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大阪地方裁判所 昭和57年(わ)677号 判決 1982年9月09日

主文

被告人を懲役四年六月に処する。

未決勾留日数中二一〇日を右刑に算入する。

理由

(被告人の経歴及び犯行に至る経緯)

被告人は、昭和二八年六月二七日大阪市大正区において父石田孝志、母同ミサ子の次男として出生し、昭和四七年三月京都市内の私立洛南高校商業科を卒業し、広島県福山市で鳶職をしていた実兄児島正明に誘われ同年八月頃からその仕事の手伝をしていたが、兄正明が暴力団との付き合いがあり、それらの仲間と組み取り込み詐欺的な行為をしていることを知りそのような行為に加わることを避け、昭和四八年三月頃再び大阪に戻り、同年八月九日株式会社近畿相互銀行に採用され、昭和五一年四月二日から、借金の取り立てが銀行にまで来る恐れが生じ銀行に居ずらくなるとして銀行を退職した昭和五六年五月一九日まで、同銀行オンラインセンターのデーター処理部門でオペレーターとしてCDカード発行等の作業に従事していたものであるが、昭和五一年頃から兄正明が当時余善茂と再婚した母に金の無心をしようとしてその居所を被告人に問い合せに来るようになり、切角再婚した母に迷惑がかかつては可愛想と、被告人が母に替つて兄正明の無心に応えることになつたが、当時手取収入7.8万円程度の給料にすぎなかつた被告人は、クレジット会社やサラリーマン金融で借金して兄正明から要求のあつた都度これを渡していたため、その総額は四〇〇万円にも達していた。一方では母からの依頼によつて、母の知人に合計三五〇万円を同様サラ金等から借受け母を通じて用立てたため、昭和五二年秋頃には被告人の借金額は一〇〇〇万円にもなつていたが、被告人は母が再婚するとき余善茂から一〇〇〇万円贈与を受けられることになつていると母から聞かされていたので、そのような借金額の増加にもかかわらず、気にすることもなく、自らも大阪市内のピンクサロンやクラブで派手に遊ぶようになり、昭和五三年秋には借金総額は元利合計一、二〇〇万円となつていたが、昭和五五年二月になり母が余善茂から離婚され、余善から入つて来る話の一、〇〇〇万円の件は無かつたことにすると決定されたため、被告人には全く借金返済の途は鎖され、被告人は徒らに更にサラ金から金を借りて従前からの借金の利払いをしたり自棄になつて大阪市内から京都にまで足を延ばして遊び歩くようになつたため、昭和五六年五月頃には借金総額は一、五〇〇万円に達し、最早その利息すら支払えなくなつてしまつた。それと前後した頃から被告人は自己がオペレーターとして、CDカード発行作業に従事することになり得た知識を利用して、CDカードを偽造して現金を窃取することを考えるようになり、昭和五五年終り頃には同銀行調査役の机の中から同調査役保管の金庫等の鍵を持ち出してコピーを作製し、昭和五六年に入つてからは職務上取扱つていたキャッシュ・カード発行依頼書から残高が多い預金口座の口座番号、預金名義人氏名暗証番号を自己の所持していた住所録に写し取るなどして準備に取りかかつた。

(罪となるべき事実)

被告人は、

第一  キャッシュカードを偽造し、これを行使して現金自動支払機から現金を窃取しようと企て、昭和五六年五月一〇日ころ大阪市北区堂島三丁目一番二一号堂島電々ビル七階株式会社近畿相互銀行オンラインセンターにおいて行使の目的をもつて、ほしいままに、かねて同銀行が作成し被告人あてに交付されていた同銀行の記名のある四通のキャッシュカードについて、エンコーダーを用いてキャッシュカードの磁気ストライプ部分にそれぞれ順次取引店番号一〇一、一〇一、一〇六、一〇二口座番号〇〇〇九五五、〇〇四二八四、一五三〇〇五、一五八四三二・暗証番号〇五七四、一二三四、二〇七一、一一五七と印磁し、さらに同年一〇月七日同市北区兎我野町一二番一五号丸一ホテル内において、はんだごて、やすり、白色塗料を用いて前記キャッシュカードの表画凸字で表示されている取引店番号、口座番号の数字及び預金名義人の氏名部分を消去した上、同月九日内二通を同市北区梅田一丁目三番一の一〇〇号大阪駅前第一ビル株式会社日華内において、また内二通を同市北区梅田一丁目八番地先路上から同市南区境町通四丁目五二先路上まで走行中のタクシー内において、それぞれエンボッサーを用いて、キャッシュカード表面に順次取引店番号一〇一、一〇一、一〇六、一〇二口座番号〇〇〇九五五、〇〇四二八四、一五三〇〇五、一五八四三二、預金名義人キクイケヒロシ、マトバシゲオ、クニミカズハル、タナカノブカズと刻字し、もつて同銀行作成名義の同銀行の記名のあるキクイケヒロシほか三名宛のキャッシュカード計四通を偽造し、同日、一四回にわたり別表一記載のとおり同市北区梅田一丁目一の三の一〇〇株式会社幸福相互銀行梅田支店ほか一三カ所においてそれぞれ同銀行に設置された現金自動支払機に、前記偽造にかかるキャッシュカードを差し入れて行使し、同機を作動させ、右幸福相互銀行梅田支店長高野定夫ほか一三名管理にかかる現金合計九八九万九、〇〇〇円を窃取し、

第二  <省略>(私文書偽造、同行使、公正証書原本不実記載、同行使の事実)

第三  同月一二日ころ、大阪市北区堂島三丁目一番二一号堂島電々ビル七階株式会社近畿相互銀行オンラインセンターにおいて、同銀行所有のキャッシュカード原板約二五〇枚(時価合計約二万一、二五〇円相当)を窃取し、

第四  キャッシュカードを偽造し、これを行使して現金自動支払機から現金を窃取しようと企て、行使の目的をもつてほしいままに窃取にかかる前記近畿相互銀行の記名のあるキャッシュカード原板一二通につき、同月一二日ころ、前記同行オンラインセンターにおいて、別表二の「磁気ストライプ部分の印磁内容」欄記載のとおり、同所備え付けのエンコーダーを用いて各キャッシュカード原板の磁気ストライプ部分にそれぞれ各取引店番号、口座番号、暗証番号を印磁し、更に、同日大阪市北区中之島五丁目三番六八号ロイヤルホテルにおいて、同表の「凸字による刻字内容」欄記載のとおり、エンボッサーを用いて、各キャッシュカードの表面にそれぞれ各取引店番号、口座番号、預金名義人の氏名を刻字し、もつて、同表「偽造キャッシュカードの表示内容」欄記載のとおり同銀行作成名義の同銀行の記名のあるキタノタケハルほか一一名宛のキャッシュカード計一二通を偽造し、同日八回にわたり、別表三記載のとおり同市南区難波新地四番町五の一五株式会社福徳相互銀行難波支店ほか七か所において、それぞれ同銀行に設置された現金自動支払機に、前記偽造にかかるキャッシュカード一二通を差入れて行使し、同機を作動させ、右福徳相互銀行難波支店長榊原一幸ほか七名管理にかかる現金合計一、〇一七万六〇〇〇円を窃取し、

第五  <省略>(私文書偽造、同行使、旅券法違反の事実)

第六  <省略>(出入国管理令違反の事実)

第七  <省略>(外国為替及び外国貿易管理法違反の事実)

たものである。

(証拠)<省略>

(弁護人の主張に対する判断)

弁護人は、CDカードの磁気ストライプ部分はそれ自体視覚可能なものでは無く、右部分は文書では無いと主張するので、その当否につき検討する。

刑法上文書とは、物体の上に文字その他の符号によつて意思または観念を表示したもので、視覚可能なものでなければならないとされているところ、電磁的記録物は磁気テープにプラス、マイナスの磁気を帯びさせたものにすぎず、これを文字その他の符号による表示ということができるか、またそれ自体は可視的でも可読的でも無いがそれでも文書と解することができるかは問題となる。

文書偽造罪は、文書の真正に対する公共の信用を保護法益としているのであるから、それが意思等を伝達する手段として、あるいは証明する手段として、社会生活において重要な機能と役割を果す段階において視覚可能であれば、必ずしもそれ自体直接視覚されるものでなくとも、その真正に対する公共の信用は保護されなければならない。

例えば、マイクロフィルムなどは、それ自体として読むことができないが、機械を用いることにより可読的になるのでこれを文書と解することに何等支障はない。電磁的記録物も視覚可能の点についてはこれと全く同様に考えてよい。

しかし、マイクロフィルムなどは、それ自体直接可視的ではないが、意思内容は文字や符号によつて物体上に表示されていて、それを光などを通して再現するので、通常の文書と変るところは無いと言い得ようが、電磁的記録物の場合は物体の上にプラス、マイナスの磁気を帯びさせているにすぎないので、直ちにマイクロフィルムと同じであるということはできない、しかしマイクロフィルムにおいても光を通して視覚に訴えるまでは、表示された文字や符号は見ることはできないのであるからその物体上に文字や符号で表示されていることは重要なことではなく保護法益との関連から考えても視覚に訴える際に文字や符号で表示されればよいということになる。電磁的記録物も一定のプロセスにより必ず確実に文書として再生され、電磁的記録物と再生された文書とは一体不可分な関連を有するのであるから、上記の意味において文字その他の符号によつて表示され視覚可能といつて支障はない。

これを本件についてみるに、CDカードの磁気ストライプ部分にインプットされた銀行コード、取扱い支店、口座番号暗証番号は磁気ストライプに情報を書込む機械のリード機能を使えばディスプレー上に表示され視覚可能となるが、この場合のディスプレー上の表示は永続性がないのでその表示自体を文書とはいえないので、この表示と不可分な関連を有する磁気ストライプ部分を文書と考えなければならず、また現金支払機等を利用しての現金払出し等の手続において、前記情報中暗証番号を除いてジャーナルレシートにプリントアウトされ可視的、可読的な文書として再生されそのジャーナルレシート自体はそれ自身が別個の文書であることは弁護人主張のとおりであるがその再生された文書とCDカードの磁気ストライプ部分とは一体不可分な関連を有すると認められるのであるから、磁気ストライプ部分の文書性は肯定されるべきで、弁護人の主張は理由がない。

(量刑理由)

本件は、借金の返済に窮した被告人が近畿相互銀行在職中から、職務上取扱つていたキャッシュカード発行依頼書により残高が多い預金口座番号、預金名義人氏名、暗証番号を写し取り、手動式エンコーダーの作動鍵の合鍵を作製し、窃かに犯行準備を重ねていたもので計画的な、また判示第三、第四の犯行は夜明け方にオンラインセンターに侵入し、CDカード原枚を窃取し、同センター備え付けのエンコーダーを用いてその磁気ストライプ部分に暗証番号を印磁するという大担な犯行で、その結果総額二、〇〇七万五、〇〇〇円の被害を蒙らせたもので、しかも犯行により得た金員は借金の返済に充てられることなく、被告人の遊興費、逃走費用に費消され、台湾で逮捕された際には約四〇〇万円を残すのみで、その約四〇〇万円についても未だ被害者のもとに返されていないもので、被告人の刑責は重大であると考えられなければならない。

しかし、他面被告人が本件犯行に至つたについては、被告人の近親者特に実兄児島正明からの度重なる金員の無心が被告人をして借金を重ねさせ、その返済に窮せしめた結果で、被告人自身は親思いの善良な性格の青年で、本件に至るまでは前科前歴が全く無く、本件の犯行についても現在においては深く反省している有利な情状も認められるうえ、被害者である近畿相互銀行においても、キャッシュカード発行依頼書の保管されているロッカーの鍵、手動式エンコーダーの作動鍵等の保管に手落ちが認められ、また電々ビルの看守がルーズで退職後の被告人が自由に出入りし、相当時間在留して作業をすることを許している等、被害者側にも重大な過失が認められ、そのようなルーズな管理態勢が被告人の犯意形成を容易にしたといえなくも無い事情を考慮し、主文のとおり量刑する。

(法令の適用)

被告人の判示第一及び第四の各所為のうちキャッシュカード四通を偽造した点は刑法一五九条一項に、それを現金自動支払機に差し入れて行使した点は同法一六一条一項に、現金を窃取した点は同法二三五条に各該当し、右私文書の各偽造とその各行使と各窃盗との間にはそれぞれ順次手段結果の関係があるので、同法五四条一項後段、一〇条によりそれぞれ一罪として最も重い窃盗罪の刑(ただし、短期は偽造私文書行使罪の刑のそれによる。)で処断することとし、判示第二の所為のうち転入届偽造の点は同法一五九条一項に、それを提出行使した点は同法一六一条一項に、住民基本台帳に不実記載をさせた点は同法一五七条一項に、それを豊島区役所第二出張所に備え付けさせた点は同法一五八条一項に各該当し、右の私文書偽造とその行使と公正証書原本不実記載とその行使との間には順次手段結果の関係があるので、同法五四条一項、後段、一〇条により一罪として最も重い偽造私文書行使罪所定の懲役刑で処断することとし、判示第三の所為は同法二三五条に該当し、判示第五の所為のうち旅券発給申請書を偽造した点は同法一五九条一項に、それを提出行使した点は同法一六一条一項に旅券の交付を受けた点は旅券法二三条一項一号に各該当し、右の私文書偽造とその行使と旅券の不正受交付との間には順次手段結果の関係があるので刑法五四条一項後段、一〇条により一罪として罪ならびに犯情の最も重い偽造私文書行使罪所定の懲役刑で処断することとし、判示第六の所為は昭和五六年法律八五号附則七項により同法律による改正前の出入国管理令七一条、六〇条二項に該当するので所定刑中懲役刑を選択し、判示第七の所為は外国為替及び外国貿易管理法七〇条九号、一八条一項に該当するので所定刑中懲役刑を選択し、以上は刑法四五条前段の併合罪なので同法四七条本文、一〇条により罪並びに犯情の最も重い判示第四の罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役四年六月に処し、同法二一条を適用して未決勾留日数のうち二一〇日を右刑に算入することとし、訴訟費用は刑事訴訟法一八一条一項但書により被告人には負担させないこととする。

(長谷川邦夫)

別表一、別表二<省略>

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