主成分とする点において共通するものの、本件発明の目的物における<1>穀粉並びに<ロ>粒体表面層に梅肉エキスを浸透させていることは、それぞれ単なる賦形剤、艶出としての効果のみならず前記各効果を有することが認められ、しかも公知技術<2>の目的物における前記圧搾残滓、梅干、紫蘇漬、などとは、構成成分において異なるうえに効果においても異なるから、本件発明の目的物は右<イ><ロ>の二点において新規物と解するのが相当である。
被告らは、乙第一号証に記載の公知技術<1>の存在をもつて本件発明の目的物が新規性を欠くと主張するけれども、公知技術<1>は梅肉エキスを原料とするものではなく梅を塩漬けした際浸出生製する梅酢液と紫蘇の乾燥粉末、緑茶粉末ほかを原料とする携帯用梅干代用品の製造法に関する発明である(いずれも成立に争いのない甲第一一号証、乙第一号証による)から、右公知技術の存在をもつて右結論を左右しない。
三 被告製品の構成成分の内容及び本件発明の目的物との同一性の有無につき検討する。
1 請求原因三中被告三和食品が「梅肉エキス粒」の商品名で梅肉エキス入りの粒を製造販売していることは当事者間に争いがなく、原告主張のものであることにつき争いのない検甲第一号証、いずれも被告ら主張のものであることにつき争いのない検乙号各証、検証の結果を総合すると、被告らが製造販売している製品の原料及びその構成比は、梅肉エキスの凍結乾燥粉末一、山芋粉五、梅肉エキス四であること、被告製品の製造工程の概略は、別紙被告製造方法記載のとおり<1>混合<2>練合<3>製丸<4>第一次乾燥<5>艶出し<6>第二次乾燥よりなつており、(以下「被告製造方法」という)、被告製造方法により得られる製品は、右原料の混合物であることが認められる。(右各工程中以下の部分を除き当事者間に争いがない。
<1>工程中「約五分」、「均一に」とある部分、「(乾燥度により水を適量入れる)」とある部分。
<2>工程中「手にて」とある部分。
<3>工程中「表面略黒色の」とある部分。
<4>工程中「約八時間」、「略黒色」とある部分。
<5>工程中「艶出し」、「約二時間」、「光沢を付与する」とある部分。
<6>工程中「約二時間」とある部分。
<2><3>の「約三〇~四〇分」とある部分。
<3>―<4>、<4>―<5>、<6>―目的物の間の各「(選別)」とある部分)
そうすると、被告製品は、まず、穀粉を構成成分とせず、山芋粉を構成成分とする点において本件発明の目的物と異なるというべきである。甲第一六、第一七号証の記載は、検証の結果に照らしてにわかに採用し難い。
2 次に原告は、被告製品がその製造方法において粒体に水をふりかけその表面を溶かすことによつて粒体自体から流出した梅肉エキスで表面層を形成しているから、前記粒体表面に梅肉エキスを浸透させている層を有すると主張するところ、被告製品の表面層に梅肉エキスを浸透させている層が形成されていることを認めるに足りる証拠がないのみならず、本件発明の特許請求の範囲の「粒体の表面層に梅肉エキスを浸透させ」るとの構成要件に対応する発明の詳細な説明の記載をみると「この固形丸粒体に梅の肉汁と水との混合液を煮詰めてなした焦茶色の前記梅エキスを水で溶き、丸粒体を攪拌しつつ上から撒布し粒体の表面層に浸透させ」(本件特許公報二欄八行ないし一一行目)、「丸粒食品は、梅汁を煮詰めて形成した梅エキスによつて外層がコーテイングされている」(右公報二欄二一行ないし二三行目)、「梅エキスによるコーテイングは」(同公報二欄二九行目)、「コーテイングは、」(同公報二欄三三行目)との各記載がなされており(前掲甲第二号証による)、これらはいずれも外部からの梅肉エキスの塗布・撒布を意味するものばかりであり、内部から成分が浸出することを示唆する記載はない。
右の各記載によれば、「粒体の表面層に梅肉エキスを浸透させる」との構成要件は、梅肉エキスを外部から粒体の表面層に塗布・撒布することを意味し、内部から浸出させることまでを含まないと解されるから、原告のこの点に関する主張は採用できない。
そうすると、被告製品は、本件発明の目的物における「粒体の表面に梅肉エキスを浸透させた層」を有しない点においても、右目的物と異なるというべきである。
3 また原告は、被告製品における山芋粉は、本件発明の目的物における穀粉と均等の関係にあると主張するところ、特許法一〇四条適用要件としての目的物の同一性について均等論の適用が許されるか否かはさておき、本件において右均等の主張は、以下の理由により採用の限りでない。
すなわち、前記二で認定のとおり、本件発明の目的物の主成分である梅肉エキス自体の製法は遅くとも昭和初期には一般に知られており、その丸剤の製造方法である公知技術<2>も昭和一七年一一月に公告されていることに鑑みると、本件発明は、その目的物が<1>梅肉エキスに穀粉を添加してあること、<ロ>粒体の表面に梅肉エキスを浸透させた層を有することの各構成を採ることにより、従来の梅肉エキス単体及びその丸剤にない特有の作用効果を有するからこそ、その製造方法に新規性・進歩性ありとして特許が認められたというのが相当である。
したがつて、右<イ>、<ロ>は本件発明の目的物の本質的部分にかかり、これらを欠如したり、他のものに置換したものとの間に均等の関係を認めることは許されないと解するのが相当である。
しかも、成立に争いのない乙第五号証によれば、被告製品における山芋粉は、滋養強壮、止瀉、鎮咳、止渇などの目的で漢方方剤に配合されるとして日本薬局方(第九改正)にも収載されていることが認められ、本件発明の目的物における穀粉とは作用効果において異なるといわざるを得ない。
したがつて、被告製品における山芋粉が本件発明の目的物における穀粉の均等物であるとの原告の主張は失当である。
4 右のとおり、被告製品が本件発明の目的物と同一の物と認められない以上、特許法一〇四条の適用はないから、被告製造方法が本件発明の技術的範囲に属することは原告において立証すべきであり、本件の如き製造方法の発明にあつては、原料、生産手段、目的物の三点にわたり被告製造方法が本件発明と同一又は均等の関係にあることの立証を要するところ、両者が原料と目的物の二点において異なるのみならず、被告製造方法には本件発明の必須要件である「粒体の表面層に梅肉エキスを浸透させる」製造工程を欠き、生産手段においても異なり、両者が均等の関係にもないことは、以上で認定説示したところにより明らかである。
したがつて、被告製造方法は、本件発明の技術的範囲に属しない。
四 そうすると、被告らが前記のとおり被告製品を被告製造方法により業として製造・販売等することは、なんら原告の本件特許権を侵害するものではない。
よつて原告の本訴主位的、予備的請求は、いずれも理由がないから棄却することとする。
〔編註〕 本件特許発明に関する事項は左のとおりである。
原告は、次の特許権(以下これを「本件特許権」といい、その発明を「本件発明」という)を有する。
名称 梅エキスを主成分とした固形食品の製造方法
出願 昭和四七年一二月二六日(特願昭四八―三〇二三)
公告 昭和五〇年一二月一五日(特公昭五〇―三九一三六)
登録 昭和五一年八月三一日(第八二六四七〇号)
登録請求の範囲
「1青梅の肉汁と水とを配合した混合液を加熱して煮詰め、形成される梅エキスに更に米粉、寒梅粉等の穀粉を加え撹拌混合して混捏物となし、該混捏物を粒状に固形化した後、粒体の表面層に梅肉エキスを浸透させ乾燥して成るを特徴とする梅エキスを主成分とした固形食品の製造方法。」