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大阪地方裁判所 昭和57年(ヨ)246号 1982年11月01日

申請人

岩田國太郎

右代理人弁護士

渡部孝雄

被申請人

宮田産業株式会社

右代表者代表取締役

宮田久寛

右代理人弁護士

吉田朝彦

右当事者間の頭書地位保全・金員支払仮処分申請事件について、当裁判所は、次のとおり決定する。

主文

申請人が被申請人に対し、労働契約上の権利を有する地位にあることを仮に定める。

被申請人は申請人に対し、昭和五七年二月二三日から本案訴訟の第一審判決の言渡しに至るまで毎月二五日限り月額金二八万円を仮に支払え。

申請人のその余の申請を却下する。

申請費用は被申請人の負担とする。

理由

第一当事者の求める裁判

一  申請人

1  主文第一項と同旨

2  被申請人は申請人に対し、昭和五七年二月二三日から本案判決の確定に至るまで毎月二五日限り月額金三五万円を仮に支払え。

3  主文第四項と同旨

二  被申請人

1  本件申請を却下する。

2  申請費用は申請人の負担とする。

第二当事者の主張

一  申請の理由

1  被申請人(以下「会社」という。)は、工業化学薬品、石油製品等の販売を営業目的として、昭和一六年六月二五日資本金三二〇〇円(現在一二〇〇万円)をもって設立された株式会社である。会社の現在の従業員総数は二〇名、役員は社長以下四名であり、営業部門としては樹脂課・無機課・有機課の三課がある。

2  申請人は、昭和二二年二月会社の傍系会社であった富士製練株式会社に入社し、同二七年頃同会社が会社に吸収合併されると同時に会社の社員となり、それ以来平従業員、同三〇年頃以降は樹脂課長兼倉庫の管理者として会社に勤務してきた。

3  会社の就業規則一三条には、「従業員の定年は男満五五才とし、定年に達した日の翌日をもって自然退職とする。但し、業務上の都合により特に必要があると認めた者については、定年を延長することがある。」旨規定されているところ、申請人は、満五五才の定年年令に達した昭和四九年一月二二日頃同条但し書により定年を延長され、申請人と会社間の雇用契約はそれ以後期間の定めのないものに変更された。

4  仮に申請人が定年年令に達した日の翌日である昭和四九年一月二三日をもって会社を自然退職したとしても、申請人は、即日会社との間で、期間の定めのない再雇用契約を締結した。

5  ところが、会社は、昭和五六年一一月三〇日付内容証明郵便により申請人に対し、申請人の六三才の誕生日である同五七年一月二二日をもって解雇する旨の意思表示(以下「本件解雇」という。)をした。

6  しかしながら、本件解雇は、次に述べるとおり解雇権の濫用であり無効である。

すなわち、本件解雇は、単に申請人が六三才の年令に達することのみを理由とするものであるが、申請人は、現在まで営業の第一線でかくしゃくとして働いてきており、精神又は身体の障害もなく、労働能力が甚だしく劣悪といった事実も全くないのであるから、右は解雇の合理的理由とはならない。会社は、その事業経営、営業政策等の失敗を申請人に転嫁し、人事政策の名の下に、申請人が全従業員中二番目に高給者であることもあって、会社から申請人の追い出しを図るため、計画的に本件解雇をなしたものである。

右のとおり、本件解雇は、全く正当性、合理性のない不当解雇であり、解雇権の濫用であって無効である。

7  申請人は、本件解雇の効力発生当時会社から、給与として毎月二五日限り月額金三五万円の支払を受けていた。

8  申請人は、現在居住している家屋以外に殆ど資産はなく、妻及び娘一人の三人の生活費としては会社から支払を受ける賃金以外に収入はない。仮に厚生年金を受領できたとしても、月額一二、三万円であり、家族の生活費としては不足である。また、娘二人は未だ独身であり、今後同女らの結婚については何かと面倒をみる必要もあり、会社から賃金の支払を拒絶されることは著しく回復し難い損害を蒙るおそれがある。

二  申請の理由に対する認否

1  申請の理由1の事実は認める。

2  同2の事実のうち、申請人が会社の傍系会社に入社したこと、申請人が樹脂の仕事を担当し、倉庫の管理もして会社に勤務してきたこと、は認める。

3  同3の事実のうち、会社の就業規則に申請人主張どおりの規定があることは認めるが、その余は否認する。申請人は、満五五才に達した日の翌日である昭和四九年一月二三日をもって定年により会社を自然退職した。

4  同4の事実は否認する。満五五才の定年年令に達した後における申請人と会社間の関係(以下「本件定年後の関係」という。)は、委任契約すなわち嘱託契約である。

5  同5の事実は認める。但し、申請人主張の本件解雇は、嘱託契約を解約告知する旨の意思表示であり、仮に本件定年後の関係が雇用契約であるとすれば、解雇予告の意思表示である。

6  同6の主張は争う。本件解雇の理由及びその有効性については、後記被申請人の主張のとおりである。

7  同7の事実は認める。

8  同8の主張は争う。

三  被申請人の主張

1  本件定年後の関係は嘱託契約(委任契約)であり、申請人主張の本件解雇は右嘱託契約を解約告知する旨の意思表示であると解すべきである。

2  仮にそうでないとすれば、本件定年後の関係は、申請人が定年に達した時に退職金を受領した事実等に照らし、再雇用契約であると認めるほかはないところ、同契約の締結に際し、当事者間において雇用期間は相当短期間であることが暗黙に合意されていたと認むべきであり、特段の事情のない限り、定年後の雇用関係は性質上、暫時的・一時的なものであって、定年前のそれより厚く保護する必要はなく、脆弱なものである。

3  仮にそうではなく、本件定年後の関係が定年を延長されたものであるとしても、定年延長に際し、当事者間において特に明示の意思表示がない場合でも、「当分の間」あるいは「暫時」の相当期間定年を延長するという合意が成立したものと解するのが相当であり、申請人は満五五才の定年年令に達した後八年間の相当期間の経過によって再度の定年に達したものと考えてよい。

4  本件解雇は、次に述べるとおり会社の就業規則所定の解雇事由に該当する事実が存在し、有効である。

すなわち、申請人は、満五五才の定年年令に達した後八年を経過して六三才に達し、会社従業員中の最高令者(但し、六六才の用務員一名を除く。)であり、甚だ非能率で、業務に対する意欲に欠ける。具体的にいうなら、樹脂課の売上高は昭和五〇年に比して減少しており、得意先の数も減少しており、同課自身の採算もとれていない。これらの事実は、申請人が樹脂課の長として会社に貢献していないことを如実に物語る。会社が企業として青壮年の活力に期待するため、営業・人事政策上、老令者の申請人に退職を求め、業務の一新を企図するのは当然である。

以上の事実は、従業員に対する解雇事由を定めた会社の就業規則一一条一号所定の「やむを得ない業務の都合による場合」に該当すると同時に、同条三号所定の「能率が不良で、就業に適しないと認められた場合」に該当する。

四  被申請人の主張に対する認否

被申請人の主張はいずれも争う。

第三当裁判所の判断

一  当事者間に争いのない事実

申請の理由1の事実、同2の事実のうち、申請人が最初会社の傍系会社に入社したこと、申請人が樹脂の仕事を担当し、倉庫の管理もして会社に勤務してきたこと、同3の事実のうち、会社の就業規則に申請人主張どおりの定年制に関する規定があること、申請人が昭和四九年一月二二日をもって満五五才の定年年令に達したこと、同5の事実(但し、その意思表示の法的性質については争いがある。)並びに同7の事実は、いずれも当事者間に争いがない。

二  本件通告に至るまでの経緯

疎明資料によれば、次の事実が一応認められる(一部、当事者間に争いのない事実を含む)。

1  申請人は、会社の前々社長であった亡宮田豊一の懇請により、昭和二二年頃会社の傍系会社であった富士製練株式会社に入社し、昭和二七年頃東京から大阪の本社に単身赴任し、同会社が会社に吸収合併されると同時に会社の社員となった。その頃前々社長に対し退社して帰京したいと申し出たところ、同社長から大阪で商売を身につけた方が良いなどと説諭されて、これに従うこととし、昭和二七年一二月頃東京から呼び寄せた家族と共に大阪市西区江戸堀にある会社の江戸堀倉庫の一画に入居した。そして、会社に営業販売員として勤務し、パラフィンワックスや無機薬品等の販売業務に携わった。その後倉庫の居住部分が手狭になったため、昭和三三年頃池田市五月丘の公団住宅に移転することを希望したが、前々社長から、倉庫の管理を安心して委せられる者がいないので移転を思い止まって欲しい、将来必要な住宅は確保するからと言われて、そのまま江戸堀倉庫に居住を続け、昭和三五年頃会社が倉庫を前記江戸堀から同市港区市岡に移転したため、これに伴って家族と共に江戸堀倉庫から市岡倉庫の一画に移り住んだ。

申請人は、昭和三六年頃に樹脂課が新設されるや、同課の課長に就任し、それ以降、当初数年間は一名で、その後は一名の部下と共に、得意先を新規開拓しながら主として合成樹脂製品の販売業務に従事してきた。そして、昭和四九年一月二二日満五五才の定年年令に達したが、その際会社を退職することなく、その後も引き続き樹脂課の課長として従前同様に勤務してきた。なお、申請人は、家族と共に会社の倉庫に居住していた関係で、倉庫の管理を兼ねる立場に置かれ、日曜、祝祭日や早朝・夜間等の非常時に保管目的物であるパラフィンワックスの入・出荷が行われる際には、申請人ないしその妻がこれに立会ったりしていた。

2  申請人は、昭和四四年頃前社長であった亡宮田晃也(以下「前社長」という。)の協力を得て、老後の生活設計のため東京都大田区の所有土地上に文化住宅を新築しておくことを計画し、その建築資金として前社長の連帯保証の下に十三信用金庫から金六〇〇万円を借り入れたほか、前社長個人から同年一二月頃金八〇万円、同四五年九月頃金一四万円を借り入れた。その後昭和四七年七月二一日同金庫との間で、前社長の連帯保証の下に、あらためて既存の借入金債務残金五一九万円をもって借入金額とし、最終弁済期限を同五四年一月三一日、元金の弁済方法を同四七年七月二七日から最終弁済期限まで弁済額を五段階に分け毎月二七日限り分割弁済する、利息の利率を年八・九パーセント(但し、金五〇万円については、六・七パーセント)、利息の支払方法を同四七年八月二七日から毎月二七日限り経過分を支払う旨の約定で準消費貸借契約を締結した。

申請人は、満五五才の定年日を過ぎた昭和四九年四月当時、前社長個人に対して前記借入金残債務を負担していたほか、十三信用金庫に対して月額金六万円の借入金元本債務の返済及び所定の利息の支払に追われていた。このため、前社長から右各借入金残債務を早期に返済して少しでも生活を楽にした方が良いと言われ、同年四月九日会社から、社員退職手当規程に基づき満五五才の定年日までの勤続年数を二一年八か月として計算した金員(但し、その金額が金二七一万円か、金一九七万円かについては、争いがある。)を、他の従業員に対する手前もあって仮払金としてではなく退職金の前払の趣旨で受け取り、その大半を右各借入金残債務の支払に充てた。

3  会社の前社長が昭和五四年五月三〇日死去し、同年八月その長男の宮田久寛(以下「現社長」という。)が代表取締役に就任したが、同人は従前会社の営業には全く関係していなかったため、申請人は、現社長に対しその要請に応じて担当業務に関する事項を逐一詳細に報告したり教示したりした。そのうち申請人は、昭和五五年一一月頃現社長から、申請人が過去新規開拓して担当していた得意先を部下の内田征春に譲渡し、新規に取引先を開拓するよう指示されたため、これに従って新しい取引先を三軒ばかり会社に紹介・報告したが、会社において調査の結果、右各取引先と取引関係を結ぶことは危険があるとして、いずれも採用にならなかった。

申請人は、昭和五六年三月頃会社から、市岡倉庫の敷地の空地に新倉庫を新築するので、申請人一家が従前倉庫の居住部分から表の道路に至るため使用していた隣地境界線沿いの通路を塞ぐ旨通告を受けた。そこで、会社に対し、通路として境界線から幅二メートルを空けておいて欲しいと申し入れたけれども、会社からは、幅一メートルを空けておくが、この部分も二、三か月後には塞ぐとの返事しか得られず、しかも会社は、同年五月一一日頃右境界線いっぱいまで倉庫新築の基礎工事に着工するに至った。このため、申請人は、転居先として適当な借家を探したが見付からなかったため、老後に備えて東京に新築しておいた空家の文化住宅をやむなく売却し、その代金を購入資金として新たに肩書住所(略)に家屋敷を買い求め、同月末頃市岡倉庫から右家屋に転居した。

4  ところが、申請人は、同年一〇月二日夕方現社長から、会社裏の喫茶店に呼び出され、同店において、突如、今期限りで会社を勇退して貰いたい旨任意退職を勧奨された。その場は回答を保留し、あらためて同月六日会社の応接間において、現社長に対し右退職勧奨の理由を問いただしたところ、同社長から、樹脂関係の営業方針を立てるようなことは申請人の役目なのに、それをしてくれなかった、申請人に失望した、とにかく自分の方針に合わないなどと言われた。更に同月中旬頃にも会社の応接間において、現社長のほか副社長の宮田龍男取締役、溝口俊治取締役を交え、申請人の退職の件について話合いをしたが、申請人には納得がいかず、物別れに終った。

その後申請人は、同年一一月三〇日付内容証明郵便をもって会社の代理人弁護士吉田朝彦から、「申請人は、就業規則一三条本文により昭和四九年一月二二日をもって満五五才の定年に達したが、申請人の希望等により同条但書を適用して、定年を暫時延長して現在に至っているところ、申請人が満六三才に達する昭和五七年一月二二日をもって定年延長を終了させ、申請人に退職願うことになったので、その旨文書をもって明示する」旨の通告(以下「本件通告」という。)を受けるに至った。

三  本件定年後の関係の法的性質

会社の就業規則一三条本文の規定は、その文言内容に徴すれば、労働者が定年年令に達したことによって雇用関係が自動的に消滅するいわゆる定年退職制を定めたものと解される。しかるに、申請人は、前記認定のように満五五才の定年年令に達した後も退職することなく引き続き会社に勤務してきているので、本件定年後の関係の法的性質が問題になるが、これについては、定年が延長されたのか、再雇用契約が締結されたのか、あるいは嘱託契約が締結されたのか、争いがあるので、以下、この点について判断する。

疎明資料によれば、申請人は、満五五才の定年年令に達した昭和四九年一月二二日の前後を通じ、一貫して樹脂課の課長として会社に継続勤務しており、職種・業務内容においてはもちろん、給与等の待遇面においても何ら変動はなかったこと(但し、申請人の給与は昭和五三年までは上昇してきたが、同五四年以降は月額金三五万円に固定されている。)、申請人が定年年令に達する以前又はその直後に申請人と会社との間において、明示的に、定年延長もしくは再雇用契約の締結についての話合いが行われたことはなく、また、退職金支払に関する話合いがなされたことも、その支払がなされたこともなかったこと、ただ、申請人は、満五五才の定年年令に達する以前に前社長から、申請人が死ぬまで一生涯会社で働いて欲しいと言われたことがあったこと、以上の事実が一応認められる。

右認定事実からすると、申請人が満五五才の定年年令に達した当時、会社においては申請人を定年退職させるようなことはそもそも念頭になかったことが明らかであるばかりでなく、前記認定のとおり、申請人が過去一二年間も樹脂課長の要職を務めるかたわら、会社の倉庫に居住して倉庫番を兼ねていたことなどからすると、当時、申請人は、樹脂課の業務に精通・習熟し、会社の厚い信任を受けていたことが十分に窺われ、したがって会社としては、申請人に匹敵する後任者を確保・補充することはきわめて困難な状況にあったものと推認される。

もっとも、前記認定事実によると、申請人は、満五五才の定年日経過後の昭和四九年四月九日会社から、社員退職手当規程に基づき右定年日までの勤続年数を算定の基礎として計算した金員の支払を受けているが、右金員の授受は、申請人の右定年日後約二か月半経過したのちに行われていること、しかも、それは、当時借入金債務の返済に追われていた申請人の生活の困窮状態を救うため、後日正式に退職したときに清算されることを予定した退職金の前払の趣旨でなされたものであること等に徴すると、右金員授受の事実をもって、申請人が満五五才の定年年令に達した際一たん退職したとの事実を推認する根拠とはなし難い。

以上の認定判断に照らして考えると、本件定年後の関係は、申請人の定年退職後当事者間において黙示的に新たな雇用契約(ちなみに、申請人の勤務態様が定年の前後を通じて全く変動がないことからすれば、これを嘱託契約とみることはできない。)を締結したものとみるよりも、むしろ申請人は満五五才の定年年令に達した頃会社から、黙示的に業務上の都合により特に必要があると認められて期間の定めなく定年を延長されたものとみるのが相当である。

そうすると、本件通告は、被申請人が第一次的に主張するように嘱託契約を解約告知する旨の意思表示ではなく、まさに右通告に明記されているとおり、定年を延長された申請人を解雇する旨の意思表示(本件解雇)であると認めざるを得ない。

四  本件解雇の効力

申請人は、前記のとおり期間の定めなく定年を延長されたものとすると、定年後においても会社の従業員(社員)であることに変わりはないから、全面的に会社の就業規則の適用を受けるものというべきである。

ところで、疎明資料によれば、会社の就業規則一一条には、解雇の事由として、「(1)やむを得ない業務の都合による場合、(2)精神又は身体の障害により業務に堪えられないと認められた場合、(3)勤務成績又は能率が不良で就業に適しないと認められた場合」と規定されていることが一応認められるところ、このように使用者が就業規則において従業員に対する解雇事由を限定的に列挙して規定している場合には、右解雇事由に該当する事実がなければ解雇しない趣旨に使用者自ら解雇権を制限したものと解するのが相当である。

そこで、以下、本件解雇につき、就業規則一一条所定の解雇事由に該当する事実が存在するか否かについて判断する。

会社は、この点について、申請人は定年年令に達した後八年を経過して六三才に達し、会社従業員中最高令者であり、甚だ非能率で業務に対する意欲に欠ける、具体的にいうなら、樹脂課は売上高や得意先が減少して採算がとれておらず、同課の課長として会社に貢献していない旨主張し、以上の事実は就業規則一一条一号及び三号に該当すると主張する。

なるほど、疎明資料によれば、本件解雇当時、会社の従業員の年令構成はその殆んどが三〇台ないし四〇台の青壮年層で占められており、申請人は、六六才の宿直専門の男子用務員(月給約一一万円)を除くと、全従業員中最高令者であったこと、樹脂課の売上高をみると、昭和五〇年度(但し、前年の一二月一日から当年の一一月三〇日までの事業年度、以下同様)は約二億二三一九万円であったのに対し、同五六年度は約一億八八一三万円となっており、同五〇年度と比較して減少していること、会社の試算結果により樹脂課の昭和五六年度の成績をみると、必要経費は約一三六九万円(但し、申請人の給料・賞与等約六五七万円を含めた直接経費約一一五五万円と、支払利息・家賃・水道光熱費等会社全体の間接経費に樹脂課の売上比率九・五パーセントを乗じて算出した間接経費約二一四万円との合計額)にのぼるのに対し、粗利益は一二八四万円に止まっており、これだけをみる限り同課の採算はとれていないこと、会社としては、本件解雇にあたり、従業員の高令化により営業活動が沈滞ムードに陥らないよう営業政策・人事政策上、若年者を採用し、その活力により営業成績の向上を図ろうと考えていたこと、以上の事実が一応認められる。

しかしながら、他方、疎明資料によれば、本件解雇当時、会社の従業員の中には、申請人以外にも満五五才の定年年令を過ぎた六〇才の男子従業員(但し、倉庫業務担当の日給月給制による雇員で月給約一九万円)が一名在勤していたほか、満四五才の定年年令を過ぎた五九才(経理補佐の一般事務員)、五〇才及び四九才(いずれも倉庫雑役の雇員)の女子従業員も三名在勤していたこと、申請人は、満五五才の定年年令に達した後本件解雇に至るまで肉体的にも精神的にも格別異常はなく、良好な健康状態を保っており、欠勤・遅刻・早退は殆どしたことがなかったこと、申請人の担当職務は事務職に属するものであり、同人の労働能力や能率が著しく減退したと見受けられるような証跡は何ら存しないこと、樹脂課の売上高は、昭和五〇年度のみは前記のとおり二億円を超えていたものの、昭和五一年度以降同五〇(ママ)年度までの間は、特殊な事情があった同五三年度を除き、下限は約一億四二一七万円、上限は約一億九三〇〇万円の範囲内でほぼ横這い状態を示していること、樹脂課の販売先軒数は、昭和五〇年度では多い月でも八軒しかなかったが、同五一年度以降は月によって多少ばらつきがあるとはいえ、ほぼ一〇軒台であり、別に減少はしていないこと、樹脂課の売上高の伸び悩み、あるいは販売先の新規開拓の停滞は、申請人の老令化に伴う労働能力や能率の低下によるものではなく、昭和四八年の石油ショックを契機とする合成樹脂業界全体の低迷に起因するものと推認されること、会社の総売上高に占める樹脂課の売上高の割合は、昭和五六年度の例では僅か九・五パーセントにすぎないこと、会社は、昭和五五年度の決算においては約三六七五万円、同五六年度の決算においては約三八六八万円の当期利益金を計上しており、順調の経営状態にあること、以上の事実が一応認められる。

また、樹脂課の昭和五六年度の成績をみるため会社において行った前記試算結果が、果たして合理的な算出方法によるものであり、その数額が正当であるかどうかについては、なお検討・吟味の要があるように思われる。

以上前段及び後段の認定事実並びに判断を総合考慮すると、本件においては、前記前段の認定事実が存在するからといって、それだけでは未だ就業規則一一条一号所定の「やむを得ない業務の都合による場合」に該当するとはいい難く、また、同条三号所定の「勤務成績又は能率が不良で就業に適しないと認められた場合」に該当するということはできない。更に、本件全疎明資料によっても、同条二号所定の「精神又は身体の障害により業務に堪えられないと認められた場合」に該当する事実を一応認めるに足りない。

そうすると、本件解雇は、就業規則所定の解雇事由に該当する事実がないのに、それがあるものとしてなされたことになり、無効であるといわざるを得ない。したがって、申請人は、会社に対し労働契約上の権利を有する地位にあるというべきである。

五  保全の必要性

疎明資料によれば、申請人は、会社から支給される賃金を唯一の収入として生活してきた労働者であるところ、本件解雇により会社から右賃金の支払を拒絶されるに至ったこと、申請人方家族は、申請人のほか妻及び二六才の次女(家事手伝い)の三人家族であり、妻子には収入はないこと、申請人には前記認定の経緯で買い求めた家屋敷の外にさしたる資産もないこと、したがってこのまま本案判決の言渡しを待っていては、申請人方家族の経済生活は危殆に瀕するおそれがあること、以上の事実が一応認められる。

しかしながら、他方、疎明資料によれば、申請人は、前記十三信用金庫に対する借入金債務の弁済に充てるため、毎月の給与の中から割合多額の費用をかなり長期間にわたって捻出しており、昭年五〇年七月から同五四年一月までの三年半余りの期間、元本債務の分割弁済金のみとして毎月金七万円宛の支出を継続してきたことが一応認められる。加えて、本件においては、申請人方家族の本件解雇後における生活費の内訳明細、生活資金の捻出方法等を疎明する資料が不足し、申請人家族の生活の実態が詳らかでなく、また、申請人が定年を延長されたとはいえ、満五五才の定年年令を八年も経過している点にかんがみると、申請人らとしては、一家の生活維持のため、自らも相応の努力を尽くすことが相当ではないかと思料される。

以上のような認定判断を彼此考え合わせると、本件仮処分申請のうち、地位保全を求める申請部分については、保全の必要性を肯認するのが相当であるが、賃金仮払を求める申請部分については、支払金額の点では、申請人が本件解雇当時会社から給与として支給されていた月額金三五万円の八割に当たる月額金二八万円の限度で保全の必要性があるものと認めるのが相当であり、しかも、支払期間の点では、申請人が本案訴訟の第一審で勝訴すれば、その判決の賃金請求を認容する部分には仮執行の宣言が付されるものと思料されるから、本案訴訟の第一審判決の言渡しまでの期間に限って保全の必要性があるものというべきである。

六  結論

よって、本件仮処分申請は、主文第一、第二項掲記の限度で理由があるから、申請人に保証を立てさせないでこれを認容し、その余は保全の必要性について疎明がなく、かつ保証を立てさせてこれを認容することも相当でないから、これを却下し、申請費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条但書を適用して主文のとおり決定する。

(裁判官 竹原俊一)

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