大阪地方裁判所 昭和57年(ヨ)408号 決定 1982年11月24日
申請人
南部義郎
外六九名
右申請人ら代理人
小林保夫
同
南野雄二
同
早川光俊
同
岩田研二郎
同
坂田宗彦
被申請人
大阪市岡株式会社
右代表者
南英三
右代理人
井上洋一
同
谷戸直久
同
大水勇
主文
一申請人らが一四日以内に共同して被申請人に対し金二〇〇万円の保証を立てることを条件として、被申請人は別紙物件目録記載(二)の建物のうち別紙図面(一)(イ)及び(ロ)の各赤斜線部分を駐車場出入口として、自ら使用し、もしくは第三者をして使用させてはならない。
二申請人らのその余の申請はこれを却下する。
三申請費用は被申請人の負担とする。
理由
(申請の趣旨)
一 被申請人は、別紙物件目録記載(一)の土地(以下「本件土地」という)に建設中の同目録記載(二)の建物(以下「本件建物」という)のうち、別紙図面(一)(イ)及び(ロ)の各赤斜線部分を、駐車場出入口として、自ら使用し、もしくは第三者をして使用させてはならない。
二 被申請人は本件建物の三階、四階、階上部分の北、東、西側に、申請人らの居住地に排気ガス、騒音が侵襲せず、見通しのきかないような態様の障壁を設置しなければならない。
三 申請費用は被申請人の負担とする。
(申請の趣旨に対する被申請人の答弁)
一 申請人らの申請はいずれもこれを却下する。
二 申請費用は申請人らの負担とする。
(申請人らの主張)
一 当事者及び本件建物の概要
被申請人は、本件土地の所有者であり、本件土地に弁天町ショッピングセンターと仮称する本件建物を建築中である。
申請人らは、本件土地の北側及び西北側に隣接する地域に居住する者であり、その位置関係は別紙図面(二)の通りである。
本件建物は、ショッピングセンターとして建設されるもので、スーパーマーケットの長崎屋が出店することになつている。そして、本件建物のうち、店舗として予定されているのは地下一階と地上一階、二階で、地上三階、四階及び階上は吹抜けの駐車場となつており、その収容台数は総計約三三〇台である。
二 交渉の経過
被申請人が本件建物を建設し、そこに長崎屋が入店する計画は、昭和五四年ころからあつたが、各町団長などにのみ仮設計図を渡していただけであつて、申請人ら住民には何の連絡もなかつた。
ところが一住民が偶然右計画を知つて入手した図面によると、その駐車場出入口が本件土地の東側になつており、これから本件建物の北側部分を通つて自動車を四階駐車場に導くようになつていたため、本件土地の北側及び北西側の地域に居住する申請人らを含む地元住民数十名は連名で、土地の所有者であり本件建物の建築主である被申請人に対し、住民に排気ガス、騒音、振動などの公害が生じないよう駐車場出入口の設計変更を申し入れるとともに、工事着工三カ月前には必ず地元住民と協議するよう強く申し入れた。
しかし、被申請人は右申入れに対しては何の回答もせず、昭和五六年八月三一日になつて突然、弁天小学校で周辺住民に対する説明会を開き、その席上現在の設計図を示して本件建物の建築に同意するよう要求した。申請人らは、前に見ていた設計図が変更され駐車場の入口が本件土地の北西角になつているばかりか、駐車場の駐車台数も八五台から三三〇台と大幅に増えていることに驚き、何故、出入口を住民により影響の大きい北西角に変えたのかについて追及した。これに対し、被申請人は、駐車場の入口を変えたのは行政指導によるものであり、駐車場の入口が本件土地の北側でないとスーパー出店の許可がおりないと回答し、町団長の承諾を得ているので、とにかくこのままで同意しろとの一点張りであつたが、申請人らはなおも被申請人に対し排気ガス、騒音、振動等の被害の外、プライバシーの侵害も生ずることを訴え、駐車場入口を変更するよう強く申し入れた。
しかし、被申請人は右の申請人らの要望をまつたく聞き入れようとせず、その後、申請人らが一〇〇〇名にのぼる近隣住民の署名を集めるなどして申し入れた改善要求を無視して、本件建物の建築工事を強行している。
三 申請人らの現状
1 申請人らの居住する港区は、公害健康被害補償法の第一種指定地域であつて、現在も深刻な大気汚染にさらされており、申請人らの中には、重篤な大気汚染による被害者をはじめ、病弱な者や寝たきりの老人などが多く、本件建物の駐車場入口が、申請人らの住居に隣接した本件土地北西角に設けられるなら、駐車場出入口と八間道路付近に殺到する自動車の排気ガス及び騒音、振動等により、申請人らは回復不可能な深刻な健康被害を受けることとなる。
2 申請人ら本件建物の近隣に居住する者のうち健康を損つている者は、左の通りである。
(一) 南部敏章(四才)は、気管支喘息で加療中である。同人は生後一年半より小児喘息にかかり、当初は比較的軽い小発作であつたが、昭和五六年一〇月ころから重積発作にみまわれるようになつた。重積発作が起こると、発作抑止剤を用いても発作は止まらず、時には二四時間以上も発作が続き、チアノーゼ(酸欠状態)を起こして呼吸困難が数日続いたり、脱水症状を伴なうこともある。発作が起きると病院にかつぎこむが、その際呼吸困難で失神したことも度々であり、病院では一週間点滴を打ちつぱなしの状態におかれる。そして完治の方法はない。
(二) 南部真一(二才)も気管支喘息で加療中である。同人は南部敏章の弟であるが、昭和五六年一〇月ころ、喘息の中発作を起こして入院した。発作の際にはゼーゼーヒューヒューといつた喘息が一メートル位離れたところからも聞こえ、息苦しさを訴える。入院中は、兄と同じく一週間点滴を打ちつぱなしの状態におかれ、その後も兄同様入退院を繰り返している。
(三) 南部マツ(八六才)は喘息と神経痛に悩んでおり、強度の腰痛のため毎日通院している。気管が弱く、年に三、四日風邪をひき、その都度一〇日以上も治らない。咳をすると腰にひびくので、咳を止めるのに必死であり、長時間苦しむ。
(四) 南部清(七一才)は、以前激しい喘息の発作を起こして以来、風邪をひくと激しい咳が出て苦しく嘔吐を伴う。咳がでると仕事で痛めた腰にひびき、大変な苦痛である。
(五) 三枝美智子(六一才)は気管支喘息で、公害認定二級である。五年前からひどい喘息にかかり、以後強い薬を服用しているが、発作が起きた際は、横になると息苦しくてひどい咳に悩まされるので、布団の上に寝ることができず、こたつにもたれて夜を明かしたこともある。
(六) 西島孝(五三才)は、気管支炎のため四六時中咳が溜つて困つている状態であり、又高血圧でもあるため、騒音や緊張、きびしい寒さの連続にあうと動悸が激しくなり胸苦しさのため、座り込むこともある。
(七) 和田艶子(七才)は、気管が大変弱くて常に風邪をひきやすく、風邪をひくと喘息の様な咳が出る。
(八) 浜川敏子(五九才)は、昭和二五年頃から喘息で苦しんでいる。
(九) 飛田政治(六七才)は、風邪をひきやすくなり、風邪をひくと続けざまに咳込む状態が長く続き、医者から喘息にならないように注意されている。また時々動悸が激しくなり息苦しくなるし、神経痛でも悩んでいる。
(一〇) 飛田芳子(六四才)は、自律神経失調症で悩んでおり、少しの刺激にでも耳鳴りがして夜眠れない事が多い。
(一一) 花岡広四(七五才)は、昭和四三年脳いつ血で倒れ、下半身不随で現在寝たきりの生活である。
(一二) 荒川寛(七八才)は、腰痛、神経痛などで歩行困難であり、咳や痰がよく出る。
(一三) 荒川もと(七〇才)は、糖尿病と視力障害に悩んでいる。
(一四) 徳井ミツエ(七一才)は、昭和五四年四月脳出血症、椎骨脳圧動脈不全症、高血圧症で倒れ、四ケ月入院したが、その後左半身不随の状態である。
(一五) 岡正フサ子(六四才)は、高血圧と心筋障害のため、医者から当分安静加療するよう指示されている。
(一六) 篠崎サト子(七〇才)は、坐骨神経痛であつたが、昭和五七年三月より心不全の症状を示している。
3 以上のように、既に公害認定を受けている者以外にも、呼吸器の異常を訴えている者が多く、大量の排気ガスが、これらの既に公害認定を受けている者に重大な影響を及ぼしてその症状を著しく増悪させることはもちろん、それに至らない者らを新たに公害患者として重篤な症状に陥れるであろうことは火を見るより明らかである。
又、寝たきりの老人や、自律神経失調などに苦しむ者にとつて、排気ガスのみならず、自動車による騒音、振動などがたえ難い苦痛になるであろうことも容易に想像できる。ちなみに、本件建物が建設されるのは、商業地域ではあるが、申請人らの居住している地域は、住宅地域であり、従前より閉静な住民空間として機能して来たのである。
更に、病弱者にとつてはもちろん、健康な者にとつても、昼間の日照は必要であるところ、本件建物は三、四階と階上が吹抜けの構造となつていて、ここからのぞき見られるおそれがあるため、申請人らは日中も窓を開けることができなくなり、日照をも奪われかねないのである。
四 予想される自動車の進入、退出経路
1 本件建物の駐車場出入口を、本件土地北西角の八間道路に面した部分に設置するならば、本件建物へ来店する車輛の進入経路及び退出経路は、次の通りであると予想される。
(一) まず進入経路は、別紙図面(三)記載の通り、南港方面から来店する車輛は、(1)中央大通りを東進し、左折して桜通りに入り、次いでこれを左折して八間道路に入り、西進して駐車場入口に至るか、(2)八間道路を東進して、駐車場入口に至るか、あるいは(3)安治川沿い道路を東進し、これを右折して桜通りを南進し、これを右折して八間道路に入り、西進して駐車場入口に至る経路をとり、西区方面から来店する車輛は、(4)中央大通りを西進し、これを右折して桜通りを北進し、これを左折して八間道路に入り、西進して駐車場入口に至るか、(5)弁天町駅付近から八間道路に入り、これを西進して駐車場入口に至るか、あるいは(6)安治川沿い道路等を西進した後、これを左折して桜通りを南進し、右折して八間道路に入り、西進して駐車場入口に至る経路をとるものと予想される外、南港方面、西区方面からの共通の進入経路として、(7)みなと通り(中央大通りの南側を東西に通ずる国道一七二号線)をそれぞれ東進、西進した後、中央大通りを横切つて桜通りを北進し、これを左折して八間道路に入り、西進して駐車場入口に至る経路が予想される。
(二) また、退出経路は、別紙図面(四)記載の通り、いずれの方面へ退出する車輛も、(1)八間道路を西進して、分散するか、(2)八間道路を東進した後、そのまま東進するか、桜通りを右折南進もしくは左折北進して分散する経路になるものと予想される。
従つて、駐車場出入口を前記の位置に設置すれば、右駐車場を利用する全部の車輛が、進入の際も退出の際も八間道路を通行することになり、しかも駐車場出入口附近では、八間道路を東進する車輛、西進する車輛に加えて駐車場に入ろうとする車輛、出ようとする車輛がひしめき合い、著しい混雑を招来するものと考えられる。
この点について、被申請人は、来店車輛の一部を予備駐車場に誘導し、前記駐車場を退出した車輛が八間道路を東進するのを阻止することによつて、右の混雑を緩和するというけれども、予備駐車場は不便な位置にあり、八間道路は一方通行でない道路であるから、ドライバーの心理を考えるならば、右のような規制は不可能である。
2 次に、本件建物の駐車場の出入口を、本件土地の西側あるいは東側に設置した場合を考えてみると、本件土地の西側に駐車場出入口を設置した場合、本件土地西側道路が南行一方通行であるため、来店車輛はすべて八間道路を通行することとなり、かつ右道路は幅員の狭い道路であるから、八間道路を西進及び東進して来店しようとする双方の車輛が駐車場に殺到した時などは、八間道路が渋滞により大変混雑すると予想される。又、本件土地の東側に駐車場出入口を設置した場合でも、特に南港方面からの来店車輛が退出する際、混雑する中央大通りと桜通りの交差点(以下「本件交差点」という)を避け、八間道路を走行することとなる。
3 以上の通り、駐車場出入口を、中央大通りに面する部分に設けない限り、八間道路の通行車輛が著しく増加して、その周辺では来店車輛から排出される大量の排気ガスに汚染されることとなる。
五 予想される一日当たりの駐車(来店)台数
1 スーパーマーケットのうち、長崎屋の予定しているようなショッピングセンター型のものにおいては、駐車場の必要駐車台数はその立地条件により予想される日祝日の利用台数と平均回転率から算定するものであるが、駐車場設置者としては、駐車場設置によるコストをなるべく低く抑えようとするのであり、客の種類によつて異るものの、通常は日祝日におけるピーク時の殺到を考えて、駐車場の回転率は一日4.5ないし8回転と計算するのである。
本件建物に入店する長崎屋弁天町店(以下「本件店舗」という)の駐車場のみがこの常識に反して必要以上のスペースをとることはおよそ考えられず、又、他のショッピングセンターと比較して本件店舗において一台の滞留時間(普通は四五分から八〇分)が特別に長いとも考えられないので、長崎屋においても、少なくとも日祝日で4.5回転以上の実際平均回転率を予測している筈であり、従つて、本件駐車場では日祝日平均少なくとも一四八五台(4.5回転とした場合であつて、八回転とした場合には二六四〇台となる)の来客を予想して三三〇台という駐車場スペースを準備したものであると考えられる。
2 また、本件建物は、国鉄弁天町駅から徒歩約一〇分の位置にあるが、地下鉄弁天町駅と朝潮橋駅の中間に位置し、バスターミナルも少ない交通の便の悪いところにある。ところが、自動車を使用すれば、そもそも港区自体が約8.26平方キロメートルの狭小な地区であつて、その一番端からでも一五分もあれば本件建物に到達することができるだけでなく、本件土地の直前には片側四車線の築港深江線(中央大通り)が通じて西区とつながり、又、これと交差する国道四三号線を通じて、此花区や西淀川区からも、大正区、住之江区からも二〇分ないし三〇分あれば容易に来ることができるのである。特に最近、著しく人口の増加している(最終は四万人の人口を予定)南港ポートタウンは、同タウン内に商店が少ないうえ、港大橋を通つて約一〇分もあれば本件建物まで来ることができるのであつて、本件建物は、多くの客が自動車で来店することを予定しているのである。
又、長崎屋は、他のスーパーマーケットと異なり、その販売する商品のうち、食料品の比重が少なく(総売上げの約七分の一を予測)、衣料品の比重が高いことが特徴であつて、この点から考えても自動車での来店客が多数であることが予想されるのである。
3 次に、長崎屋の売上予想から来店車輛の台数を考えてみると、本件建物は、売場面積約七二〇〇平方メートルの中型ショッピングセンターであつて長崎屋はその売上げを開店初年度で年間約四〇億円(これは一般に年を経て店舗が地域に定着していくに従つて増大する。)、一レジ客当たり購買単価を二五〇〇円ないし三〇〇〇円と見込んでいるから、年間来店客数は一三三万人ないし一六〇万人と予想していることになる。
そこで、日祝日は平日の倍、中元・年末の繁忙期の年間合計二〇日の営業日が更にその1.5倍として試算すると、
(一) 年間一六〇万人が来店する場合には、平日一日当りの来店客数は約三七七〇人となり、日祝日は約七五五〇人、繁忙期では約一万一三〇〇人となる
又右と同じ計算方法で試算すると、
(二) 年間一三三万人が来店する場合は、平日一日当り三五二八人、日祝日は五二九二人、繁忙期では七九三八人となる。
ところで、社団法人日本ショッピングセンター協会発行の「SC駐車場実態調査報告書」(昭和五四年五月上旬実施、有効回答数一二一店)によれば、平日の車客比率は21.3%で、郊外住宅地域型店では33.1%であり、同型店の日祝日の車客比率は約五〇%である。そして、本件店舗は郊外住宅地域に準じる店舗であるから、右比率によれば、前記(一)の場合で平日八四〇台ないし一二四九台、日祝日三七七四台、(二)の場合で平日七五一台ないし一一六八台、日祝日二六四六台となる。
従つて、本件建物には平日で一日当たり一〇〇〇台程度、日祝日は回転率が許せば三〇〇〇台前後もの自動車による来店者があることが十分に予想できるのである。
4 更に、これを他の類似店舗と比較してみると、長崎屋の枚方店は、京阪枚方市駅西側の小さな駅前広場に面しており、これに至る道路はいずれも片側一車線の狭いものであり、しかも繁華街の中心地にあつて、自動車での来店には不便な所にある。一方、長崎屋の瓢箪山店は、近鉄瓢箪山駅から徒歩七、八分の市街地のはずれにあり、店の西側が幹線道路である大阪外環状線に面しており、自動車での来店には便利な所である。本件店舗の立地は前記2の通りであり、付近は市街地ではあるが中心商業施設はなく、むしろ、地域のショッピングセンターとして機能しうる位置にあり、瓢箪山店と類似の立地条件にある。
ところで、瓢箪山店は売場面積が本件店舗より約六〇〇平方メートル小さい店舗で、駐車台数は平日一二六〇台、日祝日三一〇〇台である。平日一二六〇台という実績は、前記3の売上予測からみた本件店舗の平日来店車予測台数一〇〇〇台前後をはるかに超えるものであり、又、日祝日は回転率さえ許せば三〇〇〇台前後という前記来店車台数予想を裏づけるものである。そして、このことは更に、日祝日において駐車場入場待ちの路上待機車が相当出るのではないかとの推定をも生むものである。
5 被申請人は、本件建物の駐車場出入口に設置する自動車管制装置及び駐車料金自動計算装置に物理的限界があるから、右駐車場では一日(八時間)当たり一一五二台ないし九六〇台しか出庫できないというけれども、その計算方法に疑問があるばかりでなく、一方において、自ら繁忙日に一〇九二台が来店すると説明しながら(それも時間帯により集中する。)、他方において、それさえ処理できない低能力の機器を設置するというのは矛盾も甚だしい。
6 以上いずれの点からしても、本件店舗においては、少なくとも平日で約一〇〇〇台、日祝日には回転率さえ許せば三〇〇〇台前後の車が来店し、日祝日、繁忙日には付近の路上に駐車場入場待ちの相当数の車輛が並ぶことが予測されるのである。
六 予想される被害
1 排気ガスによる被害
(一) 自動車のエンジンは稼動に伴なつて、いくつかの有害な物質を発生させこれを車外に放出して大気を汚染させる。本件駐車場にもつとも多く出入するであろうガソリン車の場合、排出される主な有害物質は一酸化炭素(CO)、窒素酸化物(NOx)、炭化水素(HmOn)及び鉛化合物であり、この外に走行に伴ないブレーキ、クラッチ、タイヤ及び路面の磨耗によつて粒子状物質も発生、飛散させるのであつて、これらの物質は、いずれも人体に対しきわめて有害なものである。
まず、一酸化炭素は人の血液中のヘモグロビンと非可逆的結合を生じ、ヘモグロビンによる体内各組織への酸素の運搬を妨げ、高濃度においては死に至らしめるものであり、又、反復してこれにさらされると頭痛、心悸亢進、疲労、不眠、焦躁感、めまい、抑うつ気分、軽度の前庭機能異常及び衰弱等の慢性中毒症状を起こし、更に重症の場合は、言語障害、瞳孔反応遅鈍、記憶力減退、胃痛、食欲不振、貧血などを惹起する。
窒素酸化物は慢性気管支炎や喘息などの閉塞性呼吸器疾患の原因となる。すなわち、これの影響はまず呼吸器、ことに肺に認められ、濃度と暴露時間によつては血液、大脳、心臓、肝臓、腎臓等の諸臓器への影響が認められ、更に近時には発癌や、突起変異等の作用が指摘されている。窒素酸化物は、従来の大気汚染の主役であつた硫黄酸化物に比して水に溶けにくく、そのため肺の深部にまで到達してより深刻な被害をもたらすのである。
炭化水素の物質にはガス状のものと粒子状のものとがあつてその種類もきわめて多く、この中にはベンツビレン等発癌性を指摘されている物質も多く含まれている。又この炭化水素は窒素酸化物とともに光化学スモッグの発生に重大な関係があり、その点からも重要な物質である。
鉛化合物は、これを多量に吸入すると貧血ならびに末梢神経系、中枢神経系及び運動機能障害を生ずるものである。
右のように、排気ガス中に含まれる単体の各物質がそれぞれに強い毒性をもつているのであるが、これが複合的に作用すれば、各単体の毒性を相加相乗した毒性を発揮するのであり、その具体的影響については未解明の部分が多いにせよ、この点を軽視することは許されない。
(二) ところで、次の表にみられるようにガソリン車の排気ガス中の有害物質の発生状況は、その運転状況、すなわち、アイドリング(自動車が停止している無負荷でエンジンがまわつている状態)、加速(時速〇→四〇キロメートル)、減速(同四〇→〇キロメートル)及び定速(同四〇キロメートル)のそれぞれによつて、大きく異なり、概して言えば、アイドリング、加速及び減速の際に大量に有害物質を発生させるのである。
(ガソリン車排気ガス中の有害成分)
運転条件
アイドリング
加 速
定 速
減 速
一酸化炭素
(%)
4.0~
15.0
0.7~
5.0
0.5~
4.0
1.5~
4.5
炭化水素
(PPM)
三〇〇~
二〇〇〇
三〇〇~
六〇〇
二〇〇~
四〇〇
一〇〇〇~
三〇〇〇
窒素酸化物
(PPM)
五〇~
一〇〇〇
一〇〇〇~
四〇〇〇
一〇〇〇~
三〇〇〇
五~
五〇
そして、駐車場の入口付近及び駐車場内においては、このアイドリング、加速、減速が繰り返されるのであるから、多量の有害な排気ガスが発生し、申請人らに甚大な被害を与えるであろうことは明らかである。
特に、自動車の排気ガスは排出位置が低く(駐車場内は別)、しかも、八間道路でさえ道路幅が約九メートルと狭く申請人らの人家が密集している本件土地の北側一帯においては、拡散速度が遅く、排気ガスは道路沿線世帯に滞留しがちであり、より一層深刻な被害をもたらすのである(渋帯状態の時はこの事情は倍加する。)。
又、駐車場内は、常に発進、加速、減速等が繰り返され、大量の排気ガスが発生するだけでなく、その排出位置が高いため、排気ガスはより遠くまで拡散し、被害もこれに伴つて拡大するのである。
(三) 被申請人は、本件建物付近は西風系の風が最も多く且つ強いから、前記駐車場に出入する自動車の排気ガスは申請人らの住居の反対方向に拡散されると主張する。しかし、建物と建物との間では道路断面で循環風が発生し、自動車からの排気ガスは、この循環風のために風上側の建物の方に運ばれ、その前面でガスの濃度が高くなるのであつて、まさに、被申請人が主張する風向の風によつて、申請人らが多大な影響を受けるのである。
(四) 以上のように、本件駐車場の出入口が、申請人らの居住地の直近である本件建物の北西角に設置されることにより、申請人らに自動車の排気ガスによる被害が生じることは明らかである。
そして、申請人らが、JEAモデル(環境庁が自動車排出ガスによる沿道周辺の大気汚染濃度を予測するために考案した拡散モデル)を用いて予測したところの本件駐車場による大気汚染の計算(疎甲第二四号証)も、右のことを裏付けている。
2 騒音、振動による被害
前記五のような多数の自動車が申請人らの居住地のすぐ目の前を走行し、発進、加速、減速、停止を繰り返すのであるから、それによる騒音、振動も又多大なものがある。そして、騒音、振動が精神的、心理的ストレスの一因となり、自律神経系の緊張あるいはホルモン系に対する反応を引き起こすことは現在では定説であつて、その結果頭痛、胃腸障害、食欲不振、血圧変調、自律神経失調症などの症状が現われるのであつて、騒音、振動のこのような影響は、健康な者でも深刻なのに、申請人らの中に数多く存在する病者や老人にとつてはきわめて耐えがたいものであり、病状を増悪せしめるものであることは明白である。
3 交通事故の危険
八間道路は、近くにある弁天小学校に通学する通学路となつており、朝の登校時や、午後の下校時には多数な児童がここを通つて通学している。こうした道路に、前記五の如く多数の自動車が流入してくるのであるから、交通事故の危険が著しく増大することも又明らかである。
更に、本件店舗の開店に伴ない、自転車の駐輪場が本件土地の西方面に設置されるので、一般の来店者に加え、駐輪場からの歩行客が本件土地の北側、東側道路を多数歩行することとなる。一方で自転車利用者が右の道路の歩行用部分に駐輪することが予想され、そのため歩行者は勢い車両通行部分を歩行せざるをえなくなり、交通事故の危険は増大する。
被申請人は、ガードマンを配置して危険を防止すると主張するがその実効性は疑わしく、むしろ南側に出入口を設置したうえでその部分にガードマンを配置するのが、交通事故の危険を防止するためには実効性がある。
4 プライバシーの侵害
本件建物は、三階、四階及び屋上の部分が吹き抜けの駐車場になつているが、この高さが三階で約九メートルであり、約二〇メートルをへだてた申請人らの居住家屋の南側の窓をちようど見おろす位置にあるため、申請人らの居住家屋の窓がのぞき見られることになり、プライバシーの侵害が発生することも明らかである。
七 被害の回避可能性
前記六の被害は、駐車場出入口を、本件土地の南側(中央大通り側)に設置することにより、回避することができる。すなわち、
1 前記JEAモデルによる大気汚染の予測計算によれば発生源から距離が遠ざかれば遠ざかる程、急激にその汚染が減少するのであつて、発生源から四〇メートルで五分の一ないし一〇分の一にまで低減され、発生源から八〇メートル離れると、更にその二分の一程度に低減されるのである。ところで、本件駐車場出入口を中央大通り側に設ければ、来店車輛のほとんどは中央大通りを走行すると考えられるが、中央大通りから申請人らの居住地までは少なくとも約七〇メートル(本件土地の南北の幅が約五〇メートルであり、それに中央大通りの北側歩道幅及び八間道路の幅一五メートルを加えた。)離れているのであるから、その影響は大幅に低減されることになる。
2 被申請人は、本件建物の駐車場出入口を中央大通り側に設けることはできないと主張する。しかし、
(一) まず、その第一の理由とする行政指導なるものについては、本件駐車場の出入口を中央大通りに設けることに行政指導等何ら行政上の制約がないことが、港警察署交通規制係、大阪府警察本部交通部長、大阪市総合計画局都市計画課駐車場担当係、同土木局土木部及び管理部の各責任者等、関係行政当局者からの事情聴取の結果によつて明らかである。現に、本件土地は従来モータープールとして使用されていたが、その入口は中央大通り側に設けられていたのであり、現在も本件建物建築工事のための車輛はすべて中央大通り側から本件土地に出入りしているし、又、付近の中央大通りに面した駐車場で他の道路にも面していながら出入口を中央大通り側に設けている所は、各所に存在するのである。
ところで、駐車場法施行令第七条第二項は「路外駐車場の前面道路が二以上ある場合においては自動車の出入口及び入口はその前面道路のうち自動車交通に支障を及ぼすおそれの少ない道路に設けなければならない。ただし、歩行者の通行に著しい支障を及ぼすおそれのあるとき、その他特別の理由があるときはこの限りではない。」と規定しており、被申請人は、右規定をもその論拠とする。しかしながら、申請人らの主張するように本件駐車場出入口を中央大通り側に設けた場合にはほとんど交通の混乱は起こらないのに対し、被申請人の計画通り北西角に出入口を設けた場合には前記の通り八間道路において自動車の交通が甚しく混乱することが予想され、住民の生活道路である右道路の歩行者や自転車の通行に著しい支障を及ぼすことも容易に推測できるのであつて、右規定は、駐車場の出入口を南側の中央大通りに設置する根拠になりえても、これを北側の八間道路に設置する根拠にはとうていなしえない。
(二) 次に、被申請人は、幹線道路である中央大通りに車輛が直接出入りするのは危険であること、本件交差点の西方約七五メートルが車線変更禁止区間になつていること及び右交差点の西側で車輛が停滞すること等を理由とするが、幹線道路に直接出入するのは、本件の駐車場出入口に限つたものではなく、中央大通りに交差する道路はすべて同じであつて、中央大通りを直進する車輛は、左側からの進入車輛を避けるため一般に中央寄りの車線を通過するのであり、又、歩行者や自転車の通行量は中央大通りより八間道路の方が多いのであるから、交通事故が本件駐車場の入口附近で特に多発するとは考えられない。又、車線変更禁止区間が存在しても、駐車場への入場車は、出入口のかなり手前から北端車線を進行してきて入場する筈であるし、退場車は、退場後北端車線を本件交差点まで進行し、交差点通過後に必要な車線に移行するのであるから、車線変更禁止区間の存在は入退場車に全く影響を与えない。
更に、中央大通りの東方向への車輛の一時間当りの通行量は、被申請人主張の如く土曜日に六五三台であつたとしても、平日は、これより少ない四六〇台程度であり、又、産業道路である右大通りの日祝日の通行量は更に少ないのである。ところで、本件交差点には東行青七六秒、黄三秒、赤七一秒のサイクルの信号が設置されており、本件土地南西角付近に駐車場の出入口を設けた場合、本件交差点手前から駐車場出入口付近までは約七五メートル以上の距離があつて、この間には普通乗用車が約一五台連なつて停車できるところ、土曜日の長崎屋開店時間中で最も交通量の多い一一時から一二時で八一八台(疏乙第一六号証)であつて、信号一サイクル(一五〇秒)当り三四台、
一回の信号待ちの車輛は約一七台である。
そして、東行の直進車輛の多くは通行し易い中央寄りの車線を利用し、北端の車線を通過してこの車線で信号待ちをする車輌は少ないのであるが、これを四車線平等に走行するものとしても、信号待ちの車輛は一車線当り4.25台に過ぎず、本件駐車場出口から退出する車は、被申請人の主張によれば二五〜三〇秒に一台で七四秒間に三台であり、申請人らの調査では一六秒に一台で七四秒間に4.6台であつて、いずれにしても、土曜日の最も通行量の多い時間帯においてさえ信号待ちの車で出入口が使用できなくなることはありえない。又、高速道路工事によつて中央大通りが、三車線、あるいは二車線になつても一車線当たりの渋滞数は5.7台、又は8.5台であつて、なお余裕があり、工事期間中車線が半減すれば中央大通りを朝潮橋でみなと通りへ入る車輛の増大により中央大通りの通行車数が減少するであろうこと、高速道路が完成すれば、相当量の車輛が高速道路を利用して中央大通りの交通量は減少するであろうこと、それに何よりも北端車線通行車は中央寄り車線通行量よりはるかに少ないこと等を考えれば、渋滞のおそれなどは全く存しないものである。
(三) 更に被申請人は、本件建物の駐車場出入口を中央大通り側に設けた場合には、現在の設計によつた場合よりも余計に八間道路が混雑すると主張する。
しかし、本件駐車場出入口を、本件建物の南側、中央大通りに面する部分に設置した場合、来店車輛の進入経路、退出経路は、次の通りと推測される。
(1) まず、進入経路については、南港方面からの来店車輛は、中央大通りを東進し、駐車場入口に至る経路をとることが明らかであり、西区方面からの来店車輛は、①中央大通りを西進し、本件建物の前を通り過ぎた後、Uターンして中央大通りを東進し、駐車場入口に至る経路、②みなと通りを西進し、本件建物の西方向の地点で中央大通りに入り、これを東進して駐車場入口に入る経路、③安治川沿いの道路を西進し、本件建物の西方向の地点で中央大通りに入り、これを東進して駐車場入口に至る経路のいずれかをとることが予想される。又、これ以外に、④八間道路を西進し、左折して本件建物西側道路に入り、更に左折して中央大通りを東進して駐車場入口に至る経路や、⑤桜通りを南進し、右折して八間道路を西進し、左折して本件建物西側道路を南進し、左折して中央大通りを東進して駐車場入口に至る経路なども考えられなくはないが、広くて走行しやすい道路を走行するというドライバー心理からすると①②③の進入経路が中心となり、④⑤は極めて少数であろうことは容易に想像できる。
(2) 次に、退出経路については、西区方面に退出する車輛は当然中央大通りをそのまま東進することになるし、南港方面に退出する車輛は、①中央大通りをそのまま東進し、弁天町駅付近の国道四三号線に至った後に安治川沿いの道路方面とみなと通り方面とに分散するか、あるいは中央大通りの然るべき地点でUターンして南港方面へ至る経路、②中央大通りから桜通りを北進し、安治川方面へ抜ける経路、③中央大通りから桜通りを経て、左折して八間道路に入り、これを西進して南港方面に至る経路、④中央大通りから、右折して桜通りを南進する経路、⑤中央大通りと桜通りの交差点をUターンして、中央大通りを西進する経路等が考えられるが、広くて通行しやすい道路を通行するというドライバー心理からすると、①の経路が退出の中心経路と予測される。
(3) 以上の通り、本件駐車場の出入口を南側に設置すると、本件建物の北西角に駐車場出入口を設置するよりも八間道路が混雑するという被申請人の主張には、全く根拠がなく、本件駐車場の出入口を南側に設置するならば、来店車輛は、進入、退出いずれも主として中央大通りを通行し、来店車輛の中で八間道路を通行する車輛はほとんどないことが予測できるのである。
3又、被申請人は、本件仮処分申請時においては、既に本件建物の地階の床まで完成していたのであり、その時点で本件駐車場の出入口を南側に移設しようとすれば、下部の杭打ち部分の手直しを必要とするので、右の如き設計の変更は極めて困難であつたと主張する。
しかし、申請人らが、本件建物の基礎伏図(疏乙第三〇号証の一)及び軸組図(同号証の二)に基づいて検討した(被申請人が、本件建物の構造計算書、躯体構造図等、右検討のために必要にして十分な資料を開示しないため、右両図面を資料として検討せざるをえなかつた。)ところ(疏甲第三〇号証)によれば、
(一) 駐車場出入口を、現設計とは全く逆に変更する場合には、駐車場出入口の通路は、別紙現状図(1)記載の位置から同変更図(1)記載のように、すなわち基礎伏図の縦線⑥(以下、「⑥通」という。)と横線、(以下、「、通」という。)の交差する場所からスロープが始まり、通と①通の交差する場所で三階に上り切るように、変更することになる。この場合の荷重の変化は、別紙現状図(2)記載の通り、⑤、⑥通と、通の交差する箇所の杭P2、P5の合計断面積(40840.7平方センチメートル)が、①、②通と、通の交差する箇所の杭P1、P6の合計断面積(42725.6平方センチメートル)とほぼ同じであるから、十分に支えきれると考えられる。仮に、補強が必要となつたとしても、補強柱を別途に二本入れれば十分であり、それでも足りない場合は、地中梁の厚みを増す工事をすればよく、しかも、これらの工事は容易にできるものである。更に、現設計では駐車場出入口のスロープ開始地点の地下に予定されている筈の受水槽を他へ移転すれば、その分だけ荷重が減少し、右の補強工事も不必要となる。
(二) 仮に前記(一)の補強工事が必要であるとしても、駐車場出入口のスロープの位置を、別紙変更図(2)記載のように変更すれば、右工事は不必要となる。
(三) 現設計の駐車場出入口のスロープをそのまま利用するとすれば、別紙変更図(3)記載の通り車路床部分の補強工事及び本件建物南西角の階段の位置変更工事が必要となるが、これらの工事はいずれも容易に施工できる。又、この場合、一階売場部分を車路にするのであるから、売場面積の減少を伴なうけれども、本件建物の売場の延面積は9642.00平方メートルであるのに対し、右車路のために要する面積は、多く見積つても一六〇平方メートルであり、階段部を他に移動させたとしても、二二〇平方メートル程度にすぎないのであつて、大阪府商工会議所商業活動調整協議会が定めた本件建物の総店舗面積七二〇〇平方メートルを充してなお十分に余りがあるのである。
以上の通り、本件仮処分申請時において、本件建物の駐車場出入口の設計変更は容易にできたのであり、又、現在被申請人は本件仮処分申請及び裁判所の事実上の勧告を無視して現設計通りに本件建物の建築工事を進捗させているけれども、現時点においても駐車場出入口の位置の変更は可能であり、しかも、右変更工事は、さほど困難なものでもないのである。
4 被申請人は長崎屋の営業政策上の理由、すなわち、本件建物に出店する予定の長崎屋が、中央大通りをはさんで斜め向い側に昭和五六年九月から開店営業しているスーパーライフ(以下「ライフ」という)と業務提携をしているため、ライフに一番近い本件建物南東角に正面入口を設置するのが便宜であるとの理由のみに基づいて、本件建物の東側に駐車場の出入口を設置するという当初の計画を変更したものと考えられるのである。そして、被申請人は、駐車場出入口の変更が容易にできるのにもかかわらず、申請人らの切実な要望を無視して、工事を強行しているのである。
八 被保全権利と保全の必要性
1 申請人らが本件駐車場出入口の設置によつて奪われようとしているのは、生命、身体、健康というかけがえのない法益であつて、これらの法益は人格権、すなわち比較衡量を許さない絶対的権利として保護されるべきものであるから、これに対する侵害についてはその予防又は排除を求めることができるものというべきである。
2 そして、本件駐車場の出入口を現状のままにしてその使用が開始されれば、被害は深刻となり申請人らが回復し難い損害を被ることは必至であり、しかも、申請人らの受ける被害は金銭をもつて償うことができないものであるから、緊急に保全策を講じなくてはならないことは明らかである。
九 よつて、本件仮処分申請に及んだ。
(被申請人の主張)<省略>
(当裁判所の判断)
一当事者、本件建物の概要、本件土地の地域性及び周辺の道路事情について、当事者間に争いのない事実、当裁判所に顕著な事実及び当裁判所が疏明資料によつて一応認定した事実は、次の通りである。
1申請人らは、本件土地の北側及び北西側に隣接居住する者であり、その位置関係は、別紙図面(二)記載の通りである。又、現在、申請人らの中には、健康を損つている者があり、その氏名及び症状は、申請人らの主張三2の通りである。
2被申請人は、本件土地の所有者であり、昭和五六年一〇月一日付で、住友商事株式会社に総工費一八億八六〇〇万円で本件建物の建築工事を請負わせ、昭和五六年九月三〇日起工式を行つたうえ本件建物の建築工事に着手し、その後工事を進めて設計通り建築を完了し、昭和五七年九月一七日所有権保存登記を了した。
3本件建物は、鉄筋コンクリート地下一階地上五階建(但し、地上五階部分は一部塔屋である。)であり、ショッピングセンターとして建設されるもので、スーパーマーケットの長崎屋が出店することになつている。そして、本件建物のうち、店舗として予定されているのは、地下一階、地上一、二階で、地上三、四階及び階上は吹抜けの駐車場となつており、その収容台数は総計三三三台である。
4申請人らの居住している地域は、工業地域と商業地域とにはさまれた住宅地域である。すなわち、その北側及び北西側に隣接する港区の安治川沿いの地域は準工業地域であり、対岸の此花区は工業地域であるのに対し、本件建物が建設される本件土地を含む南側に隣接する地域は商業地域である。又、申請人らの居住する港区は、公害健康被害補償法の第一種指定地域であつて、現在も大気汚染にさらされており、申請人三枝美智子は、気管支喘息で公害病患者として認定されている。
5本件土地の南側には片側四車線で片側の幅員が13.5メートルの中央大通り(築港深江線)が、北側には幅員九メートルの八間道路が、東側には幅員七メートルの桜通りが、西側には南行一方通行の幅員八メートルの道路があり、本件交差点の停止線より西方七五メートルの区間は、車線変更禁止区域である。本件土地南側には、中央大通りの車線と分離した形で、幅員二メートルの自転車専用道路及び幅員六メートルの歩道がある。桜通りは二車線の道路で、両側に幅員三メートルの歩道があり、東側の歩道ぎわに幅員二メートルの自転車専用道路がある。八間道路は二車線の道路で、両側に幅員三メートルの歩道がある。西側道路は、現在歩道がないが、本件建物の建築後に設置する予定になつている。そして、現在の自動車通行量は、中央大通りが最も多く、八間道路と桜通りがこれに次ぎ、西側道路が最も少なくなつている。
6別紙図面(五)、(六)記載の通り本件土地は、国鉄弁天町駅の西南西約八〇〇メートル、待歩約一〇分のところ、地下鉄弁天町駅と朝潮橋駅の中間に位置している。又、本件土地は、中央大通りを通じて西区とつながり、これと交差する国道四三号線を通じて此花区、西淀川区、大正区、住之江区ともつながり、西南方にある港大橋を通じて南港ポートタウンともつながつている。
二本件店舗に来店する車輛の進入、退出経路について、当事者間に争いのない事実及び当裁判所が疏明資料によつて一応認定した事実は、次の通りである。
1現設計のように、本件駐車場の出入口を、本件建物北西角に設置した場合、本件店舗への来店車輛の進入、退出経路は、申請人らの主張四1(一)及び(二)の通りであると予想される。但し、本件店舗の営業時間は午前一〇時から午後六時三〇分までであるところ、別紙図面(三)及び(四)記載の各経路のうち、×印をつけた経路は、交通規制によつて、毎日あるいは日曜・休日に限り午前九時から午後六時までの間歩行者・自転車専用道路とされているため、ほとんど使われることはないものと予想される。
この場合、来店車輛のすべてが往復とも八間道路を通行するうえ、本件駐車場の出入口付近では、八間道路を東進しようとする車輛と西進しようとする車輛とが交錯することによる混雑が予想される。
2本件駐車場の出入口を、本件建物西側に設置した場合は、申請人らの主張四2の通りであると予想される。
3本件駐車場の出入口を、本件建物東側に設置した場合、南港方面からの来店車輛が特に退出の際、本件交差点を避けて八間道路を通行することが予想される程度で、八間道路の通行量に及ぼす影響は少ないと考えられる。しかし、本件土地の奥行きが約五〇メートルであるため、本件駐車場出入口と本件交差点との間が短かくなり、来店車輛のために本件交差点の交通渋滞を招来するおそれがある。
4本件駐車場の出入口を、本件建物南側に設置する場合、本件交差点付近にこれを設置することは駐車場法施行令第七条第一項の関係で不可能であり、車線変更禁止区間の真中に設けることもできないので、結局は南西角に設置することになる。
この場合の来店車輛の進入、退出経路は、申請人らの主張七2(三)(1)及び(2)(但し、主たる利用経路に関する部分を除く。)の通りであると予想される。
なお、疏乙第四八号証の一ないし三(小谷昌博の陳述録取書)には、本件駐車場の出入口を現設計通り、本件建物北西角に設けた場合の進入、退出経路について、(一)大阪府警察本部(以下「府警本部」という)から中央大通りを西進して来店する車輛が本件交差点を右折して桜通りに入いるのは好ましくないとの指導を受けているので、右車輛については、本件建物と中央大通りをはさんで向かい側に位置する一二九台の収容力を持つ第二駐車場(別紙図面(三)のうち『市岡土地モータープール」と記載されている部分)に収容することとし、そのための措置として、ガードマンの配置や立札の設置等を考えているし、(二)府警本部から本件駐車場の出入口付近において、八間道路を東進する車輛と西進する車輛とが交錯するのは好ましくないとの指導を受けているので、来店車輛が八間道路を東進するのを規制することとし、そのための措置として、ガードマンを配置して、八間道路を東進して来て本件駐車場に入いろうとする車輛、本件駐車場から退出して東進しあるいは西側道路を南進しようとする車輛を阻止するとの供述記載がある。しかしながら、(一)については、疏明資料によれば、本件交差点での右折は禁止されていないこと、及び第二駐車場として予定されている市岡第二モータープールは、開店当初のライフがかつて駐車場として使用していたが利用者が少ないため廃止したものであり、長崎屋としても利用者が少なければその使用をやめるつもりであることが一応認められ、右ライフの前例が示しているように、およそ本件店舗に来店する者がわざわざ便利の悪い第二駐車場を利用するとは考えられず、又右折車はあらかじめ道路中央寄りの車線を走行して来るうえ、来店車輛とそうでない車輛とを識別することは極めて困難であつて、来店車輛のみを第二駐車場に誘導することは不可能というべきである。又(二)についても、疏明資料によつても八間道路は西行の一方通行道路ではないのであるから、このような道路で(二)の方策が実効をあげることは困難と考えられる。
又、本件駐車場の出入口を、本件建物南西角に設置した場合、来店車輛の進入、退出に主として利用される経路については、ドライバーは、最短距離を選択するものであるとも考えられるが、同時に広くて通行し易い道路を利用するとも考えられるところ、疏明資料によれば、中央大通りの中央部分には現在地下鉄中央線の高架が設置されていることが認められ、そのため中央大通りでは通常の幹線道路よりも容易にUターンすることができるので、この場合でも、八間道路を通行することなく、中央大通りから来店する車輛が相当数にのぼり、本件駐車場の出入口を本件建物北西角に設置した場合に比べると、八間道路の通行量の増加が緩和されるものと予想される。
三本件店舗に来店する車輛の台数について、当事者間に争いのない事実及び当裁判所が疏明資料によつて一応認定した事実は、次の通りである。
1長崎屋は、本件店舗の商圏として、港区全域と南港ポートタウン、大正区の一部、西区の一部、此花区の一部を予定している。
右商圏のうち、西区と南港ポートタウンを除く、他の地区の自動車保有率は、大阪府、大阪市の平均より低く、昭和五五年度は、大阪府39.3パーセント、大阪市32.2パーセント、港区22.1パーセント、大正区27.1パーセント、西区50.8パーセント、此花区23.6パーセント、住之江区28.4パーセントである(疏乙第二七号証)。
右商圏の中心である港区は、面積が約8.28平方キロメートルと狭いうえ、自転車専用道路が整備されており、港区民の買物のための交通手段としては、電車、バス、徒歩、自転車の比重が大きい。
又、南港ポートタウンは、現在約一万五〇〇〇人の人口が、将来は四万人にまで増加する予定である。現在、南港ポートタウン内には、丸高ストアをキーテナントとするポートタウンショッピングセンターがあるだけであり、その店舗面積は七二四七平方メートルである。南港ポートタウンは自動車の保有率は高い(約五〇パーセントといわれている)が、ポートタウンから自動車で一〇ないし二〇分の距離にある数店のスーパーマーケットは、いずれも駐車場が設置されていないか、設置されていても小規模なものである。しかし、南港ポートタウンより本件店舗に自動車で来るためには、有料道路である港大橋を片道二五〇円の通行料を支払つて渡らなければならないが、所要時間は約一二分である。
2本件店舗の売場面積(長崎屋直営部分とテナント部分の合計面積である店舗面積七二〇〇平方メートルに、飲食・サービス部分の面積を加えたもの)は、約八六〇〇平方メートルである。そして、本件店舗の商品構成は、計画では、衣料四五パーセント、食料品一五パーセント、住宅関連二〇パーセント、その他二〇パーセントであつて、衣料品が中心となつている。
本件店舗は、前認定の如く、国鉄弁天町駅から約八〇〇メートル、徒歩で約一〇分のところに位置し、南側が中央大通りに面していて自動車での来店には便利であり、付近には、木造二階建の家屋が多く、他に大きな商業施設はないので、店舗のタイプとしては、市街地型というより、むしろ郊外型に準ずるものである。そして、駐車場は、立体自走式の本件駐車場の他に、平地駐車場として前記第二駐車場を有し、購買客には一時間までは無料、一時間を過ぎると有料として運営する予定である。
店名
瓢箪山店
和歌山店
枚方店
駐車能力(台)
六〇〇
九〇〇
一一四
平日
駐車台数
一二六〇
一二〇〇
一二〇
回転率
二.一
一.三
一.一
日祝日
駐車台数
三一〇〇
四〇〇〇
二一〇
回転率
五.二
四.四
一.八
3長崎屋大阪支社管轄駐車場設置店八店のうち、駐車場の回転率が高い上位三店舗の駐車場の状態及び立地条件等は、次の通りである(疏乙第一八号証、同第四九号証の一、二)。
(一) 駐車場の状態
(二) 立地条件等
瓢箪山店の売場面積は六五八七平方メートルである。同店は、近鉄奈良線瓢箪山駅の西南西約五〇〇メートルに位置し、徒歩で七、八分の市街地のはずれにあり、店の西側が幹線道路である大阪外環状線に面していて自動車での来店には便利であり、店舗のタイプとしては、郊外型に属する。駐車場は、収容台数約一〇〇台の屋上駐車場の他に、隣接地四ケ所に平地駐車場を有し、出入口のうち三ケ所は無料で開放している。
和歌山店の売場面積は、一万五三四〇平方メートルである。同店は、南海和歌山市駅の北東約一キロメートルの市街地の端部、紀ノ川近くに位置し、同駅から徒歩で一五分前後を要するが、駅前商店街を除けば、最も近接する商店街まで徒歩約二〇分の距離にあり、国道二四号線が東側を通つている。店舗のタイプとしては、半郊外型に属し、駐車場は、店舗地階駐車場と裏側の立体駐車場に分れ、二ケ所の出入口を有し、料金徴収を行なつている。
枚方店の売場面積は、五八七四平方メートルである。同店は、京阪枚方市駅の西側の駅前広場に面しており、これに至る片側一車線の道路の北側に駐車場の入口があるが、右道路は駅が突き当たりとなつて、駅の東側に通じておらず、自動車での来店には不便なところに位置している。店舗のタイプとしては、市街地・駅前型であり、駐車場は、店舗三、四階に設置された立体自走式駐車場で、一部無料、一部有料で運営されている。
又、瓢箪山店の商圏である東大阪市、八尾市及び大東市の昭和五五年度の自動車保有率は、それぞれ41.5パーセント、46.3パーセント、50.0パーセントであり、枚方店の商圏である枚方市の自動車保有率は、47.8パーセントである(疏乙第二七号証)。
4社団法人日本ショッピングセンター協会が昭和五四年五月上旬に、全国一二一のショッピングセンターについて行なつた実態調査(疏乙第二五号証添付資料③)によれば、駐車場の利用時間の平均は、平日1.3時間、休日1.6時間、駐車場の回転率の平均は、平日2.1回転、休日4.2回転、郊外住宅地域型店の駐車場の回転率は、平日1.5回転、休日3.7回転、車客一台当たりの購買単価の平均は、平日三八六四円、休日五八〇四円、車客比率は、平日21.3パーセント、休日33.3パーセントであり、郊外住宅地域型店のそれは、平日33.1パーセント、休日五〇パーセントである。
又、ショッピングセンターないし駐車場を計画する際の参考資料として公刊されているもののなかには、休日におけるショッピングセンターの駐車場の回転率を少なくとも4.5回転とするもの(疏甲第一九号証)や、一般的な郊外ショッピングセンターでは、休日における一日当たりの駐車場の回転率は四ないし五回転といわれているとするもの(疏甲第二〇号証)がある。
これに対し、長崎屋の駐車場設置店についての全国的統計資料によれば、駐車場の回転率は、平日が0.8ないし1.2、三回転、日曜日が三回転前後であるが、このように回転率が低いのは、長崎屋には駅前型店舗が比較的多いためである(疏乙第四九号証の一、二)。
5長崎屋としては、本件店舗の開店初年度の売上高を四〇億円、来店者一人当たりの購買単価を二五〇〇ないし三〇〇〇円と予想し、又、本件店舗の休業日は、年間四五日を予定している。
ところで、疏乙第二五号証(小谷昌博の報告書)には、本件駐車場の出入口には自動管制装置及び駐車料金自動計算装置が設置される予定であり、一台当り入庫には約一〇秒、出庫には二五ないし三〇秒を要するので、本件店舗の営業開始時間の一時間後である午前一一時より出庫が始まり、閉店時間の三〇分後である午後七時に終わる(合計八時間)とすれば、本件駐車場の一日当り(八時間)の出庫可能台数すなわち駐車場回転可能数は九六〇台(2.9回転)ないし一一五二台(3.5回転)となるとの記載があり、被申請人はこれを本件駐車場を利用する車輛が申請人らの主張する台数よりも少ないことの証左としようとするが、右計算の結果は、本件店舗と最も類似する瓢箪山店の日祝日における駐車台数にはもちろん、和歌山店のそれにもはるかに及ばないものであつて、長崎屋の予定する本件店舗の開店日数や売上予想高に照らしても、とうてい首肯できるものではない。ちなみに、申請人ら代理人は、自らの実地調査(疏甲第二八号証)によつて、出庫に要する時間は約一六秒、出庫可能台数は一八〇〇台(5.4回転)としているのであつて、実態に合致するか否かは兎も角としても、この結果は前記公刊物記載の日祝日の回転率及び瓢箪山店のそれに近似したものとなつている。
又、疏乙第四二号証(小谷昌博の報告書)によると、小谷昌博は、長崎屋の本件店舗における前認定の売上予想高及び休業日数のほか、長崎屋の既設各店舗の平均売上金額の比率が平日一、土曜日1.5、日祝日2.5であること、長崎屋への来店者の購買単価の平均実績が、自動車来店者七〇〇〇円(疏乙第四一号証)、その他の来店者三〇〇〇円であること、長崎屋が昭和五六年四月二六日と二七日に行なつた瓢箪山店顧客アンケート調査の集計結果(疏乙第四〇号証)によつて算出された車客比率が平日11.6パーセント、休日32.5パーセントであること等をもとにして算出した本件店舗への来店車台数は、平日三〇三台、日祝日一七〇九台であり、本件駐車場の回転率は、平日0.91回転、日祝日は本件駐車場の限界である九六〇台で2.9回転、第二駐車場で七四九台、5.8回転であつて、これは、前記4に認定した回転率の全国平均値を下まわり、平日については立地条件を異にする枚方店の回転率に近いものである。しかし、自動車来店者の購買単価七〇〇〇円とする点は、前認定の購買単価の全国平均をはるかに上まわるものであつて、果して本件店舗においてそれだけの売上を期待できるものかは疑わしく、その根拠とする疏乙第四一号証の一台当り買上単価欄は約半数の店舗についてしか記載されておらず、買上単価の高い店舗ばかりを平均している可能性もないとはいえないし、又、瓢箪山店の車客比率の算定の基礎である疏乙第四〇号証の町別集計明細における各町別の利用交通機関のうち自家用車数については集計に誤りが認められるので、右報告書の記載を直ちに信用することはできない。
そこで、前認定の事実に照らして考えてみると、本件店舗の商圏に含まれる地域の自動車保有率、港区民の買物時の交通手段についての調査結果等からして、本件店舗への来店車輛の台数が、申請人らの主張するように平日約一〇〇〇台、日祝日三〇〇〇台前後に達するものとはにわかに断じ得ないけれども、右台数を算出した申請人らの算定方法は必ずしも根拠のないものではない。又、本件店舗とタイプが類似している瓢箪山店、和歌山店における駐車場の回転率の実績、社団法人日本ショッピングセンター協会が行なつた駐車場の実態調査によつて得られた数値に、被申請人が第二駐車場を確保していることを併せて考えると、被申請人が主張する平日約一回転、日祝日2.9回転の最大回転率は、むしろ最低限度のものであつて、実際の来店車輛台数は、これを大きく上まわるものと推定することができる。
ところで、疏乙第一六号証(小谷昌博の報告書)によれば、現在の八間道路の自動車の通行量(午前一一時〜午後一時及び午後四時〜午後六時までの通行量の一時間当りの平均)は、西行については平日五二台、土曜日63.5台、東行については平日八七台、土曜日九四台であることが一応認められるが、本件駐車場の回転率を予想最低値の平日一回転三三三台であるとした場合であつても、本件店舗の営業時間内(八時間三〇分)の一時間当たりの平均来店車輛台数は39.2台となるのであるから、本件駐車場の出入口を本件建物北西側に設けた場合、八間道路の自動車の通行量は大幅な増加をみることになる。又、前記4に認定した休日における駐車場の利用時間の全国平均値が1.6時間であることからすれば、日祝日ないし繁忙日の最低時などには、駐車場への入庫待ちの車輛が、八間道路に列をなすことも十分に予想することができる。
四来店車輛の排気ガスによる被害について、当事者間に争いのない事実及び当裁判所が疏明資料によつて一応認定した事実は、次の通りである。
1自動車の排気ガスによる一般的な被害は、申請人らの主張六1(一)の通りである。
2本件店舗への来店車輛は普通乗用自動車(ガソリン車)がそのほとんどすべてを占める筈であるところ、普通乗用自動車の排気ガス中の有害成分の発生状況は、昭和四三年制定の大気汚染防止法に基づく規制が実施される以前においては、申請人らの主張六1(二)に掲げた表の通りであつたが、同法による規制が実施された結果、別表(一)ないし(三)の通りに変遷し、昭和五三年度規制により、乗用車の排出ガス(CO・HC・NOx)は未規制時に比べほぼ九〇パーセント削減されている。しかし、一般環境測定局及び自動車排出ガス測定局の測定値は、全国的に見ても、又、大阪市内においても、一酸化炭素濃度や炭化水素濃度については一応減少の方向を示しているが、窒素酸化物による大気汚染については、その発生源規制の強化にもかかわらず、改善の傾向が認められない状況にある(疏甲第一〇、一一号証、疏乙第二六号証)。
3そして、昭和五一年度規制車の窒素酸化物の排出量を一〇〇とした場合の各年度規制車の排出割合と昭和五六年三月現在の大阪府下における各年度規制車別自動車(普通乗用車)登録台数(疏甲第二三号証)の比率をもとに計算すると、同月現在大阪府下を走行している普通乗用車の窒素酸化物の排出量は約一八〇となり、全体としては未だ昭和五一年度規制車のレベルにまで達していない(疏甲第二四号証)。
4二酸化窒素(NO2)の環境基準は、一時間値の一日平均値が0.04ppmから0.06ppmまでのゾーン内又はそれ以下であることとされている(疏乙第三三号証添付参考資料No.4)が、本件建物に比較的近い一般環境測定局の二酸化窒素濃度の測定結果は、別表(四)記載の通りであつて、右環境基準の上限値をも上まわる汚染状態であることを示している。
なお、窒素酸化物は、自動車から排出された直後は大部分が一酸化窒素(NO)であり、時間の経過と共に急速に二酸化窒素に変化するが、変化の速度は一定していない。従つて、両者を区別して測定することは可能であるが、後記認定5の大気汚染の予測計算をするにあたつて両者を区別することは不可能である。又、一酸化窒素については現在までのところ長期的生物学的な影響は解明されていないが、動物実験等では二酸化窒素と同程度の毒性が認められたとの報告もあり、その毒性を軽視することはできない。
5自動車排出ガスの拡散の特徴は、個々の発生源による汚染物質排出量が少ないため、遠方での濃度は低いが、地表面近くで排出されるため、近距離では高濃度を出現させる点にあるところ、右拡散による汚染の形態をシュミレート化して数式化した種々の拡散モデルのうち、環境庁が大阪府において三年間にわたり実施したエア・トレーサ実験を含む自動車排出ガス拡散調査の結果を踏まえて開発したJEAモデルは、道路沿道等の局所的な特殊な汚染を別にすれば、全般的、平均的には実態にかなり合致するといわれている。
大志野章は、本件建物が建設されると、八間道路は片側が地上五階建の本件建物、片側が一、二階建の木造建物になること、申請人らの計算によれば、本件店舗への来店車輛が最盛時には一時間に三〇〇台にまで達することもあり得ること、自動車が市内を走行するときの平均時速は約二〇キロメートルであること、及び大阪管区気象台の測定点における平均風速は現在毎秒四メートル前後であるが、市街地においては建物等の影響で速度が落ちて毎秒二メートル位になると考えられること等に基づいて、低層住宅密集地域(道路周辺の建造物の階層が一ないし三階でその密集度が高い地域)及び中層ビル地域(道路周辺の建造物の大部分が階層四階以上である地域)のそれぞれにつき、地域内の長い直線道路を、一時間三〇〇台の乗用車が平均時速二〇キロメートルで走行する場合を想定し、その排気ガスによつて風下方向の地表に生じる窒素酸化物の濃度の予測値を、前記JEAモデルを用いて別表(五)及び(六)の通り算出した。(疏甲第二四号証)
6右予測値は、大阪市内の一般環境における窒素酸化物濃度からすれば、比較的軽微な汚染であるが、申請人らの居住する地域には従前より大気汚染の影響による閉塞性呼吸器疾患の患者が多数存在し、発症寸前の者も少なくないものと推定されるところ、現在の汚染に右予測値程度のわずかな汚染を付加するだけでも、これらの人達にとつては過酷な負担になる可能性がある。
ところで、大志野章の右予測計算は、前記の通り、本件店舗への来店車輛が八間道路上を一定の速度で走行する間に発生する排気ガスのみを対象とするものであるが、駐車場出入口での停止、発進により発生する排気ガス、駐車場出入口から本件建物三階までのスロープ部分を上下する際に発生する排気ガス、駐車場内で発生する排気ガス及び入庫待ちの車輛が八間道路上に渋滞した場合の排気ガスは、定速走行中の車輛の排気ガスよりも多量であるし、又、右予測計算は、五一年度規制車の排出強度によつてなされているが、前記認定3のように、現実には、右排出強度を一〇〇とすると、平均してその約1.8倍の排出強度の車輛が走行しているのである。更に、JEAモデル自体が時間的にも空間的にも平均的なものをあらわすためのものであるために、建物の風下側に生ずる局所的な高濃度汚染や、両側に建物のある道路上の自動車からの排気ガスが道路内で発生する循環風によつて、風上側の建物の前面に運ばれてそこに生じる可能性のある高濃度汚染については、別に考えなければならない。被申請人の指摘するように、右予測計算は、その基礎となる五一年度規制車の排出強度をあらわす数値の計算違いにより、正しい数値の約二倍の数値を使用して計算しているけれども、右の諸点を考慮すれば、右予測計算の結果が著しく実態と距つたものであるとは考えられない。
もつとも、疏乙第三三号証によると、被申請人の依頼によつて日本板硝子株式会社営業技術部及び東京大学工学部建築学科鎌田研究室が行なつた本件店舗の建屋・敷地内の自動車からの排出ガスの周辺に対する影響に関する風洞実験の結果は、本件駐車場出入口のスロープ上で発生する排気ガス(NOX・CO、以下同じ)は、卓越風である西風の場合、本件建物の北側民家(別紙図面(二)記載の番号①、⑦ないし⑨、⑫ないし⑯の部分、以下同じ)のみならず西側民家(同図面記載の番号⑲の部分、以下同じ)にも影響があり、本件建物に直角に当たるので北側民家に影響を与える循環風が最も生じやすいと考えられる北北西風の場合、北側民家には影響は出ないものの、西側民家には影響があること、右スロープ部分での自動車排気ガスは、北側民家付近での大気汚染に対する寄与度が高いこと、及び本件駐車場内で発生する排気ガスは、西風、北北西風のいずれの場合も、北側民家には影響がない(但し、西側民家への影響の有無は測定されていないので不明である。)ことのほか、被申請人の主張六3ないし(三)の通り(但し、同(一)の駐車場出入口及び駐車場における自動車の排気ガスによる影響は西風の場合、八間道路上の通行車の排気ガスによる影響は北北西風の場合についてのものである。)の結果を示している。
しかし、右実験は、(一)そもそも、その報告書の表題が示すように、本件駐車場の敷地内(駐車場の出入口からのスロープ部分及び駐車場内)で発生する自動車の排気ガスによる影響を主眼になされたもので、八間道路上を走行する自動車の排気ガスの影響については、北北西風の場合しか実験がなされていないし、(二)右風洞実験の前提条件である風向、風速については、大阪港湾局のデーターをもとに、西風及び北東風を卓越風とし、風速は毎秒3.2メートルないし4.0メートルとしているが、右データーは昭和三三年から同四〇年にかけてのもので年代が古いばかりではなく、昼夜を区別しない月別の頻度表であり、しかも、本件店舗は、大阪港に近いとはいえ、市街地に建設されるのであるから、本件店舗付近の風速は港湾局の測定点における風速よりも遅くなる可能性があり、かつ大阪市中央ブロックの季節昼夜別風配図(疏甲第二一号証三一頁)によれば、大阪市内においては一年を通じて昼間は、大体南南西から西南西の風が多く、西ないし南寄りの風が卓越風と考えられるのに、これらの点は考慮されていない。又、(三)大気の安定度が汚染物質の拡散に大きな影響をもつにもかかわらず、右実験は、大気の安定度については中立の場合のみを考えているにすぎないし、(四)風洞実験によつて濃度予測をする際には相似条件(地形、建物等の幾何学的相似、気流に関する力学的相似、拡散現象の相似、排出源での相似)が最も重要であるが、右報告書には、測定方法及び実験において各パラメーターにどのような数値を用いたかについての記載はあるものの、例えば地表の粗さの程度についての現地における実測値の記載がない等の疑問点がある。しかも、風洞実験が、空気の流れだけでなく、汚染物質の拡散、特にその濃度の予測にまで有効な手法であるか否かについては定説をみない現状であるから、右実験の結果に基づいて本件土地周辺の大気汚染度を予測することはできない。
そして、前記1ないし6の認定事実に、前認定の如く、申請人らの居住する港区は公害健康被害補償法の第一種指定地域であり既に高度の大気汚染にさらされている地域であること、申請人らが本件建物の北側及び北西側に近接する地域に居住し、その中には現在呼吸器系の疾患を有する者や高齢で病弱な者がいること、本件駐車場の出入口を本件土地北西角に設置した場合に本件店舗への来店車輛によつて、八間道路の自動車の通行量が現在よりも相当大幅に増加することが予想されること等をあわせ考えると、本件駐車場出入口が現設計の通り本件土地北西角に設置された場合、駐車場入口から本件建物三階へのスロープ部分及び八間道路等の近接道路を通行する自動車の排気ガスにより、申請人ら、中でも前記の北側民家及び西側民家に居住している申請人らが回復し難い深刻な健康被害を受けるおそれがあるものといわざるを得ない。
この点に関して、被申請人は、申請人らが、本件駐車場に出入りする自動車の排気ガスの発生程度及びこれによる申請人ら各人の具体的、個別的な被害を明らかにしない限り、本件仮処分申請はこの点において却下されるべきであると主張する。しかしながら、本件仮処分申請は、過去における違法な侵害を基礎として賠償あるいは差止等を求めるのではなく、将来の被害を予測してその発生源となる本件駐車場の出入口の使用の差止等を求めるものであり、しかも、いわゆる公害による環境汚染は、その範囲が広く、それによる被害者も多数人に及ぶものであつて、特定の個人の受ける被害の程度を具体的に予測することは不可能に近いのである。そして、地域的な環境汚染が予測されれば当然これによる被害がその地域内の住民に及ぶものと推定されるのであるから、申請人らが個人としてではなく、地域住民として前記差止等を求める本件の如き場合は、前記大気汚染による被害が地域的包括的に予測されれば足り、申請人毎の個別的な被害の主張ないし疏明は必要としないものと解するのが相当であつて、被申請人の右主張は採用することができない。
五更に被害の回避可能性について、当事者間に争いのない事実及び当裁判所が疏明資料によつて一応認定した事実は、次の通りである。
1(八間道路の通行量の増加の緩和) 本件駐車場の出入口を本件土地南西角に設置した場合、現設計の通り北西角に設置した場合に比べて、八間道路の通行量の増加が緩和されることは、前記二の説示の通りである。
2(排気ガスの影響の緩和) 道路における自動車の排気ガスの影響は、その発生源から距離が遠ざかるに従つて急激に減少するものであり、その減少する割合は申請人らの主張七1の通りであつて、本件駐車場出入口を本件土地南西角に設けた場合には、現設計に比べ、八間道路上及び本件駐車場出入口のスロープ部分を走行する自動車の排気ガスの影響が大幅に低減されることになる。
3(再事前協議による計画変更の可能性) 本件建物は、大規模建築物の建設計画の事前協議の対象となる建物である。そこで、被申請人は、昭和五六年六月ころから、大阪市の関係機関、府警本部及び港警察署等と協議したうえで、同年八月一〇日、大阪市との間に現設計通りに本件建物を建設するということで、協議書を締結した。右協議の席上で、右関係行政機関から被申請人に対して、交通規制及び道路管理等の観点から種々の指導、助言がなされたが、本件駐車場の出入口の設置場所を具体的にどこにすべきかということについてまでの指導はなされておらず、これを本件土地北西角に決定したのは、被申請人及び長崎屋であつた。又、右の事前協議制度は法的拘束力を持つものではなく、行政指導により行なわれているものであるが、協議締結後に大幅な設計変更をする場合は、工事の取止めをしたうえで、改めて事前協議を申し出る必要がある。
4(従前の本件土地の使用状況及び付近の駐車場出入口の設置場所)本件土地は、被申請人が従来モータープールとして使用していたが、その出入口は中央大通り側に設けられていたし、本件建物の建築工事のための車輛もすべて中央大通り側から出入りしていた。又、本件土地付近の中央大通りに面した駐車場のうち、地下鉄中央線の高架下の駐車場(磯路弁天駐車場)、被申請人経営の市岡ローンテニスクラブ駐車場及びモータープール(前認定の第二駐車場)は、中央大通り以外の道路にも面していながら、いずれも出入口を中央大通り側に設けているのであつて、駐車場法施行令第七条第二項本文は、本件駐車場出入口を本件土地南西角に設置することを妨げるものではない。
5(中央大通り東行北端車線の混雑) 本件交差点西側の車線変更禁止区間、本件交差点の信号待ちの車輛及び将来における阪神高速道路の工事による中央大通り東行車線の減少が、本件駐車場出入口を本件土地南西角に設置することの支障とならないことは、申請人らの主張七2(二)の通りである。又、仮に、交通渋滞等の影響が生じたとしても、本件交差点の信号の周期を変えるなどの新たな交通規制によつて、それを緩和することは十分に可能である。
6(設計変更の可能性) 申請人らが本件仮処分申請をなした昭和五七年二月初旬当時、本件建物建設工事は、既に杭打工事及び基礎地中梁工事が完了し、地下一階の床工事を施工中であつた。この段階で、本件駐車場の出入口を現設計の本件土地北西角から南西角へ変更することが、工法的に可能であつたことは、申請人らの主張七3(一)ないし(三)の通りであり、本件建物が既に完成した現在においても、右変更工事は必ずしも困難ではない。
7(被申請人らの損害) 本件駐車場の出入口の位置を変更することになれば、スロープ部分の基礎変更工事費のみで七六七〇万円の費用を要するほか、平面プランの変更に関する長崎屋との協議のやり直し及び前認定の再事前協議が必要となり、本件建物の完成が半年ないし一年遅延して、場合によれば長崎屋が出店を中止するという事態もあり得ないことではないけれどもこれらはいずれも金銭的に処理することのできる問題である。
以上の事実によれば、現設計を維持することによつて申請人らに生ずることが予測される被害は、本件駐車場出入口の位置を本件土地南西角へ変更することによつてかなりの程度まで回避することができるのであり、右変更によつて被申請人には相当の金銭的負担を伴なうことにはなるけれども、本件建物の総工費が一九億円近い金額であること及び申請人らの健康が金銭補償をもつてしては補いきれない性質のものであることを考えると、被申請人に著しく不当な犠牲を強いるものとはいえない。
六本件建物建設に関する交渉の経過について、当事者間に争いのない事実及び当裁判所が疏明資料によつて一応認定した事実は、次の通りである。
1被申請人が本件建物を建設し、そこに長崎屋が入居する計画は昭和五四年ころからあつた。そして、被申請人及び長崎屋は、同年四月から六月にかけて、地元町内会の役員(町会長、婦人部長)に対して、右計画に関する説明をしたものの、地元住民に対しては直接何らの説明もしなかつた。当時の計画では、駐車場の出入口は本件土地の東側に設置し、駐車台数は八六台とする等となつていたが、同年七月二七日、地元住民から被申請人に対し屋上駐車場を廃止すること、工事着工五ケ月前に住民に対する説明会を開くこと等を内容とする近接住民一同名義の要望書が提出された。
2本件店舗に関する大店法第三条に基づく事前調整は、昭和五六年三月三一日に結審し、被申請人は、同年六月ころから、長崎屋の平面プランをもとに、大阪市等関係行政機関との間に、大規模建築物の建設計画の事前協議に入り、同年八月一〇日大阪市との間に現設計通りに本件建物を建設するということで協議書を作成した。この間、同年五月一八日には、弁天小学校で開催された地域振興会弁天連合会定例会において、被申請人によつて具体的な建物概要、着工の時期等の説明がなされ、同年七月二六日には弁天町第二福祉会館において被申請人の説明会が開催された。右説明会には関係七町会の役員及び一般住民が出席したが、その席上、一部の住民から、駐車場の出入口が本件土地北西角になつていることについて異論が出された。そこで、被申請人は同年八月三〇日弁天小学校において地元説明会を開催した。右説明会の席上、申請人南部清を含む出席者の一部から、駐車場の出入口が本件土地東側から北西角に変わり、駐車台数が八六台から三三三台に増えた理由について質問があつたが、被申請人は、大阪市等の関係行政機関の行政指導に従つて計画を確定したのであり、駐車場の出入口が本件土地の北側でないと長崎屋の出店許可がおりないと説明した。これに対し、申請人南部清らは、被申請人に対し、駐車場の出入口が本件土地の北西角になることによつて、排気ガス、騒音、振動等による被害が生じるおそれがあるので、駐車場の出入口を八間道路側ではなく、中央大通り側に設置するよう設計変更することを要求した。
3その後も、昭和五六年末まで、文書や地元役員及び行政相談員等を介して、申請人らを含む反対住民と被申請人との間に何度か交渉がもたれたが、結局、平行線をたどるだけであつた。その間、被申請人は、同年九月三〇日長崎屋と共に本件建物の起工式を行ない、同年一〇月初めには土留工事を開始し、同年一二月中ごろには杭打工事を完成させ、昭和五七年一月には地下の躯体のコンクリート打設工事を開始するなど、申請人らの反対を無視して、本件建物建設工事を進行させた。そこで、申請人らは、同年二月五日、本件仮処分申請をなしたが、被申請人は、依然として本件建物建設工事を続行し、その建設を完了させてしまつた。
右認定事実によれば、被申請人は、地元役員に対する説明はしたものの、地元住民との意思の疏通を十分にはかることのないまま、本件駐車場出入口の位置を一方的に北西角に決定し、その後の被申請人による地元説明会も住民との協議によつて本件土地北西角に本件駐車場出入口を設置することの適否を検討する目的で開催されたものではなく、被申請人の方針を既定の事実として住民を説得する場に過ぎなかつたと言わざるを得ず、本件仮処分申請後の工事の進行状況も併せ考えると、被申請人の対応は、きわめて不誠実であつたというほかはない。
七ところで、個人の生命、身体、健康等がいわゆる人格権としてそれ自体法的保護に値するものであることはいうまでもないところ、右人格権に対する反覆継続的な侵害行為が将来発生すること及びそれによつて個人が将来被害を受ける虞れのあることが合理的に予測される場合には、侵害行為の態様、程度、被侵害利益の性質、内容、被害の防止、回避のためにとられた措置、内容、回避可能性の有無等の諸事情を総合的に検討して、被害が社会生活上受忍すべき限度を超えると認められるときは、事前にその侵害行為の差止めを求めることができるものと解すべきである。
本件についてこれを観ると、先に認定した通り、本件建物は私企業の営利活動のために建設されたものであるが、敷地である本件土地は商業地域に属するとはいえ申請人らの居住する住宅地域との境界に接する部分に位置して、いずれも公害健康被害補償法の第一種指定地域である港区に属し、既に深刻な大気汚染にさらされているのであつて、本件駐車場の出入口を本件建物北西角に設置することにより、申請人ら居住地域に更に大気汚染の度を加え、ひいては申請人らの健康に重大な被害をもたらす事態を招来する可能性は極めて高いのである。そして、右の如く、既に環境汚染の著しい地域において、新たに汚染源となる可能性のある施設を建設しようとする場合には、その施工者は、現在の汚染を更に増大する結果を生じさせないよう、技術的・経済的に可能な限り、最大限の努力を尽すべきものであつて、利潤追及のために近隣住民に犠牲を強いることは許されないものというべきところ、被申請人は、本件駐車場の出入口を本件建物南西角に変更することにより申請人らの右被害を回避することが可能であり、かつ右設計変更が技術的にも経済的にもさほどの困難を伴うものでもないに拘らず、自らの営利のために申請人ら地域住民の要望を無視して当初の計画通り本件建物の建築を強行して、これを完成させてしまつたのである。そして、本件駐車場がこのまま使用されるとすれば、これによつて申請人らが被るであろう健康上の被害は、金銭的補償によつてはかえることのできない、回復し難い損失であつて、その受忍の限度をこえるものといわなくてはならない。
八してみれば、本件申請のうち、被申請人が、本件建物のうち別紙図面(一)(イ)及び(ロ)の各赤斜線部分を駐車場出入口として、自ら使用し、もしくは第三者をして使用させることの差止めを求める部分は理由があるものというべきである。
しかし、本件建物の駐車場部分に障壁を設置することを求める部分は、本件駐車場が実際に駐車場として使用されることを前提とするものであることが明らかであるところ、右駐車場出入口の使用の差止めによつて他に出入口のない本件駐車場は使用されないことになるのであるから、右申請部分は当面その必要性を欠くものとしなくてはならない。
九よつて、申請人らにおいて本決定送達後一四日以内に共同して金二〇〇万円の保証を立てることを条件として、主文第一項記載の限度で申請人らの申請を認容し、その余の申請は却下することとし、申請費用の負担につき、民事訴訟法第八九条、第九二条但書を適用して、主文の通り決定する。
(中川臣朗 安藤裕子 長井浩一)
物件目録<省略>
図面(二)ないし(六)<省略>
現状図、変更図<省略>
別表(一)ないし(六)<省略>