大阪地方裁判所 昭和56年(ワ)942号 1983年2月15日
原告
上野玉市
右訴訟代理人弁護士
河村武信
同
海川道郎
同
伊賀興一
被告
関西汽船株式会社
右代表者代表取締役
石水次郎
右訴訟代理人弁護士
門間進
同
飯島久雄
右当事者間の頭書請求事件について当裁判所は昭和五七年一一月一九日終結した口頭弁論に基づき次のとおり判決する。
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
一 申立
1 原告
(一) 被告は原告に対し金一二三万三九五〇円とこれに対する昭和五五年五月一日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え、
(二) 訴訟費用は被告の負担とする、
との判決、並びに右(一)項についての仮執行宣言。
2 被告
主文同旨の判決。
二 主張
1 原告の請求原因
(一) (退職)
原告は、被告と雇用契約を結んで昭和二一年一〇月一〇日被告に入社し、その陸上部門の従業員として勤務したが、定年(五八才)により昭和五五年四月三〇日被告を退職した。
(二) (退職加算金協定)
被告は原告の所属する関西汽船労働組合(以下適宜、陸上組合という)との間で、昭和五一年四月三〇日、退職手当の加算金につき次記の協定(以下適宜、本件協定という)を結んだ。
記
(1) 勤務年数一〇年以上でかつ年令五〇才以上で退職する場合は退職手当規定額に加え次の特別加算額を支給する。
勤続年数一〇年以上一五年未満の者 算定基準額の三ケ月
同一五年以上二〇年未満の者 同四ケ月
同二〇年以上の者 同五ケ月
(2) 昭和一七年五月会社創立に際し大阪商船株式会社外六社より会社に移籍し、その後引続き勤務した者が定年退職する場合退職手当規定額に加え算定基準額の二ケ月分相当額を支給する。
(3) 勤続満二〇年以上の者が定年退職する場合退職手当規定額に加え算定基準額の八ケ月分相当額を支給する。
但し、満二〇年に満たない者については他の船会社に勤務した期間を通算して満二〇年以上となる場合に限り算定基準額の四ケ月分を支給する。
(4) 死亡退職の場合は退職手当規定額に加え算定基準額の四ケ月分を支給する。
(5) 本件協定の実施期日 昭和五一年五月一日
(三) (協定の解釈)
本件協定の(1)の特別加算金と(3)の定年加算金とは、それぞれの要件を充たす限り、併給される趣旨であり、このことは、次の(1)乃至(5)の点からも明らかである。
(1) 本件協定の(1)は、その文言上、右特別加算金の支給対象となる退職につき、定年退職を除外するとか中途退職に限るとかの限定をしていない。
(2) 本件協定の(1)乃至(4)の各加算金はそれぞれ独自の存在意義を有するもので、(3)の定年加算金により(1)の長期勤続者の特別加算金がカバーされるものではない。
(3) 本件協定の(1)と(4)の加算金、(2)と(3)の加算金は現に併給されている。
(4) 本件協定の(1)と(3)の加算金が併給されないとすると、例えば、他の船会社に五年勤めた後被告に一八年勤めて定年退職した者の場合などのように、本件協定の(3)の但書の優遇措置が無意味となる矛盾が生じる。
(5) 本件協定は、陸上組合が、海上勤務者より劣る陸上勤務者の退職金制度を海上勤務者のものと同じにするよう求めて被告と交渉した結果、海陸の格差是正の見地から成立に至ったものであるところ、当時、海上勤務者の退職金制度では右特別加算金と定年加算金が併給となっており、以上の点は被告及びその交渉担当者も十分認識のうえ、本件協定を結んだものであって、本件協定の(1)と(3)の加算金が併給となることは、右協定当事者双方が当然の前提としていたことである。
(四) (原告の退職加算金)
原告の退職金算定基準額は月額金二四万六七九〇円であり、勤続年数は三三年七ケ月である。
従って、本件協定によれば、原告の退職金には、勤続二〇年以上で五〇才以上の退職者としての算定基準額の五ケ月分の特別加算金(本件協定の(1))と、勤続満二〇年以上の定年退職者としての同八ケ月分の定年加算金(本件協定の(3))とが、付加して支給されるべきところ、被告は、原告に対し、右特別加算金の支給をしない。
そこで、原告は被告に対し右特別加算金一二三万三九五〇円とこれに対する退職日の翌日である昭和五五年五月一日から支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
2 請求原因に対する被告の認否及び主張
(一) (認否)
請求原因(一)(退職)、(二)(退職加算金協定)は認め、同(三)(協定の解釈)は争い、同(四)のうち、原告の退職金算定基準額・勤続年数、被告の右特別加算金五ケ月分不支給の点は認め、その余は争う。
(二) (主張)
本件協定の(1)の特別加算金の規定は、定年退職者には適用されないものであり、このことは次の(1)乃至(4)の点からも明らかである。
(1) 本件協定は、被告と陸上組合との間の昭和四四年六月一五日付の協定(覚書)に、本件協定の(1)を付加したものである。
本件協定の(1)は、陸上組合の要求を受けて、当時、中途退職の場合、陸上従業員にはなく海上従業員にのみ存した特別加算金の制度(本件協定の(1)と同一水準のもの)を、陸上従業員にも導入したものであり、これは、陸上従業員中途退職者の救済の為の措置であった。
また、本件協定の(3)は、陸上組合が従前の定年加算金を「五五才以上の退職」の加算金に改めるよう要求したのを被告が拒否して、従前のままとなったものである。
(2) 本件協定の交渉の際、右特別加算金と定年加算金が併給か否かの議論は、被告からも陸上組合からも全く為されていなかった。
また、当時陸上組合は、海上従業員の場合右特別加算金と定年加算金とが併給となることを知らなかったし、右要求内容からみても、そのような併給の考えは持っていなかった。
(3) 本件協定後、陸上組合員が昭和五四年一〇月三一日、昭和五五年二月二九日に定年退職した際、被告は、本件協定の(1)、(3)の加算金は併給されないとの見解の下に、その退職金と退職加算金を支給したが、これに対し、陸上組合からも各本人からも何ら異議も出なかった。
(4) 右の(1)乃至(3)のとおり、本件協定は新設の右特別加算金と従前の定年加算金が併給されないことを当然の前提として結ばれたものである。
従って、原告の場合定年退職であって本件協定の(1)の特別加算金の要件には該当しないから、被告は、原告の右特別退職金の支払請求には応じられない。
三 証拠(略)
理由
一 争点
本件定年退職(請求原因(一))、本件退職加算金協定(請求原因(二))、本件退職加算金算定基準額及び勤続年数(請求原因(四)前段)の点は当事者間に争いがなく、本件の争点は、本件協定の解釈として同協定の(1)の特別加算金か足年退職の場合も支給される趣旨か否か(即ち、本件協定の(1)と(3)の加算金が併給か否か)の点であるので、右争いのない事実を前提に、右争点について以下判断する。
二 判断
1 (前提事実)
前記争いのない事実及び(証拠略)によれば、次の事実が認められる。
(1) 本件協定の文言は、前記請求原因(二)のとおりであることは争いないが、その文言上は、同協定の(1)の特別退職金支給の要件とする「退職」につき、中途退職に限るとか定年退職を除くとかいう限定は存しないが、一方、被告の海上従業員の就業規則中の本件協定の(1)に相当する特別加算金条項(就業規則一九九条第三項)に存するような特別加算金が定年加算金と併給となる旨の明確な文言も存しないこと。
(2) 本件協定成立までの経過は、陸上組合の昭和五〇年三月の春闘要求に端を発し、同年八月一二日の団体交渉で退職金の海陸の制度的不公平是正の方向で検討することが合意され、同年九月一八日頃の労使の小委員会での一回の討議で、当時海上従業員にあって陸上従業員にはなかった本件協定の(1)の内容の特別加算金制度を陸上従業員にも導入する旨の合意に達し、以降はその実施時期をめぐって労使間の折衝が重ねられた結果、昭和五一年四月三〇日の本件協定の成立に至り、その際、従前の昭和四四年六月一五日付覚書に基づく定年加算金等と新設の右特別加算金の規定とを一つの文書にして本件協定としたというものであるが、右経過の中で、被告からも陸上組合からも、右定年加算金と特別加算金が併給か否かの議論は全く為されなかったこと。
(3) 右当時、被告の業績悪化の経営状況下で、労使間の主要な関心は、賃上げと出向・中途退職者募集による人員削減による経営合理化の問題であって、右合理化の推進の過程で中途退職者が多数出ることが予想されていたこと。
(4) 本件協定についての陸上組合の当時の教宣では、これを海陸格差の一定の是正としているが、右定年加算金と特別加算金が併給になる旨の教宣はしていないこと。また、陸上組合では、従前から陸上従業員の労働条件が海上従業員より劣ること(いわゆる「海陸格差」)及び陸上従業員の労働条件改善が海上従業員の労働条件が限界となって常にそれ以下に抑えられてきたこと(いわゆる「海上の壁」)が強く認識されてきたところ、もし本件協定で右定年加算金と特別加算金が併給となったとすれば、勤続満二〇年以上の定年退職の場合陸上従業員の右加算金の合計は一三ケ月分となり、海上従業員の一〇ケ月分以上のものを獲得したことになるはずであって、これは陸上組合が、右「海上の壁」を破って、右「海陸格差」の是正以上の成果をあげたことになるので、もっと大々的な教宣があって然るべきところであるが、そのような教宣はみられないこと。
(5) 被告は本件協定について、同協定の(1)と(3)の加算金が併給されないとし、(1)と(4)、(2)と(3)、(2)と(4)の各加算金は併給されるとの取扱をしており、これにつき、異議が出されたのは本件が初めてであること。
2 (検討)
本件協定は、右1(1)のとおり右特別加算金の支給要件である「退職」につき、限定の文言がなく、右特別加算金と定年加算金が併給か否かにつき、明確な規定も欠くので、その文言をみる限りでは、それぞれの要件に該当すれば、それぞれの加算金が支給されるものというべきところであるが、右1(2)乃至(5)の事情をみれば、本件協定の際、陸上組合及び被告の双方とも、右特別加算金と定年加算金が併給にならないことを当然の前提とし、かつ、右特別加算金の支給対象として中途退職者を念頭に置いていたものと認められるのであり、これに従い、本件協定の内容を合理的に解釈すれば、同協定の(1)に右特別加算金の支給要件として「退職」とあるのは、「中途退職」或いは「定年退職を除く退職」の趣旨と解するのが相当である。
この点につき原告は、本件協定の(1)の特別加算金は定年退職のときも支給される旨、種々の事情をあげて主張するが、右1(2)乃至(5)の諸点に照らすと、右主張に副う(人証略)は採用できず、原告の請求原因(三)(5)の点は異なった事実を前提とするものであり、また同(三)(1)乃至(4)の点は右認定・判断を覆すほどの事情ということができないものであるから、原告の右主張は採用できない。
従って、本件協定は、同協定の(1)の特別加算金は定年退職の場合は支給されない、即ち、右特別加算金と右定年加算金は併給されない趣旨であると解される。
三 結論
以上によれば、原告は定年退職であるから本件協定の(1)に基づく特別加算金の支払を求める権利は発生しないというべきであるので、原告の右特別加算金とその遅延損害金についての本訴請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条に従い、主文のとおり判決する。
(裁判官 千徳輝夫)