大阪地方裁判所 昭和57年(わ)5714号 判決 1983年3月18日
主文
被告人を懲役四年に処する。
未決勾留日数中八〇日を右刑に算入する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は、昭和五七年五月一五日前刑を終えて大阪刑務所を出所し、その後大阪市西成区内の簡易宿泊所等で寝泊りをしながら、所持金がなくなると日雇労務者として働くといったその日暮しの生活を送り、同年一〇月初旬ころからは、建築現場で作業中に腰を痛めたのを機会に、同市天王寺区茶臼山町一番所在の天王寺公園内の茶臼山に来て、通称「山ちゃん」と呼ばれる浮浪者や同人の友人の浮浪者鳴澤完浩らと知り合うようになり、右茶臼山北側空地で野宿をしながら、血液を売って得た金等で酒を飲むなどして浮浪者生活を送っていたが、鳴澤とは気が合わず、同人が時折、被告人を馬鹿にしたような態度を示すことなどもあって、日頃から鳴澤を余りこころよく思っていなかったところ、同年一一月六日午前八時過ぎころ、右空地で、鳴澤(当時四二年)や山ちゃんほか四・五名の浮浪者と、被告人が近くの酒屋で買い求めて来た焼酎を飲み交わしていた際、右山ちゃんが、たまたまその場に来合わせた、かつて同人の持ち物を盗んだり、被告人から柿を取り上げて食べたりしたことのある浮浪者の男に対し、被告人に何ら断わりもなく右焼酎を振舞ったことから、これに腹を立てて右山ちゃんと口論をしたが、その際、鳴澤が被告人に対し、「そんなもんええやないか。」などといって、山ちゃんの肩をもち、右口論に口出しをしたことに激高し、同日午前八時三〇分ころ、右空地において、いきなり鳴澤に頭突きをかけ、手拳で同人の顔面を殴打し、その胸部や腹部を足蹴にし、更に、同所の金網のフェンス付近に倒れた同人の頭部や腹部などを頭突いたり足蹴にした後、同人を路上に引きずり廻し、その顔面及び胸腹部などを殴打足蹴にするなど多数回にわたって暴行を加え、同人に頭部・顔面・胸腹部打撲傷等の傷害を負わせ、よって、同日午前九時五〇分ころ、同所において、右胸腹部打撲に基づく肝臓挫滅による出血失血のため、同人を死亡するに至らせたものである。
(証拠の標目)《省略》
(責任能力に関する補足説明)
被告人は、当公判廷において、本件犯行について、犯行途中から酒の酔いのために錯乱状態に陥り、その後は何をしたかわからなくなった旨述べているので、以下、被告人の犯行時における責任能力の点につき、若干の判断を示す。
前掲関係各証拠によれば、被告人は、本件犯行当日の午前零時ころから午前六時ころまでの間にポケットウイスキー(トリス)二本及び日本酒二合を飲み、更に、午前七時三〇分ころから犯行直前の午前八時三〇分ころまでの間に焼酎約四合を飲んだうえで犯行に及んでいること、本件犯行における暴行は、約一時間にわたって判示のとおり執拗にくり返されており、その内容、とりわけ犯行後半におけるそれは、転倒した被害者を路上に引きずり廻し、殴打足蹴にしたほか、同人の下半身の着衣をはいで裸にし、露出した陰莖を握って引っ張るなど異常さを窺わせるものであること、右に引き続いて被告人は、付近の一心寺の境内において、参詣人等に無差別的に暴行を加え、又は加えようとするなど躁暴状態を呈しており、一心寺の僧侶らに殴打され、その場に転倒してようやく平静になっていることなどの事実が認められ、これらによれば、酒の酔いのために錯乱状態に陥った旨の被告人の供述には、むげに排斥しがたいものがある、と思われる。
しかしながら、前掲証拠によれば、被告人は、平素の酒量が焼酎約五合というくらい酒に強く、アルコール嗜癖を有する性格異常者にすぎないこと、本件当日の右飲酒の状況は、前後八時間余りに及び焼酎以外の酒については比較的長い時間をかけて飲酒されていること、被告人は捜査・公判段階を通じ、本件犯行前の状況、とりわけ犯行の動機については、具体的で詳細な供述をしており、右供述内容や犯行の動機自体については、通常人の了解を困難ならしめるような不自然不合理な点はみうけられないこと、犯行の状況について、当公判廷では、判示の動機で激高の余り、被害者に頭突きを加え、金網のフェンスに寄りかかった被害者の顔面を二、三回殴打し、二回くらい同人を蹴ったことなど当初の暴行をの事実を覚えているだけで、その後の状況について記憶がない旨の供述をしているが、検察官の取り調べに対しては、右の暴行に引き続き、金網のフェンスの所に倒れかかった被害者の頭部や腹部等を何回か足で思いきり蹴りつけ、更に頭突きをした後、転倒している被害者を引きずり廻して、その顔面を手拳で殴打したり、胸腹部を何回か思いきり蹴ったりなどして、長時間にわたって同人を痛めつけた旨の供述をしており、この供述によれば、概括的にではあるが、犯行状況について記憶を有していると認められることなどを総合すると、被告人のいう錯乱状態は、転倒した被害者を引きずり廻し暴行を加えている間に、酒の酔いが深かまった結果、犯行の後半部分において生じたものであって、それ以前の段階における被告人は心神喪失もしくは耗弱の状態にはなかったものと認めるべきである。
このように、被告人は、本件犯行に着手した時点においてはもとより、犯行の前半部分にあたる、金網のフェンス付近に転倒した被害者に暴行を加えた段階においては、その責任能力に疑いはなかったものであるところ、その段階において被害者に加えた暴行は、優に致死の結果をもたらしうるものと認められるうえ、その後の被告人の錯乱状態は、被告人自らの飲酒及びそれに先き立つ暴行等の行動によって招かれたものであり、かつ、右状態で行われた暴行は、前段階におけるそれと態様を異にするものでもないから、本件における被告人の暴行は、その全部を一体として評価すべきであり、仮りに犯行の後半部分において、被告人がその責任能力に何らかの影響を及ぼすべき精神状態に陥っていたとしても、刑法三九条一項又は二項は適用されないものと解すべきである。
(累犯前科)
被告人は、(一)、(1)昭和四八年一二月二五日東京地方裁判所で傷害罪により懲役八月(三年間執行猶予、昭和五一年九月二〇日右猶予取消)に処せられ、(2)右猶予期間中に犯した傷害、住居侵入罪により昭和五一年八月二〇日同裁判所で懲役一年八月に処せられ、昭和五三年七月三日右(1)の刑の執行を、同年一一月一九日右(2)の刑の執行をそれぞれ受け終り、(二)その後犯した住居侵入、窃盗未遂罪により昭和五四年三月二九日川崎簡易裁判所で懲役八月に処せられ、同年一一月七日右刑の執行を受け終り、(三)更に、その後犯した窃盗罪により昭和五六年六月五日大阪簡易裁判所で懲役一年に処せられ、昭和五七年五月一五日右刑の執行を受け終ったものであって、右の各事実は、検察事務官作成の前科調書及び判決謄本三通によってこれを認める。
(法令の適用)
被告人の判示所為は刑法二〇五条一項に該当するところ、被告人には前記の各前科があるので同法五九条、五六条一項、五七条により同法一四条の制限内で四犯の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役四年に処し、同法二一条を適用して未決勾留日数のうち八〇日を右の刑に算入し、訴訟費用は、刑事訴訟法一八一条一項但書を適用してこれを被告人に負担させないこととする。
(量刑の理由)
本件は、被告人が些細なことから腹を立て、全く無抵抗な被害者に対し、他の浮浪者が制止するのも聞き入れず、約一時間余りにわたって執拗な暴行を加えたうえ、左右の肋骨合計七本の骨折をともなう、判示のような重傷を負わせ、無残にもこれを死に致したものであって、犯行態様は残忍かつ悪質というほかなく、本件が被告人の前刑出所後半年足らずの間に犯されていることなどを併せ考えると、被告人の刑事責任は重大といわなければならない。しかしながら、他面、本件は酔余犯された偶発的な犯行といいうるものであること、前示のとおり、責任能力の存否の評価の点では考慮できないまでも、本件は犯行途中から酒の酔いが急激に深まり、そのため、多分に、被告人において自制心を欠く状況下で犯行が継続されたとみられること、被告人も現在では十分な反省悔悟していると認められること等被告人に有利な事情も認められるので、これら諸般の情状を対比考量したうえ、被告人に対し、主文掲記のとおり量刑する。
よって、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 岡次郎 裁判官 田中俊次 裁判官吉田恭弘は、転任のため署名押印することができない。裁判長裁判官 岡次郎)